◼️ 大原富枝 岩崎ちひろ 「万葉のうた」
遠い万葉の世界を描くちひろは、絵が楽しそうだ。
兵庫・明石の岩崎ちひろ展に行って読みたくなった。万葉集歌と解説が掲載され、岩崎ちひろが挿絵を描いている。子どもの絵ではなく飛鳥・奈良時代の男女の面影をちひろ風に。
あかねさす紫野行き標野行き
野守は見ずや君が袖ふる
中大兄皇子、のちの天智天皇と大海人皇子、壬申の乱の勝者で後の天武天皇の2人に愛された才女・額田王。かつての恋人、大海人が袖を振るのを見てまあそんな人目についたらどうするの、と詠んで伝えるも嬉しそうで、物慣れたチャーミングさがにじみ出る。ちひろの額田は明るく少女の面影を残した大人の女性。イメージよりも意外な柔らかさ、可愛さがある。
わが背子を大和へやると小夜更けて
暁露にわが立ち濡れし 大伯皇女
持統天皇の一人息子である草壁皇子をめぐり陰謀の犠牲となった大津皇子。は姉で伊勢神宮の斎宮いつきのみや・大伯皇女おおくのひめみこへ会いに伊勢まで来て今生の別れを惜しみ、大和へ帰った。悲劇の運命を悟った弟を想う姉、皇室を代表する斎宮の姿絵は冷たくおぼろで寂しげだ。対して、恋人の石川郎女(ちなみに草壁皇子との恋の歌もあるとか)の絵は、いかにも胸に恋の華やぐ想いを秘める乙女、といった感じだ。
人言を繁み言痛み己が世に
未だ渡らぬ朝川渡る
秋の田の穂向の寄れること寄りに
君に寄りなな言痛たかりとも
両方の歌を詠んだ天武天皇の皇女・但馬皇女は異母兄の高市皇子の妃でありながら、やはり異母兄の穂積皇子と恋仲となり、女性の方から逢いに行くという、当時としてはありえない行動に出て朝帰りする。
永井路子さんの歴史小説や解説書はだいぶ読み込んだ。「裸足の皇女」という秀逸な短編集で但馬皇女と穂積皇子の恋を小説化してある。私はこの歌の「君に寄りなな」が語感も含め気に入っている。朝もやの中裾をからげて川を渡る但馬皇女の姿は、スリムでどこか現代的、表情はシンプル。絵は全部白黒だけど、白の使い方が私的に好ましいちひろらしい筆遣いかな、など思う。
わたつみの豊旗雲に入り日さし
今夜の月夜清明けくこそ 天武天皇
春過ぎて夏来るらし白栲の
衣乾したり天の香具山 持統天皇
言わずと知れた天皇夫婦。近鉄で飛鳥駅へ、そこからレンタサイクルで歴史の地を巡るのは数年に一度行く楽しみ。飛鳥浄御原宮や蘇我氏の墓とも言われる石舞台古墳、高松塚古墳、蘇我氏の屋敷があったという甘樫丘、天武・持統天皇陵。時が悠然と流れている気を吸い込む。また、持統天皇の時移った藤原宮跡は大和八木駅からバスで行く。耳成山、畝傍山、そして香具山の大和三山に囲まれている広い宮跡、秋には一面に秋桜が咲く。三山と花畑を見廻しつつ、遠い遠い時代の白妙を想像する。
著名な皇族、大伴旅人や沙弥満誓の筑紫歌壇、選者と言われる大伴家持、山上憶良、柿本人麿、山部赤人、さらには東歌。そのますらおぶり、太古のロマン。万葉集は定期的に摂取すべしやね。
ちひろはそらで口ずさめるほど万葉集好きだったという。やはりその筆は楽しそうに思える。
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