◼️Authur Conan Doyle
"The Adventure of the Missing Three-Quarter"
「スリー・クォーターの失踪」
ホームズ短編原文読み48作めは第3短編集、「シャーロック・ホームズの帰還」より。だいぶ時間がかかりました。今回はラグビー🏉フットボールの話です。サッカー⚽️は中世かそれ以前からあった労働者階級のスポーツゆえ今もイングランドの名門サッカークラブは港町に多いイメージ。対してラグビーは上流階級のスポーツという印象で、今回も名門対決に絡む謎です。哀しい結末なのですが、途中の会話がおもしろく、好感を持っている一篇です。
Please await me. Terrible misfortune.Right wing three-quarter missing,indispensable to-morrow.
OVERTON.
「伺いますのでお待ちください。大事件。右ウイングのスリークォーターが行方不明。明日絶対必要。オーヴァートン」
丁寧に書きましたが、最初のフレーズはまあ、とにかく待っといてください!てな感じでしょうか。ホームズはだいぶ慌ててたようだな、まあヒマだったから大歓迎だ、と言い、ワトスンもまた、退屈な日々が続いてホームズがまたコカインに手を出すんじゃないかと心配してたので、このわけ分からない電報を心中喜んでいました。
すぐに体重が16ストーン、100キロ超を越すようなガタイのいい男が来訪します。ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジラグビー部キャプテンのシリル・オーヴァートンでした。
余談ですが同じ短編集の2つ前の話「3人の学生」では、カンニングというスキャンダルだからか、事件の舞台となった大学をオックスフォードともケンブリッジとも文面からは特定出来ません。でも今回は明瞭に書いてますね。
スコットランド・ヤードでスタンリー・ホプキンズ警部からホームズを紹介されたというオーヴァートン、座るなり捲し立てます。
長いので適度にカットしますが、大変です、白髪になりそうです。ストーントン知ってますよね?チームの大黒柱なんです。控えのアイツは足が遅い、コイツは足は速いがドロップキックができない、ストーントンを探すお力添えがないと、われわれはやられちまいますわ!
ホームズはキョトン・・話の切れ目に備忘録に手を伸ばします。偽造人のストーントン、縛り首になったストーントン・・ゴドフリーは知らないなぁ・・
これを聞いてえっっ!!じゃあ私のことも知らない?とオーヴァートンはびっくり。当時からそれほどケンブリッジとオックスフォードの対抗戦は注目されてたんでしょうね。うーん、今なら⚾️大谷翔平を知らないっていうようなものかな?そこまでないかな😆
"I didn't think there was a soul in England who didn't know Godfrey Staunton, the crack three-quarter, Cambridge, Blackheath, and five Internationals. Good Lord! Mr. Holmes,where have you lived?"
このイングランドにゴドフリー・ストーントンを知らない人がいるなんて想像もしませんでしたよ!ケンブリッジ、ブラックヒース(1858年に創設され現在まで続くクラブチームのようです)、それに5回もの国際試合で活躍したストーントンですよ、ホームズさん、今のいままでいったいどこに住んでらしたんです?」
私はここがホントに好きで、つい微笑んじゃいます。ホームズにワトスンが出逢った頃、世情に疎い、といった意味の評価をしたことがありますが、この時はまだ友情が深まる前で、ホームズが多少なりともワトスンをからかっていたと見られています。が、これはホンマですね。2人の間で大谷すごいなあ、くらいの会話はありそうなもんですが、犯罪に関係していない事柄を知らないのがホームズの超然としたところですね。
ちなみにラグビー🏉では前の方にいる体格の良い選手たちがフォワード、後ろにいる、スクラムに加わらない選手たちがバックスです。
スクラムにボールを入れるスクラムハーフ、その後ろの司令塔スタンドオフをハーフバック、一番後ろの15人めをフルバックといい、その中間にいるセンター、最も外側にいる俊足の選手がウイング、センターとウイングを合わせてスリー・クォーター・バックスと言います。ハーフバックとフルバックの間だから3/4バックのようですね。センターはCTB、CENTER THREE-QUARTER BACKS、ウイングはWTB、WING THREE-QUARTER BACKSですね。オーヴァートンが右ウイングと言ってるので、ストーントンは右WTBと思われます。
さあ私的おもしろいところは過ぎたので、先を急ぎます😎
オーヴァートンの驚きに対して、ホームズは一笑に付し事情説明を促します。明日のオックスフォード戦に備えてケンブリッジチームはホテルに集合した。夜10時に点呼した時、ストーントンと言葉を交わした。顔色が悪く、頭痛がすると言っていた。30分後にポーターが、オーヴァートンのところに来て、髭づらの強面の男がストーントンを訪ねて来て、手紙を見せた。その途端ストーントンは椅子にくずおれた。彼はオーヴァートンに知らせようとするポーターを止め、髭面の男と外に出ていき、戻らなかったー。
オーヴァートンはケンブリッジに問い合わせてみたが戻っていない、との返事。次にマウント・ジェイムズ卿に知らせた。卿はイングランドでも指折りの金持ちで、ストーントンの叔父だった。ストーントンは相続人ではあったが、卿は守銭奴で金銭的な援助をしたことのない叔父を彼は嫌っていたとか。
ホームズはオーヴァートンとともに宿泊ホテルに出向いてポーターから聞き込み。ストーントンを訪ねて来た男は紳士ではないが労働者でもない「medium-looking chap(中間層の男)」50歳くらい、ごま塩の顎髭、青白い顔、地味な服装、手紙を差し出す時手が震えるほど動揺していたようだったこと、ポーターの耳には「時間」という言葉だけが聞こえ、出て行ったのはちょうど10時半だったことを聞き出します。
ストーントンに6時ごろ電報を持って行き、ストーントンがその場で返信を書き、自分で出すと言ったと聞き、羽ペンで文面を書いた時使った吸い取り紙から一部を読み取ります。
"Stand by us for God's sake"
「どうかお願いですから、私たちに力を貸してください」
ストーントンに何か危険が差し迫っていること、それを救う人物がいること、usということはその危険は彼1人の者ではない、など整理します。オーヴァートン立会いのもと、部屋に残された書類を調べているとー
"One moment – one moment!"
"Who are you, sir, and by what right do you touch this gentleman's papers?"
「ちょっと待て、待て!」
「お前は何者だ。何の権利があってこの紳士の書類を見ているんだ?」
色褪せた黒い服、幅広の(おそらく時代遅れの)シルクハット、だらしなく締めた白のネクタイの老人。背が低くパッとしない風采に比して、声には張りがあり、かくしゃくとしていました。
昔英語の先生が、Who are youってのはかなり荒っぽい言い方だ。お前は誰だ?だ、と言ってましたがまさにこのケースですね。
マウント・ジェームズ卿でした。卿はホームズに誰が頼んだのか、費用は誰が払うのか、自分はびた一文出さんぞ!と金切り声で言い立てます。ストーントンから連絡はないとか。ホームズは、誘拐だとしたら、悪いやつがお金持ちのあなたの情報を聞き出す目的かもしれませんよ、とかるーく脅すと、態度を変え、ゴドフリーを見つけるよう頼む、10ポンドばかりなら出してもいい、金銀の食器を銀行に移さなければ、と言って帰っていきます。ちなみに交通手段は個人の馬車ではなく、乗合馬車とのことでした。とんだ吝嗇家ですね。
キャラ造形が極端もいいところなのですが、後の方に関わって来るので特に印象付けが必要なようです。さて、ホームズたちはこの後オーヴァートンと別れ、電報局の女性職員から、うまいこと女性職員からストーントンが打った電報の中身を入手します。手口については・・お楽しみですね。ホームズ物語はwebで読むこともできますよ😊
車中で、ストーントンが大事な試合の前にいなくなったこと、また親戚が億万長者であり、彼は巨額の相続人であることなど、考慮に入れるべき要素は多い、しかし残された電報の言葉はそれを説明していないことも事実。この辺はドイルだなあ、ホームズだなあと思います。例えば現代の推理小説ならば、この、いかにも犯罪の匂いの濃い要素を強調してもおかしくない。しかしドイルは特に後者、マウント・ジェームズ卿の周りに巨万の富があることですね、を笑いに変えて、これらの要素をむしろ重視せず早々に否定しています。
ホームズたちはケンブリッジに向かいました。古い大学街。そして、レズリー・アームストロング博士の家へと馬車を向かわせました。ケンブリッジ大学医学部の中心人物の1人、そしてヨーロッパ中に知られた学者、思想家でした。
いかつい堂々とした顔だち、考え深い眼差し、しっかり張った顎をしていました。
"I have heard your name, Mr. Sherlock Holmes, and I am aware of your profession –one of which I by no means approve."
「お名前は聞いてますよホームズさん。お仕事の内容も。私としてはまったくよしとはできかねますがね」
"In that, Doctor, you will find yourself in agreement with every criminal in the country,"
「博士、その点はいみじくもこの国の犯罪者と同意見のようですな」
ジャブの応酬ですね。犯罪防止は公的機関でも事足りるし、批判されるべきは、プライベートな部分に立ち入ったり、忙しい人間の時間を無駄にすることだ、論文書きたいのに、と言うのに対し、ホームズもまた、むしろプライベートな事柄が表沙汰になるのをむしろ避けようとしている、と弁明しますが、この時点では意見が折り合いません。
博士はストーントンのことを親しい友人、intimate friendと認めます。いなくなった、と聞いてAh,indeed!なんと、まさか!と口では言いますが表情は動かしません。ストーントンの消息は知らない、もちろん会ってもいない。
そこでホームズはある書類、領収書を取り出します。ストーントンが博士に13ギニーを支払った際の領収書でした。大金です。当時の1ポンド≒1ギニーで2万数千円、30万円程度を学生が支払ったことになります。
博士は顔を真っ赤にして説明の義務はない、と。ホームズは公的機関に委ねられたら説明しなければなりません、私に言ってくれれば伏せておける、と粘りますが博士は無視。やむなくというか、昨日夕方、至急の電報がストーントンからあなたに打たれています、届いてないとは電報局に文句を言わなければ、と詰めたところ、当然のように決裂。このへんのすっとぼけたところもホームズの魅力ではありますが、博士の反応もまた自然に思えます。
ホームズたちは博士の家の前にある宿屋に腰を据え、捜査を続けますが失敗の連続。ブルーム馬車の御者に接触すれば犬をけしかけられ、身を隠すところのない平原で博士のブルーム馬車を自転車で追いかけたら、邪魔したようだからと先に行かされ、のちに馬車が通った痕跡も探したものの発見できず。博士からは時間の無駄だからロンドンに帰りなさいと勧める手紙をもらう始末。周辺の村の聞き込みをしても目撃情報はなく、ケンブリッジはオックスフォードに負けてしまっていました。
ある朝、ホームズが注射器を手にしているのを見てワトスンは凍りつきますが、そんなんじゃない、とホームズは言います。
そして、馬小屋からボテっとした体型の犬、を出します。博士の馬車は出発しました。
"Let me introduce you to Pompey,"
"Pompey is the pride of the local draghounds– no very great flier, as his build will show,but a staunch hound on a scent."
「ポンピー号を紹介するよ、この地域でもより抜きの猟犬だ。体格を見て分かるように韋駄天というわけではないが、嗅覚においては信頼できる相棒だ」
ホームズは馬車の車輪に、臭いのキツいアニス液を注射器で振りかけておいたのでした。ホームズものでは「四つの署名」でやはり嗅覚の鋭い犬、トビー号が活躍しましたね。しかしそもそも登場人物?が犬だったアニメではどうしたんでしょうかね、なんて思いつつ・・追跡開始です!
ポンピーくんは勢いよく走り出し、途中で草ぼうぼうのわき道へ入り、なんとぐるっと迂回して、馬車は当初の方向と逆方向に進行したことを発見。ホームズの調査が徒労に終わったわけが分かりました。と、なんと博士の馬車が間近に!慌てて、嫌がるポンピーを引きずって、一行は生垣に隠れます。博士は両手に顔を埋め、苦悩の体を表していました。
平原に小さな家が見えました。目的地に違いないとポンピーのリードをつなぎます。ノックしても返事がなく、むせび泣きのような声が聞こえてきます。と、博士の馬車が戻ってきました。ホームズは意を決して中に入ります。
2階から悲嘆の慟哭が聞こえてきました。駆け上がった2人は立ち尽くします。若く美しい女性がベッドに横たわっていました。すでに息はなく青い大きい瞳が見開かれ、金髪の間から呆然と上へ向けられていました。青年が、半ば跪き、シーツに顔を埋めていました。
"Are you Mr. Godfrey Staunton?"
"Yes, yes, I am – but you are too late. She is dead."
「ゴドフリー・ストーントンさんですね」
「ええ、ええ、でも間に合わなかった。彼女はこときれました」
混乱のあまり、医師が来たものと間違えたのですね。ホームズはなんとか彼の失踪で友人たちが驚いたことを伝えようとしますが・・
そこへ怒りも露わなアームストロング博士がやって来ます。
"I can assure you that if I were a younger man your monstrous conduct would not pass with impunity."
「もう少し若ければ、こんなひどいふるまいをただでは済まさないところだ」
死者の前で争うわけには行きません。ホームズは博士に階下で話をしようと提案します。
"in the first place,that I am not employed by Lord Mount-James, and that my sympathies in this matter are entirely against that nobleman.
「まず、僕はマウント・ジェイムズ卿に雇われているのではありません。むしろ気持ちとしてはあの貴族とは相容れません」
When a man is lost it is my duty to ascertain his fate, but having done so the matter ends so far as I am concerned, and so long as there is nothing criminal I am much more anxious to hush up private scandals than to give them publicity.
「行方不明の者がどうなったかを突き止めるのが僕の仕事で、それが成し遂げられれば終わりです。犯罪が絡んでないかぎり、個人的な事柄は公にせず、伏せておくことをこそ望みます」
If, as I imagine, there is no breach of the law in this matter, you can absolutely depend upon my discretion and my cooperation in keeping the facts out of the papers.
「もし、僕が考えている通り、法に反することがないのなら、表沙汰にしないよう配慮と協力をするつもりです。そこは信頼していただいて構いません」
博士はこの弁明を聞いて、ホームズの手を握りしめ、私は誤解していた、と心を開き、事情を説明します。
ストーントンは1年ほど前、下宿先の娘と恋に落ち、密かに結婚しました。ただこの結婚がケチでしみったれたマウント・ジェイムズ卿に知れれば、相続ができなくなるのは明らか、ーこの辺の理由、感覚は説明がないので分かりませんがー、でした。博士はストーントンに協力し、誰に知られないように心を砕きました。
ところが、新妻は難病に侵されたのです。いよいよ容体は悪くなりましたが、ストーントンは試合に行かない理由を話すわけにはいかず、チームとともにホテルに入りました。博士は娘が危篤に陥ったことをあえて知らせずにいました。しかし娘の父親がホテルに訪ねて行って・・髭面でちょっと強面の、中間層の男ですね、ストーントンは愛する妻のいまわのきわの床へと駆けつけたのでした。
これですべてです。ミスター・ホームズ、あなたと、あなたのご友人のご高配をいただけるものと確信しています、と口にした博士と握手を交わしー
"Come Watson"「行こう、ワトスン」
ホームズたちは悲しみに包まれた家を出ました。外には冬の弱い陽光がさしていました。
これで終わりです。いかがでしたでしょうか。ホームズものはいったん「最後の事件」で終わりを告げます。そして「空き家の冒険」で10年ぶりに復活した後の物語を収録したのがこの第3短編集です。復活の後は、ホームズものの性格が変わってしまったとするシャーロッキアンもいます。私はむしろやや渋い色を帯びていたホームズ物語が適度に装飾された、分かりやすく少し派手な作風になったと受け止めています。
国民の耳目を惹きつけるケンブリッジvsオックスフォードのラグビー対抗戦という題材、そこには億万長者がからみ、なおかつ賭けのための犯罪という影もチラつきます。髭面のコワモテの男は何者か?深まる謎、間にホームズが出し抜かれ、犬を使う、さらにコカイン使用の危険という毒も織り込まれます。演出的ですね。そして混沌の末、オチは意外なものでした。
まあふつうに考えて、体力のありすぎるラグビーの国家代表選手を誘拐というのはなかなか現実的ではありません。また世間の耳目を引くのであからさまな手段も取りにくい。億万長者の情報を得たり、賭け試合を優位に運ぶためにかけるコストとしては高すぎる、ということなのでしょうか。
私的には事件性がないのが物足らないといえばそうなのですが、上手い、好ましい一篇だと捉えています。作中でホームズはアームストロング博士のことを、モリアーティの後釜にもなれると評していて、2人が知恵比べの末、邂逅するのも暗示的だな、とプチ・シャーロッキアンはほくそ笑むのでした。
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