2023年9月12日火曜日

9月書評の5

◼️Authur Conan Doyle
"The Adventure of the Creeping Man"
「這う男」

ホームズ短編原文読み38作め。第5短編集"The Case-Book of Sherlock Holmes"(シャーロック・ホームズの事件簿)より。

ホームズ作品はどれも楽しめますが、中にはんーこれはちょっと・・というものもやはり出て来ます。本作は数少ないそういった短編です。さっさか行きます。

最初の方は興味深いシャーロッキアン的要素があります。ホームズの引退・隠居直前、1903年9月の事件でした。当時ワトスンは再婚(3度めの?)しており、ホームズとは別居していました。

Come at once if convenient – if inconvenient come all the same.
S. H.

「ツゴウガヨケレバコイーワルクテモコイ」

ホームズからの呼び出し電報、これは2人の関係性を端的に表すものとしてよく取り上げられます。一見して微笑ましいですね。馬齢を重ねたホームズはワトスンが自分をほっておいて結婚、出ていってしまったことを「身勝手」と「白面の兵士」という短編で非難しており、この時期はなおさらワトスンの必要性を感じていたようです。いてくれればそれでいい、という熟成された相棒の役割はワトスンも認識していました。

ベイカー街へかけつけるとホームズは椅子で丸くなって考え込んでいました。そして

"Why does Professor Presbury's wolfhound, Roy, endeavour to bite him?"
「どうしてプレスベリー教授の愛犬、ウルフハウンドのロイは教授に噛みつこうとしたのか?」

という疑問を抱えていました。ワトスンは仕事をほっぽり出してかけつけてみたら犬が噛みつくとかの問題か、とガッカリします。

君は些細な出来事に深刻な問題がかかってると学習しないんだねえ、有名なケンフォード大学の生理学者、プレスベリー教授が可愛がっていたウルフハウンドに2度も襲われなきゃならなかったとしたらどう思う?とホームズ。

"The dog is ill."「ビョーキなんだろ」

ワトスン、けんもほろろです😎ところで、イングランドにはオックスフォードとケンブリッジという有名な2つの大学があります。早慶みたいなもんですかね。2つを合わせてオックスブリッジ、と言ったりするそうですが、コナン・ドイルはそれを逆にしてケンフォード大、という造語にしているらしいです。ホームズもどちらかの大学で学んだとされていて、シャーロッキアンの研究課題の1つになっています。

いかん、事件の前段が楽しくてついゆっくりと。急ぎます。

そこへ顔立ちのいい青年が姿を現します。プレスベリー教授の助手で令嬢と婚約しているベネットでした。ホームズは彼から新しい展開を聞く前に事件のあらましを話します。

ヨーロッパで名声を獲得している教授は学究の人生を送って来た。勇壮で活動的、闘争をいとわない人士。しかし同僚の教授の若い娘と婚約することになってから変わった。彼は非の打ち所がない相手、アリスにのぼせ上がった。アリスは教授のことを気に入ってるようだったが美人の常で、何人もの若い求婚者がいた。

習慣的な生活を送っていた教授は、突然2週間の旅へ出て疲れて帰り、どこに行ったのか誰にも話さなかった。教授を目撃した学生からの知らせで、プラハに行っていたことが分かった。それから教授には変化が現れた。手紙はすべてベネットが開封して分類しているが、教授は切手の下に十字の印が付いているものは開封しないで自分に届けてくれと命じた。無学な字でE.C(東・中央地区)という消印の入った手紙が直接届けられ、教授は自分で返事を出しているようだった。

教授は旅行先から、ドイツっぽい古風な彫り模様が入った小さな木箱を持ち帰り、器具を入れる戸棚に置いていた。ある日ベネットが探し物をしていて思わずその箱を持ち上げた時、教授は烈火の如く怒った。これまでに見たことがないほどひどく。

これが7月2日です、と手帳を見ながらベネット。きっちりした助手さんなんですね。

ウルフハウンドのロイが教授を襲ったのも同じ日だった。7月11日と20日にも同じような騒ぎがあった。そしておととい、9月4日の夜ー

プレスベリー教授の家に住み込みのベネットは夜の廊下で何か黒いうごめくものを見ました。

"Then suddenly it emerged into the light, and I saw that it was he. He was crawling, Mr. Holmes – crawling! "

「突然それは明るいところへ姿を現しました。教授でした。這っていたんです、ホームズさん、這っていたんです!」

完全に腹這いになっていたわけではなく、手をついて歩いていたと言うべきでしょうけど、とベネット。そばに来た時、手をお貸ししましょうか、と声をかけると、教授は跳ね起きてベネットに不愉快な言葉を浴びせ、さっと階段を降りて行き、朝まで戻ってこなかった。

ワトスンは精神的な不調じゃないか、箱は金融取引、株券か公債か、と推理を披露しますが・・

"And the wolfhound no doubt disapproved of the financial bargain. No, no, Watson, there is more in it than this."

「つまりウルフハウンドは疑問の余地なく金融取引に賛成してないってわけだ。ワトスン、ちゃうちゃう、もちっと深いで」

一瞬でザバッと斬られます😆

そこへ教授の娘にしてベネットの婚約者、イーディスが駆け込んできました。もうとてもあんな怖いとこにはいられないわ!と脅えています。ワトスンはすかさず

a bright, handsome girl of a conventional English type

伝統的なイギリス女性といったタイプできれいで賢こそうだった。

と描写しています。

イーディスの話では昨夜犬が激しく吠えて夜中に目が覚めた、3階にある寝室の窓のブラインドは上がっていて、外は月光で明るかった。外を眺めていて気がつくと、教授の顔が窓ガラスに押し付けられていて、

"I nearly died of surprise and horror. "

「すごく驚いて、怖くて息が止まるかと思いました」

イーディスの寝室は3階the second floorだった。長いはしごなどは家にない。教授の顔はすぐに消えた。

イーディスは朝まで眠ることができず、朝食の先で一緒になった教授はとげとげしく不機嫌、夜の出来事には触れもしなかった。すぐに口実を作ってロンドンに来た。

ホームズは驚きます。イーディスを驚かせた事象よりはどれかというと日付にびっくりしたように思えました。きのうは9月5日でした。

ホームズとワトスンはさっそくプレスベリー教授に会いに行くことにしました。ベネットが言うには、おかしくなってから健康を損っているわけではなく、むしろ強壮に、講義も以前にも増して冴えている、ただ時々怒りっぽく暴力的になるとのこと。症状が出ている時は記憶の欠落があるんじゃないか、その時約束したことにすればいいー。という算段でアポ無し会見に臨んだところー。

"You can hardly get out of it so easily as that."

「それくらいで簡単に逃れられると思うなよ!」

教授は怒り狂い、ドアとホームズたちの前に立ち塞がって、両腕を振り回し、歯をむき出しにして意味の通らないことをわめきました。

ある人物から教授が私の手助けを必要としていると聞きましたが何かの間違いかもしれません、というホームズの訪問理由に、教授は書き物はあるか、ベネットを読んで、ホームズという人物から手紙は来たか、と論理的に詰め、すみません間違いだったようです失礼します、と席を立とうとしたところ、怒り狂ったわけです。

ベネットがなんとか教授をなだめて、無事退出はできました。ホームズとすればこれくらいの場面は慣れていて、直接会うという目的が果たせたばかりか、常軌を逸している部分を見ることもできたのでホクホクです。

立派なお屋敷の馬車道、ホームズたちはイーディスの3階の部屋、その窓の周辺にツタや排水管があることを確認します。そして、ロンドンへ帰る、とベネットに告げます。

"Unless I am mistaken, next Tuesday may mark a crisis. Certainly we shall be in Camford on that day. "

「もし僕の推理に間違いがなければ、次の火曜日がヤマ場になるのではと思います。その日我々はケンフォードに居るようにします」

ここにいても、犯罪になることをしているわけでもない教授をどうしようもない、それまでは耐えて、とベネットを諭します。

さて、当地の宿に引き取りおなじみ2人の捜査会議。ホームズは7月2日、最初にウルフハウンドのロイが教授を襲ってから、9日間周期で変事、発作のようなものが教授の身に起きていることは偶然の一致ではない、と看破していました。なにか教授は強い薬物を摂取しているのでは、という仮説を立てます。プラハとの仲介人がロンドンにいることは、開封禁止の封筒の消印で分かっています。

ベネットはすぐにロンドンに来て、ホームズの訪問によりだいぶとげとげしい態度だったが、特に変わったことはなく、頭脳は以前に増して明晰で、活力にあふれている、と報告します。

火曜日、ワトスンはホームズとともに列車で大学の街へ再び向かいました。現在でロンドンからオックスフォードまでは列車で1時間ほどの距離だとのこと。ちょっとしたお出かけですね。

ベネットからは、けさ十字マークの封筒と小さな小包が届いたとのこと。今夜、全てを明るみに出す機会が来る。だから教授を監視すること、また邪魔立てせずそっと後をつけること、とベネットに指示して、別れます。

深夜、ホームズたちも寝ずの番、vigilです。教授宅の玄関のすぐ向かいの茂みに身を潜めます。ホームズはこれまでに分かっていることをおさらいします。9日間周期で薬物らしきものを飲んでいること、プラハの代理人であるボヘミア人業者とロンドンで連絡を取り合っていること。そこから人の観察は手、袖口、ズボンの膝、靴、と見るものだ、と講釈します。これはドイルがホームズ像のモデルとした恩師のベル博士の観察方法から来ていると思われます。教授の手を観察した時、太く骨ばった、これまで見たことのない形状だった、と話したとき、ホームズはハッとして突然自分の額をピシャリと叩きます。

"Oh, Watson, Watson, what a fool I have been! It seems incredible, and yet it must be true. All points in one direction. How could I miss seeing the connection of ideas? Those knuckles – how could I have passed those knuckles? And the dog! And the ivy! "

「うわ、ワトスン、ワトスン、なんて僕はバカだったんだ!信じがたいが、それでも真実に違いない。全ては1つの方向を指している。どうしてこのつながりを見逃したんだろう?どうしてあの拳をスルーしたんだ?指の関節、そして犬、そしてツタだ!」

その時、教授が姿を現しました。玄関のランプの光を背に、ドレッシングガウン姿、前かがみで両手を前にぶらぶらさせた姿が影のように浮かび上がります。

やがて馬車道にでた教授は手と足を地面につけて去って行きました。時々スキップして、活力を持て余しているかのようでした。家に沿って角を曲がり見えなくなると、後を追ってベネットが出てきました。

ワトスン、来い!ホームズは教授と逆の方向へ家の角を曲がりました。やがてツタが覆った壁の前にいる教授がはっきりと見えました。と、教授は信じられないような身軽さでツタを登り始めました。ツタからツタへ、脚も握る力もしっかりして自在に動きます。月光のもとガウンをはためかせて飛び移るさまはコウモリのよう。吸血鬼をも連想させますね。

やがてこの遊びに飽きた教授は手をついて歩き、厩舎へ行き、鎖に繋がれたウルフハウンドのロイをからかい始めます。猛り狂ったロイの鼻先ギリギリ届かないところから小石をぶつけたり、枝でつついたり、手をパチパチとさせたり。外見はまだ威厳を残した教授が猿のようなことをしている異様な光景。

一瞬でした。引っ張られた首輪がスポッと外れ、ロイは教授に飛びかかりました。ロイの唸りと甲高い教授の叫び声。

It was a very narrow thing for the professor's life.
教授の命は風前の灯だった。

牙は喉に食い込み、みなで引き離した時、教授は気を失っていました。ベネットの声に、ロイはようやくおとなしくなりました。

教授を部屋に運び、ワトスンと医学を修めたベネットが手当てします。牙は頸動脈スレスレでしたがなんとか持ちそうでした。モルヒネを打つと患者は深い昏睡に落ちました。

眠る教授から小さな箱の鍵を取り、木箱を開けると、中には空になったものと開栓前の薬瓶が1つずつ。代金領収、薬を納品したという送り状、そして別に、プラハの消印が押された手紙がありました。書いたのはローウェンシュタインという人物でした。ワトスンの脳裏に、新聞記事が浮かびます。

それは怪しい科学者が若返りや万能の秘薬を未知の方法で作ろうとしている、驚くほど強壮になる血清を持ちながら出どころを明かそうとしなかったために同業者から相手にされないという、プラハのローウェンシュタインでした。

手紙には、血清には大型の猿である黒面ラングールを使った、あなたの症例には一種の危険があるから注意してほしい、などと書かれていました。

ことは明らかになりました。猿のエキスで作った血清を摂取した教授は、頭脳は明晰に、活力にあふれる代わりに、その副作用で猿のような行動を取ったというわけでした。犬は素早く察知していた、また娘の3階の部屋まで登ったのはまさに目の前で見た事実がその方法と、猿となった父の遊びの一環であることを物語っていました。そして教授が薬を求めた原因は、老いらくの恋にありました。

ホームズはローウェンシュタインに毒物を流通させた刑事責任があるとみなしているという手紙を書くつもりだと言います。秘密が露見したのですから確かに効果はありそうです。しかし若返りの薬があるとなれば、同様のことは繰り返されるかもしれないとホームズは嘆きます。

夜は明けていました。事件は終了でした。

"There is an early train to town, Watson, but I think we shall just have time for a cup of tea"

「ワトスン、ロンドン行きの早朝列車があるよ。でもお茶を一杯飲むくらいの時間はあるだろう」

いかがでしたでしょうか。ひとこと、荒唐無稽な話です。人が猿になりきってしまうなんて、そんなバカな。また、確たる凶悪、悪質な犯罪は起きていません。科学の世紀にあっても、ドイルの著作にはいくつも間違った情報が使われているんですね。科学の世紀だからこそ、何でもできるとの勘違い、いい加減なウワサも多かったのでしょうと思えます。

どうも語り口も大仰で、個人的に気に入らない話です。アリス・モーフィーの直接的な描写、登場もぜひあってほしかったかなと思います。

はい、今回は以上終了、閉店にします😎

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