10月は9作品11冊。本格ものと、旅ものやエッセイ、新規の作家さんら、バランスが良かったと思う。読みたかった作品が3つも読めて嬉しい月でもあった。ではレッツスタート!
村上春樹「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」
面白いという人が多くて、楽しみに初読み。確かに、ハルキの魅力が詰まっていると言っても差し支えあるまい。
高い壁に囲まれ、外界との接触がまるでない街でそこに住む一角獣たちの頭骨から夢を読んで暮らす"僕"の物語「世界の終り」。老科学者により意識の核にある思考回路を組み込まれた"私"がその回路に隠された秘密を巡って活躍する「ハードボイルド・ワンダーランド」交互に描かれる2つの世界のストーリー。
もう、自分の言葉でまとめるのが面倒だったから、上のあらすじは上巻の裏表紙に書いてあるのをほぼそのまんま書き写した。
2つの世界の、壮大なSF的構成力が素晴らしい。音楽、本、酒、ライフスタイル、舞台など、小粋でハードボイルド。色彩をも意識している。いつものように知的な女が絡み、不敵な会話を展開する。また「やみくろ」など語感を大事にしたのか、何かの暗喩なのか、すべて不明な登場物、小道具的登場人物などいかにも的なハルキワールドである。
闇と光をかなり意識していて息苦しくなる部分もある。
何というか、やはりこれはハルキにしか書けない。ハルキと他の国内の作家とは大きな隔たりがあると、読む人が思い込んでも仕方ないくらいである。
個人的には、ラストに至る道がやや強引で、結論が出やすいようでいて難しいな、と思った。
最後にひとつ。比喩、いわゆる直喩の素晴らしさもまたハルキであるが、ラストに近いところに気に入ったものが有ったので引用して終わりにする。レストランの場面。
「ウェイターがやってきて宮廷の専属接骨医が皇太子の脱臼をなおすときのような格好でうやうやしくワインの栓を抜き、グラスに注いでくれた」
湯本香樹実「岸辺の旅」
芸術映画っぽい話。この作家の、新たな面を見た感じだ。
実際に映画化され、カンヌ「ある視点部門」で監督賞を受賞している。今月からの公開だからと急いで読んだ。深津絵里、浅野忠信主演である。
瑞希(みずき)がしらたまを作っていると、3年前に失踪したはずの夫・優介が台所に立っていた。優介は「自分の身体は、海の底で、蟹に食われてしまった。」といい、瑞希を長い旅に連れ出す。
湯本香樹実(かずみ)という作家は、この春にベストセラーの少年もの「夏の庭」を読んだ。可愛らしい話だし、その後児童文学も書いたようなので、このような、大人芸術っぽい物語というのはイメージ外だった。
突飛な設定を取ることで、互いに理解し合えて無かった部分を表現し、厚く哀しく埋めていく、長い夫婦の旅。恋人や求めている人の幽霊を出す、というのは昔から良くあるが、今回は、ナイーブなストーリーをゆっくりたんたんと追って行くための手段に思える。
直接的な表現が少なく、人や自然、そして心象的なものをキーワードを用いながら表し続く旅。私はかつて単館系の映画をずいぶん観たが、いかにも好かれそうな内容と展開だ。ラストも小粋だと思う。変化球も混ぜているがここもまた映画っぽいな、と思ってしまう。
たんたんとし過ぎているのが欠点といえばそうか?終わる前に観に行こう。
梨木香歩「渡りの足跡」
ネイチャリング・エッセイ集。カメラマンや冒険家の記録とはまた違った味。
梨木香歩の小説には、動植物がやたらと詳しく出てくる。北海道で鳥の渡りを観察したり、開拓民の暮らしから、戦時中の日系人の想いにまで触れる一冊。
私は北の自然もの、アラスカ・シベリアものが好きで、星野道夫や野田知佑、椎名誠の本を読んできたが、そのほとんどが、自然と、その土地であったことの克明な記録っぽいものだった。この作品は、けっこう話があちこちに飛ぶし、表現はやはり小説家のそれで、あたたかい土地の人との触れ合いも独特の筆致で記してある。
特に渡りに関しては、今回梨木香歩の感じているロマンが分かるような気がする。小鳥でも、気の遠くなるほどの距離を飛び続けて渡りをする。関連の本も読みたくなる。
また、作中にたびたび登場する「デルスー・ウザーラ」も面白く読み、いまだに書庫にとってある。
やはりネイチャー系に詳しい人は、行動派。意外な一面を楽しく読ませてもらった。
麻耶雄嵩「隻眼の少女」
うーーーん、しっくりこないかなあ。推理小説界の評価、そのトレンドを知るような気もするな。勉強の一環という事で。
自殺のために山奥の温泉場に逗留していた静馬は伝説のある「龍ノ淵」で牛若丸が来ていたような装束の少女・みかげと出会う。その二日後、村の守り神・スガル様を継ぐ事が決まっていた琴折(ことさき)家の少女が惨殺される。
日本推理作家協会賞、本格ミステリ大賞ダブル受賞。友人からこの作家の別作品の話を聞き探していたところたまたまブックオフで見つけて買った一冊。
さて、村のしきたり、生き神様のような存在はまあ日本ミステリ界の伝統だ。軽くてビジュアル重視の少女探偵も今後の展開かなと許容、最初の派手派手しく残虐な連続殺人事件も、新本格のような感じで、そうすべきだった理由があるんだろなと期待させる。
しかしながら推理の展開はあまり面白くなく、全然謎が解かれてないし、そもそも犯人の次のターゲットは明らかなのに、何でこんなに警戒が緩いのよ、と思ったりする。
で、後段の謎解きとなるのだが、ひと言で言えば、身も蓋もなかった。うーむ、
第一部の舞台の組み立てから、数多い旧家の登場人物の書き分け、探偵の突飛さ、ワトスン役の背景、最後の種明かしで全てが繋がるように見えるところなど、工夫はたくさん、現在のミステリー界で称賛される部分はあるのだろう。
でも私の好みでなかったことは確かだな。
下川裕治「世界最悪の鉄道旅行 ユーラシア横断2万キロ」
旅ものはたまに読む気になる。楽しく読めるが、いつも「私には絶対ムリー!」と思う。
ユーラシア大陸東の果て、シベリアのソヴィエツカヤ・ガヴァニ駅から、ヨーロッパ最西端のポルトガルはカスカイス駅まで、できるだけ列車だけで移動しようという旅。サハリンからシベリアに渡り、遅くて停車時間も長い列車に乗ってウラジオストクまで5日間かけて辿りつくのだが、この間は飛行機で行けば
1時間。列車というものはすたれつつある、という事もボトムに匂わせる紀行文だ。
ロシア、中国、中央アジア、と移動は続くのだが、乗客が少ないために路線区に車両ごと放置されたり、1本前の列車が爆破テロに遭い、ロシアから目の前のアゼルバイジャンに入国できなくなってしまったり、覚悟のビザ切れオーバーステイで売春宿に隠れ滞在したりと様々なトラブル続きの旅。
作者は列車だけでなく、様々な手段でアジア他の地域を旅する旅行作家で、以前来た時の印象との違い、シベリア、中国、中央アジアとロシアなどの国情の変化も書いてあって興味深い。
やっぱり読んでおくもので、バッグパッカーすら自分にはムリだな。