2025年3月16日日曜日

3月書評の6

◼️伊与原新「藍を継ぐ海」

海亀とトーテムポール。世代と科学が物語に深みを与える。風格漂う直木賞受賞作。

伊与原新は最近のお気に入り。「月まで三キロ」「八月の銀の雪」と同じような短編集。いまのところ科学と人情を絡めた長くない作品たちのほうが著者のいい形に見える。

とはいえこれまでとはちょっと違う気もする。

・ 「夢化けの島」(山口県萩市北西の島)
・ 「狼犬ダイアリー」(奈良県東吉野村)
・「祈りの破片」(長崎県長与町)
・「星隕つ駅逓」(北海道遠軽町)
・「藍を継ぐ海」(徳島県阿須町)

冒頭作品では島から採れていたという赤土、萩焼きに彩りを与えるものーを探す。恋の予感も漂う一篇。主人公は地学を研究している助教・歩美。2つめの舞台は明治の世、最後にニホンオオカミが捕獲された地。期待通りの展開だ。

3つめは・・長崎市に隣接する田舎町の空き家に灯りを見た、とおばあさんから訴えがあり、調べていくうちに長崎の歴史に関係ある調査に突き当たる。4つめは旭川と網走の間の町で隕石の話。星と近代開拓史。

萩は故郷福岡と隣接していて、萩城跡などは風情ある観光地。昔もらった萩焼はいまも大事にとってあるからその風合いは分かる気がする。この本を渡してくれたのは長崎の友人。大学に入った頃、彼を含めて長崎出身の同期がかなり多くて言葉にも詳しくなった。「どがん」は博多弁と違い、長崎特有だし。懐かしい物語の中心は、長崎の人間には避けがたい悲劇につながっていて、作中で主人公の町役場の男も熱くなっている。狼、隕石、もうこれだけで理系小説家の描く話にワクワクを抑えられなかった。吉野は関西、北海道も一時期休みのたびに旅行した。

どの話ももちろん、主人公が置かれている社会のひずみと、迫るものではないがやりきれない現実が絡められている。プラスして土地へのなじみ、愛情、科学的なアプローチのほか、連綿と続いてきた近代史、世代間のつながりを明示していることで分厚さ、深みが増している。なんというか、芯を新たに作った感じだ。

それが賞にふさわしい風格を醸し出している気がする。

ラストの表題作は徳島の海岸の、ウミガメ。産卵して砂に隠された卵が孵化して、産まれたばかりの子ガメは浜に向かう。主人公は行方不明の姉を持つ少女。星野道夫好きの私はフィールドが北アメリカ大陸北部の、よく読んだ話につながったことにびっくり。悠久の広がり。これまた違う手法だ。伸びやかで、本質的。

興味の喚起と展開の妙、薄くないつながりの描写とロマン、ほんの少しの都合よさ。満足の短編集だった。

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