2023年5月31日水曜日

5月書評の17

5月は17作品。絵本も入ってるのでまあ合わせ技で16ってとこかな。ここまで67作品、たぶん80前後かと思う。まずまずだ。来月末にははや半期のランキング。ここまで順調に興味深い読書が出来ている。

沖縄付近にある台風2号の影響で梅雨前線がヤバくなっていて、明日の夜からあさっての夜までずっと雨、断続的に相当の強雨が降るようだ。もう、最近の梅雨、雨の降り方おかしいよ。毎年毎年線状降水帯。やめてほしい、ホンマに、、

◼️ 乙一「失はれる物語」

思い切った設定と展開、ホラーファンタジー的要素。小説のおもしろさ、を見たような。

この本を読もうと思ったのは、Twitterの「♯名刺代わりの小説10選」で挙げている人が何人もいたから。短編と中編で構成された2006年の出版本で、古いのに複数の人が評価するのは何かあるかも、と気になった。

乙一は佳作「暗いところで待ち合わせ」の後は中田永一名義のものしか読んでなかった。暗い設定の中に可愛げのあるコミカルさがほの見えるイメージ。さてさて。

「Calling You」
「失はれる物語」
「傷」
「手を握る泥棒の物語」
「しあわせは子猫のかたち」
「ボクの賢いパンツくん」
「マリアの指」
「ウソカノ」

が収録されている。

「Calling You」は携帯電話を持っていない孤独な女子高校生リョウが心の中のケータイらしきもので実在の他人と話をするストーリー。リョウは仲良くなったシンヤと会おうとする、しかし・・。

韓国映画「イルマーレ」を思い出す。湖のほとりにある家で、時間軸のずれている男女が通信をして親しくなり、会う算段をするが・・結末までよく似ている。愛情、のようなもの、の儚さを描いている。

「失はれる物語」はとてもひどいシチュエーションの話だ。乙一お得意の、かも知れないがさらに意思の疎通の手段は限られている。闇と無音、ブラックジャックに同様の方法があった気がする。うーむ、暗い。

「手を握る」「幸せは子猫」は一転微笑ましさを感じる設定。殺人、ミステリの要素もあるが、その構成の妙には、これが小説のおもしろさなのかも、と考えてしまった。特に「手を握る」は舞台劇のよう。

「マリアの指」は最も長く、さまざまな伏線を巡らせた推理小説だと思う。他の話が、短編らしく独特のエスプリを効かせたものだったからかちょっと冗長にも感じたかな、でもまさにポイントとなる指の取り扱いが、これまた小説らしく矛盾に満ちた設定で、少し怖くて、読み込んでしまう。

乙一は、酷さを絡めた暗さを前提とするきらいがある。その中にほのかな光のようなものを浮かび上がらせる時もあれば、暗く終わらせることもある。そのあんばいがまた独特かなと。

乙一らしい、読み応えのある一冊でした。

2023年5月28日日曜日

5月書評の16

ひとつ前の写真↓↓旅したわけではないのですが、金沢名物という"ハントンライス"を食べました。エビフライとアジフライのせオムライス。ケチャップマヨネーズと卵の黄色がまたボリュームとともにパンチ効いてる。

旧チェコスロヴァキア出身の絵本作家ピーター・シス展へ。深い青の使い方など色彩だけでなく、細かい線、点描などを使いものすごく手をかけて描きあげてある作品に感嘆。絵本には新鮮な刺激を受けますねー。図書館で探して読むのが楽しみ。

名画座に行って、アキ・カウリスマキ監督「愛しのタチアナ」を観てきました。フィンランド🇫🇮の雄カウリスマキ、その大きな特徴である無口、無愛想極まれりの作品😆でした。カウリスマキらしく、ポップな音楽から、しっとりしたフィンランド語の歌までたくさんの曲を使い、ポイントではチャイコフスキー交響曲6番「悲愴」の第4楽章が織り込まれてました。そゆとこは知ってるから楽しめるわけで、興味ある方、この作品を最初のカウリスマキ作品として観たりなんかしたら道を誤ります。やはり「浮き雲」から入って「過去のない男」を観て「ルアーブルの靴みがき」あたりかと思います、なんて😎

友人にまたそんなわけわからん映画観て、という顔をされたこともあるけれど😅前回この名画座でカウリスマキ作品を観た時はほぼ満席にびっくりしたし、きょうもさすがというか、ガラガラではなく、ほどよく人が来ていた。カンヌに新作出たらしいし、またどこかで観るだろう。

名画座の近くの神戸・湊川公園ではイベントでひさびさに見た大シャボン玉。子供たち大喜び。そういえばこの日は神戸まつりの日だったのでした。バス🚌ではもう、できたら座るの遠慮してね席もなくなったし、日常がコロナ以前に戻りつつあるかな。

◼️ 宮部みゆき「三鬼 三島屋変調百物語四之続」

絶好調だな、と思う。宮部みゆきはやっぱりうまい。上手すぎる。

この三島屋変調シリーズ、若い女性おちかが市井の者から不思議な話を聞く、という続きものも4巻。当初はおちかの身の上を語る必要性と凶事が起きて間もないということもあり、よくできた話ではあったがどうも暗くて物足りない面があった。巻が進むにつれ、深刻な話ばかりではなくコミカルな話も出てきて、さらにチョー怪物も暴れたりしてかなりのびのびとバリエーション豊かに展開されている。今巻も1話めの途中で、おもしろいなあ!と心がCRY。うーむ670ページもある分厚い本なのにスイスイ進んだ。

◇迷いの旅籠
例年の行灯を作る祭りを禁じられてしまった村々で、逗留の絵師が、不穏な理由で打ち捨てられていた小屋を行灯に見立てようと提案し、皆で取り掛かる。しかし出来上がってみるとなんと小屋に亡者が・・

もちろん登場人物の複雑な事情やその土地の風習など様々な下敷きをもとにドラマが展開されていくのであるが、誰かが深刻な怪我や病気をするわけでもなく、何がある、なぜそうなる?とずんずん話が進んでいく。興味が奥へ奥へと導かれていく感じだった。そして少々驚きのオチがついた。楽しく、先を読む気持ちが盛り上がる。

◇食客ひだる神
子どもに語る昔話を拡大したかのような微笑ましいエピソード。商い好調な弁当屋が、分店も出さず、稼ぎ時でも時期によっては商売をしないのはなぜか?福を呼ぶけども困った特徴を併せ持つひだる神が憎めない話。

◇三鬼
山間の植林の村は、なぜか上と下に分かれていた。私闘による処分として深山常駐の任に就いた侍。前任者は白髪となり「鬼がいる」と言い残していた。一転、村人が何かを隠し通している、深刻で陰鬱な話。これも怪奇話として興味を引っ張られる。ちょっとだけ腑に落ちないところは残ったけども、締めはまた幸福そうであったり、驚いたり。サパッとした感はあった。

◇おくらさま
若い娘のような振袖を着た老婆・お梅は、美しい娘しか産まれない生家の香具屋に代々まつわる「おくらさま」の話をした後、霧のように消えてしまう。おちかも同時に気を失った。聞いて聞き捨て、語って語り捨て、という常の決まりを破り、おちかの従兄、明るく弁の立つ富次郎、貸本屋の若旦那・勘一とともにお梅を探す新展開。出逢いと別れが訪れるー。

著者は前巻では「これまで以上に、やりたい放題やらせていただいた感じです(笑)」とコメントしたくらい、その筆致が楽しく炸裂していた。今巻も絶好調。そして余裕すら感じられる。それはそのままおちかの心情の描写ではないだろうか、とふと思う。

作中では時間の経過は2年。深く傷ついたおちかも役割にも慣れ、語り手をうまくいざなっている。当然の変化を織り交ぜ、まだまだ続く。

次が楽しみだ。

5月書評の15

今日のうちに。帰り道、薄暮にクレッセントムーンとヴィーナスのランデヴー。

三日月とめっちゃ明るい星ってまるで絵本の夜空のようでずっと上見ながら歩いちゃってました。

いい天体シーンを観ると、いいことありそうな気がするよね🤗アゲアゲ⤴️で行きましょう

◼️ 梨木香歩「丹生都比売」

草壁皇子。壬申の乱の覇者、のちの天武天皇と持統天皇の子。梨木香歩に古代のイメージはなかった笑

図書館で目の合った本。人気のある梨木香歩はいくつも読んでいる。でも古代のイメージはなかった。梨木香歩×古代・壬申の乱=好き楽しみの二乗スクエアということかもと借りてきた。

西の魔女が死んだ、の次の本で初期作品である。先に言うと、梨木香歩らしい不思議和風ファンタジーではあるのだが、含むものの説明が足りなくて、バランスがその後ほどではない、という感じだった。分からないけど良かった、くらいになればいいのだが。飛鳥・奈良ものは似たような傾向が他の作家さんでも見られる。

草壁皇子は吉野にいた。

天智天皇は弟の大海人皇子を次の天皇、皇太弟にしたものの、天智は息子の草壁のほうが可愛くなり、危険を感じた大海人は出家して近江京から吉野へ下る。そして東国を味方にした吉野軍は挙兵し、大友皇子の近江軍を破り、壬申の乱の勝者となった。挙兵までの日々、つのる緊張感の中、草壁皇子は地元の子、ものを言えないキサと仲良くなる。

私的には壬申の乱はまさに歴史の流れの中間点のようなもので、仏教を外国の異教とした物部氏を、蘇我氏と組んで討ち果たした聖徳太子がいて、以後蘇我氏は勢力を伸ばし、遂に乙巳の変でのちの天智天皇、藤原鎌足に討ち取られ、しかしこの壬申の乱で天智・藤原氏サイドは負け組になってしまうのだ。

天武の妻、持統天皇は草壁の異母兄弟、プリンス大津皇子を謀反の疑いで自害させた。しかし草壁もまた病弱で、若くして亡くなってしまう。このへんも、やはり古代は陰謀が多く黒いイメージ。個人的にダイナミックさと響くものがあり、感情的にはとても楽しめる。

著者はなんでも出来た大津に対し虚弱でポツンとした草壁との対比に惹かれているようだ。のるほど。

途中まで史実に脚色、という形で進む。途中からファンタジックな要素が出てきて、暗い迷路のような道を通りブレイクスルーが訪れる。ちょっとハルキ的かも。

久しぶりに、この時代に浸れたかな。また古代ものを探そう。

5月書評の14

旧乾邸外観と、割引券くれたので行ってきたすぐ近くの白鶴美術館。こちらも和洋モダン。廊下や休憩スペースの椅子なんかがカッコよかった。


◼️ 全卓樹「銀河の片隅で科学夜話」

ちょっとだけ専門的な科学のよもやま話をゆるく綴るエッセイ。スっと読めて、おもしろい。

これを書いている今夜は、三日月と金星が接近していて、とてもキレイだった。まるで絵本の夜空だな、なんて思いながらずっと上を見て歩いていた。

読む本のチョイスは、一時は小説ばかりだったが、最近は新書なども読んでいる。特に物語が続いた後は宇宙、地学、生物の本が読みたくなることがある。この本は書評を見かけたり、本屋の店頭に積んであったりで評判の良さを感じていて、図書館も貸出中だったのを先日たまたま見つけて即借りてきた。

著者も記してある通り科学エッセイだ。地球の自転速度から始まり、流星、彗星、カイパーベルトにオールトの雲、巨大ブラックホール、月面売買という宇宙の話が続く。

そして物理に行って真空、放射能、量子力学、数学の確率、多数決、付和雷同の社会学、AIプログラミングにも通じる倫理の世界的実験、そして生物ではアリの生態、蝶の渡りと多岐にわたって短い章立てで語られている。

前世紀以前の発見から、最近の研究成果までを網羅している説明素材は、時に立ち止まって考えてしまう部分はあるものの、読んでいて楽しい知識が多く、ふむふむと思いながらスラスラと読めてしまう。理系の複数の友人から「子供の頃『◯◯のひみつ』シリーズが大好きで読み尽くした!」と聞いたことがある。そんな気持ちなのかな。アダルトな、◯◯のひみつエッセイ^_^

専門知識を分かりやすい本にするのは緊張する、という学者さんの言を読んだことがある。確かにそのあんばいは難しいに違いない。やはり読み手もプロフェッショナルなところをこそ求めているところもあるし、だからと言ってさっぱり分からないでは意味がないし。いくつもおもしろい本は経験したので、科学者さま、今後もがんばってね♪期待してます。

そんな中、科学のトピックを説明しつつ現代の人の世を考える、そんなエッセイを読んでいると、大地と空と地球と宇宙、ホントに広さ、深さをも感じてしまう。ナイスなジャンル創成。

本書にある「アリに心はあるか」ではないが、科学者にも情感は当然あり、名作「星を継ぐもの」のように人の心に大きく強い郷愁を抱かせる力が、科学には絶対ある。バランスよくしたためられた本をまた読みたいものだ。

5月書評の13

旧乾邸④です。壁やタイル、調度品の細かい装飾に簡単。車寄せは馬車なのかな。

◼️ フランソワーズ・サガン「ブラームスはお好き」

40代を迎えようとするバツイチの女性が、同年代の不実な恋人と、彼女に夢中になる若い男との間で揺れる。

サガンは19歳で書いた「悲しみよこんにちは」が世界的ベストセラーとなった。しらけた雰囲気と緊張感が漂い、みずみずしく痛みも伴う小説で感嘆したのを覚えている。その後他作品は読まず、久しぶりのサガン。「ブラームスはお好き」は4作め、24歳の作品で、同年代が主人公だったそれまでとは違い、中年に差し掛かる年齢の女性の心の動きが中心、とのこと。なかなか興味深くはあった。

39歳のポールは夫と離婚し、商店や家の中のディスプレイの仕事をしている。少し年上のロジェという恋人は不実で、若い女と浮気を繰り返している。ある日仕事で出逢った25歳のシモンが、ポールに熱烈に恋するようになり、最初は持て余したものの、ポールは次第にシモンに惹かれていくー。

物語の構図、としてはある意味シンプルと言えるだろう。

恋愛とは難しいもので、って私は恋愛マスターでもなんでもないのだが、苦しいことがあれば好ましいと思う方向に逃げ道、はあると思う。どうも小説の話だけではなくて現実にもあるみたいだ。ただ、そこには引き戻す気持ちも働く。

「私、あのときさびしかったのよ。とてもみじめな気持ちだったの。でも『早く帰っていらっしゃい』なんて、あなたに手紙を出すべきじゃなかったわ、ほんとに」

ポールはやはりシモンとの年齢差と、さらに将来のことを気にしていて、それは頻繁に出てくる。例えば、

「もしかしたら、自分の人生にもう挑んではならない時期が存在するのかもしれない。そのかわりに自分の人生を守らなければならない時期が。(中略)彼女はもうそんな時期に到達してしまったのだろうか?」

「彼女は一瞬、じっとその場に立ちつくしてから、ゆっくりとコートをぬぎ、それからバス・ルームにはいって化粧をなおし、念入りに髪の手入れをした。そうしながら急にヘア・ブラシをそこにおいた。そんなにおしゃれしなければならないのが、まるで自分の弱点のように思えて、いやになったのだ。だが、たしかにシモンを誘惑するためだった!」

ただ、自分はこうあるべき、と思うのはやはり言い訳めいていて、結局は自分が誰を求めているのか、という本能的とも言える情が一番になる、のではないかと思う。

シモンとの愛の時間を経たことで、ポールは自分とロジェの関係性を見つめ直す。そして結論を出す。

居心地がいい、だけ、というのは必ずしも人が求めていることじゃない。そこに理屈はない。その複雑さと、どこか自分を律する教訓めいている部分を細やかに、率直に著している作品と言えるだろう。

構図はシンプル、心情は複雑、でも動機はまた納得できる平明さ。そこに常識的なものと矛盾があるのが人の情。よく出来ていると思う。サガン様に生意気かもだが、ラスト近くのポールとロジェとの会話がもっとあって良かったかも、とは思った。

いろいろ考えさせる読書でした。

5月書評の12

旧乾邸③イギリスのマナーハウスっぽいと友人が言ってた。1500の応募で当選は400ほどだったとか。ラッキーだったんだあ〜。

◼️Authur Conan Doyle
"The Adventure of Charles Augustus Milverton(恐喝王ミルヴァートン)"

ロンドンの恐喝キング。スキャンダルや力ない女を食い物にするキャラクターには鉄槌。これもホームズものの騎士道的傾向です。

ホームズ短編原文読み33作め。第3短編集「シャーロック・ホームズの帰還」より。大物の1人登場ですね。大探偵も蛇蝎のごとく嫌うミルヴァートン。ホームズ&ワトスンの古典的冒険が展開されます。さてさて、なお、「犯人は二人」というタイトル邦訳も見受けられますが、ズガーンと悪党ミルヴァートンの名前が出てる方が好きかなやっぱり。

最初の方には断りが。特に関係者が存命の場合、名誉に関わることも多いので、かなり以前のことで、名前なども変えているとワトスンは書いています。ホームズ譚ではこのような記述をたまに見かけます。

凍てつく冬の夜のこと、ホームズとワトスンが6時ごろ散歩から帰ってきました。

As Holmes turned up the lamp the light fell upon a card on the table. He glanced at it, and then, He glanced at it, and then, with an ejaculation of disgust, threw it on the floor.

ホームズがランプを点灯すると、その光がテーブルの上にあった名刺を照らし出した。ホームズはちらっと目をやり、見るのも嫌だというような叫び声を上げ、床に放り出した。

あからさまですねー。名刺には

CHARLES AUGUSTUS MILVERTON,
Appledore Towers,
Hampstead.
Agent.

とありました。誰なんだい?と訊くワトスンに

"The worst man in London."

ロンドンで最悪なヤツさ、と嫌悪を露わにするホームズ。名刺の裏には6時30分に来る、と書いてありました。

"He is the king of all the blackmailers."
「恐喝者のキングだよ」

ホームズの話によれば、手口はこうでした。

著名人、セレブの地位や立場を危うくする手紙を高額で買う準備があると知られるようにしておく。従者やメイド、または上流階級で女性から手紙を受け取ったことのある者など不誠実な者たちから商品を仕入れる。ミルヴァートンがある貴族を破滅させた、長さにしてたった2行の手紙を提供した従者に700ポンドもの大金を支払ったことをホームズは知っていました。諸説ありますが、現代の日本円にして約1500〜2000万円といったところでしょうか。とんでもないですね。そしてミルヴァートンはそういった手紙が人手に渡る、公表されると身が危うい者たちをゆすり、

"he will squeeze and squeeze until he has drained them dry. "

「干上がるまで徹底的に搾り取れるだけ搾り取る」

のでした。

"The fellow is a genius in his way, and would have made his mark in some more savoury trade. "

「彼はその道の天才だよ。なにか他のまともな商売でも名を上げただろう」

法律では脅迫は罪になるはず、でも個人的な事情が公になるため、その手は取れない。

ミルヴァートンは、ホームズが呼んだとのこと。ホームズは、ある高名な依頼人から、昨シーズン社交界にデビューし2週間後に伯爵と結婚する令嬢が、貧乏な郷士に宛てて書いた軽率な手紙の事で、ミルヴァートンとの交渉を依頼されたのでした。手紙はミルヴァートンの手にあり、それは結婚を破談にするのに十分なものでした。

ロンドンでは名前を聞いただけで青ざめる人が少なくない、その恐ろしい人物がまさに立派な馬車で来訪しました。

太った背の低い男。大きく賢そうな頭、丸く肉付きが良く、髭のない顔、幅広の金縁眼鏡の奥には鋭い灰色の瞳、そして凍りついたような微笑みを浮かべていました。握手を求めて差し出した手をホームズはまる無視。ますますニターっとして椅子に座るミルヴァートン。ワトスンの立場を確認して本題に入ります。以下、やりとりを日本語ダイジェストで。

H「どんな条件だ」
M「7000ポンドですな。私もツラいのですよ。14日までに支払われないと18日の結婚はまちがいなく、ありません」
H「ちょっと過大評価だろう。僕は手紙の内容を知っていて、レディには将来の夫に全てを話すようアドバイスするつもりだ」

M「あなたは伯爵のことをご存知ない。ま、お互い見方が違って、この手紙を伯爵に渡すのが依頼人のためになると思ってるのなら大金を払うのも馬鹿げた話だ。なるようにしておきましょう」(帰りかける)

H「ちょっと待て。我々はスキャンダルを防ぐために努力すべきだ」
M(座り直す)「そう考えてくださると思ってましたよ」

H「現実的な話、彼女が払えるのは2000ポンドがせいぜいだ」
M「分かっていますよ。でも女性の結婚というのは友人や親族が彼女のためにちょっとした援助をする良い機会なんじゃないですかねえ。手紙の束が彼女にとって最高のプレゼントだということを、私が彼らに教えてあげましょうか」

H「ありえない」
M「なんと不運な!ほら私はこの手紙を明日の朝、ある女性の夫に渡すのです。手紙を書いた女性は、些細な額を用意しなかったのでね。こないだ新聞にもある伯爵令嬢と大佐の破談の記事が出てましたね。1200ポンドで全てが解決できたでしょうに。あなたには驚かされましたよ、ホームズさん」

ヒッヒッヒ、という声が聞こえてきそうですね。ホームズは話の方向を変えようと試みます。

H「僕が言った金額を受け取った方がいいぞ。女性を破滅させても君に利益はないだろう」

M「私には途方もない利があるのですよ。10件近く似たようなネタがあって、そちらの件が表沙汰になれば、関係者の物分かりがはるかによくなるでしょう」

"Get behind him,
Watson! Don't let him out! "
「後ろに回れ、ワトスン、奴を外に出すな!」

ついにホームズは実力行使に出ようとします。
ミルヴァートンは壁まで後じさりましたが余裕があります。こういう事態にも慣れているようで、拳銃を見せて、自分は完全に武装している、と言い放ちます。

"Besides, your supposition that I would bring the letters here in a notebook is entirely mistaken. I would do nothing so foolish."

「それに、私がくだんの手紙を手帳に挟んで持って来ている、と思うのは大間違いですよ。そんな間抜けなことはしません」

では、とミルヴァートンは悠々と帰っていきました。

屈辱的な会見でした。ミルヴァートンの要求は1億円をはるかに超えていました。単位の話です。ホームズはしばらく暖炉の前で黙って座っていましたが、やがて意を決して立ち上がると、小粋な若い職人の身なりをして出かけて行きました。

それからしばらくホームズは同じ格好で出入りしていました。そして、シャーロッキアン的にトピックとなっている告白がなされます。

"You would not call me a marrying man, Watson?"

「僕を結婚したがってる男、なんて言わないよね、ワトスン?」

"No, indeed!"

「なんじゃそら、絶対言わねー!」

"You'll be interested to hear that I'm engaged."

「僕が婚約したんだ、って聞いたら興味が湧くかい?」

ええーっ。びっくりですね。この場面はシャーロッキアン本でよく取り上げられます。ホームズは「四つの署名」でワトスンとメアリ・もースタンが結婚する運びになったとき、これまたシャーロッキアン界では(笑)有名なセリフを吐いてます。

"I really cannot congratulate you."

「おめでとうとは言えないな」

"love is an emotional thing, and whatever is emotional is opposed to that true cold reason which I place above all things. I should never marry myself, lest I bias my judgment."

「恋愛とは感情的なものだよ。なんであれ心を乱す感情は、僕が全てにおいて重視する冷静な理性とは対極にあるものさ。僕は決して結婚はしないよ。判断を偏らせないためにね」

このセリフがあるがため、また唯一女性として尊敬しているのがアイリーン・アドラーで、それはその知性のためという側面も大きいのもあるのか、ホームズは「女嫌い」と受け止められています。なのでワトスンにしてみれば驚天動地。しかしまあ、目的があれば別、なのでした。

"My dear fellow! I congrat– –"
「まじかーホームズ!おめで・・」

"To Milverton's housemaid."

「ミルヴァートンの家のメイドとね」

"Good heavens, Holmes!"

「な、なんだって!ホームズ!」

よくよく聞いてみるとホームズはミルヴァートンの生活習慣や家の間取りなどの情報を得るために羽振りのよい配管工エスコットを装い、メイドのアガサに近づき、毎晩おしゃべりにいそしんだとのこと。もちろん結婚はしません。彼女を傷つけるかもしれませんが、幸いというか、恋のライバルは多いようです。

"What a splendid night it is!"
「なんてすばらしい夜なんだ!」

説明の最後にこの感嘆文。この日外は大嵐。なんでやねん、というワトスンのまっすぐなツッコミに対して

"It suits my purpose. Watson, I mean to burgle Milverton's house to-night."

「僕の目的には最適なのさ、ワトスン。今夜ミルヴァートンの家に押し入るつもりだからね」

ついにホームズは最後の手段に出ます。このためにアガサに近づいたんですね。

I had a catching of the breath, and my skin went cold at the words,

私は息を呑み、鳥肌がたった。→慣用句を調べたので載せてます。catch the breathは息を呑む、skin went coldはたぶん意訳も入って鳥肌が立つ。

ワトスンはもし失敗して捕まったら、とやめるように言いますが、ホームズはワトスンに説きます。女性が必死に助けを求めている、他に手はない、期限はあす。手帳を奪うだけのことで、それは道義的に正しい。

納得したワトスンは、んで、weはいつ行く?と聞き、ホームズは君は来ないでいいと突っぱねます。最後にワトスンが連れてかないんなら警察に通報するー!といって「同じ刑務所にいるのもいいかもな」とやっとホームズからOKが出ます。

まあ映画なら押し込みをするつもりだ、とホームズが言ってすぐ家に入る直前か入った直後くらいに場面がジャンプしたりしますが、ホームズものにはあまり場面の省略がなく、特にホームズとワトスンの友情の部分にはページを割くことが多いですね。

ホームズは自慢の最新式泥棒用具セットを広げます。さすがというか、なんでそんなの持ってるのかというか。

"I don't mind confessing to you that I have always had an idea that I would have made a highly efficient criminal. This is the chance of my lifetime in that direction. "

「君には言ってもいいかと思うが、僕はかなり高度で手際良い犯罪をやり遂げられるんじゃないかって常々考えていた。今回はまたとない実践のチャンスというわけだ」

ホームズが犯罪者だったら、さぞかし完璧な・・という考え方はよく出逢いますね。パスティーシュでもあったような気がします。

さて2人は観劇の帰りを装うためドレスアップして出かけます。映像向きの場面ですね。そしてミルヴァートン邸へ向かいます。道々、ホームズから説明が。

手紙は書斎の金庫に保管されている、書斎は寝室の隣、アガサによれば、ミルヴァートンの眠りが深くなかなか起きないのは使用人の間で笑い話のネタになるほどだ、この2日間、夜にアガサと会ったから、いつも庭をうろついている猛犬を彼女が閉じ込めてくれている。ホームズがアガサと付き合った理由がよく分かりますね。

家にはどの窓にも灯りがついていませんでした。2人は顔にワトスン手製の黒い覆面を装着、書斎へ直通の扉は鍵とかんぬきがかかっていて、庭にある温室の方からアプローチ、ホームズはガラス切りを使い、手を入れて鍵を開けます。ホンマ泥棒みたい。暗闇の中、数々の部屋を通り抜け、暖炉が燃えている書斎にたどり着きます。部屋には中央に机と革張りの椅子、本棚、そして片隅に緑色の大きな金庫がありました。

ホームズは慎重に寝室の方を伺い、ワトスンは退路を確保しようと外に通じる扉を確認、なんと鍵もかんぬきも掛かっていませんでした。どこか不自然ですね。暖炉が燃えているのは隣の寝室のために暖気を確保しているのでしょうか。

"I don't like it"
"I can't quite make it out. Anyhow, we have no time to lose."

「気に入らないな。よくわからない。ともかく一刻もムダにはできないぞ」

ホームズは自慢の道具を出して、金庫破りに没頭します。30分後、カチッという音がして金庫がついに開きました。中にはさまざまな紙包みがありました。ホームズはダークランタンであらためていましたが、突然中断して、カーテンの後ろに急いで移動しました。ワトスンも慌ててならいます。

しばらくして、誰かが部屋に入ってきました。強い葉巻の刺激臭、目と鼻の先を足音が行ったり来たりして、革の椅子に座り、書類をめくる音。ワトスンがそっとカーテンの隙間からのぞくと、やはりミルヴァートンでした。化粧着は来ていたもののパジャマなどではなく、なんらかの文書を革張りの椅子で物憂げな顔で読みこんでいました。すっかりくつろいで、すぐに出ていく様子はありませんでした。当然ワトスンは早く読み終わらないかな、葉巻吸い終わらないかなーと思っていました、が!

there came a remarkable development, which turned our thoughts into quite another channel.

「思いがけない展開が起き、我々の思考はそちらにそらされた」

やがて外から女性がやってきたのです。ドアに鍵がかかっていなかったこと、早寝のミルヴァートンが夜更かしをしていたこと、この会見が理由でした。

ほっそりと背が高く黒髪、顔にはヴェール、顎までマントで覆っていました。ミルヴァートンの口ぶりだと、ダルバート伯爵夫人のマズい手紙を売りに来ている近しい女のような感じでした。そして女はヴェールを取りました。ミルヴァートンは明らかに驚いていました。

"Great heavens, is it you?"
「これはこれは、あんただったのか」

"It is I,"
"the woman whose life you have ruined."

「そう、私よ。お前に破滅させられた女」

お前は夫に手紙を送りつけた、そして気高いあの人の優しい心はひどく傷つき、そのまま死んでしまった、どうやらかつて金を払えなくて、夫婦関係を壊された者のようです。女は続けます。

私はお前に慈悲を乞うた、そしてお前はせせら笑った。

"Well, Charles Milverton, what have you to say?"

「さあ、チャールズ・ミルヴァートン、何か申し開きすることがある?」

ミルヴァートンの唇はひきつり、それでも私を脅そうなんて思わんことだ、すぐ出ていけ、
そしたら黙っててやる、とあくまで強気です。

"You will ruin no more lives as you have ruined mine. You will wring no more hearts as you wrung mine. I will free the world of a poisonous thing. Take that, you hound – and that! – and that! – and that! – and that!"

「お前はもうこれ以上誰の人生も、私のように破滅させられない。誰の心をも、私の心を締め上げたようにはできない。この世から有害な毒を取り除いてやる。くらえ、けだものめ、これでもか、これでもか」

彼女は胸元に入れていた小さなピストルで次々とミルヴァートンに弾を撃ち込みました。

ミルヴァートンはテーブルの上に前のめりに倒れ、一度は立ち上がります。しかしまた撃たれ、床に仰向けに倒れ、

"You've done me,"「やりやがったな・・!」

と叫び、動かなくなりました。そして女はその顔をヒールで踏みにじり、夜の闇に消えました。

脅迫者は息絶えた、しかしまずいことになりました。銃声は家中に響き渡りました。すでに家人の声と足音が聞こえます。ホームズは家の中に通じるドアに鍵をかけ、

With perfect coolness Holmes slipped across to the safe, filled his two arms with bundles of letters, and poured them all into the fire. Again and again he did it, until the safe was empty.

「ホームズは完璧な冷静さをもって金庫に忍び寄り、手紙の束を暖炉の火に放り込んだ。金庫が空になるまで何度もそうした」

すでに家の中側のドアは誰かが叩きながらガチャガチャと回されています。2人は外へ通じるドアから出て逃走しました。しかし庭は人でいっぱい、ベランダに出たところを見つけられてしまい、追いかけられます。ホームズは6フィートの塀を乗り越え、続いてワトスンも取り付きますが足首を掴まれます。やべ、この、と蹴り飛ばしてふりほどき、塀をようよう超えて必死に走ります。2マイルも走ると、誰も追っては来ませんでした。押し込み完了、です。

翌日朝食のあと、葉巻をくゆらせていた時、スコットランドヤードのレストレード警部が訪ねてきます。

"A murder – a most dramatic and remarkable murder. I know how keen you are upon these things, and I would take it as a great favour if you would step down to Appledore Towers, and give us the benefit of your advice."

「殺人です。とても劇的で風変わりな。あなたはこういった件にとても興味を惹かれると思います。アップルドア・タワーズまでご足労願って、良きアドバイスをいただけるとありがたいのですが」

殺されたのはミルヴァートンで、警察は長いこと目をつけてました、

between ourselves、ここだけの話ですが、ややつはちょっとした悪党でゆすり目的の手紙を溜め込んでまして、ただ犯人たちにその全てを焼き払われたようですな。金目のものは盗られておらず、地位のある者が秘密の暴露を防ぐ目的だったんですな。

犯人は2人組で、1人はすばしこいやつ、もう1人は庭師見習いに捕まって格闘の末逃げたようです。中肉中背、がっしりして、四角い顎、太い首、口髭に目には覆面をしていました。

"Why, it might be a description of Watson!"

「まるでワトスンの人相書きみたいじゃないか!」

とホームズ。レストレードもほんとだ、と楽しそう。そしてホームズは

"I'm afraid I can't help you, Lestrade,"

「残念だが、力にはなれないよ、レストレード」

と言います。実は自分もミルヴァートンのことは知っていた。個人的な復讐もある程度正当だろう、

"No, it's no use arguing. I have made up my mind. My sympathies are with the criminals rather than with the victim, and I will not handle this case."

「議論はムダだ。僕の心は決まっている。被害者よりも犯人たちに共感してるんだ。だから関わりたくないんだよ」

その後、目撃した殺人についてホームズは何も言いませんでしたがある日突然、

"By Jove, Watson, I've got it!"
"Take your hat! Come with me!"

「そうだ!ワトスン、分かった!帽子をとって、一緒に来るんだ!」

走ってたどり着いた店のショーウィンドーは、現在の美女や有名人の写真がたくさん掛けてありました。

1つの写真の中に、ミルヴァートンを撃った女性がいました。宮廷で身につける礼装、高価なダイアモンドのティアラをかぶった姿。そしてかつてその女性の夫であった偉大な貴族政治家の名前を読んだ時、ワトスンは息を呑みました。

My eyes met those of Holmes, and he put his finger to his lips as we turned away from the window.

「ホームズと目が合った。ショーウィンドーから離れる時、彼はそっと唇に人差し指を当てた」

さてさて、憎むべき脅迫者、最終手段としての押し込みという冒険、その前のホームズの婚約、そして意外かつ衝撃的な想定外の出来事、逃走劇となかなか見どころの多い活劇的なお話でした。出典の第3短編集「シャーロック・ホームズの帰還」は内容も外的なアピールの形も充実している話が多いと私は捉えています。逆に初期短編におけるホームズの思慮深さが失われたと思う向きの意見もあるようです。

他の話でもそうですが、特にホームズシリーズではとかく女性の敵は手ひどい復讐を受けます。「高名な依頼人」では多くの女性を騙しものにしたグラナー男爵は過去に捨てた女から顔に硫酸をかけられます。

復讐するは、我にあり。女性の社会的立場の弱さに鋭敏なドイルらしい物語作りとも言えるでしょう。

5月書評の11

旧乾邸②。乾汽船の始祖の方の家だとか。いまの管理は神戸市。

◼️ 綾辻行人/牧野千穂「くうきにんげん」

新本格の始祖もすでに歴史になった。さてさて、絵本は?

見出しは、綾辻行人の本の解説で、誰かが「最近の若いもんは綾辻行人を知らんのか、新本格の始祖ぞ!現人神ぞ!」とオモロかしく書いてたのを思いだしたので書いてみた。当時の本友から薦められて読んだ「十角館の殺人」。思い切りハッとしてショックを受けた覚えがある。いまでもオススメ本としてよく挙がってて、その、なんというか破壊力には感心するばかりだ。

というわけでアヤツジストとなってしまった私は当然ながらレジェンドの絵本は読んでみたいと思っていた。

「くうきにんげん」は先に読んだ恒川光太郎の本とは対照的に端正な絵で、人間の頭部だけがすべてウサギなどの動物になっている世界。恐ろしい場面はなく、ウサギの顔をした子どもがふうつの生活をしているいくつかのカットで天の声がくうきんげんについてナレーションをする構成が続く。

目には見えない「くうきにんげん」。それは人をくうきにするためいつか2人がかりでおそいかかってくるー。

ぞわっと来る感じの、見えないものへの恐怖に訴えかける絵本かなと。くうきにんげんはなにせ何も見えないし、文面に沿った描き方ができないタイプの作品で、絵の表現力が問われるなと思う。日常のどこかにくうきにんげんはいるのか?と思うと、人の影も、神の視座にも何かが宿っている気がしてくる。

これまで怪談絵本シリーズは

・宮部みゆき「悪い本」
・京極夏彦「いるの いないの」
・小野不由美「はこ」
・佐野史郎「まどのそと」
・有栖川有栖「おろしてください」
・あさのあつこ「いただきます。ごちそうさま。」

と読んできた。13作中いま半分といったところ。宮部みゆきが反則的にいっちゃん怖くて、次が京極夏彦かな。

次は皆川博子か恩田陸を読みたいな。

ゴメン始祖さま。絵本それほどこわくはなかった・・。

5月書評の10

神戸市東灘は御影のお屋敷街にある旧乾邸という名建築の一般公開に行ってきました。アルキメデスの大戦やNHK連ドラのほか数々の映画ドラマのロケ地となり、いまも月1回は撮影が入るそう。

さすがキレイで、大きな色つきの窓ガラス、ゆったりとしたカーテン、西洋モダンと和風のミクスチュア、細かい装飾を施された内装や調度品にテンション上がりました。

いいお天気、テラス席も暑くなく、地元名店のチーズケーキと紅茶、微風。めっちゃ癒されていい気分。応募したら見にいけるもの、というくらいに受け止めていたところ、どうもけっこうな応募数での当選だったようで、ラッキーな至福でした。


◼️ 恒川光太郎/大畑いくの「ゆうれいのまち」

怪談えほんシリーズ。「夜市」などのホラー作家、恒川光太郎はいかに?らしい出来でしたー。

恒川光太郎は現世に隣接する異世界、が得意というイメージがある。ことさら煽るわけではないがやっぱり怖いなあ、という感覚、またいつのまにかページがかなり進んでいた、という読ませる力の高さが好きでいくつか読んでいる。だからずっと読みたかった恒川光太郎バージョン。

ある日友だちが来て、ゆうれいのまちが来るから見に行こう、と誘われ、出かけていく。そしてゆうれいに捕まってしまうー。

絵はなんというか、とても粗くて逆巻く風に暗い色をつけたようなタッチ。人物も描いてあるものも抽象がかっている。不穏なものを感じさせ、沈んだ色彩の中挿入される空が紅いページが効果的だった。

物語は、なんかこどもものだし途中で夢見ていた、ということになるのでは、とも思ったけれども、お母さんとして出てくるゆうれいは本物ではなく、異世界がずっと続いてゆく。

教訓のある寓話っぽくしないのは各作家共通。その中で恒川光太郎は実にらしい、というか。子どもにとっては戻れない、というのも怖いよね。

恒川光太郎の通常の小説にも挿絵が欲しいな、なんて考えちゃったのでした。メディアミックスで漫画化されているのがあれば、それを読むのもいいかも。

5月書評の9

京都駅美術館でやってたオードリー・ヘプバーン写真展のチラシをなんとかブックカバーにしたく、他のリーフレットでまず作ってその上に貼り付けました。栞は鏑木清方が描いた樋口一葉「たけくらべ」の美登利。満足。


◼️ 伊与原新「オオルリ流星群」

やばいなあ、星好きにはたまらない話だし、泣けてしまう。私も天文台欲しい。excellent !

伊与原新は短編集「八月の銀の雪」「月まで三キロ」を読んで好感を持っている。今回初の長編。流星群に天文台とくればもうかぶりつきですね。貸出中だったのが返ってきてたのを見て即借り。

45歳の久志は地元の秦野市にある薬局の跡取り。2人の子持ちで、チェーン店の大きなドラッグストアが近くにでき、店はジリ貧で妻に売り上げを伸ばす方策を迫られてはうるさがっていた。地元には中学の理科教師で娘持ちの千佳と、独身でテレビ番組制作会社を辞め、司法試験に挑戦しているお調子者の修がいた。

千佳と修は同じ高校で、3年の文化祭に空き缶でオオルリの大きなタペストリーを造って展示した仲間だった。主力メンバー6人のうち、和也は会社を辞めて引きこもってしまい、そしてリーダー格だった長身イケメンのスポーツマン、人気者の恵介は途中でなぜか作業を投げ出し、卒業後自殺していた。

久志、修、千佳の3人は、やはりオオルリ作成のメンバーで国立天文台に就職したスイ子こと山際彗子(けいこ)が秦野に戻ってきていることを知り、再会する。スイ子は天文台を、作るつもりなんだ、と明かすー。

物語は久志と、千佳の目線から交互に展開される章立てである。それぞれに屈託のあるメンバーが、再び集まり、天文台を作り上げるべく協力し合う。謎は明らかになり衝突もあり、進歩もある。経験による成長と何かを創り上げる時に得られる感動は、物語の大きな特質だろう。よくあると言えばそうだが、ならば構成の確かさで勝負、だろう。しかも、題材に夢と広がりがある。ドーム付きの家、天文台を所有するってやっぱり憧れてしまう。

私の高校は卒業後30年の年に同窓会総会を主催する。そこで再会したり、話したことのなかった人と仲良くなったりする。もう男女の垣根も低い。私も多くの知己を得て、みなが作ってきた人生を知るにつけ不思議な念に、今も囚われている。

この作品は、青春ものでありつつ、望郷と懐古だけではなく、何十年も経った後の感慨、ある程度人生が進んでしまった後の独特な感覚を追体験するものかと思う。最後の40ページくらい、築き造りあげるタイミングと登場人物の葛藤が溶けていくのがマッチした進行に、めっちゃ感動して心が揺れた。

星好き。流星群を何時間も待ったり惑星接近などのイベントもよく観る。最後の専門的な畳み掛けも見事。響いたラスト、あとがきの執筆の動機も爽快な気分になった。

ホントに良い読書でした。

5月書評の8

「銀河鉄道の父」2回めに行き追い銀河泣き。近くにあったゲームセンターでたまにはとシューティングゲーム。30秒で15本のfirst stageは楽勝でクリアしたものの次のステージはハードルが高く、結局60秒間シュートしっぱなしで、右脚ふくらはぎが張ってしまった件。

でも、指先でコントロールする感覚はいいね。たまにやろうとか思ったのでした。

長らく読んで、アニメも観たダイヤのAもついに終了。現代のスポーツマンガ読むのなくなった。卒業証書いただきました。

図書館行って読みたいの2冊借りて、現代の著名ホラー作家が話を書いた怪談えほんシリーズも読みたかったの読めてほくほく。本読みはホント、幸せ気分になるハードルが低いというか。でもそんな生活が気に入ってます。📚😆

◼️ アントワーヌ・ローラン「赤いモレスキンの女」

パリの、大人の、スタイリッシュなおとぎ話に気持ちよく微笑。

アントワーヌ・ローランといえば「ミッテランの帽子」に興味があったけど人気で貸出中。先日図書館で見かけたこちらを借りてきた。モレスキンは知らなかった。ゴッホやピカソも愛用したパリの文具店のノートブックを原型としたもので、シンプルな形にゴムバンド、裏表紙にマチつきポケットのついたノートや手帳のブランドだそう。タイトルにはCARNET ROUGEとしかないので本文中のモレスキンを持ってきたようだ。

深夜、自宅マンション前でタクシーを降りたロールは強盗にバッグを奪われ、頭部に怪我を負い昏睡状態に陥る。

翌日、40代後半の書店主ローランはカフェへ朝食に行く途中、自宅兼店舗近くのゴミ箱の上に紫色のハンドバッグを見つける。届け出た警察では1時間後に受け付けると言われ持ち帰ることに。そして興味からバッグを開け、中身をあらためる。

エレガントな文字で赤いモレスキンの手帳に書き付けられた思索的な文章。魅了されたローランは香水ハバニタ、ヒエログリフの彫られた金メッキのプレートが付いた鍵束などさまざまなものが入っていたが身元が分かるものはなかった。しかし有名作家パトリック・モディアノの文庫本「夜半の事故」には著者のサインがあり、"ロールへ"と書かれていた。

試しに噴射してみたハバニタの香り。ローランは直後に訪ねてきた現在の恋人ドミニクの誤解を招き怒らせてしまう。しかしローランはこのバッグの持ち主を探す気になっていた。前妻との娘でハイスクールに通うクロエと会ったさいに勧められた方法も、実行してみる。そして少しずつ、ロールのことが分かってくるー。

さらなる大事件が起こるわけではなく、進行するにつれて、映画のような話だな、と思った。ロールの職種やノーベル賞作家を登場させるところ、文芸への言及、さらに食べ物、飲み物など工夫が楽しく、ロール、ローランを取り巻く人々もバリエーション豊かでほのぼのと、ときに冴えざえと社会が見える。

バッグの中身を物色しさらにエスカレートするなど紙一重のところもある。スマートな話となっているところがやはりドラマ的かな。

人生の蹉跌、パリの片隅で2つの孤独が出逢うおとぎ話ってところだろうか。コロナ禍の中、イギリス王室のカミラ夫人が読書に癒しを、とお気に入り作品を発表した際にこの本が入っていたそう。

「ミッテランの帽子」も読んでみたいし、劇中で紹介されたパトリック・モディアノの本も読みたくなって調べた。ロールがサインをもらった「夜半の事故」はなんと未訳。ショックー笑でもゴングール賞の「暗いブティック通り」、そしてパトリス・ルコントで映画化されたのを観た「イヴォンヌの香り」などおもしろそうだ。

楽しみが増えた、小粋な読書でした。

2023年5月15日月曜日

5月読書の7

映画「銀河鉄道の父」行ってきました。キャンペーンでムビチケ当たった嬉。

伝記を映画にするのは難しい面もあるよねやっぱりと思いつつ、でも初めて賢治と最愛の妹トシとの絡みを映像で見たり、「風の又三郎」「月夜のでんしんばしら」を聴いたり、永訣の朝の場面を観ることができて意義深いものがありました。星めぐりの歌も大好きやね。できることなら、イギリス海岸を見たかったな。

そして何度も泣き泣き。えーん😢😭かないません。森七菜がすばらしかった。♯銀河泣きってタグができてるらしいし。パンフ買って、帰路賢治の弟清六の著書を買いました。

雨がちの土日、いつもの図書館へ向かう遊歩道の木々もすでに梅雨のような水気含みの緑。読む本あってもまた買ったり借りたり。積読は減らないもんです。商店の自販機でコーヒー買って飲んでて、ふと上を見ると吊り蛍光灯の上にツバメの巣。高く売れるのかな、なんて思ったりして😎😅

🏀Bリーグプレーオフ、横浜ビー・コルセアーズは強豪川崎ブレイブサンダースを2連勝で下しセミファイナルへ進出決定。去年まで下位チームだったのがホント変わった。次の相手、琉球は天皇杯準決勝でも負けた、リーグ屈指の実力を持つチーム。またシビれさせてほしい。

Bリーグが終わっても、アンダーカテゴリーのワールドカップや6連覇中の女子アジアカップがある。もちろん夏には男子ワールドカップも。今年はバスケ🏀の年。忙しいぞ😆🔥

♯銀河泣き

◼️ 江國香織「落下する夕方」

関わりが始まりと終わりを呼ぶ。失恋と、アリかも、思わせる多角関係。

久しぶりの江國香織。前世紀の作品、すでに四半世紀経過した恋愛模様。美術講師の梨果は、8年間同棲した健吾に別れを告げられる。原因は、華子という女。健吾の部屋を訪ねた時顔を合わせた華子は、突然梨果宅を訪れ、住み着いてしまう。

猫のような、子どものような華子。自分のことは話さず、しかしきっぱりしてて、人を惹きつける。よく行方不明になり長い間帰ってこなかったりする。何人も男関係があるらしい。

梨果と華子と健吾の奇妙な関係。健吾は別れても数日に一度、自分から梨果に電話をしている。健吾に強い想いがずっと残っている梨果は、華子によって健吾と繋がっていられることを望ましく思っている。一方で大きな喪失のタイミングで飛び込んできた華子の持つ磁力に否応なく、引き寄せられている。華子の突飛で謎な行動により物語は紡がれていく。

恋愛と破局は罪つくりで、そして痛みは心を深く知り、細かい思い出は言葉を生み出す。健吾を嫌う華子に梨果の心が揺れる。時折挟まれる、健吾を忘れかけているようなフレーズはまた強がりだと知れる。

失恋したものは、相手が決して振り返らず元に戻ろうとしない態度に、絶対的な常識を見てなお想いが募るものではないだろうか。

なんて滔々と、少しこの本のトーンに影響されながら述べたててみた。私も若かったこの頃の恋愛の時代性というものを、江國香織は鋭敏に掴んでいたと推測できそう。

まあそもそも自分の男を奪った女と暮らすということ自体あり得ない設定と言えるんだけど、ただないからそんなの、で終わってしまっては面白くない。その後をうまくつないでストーリー化けしていると思う。

今の恋愛現役世代が読んでどう思うかな、ふと考えちゃうのでした。

2023年5月13日土曜日

5月書評の6

GWは・・結局とりたてての外出はなし。買い物して、ご飯作って、片付けて、洗濯して掃除、の繰り返しだったかな。その割に本はよく買って積読また増えた😅最後の方は豪雨で台風並みだった。

それもあって、お家時間で、本読んで、テレビ⚾️🏀🎼など見て、息子の後を追っかけてた。

ホットケーキはビジュアル的に好感度高いよね。3段とフランクフルトはホットケーキミックスのあまり使い切りで自分用に。

まあこんな年もいいかと。


◼️ 大下宇陀児「偽悪病患者」

古き良き日本の怪奇、サスペンス小説といったもの。工夫と人臭さ。ふむふむ。

ミステリ好きの先輩からお借りした本。大下宇陀児は昭和初期から戦後の時期に活躍した作家で甲賀三郎、江戸川乱歩と時代を共にしている。

この本には10数ページから長くとも40ページくらいの短編が収録されている。

「偽悪病患者」
「毒」
「金色の漠」
「死の倒影」
「情獄」
「決闘介添人」
「紅座の庖厨」
「魔法街」
「灰人」

なんか、時代らしいおどろおどろしさが漂うタイトルの羅列。この中では「金色の漠」「紅座」が短くてコミカルで、太宰治を怪奇小説の体にしたみたいな印象もある。「紅座」の主人公の働かない胃弱の男なんてイメージが重なる。「魔法街」は近未来SFチックで江戸川乱歩っぽい。星新一風味かなと。

ほかは犯罪小説っぽい味付けもある少々恐く奇体な話。その構成の工夫のバリエーションがおもしろい。

「偽悪病患者」は兄妹の書簡の往復、「毒」は無邪気な子どもの言動がキーになる。「死の倒影」は醜怪な要望をした、多分に承認願望のある若手画家が教師、ライバルと絵の師匠の殺害を告白する。「情獄」は友人を見殺しにしてその妻を奪った男の回顧譚。どちらの話も手紙で罪を書き残そうとしている。

ラストの「灰人」は犬がポイントとなる。土佐犬とイングリッシ・セッターの間に生まれた野良犬ルルウ。老主人に拾われ大事にされたルルウはしかし、主人の妻を奪った敵方の男にも自然になつき、犬として本能通りの行動をする。そして残忍な犯罪が起きるー。

「決闘介添人」は、違う形で手紙が使われる。女を巡って2人の男が双方納得ずくで決闘をするが、片方の男が決闘時の取り決めを破り、私がいない場合は自殺ではなく、もう片方の男に殺されたのだという手紙を書く。その内容を知った第3の男がうまく利用しようとする。

こうして見てみると、なかなか様々な要素を取り込んでいて興味深い。

犯人の描く絵が犯罪を象徴する「死の投影」、キャラは「紅座」の健啖家にして仕事ができ、しかもロクデナシの旦那にも献身的なお咲が印象的。「灰人」のルルウの描き方も好きだなと。

作品は全て昭和ひとケタ年に書かれたもの。たまにはこうした、日本版黄金時代のような時期の小説群を読むのもいいものだ。なぜか憧憬の念を抱いてしまう近代を垣間見たいーこの気持ちの正体は何なのだろう。

5月書評の5

GWの料理ー。まあ牛肉を焼肉のタレで炒めるのは王道やね。ふつうのおかずやん!と息子から賛辞をいただく。クリームシチューもうまく出来ました。やっぱ肉と野菜は分けて炒めたほうがいいね。水を入れて、具が多すぎるかなと思っても、最後はうまく収まった感じだった。すばらしいのは日本のシチュールー、やね。
チキンライスもどき、チキンの代わりにポークソーセージ。やっぱり最後に塩コショウで味を整えるのすごい大事。ケチャップもベタっとならずまずます。こどもの日に柏餅を2人で食べました。

◼️ 西加奈子「炎上する君」

やっぱりちょっと変わってて、でもそこはかとなく真ん中に寄ってて、おもしろいよね、西加奈子。

本読みとしての自分に人が抱くイメージは面白くて、けっこうなミステリ好きだと思われたり、書評をよく見る友人からは逆に、推理小説って、読まないよねー東野圭吾とか、なんて言われたり。国内外ともにそんなにミステリは読んでるわけではなく、でも東野圭吾はまあまあ読んでて、と、話し出すとややこしいから結局黙ったりする。何書いてんだか。

というわけで、西加奈子、いくつか読んだよね、とwikiで既読を数えてみたら小説の本23のうち確実に読んだのは11。まあ約半分なのでそこそこかと。印象に残っているのはほっこりとした「円卓」、なにわな可笑しさが好きな「通天閣」、作中の絵をよく覚えている「白いしるし」。少し変わった設定と日常、おかしみなどが特徴かなと思う。

今回の短編集は、発想が飛び跳ねている。主人公はすべて妙齢の女性。

最初の「太陽の上」は中華料理店のおかみのアノ声を聴きながら部屋で過ごすひきこもりの女性が、ある日天啓を得る。
次の「空を待つ」は女性作家が拾った携帯に届くメールに返信しやがてその会話と相手との関係性にのめり込む話。

そして「炎上する君」はなんと、炎上ってそんな?という人間が登場する。モテない道を歩み女をやめたくでも自分達を蔑んだ男にもなりたくない親友同士のできる女性2人が、君、と遭遇し、目覚める。もうとにかく男の本質を辛辣に衝いていて、2人がコミカルで、なんかハチャメチャで、楽しい。

「私のお尻」はなんか川端康成の「腕」を思い出すな、という、微笑まし怪しい小篇、ファンタジックな癒しの世界が出てくる「舟の街」のどこか壊れているような優しさに恒川光太郎を想像したりする。そして19世紀の外国の不思議なナラティブのような「ある風船の落下」のラストにホッとする。

江國香織が好きな、私の文芸の師匠の女子に昔訊いたことがある。自分は長編物語かシャーロック・ホームズのような推理短編しか読んでない。短編小説はどう読めばいいんでしょうか、と。

それからいくつもの短編集を読み、本に横たわるテーマ、思い切った設定やストーリーの成り行き、突然の終わり、暗喩と噛み合わせ、心理的効果、など、短編ならではのワクワクするようなおもしろみが少しずつ分かってきた、つもり。不思議は不思議のままでいい、というのも短編ならば、という味かと思う。

この短編集は、いっぷうも二風も変わったシチュエーションが楽しいが、より伝えたいものがむき出しになっている気もする。言葉を使い、言葉でないものを。心情としては、真ん中寄り、という感触だ。

師匠はひとこと、余韻です、と答えた。さらに余韻もたっぷりのコント集、良い読書でした。

5月書評の4

GWは料理を少々。手羽先は中が生にならないよう爪楊枝で穴をあけ慎重に焼く。下味が我ながら美味かった!
かつとじ丼は昔弁当屋でアルバイトしてたときに覚えたもの。めんつゆで玉ねぎと市販のカツを煮るんだけど、カツは味付け程度なので、玉ねぎだけ先に似てやわらかくする必要があるなと。

教授の本、おもしろかった。

◼️ 坂本龍一「音楽は自由にする」

追悼・坂本龍一さん。知らなかったから知りたい。この自伝、かなりおもしろいです。

やはり特別感のあるYMO、そして坂本龍一。1952年生まれで東京育ちの坂本は、学生運動が激しさを増していた中、率先してデモに参加していた、トンがった高校生だった。様々な本を読んで思想的にも時代に影響された、強面コワモテのような雰囲気が、なんかイメージと違って面白かった。

バッハから、ものすごい衝撃を受けたというドビュッシー、ビートルズ、さらに現代音楽への興味に映画に本、芸術そのものの希求、追求、なにしろ知識、身につけているものの多さに圧倒される。YMOで国家を背負った感覚を持ち、戦メリほかベルトリッチのラスト・エンペラーでも出演するだけだったはずが急遽音楽を担当することになったり、バルセロナオリンピックに関わったり、NY住まいで9.11テロに遭遇しパニックになったり、環境問題へ踏み出したり、そんな中でも本当に音楽への研究心、世界や自然への洞察、思考はやむことがない。知的なヒトだ、楽しいヒトだと思う。

私が知りたかったことがどんどん入ってきて、楽しい読書時間を過ごした。感じ方をこんなにダイレクトに描いた自伝も珍しいかも知れない。

YMOが売れ出した頃、父がピアニカを大きくしたようなミニシンセサイザーのような楽器を持って帰ってきて、ピアノをやってた姉が即興で「テクノポリス」と「ライディーン」を弾いて、それが新鮮で、文句なくカッコ良かった。

戦メリでの演技、音楽、「君に胸キュン」のポップさや「い・け・な・いルージュマジック」のなんというか楽しいアブなさ、などなどいくつもシーンが思い浮かぶ。やはり細野晴臣、高橋幸宏、そして坂本龍一の3人は容貌もスタイリッシュで、いかにもギフトのある風貌と生み出す新しい音楽がマッチしていた。

紙芝居の絵を描きナレーションをつけるという美術の授業で、グループのリーダーが怪談を書き、絵は得意なやつが描いて私がピアノで心理的に怖い効果音をつけて出したらとても褒められた。先生曰く触発された隣のクラスのグループがSF紙芝居を作り、ふんだんに YMOの曲をBGMに使っていた。また好きな女の子が中学の文化祭で「ジ・エンド・オブ・エイジア」を弾いたと同じ中学から来た友達に聞いて、探して聴いたり(恥)した。なにかと結びついているのがまた不思議で、やっぱり特別だなと。

と、言いつつ、最近多少は聴きつつ、私が確かに知ってる曲は上記と、後年の「エナジー・フロー」くらい。ニューヨークに住んでいたことやいくつかの映画の音楽を担当したことは知っているけれど、どんな音楽活動をして、どんな曲を書いたのか、坂本龍一という音楽家を知りたいと思って、すごく読みたくなって、買った。

この本でも原点となっていることが分かるドビュッシーの弦楽四重奏曲やあまりに多く出てくるミュージシャンの音楽も聴いてみようと思う。

「ラスト・エンペラー」でチームに大称賛されたという「レイン」をYouTubeで観た。オーソドックスな面、しかし他にはない刺さり方、ピアノの存在感を味わった。

気分がイイです。いま。偉大な人に、合掌。