◼️ 高橋克彦「水壁 アテルイを継ぐ男」
蝦夷(えみし)ものの作品は興味が湧く。東北の広さと深さ。
高橋克彦「火怨 北の耀星アテルイ」は790年ごろ、坂上田村麻呂らが率いる朝廷軍と戦った蝦夷の英雄・阿弖流為(アテルイ)の物語。地勢を活かした戦略と小気味良い戦いぶりで数的不利を覆し抵抗を続けた蝦夷軍と悲しい幕切れのストーリーだ。今回はそれからしばらく後、アテルイの曾孫日天子(そらひこ)が大将となった蝦夷の戦いの話。
蝦夷の支援者の一族、物部氏に育てられた日天子は飢饉にあえぐ俘囚、朝廷に従う蝦夷の民を救おうとしない朝廷に怒り、挙兵を決意する。一族で商才に秀でた真鹿、山賊の長・玉姫、都では元検非違使で盗賊の頭目・逆鉾丸、応天門の変の影響で学問と出世の道を断たれた天才軍師・安倍幻水らを仲間に迎え、策を練り入念な準備を施して「勝ち逃げ」の戦に挑むー。
この「元慶の乱」は唯一蝦夷が朝廷に勝利した戦だという。朝廷は懐柔政策を取り、蝦夷をねじ伏せるほどの力はなくなっていったようだ。
天日子のもとに次々集まるクセのある仲間たちが頼もしい。とりわけ幻水の策略のキレはストーリー進行の中心とも言える。アテルイの時のように朝廷を本気にさせないため、最初から勝ち逃げ、を念頭に置き、いかに和議の条件を呑ませるように効果的に敵を叩くか、に焦点が絞られる。戦い自体は後半で、あまり長くはなく、負けはない。
そういう意味では軍略を練る部分にスポットが当てられている。長引かせることなく、兵を失わないように、抵抗の意思がない者の命を奪わないように戦って負けはなし。ところどころ挟まれる蝦夷としての矜持が示されて熱い。
東北の地図が掲載してあり、一円に、例えばいまの岩手県の胆沢蝦夷、とか津軽の蝦夷などが散っている。戦いとその準備の中で、松尾芭蕉の歌枕にも出てくる朝廷の拠点の城、宮城県の多賀城から秋田県の北西の端能代、また青森県の北西、海に面した十三湊などが描かれる。東北は、広く深い。みちのくとはよく言ったものだ。西日本の人間には読んでて、地図を見ていて本当にワクワクする広さ深みだ。
戦いそのものがあまり拡大しなかったからか、魅力的な人物をたくさん描いたわりには短くやや物足りないな、という感が残った。
仙台市出身の熊谷達也による蝦夷作品、岩手・釜石市出身という高橋克彦の一連の蝦夷関連の物語は読み応えが十分だ。
奥州藤原氏の興亡を描いたという「炎立つ」も読もうかな。
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