2024年12月23日月曜日

12月書評の7

◼️ 太宰治「満願」

日常の慶びと瞬間の表現。らしさが出てるかな。蜜柑や築地明石町を思い出す。

以前読んだ本で、太宰の魅力は一瞬のスパッという表現力、という意味のことが書いてあった。それは「女生徒」がテーマの小説のくだりで「キュウリの青さから、夏が来る」という表現を指していたのだと記憶している。有名なものでは「富士には、月見草がよく似合ふ」もそうだろうか。個人的にはその小説ラストの「酸漿に似てゐた」も好きだな。

著者が、ある医師とこっけいなエピソードから親しくし、朝の散歩途中に立ち寄って医院で取っている新聞を読ませてもらうまでの付き合いになる。朝、薬を取りに来る婦人がいる。簡単服に下駄をはいた、清潔な感じの若い女性。旦那さんが長く病気で、医者は送り出す時に、よく叱咤して励ましている。

ある朝、婦人が通りかかり、著者と一緒に縁側にいた医師の妻が「ああ、うれしそうね」と囁いたー。

この後に短くて爽やかな婦人の描写が入る。若い精気にあふれ、明るい展望が開けた美しい姿。ここだなあ、と感じ入る。

太宰といえば自意識、自己顕示欲が強かったり、女にだらしなかったり、自殺未遂であったりとなにかとトピックが多くまたそれを作品に反映させたりする。一方で口に出しては言わないが誰もが感じていることをズバッと突く、女性のモノローグが本当に上手い、表現と構成の妙などの特徴も際立ち、熱狂的なファンも多いという印象。

まだその真髄というか、人々が認める良さを詳しく掴めているわけではまったくないけども、これからも少しずつ読みながら、読み手が魅かれているであろうという部分を拾っていくのも本読みの楽しみかなと思っている。

明るい付き合いの中に挿す影、そして陽。色彩と雰囲気の変化が鮮やかな芥川龍之介「蜜柑」、そして婦人は、ちょっと趣きが違うかもだが美人画の大家鏑木清方の代表作「築地明石町」を思い出した。

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