2024年12月23日月曜日

12月書評の5

◼️ 奈倉有里「文化の脱走兵」

ロシア文学、源氏物語、生い立ち、そして戦争。硬軟ありチャーミングなエッセイ集。

タイトルを読んだだけで、表紙を目にしただけでなんかどうしようもなく魅かれる本はある。奈倉有里の「夕暮れに夜明けの歌を:文学を探しにロシアに行く」はそんな本だった。目につくということは、よく読まれているということ。予感は当たった。けっこう二律背反的に。

著者はゴーリキー文学大学を卒業、東大大学院で博士号を得たロシア文学研究者、翻訳者。「夕暮れ」は6年間の留学中の体験を書いた佳作で、世の中のことに対してピュアな心情を持ち本ばかり読んでいた著者の、その感性と引用・紹介されるロシア文学作品のミクスチャーが独特の良い印象を出していたと思う。正直ウブだな、という感想と、作品への希求性の鋭さに感嘆する、アンビバレントな心地よさ。

それにしてもクラシックではロシアン・ロマンチシズムとよく聞くけども、文学でもそうなんだろうか。寡聞にして知らない、正直。

前置き長すぎ笑。今回のタイトルも見たとたん、あっ奈倉有里だ!というのと、また面白そうな言葉・・今年の夏に出たばかりの人気作品、図書館予約しばーらく待たせていただいた。

大半が「群像」に連載されたエッセイだ。10ページほどの19篇。日本にいる著者の姿勢はのんびりも見えるがウクライナとロシアの間の戦争が雰囲気を引き締める。翻訳の仕事等でロシア人作家などに知己友人の多い著者の思い入れは半端なく、ほとんどの作品が今も続く戦争に繋がっていく。

そんな一方、やわらかい話題から入ることも多い。多くは、子供の頃の想い出ー祖父母の家があった新潟・巻町が深く刻まれているー、や日常の私的な出来事から発想を広げていく。渡り鳥、猫、「雨をながめて」「君の顔だけ思いだせない」はよくもまあこんな考察を、というくらい、いかにもエッセイ的な流れだ。

ロシアの文学、文化の織り込み方も楽しい。タルコフスキーの映画作品、そしてなんといっても詩、アレクサンドル・ブレーク、セルゲイ・エセーニン、児童作家ボリス・ザホデールはロシア語でよく似た猫と鯨を取り替えた楽しい作品を書いた。そして最後近く、ロベルト・ロジジェストヴェンスキー「子供時代への切符」。ここまでのエッセイ集の進路を踏襲し終わりを予感させる。

すみません 僕がずっと探していた
子供時代への切符は ありませんか
寝台車の切符を くれませんか・・・・・・!

「文化の脱走兵」というタイトルもエセーニンの詩から。源氏物語を研究しているロシアの先生との交流も良かった。

「夕暮れ」に比べると、だいぶ柔らかくなった印象ではある。そういうエッセイだとは思うが、肩に力が入ったまっすぐな部分も強く出している。小難しくはないが興味深い知識も織り込まれる。かと思うと子どもっぽい雰囲気もあり、茶目っ気ものぞかせている。とてもチャーミングな文章だと思う。このネタを展開させて、よくここまで書けるな、とも思う。うーん。

「巨匠とマルガリータ」が「夕暮れ」から宿題になっていた、読まないと、と思い出した。

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