2026年3月22日日曜日

3月書評の7

◼️ 佐藤正午「熟柿」 

一歩踏み外し、長い苦節の末、辿り着いた先。
我が子への・・想い。

親子の想い、血、というものは。昔文芸の師匠と話したことがある。確か桜庭一樹「私の男」の感想だった。愛というものをバラバラにして、それでも不思議に惹かれ合う断片、それが血というものではないかと、確かそんな論をいただいたと思う。

佐藤正午は直木賞受賞作「月の満ち欠け」を読んだ。古くは「永遠の1/2」の映画を2本立てのうちの1本として大学の友人と観た。今作は評判が良く、書評を実によく見かける。雰囲気だけだが本屋大賞の本命のような気配があって、発表の前には読んどこうと。友人お薦め&貸してくれたコレに手を伸ばした。

妊娠中の市木かおりは酒に酔って寝てしまった警察官の夫を助手席に乗せて雨の田舎道を帰る途上、痴呆症の老婆を轢いてしまう。夫は気づかず、動転のあまり被害者をそのまま放置して自宅に帰ってしまう。

刑務所の収監中に男児を産んだかおりは出所してすぐ、職を失った夫に離婚を切り出され、我が子に会えないまま、独りで生きていくことに。幼稚園に息子・拓らしい子がいるとの情報を知り、会いに行くが・・

あれこれとかおりの人生は、人情にも触れるが、うまくいかないことが多く流転する。様々な出会いと別れがあり、千葉から各地に移り、最後は福岡、よく知っている天神近辺で働く。

微妙で繊細な絡みが多い。各地でかおりは過去を隠し怖れ、安定収入を求めて暮らす。そこにはいい人だが少しプライドの高い先輩仲居さんや、信じられない振る舞いの同室者などが現れては消える。

物語を通じて登場し、不倫を繰り返し危うさを感じさせる友人の鶴子は、かおりの心情を、複雑でデリケートな感情を浮かび上がらせるのに重要なファクターだ。またかおりが最後に選ぶ職業も読み手に微妙な感情を呼び起こす。

そしてストーリーは、予想通りの展開となる、がやはり泣かされた。分からない、知らない、となってもおかしくないのに。そして人の感情や行動は、落ち着いているようでいて、大人になればなるほど、コントロールできない部分が増える、ということを実感させる。

怖さと人生、時間、老い、感情の絡み、そして謎の正体と、救い。コロナ期の影響をも含んでいて、ショックもそちこちにうまく散らしている。それぞれのエピソードじたいは分かりやすく、結果を先に示すのも明快で読者と気持ちのやり取りをしているかのようだ。丁寧で老練な編み込み方。

私は人気のある作品を、どうしても批評的に読んでしまうひねくれものだ、けども、なにか、オーラを感じながら読んでいた。救い。角田光代の名作「八日目の蝉」にはなかったものがそこにあり、じわっとした。

名建築探訪②カトリック宝塚教会

「大洋を漂いつづけていた白鯨がようやく安住の地をみつけ岸辺に打ち寄せられたとでも申しましょうか」(村野藤吾)

住宅街の中の尖塔と、白鯨。「鯨の教会」として親しまれている名建築を訪問。家が密集していて、全容を撮影することはかないません。

本日も建築散歩。宝塚市にあるカトリック宝塚教会。1965年、昭和40年完工。「階段の魔術師」の異名もある名匠・村野藤吾の傑作を観に。阪急宝塚線宝塚南口駅からテクテク線路沿いに。線路から塔が生えている感じ。

この曲線が、鯨という大きな🐳スタイルがいいですね。ミサ終わりをベンチで待つ。聖歌の声を聞きながら、暑くも寒くもない宝塚。事務室で簡単な手続きをして中に入る。

特徴的なのが、波打った天井。鯨の胎内感が半端ない。1枚ずつ手張りの板の集積、そのウェイブは眺めていて飽きない。曲線っすよ。音響をも大事にしたとのこと。

再び事務室で見学終わりを告げ、100円のパンフレット買って帰る。表紙の、村野藤吾のスケッチがいいなあ。みな教会沿いの細い道を通って狭い通路で高架をくぐってたので帰りは真似して駅へ近道😎

教会の皆さんも優しく、気持ちいい訪問でした。原田の森ギャラリーも再訪しようかな。

名建築探訪①甲南漬資料館

昭和5年の名建築、神戸市東灘区の甲南漬資料館を見学。元社長宅の洋館の周囲に漆喰の土蔵様の建物と販売棟があります。

阪神電車の新在家駅から歩いてすぐ。お隣石屋川駅から行く御影公会堂と同じ設計者・清水栄二氏の手になる作品。アール・デコっぽく、東京庭園美術館を思い出したりする。大きくはない建物。でも装飾と遊びはたくさん。窓の形はおもしろいし、照明や鏡までデザインが凝ってるなと。喫茶室はゴージャスで、ふかふかのソファでコーヒーが飲めます。

洋館は開館日であれば見学・写真撮影自由。ウリの甲南漬を買って帰りました。

午前の神戸は肌寒く風も冷たい。ふつうにダウンマフラーの人多かった。

春の建築散歩。1日1つ。またフラフラと😎楽しい😆

3月書評の6

◼️ 泉鏡花「紅玉」

紅玉と烏の黒。魔と現実。不思議なまま終わる戯曲。

泉鏡花の短い作品は尽きることがない。こうして気が向いたときにぱっと読める。今回も妖しそうなのをタイトルでチョイスしたら、得意の戯曲だった。なかなかサラッとは紹介しにくい展開。

売れない画家が酔っ払ってよろよろと歩いている。大きな絵を背に負っているのを見て、子どもたちは凧みたいだと寄っていき、画家も調子を合わせて遊んでやる。

やがて夕方が近づき、子どもたちは輪になって唄いだす。その真ん中に入って、画家は憑かれたように踊る。そこへ、烏の頭部、人の身体をした4つの影が現れ、輪に入る。子どもたちは走って去った。

1人の烏人は三脚に板のテーブルに組み立て式の床机を持ち出してワインを注ぎ、蝋燭の光に翳し、おお綺麗だ、奥様の白い手の細い指には重さうな、指環の球に似てること、などとのたまう。そして自分以外の3つの烏人に気づき、逃げ出そうとするが、勤めている邸の主人とばったり出会う。この烏人はカラスの衣装をまとった女だった。旅行に出ていたはずの主人は、女を捕え、話せ、と詰め寄る。

女は、奥様が虹に手を翳して、その時外した紅玉の指輪が烏にさらわれ・・と意外なエピソードを語り始める。一方、残る3つの烏人は・・

もとは烏の烏人は、指輪をさらった経緯などを話す。人間界を俯瞰して眺めた矛盾などもこぼし合う。あまり劇的には進行せず、画家が起きて幕となる。

最初の方を読んで、まさか後段のように展開するとは思わなかった。暗さを増す中の烏の扮装、そこに着物の裾の赤が見える。そして、奥様の指輪の赤、虹が庭の池に写る情景、過剰な美しさの描写が倒錯をも匂わせているも感じる。妖し好き、色彩好きという著者の特徴が今回もよく出ている。

最後の3羽の烏の話は不穏な、少し危険、グロなものを匂わせる。そこも演出かと思う。

しかし、やはり終わりがなんかもうひとつ、というのは気にかかるかな。これまでだと、結びも見事なものがあった。人体の動きと色とほのかなエロを思わせた「紫陽花」とか。戯曲なのでありなのだろう。

おもしろく意外なストーリー立て、子どもの声はあやかしを呼び、黒、赤、虹色、不穏・・と連なる。やはり、うまいな。

3月書評の5

◼️ ギルバート・キース・チェスタトン
 「ブラウン神父の童心」

対極のヒーロー?やっぱりブラウン神父はめっちゃ独特。すっとぼけた鋭さ。

若い頃にはイメージだけでやめるものがある。いまは鼻歌で出るショパンのピアノ協奏曲1番も、昔は弦だけの出だしを聴いただけで、なんて暗い曲なんだ、とストップボタンを押し、その後何年も聴かなかった。小説の「オペラ座の怪人」も芝居めいた、西洋風のセリフの羅列がどうにもいい感じがせず途中で投げ出した。

ブラウン神父も、ミステリ好きとお互い分かってすぐの先輩に昔借りた。楽しみに読み始めたものの、構成やストーリーの流れについていけない面があって途中で読むのをやめた。以来、多くの作家が影響を受けた作品、と挙げられてるたびになんか古傷がうずく感じがしたものだ。大人になった今は、どうか?たまたま手にしたのでウン十年ぶりに読んでみた。

ブラウン神父。同じイギリスを舞台にした、発表年代がホームズ後期とかぶっている探偵もの。長身痩躯、鷲鼻、鋭い目、精力にあふれるホームズに比してブラウン神父は小さくて丸顔に丸い鼻、眼鏡をかけ、みすぼらしい身なりに蝙蝠傘、動作もゆっくりなイメージ。ヒーローのイメージとはまさに対極。物語の作りもホームズものとはまったく違う。

奇妙な事件が起きて、捜索して手がかりを集め、それを元に人が予想できていなかった明瞭な解決を見せる、のがホームズもの。ブラウン神父は犯罪界の大立て物フランボウを、パリ警察主任のヴァランタンが追いかけている最中になぜかフランボウと行動をともにして、行く先々でおかしな手がかりを残す、という初出演の仕方でフランボウを出し抜く。しかも2人の間で交わされている会話が、理性と宗教について、といった具合。(青い十字架)

フランボウはやがてこの短編集中でブラウン神父のよき相棒になっていく。

上の会話のように、事件が起きた時のブラウン神父の語りは抽象的で幻想譚のような雰囲気を醸し出す。手がかりの中から必要なものを選り分け、真相を組み立てる。ホームズのように調査結果から分かりやすく意外な結論を導き出すのではなく、想像性が強く演繹的な、ズバッとした結論。「イズレイル・ガウの誉れ」など、最後の見開きページで全解決。また「飛ぶ星」も同じような感じで、年老いたフランボウの回想であり劇中劇、という味のある変化球をかましている。

なるほど、意外性といい、改めて読むとその特徴はよく分かる。確かにおもしろい。しかし「見えない男」のようなトリックはちょっと手垢がついていて、あまり感心しなかった。中には、いきなり何人も関係者が出てきて、どうも状況がつかみにくく、集中できない、という話もあった。たぶん前回はこの辺で挫折している。

いまの目で改めて読むと、謎そのものの魅力、漂う幻想性、だからこそ鮮明に浮かびあがる真相の意外性のほか、そしてできるだけ短いタームで一気に解決を図る手法などはかなり特徴的で計算されている。論理だけではなく、証拠にある程度基づいている。外面と英知のギャップを持つ探偵のカリスマ、また仲の良いわけではなく、ずっと緊張感がありながら噛み合わせの良い、のっぽの元大泥棒フランボウと短躯の神職のコンビはユーモラスで、ちょっぴりアンチテーゼを含んだ設定のような気がする。

確かにおもしろい、かも知れない。多くの作家さんが影響されたという探偵もの。さてしかし、若い時分と同じく、やはり途中躓いて時間がかかってしまったのもたしか。良い折りがあれば続きを読むかも、というところ。ただ、結局未完読の「オペラ座の怪人」はいつか最後まで読もうかな。

2026年3月15日日曜日

負け負けとホワイトデー

先週先々週とよく遊んだからというわけでもないけども、今週末はお家。唯一土曜日午前に用事で外出、梅田のりくろーおじさんの店で焼き立てチーズケーキをば。妻が好きで、食べたいと言ってたのです。

ホワイトデーだけあってすごい人で、警備員も出てて1時間ちょっと並びました。立ち読書📖で待ち。で、入手したチーズケーキは独特の軽いスポンジ状。焼きマークはイベントの特別仕様。マークを外してわきをいただきました。私は切りましたが、手でのちぎり食べも美味しいとか😋

外出はそれくらいで、午後夜は寝る。体力回復。で、日曜は朝から⚾️WBC、午後は高校🏀日清トップリーグの入替戦。地方リーグか、強豪の並ぶ全国のトップリーグか。福岡第一は藤枝明誠に僅差で悔しい負け。これからの奮起を期待。WBCは・・うーん気が抜けて何もコメントがない。あれこれあるだろうけれど、ただ不完全燃焼。以上、です。

神戸ブックフェアを大々的にやってるけども、今年は見送り。何かと予定が重なるなと。

生ステージはやっぱり影響される。いまの鼻歌はシューベルトのピアノソナタ13番。希望が見えて、やさしくてとてもいい曲。それからコルンゴルトのヴァイオリン🎻協奏曲。映画音楽のような作りにハマってます。ホント名演でした。

戻り寒波は・・めっちゃ寒かったっす。気温が多少上がっても、北風がびゅうびゅう吹く。朝は雪がチラチラ舞い、金曜は帰り雨だし☔で、冷え冷えとしてました。これが最後かな。ここで正月のあまりのお餅食べとこうと焼きました👌

春はそういう季節で、今年もそれなりの方が転勤したり、会社を去ったり、定年や契約満了を迎えたり。お別れする方には本をお渡ししている。この週末も文庫本1冊購入。次の週末も買う予定。

期末、やがて4月。いやまずは目の前の3連休何するか考えよう😎つれづれでした。

3月書評の4

◼️ 伊与原新「宙わたる教室」

実話を元にした感動作。定時制高校の科学部の話。パワーを感じます。

伊与原新は「月まで三キロ」「八月の銀の雪」「青ノ果テ」「オオルリ流星群」「藍を継ぐ海」と読了。やはり天文・科学の研究者出身という素地を活かした話が好みだが、それだけでなく人の情を絡めながら描くところに惹かれている。今作は先にNHKのドラマを観て、感銘を受けた。原作に忠実に作ってたんだなと、出演者を思い出しながら読んだ。

東新宿高校の定時制課程。夕方5時45分から9時までの4限制。ごみ収集・処理の工場に勤める若者・柳田岳人は文章の理解が困難な性質で中学をドロップアウト、大麻の売人とつながりのある仲間と付き合っていた。博士号を持つ大学の研究者で定時制教師の藤竹は、荒っぽい柳田が数学のテストで方程式を難なく解いていることに目をつけ、科学部を作ろうと持ち掛けるー。

「知ってますか、火星の夕焼けは青いんですよ」

柳田のように働きながら通う者、フィリピンとのハーフで長年フィリピン料理屋を営んでいる越川アンジェラ、保健室登校でSF小説好きの名取佳純、集団就職で東京に出てきて自分の製作所を持った老人・長嶺省造、現役キャバ嬢・正司麻衣など、定時制には様々な学生が集まってくる。トラブル、怪我は日常茶飯事。実際にバイクで柳田の仲間が乗り込んできたり、腕のカットがあったりする。

藤竹は柳田をはじめ各人を科学部に誘い、それぞれの良いところを引き出し、学会発表という大きな目標を掲げる。やがて火星のクレーター再現、という画期的な実験に向けて定時制の科学部は走っていく。

宇宙好き、科学という題材への興味がまずある。しかし登場人物の設定の上手さと、隠れた背景の作り方が抜群だ。藤竹のキャラもマンガみたいに絶妙。会話や人情味の見え方も分かりやすく感情の琴線に触れてくる。学会発表という未知の世界のリアルさも新鮮で魅力的。

読み手は人の成長や目標の達成、そこへ向けての努力・過程に感銘を受ける部分もあると思う。サクセスストーリーには出来過ぎ感が伴う。もちろん、これも小説ではあるが、説得力を感じるのは、実話を元にしているからかもしれない。

大阪の定時制高校グループが「重力可変装置で火星の水の流れを解析する」という研究により日本地球惑星科学連合大会のポスター発表で優秀賞を受賞した。それより先、彼らの微小重力発生装置はJAXAに注目され、小惑星探査機・はやぶさ2のチームが同様の装置を用いて基礎実験を行ったという。

すごい成果だと、率直に思う。柔軟な発想と創造のパワーに溢れている。手作り?というのがまたいい。この研究成果には微調整のため、何回も繰り返したテストの積み重ねがあるはずで、本書でも描かれている。

実話に小説らしい味付けがなされた物語。綿密な取材も伺える。保健室の養護教諭・佐久間のセリフもリアルだな、と。テレビドラマはさらに色々付け足していた、けどもストーリーはかなり原作に忠実という印象を受けた。

ドラマとの良い相乗効果でホロリ🥲続編もまもなく刊行らしい。楽しみだ。

伊与原新が「藍を継ぐ海」で直木賞に選出されたときの選考委員を務めた辻村深月と著者の対談が掲載されている。その中で、お金にならなくても平気だし、「何の役に立つの?」という質問など端から考えてもみないのが普通な、好きなものに夢中になる大人の話が出てくる。

私はマニアではないが、12月のふたご座流星群や、年明け早々にピークを迎える未明のしぶんぎ座流星群はどんなに寒くても、朝眠くても外で何時間か粘る。彗星が見えるとなればスマホで撮影するのに良き場所へ出かける。だって楽しいし、好きだし。肯定されたようでd(^_^o)好感。良い読書でした

2026年3月8日日曜日

人生すべて芝居

直木賞受賞作「木挽町のあだ討ち」芝居小屋の裏方たちがあだ討ちを見守った。1年半後、あだ討ちを遂げた少年の藩から来た浪人が、関係者に聞き込みを始めるー。そこには大きな理由があった。

原作を読んで、正直出来過ぎ?という気もあったけども、上手に芝居を活用していて、なにかストーリーを超えて、大きなものが語りかけてくる気がした作品。人情ものでもあるし、なにせ芝居だから色彩も豊か。映画はすごく精巧に、手間をかけて作ってるなという感想。楽しめます。

お客さん多かった。休みの朝イチ9時過ぎからだというのに8割は入ってたかと。人気なのかな。ヒット中?

いちご🍓狩り初体験

🍓いちご🍓狩りに行ってきました。有馬温泉を抜けた神戸電鉄二郎駅近く。ビニールハウス3つになっている「章姫」「紅ほっぺ」30分食べ放題。

目にあやな赤い果実。春告げのような気もする。食べやすいからパクパク。「章姫」は柔らかく甘い、「紅ほっぺ」は歯応えがあって果実を食べてる、という実感がある。

20分ごろにはギブアップ😎でもすでにもう砂糖食べたらお腹の中でいちごジャムできるんちゃうかーという腹具合だった。人生で初めてこんなにたくさんいちご🍓だけを食べました🍓

この辺は気温がかなり低いそうで、寒い週末、北風も強くたしかに一段寒い感覚。まあビニールハウスなんで摘んで食べてる時は暖かい。持ち帰りも購入して帰りました。ミニドライブ。途中内装がきれいな山小屋風レストランでランチもして、いい大人のお出かけでした🍓

直木賞受賞作「木挽町のあだ討ち」芝居小屋の裏方たちがあだ討ちを見守った。1年半後、あだ討ちを遂げた少年の藩から来た浪人が、関係者に聞き込みを始めるー。そこには大きな理由があった。

原作を読んで、正直出来過ぎ?という気もあったけども、上手に芝居を活用していて、なにかストーリーを超えて、大きなものが語りかけてくる気がした作品。人情ものでもあるし、なにせ芝居だから色彩も豊か。映画はすごく精巧に、手間をかけて作ってるなという感想。楽しめます。

お客さん多かった。休みの朝イチ9時過ぎからだというのに8割は入ってたかと。人気なのかな。

さあ、遊びました。春のお仕事にはげまなければ。

3月書評の3

◼️ 梨木香歩「エストニア紀行」

バルト海に面した北の国。読んで字の如く、だけど、やっぱり梨木香歩さんしてます。

バルト三国、リトアニア、ラトビア、エストニア。ゴルバチョフが打ち出したペレストロイカのもと独立の機運が高まり1991年にソ連から独立を果たした。ちょうど学生時期で新聞によく載っていたので、なぜか南からの順番で覚えた。

今回の舞台は北の果て・・梨木香歩は最初は首都・タリンで昔の地下通路などを訪ねる。まさに紀行ものらしい。建物や人の機微を心中よく捉えている。

バルト三国最北の国、というのは知ってた。でもさすがになじみのない国、タリンではもう一つ想像しにくいな、と感じたが、北部、湾を隔ててスカンジナビア半島のフィンランドと向かい合っている首都タリンから、ずっと南東部のヴォルに移動して、ホテル近くの厚い森に1人入ったころに、ナチュラリスト・梨木香歩らしさが出た。

「じっとしていると、ときどき自分が人間であることから離れていくような気がする。人が森に在るときは、森もまた人に在る。(中略)何か、互いの浸食作用で互いの輪郭が、少し、ぼやけてくるような、そういう個と個の垣根がなくなり、重なるような一瞬がある」

茸取り名人のおばあさんの話を興味深く聞く。梨木香歩も相当の知識がある人で、その会話はけっこうディープ。茸は首都タリンの近くでもちょっと郊外に出れば取れるそうで、国民にはポピュラーな食材のようだ。アンズダケが食べてみたくなる。

西部キヒヌ島は男性たちが漁に行ってしまうため、家に残った妻たちはパンを焼き、魚を捕って焼き、畑を耕す。機織り機で作られた暖色系統の縦縞スカートが鮮やか。著者は女たちを「なんてかっこいいんだろう」と涙さえ浮かべながら感激している。

北西部の大きな島、ムフ島とサーレマー島訪問。サーレマー島はソ連時代、軍事拠点だったから、生態系がそのまま保たれているらしい。ムース一万頭、オオカミ、オオヤマネコ、クマ、カワウソなどがいると知り梨木氏は夢見心地。

「私はかなり本気で後半生をこの島で過ごすことを考えた」

んだとか。梨木香歩さん、めっちゃ植生に詳しいし、毎月、季節のゼリーを作っているらしい。渡り鳥の観察のために、自分で車を運転してウォッチしたり、空港でたぶん英語になっているであろうアフリカの本を購入し読む、という、理知的および科学的であり、かつ行動力がすばらしい。

エストニアの1か月前はカムチャツカ半島に行っており、この後はアフリカに行くんだとか。

様々な種類の、この作家特有の要素が散りばめてあり、そのまっすぐさに惹かれてしまう。感性がおもしろい。幽霊騒ぎもなかなか楽しいくだりでした。

梨木さんのエッセイ、GOOD、良い感触。折に触れもう少し読んでみようかな。

3月書評の2

◼️ 芥川龍之介「犬と笛」

創作寓話。笛は妖しを誘う。

出かけるのに本を忘れて、青空文庫。先日観たドキュメンタリー映画「ブーニン 天才ピアニストの沈黙と再生」でブーニンが日本の小説では芥川龍之介に影響を受けた、と話していたな、と芥川からタイトルで選んだ。ちなみにブーニン夫人は日本人。

大和の国、葛城山の麓ー。髪が長く女のような顔立ちをした髪長彦という若い木こりは笛が上手で、仕事の行き帰り、合間に音楽を奏でていた。

ある日から連日、足一つの神、手一つの神、目一つの神が現れて笛の音を楽しんだ礼に望みを叶えてやると告げる。髪長彦はいずれも「犬を一匹ください」と望み、どんな遠い所でも嗅が出してくれる白犬、背中へ乗って飛べる黒犬、どんな鬼神でも噛み殺すまだらの犬をもらいうける。

さてある日、髪長彦は弓矢に身を固めた侍2人と行き会い、飛鳥の大臣のお姫様姉妹が行方不明だと聞く。髪長彦は犬たちに命じ、姫を探索に行くー。

悪者として八岐大蛇を飼っている食唇人と土蜘蛛が出てくる。食唇人はどうやら芥川の創作した怪物らしい。無事姫たちを救い出すものの、手柄を侍たちに横取りされる。侍、という言葉で考えてしまうものの、舞台といい記紀っぽい演出といい、古代の話のようだ。あまりややこしくもなく、最後は報われる。児童向けの話、寓話かなと。

笛で思い出すのは陰陽師安倍晴明の親友、源博雅。夢枕獏の作品ばかりでなく、当人がどうかは忘れたが千早茜も「あやかし草子」で魅力的な短編を書いているし、ほかの京都を舞台にしたライトノベルでも出てくる。笛の音に引き寄せられる鬼、魔物、ここでは自称・神。不思議な力。鬼からもらいうけた名笛「葉二(はふたつ)」の話は十訓抄にあるらしい。今昔物語集や能にも博雅は出てくるようなので、古典に材を取る名手、芥川も読んでいたのであろう、か?

児童向けの昔話。でもけっこう好きな雰囲気だった。

3月書評の1

◼️あさのあつこ「花下に舞う」

「弥勒」シリーズ11作め。あこぎな高利貸し夫婦が殺された。死顔には驚愕の相が張りついていた。過去と現が混ざり合う。

たぐいまれな推理力を持つぶっきらぼうな同心・木暮信次郎、年上の手下で情の厚い岡っ引きの伊佐治親分、元は腕の立つ暗殺者でいまは繁盛する小間物屋の主人・遠野屋清之介が絡むシリーズも10作を超えた。児童小説のイメージがある著者が大人の時代劇を描くギャップに興味を持ち読み始めて長い。登場人物の描き方に人情とクセが見えて、なじんでしまう感覚。

徳重という金貸し、女郎上がりの後妻、お幸が自らの店で斬り殺された。夫婦共に、ひどく驚いた表情を浮かべていた。信次郎と伊佐治は調べを進める。徳重は前妻の兄弟で商売が傾いている今の屋の主・榮三郎に多額の金を貸していたが、その榮三郎が頓死、葬儀の席で悪し様に罵り催促をしたという。そして近くの長屋に住む母子家庭のお高は、恐ろしい目に遭い、恐怖のあまり伏せっていたー。

お高と同じ長屋に遠野屋の奉公人・弥吉が住んでいて、そこから清之介とつながりが出てくる。犯罪自体の下手人を探索する一方で「死の間際になにを見たのであろうか」亡くなった母に聞いた言葉が信次郎に響いてくる。

先代から仕えていた岡っ引き職人、地回りの刑事役の伊佐地はなにかと息子のような年齢の信次郎に小言を言う。清之介は商いに邁進して幸せをも感じている。しかして、2人とも、信次郎の底知れない推理力、すべてを剥がして人間の本性をさらす信次郎の能力ーその矢印は清之介にも向けられるーに魅かれている。

その黒さ、がシリーズを貫く芯となっている。あこぎさ、むごさがある反面、情も、救いも、不思議な感情も交差する。殺された夫婦には、悪辣さ、意地悪さの面とそうではない部分がないまぜになっていて、ふむ、と思った。

今回は殺人の下手人を突き止めてから、が長い。あれこれと出てくる、一見関係ないような要素はどうつながるのか、母の言葉は?二重三重の底がある物語。

リンクをどう考えるか、ちょっと出来に感じるところもあるが、なんだろういったい、と読ませる力がある作品でした。

2026年3月1日日曜日

ブーニン

ドキュメンタリー映画「ブーニン」を鑑賞。

1985年のショパン国際ピアノコンクールで優勝、日本でも大ブームを巻き起こしたブーニン。しかし当時のソ連国内でKGBの監視、学院のコンサート禁止令など困難が襲い当時の西ドイツに亡命した。

日本人の妻を得て、活動拠点の1つは日本。しかし病魔と怪我による深刻な事態に直面し、9年間もコンサートから遠ざかっていたー。

クラシック界ではソ連からの亡命はよくある話ではある。芸術をもイデオロギーや政治の力でで抑えこもうとするのは健全とは言えない。ブーニンもまた体制末期のソ連で苦しんだ1人だろう。

訥々と過去のことを話すブーニン。少しずつ、謎の過去が明らかになる。そして完全復活を目指す途上、思うようにいかないと、イライラした姿も見せる。日本への愛、夫婦の愛もこぼれる。

ショパンコンクールは2回続けて集中して聴き、その前の会は過去映像をさらった。しかし実はブーニンの映像はほとんど観たことがなかった。単純に画が古いのと、だいぶ叩く人、という妙なイメージがあった。

今作でかなり研究できた気がする。確実で、テクニカルで、自然に打鍵が強い。自然で確固とした音、テクニックと余裕、流れるような麗しくフレーズ、全体の美しさ。ちょっとイメージと違い、研鑽のあとがにじむ。

演奏が長く、インタビューもちょっと考えるところがあったりした。ブーニンが控えめで穏やかな性格で、冷静であまり大げさにならないしゃべりにかえって困難の大きさが見える気もする。

ショパンだけでなくシューマンやプーランクも作中で披露している。若手奏者にレッスン・助言もしていて、桑原志織、反田恭平、亀井聖矢なども登場する。

また公演あるだろうし、考えてみようかな。成熟のショパンが聴きたい気もする。

コルンゴルト&中野りな最高!

仙台国際コンクール史上最年少優勝、中野りなソリスト、コルンゴルトのヴァイオリン🎻協奏曲。コルンゴルトは、軸足はクラシック音楽で、アメリカで1930年代〜50年代に多くの映画音楽を作曲した。

中野りなは写真では幼さも残るけども、演奏中はオーラ、貫禄が漂うくらい颯爽としている。次代の天才としてテレビで取り上げられていて、覚えていたら仙台優勝。まだ学生であまりコンサートの数が多いわけではなく、2年ぶりくらい、2回目の生演奏。

今回はアメリカのジュリアード音楽院で学ぶソリストが、コンルンゴルトがアメリカ映画の自作からも引用して作った曲、というラインでの選曲らしい。

「トムとジェリー」またいくつかの古き良きアメリカ映画で独特の抒情ある楽曲はどう演奏してるんだろう?というところにも大いに興味があった。最近身体の不調からステージ復帰したヒラリー・ハーンでめっちゃ予習した。

いやー中野りなはやはりがっちりとした技術、態度、オーラ、音も大きくすばらしかった。コルンゴルトは映画「E.T」のようなイメージの曲で、ヴァイオリンの聴かせどころも多く、オケとソリストの掛け合いもあり、ラストの決めも鮮やかで大いに盛り上がった。後味が良くて、聴いてる身が幸せな気持ちになる演奏。ブラヴォー👏👏

シューベルトの交響曲5番、コルンゴルトと弦の並びはスタンダード。ところが続くベートーヴェンの8番は下手の第1ヴァイオリンの奥、第2ヴァイオリンの位置にチェロが来て、第2ヴァイオリンは上手のチェロの場所にスイッチ。あれ?と思ったら曲の構成上それがいいんだなと。第1ヴァイオリンとチェロ、第2ヴァイオリンとヴィオラのピチカートのタイミングが同じ、など確かにその方がいいかもと。これはベートーヴェンの仕掛け?やっぱりベートーヴェンはおもしろい。

ソリストの音が天に響く、オケを見ながら曲を愉しむ。やっぱり、クラシックもLIVEに勝るものはない。

ヒラリー・ハーンでコルンゴルト復習しよう!

2月書評の12

◼️ 川内有緒「空をゆく巨人」

いや・・圧倒された。現代美術の雄・蔡國強とチームいわき、ことに主人公の志賀忠重。すごくて楽しいことがこれだけできるんだと。

なじみの古書店さんに薦められて購入した。新しい何かに会える期待感があったところ、想像以上。苦しくとも、なんとかしてきた者たち。

現代美術はアート好きなら何度も見る。わけ分かんないけど楽しい、という感触。ある美術展では会場外のトイレにまで一面にテープで文字が貼り付けてあった。複雑なレールを広い場所に敷いたうねうねと敷いた作品もあった。しかし蔡さんの作品は、独自性豊かで、スケールが大きく、視覚的。まとまっていて、強いメッセージ性がある。

福島県出身の志賀忠重は1980年代、地元で、ソーラーパネルによりお湯が出るシステムの訪問販売で大成功を収めるなど商才を発揮していた。1986年、キャンバスの上で火薬を爆発される火薬画を志向していた美術家・蔡國強は妻を連れて中国から来日、銀座の画廊で作品を売り込むものの相手にされなかった。やがて人を介して蔡はいわき市にある志賀の友人・藤田のギャラリーで作品展をすることに。そこで蔡は志賀と出会った。

志賀という人物は、福島の地元とのつながりを大事にしながら、これという人には成り行きで入れ込んでしまう。蔡さんが展示を手伝ってくれといえばアメリカでもヨーロッパへでも飛んで行く。北極徒歩横断に挑む者のサポートのため現地のベースへ入り、補給の飛行機で最前線へ行く。現実的な目線では資金はどうしてるの?と単純に思う。

時代というか、なんとなく分かるが、事を成す人はおおらかだ。発想は豊かでなんとかなると突っ走る。蔡さんも、大場さんという冒険家も計画的とは言えないし、費用や人員のことは顧みない。ただ成し遂げる結果は本当に目を瞠る。全般に、なんとかなるさ、という通念のようなものがあって、現実的な心配を感じさせない。そういった時代人の心意気も分かるような気がするから不思議。

蔡國強というアーティスト、実は初めて知った。しかし、すごい。文字と写真で芸術ゴコロが惹かれ、見てみたいと思わせる作品が多い。

アメリカ・ネバダの核実験場などで筒に詰めた火薬をに点火、きのこ雲のような煙を出す写真のシリーズでセンセーションを巻き起こし、有名になった。それにしても、福島の海で火薬を何百mも引いて火をつけ、地球の輪郭を表したり、長い縄梯子を飛ばして空中で火をつけたり、果ては空港から17時間バスに乗っていくゴビ砂漠で、万里の長城の端を延長させる形で1万メートル火薬を敷く。もちろん火をつける。火は蛇がうねるように15分かけて進み、雪山の向こうに消える。視覚的にもチャレンジとしても壮大で突飛で、しかも成果を感じさせる。火薬ばかりでなく、福島の海で掘り出した木造の廃船を使った展示をしたり、大きな塔を造ったり、いわきの新しい美術館に龍のような回廊を構想したり、とにかくスケールが大きくて、身体の芯に来るような作品が多い。

志賀氏を中心としたいわきチームは世界各地に行って蔡さんの廃船を使ったアートのため、船を組み立てる。現代美術のスーパースターを支えているのは東北弁をしゃべる逞しいおっちゃんたちだ。写真の表情は本当にみないい顔をしている。

カナダ国立美術館分館での記念写真、いわきのメンバーたちが現地に来て作業をした廃船と、白磁の磁器を粉々に割ったものを取り合わせた作品の前で蔡さんと妻子が微笑む写真には、なぜか涙が出た。

そして東日本大震災、志賀はある決意をする。

絵を描ける人、楽器奏者、スポーツ選手には畏敬の念を抱いてしまう。蔡さんには圧倒された。そして志賀氏を見ていると、人間ここまでできるんだ、というでっかさを感じる。いやもう単純にすごい。故郷と暮らす人々への強い想いにも感銘を受ける。

ぐわんとくる、読み応えあり過ぎる本でした。
蔡さんの展覧会、なんなら火薬を使った大規模な作品でも、ぜひ観たい。どこかでやんないかな。福島の美術館にも行ってみたいね。

2月書評の11

◼️ 柳広司「シートン探偵記」

野生動物などにかかわる殺人事件。探偵役シートンのキャラが、ハマっている。続編熱望。

シートン動物記は実はたぶん断片的にしか読んでいない。この本と図書館で目が合ったとき、著者が夏目漱石のパロディ推理小説や「ジョーカー・ゲーム」シリーズを書いた柳広司氏と見て、これはきっと面白いに違いない。かつ、シートン動物記の話を再学習できるかも、と瞬時に期待が膨らみ即借りてきた。

「狼王ロボ」、カラスの王様「銀の星(シルバー・スポット)」、ハイイロリスの「旗尾(バナー・テイル)」ハイイログマの「熊王ジャック」の話などが収められている。なにか懐かしく思い出すものはある。

ニューメキシコ州サンタ・フェにある広大な"シートン王国"有名な「シートン動物記」の著者アーネスト・トンプソン・シートン氏のもとをロサンゼルス・タイムズの記者が訪れる。シートン氏の自叙伝の書評を書くにあたり、エピソードを拾おうという取材。そこで記者は、過去にシートン氏が解決した、オオカミにまつわる殺人事件の話を聞くことになるー(カランポーの悪魔)

ワトスンはこの記者で、ホームズがシートン。80歳にしてかくしゃく、溌剌としているシートンは落ち着いた、知的な口調で語る。野生動物への豊かで深い知識と観察力、経験に基づいた推理力が発揮される。

殺人や暴行、陰謀が絡むので、背景はやはり生臭い。しかし動物の習性をベースに置きながらユーモアを交え物語らしく仕上げている。ま、ちょっときれいにまとめているのでトリックは凝っていたり、特に動機があっさりしてたりという気もしたが、興味深く読めた。

シートンはホームズよろしく、観察の結果から記者が訪ねてくる前どこに立ち寄って何をしていたか、など当ててみせる。これはいいアクセントであり、洞察の深さを示す材料となっている。また密室牛小屋の暴行事件はホームズの「名馬シルヴァー・ブレイズ」を思い起こさせたりする。

実際のシートンと親交の深かったセオドア・ルーズベルト大統領も登場する。この関係性に関しては巻末の解説、補足で腹落ちする。

思った通り、なかなか楽しかった。偉人が遺したものから上手に拾い上げ、うまく展開させている。もう少し読みたいぞ。続編望みます。

◼️ 柳広司「シートン探偵記」

野生動物などにかかわる殺人事件。探偵役シートンのキャラが、ハマっている。続編熱望。

シートン動物記は実はたぶん断片的にしか読んでいない。この本と図書館で目が合ったとき、著者が夏目漱石のパロディ推理小説や「ジョーカー・ゲーム」シリーズを書いた柳広司氏と見て、これはきっと面白いに違いない。かつ、シートン動物記の話を再学習できるかも、と瞬時に期待が膨らみ即借りてきた。

「狼王ロボ」、カラスの王様「銀の星(シルバー・スポット)」、ハイイロリスの「旗尾(バナー・テイル)」ハイイログマの「熊王ジャック」の話などが収められている。なにか懐かしく思い出すものはある。

ニューメキシコ州サンタ・フェにある広大な"シートン王国"有名な「シートン動物記」の著者アーネスト・トンプソン・シートン氏のもとをロサンゼルス・タイムズの記者が訪れる。シートン氏の自叙伝の書評を書くにあたり、エピソードを拾おうという取材。そこで記者は、過去にシートン氏が解決した、オオカミにまつわる殺人事件の話を聞くことになるー(カランポーの悪魔)

ワトスンはこの記者で、ホームズがシートン。80歳にしてかくしゃく、溌剌としているシートンは落ち着いた、知的な口調で語る。野生動物への豊かで深い知識と観察力、経験に基づいた推理力が発揮される。

殺人や暴行、陰謀が絡むので、背景はやはり生臭い。しかし動物の習性をベースに置きながらユーモアを交え物語らしく仕上げている。ま、ちょっときれいにまとめているのでトリックは凝っていたり、特に動機があっさりしてたりという気もしたが、興味深く読めた。

シートンはホームズよろしく、観察の結果から記者が訪ねてくる前どこに立ち寄って何をしていたか、など当ててみせる。これはいいアクセントであり、洞察の深さを示す材料となっている。また密室牛小屋の暴行事件はホームズの「名馬シルヴァー・ブレイズ」を思い起こさせたりする。

実際のシートンと親交の深かったセオドア・ルーズベルト大統領も登場する。この関係性に関しては巻末の解説、補足で腹落ちする。

思った通り、なかなか楽しかった。偉人が遺したものから上手に拾い上げ、うまく展開させている。もう少し読みたいぞ。続編望みます。

2026年2月23日月曜日

アフリカン〜♪

前日買ったブックカバーのアフリカ布を扱うお店が映画館のごく近くにあると聞き、さっそくご訪問。バオバブさん。店主さんとお話ししてカラフルなグッズを見て、期間限定というアラビアンクッキー買いました。また行こう。次はアラビアンケーキも食べたいなと😋

たしかにあった幻

神戸・三宮で河瀬直美監督の新作「たしかにあった幻」を観る。医療もの、神戸・芦屋付近が舞台というくらいで、あまり予備知識がないまま観たらこれが子どもの臓器移植ものだった。子どもがかわいそうな話はホント観ていられない。何度もホロホロ😢ただ河瀬監督らしいクセがあって、映画らしい流れは掴みやすく、また深刻な社会問題に取り組んでいる、その重さを感じさせる力はさすがだと思った。お弁当屋のおかみさん役、尾野真千子がすごく良かった。

夜少し雨が降ったものの、日中は本日も快晴。先週末は大雪の中雪まみれになってジーライオンアリーナ神戸にバスケ🏀を観に行った。去年のこの週は雪が時折降る寒空で大阪マラソンに出る友人を応援し、あまりの寒さに近くのたこ焼き屋でハフハフいいながらおいしく暖をとった。

ところが今年は、朝は寒くても、日中は半袖の人もいるほどの気候。私は朝イチで動くのが好きなので薄いものを重ね着して暑かったらリュックに放り込む感じ。神戸・三宮は風がやや冷たく、スポーツショップで買った競技自転車🚵‍♂️用の薄いネックウォーマーを装着。当面は寒暖入り混じりそうだ。

前日は高松国際ピアノ🎹コンクールのファイナル。応援していた奏者を含む日本人は残らなかったものの、5人のファイナリストがみなホントにテクニカルかつ情趣豊かなのに感心😳ショパンコンクールなどの有名コンクールならずとも、世界に上手な若手ピアニストはたくさんいると改めて実感。ファイナルでラフマニノフの3番を熱演したウクライナ🇺🇦の21歳、ロマン・フェディウルコが優勝。おめでとう!3位の🇺🇸エリザベス・ツァイのブラームス1番も、2位の🇩🇪キム・ジョンファンのサン・サーンス4番も上手かったなぁと♪

さて、冬季オリンピック、フィギュアは団体、男子シングル、ペア、女子シングルと観た。マリニンがまさかの大崩れ、りくりゅうの大逆転金メダル🥇にはポロポロ涙が出た。目立つミスが相次いだ男子に比べ、女子はミスが少ない雰囲気で推移していき、今季絶好調のアリサ・リウが明るさめいっぱい、ジャンプノーミスの演技で優勝。オリンピックのラストダンス、坂本花織はわずかに及ばず銀🥈。金銀ともに、4回転ジャンプやトリプルアクセルを使わない選手となった。銅メダルの🥉17歳中井亜美は勝負度胸が持ち味か。

終わったな・・という感が強い。振り返るといろいろあった。神戸市営地下鉄のコンコースに坂本花織の競技写真と手書きの手紙のパネルがあるとの記事を見てきょう行ってみたが、すでに取り外された後期間中にはもう外してたんだとか。残念!

スノボも村瀬ここもと、深田まりとの金争いには痺れた。これぞオリンピック、という熱さだった。

さあここからの2週くらいは公私ともにパタパタする。3連休しっかり休んだし、がんばろうかな。

スッキリとしたカフェ

地元に新しくできたカフェでレモン🍋ケーキとエチオピア🇪🇹アイスコーヒー。アフリカつながり😎スポンジケーキの柑橘系の甘酸っぱい感じと、やはり酸味を効かせたエチオピア。うんまい😋!

ホクホクの休日なのでした。

アフリカ布ブックカバー

よく晴れた日曜日2.22😺😼😸の日は六甲アイランドのイベントに六甲ライナー。海を渡る景色は何度乗ってもワクワクする。

で、お知り合いのブックカバー屋さん、gotozouさんのブースへ。いつも明るく迎えてくれる店主さんで今回も楽しくお話しさせてもらいました。様々なブックカバーを作ってらして、そのうちアフリカ布のものを見てみたく、これから春夏だしいかにもアフリカ!のようなものが欲しいかなと思っていた、のですが、

これに撃ち抜かれました🏹。赤🟥がホントにいいと思います。嬉しい。スピンのアクセサリーはいちご🍓。

めっちゃお気に入りっすd(^_^o)

それにしても六甲ファッションマート、ファッションプラザはさすがにおしゃれ。家具や絨毯など様々な店舗が入っていて、おしゃれテーブル&チェアを置いたカフェも何軒かあった。よく行くわりにはこのへんの店には入らない。たまには行ってみようかな〜🙂

3月書評の10

◼️ 西加奈子「舞台」

演じている、は西加奈子ひとつのキーワードかもしれない。

人はニューヨークに何を感じるのだろうか。また、自意識、というのが意外に強いものだというのは年齢を経るに従って分かってきた気がする。突っ走りと関西弁でいわゆるヘンコ。自意識過剰の若者は、NYで何を見つけたのか。

それなりに高名な作家だった父親のことをしゃらくさい、と言って嫌っている葉太。女にはモテるが演技をされると萎えてしまい長続きしない。その父が死に、遺したお金でNYへ一人旅をすることに。セントラル・パークの有名な芝生、シープ・メドウに着き、念願通り寝転がってお気に入り作家の本を広げたとたん、日本語で「まさか」と書かれたTシャツを着た白人の男に、目の前で財布、パスポート、スーツケースの鍵など一切合切入ったバッグを持ち逃げされる。葉太は追いかけなかったー。

西さんの作品はよく読んでいる。先日「おまじない」という短編集を読んで、今回考え方の点で、ああ、繋がってるなあと思った。生活の中で「演じる」こと、生きづらさの中で自己肯定、また自己防衛として発する演技など。

葉太は両親、とりわけ父親に対する嫌悪の情をあらわにし、また、行動のいちいちも、周りの観光客をバカにし、虚勢を張るなど神経質。また霊感が強く、ふつうに霊が見えてしまう特異体質。極端なキャラとして描かれている。

性格には、祖父の葬儀で父親に見下された経験、誰かと気持ちをわかち合えないこと、人気者の同級生が修学旅行で財布をなくした事態に情けなさを感じ、自分はああなりたくないと思ったこと、などがトラウマ的に影響している。

よく書くのだが、人間は瞬時に多量の物事を考えている。独りで行動する時、何かと考えが変な方向に行ってしまい、何やってんだというような効率的でない行動を取ったりする。そういった人間のフツーの?生活の部分、自意識過剰な心の動きをことさら強めて描いている感じだ。頻繁に霊を見る葉太のオチは?と思ったらふむ、なるほど、という消化だった。

巻末の対話式解説で、恵まれた者の、無視されがちな悩みを書きたかった、とある。うむ・・この話は最初から葉太はけっこうな考え過ぎの、変な男、という側面が強く出ているし、家族も少し形がおかしく見えるして、んー、シチュエーション的には揃ってるけど、あまり恵まれている印象はなかったかな。

流れも伏線回収も、よく考えられていて、いつも通りちょっとヘンで、途中から難が降りかかり、もう一度アクセルがふかされ、葉太はピンチに立たされる。そして自己の性格と親との関係に向き合う。

コメディ風味の衣に入った純文学っぽさ、これは最近顕著な西さんのテイストだな、と思っている。今作は興味深かったが、もひとつリズムが合わない面もあったかなと。

乗り切れない理由・・実はワタクシNYとかLAとか・・言われてもアラスカ以外のアメリカには興味がない、ということも影響したかも。まあ知識として入れとく場合には悪くないものなのでフツーに読むけど(╹◡╹)

興味深く、テクニカルな物語ではありました。

3月書評の9

◼️ 稲葉白菟
「神様のたまご 下北沢センナリ劇場の事件簿」

シモキタの地域ミステリ。小劇場をめぐる人間模様。続きあるよね?

下北沢は単身赴任時に数回行った。当時のシモキタ駅はすごい高い階段があったような。確かに広くない路地にお安くて小さくてクセのありそうな店がたくさんあるイメージ。劇場もあった。何かの用で夜10時ごろ歩いたこともあり、劇中の雰囲気も少しだけ分かる気がする。

下北沢の複合施設・シモキタザワ・イーストエンドに入っている下北沢センナリ劇場。そのオーナーの孫・竹本洸太朗は大学入学で神戸から上京、2つあるハコのうちセンナリ・コマ劇場の支配人・日英ミックスのウィリアム近松のもとアルバイトとして働くことになる。折しも、ホームズ物語のオマージュを上演しようとした劇団の出演者が小道具として持ち込んだ本物のアレクサンドライトの指輪が見つからず、盗難かという騒ぎが持ち上がるー(神様のたまご)

冒頭のエピソードには「The Adventure of the Blue Carbuncle」という副題がついている。ホームズ短編人気の1つ「青いガーネット」だ。クリスマス時期に盗品の、有名な青い宝石がガチョウの体内から見つかる、というお話。そちこちにパロディっぽい仕掛けも見える。ほか、サスペンスもの「死と乙女」、島崎藤村の詩をロックにする「シルヤキミ」、ちょっとホラーっぽい「マクロプロスの旅」、本格ミステリの色合い「藤十郎の恋」で締めとなる。

劇場に絡む人情もの、という感じがする。基本テイストはコメディっぽい。洸太朗の祖父がセンナリ劇場を立ち上げ、祖母はオーナー、おじがもう1つのハコ「ザ・センナリ」の支配人、小さい頃来た時遊んでくれた女性の和田は制作部長、まりやとダイク、2人の若いアルバイト。この本でも一部の者にフォーカスはされているが登場人物についての掘り下げはこれから、という感じ。これは続巻あるだろうなと。

街ものと舞台もの、両方あって、ステージも有効に使って、ライトなものから本格まで、舞台、芝居を使ったミステリも過程はおもしろい。ワクワクして読める。

青いガーネットのネタについては、議論は尽くされている感があり、プチシャーロッキアンとしてはまあ想定の範囲内。他にもちょっと結末が予想できるな、という作品もあった。謎そのものはどうなるのか、という期待感を持たせる異色さ。でも結末はもうひとつ物足りないかな。

独立した感のある下北沢の街を活かすのもまだまだこれからかと。ただシモキタって憎めない、若いエネルギーが注ぎ込まれている街だなと思う。

とりあえず続巻を注目しようかな。

2月書評の8

◼️ 島沢優子「叱らない時代の指導術」

抜群に興味を惹かれた。指導者が「気づく」瞬間とコペルニクス的転回。スポーツ現場の難しさ。

毎年バスケットのウィンターカップ他の大会や春高バレーを観ている。生観戦にも行っている。気にしているとやはり情報に敏感になるもので、毎年のように名門校指導者による暴力や暴言のニュースに気づく。どうも指導現場は昭和とあまり変わらないところがあるなと気になっている。本の本質とは関係ないかもなので掘り下げないが、もうそろそろ坊主やベリーショート一択の髪型の規制のようなものはやめてはどうかと感じてもいる。

本書には日本代表クラスの有名選手を育てた指導者を含む18名の「気づき、変わった」指導者が取り上げられている。きっかけは様々だが、その、本人にとっての現実的な壁の事例がとても興味深い。

ある小学生のサッカー指導者は、卒業した子どもたちが中学で実力が伸びていない、サッカーをやめてしまう子が多い、また過度の運動により子どもたちの身長が伸びていない、ということに気づいた。加えて10歳にもならない子から「あのさ、コーチはなんでそんなに偉そうなの?」と言われた。

暴力、暴言も必要だと思っていた高校バスケットの若き指導者は、2012年大阪の選手が監督の暴力、パワハラを苦に自死した事件に衝撃を受け、自分の過去の環境、それで成し遂げたものの価値を疑った。

学童野球の指導者は、海外での経験などで少しずつ考えるようになり、保護者へのアンケートで、練習を見てて楽しくない、監督が練習中にかける言葉が嫌だ、感情で指導しないでくれ、という声に触れ「全部、ほんまのことや」とショックが走り方針を変えた。

現在の指導者は、体罰や暴言もあり、猛練習の選手時代を通ってきた者も多いのではと思われる。だから程度はそれぞれだとしても最初は同じような指導方法を取ってしまうのではないか。ある意味、自分を育んできたものだ。

もうひとつ、本書でも強調されているが、結果、目の前の勝利、実績で周囲や親はそのコーチ、クラブを評価する。勝つことが絶対正義になってしまう。シビアな現実だ。子どもを連れてくる親もまた学生時代厳しい練習を積んだアスリートだったりするとか。結果が発言力や立場を作る。

中学の名門硬式野球クラブの指導者も自分のクラブやほかの有力チームの卒業生が高校で燃え尽きていたり故障がちだったりして思うように活躍していないのに気づいた。そこで練習量を削減し、怒鳴ったり罵声を浴びせない方針に転換したところ、10人いたコーチのうち9人が辞めたという。考えさせる事例だなと。

おもしろかったのは、後に鹿児島の鹿屋体大野球部を建て直す指導者が、最初は中学のサッカー部の顧問になり、どうしたら子どもが興味を持つのか考え、いきなり県のサッカー協会を訪ねて借りてきたサッカーのDVDを生徒と一緒に観たり、隣のチョー名門校の有名監督に電話して、一緒に練習させてもらったりという行動力。読んでるだけで楽しい。子供たちもウマい!カッコいい!と目を輝かせたとか。

バスケットの河村勇輝、サッカーの三苫薫、テニスの錦織圭、陸上やり投げの金メダリスト北口榛花の指導者の話もある。

少し書いたが、さてでは、気づきを得て変わった指導者たちはどんなことをしたのか?どのように成功しているのか?がこれも現場のリアルの話で感心したりクスッと来たり。まあ興味あれば読んでみてください。まあ少し成功者ばかりを取り上げ、選手に対する取材が少ないな、と思うきらいがないでもない。

「スポーツ界における暴力行為根絶宣言」が日本オリンピック委員会などに採択されたのは2013年。思ったよりだいぶ遅い。

そこそこ強い体育会系部活の身内から聞くと、選手たちは強い学校でいい選手になり全国大会にも行きたいから、罵声体罰のあることを承知で強豪校を選択することもあるという。

指導や管理の現場は大変だろうと思う。理想論ばかりでもないと想像する。しかし練習のしすぎや具体性を欠いた指導、また教え過ぎ、暴力はもちろん暴言・パワハラのない環境が広がることを願ってやまない。

良い読書でした。

2026年2月15日日曜日

養生の週末

週末も映画見に出ようかな、なんて思ってたけども、先日の大転倒でまだ手の指が痛い上、当日風呂入る時に膝外側に腫れと擦過傷など身体あちこちに痛みや傷を認識。おまけに翌日はギックリ気味に背筋がピキッといって悶絶。週末はおとなしく過ごす。

風は冷たい、しかし気温的にはだいぶ暖かくなり、お気に入りのライダーズジャケット着て古本12冊くらい持って古書店。売ったお金でおすすめの本を買う。ふむふむ、店主さんのお話は刺激に富んでいて楽しい。

さて、オリンピック。フィギュアスケート男子は波乱の展開。佐藤駿がほぼ完璧な演技で大逆転の銅メダル、鍵山は勝負をかけたジャンプが決まりきらず、しかしゴテンと転んだわけではなく、着氷が乱れただけに抑え、スピンとステップはレベル4の美しい出来で銀メダル。

誰もが絶対王者と見做していたイリア・マリニンは4回転フリップと4回転ルッツは決めたものの、クワッドアクセルは抜けて1回転半となり、ほか2つのジャンプで転倒するなど技術点TESが伸びず、まさかの8位。金メダルはコンビネーションジャンプの後の方に4回転を入れ🫢また予定にない4回転フリップを決めてみせたミハイル・シャイドロフ。カザフスタン🇰🇿初の金メダル🥇

早起きしてLIVEで観てて言葉を失う。筆舌に尽くしがたい、という言葉を思い出す。誰もがマリニンの成功と優勝を考えていたと思う。大舞台の持つ魔力ということか。それにしても、ある意味スポーツの暗黒面であり面白みでもある。ドラスティックだった。

鍵山優真🥈佐藤駿🥉おめでとう🎉さあ、ペアとフリーだ

3月書評の7

◼️ 「スーホの白い馬」

ここのところよく見かけていたので、読んでみた。モンゴルのお話らしい?

そんなに長い話でも、入り組んだ話でもない。
モンゴルの民族楽器、モリンホール、馬頭琴はどうして出来たか、を説くものだ。馬頭琴、というのは中国の訳し方で、日本でもよく使われる気がする。私的には木琴、鉄琴などを想像して叩く楽器か、なんて最初は勝手に思ってしまうけれども、琴と同じ弦楽器。大雑把にいえばギターをスリム化したような、共鳴盤がついた二弦で、弓を使って弾く楽器だ。

モンゴルの草原で羊飼いのスーホは倒れてもがいていた白い仔馬を見つける。周りを見渡しても飼い主も親馬も見当たらず、放っておいたら夜が来て狼の餌食になってしまうと、スーホは連れ帰り、大事に育てる。2人の間には、分かち難い絆が育つ。

数年後、殿様が競馬大会を開く。優勝した者は殿様の娘御と結婚させる、と。スーホは成長した白駒でぶっちぎり1位になる。が、殿様は貧しい羊飼いのスーホに娘をやるつもりなどなく、銀貨3枚で白い馬を譲るよう申し付け、スーホが拒むと、部下に暴行させて奪い取る。

白い馬は乗った殿様を振り落とし、スーホの元へ駆ける。追っ手の矢がいくつも背に刺さって・・やがて心で白駒と会話を交わしたスーホは馬が行った通り、その身体を使って楽器を作ったー。

なじみの古書店で読んだ後「教科書で読まれました?」と聞かれた。これって教科書に載ってたんだね。私の時代は、多分なかったと思う。で、どうもバージョンがいくつかありそうで、物語をさまざまなものの象徴と見る向きもあるようだが、そこからは離れたいねやっぱり。

絵は武骨。スーホは赤く長い上衣で腰紐を結んでいる。赤の帽子、厳しい表情。全体として刹那的で不穏な雰囲気があるような気がする。

モンゴルへ行った人は風景だけでお金になると思います、という人もいた。「何もない、というのを味わいたいんですよ!」とロマンに目を輝かせていた卒業旅行の大学生は帰った後「ホンマに草原以外、何もありませんでしたわー(苦笑)」と報告した。

白い馬に乗って、広い広い草原を風を切って駆ける、という姿が、この物語の象徴的な姿かもしれない。

優勝者には娘をやる、という条件で先が読めてしまうかな。けっこうストレートな話で、古い民話にありがちな、矛盾とか不思議なパートがない。まあこんなものか、だけども。

最近よく見るよね図書館とかSNSとかで、と言うと古書店主さん「それは午年だからですよ」

なるほどそうだったか。

2月書評の6

◼️ 上橋菜穂子「明日は、いずこの空の下」

良かったなあと読後感。うん、なんかカチッとはまるものがある。味わい深い海外旅のエピソード、思い出エッセイ。

言わずと知れた国際アンデルセン賞の上橋氏。文化人類学者の視点のみならず、広く豊かな想像力が詰まった「守り人」シリーズは私も完読した。氏の旅エッセイは、女学校の英国研修旅行、宮古島や名峰・祖母山で地元の方に親切にしてもらったことから、研究者時代のオーストラリア・アボリジニについての長期フィールドワーク体験でその筆致に想いを馳せる。そして老いた母親さんと行く、年に1度の海外旅行が心にハマる。

女学校時代はバグパイプが欲しくてエディンバラで買い物し、ケンブリッジでは憧れの「グリーン・ノウの子どもたち」の作者ルーシー・M・ボストンさんに手紙を出して会いに行ったくだりには、その好奇心旺盛さに微笑ましく感心。面白い本を読んでこれがしたい、あれが欲しい、となるティーンを好ましく感じる。

アボリジニはカンガルーやエミューを狩る民族で、衛生のため切り落とす子羊の尻尾の肉、また狩ったカンガルーの尻尾の肉も大好物だとか。上橋さんには美味しいとは思えなかったらしい。そんな彼らは、日本人が鮎に串を刺して焼くのは残酷で気持ち悪い、と思うそうだ。なかなか面白い。

シドニーと対角線上にあるような北インド洋に面した北部の港町ブルームは真珠の養殖が盛んで、移住してアボリジニの女性と家庭を持った日本人がドラム缶の風呂を毎日沸かして入ったり、新年には手製の門松を作っていたとか。

当地で久しぶりに和食に触れる悦び、その新鮮さと価値は外に出ないと分からないかもしれない。筑紫の国出身の私は、食べられるものなら、関西でかしわおにぎりを食べたい、なんて読みながら思うが、切実さが違うな、とすぐ本に戻る笑

合間にエアーズロック、茫漠とした砂漠の黄昏時の色の変化、圧倒的な月光などの光景描写が入る。オリオン座が北半球と逆さまに見えるオーストラリアの満点の星空って、憧れるな。

なぜ母親さんと毎年海外旅行へ行っていたのか、その理由は「単純に楽しいから」だそうだ。こちら側から見れば、母娘よく似て好奇心旺盛で無鉄砲。でも多分、興味の方向が合うんだろうなと思う。

イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド、ブリテン島の4カントリーの旅、アーサー王の墓があるとされるグラストンベリー修道院、ゴッホ終焉の地、オーヴェル・シュル・オワーズの麦畑、イランでの好奇心あらわな少女たちとの交流、また古都イスファハンの美しさの中に2人。

イランはかつてサッカージャーナリストさんがワールドカップアジア予選で訪れた際、脚を延ばした旅日記を読んで以来興味を持っている。イラン英語大好きだし、ペルシャは歴史的にも惹かれる部分もある。

私の友人の女性も色々なところに母親さんを連れて行く。私も同席したことがある。闊達で積極的、興味の範囲が広そうな方だった。今回のエッセイを通じて、どこか理解が進んだ気がしている。うん、こういう親子関係、いいな、と。

ローズマリー・サトクリフ「闇の女王にささげる歌」を読んだばかりで、序盤にサトクリフへの言及があった。なるほどと思いつつ、なんかまた、この流れに導きを感じたりする。

上橋さんのエッセイは、興味深く、かわいらしく、単純におもしろく、考えさせる。穏やかで、だからなのか深みを感じさせる。この人、やっぱり超人だ。

2月書評の5

◼️ 標野凪「ネコシェフと海辺のお店」

悩める女性に効能豊か。サバトラ猫の魚料理。

例えるなら最後に元気がでるタイプの15分ドラマみたいだ。魚ってほんとニッポン人に訴えかけるなと。人生、生活で弱った心を抱く時、ネコシェフの世界へと誘われる女たち。

千晶は40歳の専業主婦。かつてアナウンサーを目指したが失敗、勤めた生花店の客だった涼太と結婚した。高校生になる娘・梨央もまたアナになりたいと母を喜ばせ、色々とアドバイスしている。ただ、最近涼太には明らかに浮気の兆候が見え、また同窓生の雛菊が今も独身でデザインの仕事をしているのを見て、社会に置いて行かれたような感覚を受けるー。
(ネコにも居場所)

千晶、梨央、千晶の母・比呂乃や雛菊、世代・年代がバラバラな、関係性のある女性たちそれぞれの目線から、その生活と鬱屈を描き、想い行き詰まったとき、主人公はネコシェフの店がある海辺の夢幻空間へと転移する。

鱈のプランタード、ホッキ貝のクラムチャウダー、鯛めし、潮汁、アジフライにタルタルソース、鰹ぶしの猫まんまと鰹のたたき、鯖寿司・・

品書きの鱈といふ字ぞうつくしや
目には青葉山郭公(ほともぎす)初鰹

海洋生物の解説と、なぜか俳句や和歌を必ずのたまうネコシェフの料理は実に美味そう。味わいたい気持ちがそそられる。じんわりと身体と心に沁みわたる擬似体験。何かを読むとよくあることではあるが、やっぱり心地よい。

読み物としてはライトな印象だけども、女性たちの、自分が拠って立つ人生上の成り行きや立場、その関係性も実にうまく考えられていると思い感心する。人は大なり小なり常に物事を考え感じている。セルフィッシュ、また自分でも嫌になるような感情を抱くことはよくあり、口や態度に出ることは極端に少ない。そんな、いわば生きにくさと付き合っていくのもふつう。今作のシチュエーションの作り方は共感というよりは読み手に考えさせる方向だったかなと。心が軽くなるくだりはまたちょっと考えちゃったとこはあったけども。

ネコシェフ、おもしろくて気持ち良い。けっこうこういうの好きです。伸びやかな発想もまたニッポンの底力、なんて思っちゃったりする。

2026年2月11日水曜日

なんと!痛い・・

インド映画「ツーリストファミリー」を観に梅田から歩いてしばらくのスカイビルはテアトル梅田へ。

なにか映画観に行きたいな・・と思ってたところ、よく行っていたイスラーム映画祭関連の情報を前夜に観て、興味を持って調べてみたら前日にもかかわらずチケットが△になってて、1つだけ端席💺が空いてたのを即ゲット。行ってみたらなんと完売!

テアトルは「カメラを止めるな」それから数年前の年末休みの「ケイコ、眼をすまして」でほぼ満員を経験してるけども、開始30分も前に完売してしまったのを見たのって初めてじゃないかな・・テアトルはキャパが大きいとは言えない。でもロフトの下にあった頃から単館系各国作品が好きな人が集まってくる傾向にあったから、うなずけないことはない。まあ快適な席に入れたからよし。

経済破綻したスリランカからインドに密入国した一家は父ダースとその妻、大学を出た長男にと小学生の次男。上陸してすぐ警察に捕まるが護送の途中、次男の機転で警察官の情に訴え放免となる。かつて密入国して当地に住んでいる妻の兄が手配してくれた借家に住まうことに。スリランカ人であることを隠すため、近所付き合いはするな、と、妻の兄にはキツく釘を刺されたものの・・陰にこもるような、そんな家族ではなかったのだった🤗

笑いあり、涙あり。ちょっと流れやオチがアメリカンだな、エンタメ天国インドらしいな、なんて思ったけども、元来ノセられやすい性格、声出して笑って、涙をハンカチで拭いた。

実はクライマックス近くでトイレ。焦って走った瞬間段差につまずいて激しく転倒。一瞬意識が飛んだため近くのお客さんに心配された気配があったが、こんなことしてる場合じゃないとすぐ起きてダッシュ💨で済ませて、なんとかいちばんいい場面に間に合った。右手を激しく地面について、痺れていたからやべ、指折れた?なんて思った、でもやっぱ頑丈。多少痛むがぜんぜん大丈夫みたい。人差し指の爪が一時的にめくれてしまったらしく多少血が出て赤暗さが残っている。まあこんなんで済めば御の字だ。

帰りは特急にバスとつながりが良く、早めに帰って来れた。昼にあっレトロ風でいいかもと入ったカフェのナポリタンにちょっとがっかりしたくらいで、まあ結局いい日だった。冒険好きだが、冒険がすべて良いとは限らない。実績も信用すべし。

さて週末はまだ先、あすお仕事だ。