◼️ 須賀敦子「コルシア書店の仲間たち」
1900年代後半という時代の、断片。思想の中にも、そこにいるのは人だと感じさせる。
須賀敦子さんの著者はたぶん初めて。1992年の、比較的初期のエッセイ集で、1960年代を中心に10年余りイタリアで過ごした日々が綴られている。須賀さんはカトリック左派としてその政治的方向性が、ある程度影響力のあった、コルシア書店に務め、関係者と結婚した。
私的には、1900年代後半は特に思想闘争が激しかった時代と見ている。コルシア書店も教会に目を付けられて解散か移転を迫られ、やがて崩壊する。
しかしながら、著者は社会情勢を滲ませつつも、中心的人物の神父のほか、基本的には書店で出会った人々の性格、特質、人生の道行き、といったものを描いている。
上流階級の夫人の娘さんが父親がユダヤ系ハンガリー人にもかかわらず、ヒトラーによく似たドイツ人と17歳で学生結婚したこと、絨毯の行商をしていて突如いなくなった、東アフリカのエリトレア人の青年はかつて美しい少年としてファシストによってイタリアに連れてこられた過去を持っていたこと、惚れっぽくて失恋ばかりしているジャーナリストの話、テルアビブに両親がいるイスラエル系ユダヤ人は結婚、離婚し体験を小説としてものして、やがてエチオピアの伯父さんの農場を任され、農場の門から家まで車で30分かかる敷地で、銃を持ったガードマンとともに暮らしているという顛末などなど、外国人が流れこんでくる土壌のイタリア、体験談もバラエティに富んでいて国際色豊か。移動のスケールも大きい。
イタリアならではの地理や風習、ミラノ市内の風情など織り込んであり、なかなか興味深い。
このエッセイの前に読んだのが飼い犬の話だったり中高生の青春や京都和菓子の小説だったりしたことも影響して、イタリア知ってる前提のような出だしの雰囲気に、最初はさっぱり分からなかった。が、読み込むうちに全ては分からないながら、じわっと広がる独特の味わいになじんでいた。ふむふむ。
時に先鋭的な思想の時代にあっても人はそれぞれの階級や立場で人間らしい、と実感できた作品だった。
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