一歩踏み外し、長い苦節の末、辿り着いた先。
我が子への・・想い。
親子の想い、血、というものは。昔文芸の師匠と話したことがある。確か桜庭一樹「私の男」の感想だった。愛というものをバラバラにして、それでも不思議に惹かれ合う断片、それが血というものではないかと、確かそんな論をいただいたと思う。
佐藤正午は直木賞受賞作「月の満ち欠け」を読んだ。古くは「永遠の1/2」の映画を2本立てのうちの1本として大学の友人と観た。今作は評判が良く、書評を実によく見かける。雰囲気だけだが本屋大賞の本命のような気配があって、発表の前には読んどこうと。友人お薦め&貸してくれたコレに手を伸ばした。
妊娠中の市木かおりは酒に酔って寝てしまった警察官の夫を助手席に乗せて雨の田舎道を帰る途上、痴呆症の老婆を轢いてしまう。夫は気づかず、動転のあまり被害者をそのまま放置して自宅に帰ってしまう。
刑務所の収監中に男児を産んだかおりは出所してすぐ、職を失った夫に離婚を切り出され、我が子に会えないまま、独りで生きていくことに。幼稚園に息子・拓らしい子がいるとの情報を知り、会いに行くが・・
あれこれとかおりの人生は、人情にも触れるが、うまくいかないことが多く流転する。様々な出会いと別れがあり、千葉から各地に移り、最後は福岡、よく知っている天神近辺で働く。
微妙で繊細な絡みが多い。各地でかおりは過去を隠し怖れ、安定収入を求めて暮らす。そこにはいい人だが少しプライドの高い先輩仲居さんや、信じられない振る舞いの同室者などが現れては消える。
物語を通じて登場し、不倫を繰り返し危うさを感じさせる友人の鶴子は、かおりの心情を、複雑でデリケートな感情を浮かび上がらせるのに重要なファクターだ。またかおりが最後に選ぶ職業も読み手に微妙な感情を呼び起こす。
そしてストーリーは、予想通りの展開となる、がやはり泣かされた。分からない、知らない、となってもおかしくないのに。そして人の感情や行動は、落ち着いているようでいて、大人になればなるほど、コントロールできない部分が増える、ということを実感させる。
怖さと人生、時間、老い、感情の絡み、そして謎の正体と、救い。コロナ期の影響をも含んでいて、ショックもそちこちにうまく散らしている。それぞれのエピソードじたいは分かりやすく、結果を先に示すのも明快で読者と気持ちのやり取りをしているかのようだ。丁寧で老練な編み込み方。
私は人気のある作品を、どうしても批評的に読んでしまうひねくれものだ、けども、なにか、オーラを感じながら読んでいた。救い。角田光代の名作「八日目の蝉」にはなかったものがそこにあり、じわっとした。