◼️ 小川洋子「猫を抱いて象と泳ぐ」
予想外の内容だった。さる著名作家によく似ている。こんな人日本にいたのかと。
柔らかな、しかし、ん?象と?となるタイトル。おそらくプールで泳ぐ時なんらか象に関係した夢想があるのかな、穏やかな現代小説か児童小説っぽいものかなというイメージのまま入ったら、まったく違った。短編集「アンジェリーナ」は読んだことがあったけどこんな幻想的な長編だとは。
途中からこれはポール・オースターにそっくりだ、という気がしてならなかった。最後まで。
リトル・アリョーヒンとのちに呼ばれる少年は成長して巨大化したためデパートの屋上から降りることができず一生をそこで過ごしたいう象の話、壁に押し込められて抜け出せなくなり、ミイラとして塗り込められてしまった少女の話に強い印象を受け、象とミイラを友人として考えるようになる。
少年はプールでバス運転手の水死体を発見し、バス会社の寮を訪ね、庭のバスに住んでいる寮の巨躯の管理人(マスター)にチェスを習う。マスターはスイーツを作り食べるのが趣味で、バスの入り口から出れなくなるのではと少年は危惧していた。やがてチェスに熱中した少年はチェス版の下に潜り込み、マスターが飼っていた猫のポーンを抱いてチェスを指すスタイルになっていった。運命は容赦なく降りかかり、やがて少年は人形に潜みチェスをするようになるー。
チェスを習熟した少年、喪失、大きな傷、旅立ち・・成り行きに任せる中で少年は自らのありたい道を見つけ、家族と、とりまくり人々の善意に辿り着く。
特殊な設定を組み上げ、大人の作為や避けられない別離をベースに、微妙でまっすぐな少年の心を浮き立たせて描写している。また、チェスの世界を掘り下げて物語の重要な背骨としてときにユーモラスに活用しているさまは小憎らしいほどだ。リトル・アリョーヒンにとっての大事なもの、が言葉を超えて実感できる。
妖しさ、怪しさの海底から自然豊かで辺鄙な土地で織りなされる心のケアへ。異世界にも見える舞台装置の転換も鮮やかだ。少年の決断がより映えて見える。
ちょっと離れて見ると、奇妙にも見える少年の人生と判断。しかしそこに描かれているのは理解されなさ、誰にもある、自分にとっての宝物の体験〜それは多くの場合消えてなくなってしまう〜、初恋と傷、人生のハイライト的な生活と、心で感じる善意という、一般的な経験値に敷衍化されている。
哀しく小さな、しかし確かに価値のある、短い人生。幻想的な仕掛けもGOOD。良い読書でした。
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