2026年2月23日月曜日

アフリカン〜♪

前日買ったブックカバーのアフリカ布を扱うお店が映画館のごく近くにあると聞き、さっそくご訪問。バオバブさん。店主さんとお話ししてカラフルなグッズを見て、期間限定というアラビアンクッキー買いました。また行こう。次はアラビアンケーキも食べたいなと😋

たしかにあった幻

神戸・三宮で河瀬直美監督の新作「たしかにあった幻」を観る。医療もの、神戸・芦屋付近が舞台というくらいで、あまり予備知識がないまま観たらこれが子どもの臓器移植ものだった。子どもがかわいそうな話はホント観ていられない。何度もホロホロ😢ただ河瀬監督らしいクセがあって、映画らしい流れは掴みやすく、また深刻な社会問題に取り組んでいる、その重さを感じさせる力はさすがだと思った。お弁当屋のおかみさん役、尾野真千子がすごく良かった。

夜少し雨が降ったものの、日中は本日も快晴。先週末は大雪の中雪まみれになってジーライオンアリーナ神戸にバスケ🏀を観に行った。去年のこの週は雪が時折降る寒空で大阪マラソンに出る友人を応援し、あまりの寒さに近くのたこ焼き屋でハフハフいいながらおいしく暖をとった。

ところが今年は、朝は寒くても、日中は半袖の人もいるほどの気候。私は朝イチで動くのが好きなので薄いものを重ね着して暑かったらリュックに放り込む感じ。神戸・三宮は風がやや冷たく、スポーツショップで買った競技自転車🚵‍♂️用の薄いネックウォーマーを装着。当面は寒暖入り混じりそうだ。

前日は高松国際ピアノ🎹コンクールのファイナル。応援していた奏者を含む日本人は残らなかったものの、5人のファイナリストがみなホントにテクニカルかつ情趣豊かなのに感心😳ショパンコンクールなどの有名コンクールならずとも、世界に上手な若手ピアニストはたくさんいると改めて実感。ファイナルでラフマニノフの3番を熱演したウクライナ🇺🇦の21歳、ロマン・フェディウルコが優勝。おめでとう!3位の🇺🇸エリザベス・ツァイのブラームス1番も、2位の🇩🇪キム・ジョンファンのサン・サーンス4番も上手かったなぁと♪

さて、冬季オリンピック、フィギュアは団体、男子シングル、ペア、女子シングルと観た。マリニンがまさかの大崩れ、りくりゅうの大逆転金メダル🥇にはポロポロ涙が出た。目立つミスが相次いだ男子に比べ、女子はミスが少ない雰囲気で推移していき、今季絶好調のアリサ・リウが明るさめいっぱい、ジャンプノーミスの演技で優勝。オリンピックのラストダンス、坂本花織はわずかに及ばず銀🥈。金銀ともに、4回転ジャンプやトリプルアクセルを使わない選手となった。銅メダルの🥉17歳中井亜美は勝負度胸が持ち味か。

終わったな・・という感が強い。振り返るといろいろあった。神戸市営地下鉄のコンコースに坂本花織の競技写真と手書きの手紙のパネルがあるとの記事を見てきょう行ってみたが、すでに取り外された後期間中にはもう外してたんだとか。残念!

スノボも村瀬ここもと、深田まりとの金争いには痺れた。これぞオリンピック、という熱さだった。

さあここからの2週くらいは公私ともにパタパタする。3連休しっかり休んだし、がんばろうかな。

スッキリとしたカフェ

地元に新しくできたカフェでレモン🍋ケーキとエチオピア🇪🇹アイスコーヒー。アフリカつながり😎スポンジケーキの柑橘系の甘酸っぱい感じと、やはり酸味を効かせたエチオピア。うんまい😋!

ホクホクの休日なのでした。

アフリカ布ブックカバー

よく晴れた日曜日2.22😺😼😸の日は六甲アイランドのイベントに六甲ライナー。海を渡る景色は何度乗ってもワクワクする。

で、お知り合いのブックカバー屋さん、gotozouさんのブースへ。いつも明るく迎えてくれる店主さんで今回も楽しくお話しさせてもらいました。様々なブックカバーを作ってらして、そのうちアフリカ布のものを見てみたく、これから春夏だしいかにもアフリカ!のようなものが欲しいかなと思っていた、のですが、

これに撃ち抜かれました🏹。赤🟥がホントにいいと思います。嬉しい。スピンのアクセサリーはいちご🍓。

めっちゃお気に入りっすd(^_^o)

それにしても六甲ファッションマート、ファッションプラザはさすがにおしゃれ。家具や絨毯など様々な店舗が入っていて、おしゃれテーブル&チェアを置いたカフェも何軒かあった。よく行くわりにはこのへんの店には入らない。たまには行ってみようかな〜🙂

3月書評の10

◼️ 西加奈子「舞台」

演じている、は西加奈子ひとつのキーワードかもしれない。

人はニューヨークに何を感じるのだろうか。また、自意識、というのが意外に強いものだというのは年齢を経るに従って分かってきた気がする。突っ走りと関西弁でいわゆるヘンコ。自意識過剰の若者は、NYで何を見つけたのか。

それなりに高名な作家だった父親のことをしゃらくさい、と言って嫌っている葉太。女にはモテるが演技をされると萎えてしまい長続きしない。その父が死に、遺したお金でNYへ一人旅をすることに。セントラル・パークの有名な芝生、シープ・メドウに着き、念願通り寝転がってお気に入り作家の本を広げたとたん、日本語で「まさか」と書かれたTシャツを着た白人の男に、目の前で財布、パスポート、スーツケースの鍵など一切合切入ったバッグを持ち逃げされる。葉太は追いかけなかったー。

西さんの作品はよく読んでいる。先日「おまじない」という短編集を読んで、今回考え方の点で、ああ、繋がってるなあと思った。生活の中で「演じる」こと、生きづらさの中で自己肯定、また自己防衛として発する演技など。

葉太は両親、とりわけ父親に対する嫌悪の情をあらわにし、また、行動のいちいちも、周りの観光客をバカにし、虚勢を張るなど神経質。また霊感が強く、ふつうに霊が見えてしまう特異体質。極端なキャラとして描かれている。

性格には、祖父の葬儀で父親に見下された経験、誰かと気持ちをわかち合えないこと、人気者の同級生が修学旅行で財布をなくした事態に情けなさを感じ、自分はああなりたくないと思ったこと、などがトラウマ的に影響している。

よく書くのだが、人間は瞬時に多量の物事を考えている。独りで行動する時、何かと考えが変な方向に行ってしまい、何やってんだというような効率的でない行動を取ったりする。そういった人間のフツーの?生活の部分、自意識過剰な心の動きをことさら強めて描いている感じだ。頻繁に霊を見る葉太のオチは?と思ったらふむ、なるほど、という消化だった。

巻末の対話式解説で、恵まれた者の、無視されがちな悩みを書きたかった、とある。うむ・・この話は最初から葉太はけっこうな考え過ぎの、変な男、という側面が強く出ているし、家族も少し形がおかしく見えるして、んー、シチュエーション的には揃ってるけど、あまり恵まれている印象はなかったかな。

流れも伏線回収も、よく考えられていて、いつも通りちょっとヘンで、途中から難が降りかかり、もう一度アクセルがふかされ、葉太はピンチに立たされる。そして自己の性格と親との関係に向き合う。

コメディ風味の衣に入った純文学っぽさ、これは最近顕著な西さんのテイストだな、と思っている。今作は興味深かったが、もひとつリズムが合わない面もあったかなと。

乗り切れない理由・・実はワタクシNYとかLAとか・・言われてもアラスカ以外のアメリカには興味がない、ということも影響したかも。まあ知識として入れとく場合には悪くないものなのでフツーに読むけど(╹◡╹)

興味深く、テクニカルな物語ではありました。

3月書評の9

◼️ 稲葉白菟
「神様のたまご 下北沢センナリ劇場の事件簿」

シモキタの地域ミステリ。小劇場をめぐる人間模様。続きあるよね?

下北沢は単身赴任時に数回行った。当時のシモキタ駅はすごい高い階段があったような。確かに広くない路地にお安くて小さくてクセのありそうな店がたくさんあるイメージ。劇場もあった。何かの用で夜10時ごろ歩いたこともあり、劇中の雰囲気も少しだけ分かる気がする。

下北沢の複合施設・シモキタザワ・イーストエンドに入っている下北沢センナリ劇場。そのオーナーの孫・竹本洸太朗は大学入学で神戸から上京、2つあるハコのうちセンナリ・コマ劇場の支配人・日英ミックスのウィリアム近松のもとアルバイトとして働くことになる。折しも、ホームズ物語のオマージュを上演しようとした劇団の出演者が小道具として持ち込んだ本物のアレクサンドライトの指輪が見つからず、盗難かという騒ぎが持ち上がるー(神様のたまご)

冒頭のエピソードには「The Adventure of the Blue Carbuncle」という副題がついている。ホームズ短編人気の1つ「青いガーネット」だ。クリスマス時期に盗品の、有名な青い宝石がガチョウの体内から見つかる、というお話。そちこちにパロディっぽい仕掛けも見える。ほか、サスペンスもの「死と乙女」、島崎藤村の詩をロックにする「シルヤキミ」、ちょっとホラーっぽい「マクロプロスの旅」、本格ミステリの色合い「藤十郎の恋」で締めとなる。

劇場に絡む人情もの、という感じがする。基本テイストはコメディっぽい。洸太朗の祖父がセンナリ劇場を立ち上げ、祖母はオーナー、おじがもう1つのハコ「ザ・センナリ」の支配人、小さい頃来た時遊んでくれた女性の和田は制作部長、まりやとダイク、2人の若いアルバイト。この本でも一部の者にフォーカスはされているが登場人物についての掘り下げはこれから、という感じ。これは続巻あるだろうなと。

街ものと舞台もの、両方あって、ステージも有効に使って、ライトなものから本格まで、舞台、芝居を使ったミステリも過程はおもしろい。ワクワクして読める。

青いガーネットのネタについては、議論は尽くされている感があり、プチシャーロッキアンとしてはまあ想定の範囲内。他にもちょっと結末が予想できるな、という作品もあった。謎そのものはどうなるのか、という期待感を持たせる異色さ。でも結末はもうひとつ物足りないかな。

独立した感のある下北沢の街を活かすのもまだまだこれからかと。ただシモキタって憎めない、若いエネルギーが注ぎ込まれている街だなと思う。

とりあえず続巻を注目しようかな。

2月書評の8

◼️ 島沢優子「叱らない時代の指導術」

抜群に興味を惹かれた。指導者が「気づく」瞬間とコペルニクス的転回。スポーツ現場の難しさ。

毎年バスケットのウィンターカップ他の大会や春高バレーを観ている。生観戦にも行っている。気にしているとやはり情報に敏感になるもので、毎年のように名門校指導者による暴力や暴言のニュースに気づく。どうも指導現場は昭和とあまり変わらないところがあるなと気になっている。本の本質とは関係ないかもなので掘り下げないが、もうそろそろ坊主やベリーショート一択の髪型の規制のようなものはやめてはどうかと感じてもいる。

本書には日本代表クラスの有名選手を育てた指導者を含む18名の「気づき、変わった」指導者が取り上げられている。きっかけは様々だが、その、本人にとっての現実的な壁の事例がとても興味深い。

ある小学生のサッカー指導者は、卒業した子どもたちが中学で実力が伸びていない、サッカーをやめてしまう子が多い、また過度の運動により子どもたちの身長が伸びていない、ということに気づいた。加えて10歳にもならない子から「あのさ、コーチはなんでそんなに偉そうなの?」と言われた。

暴力、暴言も必要だと思っていた高校バスケットの若き指導者は、2012年大阪の選手が監督の暴力、パワハラを苦に自死した事件に衝撃を受け、自分の過去の環境、それで成し遂げたものの価値を疑った。

学童野球の指導者は、海外での経験などで少しずつ考えるようになり、保護者へのアンケートで、練習を見てて楽しくない、監督が練習中にかける言葉が嫌だ、感情で指導しないでくれ、という声に触れ「全部、ほんまのことや」とショックが走り方針を変えた。

現在の指導者は、体罰や暴言もあり、猛練習の選手時代を通ってきた者も多いのではと思われる。だから程度はそれぞれだとしても最初は同じような指導方法を取ってしまうのではないか。ある意味、自分を育んできたものだ。

もうひとつ、本書でも強調されているが、結果、目の前の勝利、実績で周囲や親はそのコーチ、クラブを評価する。勝つことが絶対正義になってしまう。シビアな現実だ。子どもを連れてくる親もまた学生時代厳しい練習を積んだアスリートだったりするとか。結果が発言力や立場を作る。

中学の名門硬式野球クラブの指導者も自分のクラブやほかの有力チームの卒業生が高校で燃え尽きていたり故障がちだったりして思うように活躍していないのに気づいた。そこで練習量を削減し、怒鳴ったり罵声を浴びせない方針に転換したところ、10人いたコーチのうち9人が辞めたという。考えさせる事例だなと。

おもしろかったのは、後に鹿児島の鹿屋体大野球部を建て直す指導者が、最初は中学のサッカー部の顧問になり、どうしたら子どもが興味を持つのか考え、いきなり県のサッカー協会を訪ねて借りてきたサッカーのDVDを生徒と一緒に観たり、隣のチョー名門校の有名監督に電話して、一緒に練習させてもらったりという行動力。読んでるだけで楽しい。子供たちもウマい!カッコいい!と目を輝かせたとか。

バスケットの河村勇輝、サッカーの三苫薫、テニスの錦織圭、陸上やり投げの金メダリスト北口榛花の指導者の話もある。

少し書いたが、さてでは、気づきを得て変わった指導者たちはどんなことをしたのか?どのように成功しているのか?がこれも現場のリアルの話で感心したりクスッと来たり。まあ興味あれば読んでみてください。まあ少し成功者ばかりを取り上げ、選手に対する取材が少ないな、と思うきらいがないでもない。

「スポーツ界における暴力行為根絶宣言」が日本オリンピック委員会などに採択されたのは2013年。思ったよりだいぶ遅い。

そこそこ強い体育会系部活の身内から聞くと、選手たちは強い学校でいい選手になり全国大会にも行きたいから、罵声体罰のあることを承知で強豪校を選択することもあるという。

指導や管理の現場は大変だろうと思う。理想論ばかりでもないと想像する。しかし練習のしすぎや具体性を欠いた指導、また教え過ぎ、暴力はもちろん暴言・パワハラのない環境が広がることを願ってやまない。

良い読書でした。