ブックカバーはアルフォンス・ミュシャで。
先日の満月。軌道の関係で今年最も離れた、つま最も小さく見える満月だそうだ。
◼️コンチャ・ロペス=ナルバエス
「太陽と月の大地」
スペイン南西の端、グラナダ。モリスコたち、キリスト教徒たちの歴史的摩擦。
かつて歴史の授業で、グラナダにはイスラム王朝があり、キリスト教勢力が1492年にレコンキスタ(国土回復運動)を成し遂げた、と習った。日本語訳は正確じゃないな、なんて思う。
レコンキスタによりモーロと呼ばれたイスラム教徒は去るかキリスト教徒に改宗するかの二者択一を迫られた。改宗した元イスラム教徒はモリスコ、と呼ばれ、キリスト教徒の支配に服した。多くのモーロはまた、対岸、数10キロを隔てて向かい合うアフリカ大陸へと渡った。この物語はレコンキスタ間もない頃の、哀しい物語ー。
グラナダでモリスコとして生活している老ディエゴ・ディアスは古くから親交のあったキリスト教徒の貴族、アルベーニャ伯爵とその一家が当地の城で夏を過ごす間、仕えている。伯爵はディエゴ・ディアスに敬意を払ってくれ、伯爵の娘で17歳のマリアは滞在中、老モリスコの孫であるフェルナンドといつも連れ立って出掛けていた。
しかし伯爵の息子やフェルナンドの父フランシスコ、兄のミゲルには互いへの憎悪がくすぶっていた。やがてミゲルは横暴な貴族と諍いとなって短剣で刺してしまい、山へと逃亡する。やがてモリスコたちの蜂起が起きるー。
やはり日本にいると、文化が混ざり合う場所にはちょっとした憧れと、根源的な畏怖がある。我々自身のアイデンティティにはおそらく入ってこない現実の摩擦や苦悩、悲劇がそこにはある。融合もあるだろう。そこには知りたいという意識も生まれる。
その中で、教科書で読んだ時から、宗教が接している場合の摩擦と成り行きを想像したグラナダ、その物語に出逢った。
やがてディエゴ・ディアス家は大切なものを全て失い、フランシスコとフェルナンドは奴隷となり、伯爵の好意で買い取られる。しかし傷つけられた心は癒えず、やがて迫害のない、対岸のアフリカ、いまのモロッコへと渡り、フェルナンドとマリアは相手の街を見やりながら手紙を送り合い、それぞれの運命を生きることとなる。
歴史に根ざした、スペインを代表する児童文学作家の初期作品。
先祖の土地に住むことを選び、現状を受け入れたディエゴ・ディアスは現伯爵の先代と深い絆で繋がっていた。過激な考え方に追い込まれたミゲル、その父フランシスコも煮え切らない感情を抱き、フェルナンドはマリアを想い、ミゲル以外の者は反乱軍に与しない。母アナはキリスト教徒で、モリスコたちに囲まれて不安な毎日を過ごしている。非常に複雑だ。
ディエゴ・ディアスがいまわのきわ、少年時代の先代伯爵と自分のことを思い出す。ラマダン明けのお祝いのお菓子を2人とも食べすぎたこと、グラナダからアフリカを望む海を眺めている光景ー。近そうで遠い、遠いその距離と喪失感。
興味ある題材。当のスペインの作品に触れられた。私はゴールデンウイークには例年のごとくイスラーム映画祭に行くつもりである。そこでまた文化と宗教と現代のはざまに触れるのが、楽しみでもある。
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