2024年9月6日金曜日

9月書評の1

◼️宮下奈都「静かな雨」

静かに、ときめく。幸と難は背中合わせ。難の時こそ、2人は寄り添おうとする。

宮下奈都、最初は複数の作家が執筆した「宇宙小説」で名前を覚え、「スコーレNo.4」にハマった。思い切った表現、何が人を感動させるか、の掴み方とその配置。「よろこびの歌」「終わらない歌」そして「羊と鋼の森」と読み継ぐ。物語は2/3くらい読んでいる。文學界新人賞佳作にしてデビューの作品である本作「静かな雨」が刊行されたのは「羊と鋼の森」より後らしい。ふむふむ。

勤める会社が倒産してしまったクリスマスの日、ユキスケはたいやき屋の女性、こよみさんと出逢う。

こよみさんが焼くたいやきはおいしい「腹が立つほどうまい、というお客さんもいるほど。幸いすぐに次の職を得たユキスケはこよみさんと一緒に食事に行くようになる。さっぱりして明るい性格、でもどこか含蓄のある言葉に、ユキスケは惹かれていた。

「秋の、夜、みたいな色。静かさが目に映ってた。引き込まれそうだった。それと、」
「もう半分は、あきらめの色」

そんなある日、こよみさんが多重事故に巻き込まれたー。

小さな、ほっこりとした物語の進行。陰はなく微笑ましい会話とエピソードが積み重なる。それは、破局を予感させる。この世界が壊れるのがコワイ。そう思わせる。決定的な破局ではなく、再生と、新たな苦しみと強さ、弱さが交錯する。

たいやきも、高校生も、おじさんも、松葉杖もとても重要なアイテムに思えてくる。そしてまた、破局とカタストロフィの予感が濃厚になってきて・・でも、だ。

タイトルにマッチして、静かに感情の波が表される。なんか素朴ながら純文学っぽくもある。ほのかに明るさが見える。

もう1つ収録されている「日をつなぐ」でも、イライラの出し方がよく似てるな、とは思った。表現はこちらの方が腕を振っている。キーとなる豆のスープを煮ている。

「たゆたゆとやわらかく、しばらく漂っていてふっと消えてしまいそうな匂い、ボディブローのような、将棋でいうなら桂馬みたいな匂いだ」

桂馬みたいな匂いてなんだろう?微笑。

ブルーハーツの解散。名作「終わらない歌」にも伺えるように、著者はめっちゃ好きなようである。

「どこにいても海藻の匂いのするこの町から、一気に地球の真ん中まで連れて行ってくれた強い力。それが突然消えてしまった」

「日をつなぐ」もどこかで大きく壊れる雰囲気が漂ってくるが、これはまた予想外の、想像お任せの終わり方をする。ふーむなんてまあ。

宮下奈都のデビュー作は、やっぱりすごく宮下奈都らしかった。みずみずしいほっこり。時折の切れるような、屈折率の高い表現が作品をほどよく煌めかせる。満足まんぞく。

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