◼️ Authur Conan Doyle
"The Adventure of the Noble Bachelor"
「独身の貴族」
ホームズ短編原文読みも43編めとなりました。あと13です。今回は第1短編集
"The Adventures of Sherlock Holmes"
「シャーロック・ホームズの冒険」より、1892年4月号で発表された10番めの短編です。ホームズものは前年7月より短編連載がスタート、すぐに大評判となりました。注目度が高い時期の作品ですね。
日本語訳には「花嫁失踪事件」というタイトルもあります。話の中身はこちらそのもの。しかし物語の基軸が貴族の中でもチョー高位の貴族家であることとやはり言葉、そして訳出のなじみから「独身の貴族」を採用していることも多いようです。いや個人的な憶測ですが。
It was a few weeks before my own marriage, during the days when I was still sharing rooms with Holmes in Baker Street,
私の結婚の数週間前、まだ私がホームズとベイカーストリートの部屋をシェアしていた頃のことだった。
ワトスンは先に発表された長編"The Sign of Four"「四つの署名」で出逢ったメアリ・モースタン嬢と結婚してますので、その直前、1888年ごろ、比較的早期の事件ですね。
さらにもう1つ寄り道。冒頭の場面、ワトスンは部屋にいて、「私の脚に入れて持ち帰った」ジザイル弾による脚のしくしくした痛みに耐えつつホームズの帰宅を待っています。これはワトスンが軍医として従軍した第二次アフガニスタン戦争での負傷です。ただ、最初の長編「緋色の研究」では肩を撃たれたとなっており、先述の「四つの署名」では足を撃たれた、との回顧がありと、シャーロッキアンの間では、ワトスンの傷は肩なのか足なのかそれとも両方か?という楽しく熱い議論が交わされているポイントなのであります。
本編に入らなければ・・前置き長いのはいつものことですが😎ともかく上流階級からと思われる書簡がホームズ宛に届いており、帰ったホームズに教えます。イギリスの最も上流の貴族から仕事の依頼だ、との言葉にワトスンは思わず
"I congratulate you."
と口にしますが、ホームズはピシャリと
"that the status of my client is a matter of less moment to me than the interest of his case."
「僕にとって依頼人の身分は、事件の興味深さに比べれば重要じゃない」
カッコいいですね、これがホームズ。
さて、最上流貴族、Lord St.Simonからの手紙は自分の結婚式に関して発生した非常に痛ましい出来事についてきょう夕方4時に訪問して相談したい、スコットランドヤードのレストレイド警部も動いている、というものでした。
いま3時だ、部屋にいる間新聞読んでたでしょ、依頼人が来るまでに、サイモン卿の結婚の記事をなんでも見せてくれ、とホームズはワトスンに言います。
ワトスンが時系列に記事を整理している間、ホームズはよく出てくる人名録、貴族年鑑みたいなもの?でサイモン卿のことを調べます。バルモラル公爵の次男。爵位は公侯伯子男なので最も高い位ですね。バルモラル公爵は元外務大臣でプランタジネット家直系、母親はテューダー家の家系、サイモン卿本人も前政権の植民地次官を務めた41歳。
新聞記事にはサイモン卿はアメリカの鉱山で財を成したカリフォルニアの大富豪の1人娘、ハティ・ドラン嬢との結婚が決まった。サイモン卿には自分の財産がほとんどなく、またバルモラル公爵も近年は貴重な絵画を売却するなど苦境にある。新婦の持参金が大きな助けとなるはずだ、ということ、また結婚式は内輪だけで行われた。
ところが、この後花嫁は失踪していました。結婚式直後の朝食の席で。普通は式の前か新婚旅行中にいなくなるものだ、慌ただしいな、とホームズはちょっとびっくり。
ちなみにこの頃まで、結婚式は午前中に行うことが法律としてあったらしく、式の後、新婚旅行への出発前に新婦の家で朝食会を行う習慣だったそうです。
ハノーバースクエアのセント・ジョージ教会で執り行われた内輪の結婚式の後、一向はランカスター・ゲイトにあるハティのpa(パパ)ドラン氏の屋敷に用意された朝食の席に移動。そこでフローラ・ミラーという部外者の女性がサイモン卿に話があると無理やり家に入ろうとして追い返された。この騒動が起きる前に家に入っていた花嫁👰は、気分が悪いと自分の部屋に引っ込んで、それきり行方不明となった。メイドの話ではすぐにアルスター外套とボンネットを取ってウェディングドレスのまま出て行ったと話し、執事もその姿を目撃していた。
行方不明の花嫁を探すため警察が動き、フローラ・ミラーが逮捕された。
と、概要をつかんだところで当のサイモン卿が現れました。
鼻筋の通った顔立ちには愛想の良さと気難しさが同居し、人に従われるのに慣れた風情。黒い上着に高さのあるカラーを付け、白のチョッキに黄色の手袋、色味のあるゲートルにエナメルの靴と、キザといっていい服装でした。手には金縁眼鏡の紐を持ってブラブラさせていました。話を始めた時にホームズ、ボクシングで言うジャブ、軽いパンチを入れます。
痛ましい事件なのだよ、とても傷ついた、と切り出したサイモン卿。
"I understand that you have already managed several delicate cases of this sort, sir, though I presume that they were hardly from the same class of society."
「君はこの手のデリケートな件をいくつも手掛けたとは思うが、私のような上流階級からの依頼はほとんどなかったじゃないかとお見受けする」
"No, I am descending."
「いえむしろ階級としては下降しております」
"I beg pardon."
「なんとおっしゃいましたかな」
"My last client of the sort was a king."
「そのたぐいでは最近国王陛下の依頼を受けました」
No, I am descending・・訳本によっては、いえ、もっと身分の高い方からの依頼も・・と柔らかくしてあります。ホームズが高位の依頼人に対してそこまで失礼な言動をするとは思えないのですが、この短い言い回しは読者にとって痛快な印象を与えるのかどうか。よく分かりません。ただ流れとしては高位な身分でかつ裕福でない、まあ落ちぶれている貴族を揶揄する雰囲気を出そうとしているようにも見えます。
サイモン卿は新聞記事が事実であることを認めて、質問にはなんでも率直に答える、という姿勢を見せます。根はいい人のようです。その話によればー
ハティ・ドラン嬢とはアメリカ旅行で知り合い、楽しく交遊した。その時は婚約はしなかった。ハティは父親が財を成す前に20歳になっており、鉱山や森や山を走り回って育ったのでwild and free、野生的で奔放でtomboy、イギリスで言うところのじゃじゃ馬だ。強い性格でしきたりに縛られない。こうと決めたことに恐れを知らず突き進む。それでも気品を備え、高潔で自己犠牲も成し得ると信じている。
サイモン卿が持っている彼女の細密な肖像画は黒い髪、黒い瞳、優美な口元の美しい女性の表情がありました。
ロンドンの社交シーズンに父親が彼女を連れてきて改めて交際し、婚約に至り、今は結婚した。相当の持参金があった。
結婚式の当日は、2人の将来の生活をどうしようかずっと話していた。彼女はとても機嫌が良かった。
ただ、教会で彼女が信者席にブーケを落としてしまい、平民風の男がそれを拾って手渡してから、彼女は無愛想になって、このつまらない出来事に動揺しているようだったと。ごく内輪の結婚式ではあったのですが、教会は誰にも開かれている場所なので一般の人の出入りを差し止めることはしてなかったんですね。
帰ってきてから妻ハティはカリフォルニアから連れてきた親しいメイドと話をしていた。"jamping a claim"というような言葉を聞いたが彼女がよく使うアメリカのスラングかも。意味は分からない。朝食の席に着いて10分かそこらで、お詫びの言葉を呟き、部屋から出て行って戻らなかった。
jamping a claimは調べると「他人の権利、土地を横取りする」というような意味でした。
さて、ハティは新聞の通りアルスター外套をウェディングドレスにまとい、ボンネットを被って出て行った。その後、騒ぎを起こし、今は逮捕されたフローラ・ミラーと連れ立ってハイドパークを歩いているのを目撃されたとのこと。
サイモン卿によれば、フローラは昔つきあっていた女で、ハティとの結婚が決まった時に恐ろしい手紙をよこした、とのこと。内輪の結婚式のにしたのはフローラが何か騒ぎを起こすかもと予測していたからだった。実際彼女はドラン氏宅の玄関でハティを罵りながら中に押し入ろうとして警官に止められた。
幸いハティはこの騒ぎを知らなかった。しかしその後、ハティとフローラが一緒に歩いているところが目撃され、レストレイド警部はこのことを重視している。フローラがハティを誘き出し、恐ろしい罠を仕掛けたのではないかと。
サイモン卿の見解は、フローラは虫も殺せない女で罠説は暗に否定、ハティが結婚による昂りと、社会的立場が大きく変わったことでちょっと神経障害のようになったのではないか、ということでした。
さらにホームズは最後に、朝食のテーブルは窓からハイドパークの方を見ることができた、ということを確認しました。全ての質問を終え、サイモン卿が幸運を、と帰りかけたところへホームズ、
"I have solved it."
「解決しました」
"Eh? What was that?"
「えっ、なんと?」
"I say that I have solved it"
「解決したと申し上げております」
"Where, then, is my wife?"
「では、私の妻はどこなんだね?」
"That is a detail which I shall speedily supply."
「詳細については追って早急にお伝えすることになるでしょう」
急な展開に、サイモン卿は当惑しつつ
"I am afraid that it will take wiser heads than yours or mine,"
「残念だが、君や私よりもっと優秀な頭脳を必要とする事件のようだ」
サイモン卿もなかなかやりますね。もちろんホームズは卿が立ち去った後、同じレベルだなんて、と笑い飛ばします。
ホームズはワトスンに、実はサイモン卿が来る前に結論は出ていたんだ、とおどけます。なんやてえ〜!?と驚くワトスンに、数年前アバディーンでも、過去ミュンヘンでも似たような事件があったのさ、と言ううちに、レストレイドが来ました。
セント・サイモンの結婚事件には見当がつかない、とこぼす警部。身につけている船員風ピーコートは濡れそぼっていました。ハティの遺体を捜して、ハイドパークの池をさらったのでした。
そりゃトラファルガー広場の噴水と同じくらいの見込みがない、とからかうホームズにレストレイドはカバンの中身をぶちまけます。すっかり濡れて変色したウェディングドレスにベールなどが岸近くに浮いていたのを管理人が見つけたとのこと。服がそこにあれば死体は遠くない、と持論を述べるレストレイド。
"By the same brilliant reasoning, every man's body is to be found in the neighbourhood of his wardrobe. "
「そのすばらしい推理で言うと、同様に全ての死体はワードローブの近くで見つかるってわけだね」
この場面でホームズはいつになくレストレイドを茶化し続けます。いやーなんかしんらつだな今回。
フローラ・ミラーがハティ・ドランの失踪に関係していると主張するレストレイド、その証拠を見つけるのは難しいだろうと言うホームズ。
怒り心頭に発したレストレイド、
"I am afraid, Holmes, that you are not very practical with your deductions and your inferences. You have made two blunders in as many minutes. This dress does implicate Miss Flora Millar."
「ホームズさん、あなたの推理だとか推論だとかは実務に向いてないようだ。この2分間に2つも間違いをしましたね。このドレスは絶対フローラ・ミラーに関係してますよ」
as manyはこの場合、先行する数詞と相関的に用いて、「同じ数だけの〜」だそうです。blunderの前のtwoに対応して、as many minutesは2分間、というわけですね。へー🙄
レストレイド警部、ドレスのポケットのカードケースから見つかった手紙を、たたきつけます。
You will see me when all is ready. Come at once.
F. H. M.
「準備万端になったら姿を見せます。すぐに来てください」
レストレイド、得意満面に、セント・サイモン夫人はフローラ・ミラーに誘き出された。このイニシャル入りの手紙で。フローラは共犯者とともに夫人をかどわかした、と考えを語ります。
ホームズはなんの気なく手紙を手に取り、なんとすぐに釘付けとなりました。
ホ「心からおめでとうと言うよ!」
レ「はん、お分かりになりましたか、って、それ裏側ですやん!」
ホ「表はこっちだよ。ホテルの勘定書だし」
レ「アホな。鉛筆で書かれたメモはその反対側ですやんか」
ホ「勘定書のほうがめっちゃ興味深いじゃないか」
レ「意味ありませんて」
ホ「そう見えるかもしらんけど、ごっつ重要やで」
Oct. 4th, rooms 8s., breakfast 2s. 6d., cocktail 1s., lunch 2s. 6d., glass sherry, 8d.
sはシリング、dはペンスですね。私が読んでいる本では1ポンドが約2万4000円、1ポンド=20シリングなので1sは約1200円。1ペニーは約100円だそうです。
ともかく、イニシャルに関しても内容についても大事な手紙なのでホームズは再び賛辞を送ります。
時間をムダにした、自分は暖炉のそばに座って空理空論を考えるより骨の折れる捜査を信じます、どちらが先に事件の真相をつかむのか、すぐに分かるでしょう、と捨てゼリフを残してレストレイドは立ち去りかけます。とまたそういうタイミングでホームズ、
"Just one hint to you, Lestrade, I will tell you the true solution of the matter. Lady St. Simon is a myth. There is not, and there never has been, any such person."
「1つヒントをあげようレストレイド。本当のことだ。セント・サイモン夫人というのは架空の人物なんだ。そんな人は今も居ないし、これまで居たこともないんだよ」
これまた突飛な物言いに、レストレイドはワトスンのほうを向き、指先で額を3回トントンと軽く叩いて首を振りながら出ていきました。なるほど、今回はこういう展開か。皮肉のぶつけ合いで、ホームズの意味の分からない断定に、呆れるキャストたち。
レストレイドが帰った後、ホームズは単独で捜査へ。ベイカー街の部屋に残ったワトスン。するとなんと、料理屋の出前が来て、ヤマシギ、キジ、フォアグラのパイという冷製肉の夕食が5人分もテーブルに並べられました。年代もののワイン付きで料金は支払い済みだとのこと。やがて6時過ぎにホームズが帰ってきました。
すぐに現れたのはセント・サイモン卿でした。かなり動転して、手紙の内容には根拠があるのか、と問いかけ、public slight、公然たる侮辱だ、といきり立つのをホームズが宥めます。まあどういうことなのか分かりませんよね。話を進めましょう。
ベルが鳴り、来訪したのはひと組の男女でした。フランシス・ヘイ・モールトン夫妻。女性は、ハティでした。
At the sight of these newcomers our client had sprung from his seat and stood very erect, with his eyes cast down and his hand thrust into the breast of his frock-coat, a picture of offended dignity. The lady had taken a quick step forward and had held out her hand to him,
ハティを目にした瞬間、サイモン卿は思わず身を起こし立ちつくした。手は上着の胸の辺りに中へ突っ込んだまま、目を伏せていた。傷つけられた威厳、その生の姿だった。ハティは、つとサイモン卿へ歩み寄り、手を差し伸べた。
クライマックスですね。
「怒ってるのね、当然だわ」
「言い訳はよしてくれ」
ひどいことをした、逃げる前に話しておくべきだった、でも動転してしまった。ホームズは席を外そうとしますが、ハティとともに訪れた鋭い顔つきの若者が、その必要はないのではと言い、ハティは事情を話し始めました。
長いのでちょっと急ぎめに。
1884年に出会った2人は婚約していた。フランクとハティの家族は同じ鉱山キャンプにいたがハティの父親が鉱脈を掘り当て財を成したのに対しフランクには運が向かず貧乏だったため父親が2人の結婚を望まず、サンフランシスコへ家を移した。しかし2人は話し合い、極秘理に結婚した。
フランクはそれからもひと山当てようとあちこちの鉱山を渡り歩いた。ある日鉱山キャンプがアパッチインディアンに襲われ、死亡者の欄にフランクの名前があり、音沙汰もなくなったため、想いを残したままではあったが、サイモン卿との結婚に踏み切った。
そしてハティは結婚式の当日、教会の信者席最前列にフランクを見つけたのです。彼は唇に指を当て、その後何か走り書きしているのが見えたのでわざと彼の所でブーケを落とし、手渡す機会を作ったのでした。レストレイドが見せたあのメモですね。
ハティは部屋に戻って腹心のメイドに固く口止めをして外出の準備をしておくよう指示し、朝食会の席へ。窓からフランクが手招きしたのを見て、中座し荷物とコート、ボンネットを持って出て行ったというわけでした。
ハイドパークを歩いているときに知らない女性が来てなんやかやと話しかけてきたが振り切った、フローラ・ミラーのことですね。そしてロンドンの彼の住まいで過ごしていた。これが真相でした。
フランクはアパッチインディアンに囚われたものの脱出、ハティが居るはずのサンフランシスコへ来ましたが彼女はイギリスへ行ってしまっていたので海を渡り追ってきたとのことでした。結婚の報を知り、教会で待ち受けていたのです。
フランクはすべてをオープンにすることを望みましたが、ハティは高級貴族たちを相手にしでかした事の大きさに怯えていた。本当は明日パリへ発つつもりで、だからウェディングドレスも捨てた、と。捨てた場所がややこしく、さらなる疑惑を生んだわけですが笑、そこに詳しい言及はありません。
しかしシャーロック・ホームズが彼らを見つけ、秘密にしていては2人の立場が悪くなるからと説得し、サイモン卿1人と会う機会を作った、というわけでした。
本当にごめんなさい、という言葉にもサイモン卿は頑なな態度を崩しませんでしたが、ハティの求めに応じて、よそよそしく握手すると夕食の席を断って、出て行きました。
まあそりゃそうですよね。私も当然だと思います。
かくして若い夫妻と食事を楽しんだ後、ワトスンに向かい恒例のホームズの種明かし編です。
ハティは結婚に乗り気だった。しかし式のわずか数分後、心変わりをした。ということはその間に何かがあり、誰かの影響があった。彼女はロンドンに来て間もないのでアメリカ人の恋人か、前の夫だ。ここまではサイモン卿と話すまでに分かっていた、とホームズ。
"When he told us of a man in a pew, of the change in the bride's manner, of so transparent a device for obtaining a note as the dropping of a bouquet, of her resort to her confidential maid, and of her very significant allusion to claim-jumping "
「彼が語った信者席の1人の男、そしてその後の新婦の態度の変わり様、ブーケを落とすという、手紙を受け取るための見えすいた仕掛け、心根が通じたメイド、それに、クライム・ジャンピングという重要な言葉」
claim-jumpingとは、先に書いた通り、別のものに優先権があるものを手に入れるという意味で、鉱山の仲間内でよく使われる言い回しでした。つまりアメリカの鉱山に関係があると踏むことができたわけです。ホームズはこれらの要素から、アメリカ時代の恋人が夫と駆け落ちしたと判断したのですね。
どうやって2人を見つけたの?という問い、当然の誘導ですね。ワトスンの役割です。
ここで大きかったのはレストレイドのメモ書き、フランクの準備ができたら姿を見せます、というメモ書きの裏面の勘定書き、
Oct. 4th, rooms 8s.〜glass sherry, 8d.
というやつでした。メモにイニシャルも書いてありましたね、F.H.Mと
つまりホームズはこれを見て1週間以内にフランクはここのホテルに泊まった、しかも部屋代8シリング、グラスシェリーが8ペンスだからそうとう高級なホテルだ、と分かりしらみつぶしに当たったところ2件めのホテルの宿泊者名簿にアメリカ人のFrancis H. Moultonが前日まで宿泊していたのを発見したのでした。しかも手紙の転送先まで記載があったため、2人の居場所を突き止めたのでした。
今だったら民間人には絶対見せてくれませんよね。この時代は警察の捜査手法が確立されていませんでしたし、大らかだった向きもあるでしょう。ホームズは自分の名前と信用を使った可能性もあり、物語だから、ということかもしれません。
まあ最高の結果というわけには行かなかったな。サイモン卿の振る舞いは寛大とは言えなかったよね、とワトスンが言うと、
"perhaps you would not be very gracious either, if, after all the trouble of wooing and wedding, you found yourself deprived in an instant of wife and of fortune. I think that we may judge Lord St. Simon very mercifully"
「まあ誰でもそこまで優しくはなれないだろう。愛と結婚をめぐる面倒な大騒動の後で、一瞬にして新妻と財産がフイになったんだから。セント・サイモン卿はとても情け深かったと思ったほうがいいよ」
そしてホームズは
"for the only problem we have still to solve is how to while away these bleak autumnal evenings."
「残るただ1つの問題は侘しい秋の夜をいかに過ごすかだ」
とヴァイオリン🎻を手に取るのでした。
物語THE ENDです。
いやー原文読みを始めてからはよくあることで、日本語なら意味をとってすぐ読み進めるところを1語残らず考えることで慎重に読みますので、しぜん構成の妙、物語の意味合いも理解が深まるという実感があります。
高位ではあるが貧乏でボンボンの貴族の結婚、その破綻の情けなさ、ウェディングドレスのまま消えた美しい花嫁に悪事の匂い。北アメリカ大陸のゴールドラッシュと社会情勢と人々が何も面白がっていたのか、がよく分かる作品です。結局犯罪はないですし、ホームズの推理も捜査もそこまでダイナミックな味はありません。しかし今回サイモン卿とレストレイドとホームズの関係性、その摩擦はなかなか面白いですし、パッと聞いただけでは、はあ?となるホームズのセリフの連発のパターンもうまく組み立てられているかと思います。
こういうところにドイルの上手さを感じたりするんですよね。
1888年に発生し、ロンドンを震え上がらせたジャック・ザ・リッパー、切り裂きジャック事件を解決できなかった警察機構は、捜査手法がまだ整っていない状態でした。そこへ科学的、合理的な手法で鮮やかに事件を解決するホームズが現れ、大衆に大人気となりました、って名著を深掘りする某番組で解説してました。
ミステリーというよりはやはり物語、しかし社会性と、騎士道精神がありながら、どこか世間を皮肉り、庶民サイドについているようなテイストもウケた原因だろうな、とつくづく思うのです。
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