2026年2月23日月曜日

2月書評の8

◼️ 島沢優子「叱らない時代の指導術」

抜群に興味を惹かれた。指導者が「気づく」瞬間とコペルニクス的転回。スポーツ現場の難しさ。

毎年バスケットのウィンターカップ他の大会や春高バレーを観ている。生観戦にも行っている。気にしているとやはり情報に敏感になるもので、毎年のように名門校指導者による暴力や暴言のニュースに気づく。どうも指導現場は昭和とあまり変わらないところがあるなと気になっている。本の本質とは関係ないかもなので掘り下げないが、もうそろそろ坊主やベリーショート一択の髪型の規制のようなものはやめてはどうかと感じてもいる。

本書には日本代表クラスの有名選手を育てた指導者を含む18名の「気づき、変わった」指導者が取り上げられている。きっかけは様々だが、その、本人にとっての現実的な壁の事例がとても興味深い。

ある小学生のサッカー指導者は、卒業した子どもたちが中学で実力が伸びていない、サッカーをやめてしまう子が多い、また過度の運動により子どもたちの身長が伸びていない、ということに気づいた。加えて10歳にもならない子から「あのさ、コーチはなんでそんなに偉そうなの?」と言われた。

暴力、暴言も必要だと思っていた高校バスケットの若き指導者は、2012年大阪の選手が監督の暴力、パワハラを苦に自死した事件に衝撃を受け、自分の過去の環境、それで成し遂げたものの価値を疑った。

学童野球の指導者は、海外での経験などで少しずつ考えるようになり、保護者へのアンケートで、練習を見てて楽しくない、監督が練習中にかける言葉が嫌だ、感情で指導しないでくれ、という声に触れ「全部、ほんまのことや」とショックが走り方針を変えた。

現在の指導者は、体罰や暴言もあり、猛練習の選手時代を通ってきた者も多いのではと思われる。だから程度はそれぞれだとしても最初は同じような指導方法を取ってしまうのではないか。ある意味、自分を育んできたものだ。

もうひとつ、本書でも強調されているが、結果、目の前の勝利、実績で周囲や親はそのコーチ、クラブを評価する。勝つことが絶対正義になってしまう。シビアな現実だ。子どもを連れてくる親もまた学生時代厳しい練習を積んだアスリートだったりするとか。結果が発言力や立場を作る。

中学の名門硬式野球クラブの指導者も自分のクラブやほかの有力チームの卒業生が高校で燃え尽きていたり故障がちだったりして思うように活躍していないのに気づいた。そこで練習量を削減し、怒鳴ったり罵声を浴びせない方針に転換したところ、10人いたコーチのうち9人が辞めたという。考えさせる事例だなと。

おもしろかったのは、後に鹿児島の鹿屋体大野球部を建て直す指導者が、最初は中学のサッカー部の顧問になり、どうしたら子どもが興味を持つのか考え、いきなり県のサッカー協会を訪ねて借りてきたサッカーのDVDを生徒と一緒に観たり、隣のチョー名門校の有名監督に電話して、一緒に練習させてもらったりという行動力。読んでるだけで楽しい。子供たちもウマい!カッコいい!と目を輝かせたとか。

バスケットの河村勇輝、サッカーの三苫薫、テニスの錦織圭、陸上やり投げの金メダリスト北口榛花の指導者の話もある。

少し書いたが、さてでは、気づきを得て変わった指導者たちはどんなことをしたのか?どのように成功しているのか?がこれも現場のリアルの話で感心したりクスッと来たり。まあ興味あれば読んでみてください。まあ少し成功者ばかりを取り上げ、選手に対する取材が少ないな、と思うきらいがないでもない。

「スポーツ界における暴力行為根絶宣言」が日本オリンピック委員会などに採択されたのは2013年。思ったよりだいぶ遅い。

そこそこ強い体育会系部活の身内から聞くと、選手たちは強い学校でいい選手になり全国大会にも行きたいから、罵声体罰のあることを承知で強豪校を選択することもあるという。

指導や管理の現場は大変だろうと思う。理想論ばかりでもないと想像する。しかし練習のしすぎや具体性を欠いた指導、また教え過ぎ、暴力はもちろん暴言・パワハラのない環境が広がることを願ってやまない。

良い読書でした。

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