2023年9月30日土曜日

9月書評の13

ランタナという花だそうです。

◼️ 山崎豊子「ムッシュ・クラタ」

どこにいてもダンディさを崩さない新聞記者、ムッシュ・クラタ。そのスタイルは過酷な戦地で希望になることもあったー。

読んだきっかけはひょんなことで、私が本読みということを知っている先輩が、この作品のムッシュ・クラタがかつての共通の上司に似ている、と話したことだった。

「◯◯さんに思えてしょうがないねん」

それからずっと気になって、地元図書館の書庫にしまわれているこの本を借りに行くことになった。

ムッシュ・クラタこと倉田玲記者は英語、スペイン語に加え特にフランス語に堪能、晴れてパリ特派員となり、フランスがナチスドイツに宣戦布告したニュースを打電した。しかしその直後同じ席で高級時計の注文書をもタイプしていて、同業の記者を驚かせた。

ムッシュ・クラタはダンディである。パリでダークスーツにポーラハット、ダンヒルのパイプをくわえ、キッドの手袋をはめてステッキを持ち歩く。タキシードを着込んでロンシャン競馬場へ。リサイタルでは上流マダムとともにロイヤル・ボックスに座る。

日本でもそのスタイルを崩さず、鼻持ちならぬ気取り屋という風評は絶えなかった。

フィリピン戦線の特派員となった時は食糧もなく敗走また敗走の中で、毎日髭を剃り、髪を分け、晩はパジャマに着替えて、寝るときにはズボンを寝押ししてシワを伸ばし折り目を立てる。変わらずダンヒルのパイプをふかしスペイン語の書物を読む。そして共に行動する記者にも、兵隊にも、ダンディさを保ち続けるムッシュ・クラタの姿は不思議な感慨をもたらすようになっていったー。

すでに鬼籍に入られているその元上司は、やはりダンディであった。スラリとして、おしゃれなスーツにワイシャツ、ネクタイとハンカチーフと靴下の色を揃えたりして、鼻ひげに、べっこう縁のメガネ、パイプ。パリに事務所はあるが彼は残念なことに赴任していない。

◯◯さんや、と想像しながら読んで愉しい気分になった。

昭和40年の発表、山崎さんは新聞記者出身で、かつての同僚をモデルにしたのだとか。学生時代の友人、同業、同僚記者、葬儀に現れた映画会社社長、そして夫人と娘に話を聞き、ムッシュ・クラタのやや意外な家庭生活で、その人物像を描くモザイク画は完成する。山崎さんの本は「沈まぬ太陽」などを読んだけども、こんなテイストの作品があったとは意外だった。100ページほどの、いわば中編で、大変興味深い小説だった。

本との出会いはさまざま。例え元上司の件がなくとも楽しめただろう。ただなければ読むことはなく、お世話になった方を偲ぶこともなかった。今回も偶然に感謝、読書つながりに感謝な出会いだった。

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