◼️ カレル・チャペック「白い病」
コロナ禍中、新たに訳出された戯曲。パンデミックの中、医師が特効薬との交換条件として出したものは?
先日「ロボット」を読んで、チャペックで図書館検索したところ2020年発行の今作があり借りてきた。当時はコロナ禍中で時宜を見たのだろう。過ぎ去ったとはいえ世界で多くの人があっという間に死んだ記憶の残滓がうずく気はする。しかしこの劇の大きな1つのコアは戦争と民衆でもある。
世界に<白い病>が蔓延していた。罹患者は50歳以上ばかりで、皮膚に白い斑点が浮かび、かつその部分は大理石のようになにも感じなくなる。次に身体のあちこちが裂けるように傷口が開き、ひどい悪臭がして、やがて腐敗しながら死んでいくという恐ろしい疫病。
ヨーロッパのとある国、政府の枢密顧問官にして大学病院の院長、ジーゲリウス教授のもとに、かつて教授の義父助手だったという、万事控えめなガレーン医師が訪ねてくる。
「私は<白い病>」を治療できます」
大学病院で自分の治療法の臨床試験を行いたいというガレーンに、ジーゲリウスは貧しい者たちの病室担当にする。しかしガレーンは6割は成功しているという薬の調合法を決して誰にも教えようとはしなかった。
裕福な者や権力者を治療しようとしないガレーン。そして詰めかけた記者の前で、世界中の王や統治者に向け、戦争から手を引けば<白い病>の薬を渡すと伝えてほしい、と述べるー。
裕福な社長や独裁者の元帥にも屈しないガレーン。とつとつとした口調で自説を述べる。従軍医師の経験から、銃や毒ガスから人々を守るべき、貧者の方が多く命を落としていると。
戦争が始まり、物語はカタストロフィへ向かう。
歴史的背景には様々考えることがある。この時点で近代にも世界はスペイン風邪というパンデミックを経験していた。1918年から1920年に大流行し、何千万人、1億人以上の死者を出したとも言われる。日本でも39万人が亡くなったとか。ペストの「黒死病」に対し<白い病>というのも興味深い。ちなみにこの翻訳でも<>で囲われているのでそのまま使っている。
人類は「科学の世紀」を経ていた。劇中にも今日の学問や文明はどうなっとるんだ、という台詞がある。
そして〜だから、とも言える〜第一次世界大戦は殺傷能力の高い兵器が登場した初の大規模戦争となり死者が激増した。各国は戦力を増強し、一触即発の時期を迎える。
チャペックは否定しているようだが、この国がナチスドイツを指しているのは明白だろうと思われる。戦争の演説をぶつ元帥に、民衆は熱狂する。
50歳代以上が罹患する病ということで、若者が仕事に就ける機会が増えるという見方、そして死の病に冒されている患者に貧富の差はないのではないか、という問いに背を向け頑として治療しないことは医師ガレーンの原罪、という捉え方も戯曲の要素として面白いと思う。
そもそも戦争とパンデミックという時代を象徴するものであり異質であり似ているようにも見える現象を共存させるところが、只者ではないなと思う。
映画のような結末を迎える物語。話の構成はストレートで、もう少し広がりと展開があっても良かったかもとは思う。コンパクトでブラック、そして考えることの多い作品だ。
チャペックはもう少し読んでみようかな。
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