トアロードのカレー🍛&スイーツ🍰の店、ラジクマリさんでチーズドームキーマカレーとアイスチャイと、はちみつ&マスカルポーネクリーム+ナッツのシフォンケーキ。 久しぶりに少しだけおしゃれランチ?でした😋
フィーゴ♪のブログ
2026年4月12日日曜日
SVリーグ女子クォーターファイナル
クロマチックハーモニカリサイタル
クロマチックハーモニカ奏者、南里沙さんのリサイタルで地元のゲイブン・兵庫県立芸術文化センターへ。 クロマチックハーモニカ、レバーを押せばピアノの黒鍵🎹の音も出る、マルチな演奏が可能な種類のハーモニカ、を東京単身赴任が始まった頃、東日本大震災直後から半年間くらい、手すさびに練習していた。南さんのことは知ってはいたが今回初聴き。 最初の曲、JR東海「そうだ京都、行こう」のCMで演奏している「My Favorite Things」から圧倒された。これがトップ奏者の音か、と。 ハーモニカというよりは、美音が出る箱を吹いている、というか。深く強く共鳴された音、ハーモニカの音のテイストを活かしながらも、別の楽器のような響く音。珠玉のテクニック。もとは音大のオーボエ奏者だったそう。 演歌、ポップスメドレー、ピアソラのリベルタンゴ、オリジナル曲など休憩を挟んでたっぷり2時間。「なごり雪」の時は少しじわっと。 東京時代、自分が使っている教則本の著者がライブハウスで演奏するのを生で聴いたことはある。その時はバンドでジャズベースだったから今回ほどじっくり聴くシチュエーションではなかった。 基本クラシックの会場で、ピアノも身に染み入るような演奏で、堪能しました。南さんは地元の出身で、トークも関西人全開、なごやかな空間。最後の曲のみ写真撮影可。ただし!可愛く撮ってね、細く見えるように写してね、と。ご期待に応えられたでしょうか😆
4月書評の4
◼️ポール・オースター「幽霊たち」 再読。短めでさらっと読めて、小説的。オースター入門編には最適かもと今回思った。まあその、読後、「で?」というのは残るかも。 1947年、探偵事務所に勤める青年ブルーは、ホワイトという依頼者から、ブラックという男を見張る仕事を受ける。ホワイトはブラックの部屋に面したアパートを手配した。仕事にかかったブルーだが、あまりに事態が動かないことに疑念を抱き行動に出るー。 登場人物には色の名前が多いが、物語の大半はブルーとブラックの関係性。依頼人のホワイトへ報告書を出しながらも、いわば孤独を極める存在となったブルーの心情の描写が深まっていく。謎を解明しようと起こした行動により逆に謎は深まる。そして哲学的とも言える境地?に辿り着く。 解説にもあるが、色の名前をさまざま出しながらも、主要ドラマは闇の黒で展開のイメージはモノトーン。色彩が無い。120ページほどと長くはなく心理描写、ちょっとしたサスペンス小説のような成り行きが楽しめる。さらっと読めるものの、ちょいじっくりと考えるタイプの小説でもあった。 ネタははっきりと描くのがいいのかどうか考えさせる。そこも含めて小説ってものか。 設定には軽い面白さを感じるが、透明感のあるモノトーンを印象付ける黒さ、深さを生む感覚と技巧はとても興味深い。この作品を含む「ニューヨーク三部作」で1980年代末にポール・オースターは世界的な評価を得たとか。 時代とアメリカを感じたりする作品。
4月書評の3
◼️ 幸田文「北愁」 幸田文はその言葉の使い方、言い回しに深みが見える。あそぎと順治、いとこ同士の人生。 幸田文といえば私にとってはベスト・エッセイスト。そして小説は「流れる」「おとうと」「きもの」この作品で4作め。独特のシチュエーションを設定しながらも、テーマは市井の人の考え方と行動、成り行きをつぶさに記し、その結果に人情を細やかに捉えている。 あそぎは文人の娘で向こうっ気が強い。年上のいとこ・順治は漁師の跡取りで優しく、あそぎの見立てではのろくさい。いつも顔を合わせているわけではないが近しい気持ちを互いに持つ2人。やがて時は経ち、あそぎも結婚して子どもができ、夫にまつわる女の影に悩み、事業の失敗で貧する。しじゅう北の海へ漁に出ている順治は、気位の高い最初の妻ときっぱりと別れ、優しい後妻を迎えて子をなしていた。危機を察して、順治はあそぎを訪ねる。人生経験を経た2人は何を話し、何を思うのかー。 1972年、昭和47年の作品。幸田文の小説は、派手ではないが、心情を掘り下げることが多い。昭和時代、叔父叔母が多く親戚づきあいがさかんだったころに育った者としてどこか雰囲気を感じ取れる気がする。 荒海の漁師で優しい男、気の強い娘は理知的でどこか哀しさを持つ相手を選び嫁する。設定はそれなりに際立つように、工夫されている。成り行きも対照がおもしろい。それぞれの立場だけでなく、心にわだかまる見えない女と、情景描写がない順治の漁が微妙にシンクロしているようにも思える。 焦点は、家庭のこと、である。いかにも親戚同士の話題になるような事柄であるが、直面する人が多く関心があるであろう妻の気持ち、姑との間柄、そして夫の女関係と家計、病に至るまで、当人たちにとっての問題を取り上げている。 あそぎの内面が中心の小説。少女時代からおそらく30代中盤くらい?までの変化と、日常に関して、問題について、極めて人間らしく切々と綴っている。たとえば川端康成は、女の恋情の表現、その文章は心に響くものだった。幸田文はもう少し素朴に、やはりしみじみと迫る筆致がある。 加えて、幸田文についてはいつも書くこと、ちょっと庶民っぽく、また昭和の文人らしく、幸田文が使うとちょっと可愛らしくもあるような、がらっぱちさもほの混じる、しかも知的ささえ感じられる言葉、言い回しが彩りを添えている。ごったくさ、いりくりしゅんじゅん(入り繰り逡巡)、聞けば聞き腹、見れば見ばらが立つ、一寸のびれば尋のびる、などなど。その表現は、実の娘、青木玉や孫の青木奈緒にもエッセンスが受け継がれていると、著作を読むたびに感じる。 あそぎの文人の父は、文の実父・幸田露伴をイメージするし、幸田文自身、嫁ぎ先の商売が傾いて離婚、家に戻った。その後しばらくして文章を書き始めたのであって、成り行きによっては文豪にならなかったかもしれない。あれも運命、これも運命、だなと。 興味深い、味わい深い読書でした。
4月書評の2
◼️ モーリーン・ウィテカー 「シャーロック・ホームズとジェレミー・ブレット」 古典的なホームズのイメージを固めたブレット。 1984年に始まったグラナダTVのシャーロック・ホームズ・テレビシリーズはたちまちのうちに一世を風靡したと言える。日本でも大人気となり、繰り返し再放送がなされている。今でもホームズといえばジェレミー・ブレットを思い出す人も多いかと思う。 この本は3年前の大晦日に自分へのご褒美的に買ったような。で、積んでいた。読む本が手元になくなってついに手を付けた次第。しかし鈍器本で、持ち歩くにも重いし、電車で片手で持つにはギリギリのこの感じ、たぶん恩田陸「蜜蜂と遠雷」以来かな。混んだ電車で落とそうものならかなり危険。にしても、おも・・。 さて、10年間、6シリーズ全41作の内容とブレットの言動、監督、出演俳優などの声、メディアの批評などを集めたもの。ドラマ化には演出上の変更はつきもので、例えば「ギリシャ語通訳」も原作のように悪党を逃すのではなく、運動、行動が苦手なシャーロックの兄・マイクロフト・ホームズが弟とともに追跡、殺人犯と対決する。 そんなものかと思っていたが、ところがこの本によると、ブレットは常に原作を持ち歩き、覚えてしまい、原作から逸脱しないよう監督ら製作陣と対峙していたという。時には激しい口論にもなったとか。 100点以上の画像とともに、ホームズ譚ドラマ版の各話を楽しく追体験しノスタルジーに浸る。美しき自転車乗り、青い紅玉、ぶな屋敷、赤毛組合、名馬シルヴァー・ブレイズ、プライオリ・スクールに海軍条約文書、そして第二のしみ。マスグレイブ家の儀式書、ではブレット・ホームズがキビキビと歩数で距離を測っていたっけ、などと。 ブレットは現場でスタッフに気配りをし、気持ちよく作品を作り上げるタイプの主役だったという。ホームズを徹底的に研究し、コナン・ドイルの娘さんと自らコンタクトを取って話し合い、数々の細かい表情を駆使して洒脱な芝居をした。 犯罪捜査は天才的、しかし内向的で陰気な変人を演じるのは苦難を伴った。ひどく痩せている、という特徴を出すために極端なダイエットに励み、病魔と戦い、最愛の妻との死別でショックを受けながらも走り通した。 プレッシャーは大変なものだったと思う。この世界一のヒーローの母国で、原作の本格的な映像化。先達の作品もあふれていて、相当シビアな目で見られるだろう。しかしブレットは紛れもなく大成功を収めた。そして最終シリーズ終了の翌年、1995年に61歳の若さで亡くなる。最後のホームズ作品は「ボール箱」だった。 ブレットが目指したのは、原作に忠実でありながらも、ホームズの人間味を出すことだという。クールで怜悧、事件がなく退屈するとコカインを打ったりヴァイオリンをかき鳴らしたり、付き合いにくいホームズを自分の演技により人間的な味付けをする。観ていた当時はそこまで詳しく意識はしなかったけども、ホームズとしての所作の芝居には目を惹くものがあったと思い出す。目の動きと大きさ、手指をつかった細かい演技、なとなど。 さて、実は自分の理想像のホームズは、ブレットではない。背の高い、超然としたところのある感じ・・昔テレビで観た映画「バスカヴィル家の犬」のピーター・カッシングかと思う。本書でも触れられているがブレットはハンサムすぎる笑し、背も高いように見えない気がする。 でもしかしけれども、パロディの多いホームズものの古典劇、そのフィールドでホームズのイメージを見事に構築してみせた、その役者魂に感動してました。次はまた20年後とかかな。時代は進む。でもやはりこの40年間、ホームズの映像と言えばジェレミー・ブレットだし、今後しばらくもそうだろう。
2026年4月5日日曜日
コンサートとドーナツ
佐々木つくし、という若手が2024年にプラハの春国際コンクールで、2025年にはメンデルスゾーン全ドイツ音楽大学コンクールで第1位を獲得したと目にして覚えていた。すると今回京都を含む2公演するというので貴重な機会と京都・北山のコンサートホールへお出かけ。
早くに行って、1950年創業の名店で本まで出ている六曜社さんへ。12時までのモーニング、めちゃうまとSNSで読んだマーマレードのトースト+ゆで卵。そして12時からの、評判高い自家製ドーナツ。
トーストをザクザク。熱い厚い食パン、しっかり焼いた面にマーマレードがよくなじむ。ドーナツはしつこすぎず甘すぎず、パクパクと食べてしまう味。満足。次に来る時はパウンドケーキやロールケーキを頼もうかなと。
フランソア、ソワレ、築地、スマート珈琲と老舗さん行って次は六曜社と決めてたので嬉しいっす。
コンサートは
・レスピーギ「ボッティチェリの3枚の絵」
・モーツァルトヴァイオリン協奏曲3番
・ムソルグスキー「展覧会の絵」
弦が繊細な音を奏で、それぞれ表情を変えるレスピーギの3曲。そしてコンチェルト。桜色のドレスの佐々木つくし。この3番コンチェルトはヒラリー・ハーンやジャニーヌ・ヤンセンでかなり予習した。いかにもモーツァルト、の明るく跳ねるようなメロディーで始まる第1楽章、ヴァイオリンの聞かせどころも多い。第2楽章は語りかけるように、そして第3楽章のロンドは、途中、突然挟まる短調、テンポを落としたフレーズが哀愁を醸し出し、風情を盛り上げていて好ましい。
佐々木つくしは丁寧に、しっかりと、音を刻んでいく。確固としたものと見ていて聴いていて、何というか、信頼できる雰囲気がある。2楽章、そして終楽章の転調、とても良かった。
重厚で壮大な「展覧会の絵」を聴き切って気持ちよくホールを後にしたのでした。