2025年1月28日火曜日

1月書評の13

◼️ 甘耀明「神秘列車」

台湾の「ポスト郷土文学」。地方を舞台にした短編集。エネルギーと、優しさ。

書評を見て興味が湧いた。主に戦後まもなくから現代へと続く、さまざまな余韻を残す短編たち。台湾というと私的には東山彰良「流」が思い浮かぶ。こちらは街中の話ではあるが、活き活きとした、人間的なエナジーが流れ込むような文章で、雑然としてちょっと騒々しい、にぎやかな音が聴こえてくるような感覚があった。

種類は違うが、どこか似たような趣がある。表題作「神秘列車」は鉄道マニアの少年が、祖父が乗ったという不思議な列車を探しに台中線、とりわけ現代では廃線となった旧山線へと鉄道の旅に出る話。祖父は政治犯で逃亡、隠れており、祖母の危難に家へと戻ろうとするー。

もう、列車の描写が・・言葉を尽くして、雪崩を打つように、次々と繰り出され、美しく幻想的なさまを醸し出す。美しさと勢い、人情の羅列。この作品では地味なベースに咲く明るさや華やかさのギャップが鮮やかで、地方、世代、温かさが混交する。

「伯公、妾を娶る」は台湾の風習に詳しくないと、よく分からないな、という部分もある正直。標準語、閩南語、客家語を入れ込んであることは、台湾の人民構成や近代の歴史・文化的に意義深いとか。どれもほんのりとした良さを感じさせるラスト、そこまでのストーリーの綴り方がうまい。言い方が合ってるか分からないが、土臭さ、人間っぽさがよく出ていると思う。

「葬儀でのお話」の3つのお話、おしゃべりと物語を聞くことが好きすぎるおばあちゃんは自分の通夜ではたっぷりと物語を話して欲しいと希望する。「微笑む牛」は息子が不思議な年寄りの雌牛にまつわるほろ苦い思い出を語る。そして孫が「洗面器に素麺を盛る」で祖父祖母の馴れ初めから祖父の死までを味わい深く聞かせる。

ドタバタした場面もあり、変わり者の風もあり、なんか台湾ものらしいなあと。

ラストの「鹿を殺す」は若い先住民族、アミ族の若い男女、パッシルとゴアッハの、躍動感、生命感に満ちた物語。

どれもなんともいえず心地よい読後感を残す。台湾の才能、甘耀明。多くの文学賞を獲得、「神秘列車」は2度テレビドラマ化しているそうだ。

ふむふむ、また読んでみようかな。

2025年1月26日日曜日

神戸マルシェのブックカバー

六甲アイランドの月イチのマルシェに気になっていたブックカバー屋さんが出るというので出動。春用に明るい色&ちょうちょ。暗めの色のしか持ってなかったし。で、帰りになじみの古書店に寄ると、ブックカバー置き始めた、と。紺に赤、シンプルで刺激的。最近売れ筋の作家さんをイメージしているそうで、いずれ読もうと。

この日のスイーツはマルシェで買ったシフォンケーキでした。

タコとショコラ

逸翁美術館の帰り、ホコホコのタコライスランチ、スイーツはガトーショコラ。NHKドラマ「バニラな毎日」の予告でオペラが映ったのを見て口がチョコになってた。食器もセンス良くて、飛び込みの店、満足😋

タコとショコラ

逸翁美術館の帰り、ホコホコのタコライスランチ、スイーツはガトーショコラ。NHKドラマ「バニラな毎日」の予告でオペラが映ったのを見て口がチョコになってた。食器もセンス良くて、飛び込みの店、満足😋

ネロ

お初の阪急池田駅、逸翁美術館で黒に絞った展覧会・・水墨画は伝海北友松、俵屋宗達、呉春、与謝蕪村など少数ずつ。書は日本三蹟の小野道風、藤原佐理、藤原行成のそれぞれが伝も含めてあり、大河ドラマでおなじみだったしおお〜行成!とか思っちゃいました。流麗な手でした。

焼き物も漆も興味深く、展示数は多くないけども、黒に没入できました。

1月書評の12

◼️太宰治「トカトントン」

イメージと実際とのギャップ。再読であれ?という例かな。

ひととおり新潮の黒カバーを読んでから、しばらく太宰治を読んでない。太宰で好きな作品はいくつかあり、そのうちの1つが「トカトントン」だった。というのが、人生の節目に予感の表れとしてこの音がする、とイメージが膨らんでいたから。

トルコのノーベル賞作家オルハン・パムクは「アンナ・カレーニナ」の雪の中を走る列車内、アンナが読書に集中できないでいる場面について、恋の予感に襲われるアンナの表現を著書で何度も賞賛している。そこまでとは言わないまでも、もう少し前向きに受け止めていた、はずが・・

再読してみると、「トカトントン」と音がするのはどちらかというとマイナスの場面が多いような気がする。終戦の詔の日に初めて聞こえ、その後やる気を出したり奮い立とうとしたりするとトカトントン、と音が聞こえ、主人公の心持ちが一気に萎える。

恋をしても、トカントントン、で気持ちが冷める。このトカトントンの行方は、私の勝手なイメージよりも、つなげてみると深そうな気もする。デモを見てトカトントン、スポーツしてもトカトントン、新憲法を読んでトカトントン・・。一貫性があるようなないような。考えるのも面白いかもだが、なぜか読み取って、論理的思考に落とす気がしない。感覚的なまま、置いておきたい、と感じる。

そして最後に、えっ?なんだって?というオチが来る。サラッと書いてるが、おいおい、である。こうなると、やっぱり太宰は一流の使い手か、なんて考える。結局トカトントン、は私の中で特別なのだけは確かかもしれない。

また数年後に読み返すのが愉しみだ。

元町で映画とランチ

映画を2本。「最後の乗客」は最終列車が過ぎた後のタクシー🚕。ミステリー仕立ての短い作品。

「港に灯がともる」は阪神大震災の絡む、オール神戸ロケの物語。よく見知った場所が出る、ああいいなあ、と思うのは「シーズ・レイン」という作品以来かな。

神戸の若い人は震災を背負う。この話は一筋縄ではいかない。そのウザいな、と思う部分も、素直なところも、そして在日韓国人のことも、親子、家庭の断絶も、心が病んだ人の治療も、コロナもウクライナ戦争もすべて含み込んだ佳作だと思った。場面と演技が微妙で種類が多くて、リアルだなと。そして若者は仕事を通し、改めて震災を見つめる。

北風が強く冷え込んだ日、元町映画館で朝映画を行ったら、そりゃお昼は南京町で食べ歩きでしょ、と神戸ホームの人。ホコホコの豚まんと、餅串、手作り揚げシューマイ、胡麻団子で食欲潤す。やっぱ南京町めっちゃラブ🫶。はや春節で賑わってる。寒いうちにもう1回行きたいなっと。

2025年1月24日金曜日

1月書評の11

◼️ 梨木香歩「f植物園の巣穴」

いやー梨木ワールド。木のうろにおちて、主人公が体験する不思議で長い異次元の旅。らしさを感じる長編。

先に読んだ「万葉と沙羅」に「目が合った本を読む」というのがあった。ようはパッと見て、ああこれが読みたいなあ、と思う本のこと。私も書店で図書館で、同じ体験をしている。本読みの真理ですな。もともと梨木香歩はフェイバリットな作家さんとはいえ、この本もやはりそうだった。

植物園に勤める専門家の男、一度結婚したが妻は身籠った子とともに亡くなった。植物園にある大きな木のうろに落ち、そこから現世に似ているものの不思議な事象が次々と起きる世界を彷徨う。前世が犬で忙しいと姿が犬化する歯医者の家内、鶏頭となる下宿の大家、不思議な神主・・そして自分の幼少の頃を追体験し、忘却の彼方にあった事実を思い出すー。

いやーもう梨木さんの想像の庭へ紛れ込んだ感触。長くはない作品、でも読み手も延々と訳のわからない道行きを進む。変な神主、キツネ、河童のような少年、歩く鯉・・幼少の頃優しくしてくれた女中は千代、亡くなった妻も千代、洋食屋の接客係の千代さん、千代があふれる。

主人公は植物園の係員。自然必然著者の得意な植物の名称が乱舞もする。またキーワードは水。川の氾濫、雨、心の旅路ではあたかも竜宮城のように水底に沈んだ幼少の頃の家を見つける。

この作品は脱出&そして新しい自分の物語か。ある意味村上春樹に似ている気がする。想像を遊ばせ、内省の旅路を辿り、潜り抜ける。異世界はまるで理の通らない、夢に似た世界で、しかし自分と確固としたつながりを持っている。

幻想の世界はどこまでも続く気がする。冗長でもあるが、脱出するための洞窟が長いのは、到達した世界を納得させるためで、手法としてはふつうかも。

そこに不可思議な現象がいくつも出てくる。その、動物の人間化など、和風なおどろおどろしさもまた梨木香歩らしい。少し「家守綺譚」に似てるかなと。

大きな驚きや感銘はないかもだが、エピローグの淡々としたさままで著者らしさを感じる作品でした。

1月書評の10

◼️ 中江有里「万葉と沙羅」

マルチに活躍する著者の小説初読み。揺れる年頃の内面と光。心動いた。

女優、タレント、書評家、作家など活躍する中江有里さん。奈良好きとしてタイトルでこの本に興味を持っていた。楽しみな初読み。

沙羅は中学校で女子同士の友人関係がもとでトラブルを起こし、不登校に。いまは2年遅れで通信制の高校に通う。週1回の登校の時、幼なじみの万葉を見つけ、話しかける。母を亡くし、再婚した父とドイツに行くのを拒んだ一人息子の万葉は、古書店を営む叔父と暮らし、読書好きになっていた。殻に閉じこもっていた万葉は沙羅と少しずつ話すようになり、沙羅は万葉の影響で本好きになっていく。変わりつつある2人。しかしそれぞれに現在と将来に関わる悩みが横たわるー。

もともと青春ものは好きではある。この物語はさりげなく互いのことを気遣いながら、自分を見つめ、葛藤に苛まれる流れがとても心地よい。沙羅と万葉、視点を入れ替えて進められる章立ての構成は読みやすい。

「社会に出るのに必要なことは、年齢を重ねれば自然に身につくと思っていたけど、そうじゃないと気づいた」とは文中の言葉でなく愚息のグチだけども、なんか、分かる。フワフワして何者でもない、中身はあるのか、と自問する。頼りない未来を不安げに見つめる、そういった部分の描写が優れているように見える。悩む部分はやや冗長にも感じるがそれがまたリアリティある、と実感を持って考える。

特に、万葉が叔父さんの深い事情に触れ、人と会話をして、また大学の付き合いで自分がどう見えるか気付かされたり、初めてアルバイトをしてみたりして感じること、少しずつ前に進んでいくパートはかつての自分を投影したりして感じ入る。

最初の方は少し、できすぎた設定かなという気も過った。しかしすぐに物語に入っていった。失踪した叔父さんを探して万葉が行くのは私の故郷福岡。そして母の郷里でなじみ深い柳川。どんこ舟に乗り、うなぎを食べる。これが嬉しくないわけがない。

この話では叔父さんがスパイスになっている。私も人生は長いんだよ、あまり構えない方がいいかもよ、でも何かは一生懸命やってな、なんてアドバイスしたくなったりした。

続編・・ないよね。残念。本のタイトルをいくつもメモした。さすが本読みに楽しい話を書く。芹沢光治良「綠の校庭」を読みたいかな。

1月書評の9

◼️Authur Conan Doyle
"The Adventure of the Missing Three-Quarter"

「スリー・クォーターの失踪」

ホームズ短編原文読み48作めは第3短編集、「シャーロック・ホームズの帰還」より。だいぶ時間がかかりました。今回はラグビー🏉フットボールの話です。サッカー⚽️は中世かそれ以前からあった労働者階級のスポーツゆえ今もイングランドの名門サッカークラブは港町に多いイメージ。対してラグビーは上流階級のスポーツという印象で、今回も名門対決に絡む謎です。哀しい結末なのですが、途中の会話がおもしろく、好感を持っている一篇です。

Please await me. Terrible misfortune.Right wing three-quarter missing,indispensable to-morrow.
  OVERTON.

「伺いますのでお待ちください。大事件。右ウイングのスリークォーターが行方不明。明日絶対必要。オーヴァートン」

丁寧に書きましたが、最初のフレーズはまあ、とにかく待っといてください!てな感じでしょうか。ホームズはだいぶ慌ててたようだな、まあヒマだったから大歓迎だ、と言い、ワトスンもまた、退屈な日々が続いてホームズがまたコカインに手を出すんじゃないかと心配してたので、このわけ分からない電報を心中喜んでいました。

すぐに体重が16ストーン、100キロ超を越すようなガタイのいい男が来訪します。ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジラグビー部キャプテンのシリル・オーヴァートンでした。

余談ですが同じ短編集の2つ前の話「3人の学生」では、カンニングというスキャンダルだからか、事件の舞台となった大学をオックスフォードともケンブリッジとも文面からは特定出来ません。でも今回は明瞭に書いてますね。

スコットランド・ヤードでスタンリー・ホプキンズ警部からホームズを紹介されたというオーヴァートン、座るなり捲し立てます。

長いので適度にカットしますが、大変です、白髪になりそうです。ストーントン知ってますよね?チームの大黒柱なんです。控えのアイツは足が遅い、コイツは足は速いがドロップキックができない、ストーントンを探すお力添えがないと、われわれはやられちまいますわ!

ホームズはキョトン・・話の切れ目に備忘録に手を伸ばします。偽造人のストーントン、縛り首になったストーントン・・ゴドフリーは知らないなぁ・・

これを聞いてえっっ!!じゃあ私のことも知らない?とオーヴァートンはびっくり。当時からそれほどケンブリッジとオックスフォードの対抗戦は注目されてたんでしょうね。うーん、今なら⚾️大谷翔平を知らないっていうようなものかな?そこまでないかな😆

"I didn't think there was a soul in England who didn't know Godfrey Staunton, the crack three-quarter, Cambridge, Blackheath, and five Internationals. Good Lord! Mr. Holmes,where have you lived?"

このイングランドにゴドフリー・ストーントンを知らない人がいるなんて想像もしませんでしたよ!ケンブリッジ、ブラックヒース(1858年に創設され現在まで続くクラブチームのようです)、それに5回もの国際試合で活躍したストーントンですよ、ホームズさん、今のいままでいったいどこに住んでらしたんです?」

私はここがホントに好きで、つい微笑んじゃいます。ホームズにワトスンが出逢った頃、世情に疎い、といった意味の評価をしたことがありますが、この時はまだ友情が深まる前で、ホームズが多少なりともワトスンをからかっていたと見られています。が、これはホンマですね。2人の間で大谷すごいなあ、くらいの会話はありそうなもんですが、犯罪に関係していない事柄を知らないのがホームズの超然としたところですね。

ちなみにラグビー🏉では前の方にいる体格の良い選手たちがフォワード、後ろにいる、スクラムに加わらない選手たちがバックスです。

スクラムにボールを入れるスクラムハーフ、その後ろの司令塔スタンドオフをハーフバック、一番後ろの15人めをフルバックといい、その中間にいるセンター、最も外側にいる俊足の選手がウイング、センターとウイングを合わせてスリー・クォーター・バックスと言います。ハーフバックとフルバックの間だから3/4バックのようですね。センターはCTB、CENTER THREE-QUARTER BACKS、ウイングはWTB、WING THREE-QUARTER BACKSですね。オーヴァートンが右ウイングと言ってるので、ストーントンは右WTBと思われます。

さあ私的おもしろいところは過ぎたので、先を急ぎます😎

オーヴァートンの驚きに対して、ホームズは一笑に付し事情説明を促します。明日のオックスフォード戦に備えてケンブリッジチームはホテルに集合した。夜10時に点呼した時、ストーントンと言葉を交わした。顔色が悪く、頭痛がすると言っていた。30分後にポーターが、オーヴァートンのところに来て、髭づらの強面の男がストーントンを訪ねて来て、手紙を見せた。その途端ストーントンは椅子にくずおれた。彼はオーヴァートンに知らせようとするポーターを止め、髭面の男と外に出ていき、戻らなかったー。

オーヴァートンはケンブリッジに問い合わせてみたが戻っていない、との返事。次にマウント・ジェイムズ卿に知らせた。卿はイングランドでも指折りの金持ちで、ストーントンの叔父だった。ストーントンは相続人ではあったが、卿は守銭奴で金銭的な援助をしたことのない叔父を彼は嫌っていたとか。

ホームズはオーヴァートンとともに宿泊ホテルに出向いてポーターから聞き込み。ストーントンを訪ねて来た男は紳士ではないが労働者でもない「medium-looking chap(中間層の男)」50歳くらい、ごま塩の顎髭、青白い顔、地味な服装、手紙を差し出す時手が震えるほど動揺していたようだったこと、ポーターの耳には「時間」という言葉だけが聞こえ、出て行ったのはちょうど10時半だったことを聞き出します。

ストーントンに6時ごろ電報を持って行き、ストーントンがその場で返信を書き、自分で出すと言ったと聞き、羽ペンで文面を書いた時使った吸い取り紙から一部を読み取ります。

"Stand by us for God's sake"
「どうかお願いですから、私たちに力を貸してください」

ストーントンに何か危険が差し迫っていること、それを救う人物がいること、usということはその危険は彼1人の者ではない、など整理します。オーヴァートン立会いのもと、部屋に残された書類を調べているとー

"One moment – one moment!"
"Who are you, sir, and by what right do you touch this gentleman's papers?"

「ちょっと待て、待て!」
「お前は何者だ。何の権利があってこの紳士の書類を見ているんだ?」

色褪せた黒い服、幅広の(おそらく時代遅れの)シルクハット、だらしなく締めた白のネクタイの老人。背が低くパッとしない風采に比して、声には張りがあり、かくしゃくとしていました。

昔英語の先生が、Who are youってのはかなり荒っぽい言い方だ。お前は誰だ?だ、と言ってましたがまさにこのケースですね。

マウント・ジェームズ卿でした。卿はホームズに誰が頼んだのか、費用は誰が払うのか、自分はびた一文出さんぞ!と金切り声で言い立てます。ストーントンから連絡はないとか。ホームズは、誘拐だとしたら、悪いやつがお金持ちのあなたの情報を聞き出す目的かもしれませんよ、とかるーく脅すと、態度を変え、ゴドフリーを見つけるよう頼む、10ポンドばかりなら出してもいい、金銀の食器を銀行に移さなければ、と言って帰っていきます。ちなみに交通手段は個人の馬車ではなく、乗合馬車とのことでした。とんだ吝嗇家ですね。

キャラ造形が極端もいいところなのですが、後の方に関わって来るので特に印象付けが必要なようです。さて、ホームズたちはこの後オーヴァートンと別れ、電報局の女性職員から、うまいこと女性職員からストーントンが打った電報の中身を入手します。手口については・・お楽しみですね。ホームズ物語はwebで読むこともできますよ😊

車中で、ストーントンが大事な試合の前にいなくなったこと、また親戚が億万長者であり、彼は巨額の相続人であることなど、考慮に入れるべき要素は多い、しかし残された電報の言葉はそれを説明していないことも事実。この辺はドイルだなあ、ホームズだなあと思います。例えば現代の推理小説ならば、この、いかにも犯罪の匂いの濃い要素を強調してもおかしくない。しかしドイルは特に後者、マウント・ジェームズ卿の周りに巨万の富があることですね、を笑いに変えて、これらの要素をむしろ重視せず早々に否定しています。

ホームズたちはケンブリッジに向かいました。古い大学街。そして、レズリー・アームストロング博士の家へと馬車を向かわせました。ケンブリッジ大学医学部の中心人物の1人、そしてヨーロッパ中に知られた学者、思想家でした。

いかつい堂々とした顔だち、考え深い眼差し、しっかり張った顎をしていました。

"I have heard your name, Mr. Sherlock Holmes, and I am aware of your profession –one of which I by no means approve."

「お名前は聞いてますよホームズさん。お仕事の内容も。私としてはまったくよしとはできかねますがね」

"In that, Doctor, you will find yourself in agreement with every criminal in the country,"
「博士、その点はいみじくもこの国の犯罪者と同意見のようですな」

ジャブの応酬ですね。犯罪防止は公的機関でも事足りるし、批判されるべきは、プライベートな部分に立ち入ったり、忙しい人間の時間を無駄にすることだ、論文書きたいのに、と言うのに対し、ホームズもまた、むしろプライベートな事柄が表沙汰になるのをむしろ避けようとしている、と弁明しますが、この時点では意見が折り合いません。

博士はストーントンのことを親しい友人、intimate friendと認めます。いなくなった、と聞いてAh,indeed!なんと、まさか!と口では言いますが表情は動かしません。ストーントンの消息は知らない、もちろん会ってもいない。

そこでホームズはある書類、領収書を取り出します。ストーントンが博士に13ギニーを支払った際の領収書でした。大金です。当時の1ポンド≒1ギニーで2万数千円、30万円程度を学生が支払ったことになります。

博士は顔を真っ赤にして説明の義務はない、と。ホームズは公的機関に委ねられたら説明しなければなりません、私に言ってくれれば伏せておける、と粘りますが博士は無視。やむなくというか、昨日夕方、至急の電報がストーントンからあなたに打たれています、届いてないとは電報局に文句を言わなければ、と詰めたところ、当然のように決裂。このへんのすっとぼけたところもホームズの魅力ではありますが、博士の反応もまた自然に思えます。

ホームズたちは博士の家の前にある宿屋に腰を据え、捜査を続けますが失敗の連続。ブルーム馬車の御者に接触すれば犬をけしかけられ、身を隠すところのない平原で博士のブルーム馬車を自転車で追いかけたら、邪魔したようだからと先に行かされ、のちに馬車が通った痕跡も探したものの発見できず。博士からは時間の無駄だからロンドンに帰りなさいと勧める手紙をもらう始末。周辺の村の聞き込みをしても目撃情報はなく、ケンブリッジはオックスフォードに負けてしまっていました。

ある朝、ホームズが注射器を手にしているのを見てワトスンは凍りつきますが、そんなんじゃない、とホームズは言います。

そして、馬小屋からボテっとした体型の犬、を出します。博士の馬車は出発しました。

"Let me introduce you to Pompey,"

"Pompey is the pride of the local draghounds– no very great flier, as his build will show,but a staunch hound on a scent."

「ポンピー号を紹介するよ、この地域でもより抜きの猟犬だ。体格を見て分かるように韋駄天というわけではないが、嗅覚においては信頼できる相棒だ」

ホームズは馬車の車輪に、臭いのキツいアニス液を注射器で振りかけておいたのでした。ホームズものでは「四つの署名」でやはり嗅覚の鋭い犬、トビー号が活躍しましたね。しかしそもそも登場人物?が犬だったアニメではどうしたんでしょうかね、なんて思いつつ・・追跡開始です!

ポンピーくんは勢いよく走り出し、途中で草ぼうぼうのわき道へ入り、なんとぐるっと迂回して、馬車は当初の方向と逆方向に進行したことを発見。ホームズの調査が徒労に終わったわけが分かりました。と、なんと博士の馬車が間近に!慌てて、嫌がるポンピーを引きずって、一行は生垣に隠れます。博士は両手に顔を埋め、苦悩の体を表していました。

平原に小さな家が見えました。目的地に違いないとポンピーのリードをつなぎます。ノックしても返事がなく、むせび泣きのような声が聞こえてきます。と、博士の馬車が戻ってきました。ホームズは意を決して中に入ります。

2階から悲嘆の慟哭が聞こえてきました。駆け上がった2人は立ち尽くします。若く美しい女性がベッドに横たわっていました。すでに息はなく青い大きい瞳が見開かれ、金髪の間から呆然と上へ向けられていました。青年が、半ば跪き、シーツに顔を埋めていました。

"Are you Mr. Godfrey Staunton?"
"Yes, yes, I am – but you are too late. She is dead."
「ゴドフリー・ストーントンさんですね」
「ええ、ええ、でも間に合わなかった。彼女はこときれました」

混乱のあまり、医師が来たものと間違えたのですね。ホームズはなんとか彼の失踪で友人たちが驚いたことを伝えようとしますが・・

そこへ怒りも露わなアームストロング博士がやって来ます。

"I can assure you that if I were a younger man your monstrous conduct would not pass with impunity."

「もう少し若ければ、こんなひどいふるまいをただでは済まさないところだ」

死者の前で争うわけには行きません。ホームズは博士に階下で話をしようと提案します。

"in the first place,that I am not employed by Lord Mount-James, and that my sympathies in this matter are entirely against that nobleman.

「まず、僕はマウント・ジェイムズ卿に雇われているのではありません。むしろ気持ちとしてはあの貴族とは相容れません」

When a man is lost it is my duty to ascertain his fate, but having done so the matter ends so far as I am concerned, and so long as there is nothing criminal I am much more anxious to hush up private scandals than to give them publicity.
「行方不明の者がどうなったかを突き止めるのが僕の仕事で、それが成し遂げられれば終わりです。犯罪が絡んでないかぎり、個人的な事柄は公にせず、伏せておくことをこそ望みます」

If, as I imagine, there is no breach of the law in this matter, you can absolutely depend upon my discretion and my cooperation in keeping the facts out of the papers.
「もし、僕が考えている通り、法に反することがないのなら、表沙汰にしないよう配慮と協力をするつもりです。そこは信頼していただいて構いません」

博士はこの弁明を聞いて、ホームズの手を握りしめ、私は誤解していた、と心を開き、事情を説明します。

ストーントンは1年ほど前、下宿先の娘と恋に落ち、密かに結婚しました。ただこの結婚がケチでしみったれたマウント・ジェイムズ卿に知れれば、相続ができなくなるのは明らか、ーこの辺の理由、感覚は説明がないので分かりませんがー、でした。博士はストーントンに協力し、誰に知られないように心を砕きました。

ところが、新妻は難病に侵されたのです。いよいよ容体は悪くなりましたが、ストーントンは試合に行かない理由を話すわけにはいかず、チームとともにホテルに入りました。博士は娘が危篤に陥ったことをあえて知らせずにいました。しかし娘の父親がホテルに訪ねて行って・・髭面でちょっと強面の、中間層の男ですね、ストーントンは愛する妻のいまわのきわの床へと駆けつけたのでした。

これですべてです。ミスター・ホームズ、あなたと、あなたのご友人のご高配をいただけるものと確信しています、と口にした博士と握手を交わしー

"Come Watson"「行こう、ワトスン」

ホームズたちは悲しみに包まれた家を出ました。外には冬の弱い陽光がさしていました。

これで終わりです。いかがでしたでしょうか。ホームズものはいったん「最後の事件」で終わりを告げます。そして「空き家の冒険」で10年ぶりに復活した後の物語を収録したのがこの第3短編集です。復活の後は、ホームズものの性格が変わってしまったとするシャーロッキアンもいます。私はむしろやや渋い色を帯びていたホームズ物語が適度に装飾された、分かりやすく少し派手な作風になったと受け止めています。

国民の耳目を惹きつけるケンブリッジvsオックスフォードのラグビー対抗戦という題材、そこには億万長者がからみ、なおかつ賭けのための犯罪という影もチラつきます。髭面のコワモテの男は何者か?深まる謎、間にホームズが出し抜かれ、犬を使う、さらにコカイン使用の危険という毒も織り込まれます。演出的ですね。そして混沌の末、オチは意外なものでした。

まあふつうに考えて、体力のありすぎるラグビーの国家代表選手を誘拐というのはなかなか現実的ではありません。また世間の耳目を引くのであからさまな手段も取りにくい。億万長者の情報を得たり、賭け試合を優位に運ぶためにかけるコストとしては高すぎる、ということなのでしょうか。

私的には事件性がないのが物足らないといえばそうなのですが、上手い、好ましい一篇だと捉えています。作中でホームズはアームストロング博士のことを、モリアーティの後釜にもなれると評していて、2人が知恵比べの末、邂逅するのも暗示的だな、とプチ・シャーロッキアンはほくそ笑むのでした。

1月書評の8

◼️ 「翻訳文学紀行Ⅵ」

在野の研究者が、専門の国の小説を翻訳した短編集。

新しく開拓した古書店さんで扱っていた本。日本ではおそらく知名度の高くない作品を、世界のそのエリアを研究する学者さんが翻訳した本。このⅥでは

・ネイティブ・アメリカンのルーツを持つ女性作家の作品「黄色の女」「雨雲を送る男」
・ハンガリー作家の落語のような喜劇「中央当直にて」
・イスラエル建国の際、ナクバという民族浄化から逃れ、のちにイスラエルに密入国したパレスチナ人が書いた「ワーディ・ニスナースの新しい地図」
・オーストリアの作家の手による「ゴットランド島」からの一章「カインとアベル」〜ちなみにゴットランド島はスウェーデン🇸🇪の島で「魔女の宅急便」の舞台だとか。
・台湾の有名作家の「鉄漿」

どれも、映画で言えば単館系の純文学的な小説で、読者にあれこれ考えさせる篇だ。自らのルーツ、前時代のしきたりや風土風俗を取り上げている。

ナクバは去年のイスラーム映画祭で直接的に取り上げた映画を見た。土地を追われ家族を殺されたパレスチナ人。真に迫る実情が描かれている。

いわばどれも小説的で、進行・意味合いなどそんなに明瞭に書くのではなく訴えんとすることを書いている要素から嗅ぎ取る、タイプの作品。んーよくあるし、嫌いではない。むしろ好きな方だ。

なにより各国の、時代、特有の風土を知れるのは楽しい。パレスチナの小説はさすがに知らないし、国を代表する作家、たとえばチェコならチャペックは知っていても他はなかなか。しかも短編となると余計触れることが少ない。

シリーズ他の巻も読んでいきたい。

ケーキと彗星とブックカバー

抹茶とあずきのケーキof TSUMAGARI✌️

隣の駅はかつて暮らした街。その近くの、以前から行きたかった古書店さん探訪。たくさん本の話をして、大手書店では売ってないだろう、各国文学の研究者が翻訳した物語の短編集にクロネコちゃんのオリジナルブックカバー買ってほくほく。

昼ピラフセットを食べた街の喫茶店に豆大福があったのでデザート。いやー大好きやね。

夕方いつもの星見の師匠さんに、どこも行ってないんですかと。というのは、大方の学者が近日点を通る際に崩壊してしまうだろうと予想しさほど注目度が高くなかった彗星💫が生き残り、夕空低く、ゼロ等級の明るさで見えてるとかの情報があったから。

おりしもこれ以降天気が悪い予報。われわれコメットハンターズは浜の方へと緊急出動。前回もだけど前日から話をしとけばいいのにこれが定例😅

今回は秋の紫金山・アトラス彗星よりもダメもとという状況。浜は西から南の空が抜けていて、空が広く見えてコンディションは良かった。しかし低空だけに雲があり、確認はできず。残念でした。

ただトライせずに見えたという情報に行っときゃ良かったと思うより、行ったけどダメだったほうがずっとマシ、と意見が一致。浜の夕暮れはきれいだったし楽しいし、とイイ気分で帰ったのでした。

節目の30年

たいがいのことは、どうってことないさ、だいじょぶさと楽観する性格、でも真剣に向き合う、そうせざるを得ない過去のうちの1つが震災だ。

発生当日の午前中、高速道路の倒壊を見た歩道橋の方へ、きょう赴いた。30年の節目の巡礼。あの日からおそらく初めてだと思う。避難所となった市役所、小学校沿いを歩く。当日はやはり、理屈では飲み込めていても、起きたことの大きさをどこか信じていなくて呆然としていたと思う。見渡す阪神高速が途中からはるか向こうまで右に倒れている光景も現実とは思えなかった。

確か当時1月15日に固定されていた成人の日と続きの休日明け。寝ていたらゴーッという音が聞こえて、激しく揺れた。ガスの匂いが漂った。何が怖いといって、あの時の余震ほど怖かったものはない。ユサユサ、ユサッ・・夜が明けず暗い、独りの部屋でまだ揺れるのか、また強いのが来るのかと怯えていたと思う。

幸い自宅は外にドアが開いたまま閉まりにくくなったくらいで、ジーンズに分厚いセーター、ジャンパーに編み上げ靴で、安否を確認しに来た同僚たちに合流した。中には着の身着のままで出て来た者もいて、「めっちゃちゃんとした恰好してる。私なんかパジャマなのに」と言われた覚えがある。きょうは、その時のセーターを着て行った。

ニュースで「よりそう1.17」の灯火が設置された東遊園地の噴水の地下には震災関連の死者の名前が全て記された部屋がある。秋に入って拝んだ。いま、あちこちで「しあわせ運べるように」が流れるとつい口ずさみ、感極まる。

もう30年、に月日を思う。自分がかつて住んでいたところや街並みも見て来たけども、変わらないのはパン屋とカレー屋くらいで、過去はまったくの遠くになってしまっている。

実は歩道橋は近くにいくつもかかっていて、うち1つは工事中で通行止め。近隣3つくらいのうちどこから見たかは判然としない。記憶はtoo farだ。

阪神大震災から日本は地震期に入った、という分析もある。私は身体に揺れを感じたことは福岡時代の1度しかなくて、関西に大地震はないと言われてて、まさに唐突、本当に想定外だった、というのが今振り返ってもぴたりとハマっている。

ともかくも、合掌。すべてに。遠ざかるあの過去に。

1月書評の7

◼️高野結史「バスカヴィル館の殺人」

孤島、クローズドサークルの大がかりな推理ゲーム。視点の変化ね。なるほど。

富裕層を相手に、本当に人を殺して推理させる高額な犯人当てゲーム。シナリオを書きキャストを配し、多くの裏方を配して、監視カメラを多く設置したセットの館を作る。秘密の部屋も通路もあり。さらには一部の者以外、探偵役が誰かもわからない。謎の多い設定だ。

この仕事を最後に引退する現場チーフの袋小路〜今回の執事役としての役名だ〜は困惑した。クルーザー上で昏睡する薬を飲ませ焼殺した死体が殺したはずの男ではなかった。シナリオを進行させたものの、2人めの殺人を行い、焼死体が見つかる焼却炉の前に、アイスピックで首を刺し殺された予定外の死体が発見された。犯人は入れ替わった行方不明の殺され役の男か、それとも・・

本当の殺人をその場でしてしまうゲーム、運営する組織、スタッフはどこか後ろ暗いところを持つ者が多い。失敗して不要になったり、ゲームを破綻させたりした者には処刑が待っている。

バスカヴィル館と聞いてはプチシャーロッキアン、手を出したくなる笑。ただ館の名前が、という意味合いが強くて、殺人の場所にはクイーン、カー、クリスティーの作品にちなむカードが置かれるのでまあその時代のミステリをミックスさせようかという趣向だ。それはそれで嫌いではない。

ただなんというか、正直設定は鼻白むほどのアリエナさだなと。まあ物語だし、と読んでいると、ミステリを"動かす"視点というのを感じて興味深くはあった。シナリオが決まっているところへ想定外の事件が起こらないわけがなく、ラスボス的にどんでん返し的展開が付くのもまあそうかと。こんな組織にいて非常事態にあってもご時世か部下のご機嫌を取ったりしながら必死に、冷静に対応するハードボイルドな袋小路、犯人役で実際に殺人を犯すが人間味のある、関西弁の明智凛子といった主役級の者を追いかけるうちにいつしか楽しんで夢中で読んでいた。

本格の仕掛けではある。フワフワと楽しむものかも知れない。シナリオの謎解き、想定外の殺人、入れ替わりのトリックと2つあって、どちらもちと捻りの程度が合わなかった気がする。

まあまず楽しめたかな。面白い視点だ。

1月書評の6

◼️中野京子
「メンデルスゾーンとアンデルセン」

裕福な音楽家メンデルスゾーン、貧困から這い上がったアンデルセン、歌手ジェニー・リンドの報われない三角関係。

クラシックは好きでよく聴きに行く。ただメンデルスゾーンはヴァイオリン協奏曲、いわゆるメンコンと一部のピアノコンチェルト、それに「イタリア」「幻想交響曲」しか知らなかった。リストの手によるショパンの伝記にメンデルスゾーンも出てくるが断片的で、どうも「幻想」の怪しさに、良くない先入観を抱いていたかなと。今回初めてじっくりと向き合えた気がする。

フェリックス・メンデルスゾーンはドイツ・ハンブルクの銀行家の家族に生まれ生涯裕福、最高の教育を与えられた。容姿端麗、幼少の頃から音楽の才に恵まれ、順調に頭角を現す。しかし、ユダヤ人ということであからさまな差別を受ける。

4歳年上のハンス・クリスチャン・アンデルセンはデンマークの貧困家庭から14歳でコペンハーゲンに出て苦労の後、枢密顧問官ヨナス・コリンの援助を得て大学に入り、文才を開花させた。

さらに年下の歌手ジェニー・リンド。コペンハーゲン出身で性悪な未婚の母に何度も捨てられた。歌唱力がたまたま王立劇場の関係者の耳に止まり、未来が拓けていく。

スウェーデンで評判になったリンドをデンマークで公演させる説得役となったアンデルセンは彼女を情熱的に恋する。チョー楽観的な彼は毎日のように会いに行った。しかしリンドはすでに妻子がいるメンデルスゾーンと出逢って深い恋心を抱いた。

穏やかで品のいいフェリックスの苦悩、チョー楽観的なハンスの猛烈で遠慮のないアタック、ハンスに困惑、お兄さまと言って距離を置こうとし、フェリックスと多くの充実の時をともにするジェニー、そしてそれぞれの破局が語られる。

その底にはそれぞれの活躍が華やかに述べられている。ゲヴァントハウス管弦楽団の名を大いに高めたフェリックスはヨーロッパ中で人気を博す。アンデルセンはその創作童話で知らぬ者のない作家となり、フェリックスとも親しくなる。ジェニー・リンドは「スウェーデンのナイチンゲール」と呼ばれ、ショパンには「北極のオーロラ」と称えられたその歌声でやはりヨーロッパ中をツアー、クララ・シューマンとも親しくなり大好評を博したという。

早逝したメンデルスゾーン、長生きした童話作家と歌手。複雑な国際情勢のもと、ゲーテをはじめ著名な文化人も多く出てくるヨーロッパの芸術界で3人の人生が交錯し生まれた蹉跌、美しさと陰が描かれる。

知的好奇心を刺激される、興味あるジャンルのエピソード紹介物語だった。この時代は少し特別で、画壇や科学史、芸術の分野で現代に賞賛される多くの成果を生んでいる。さらにこの時代の音楽家、文人らの付き合いを想いながら考えたり成果、作品を賞でたりするのは、なぜかなんとも言えず好ましい。リンドとクララ・シューマンなんて、聴くことも見ることも永遠にできない、遥かな過去への憧れだ。

作中に出てきたメンデルスゾーンの曲、ことにリンドが歌ったという「歌の翼に」でも聴いてみよう。アンデルセンの初読の童話でもあれば最高。ちなみにこの本を借りてから鼻歌が昔のアニメになった。夢のつみきをつみかえよう^_^

1月書評の5

◼️ 恒川光太郎「無貌の神」

抜群のイマジネーション・ホラーで不思議な闇の世界を彷徨う

なじみの古書店で話をしてて、恒川光太郎の「南の子供がよく行くところ」良かったよねーという話をしていたら薦められた本。翌日図書館に行ったらあった。借りないわけにはいかないよね^_^

恒川光太郎の良いところの1つは、信じられないくらい早く読めてしまうところ。あっという間に読み切った。

40〜60Pくらいの短編が6本。表題作は人々が働かずに暮らす集落に少年はいた。アンナという女が面倒を見てくれていた。小寺に光り輝く衣をまとった、顔のない神がいた。その光を浴びれば傷や病気が癒えるため、動物までも小寺に来る。しかし神はときおり、人を丸呑みにした。ある日アンナは短剣を持ち、神に戦いを挑んだー。

神は入れ替わり、食べられる。老婆は神に食べられたい、と思う。この辺、著者の別の作品にもあった、現世を捨てて、別の世界に行ってみたいというほのかな想いも見て取れる。楽園を求める心かもしれない、などと思う。

昔話風で、どこかベタで、それを文明の影も見えるように情報を出し、異世界で展開する。

「青天狗の乱」は江戸末期の流刑地伊豆諸島の孤島での話。明治維新の絡んだ味わいもする。

少女フジが不思議な男、時影の指示に従い何十人もを斬り殺す。それは未来と信じられない繋がり方をしていた。フジの家庭にもう一捻りの味がある「死神と旅する男」タイトルは江戸川乱歩のパロディだろうな。恐ろしくも小気味いい結末。

出口のない「十二月の悪魔」に人に乗り移る風人、の自己犠牲的な哀しさ。

ラストの「カイムルとラートリー」は純然たるファンタジー。児童小説っぽくもある。

きっと色んな知識を溜め込み、多くの引き出しがあるのだろう。しかし感じるのはやはり伸びやかさ、というか発想のいい方向への飛躍だな、と思う。そして絶望感、心地よさ、閉塞感、入れ替わり立ち替わり現れるプラスマイナスの要素の演出の具合も好ましい。ライトホラーの雰囲気の中に入っているものが斬新でかつ納得感まであり、ゾクゾクする。

オキニですな。また読もう。

成人式の希望

新成人のみなさんに祝うべき日の夜観測した「きぼう」🛰️の光をお届けします。下の明るい星は金星、ゆうづつです。

ウチも成人式。お赤飯でした🤗

2025年1月13日月曜日

張芸諜とバレーボール🏐

3連休最終日は新梅田シティのテアトル梅田でチャン・イーモウ監督の初期作品「紅夢」。ヴェネチア国際映画祭銀熊賞。この冬特集上映があった。

張藝謀・チャン・イーモウといえば初期はコン・リー。私は「秋菊の物語」「活きる」以降しか観てないのでこの機会に行ってみようと。初期「紅いコーリャン」「菊豆」そしてこの「紅夢」はいずれも経済的困窮がもとで裕福な家に嫁する話。今回は地元の超名家の第4夫人として迎えられる。紅の提灯🏮が多数用いられ、ドロドロの争い、そして事件。

赤を基調とした強烈、印象的な色彩感、そして中華の城のような建築も見どころ。この時期の後、「あの子を探して」「はつ恋のきた道」など色気が抜けたほんのりとした感情を映す話で日本でも評判となる。観てない作品も多いのでまた特集待ち。

新梅田シティへはJR大阪駅から新設のグラングリーンを通って最短経路で行けるようになった。前はぐるっと迂回しなければならなかったから便利。帰りは、先日営業を終了した新阪急ホテルを見ながら阪急大阪梅田から帰る。よくロビーで待ち合わせしたな、と思いつつ。

土日は春高バレー🏐の準決勝・決勝。去年の準優勝福井工大福井に勝ち何年かぶりにセンターコートに進んだ兵庫の市立尼崎、東京の名門東亜学園、東福岡、絶対王者・駿台学園。

準決勝はそれぞれ持ち味が出たものの2試合とも3-0。決勝は駿台学園vs東福岡という、インターハイと同じ組合せとなった。

今大会も2セッター戦術を駆使、伝統のブロード攻撃の横にセミを入れるなど攻撃の引き出しが多く、エースも充実、レシーブも良い東福岡は特徴を大いに発揮して大いに渡り合い、熱戦ではあった、が・・全てにレベルの高い駿台学園がストレートで制し優勝、3連覇を果たした。今大会もさまざまな選手、チームを観ることができ、女子の秋本美空など話題も多く楽しめた。新しいチームの、新しい1年が始まる。来季も楽しみだ。

年末年始はバスケ🏀、この3連休はバレー🏐しかし合間に本屋図書館詣では常にしてて積読が溜まった。ワタクシ買った借りた本はほとんど読むほうで積読少なめな本読みなんだけど😎がんばって解消しよう。

先週末は大雪降るぞ、JR計画運休するかも?なんて情報が出て、こちらも構えていたが結局降らず、ふだん使っている交通機関はほとんど乱れず。まだまだ寒いが、なんか気候安定してきたなと。

1月書評2025の4

◼️ 長谷川まりる「砂漠の旅ガラス」

世界は砂に埋まり、文明を知らない人々は掘り返しては意味を考えるー。設定がおもしろく、素直に楽しめた児童小説。

児童小説や絵本はひとつの表現手段であり、浸透するような残滓を残す。読みたいな、と思っていたタイミングで著者の書評を見かけた。読後のいま、これはいいものを見つけたぞ、まだまだ作品あるし、という思いである。くふふっ^_^

人類の文明は滅び、世界は"防腐塵"という人工の砂で覆われていた。人々は居住地の民、旅ガラス、海の民、そして「川の使用料をよこせ」などと言って襲ってくる砂族などに分かれて暮らしていた。

ツバメは半年ほど前に旅ガラスになった少年。黒い服を着て、ひょろっと背が高い。居住地を出て、ミサゴという旅ガラスに拾われた。もう1人、年下で身体の小さいキツツキというまったく喋らない少年と3人で暮らしている。ミサゴは古代人が書き残したものを読むのが趣味だ。

旅ガラスや居住地民は防腐塵、温度も上がらず、水も空気も通さない砂を掘り返しては、戦利品を探している。コンビニやスーパーを掘り当てると大量の食糧が手に入り、ホームセンターは道具の宝庫。彼らはバイクとサイドカーに荷車をつないで移動していて、この世界には車もあり、ガソリンの存在は知っているが電気はなくコンセントの意味も分からない。

ある日、ミサゴの一行は旅ガラスが集まる一座に顔を出す。しかし突然砂族の襲撃に遭うー。

なかなか、本格SFのように突飛な設定で楽しくなる。人類の文明のことをどこまで理解しているのか、は少しあいまいめだけれども、海の民、居住地の民、そして砂族、キツツキ、またミサゴにも関係あるアビという旅ガラス、何かの植物の種のようなものはまるで飛行石のように狙われたりするし、ツバメ本人も含めてだんだんと最初の設定の理解が深まっていく物語だ。

なんというか、型にはまってそうでいて、さまざま創作の力が伸びやかに活かされている気がしている。結婚式の作法など細かいところにも感じる。

小学生の頃、SF好きな読書友の影響で、転校しちゃったホリヤくん、元気かなあ、すみません笑、当時読んだ本の、タバコの匂いに超高速で飛んでくるとんでもなく硬いカブトムシ〜人の顔なんかに当たろうものなら致命傷を負う〜というイメージを覚えている。

児童小説というものから受ける印象は色染みがつくようにいつまでも覚えていることがよくある。挿絵も多いからかな。なんというか、通常の小説は、SFでも小難しくて定型な気味があるのに対して、絵本や児童小説はそういう絵が浮かぶような、また特殊な物事が心に留まるような特徴があり、作家さんもそこにこそプロの技を投入しているような気配があるなと考えたりする。

ともかく、私は防腐塵からいい作家さんを掘り当てた。古文書を解読する好青年ミサゴのように読み解いていこうと思う😎

1月書評2025の3

◼️ 折小野和広「十七回目の世界」

大山崎といえば天王山。ここ来たか、というSFファンタジー。

京都文学賞優秀賞作品だそうだ。市内でなく舞台は山崎。京都府の南西端で大阪府との境。住所で言えば京都府乙訓郡。ここはよくスポーツで言う天王山、の山麓に広がるエリア。JR、阪急電鉄両方の駅がある。私はたまに名建築のアサヒビール大山崎山荘美術館に行く。高台から見下ろすと、豊臣秀吉と明智光秀が争った山崎の合戦、天王山の戦いがこの平野であったのか、と感慨が湧く。

フツー市内の京都らしいとこがメインの舞台になりそうなものなのに、今回は離れた野趣豊かな山崎。ここはまた木津川、宇治川、そして桂川が淀川となる、珍しい三川合流部でもある。

1985年、山崎近隣限定で大きな揺れがあり、周辺一帯の者は行方不明となった。自衛隊、果ては在日米軍を巻き込み、戦車までもが編成されて16回もの捜索部隊が出された。しかし、誰一人として帰って来た者はいなかったー。精神科医・尾上浩一は17回めとなる小規模の捜索隊に参加することになる。それは少年の頃に別れた双子の弟・浩ニが、危険エリアで撮影されたとされる写真に写っていたからだった。

国会議員秘書の野島、尾上が勤める病院の加賀院長、学者の武田、自衛隊の横崎少尉、新聞記者の若島の総勢6名は、すでに特定されていた境界を越えた。戻れなくなっていたー。

まあその、情報を意図的に出していない、というのが察せられる書き方が、読み始めから気になった。どこかズレたような感覚が続く。さて、常識が通じない世界をどう構築していくか。エリアに入ってからが勝負ー。

駅を中心とした展開が、一気に過去に飛んだような、異世界にいるような感覚を生む。調査隊員が消える。主人公もファンタジックな世界の仕掛けに翻弄される。フワフワとした中、実際何も分からない状態で、次は何が起きるのか、きっと弟と会うだろう、何を言うのか、と期待感でページをめくる手が早くなる。

結局最後までこの空間はなんなのか、現象は解決されないし、結論じたいはない気がする。これは山崎エリアの経験を通して主人公が過去のトラウマと訣別し成長するパターン?なのかなと。

斬新だったし、意味がわかると同時に新たな謎の法則が生まれるような不可解感。そして不可逆性の後の残滓と未来。主人公の内面が投影されている、のだろうか。

福岡の柳川を同様にクローズドサークルのような異空間にした恩田陸「月の裏側」を思い出した。再読してみようかな。

1月書評2025の2

前日と打って変わって金星がきれいに見える帰り道。渋柿も赤くなってきて、もう少しすれば甘い干し柿状態、ようやく鳥が啄みに来る。

◼️ 千早茜「さんかく」

京都が舞台の、美味しすぎるさんかく、関係。

千早茜サン、昨年は香りシリーズを読み、「赤い月の香り」は年間1位だった。「魚神」ほかにも見える筆致の冴え、は心になじむものがある。あまり恋愛に寄ってるものはニガテめかなというところ。本作はもう、美味しくて、おいしすぎて、行き過ぎてなくて◎。

京都の古い町家に暮らす高村さんはアラフォーでデザイン関係の仕事を自宅でしている。年下の厨房道具営業職、伊東くんが最近の呑み仲間。やがて伊東くんは高村さん宅に下宿することに。

恋人ではない。世話焼きで料理が得意な高村さんはせっせと伊東くんの食事、お弁当まで作り、伊東くんは居心地の良さにすっかり居着く。一方、伊東くんには京都の大学の博士課程に在籍し、動物の解剖が大好きで死体が入るとどんな時でも研究室へ向かう華という恋人がいた。華に、伊東くんは高村さんとの暮らしを打ち明けられなかったー。

まるで「めぞん一刻」っぽいなと思いつつ読んだ。自分の現在地を考え、揺れる高村さんの孤独な生活にとって伊東くんの同居は悦びであり、また気になる存在なのはわかる気がする。

伊東くんの居心地の良さもすっと入る。オリックスやマレーバク、馬にはてはコビトカバまで解剖してしまう華の設定はかなり極端ではあるが、とてもおもしろい。華のことは好きだけど、高村さんにも惹かれる伊東くん。このへんは王道だなという感じ。

興味深いのは、高村さんと華が自分の世界をしっかりと持って愛しているのに対し、伊東くんがどこか弱そうに見える、やわな男だというところ。最後も女2人はきっぱりとするが、やはり伊東くんは・・翻弄されている気がする。ズルズルと高村さんとの暮らしを続けていく伊東くん、なんか冗長だな、にしては悩みの中心をはっきり描かないな、と思ったりもした。

さて、高村さんは料理が得意、さんかく、は伊東くんにつくるお弁当用の塩おむすびにも掛けている。もうなんでも美味しそう。それだけではなく、高村さんは伊東くんと、別の男性と、また1人で、色んなものを食べ歩く。これがまためっちゃ食べに行きたくなるほどツボをつく。揃い過ぎてて読んでるだけでおなかが鳴るのか少しげっぷがでるのか、というどっちつかずの感覚。よく酒も呑む。

恋愛リアルな描写もあるが、基本的には心と頭を気持ちがぐるぐる回るほんのりした男女ものかなと。安心して読めるし、バランスがよくて楽しい。京町家、京都グルメ、舞台と暮らしのおしゃれさがカッコよくもある。

また気持ちを描くとき、さりげないターニングポイントに触れるとき、その筆はより丁寧な表現となっているのを感じる。このへんが読み手にとって響く点かもしれない。

装置仕掛けと柔軟さ。なかなかサクサクとすすむおいしい物語だった。

しおりは福岡市南区井尻の水色食堂さんのカード。友人に連れてってもらいとても美味しかった。
なんか、合ってるなと😊

1月書評2025の1

2025初出社日は雨、電車遅れ。写真は霧の西宮山岳部。いつも見える夜景がまったく見えない。

◼️南木佳士「医学生」

秋田大学医学部生、それぞれの道行き。苦く、もがいた、ほんのり温かい青春のありさま。

鈴木保奈美の「あの本、読みました?」で取り上げられていた1993年の本。書評でも見たことがあり、興味が湧いて手に取った。

1970年代、東京育ち、医師一家の和丸、信州のレタス農家の娘京子、新潟の旅館のボン雄二、一流大学を出て教職に就きながら医学部を受験した妻子持ちの修三。4人は新設の国立大学、秋田医学部で医師を目指すことになり、同じ班となる。秋田という慣れない土地柄、また当初はまともな施設もないなか、それぞれ屈折した想いを胸に、辿る解剖実習や口頭試問、卒業試験に国家試験。やがて別れ、それぞれの道を歩んで行くー。

医師である著者もまさに秋田大学二期生で、自分の思い出を追いながら書いた物語とのこと。雄二は学生の身で飲み屋の娘を妊娠させてしまう。しかし他にそこまで過激な展開もなく、たんたんとそれぞれの物語は進む。

大学の親しい友人が当時、独り暮らしをしたらドラマのような出逢いや驚くような出来事があるかと思ったらなんにもなかった、と言っていた。人により違うとは思うし、例えば親から見たら、バイトで社会に出たり、車を持ったり、夜の街で遊んだりというのは大きな変化ではあるのだろう。でも本人は大人の世界の入り口は自然に開けて、そんなに意識した覚えもない。

ただ学生生活は楽しさもあったけども、ふつうの学生にとってそこまでドラマチックなことがあるわけでもないな、というのが私の感想でもある。学友とのなんとなくの距離感や気遣い、呑みの場、テストの追い込み勉強などとも相まって、このお話は懐かしいものをリアルに思い出させる。私も国立で、賑やかでないところにあり、特に文系校舎は食堂兼生協がプレハブ小屋だったりしたから余計そう思ったりする。そういうところが共感を呼んだのかなと。

もちろんその中で、京子が故郷の病院で医療を実感を持って学んだり、いいかげんに見える雄二の特質が医者に向いていたり、若者らしくみずみずしい、前向きの感覚が得られるところも特質だと思う。

そこまで感じ入ったわけではないけども、イベントや計算を入れ込んだわけではないストーリーにほんのり良い想いを抱いたのでした。

南木佳士さん、どこかで見たよな、と思ったら、かつてめっちゃ泣いた映画「阿弥陀堂だより」の著者さんでした。そうか、と手を打ちました。

初ケーキ

ツマガリ初春ケーキ😋

映画初め

4日早朝に3大流星群のひとつしぶんぎ座流星群(昔はジャコビニ流星群と呼ばれてた)を観測。晴れ渡った空、1時間余りで10個🌠ストロークが短かった長かったり、一瞬のものも多い。その中で自然の現象を楽しめる流星に遭うことがある。

今回は強い光が盛り上がり緑がかって、なんだこれは、と思った刹那、フワッとスターダストを散らして消えていったのを観た。とてもきれいで、初めて観た出現と消失。早起きしたご褒美かなと。そもそも未明の観測なんて独りでこの時間の夜空に向き合う時、観てはいけないものを眼にする気がして、異世界感が少し怖い。

2つ並びでやはり淡く光り消えた双子流星もあり、美しく輝くきぼうを見送って気分よく終了。ただホンマにめっっちゃ寒くて、暖房に冬ぶとんに潜り込んでしばらくしても手脚の先さらに膝がなかなか暖まらなかった。こんなに身体が冷えたこと自体久しぶりだった。

元日と2日は外出せず、3日に映画を観に行って4日5日は高校バスケ🏀の新チームが戦うニューイヤーカップをテレビ観戦しつつショッピング。さらには5日から春高バレー🏐が始まり1回戦から熱い試合をwebで観戦。多少パタパタしてるもののゆーっくり休んでます。

映画「お坊さまと鉄砲」は敬愛されている国王が行政権を手放し、民主主義を導入したブータンの選挙がテーマのコメディ。そもそも山の村民にはなぜ選挙なんて聞いたこともないものをしなきゃいけないかが分からない。模擬選挙を前に色分けして、政党同士は議論をして相手を攻撃しなければいけない、と役人はけしかけるがおばあさんが「こんなのうちの村には合わないねえ」

もちろん極端ではある。しかし現実で、ブータン国民の生き方を表していて、根源的なことを考えさせられる。最近単館系の映画に昔とのギャップを覚えていたところ、久しぶりにホッとするような良作に出逢ったかなと。

写真はツマガリ初春ケーキ😋お餅さとう醤油もやめられません😎

1日は格付けチェックに大笑い😆、相棒スペシャルの後は深夜に始まった手塚治虫「火の鳥🐦‍🔥」アニメを観て2日はスポーツ王野球BANでまた爆笑。4日はババ抜きと迎賓館赤坂離宮の美の巨人たち、ミステリと言う勿れ、チ。

家にいたらいたで観るテレビ多い。バスケBリーグ🏀も大学高校の特別指定選手が合流するなど話題もあるし、何より春高バレーおもしろいな。明日あさっては観られないのが悲しいけども、今年は日程を分散させているので次の3連休で準決勝・決勝。嬉しい。かねてから3回戦と準々決勝を同日あまり間を空けず実施するのでダメージ蓄積が指摘されてもいた。🏀バスケのウィンターカップも準々決勝の激戦を勝ち抜いたチームが準決勝不調となったケースもあり、日程は大事な問題。

さて、春高バレーまた観よう。

2025年1月2日木曜日

WELCOME 2025!

明けましておめでとうございます。

年越しは例年通りUSJの花火を🎆遠目に眺め、明け方、曙の空を「きぼう」の光が西から東へゆっくり動き、初陽の明るさの中に消えていくのを見送りました。日の出は昨日と変わりなくとも、やっぱり少し違った心持ちがしますね。今年も拝みました。

穏やかな年でありますように。
みなさんのご健康を祈念いたします。

大阪万博とショパン国際ピアノ🎹コンクールの年です。楽しみです😊

お餅と年越しそば

冬の定番お餅。いつも買ってきて、アルミホイルでオーブンでふくらむまで焼いてさとう醤油。やめられません。

年越しそばは鴨ネギ山椒。いつも美味しい😋

大晦日コンサート

冬休み唯一のイベント、大晦日のジルヴェスター・コンサート。行く前に本屋納めで2冊を購入。書店併設のカフェでランチして買ったばかりの読むつもりが、ひと足お先に年内終了してた。去年も同じ失敗したような😅

さて地元のホールであるゲイブン、兵庫県立芸術文化センターは20周年。指揮佐渡裕さん、ピアノは大人気のかてぃん、角野隼斗。システムお任せで取ったらなんと最前列真ん中ブロック😎ステージは黒基調の20th記念のデザイン。オケも黒衣装多し。ん?🙄

前半はニュルンベルクのマイスタージンガーで始まり、さまよえるオランダ人、ローエングリン、タンホイザーでは合唱が入る演出。オランダ人は水夫の合唱で目の前で男たちがアクションを入れながらパワー溢れる声をぶつけてきました。

後半はスーパーキッズオーケストラ弦楽隊でスタート、かてぃん登場、キッズストリングスの伴奏でショパンピアノ協奏曲の第2楽章。しっとりとして、かつ光を感じる緩徐楽章のメロディ♪。

その後はかてぃんがショパンのテクニカルなエチュードをもとに作ったオリジナル曲を演奏、トップバレリーナの中村祥子さんが舞う。照明の仕掛けも多くステージ演出彩り豊か。

そして、かてぃんと中村さんインタビュー(めっちゃ真ん前😆)の間に配置換え&オケが入る。やーっぱり、女性陣を中心に赤ピンク水色金銀キラキラドレスへとお召し替え。2年前の年末コンサートがこういう感じだったので最初はあれ?と思ったのでした。

ガーシュウィンのラプソディ・イン・ブルー。オケも、そしてもちろんかてぃんもノリノリで大いに盛り上がりました。最後の決めには大クラッカーがドーン🎉💥色とりどりのテープが真上から降ってきました。

アンコールはお決まりラデツキー行進曲手拍子、チェロは回すわ途中六甲おろしをみなで合唱、すみれの花咲くころも挿入、オール兵庫県さすが県立劇場(パンフには話題の知事の言葉も載ってました)、客席通路に華やかな衣装の合唱隊、佐渡さんのサックス演奏付き。

最後の最後は威風堂々。楽譜🎼も配られ皆で歌いましょう、と。

開場から開演までにもミニコンサートがあって、お祭り感満載。最後までお客さんを楽しませようという佐渡さんの姿勢が浸透している、まさにガラ・コン。楽しさ溢れるコンサートでした。

帰って年越しそば。年が暮れていく。公私の公が近年稀にみる難しさ忙しさで、外出の数はたぶん減ってるけど、今年もよく遊んだな、とやっぱり思っちゃってます😁

一方で悲しいお別れも相次ぎました。相談も受けましたし、深く考えてしまうこともありました。

1年はあっという間、その中でやはり春夏秋冬、様々なことが過ぎていきます。でも、だから、

2024Bravo!と思って1年を締めくくれたのは良かった。音楽浴びまくって、感動して、笑って、泣き笑いの最前列。

ブラボー2️⃣0️⃣2️⃣4️⃣ウェルカム2️⃣0️⃣2️⃣5️⃣

来年もいろいろあるでしょう。でもまた、たぶんよく遊んだな、と思ってる気がします😊

みなさんありがとう、同級生ありがとう。

あ、ひとつ情報を。2025年の日の出前、西日本で国際宇宙ステーションが好条件で見えます。6:34です。日本の実験棟は「きぼう」という名で、元旦はきぼうを目にしてから初日の出を見ようともくろんでます。

ではでは、良いお年を(•ᵕᴗᵕ•)⁾⁾ペコリ