2023年9月23日土曜日

9月書評の11

好きな陶芸家、河井寛次郎の言葉。

美はいつも人を探している
幸せは人を探している

だから探しに行って、出逢ってください、ということなんでしょうか。前向きになれますよね。最近のお気に入りでスマホのメモに書き取ってます。

フィンランド🇫🇮の著名な作曲家、シベリウスのオールプログラムのコンサートに行きました。

Vn、ヴァイオリンソリストの中野りなさんはまだ10代。テレビ番組で次世代の有望株として紹介されていて、動画などを見て聴いて、透き通るような音色と曲への同化、寄り添い方に好感を持っていました。すると去年の仙台国際コンクールで史上最年少優勝。一度生で聴いてみたいと思っていたところ先日こちらに来ることを知り即買いしました。

かなり前の方の席でした。冒頭、ピアニシモの弦に載せてソリストのゆったりした、北欧の神秘を語るような旋律が入ってきます。そして激しさを増し、クライマックスへ。気を込めた音の震えがぶつかってくるような感覚を味わいました。ヴァイオリニズムがいい感じでにじみ出ているような気がします。フィンランド🇫🇮だからか純白の衣装、スラリとした姿は妖精のようで真剣な表情がキマってました。

そもそも私はシベリウスのヴァイオリン協奏曲、大好きなのです。シベリウスは抜群の腕を持つヴァイオリニストだったものの、極度のあがり症のためその道を断念したとか。そのヴァイオリンコンチェルトは、テクニック的にかなり難易度が高いと言われています。近くで手の動きを見ていると、素人ながら、少し難しさが分かるような気がします。

聴きたかったものが、そこにありました。いやー良かったー😊

フィンランディアは勇壮に、哀しみを全編に漂わせたヴァイオリン協奏曲を挟み、代表作の1つとされる交響曲2番。さわやかに始まって、雄大に終わる。やはり生は素晴らしい。ヴィオラだけピチカートにしていたり、ただ曲を聴いているだけでは分からないものがたくさんあり、かなり計算されてよく工夫された作品ということが窺えました。大フィルの音は、大きくて、きれい。堪能しました。

考えてみればフィンランド🇫🇮には縁があるような。映画の名監督のアキ・カウリスマキはよく観に行くし、🏀のワールドカップで日本が初めて勝ったヨーロッパの国はフィンランド🇫🇮だったしで、ついつい白のパンツに青のポロシャツとフィンランド🇫🇮の国旗カラーの恰好なぞしてみたりして。アホですねー😆フィンランディッシュな誕生日。

イランの名匠アッバス・キアロスタミ監督のリバイバルを観てきました。ポスターはサッカーの試合を観に行くお金が欲しい悪ガキの主人公がフィルムの入っていないカメラで低学年の子から代金を取って撮影(するフリ)をしているシーンです。みな写真が欲しいから列をなして撮ってもらいます。

まあサギなのですが、小さい子たち、果ては大人までもが寄ってきて、1人ずつ撮影用の表情をします。撮り手もついつい、もっと笑って、とかポーズなどの指示を出します。良い表情のアップのカットが連なります。1970年代の映画、このシーンを観て、ひさびさに「上手いな」と思いました。コミカルで目を惹くシーンをストーリーの中に組み入れる、いわゆる絵的にも良いですし、そして何かおかしな転がり方をする、という映画らしい要素を作り出しています。

新たな1年もまあ、映画観たり、コンサート行ったり、美術展に行ったりして感じたものについてあれこれと考えるでしょう。美を探し、小さな幸せを見つけられたらいいなと思ってます。

◼️ 梨木香歩「不思議な羅針盤」

梨木香歩さんのことばをしっとりと味わう。自然が好きで、五感を開けていて、美味しそう^_^

2007年から2009年に連載していたエッセイをまとめたものだそうだ。私が東京にいた頃で、小泉政権から第一次安倍内閣、そして福田氏へとバトンが渡り、民主党政権となったころ。北朝鮮がミサイルを日本へ向けて撃ち始めた時期でもあったとの記憶がある。だからなのか、社会情勢への言及もある。

日常生活のあれこれを述べながら、お得意の自然、植物、鳥に関する話を織り込んでいることが多い。やっぱりこうでなくては。どこか幸田文と重なるなあ。

特に「『西の魔女が死んだ』の頃」の「ジャムを作る」で傷んだイチゴをジャムにして、アイスクリームやホットケーキに垂らす、とかブラックベリーは鳥も食べないくらい激烈に酸っぱいのにジャムにすると極上の味、というのに惹かれたスイーツ好き。食欲からですね^_^

自宅からバス停までの間に渋柿の木があって秋は見事な実が鈴なりになる。初期は鳥はまったく来ない。しかし秋が深まって、干し柿状になったとたんついばみだす、という現象を思い出した。干し柿甘くておいしいんだよね。

「五感の開き方、閉じ方」も印象的。

子供のころ山中に住んでいて、秋の月が清澄な夜、屋根に登って本を読むのが幼い梨木さんの楽しみだったという。それは

「自分の五感が不思議な開かれ方をしていく、そのせいだったと思う」と。

そして夜の特別さを強調し、料理エッセイが人気の平松洋子さんが書いた「夜中にジャムを煮る」という著書のくだりを引用する。これがまた、魅力的。

自分自身に照らしてみると、20代後半くらいから、たとえば新緑を見に山へ行きたい、とか美術にしても映画や音楽にしても感覚が開かれていったと思う。たぶん私だけではないのでは。それはいまにつながる。他のコラムでは森下典子さんの「日日是好日」を引いて、気づき、微妙な感覚の変化について綴っている。

よく見ること、よく聴くこと、よく感じること。五感を開く、読みながら、とても共感できるというか、改めて学んでいる、啓発されている。

梨木香歩さんには渡り鳥を追う「渡りの足跡」という名エッセイ集がある。ブンブン自ら車を運転して自然に飛び込んでいく、という意外な面を見せている作品。今作にも、大鷲をサハリン沖の孤島に観に行った時のエピソードがちらと載っていたりする。

椎の実を炒るのも美味しそう。著者はかなり好きな作家さん。未読作などまた折に触れ読んでいきたい。

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