
関西から帰った後は、祭りの後のような心境になる。最近、よく文章を書く。書くと落ち着く。ネタは自分の思い出や、興味あるものに対する思考、哲学的なこととさまざまだがいくらでも書ける。今回はひとつ、アップしておく。
にしても暑い。地下鉄にはついに冷房が入った。夜も暑い。さっき扇風機を出したところだ。以下、思い出エッセイ。
最近よく小学校に行くせいか、自分の小学生時代を思い出す。福岡市の隣ベッドタウンの、新しい小学校。教室の窓からは、田んぼの向こう、小高い丘になっている古墳で出土品を探している、作業着姿のおばさんたちが見えた。
たかちゃんという女の子がいた。クラスが、確か1年から4年まで同じだった。たかちゃんは目立つ子で、身体も大きく、ハキハキして勉強も運動もできた。その上になんとも言えない人懐こい顔と性格をしていて先生にもクラスのみんなにも人気があった。よくある男子女子のいがみあいやホレたハレたの話にも加わらず、いつも大らかに笑っていた。6年の時はブラスバンドのリーダーをやっていたはずだ。
2年のとき、盲腸炎で入院したたかちゃんに、色紙に寄せ書きをして送ろう、ということになり、何を書いていいのか迷った私は、誰も書いてないことを一言書いた。退院したたかちゃんは、私を見つけると、人懐こい笑み満開でやって来て、大声で言った。「もうすっごい笑ったー!だってあなた、『手術は成功しましたか?』なんて書くんだもん!」このことはその後も折に触れて言われた。誰も書いていない、しかもけっこういいこと書いたかも、と本気で思っていた幼い私は、最初ぽかんとしてしまったが、たかちゃんは、からかうでもなく、むしろ喜ぶように何度もその話をした。私は私で、1年の体育でサッカーをしていたとき、レフティーのたかちゃんが得意の左足で思い切り蹴ったボールが、体育館の壁のかなり高い所にある大時計のそばまで、すごい勢いで飛んで行った、というのを持ちネタにしていた。たかちゃんは嫌がるでもなく、ケラケラと明るく笑っていた。たかちゃんと話すと、余計な感情はなにもなくなってしまい、会話が楽しくなるのだった。
そんなたかちゃんが憤った、珍しいシーンをよく覚えている。義憤などという類いのものではない。
小学校5年か6年のとき、学年全体で、廊下を走らないようにするにはどうしたらいいか、ということを話し合った。クラスの代表者が集まって、会合をした。私もたかちゃんも、それぞれのクラスの代表で、私は議長だった。たかちゃんはそこで「みんなで一斉に廊下を走ってみればいい」という案を出し、強く押した。そうすれば危なさも解るかもしれないし、いくら注意しても誰もが走るから、いっそのこと走るのOKの時間を設けてやって、走ってはダメな時はそう言ってやれば、むやみに走らないのではないか、という、自分の案の意味合いを説明した。
その場にいたみなびっくりした。まさに、逆説的で小学生の案ではなくアイロニーさえも含んでいた。私などは、たかちゃん、さすが・・そう考えるか?と感心し、むしろその案に惹かれ、立場上賛成とは言えなかったが、話し合いの中で擁護した。
しかし、廊下を走らない相談をしているのに、走る提案が受け容れられるわけもなく、またこの突飛な案には、他のメンバーも戸惑うばかりで、ギクシャクした話し合いの末、たかちゃんのアイディアは残念ながら否決となった。私がそれを告げると、私のクラスの担任が「当たり前たい!廊下走る走らんにいつまで話ししようとね!」と、大人にしては空気の読めないことを言った。
「だったらなんでみんな廊下を走るんですか?なんで走らない、という結論が当たり前なんですか?思い切り走らせればいいんです!」
たかちゃんは、目に涙を溜め、先生に言い放った。根本的な問いだった。たかちゃんなりに事態を本気で打開しようと、頭を捻った考えだった。でも相手にされなかった。私にはどうにも出来ず、後味の悪さだけが残った。その後たかちゃんとは、その話はしなかったが、小学生ながら、自分が感じたことを伝えておけば良かったと思ったこともあった。
たかちゃんには、人に真似出来ない、聡明さと魅力があった。いま思えば、才能だろう。
もうひとつ、よく憶えている事がある。3年生のとき、私とたかちゃんは隣の席だった。友人に言わせれば、私は姉がいるせいか、女の子にも特に意識せず、照れないタイプだったという。たかちゃんにも、普通に仲良く接していた。ある日、たかちゃんは、机から何かを私のほうに落として、座ったまま頭を下げて拾った。たかちゃんが頭を上げるその時、たかちゃんの豊かな髪が私の身体の横をゆっくりと撫でた。その瞬間、私はそれまで感じたことのなかったざわめきを心に覚えた。初めて、女の子を意識した経験だった。
それが淡い恋に発展したかというとまったくそうではなく、私の初恋は同じ小学校の別の子だ。たかちゃんは、それまでとは意識の仕方が多少は違ったけれど、でもどこまでもいいやつ、だった。
たかちゃんは、みなが公立に行く中、私立の中学に進学した。会う機会もなくなった。中1の夏祭りと、その後中2の時にたまたまたかちゃんの家の近くで会った時に言葉を交わしたが、それきりだ。もともと女の子は早太り、を地で行っていたたかちゃんは、けっこう女っぽくなっていた。いまごろは、仕事で名を上げているか、はたまた肝っ玉母さんになっているか。いずれにしても相変わらず、皆に好かれているだろう。