2022年7月31日日曜日
7月書評の9
みずかめ座δ流星群、ピークがらみの夜が晴れたので、久しぶりにゆっくりと夜空を眺める。夏の大三角形は北へ進み、ペガスス座秋の四辺形、明るい木星、左下に火星、逆側に土星と、さんざめく夜空。
だいたい年間では12月のふたご座流星群と、お盆のペルセウス座流星群とが圧倒的に流れる数が多く時間帯も浅くて観測しやすい。その間にあるちいさな流星群はまあ正直、1個か2個観られれば、という具合。みずがめ座δはペルセウス座流星群の時期を控えているることもあって少し流れる量が多いみたい。月もなく、2日間で5個の戦果は上々。とはいえ合計2時間半ほどの観測時間中、ずーっと見上げているのです。
突然ある点に火が灯ったように輝きが現れ、すーっと流れ消える。ゲットした時、思わず声が出るのは忍耐の時間があるからかも。1日めはマーラーの5番、2日めはチャイコフスキーの5番を聴きながら観てたら、そよ風も吹いて、最後の方は気持ちよくオチてました😅
インターハイ、バスケットは大詰め。女子は東海大福岡が準決勝で名門に僅差で敗れ、男子は福岡第一が今大会台風の目となった藤枝明誠を下して決勝進出。あすは、中部大第一との強豪対決を勝ち抜いた開志国際高と決勝戦。相手は強いけど、持ち前のアジリティーを活かして全国制覇してほしいなと。
それにしても各チームのポイントガードは速くて上手い!PGがこうだとバスケット🏀が面白い。
YouTubeで生配信しているフジロックでかてぃんこと角野隼斗のピアノ🎹ステージを観て聴いて、鎌倉殿が大事にしている鞠に、こないだ「ボールと日本人」という本で見たなあなんて思いつつ、暑っつい週末は過ぎて行くのでありました。
首に巻くタオルに凍った保冷剤仕込んでもまだ暑いっす〜。
◼️ 近藤史恵「みかんとひよどり」
ジビエってそそりますよね〜。
こちらの書評で興味が出て図書館で借りてきた。翌日に書店に行ったら文庫本が発売されていた。タイトルもいいし、ジビエってそそられるものがある。
フレンチシェフの潮田は食材としてのヤマドリを撃とうと愛犬のポインター、ピリカとともに山に入ったものの遭難してしまう。たまたま地元の猟師・大高が通りかかり、潮田は大高の山中の小屋で一夜を明かす。背が高くぶっきらぼうな大高に、焼いた子猪の肉を食べさせてもらった潮田は、食材を譲ってくれるよう頼む。
潮田はフランスでの料理学校で学び当地のレストランでも修行、しかし帰国後は店が成功せずもがいていた。大高に関わり、ジビエ料理を研究することで、少しずつ変わっていく潮田。
大高の家は不審火で焼け、さらに山中で、大高の車を何者かが狙うー。
久しぶりに説明の多い物語を読んだ気がする。今回は猟や銃の所持、獲った野生動物を食用にするための解体、加工のルール。そしてなんといってもジビエ料理、フレンチの料理の種類と実際の調理かなと。
ジビエといえば、最近は会社の近くの小洒落た店に行ったら、きょういいイノシシが入ったんですよ、ということで大いに食べさせてもらったことがある。丹波篠山では牡丹鍋を食べた。あとは北海道の羅臼で食べたヒグマの肉、トドの肉。また海外では鹿が上手かった。九州人だから馬刺しは当然食べる。こちらの地元のレストランで食べたホロホロ鳥も美味しかった。
タイトルにもなっているみかんとひよどり、いいなあ、ぜひ食べてみたいとちょっとよだれ。ジビエはやっぱり魅力的。食欲がそそられる。ちょっと特別感もあるのかなと。クセがあるくらいがちょうどいい。
近藤史恵らしく、清々しい感じにまとめてあり登場人物も魅力がある。ただちょっと未消化な部分が多いかな。大高の過去や猟師という職業への思いはもっと出てしかるべきだと思うし、強烈なキャラのオーナーも接客の若葉もまだまだ活躍の余地がありそうだ。ピリカと、大高の北海道犬・マタベーも。たぶん続編出すくらいじゃないと収まらないかも。
というわけで、続編を期待して待つのでした。どうかなあ笑
◼️ エルンスト・テオドール・アマデウス・ホフマン「砂男/クレスペル顧問官」
サイコホラーの元祖?コワイ話は世界的にもウケるんだなと。
夏のホラーもの特集みたいになったラインナップ3作め。「くるみ割り人形」などの著者ホフマンの、広く知られた物語集。「くるみ割り人形」もかなり不気味な面はあるけれど、こちらはまさにホラーですね。
幼いナターナエルは早く寝ないと、砂を目にかけて、早く寝ない子どもの顔に砂をかけた上、目玉を奪っていく砂男の話を聞かされ、強く印象に残る。時折父を訪ねてくる不気味な老弁護士のコッペリウスを砂男だと思い込んだナターナエルはある日隠れているのを見つかり、コッペリウスにひどい目にあわされる。
やがてコッペリウスと父が書斎で行っていた怪しい作業で爆発が起こり父は死ぬ。
成長したナターナエルは離れた都市での学業に励み、故郷には愛する恋人クララがいた。しかしコッペリウスに似たコッポラという晴雨計売りが下宿に現れるようになり、ナタナーエルを悩ませ、精神を狂わせていく。
やがてナターナエルは教授の娘、オリンピアを、コッポラから買った望遠鏡で眺めるうちに、激しく想いを寄せるようになる。オリンピアは言葉こそ発しないが、まんざらでもないように思え、ナタナエルはついには求婚する決意を固める。しかしー。(砂男)
1817年に発表された「砂男」のほか、「クレスペル顧問官」「大晦日の夜の冒険」が収録されている。オペラ化もされており、大変有名な作品たちとのこと。
悪魔のようなコッペリウス、善良な人間を狂わせ、どこまでもつきまとう同じような存在は「大晦日」にも出てくる。コワイですよね〜。ホラーにおける、本質的な恐怖だなと感じる。
鏡に映らない、人形、影がない、音楽、ダンス、異形の者に、異界を思わせる実験、そして、目玉ー。すべてが説明されるわけではない。文化や価値観、技術の進歩も含んだ暗さ。
いずれも長い話ではないが、たくさんの要素が詰まっていて、異常、正常を支えている柱がぐらついた感覚にいざなう。止まらない、止められない。
体系的な知識ではないが、童話を読んでいても、ヨーロッパでは人喰い鬼、トロルといったゴツく荒い怪物が多いなという気がする。「砂男」はある意味きっかけで、その伝説を活かして、うまく恐ろしい話としている。
「山の怪談」「白昼夢の森の少女」と日本の現近代、未来、そして200年前のヨーロッパと読んできて、どこかしら共通したことも感じたのでした。
ホフマンは影響力の強い人らしく、シューマンの曲のタイトルになった「クライスレリアーナ」も書いている。いつか読んでみよう。
2022年7月25日月曜日
7月書評の8
私も特にコンクール1次のノクターンには感銘を受けていたので興味津々。
ベートーヴェン「熱情」
ラフマニノフ「楽興の詩」
ショパン「24の前奏曲」
というプログラムでした。
意外だったのが、しゃべりがおもしろいこと。マイクを握り、ちょっと早口なそのトークで何回もウケをとっていました。私も思わずはははっと声を出して笑いました。
熱を込めたプレリュードの後、アンコールはまず
ショパン 子守唄
コンクールの演奏を聴いていて思わず唸ったのは、彼独特の甘さ、柔らかさ。生演奏でも感じられました。いや、シロートですけどね。。
アンコール2曲めは「英雄ポロネーズ 」颯爽、敢然とステージを締めくくり、スタンディングオベーションのファンもいて、喝采を浴びていました。まだ学生ながら、見事なコンサートピアニストっぷりでした。
京橋で串カツ、帰宅したら土用の丑の日、うなぎだった。この土日はひさびさにいい天気で、湿度が低く風もあるので涼しめ。星もよく見える。写真中央の光は甲子園球場。
気がつけば盛夏もいいとこ。いまホラー読んでます笑。コロナが早く頭を打ちますように。
◼️ 恒川光太郎「白昼夢の森の少女」
ワクワク、ゾワっとする、広がりが見えた短編集。
夏のホラーもの第2弾は恒川光太郎。「夜市」「金色の獣、彼方に向かう」を読んだきりでしばらく手にしてなかった。当時の特徴は「いつのまにかページ数が進んでいる不思議な作品」。えっこんなに読んだのか、と思う。内容もおもしろくて怖い。けども、どうも広がりに欠けて、続けて手には取らないかも、というややマイナスめの印象だった。
それがまた、東京圏破壊ものはあるわ(焼け野原コンティニュー)、蔦の森に人間が絡め取られ、独特の考え方をする集団になるわ(白昼夢の森の少女)、時代と地域を超える船は飛ぶわ(銀の船)、ものすごくSFのほうに振れた設定の作品が多くなっていて、読んでいてさあどうなるのか?というワクワク感がとても強い状態で読み進む。
書評を見かけたのをきっかけにひさびさに読んでみた。あちこちの雑誌に書いたもの、またアンソロジーに収録された作品を集めたものらしい。雑誌からはテーマと枚数の条件がつくのが普通とのこと。ページ数も長いもの、ごく短いものとさまざま。ライトな篇あり、設定に凝った、考えさせられる篇ありと楽しめる。寄せ集めるとまた別の楽しみが増すということだろうか。当時に比べて作品数をこなし、幅が広がったということだろうか。どちらにしてもこれほどとは思わなかった。
既読ページ数に加速度がつくことは変わらない。どこかなげやりなテイストも同じだなと。
ありそうなパターン、でもやっぱり怖い「傀儡の路地」、先が読みたくなったり、ネタバラシは後、逆さまの状況を楽しむ「平成最後のおとしおな」、また最も特殊なベースの「夕闇地蔵」など最後まで楽しめる。
これは、傑作ではないだろうか?^_^
◼️ 岡本綺堂他「山の怪談」
独り歩きや、行きあう見知らぬ人が、怖くなる。
とても蒸し暑い日が続く中、週末に入手した本が、気がついたら全部妖し怪し系だった。まあちょっと読んでみる季節かなと。
序盤は山の怪異の研究。伝説や聞き取りをもとに天狗や貉が化かすこと、さまざまな怪物について分析する。私の郷里福岡の八女には、山中で人をオラビ殺す「ヤマオラビ」の伝説があるという。おらぶ、は叫ぶ、大声を出す、という意味の方言だ。
アルプスで最良の案内人だと評判の良い男は、空を飛ぶ天狗を確かに見たと言っているそうだ。
「空に奇声をきき、疾風が急に起った。凄まじい羽音と光明の中を「クワッ、クワッ」という鳴き声がした。人々は戦慄してうずくまったが、自分はハッキリと見た。顔面は蒼白であって嘴の鋭い、射るが如き眼光をもつ天狗であった」
同行数人のうち天狗を見たのは彼1人。しかし彼は真面目に語ったという。ぞくぞくしますねー。これは大正15年に聞いた話だとのことで総じてこのパートは古い。でもだからこそ、怪異が確かに存在していたのを助長する。ただのセピア色の時代的効果だけでなく、まだ適切な形で有った、という印象も感じる。
次は物語パートで小泉八雲、岡本綺堂、志賀直哉らの小品が並んでいる。実は御大たちの作品よりも、尼僧1人の山寺に一夜の宿を頼む駆け落ち男女の話、平山蘆江「天井の怪」、やはり山に迷った男が奥深い地にある女独り暮らしの小屋に泊まる「山女」などがおもしろかったかな。
そして、本当にあった話、と思われる、本格的な登山をする文筆家の怪奇話。やはり用語が専門的で、新田次郎の小説を思い出す。この中ではやはり、北穂高への登山途中に軽装すぎる女と出会う沢野ひとし「縦走路の女」。オチが怖い。
前半は少しまだるっこしい感じがしたが、物語に入ってからはスラスラと進んだ。やはり、誰もいないはずの山で妙な音がしたり、変な現象があったり、山で出逢った見知らぬ人が不気味な行動をしたり、まして死んだりする話を読むと、生活の中で人気のない道を歩く時、そんなところで見知らぬ人に会ったとき、さまざま想像して、ちょっと怖くなる。
私がこれまで聞いて読んで怖かったのは、次のような話。2人の男が冬山登山で吹雪に遭い、山小屋に辿り着くが火の気も食糧もなく寝袋に入って震えているしかなかった。ある夜片方の男 Aが、「呼んでいる・・行かなければ」と相棒Bが止めるのも聞かずに猛吹雪の中を外に出て行った。 Aは2日2晩帰って来なかった。3回目の深夜、寝袋でじっとしていふBが、何かの音を聞きつけて窓の方を向くと、暗闇に、 Aの青白い顔が浮かんでいた。Bはあまりの恐怖に凍りついた。ハッと隣を見ると、凍死した Aが寝袋に寝ていた。翌朝吹雪がやみ、Bは救助されたが前後不覚の状態だったというー
これは小学生の頃、子供向け雑誌の怪談特集で読んだお話。吹雪の小屋で電灯もなく空腹で死はすぐそこにある。とてつもない孤独な時にそんな怪異に遭ったらどうなるか、想像するだに怖かった。
今回このタイトルに読む気を喚起されたのも、この話が心に残ってたからかも、と思ったりする。
そこそこ楽しめた本だった。
7月書評の7
人気の絵本作家、イラストレーター、ヨシタケシンスケの展覧会に行ってきました。
つい最近まで知らなかったんだけども、友人に話を聞き本屋図書館でも人気のほどを確認、がぜん興味が。先の3連休では長い行列ができるほどの人気、平日午後で1時間後入場の整理券でした。
「りんごかもしれない」などで発想絵本を展開。絵は特に凝っておらずアイディア勝負。「りんご」や「りゆうがあります」などおもしろい。受付けから写真の遊び方で、オブジェ、アイディアスケッチ、造形など豊富な展示物がうまく配置され、とにかく楽しませようという意図に溢れている。
会場は女性とお子さまばかりで、みな本当に熱心に観てました。写真OKなのでこちらもテンション上がって撮りまくってしまいました。
大判の紙に描かれたアイディアスケッチは絵本作品の流れに沿って何枚もあり、一部の作品は読み下しました。全部読むと時間がかかりそうだけどそれも楽しそう。
売店で買ってきた本と絵はがき。「あるかしら書店」は絵本というよりは絵入りの書籍らしい。楽しみ。ひさびさに、もう1回行こうかな〜という展覧会でした。今度はマグカップ買ってしまうかもしれない。
◼️ 北村薫「中野のお父さんは謎を解くか」
文学探偵、リテラリー・デテクティブ。好きよねえ、というネタが今回も炸裂。
北村薫といえば、推理小説、というイメージもある。私的には「円紫さんと私」シリーズで、日常に潜む深い謎、そして文芸的な謎、を解く楽しみを知った作家さん。さらにその向きが強い中野のお父さんシリーズ第2弾。
大学までバスケットボールの強豪チームに在籍した美希は某出版社の編集者。著名な作家さんとの仕事や、関係者とのやりとりの中で不思議な現象やちょっとした謎に突き当たる。そんな時頼りにするのが中野の実家にいる、もと国語教師のお父さん。文芸オタクで何でも知ってるお父さんは、今回も謎をスラスラと解いてゆくー。
入っているはずの特典映像がなかったのはなぜなのか、はたまた、病に倒れた夫が一命を取り留めた時、付き添った妻にキミはキュウリだな、となぜ言ったのかー。
ちょっとややこしすぎるかな、というネタもなくはないが、お父さんに、いや分身の北村薫に解題してもらうと、不思議と腑に落ちる感覚がある。
おもしろかったのが芥川龍之介「春の盗賊」に出てくる
「やって来たのは、ガスコン兵」
のガスコン兵ってなに?という謎。この短編は読んで書評も書いた。太宰は忍び込んできた泥棒の手を握り、頬ずりしたくなる衝動を覚えたと書いていて、さすがになんでやねん!とツッコみたくなる。まるで吉本新喜劇で、独特のコミカルな作品。
その中で調子良く、上のフレーズが出てくるのだが、探しても注釈が出てこないらしい。どうやら大きなブームを巻き起こした物語に関係があるようだ。私はかつてネタの映画を観て、今でもシーンが思い浮かぶくらい印象深かったので、結末が心のいいところに落ちて嬉しかった。
尾崎紅葉が亡くなった際の2人の弟子、泉鏡花と徳田秋声のエピソード話も楽しい。いかんなく文学探偵ぶりが発揮されている。小ネタの、鮎川哲也のペンネームには思わずニヤリとしてしまった。
美希を取り巻く同僚や同業者は魅力的で、やっぱり体育会系の美希の仕事ぶりも読んでいて清々しさがある。バスケット好きの私には田臥勇太のノールックパス、が出て来たのも良かった。
さて、すでに大作家の風情ある著者、リテラリー・デテクティブものも好きでよく読んでいる。編集者ものが多いのも特徴かと思える。私的には、もう1回、文学探偵にもういくつかプラスアルファを載せた、これだーという大作を読みたい気がしている。
どうかな?なんにしろまだまだ唸らせてもらうことを楽しみにしている。
でもなんでこのタイトル、謎を解くか、なんだろう。どこかに引っ掛けてて、読み逃してるのかなと不安になったりする。
◼️ 甲斐みのり
「歩いて、食べる 京都のおいしい名建築散歩」
京都の街並みに、時に違和感をもって現れるモダン建築の意味が分かる。
同タイトルの東京版の著者が、若い頃暮らした京都を題材に近代建築とひと味を紹介したもの。建築、スイーツなど私の関心のバスケットをスリーポイントシュートで射抜いた感じだった・・ムリあったかな。バスケ好き、いま日本代表のアジアカップを応援する日々なのです。
さて、私は長年関西に住みながら京都はシロートさんで、ちょいちょい美術展には行っていたけどもあまり地理も覚えず、ゆっくり楽しむこともなく、だった。それがコロナ2年前くらいに立て続けにお客さんを案内する件があり、急速に関心を高めて今に至る。
で、よく観察するようになってみると、四条河原町や祇園あたりに見かけるモダン建築が、平安時代や室町時代のイメージからは異質な感があった。
この本には、四条河原町のランドマーク東華菜館や対岸のレストラン菊水、祇園にある、船をイメージして設計された「ぎおん石」のビルなども解説してあって、謎が解けた笑。まあそりゃ文明開化の波は京都にも来るし、近代建築物も建つよね。それなりに歴史があった。
東華菜館は阪神間にも多く作品を残すウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計だそうで、がぜん興味が湧いてきた。これは一度食べに行かねば。スパニッシュ・バロック様式だそうで、ここは関西学院大学などをスパニッシュ・ミッション、つまりカトリックの修道院風に設計したヴォーリズの方式にも関係しているのだろうか。
このへん、森見登美彦の小説に出てくるような、古都の妖しい?モダン風味が味わえるような気もする。レストラン菊水のプリンローヤル、プリン、フルーツ、アイスクリーム、ホイップクリームが踊る盛り付けが美味しそう。ぎおん石喫茶室の、目の覚めるような酸味があるというレモンゼリーも舌がうずく。
ほか、平安神宮近く、京都の文化ゾーンで私もよく行く岡崎公園から、新装なった京都市京セラ美術館、一度劇場に入ってみたいロームシアター京都が紹介されている。どちらもカフェレストランは行ったことないし、あまりゆったりしたことがないので、次は建築のほうもゆっくり堪能して、ロームシアターの広いレストラン、京都モダンテラスでスイーツ食べようかという気になる。
表紙のクリームソーダは烏丸の、歴史ある小学校を改築した京都芸術センター、喫茶店チェリーのクリームソーダ。烏丸線と東西線が交差する烏丸御池あたりには、これも新装でおしゃれになった新風館。先日行ってきた。新風館のアーティスティックなエースホテル。泊まってみたい・・。ちなみに新風館の店舗たちの中には、本屋と野菜販売とレストランをミックスさせた楽しい店もあります。
同じく烏丸御池、元は日銀京都支店、東京駅丸ノ内本屋を設計した辰野金吾が手がけた。いまは京都文化博物館。元金庫室、分厚い扉を開けて入る喫茶でのウインナーコーヒーに、コーヒーゼリー、クッキー、カプチーノソフト、バニラアイスのミニパフェも良さそうだ。
近くの元島津製作所、フォーチュンガーデン京都の蛇腹扉のエレベーターも乗ってみたい。また出町柳の、フランスと関西の架け橋、アンステイチュ、・フランセ関西は、映画にもなったロダンの女性の弟子、カミーユ・クローデルの弟ポール大使が深く関わり、カミーユが作ったポールの銅像がある。この白亜の洋館もぜひ訪ねてみたい。
七条の開化堂カフェ、金閣寺へ向かう途中のお気に入りエリア紫野にあるさらさ西陣も行きたい。
この本はやばい。いっそ1時間くらいで行けちゃう京都に1週間くらい泊まり込んで極めようか、なんて考えてしまうのでした。
2022年7月17日日曜日
7月書評の6
「バック・トゥ・ザ・フューチャー」PART3までまた完走中。何回めかな。やっぱよくできてるわ。息子とあれこれ言いながら観るのが楽しい。金曜は分かんないながら「キングダム」観た。
バスケットボールアジアカップはアジアカップ代表にはディフェンスがよくてシュートを打て、走れるメンバーが集まっていて、カザフスタン、シリアに連勝。シリア戦はスリーポイントの確率が50%を超え、大量117点を奪った。
スリーポイントに関してはオリンピックの女子代表を見ているよう。やっと戦術が見えるレベルに来た感じ。グループリーグ3戦め、日本より世界ランクの高いイラン戦は、現在地を知る試金石やね。きょうの結果は見ずに深夜の録画放送をみようかと構えている。
決勝トーナメントにはワールドカップ予選で大敗している中国、オーストラリア、さらにフィリピンという強豪が出てくる。厳しい試合でもスリー決めなければ。PGはもはや重鎮の富樫、サイズがあり、強気でペイントアタックをするテーブス海、そして入ると全体のプレースピードが上がる河村といい噛み合わせだ。
バスケ沼部は福岡第一出身で初代表、才能が形となって花開き始めた河村勇輝応援団。がんばれ、日本、がんばれ、河村。
◼️ ヨシタケシンスケ「りんごかもしれない」
りんごひとつ、テーブル。そこから想像が広がる。
友人との会話から人気のほどを知ったヨシタケシンスケ。近くで開催された展覧会に行く前に予習、と目を通してみた。
男の子が学校から帰ってきて、食卓の上にりんごが置いてある、だけ。しかし男の子は
「もしかした、これはりんごじゃないのかもしれない」と、どんどんと想像を膨らませます。
ほかの果物かもしれない、皮だけなのかもしれない、中はメカなのかも、さらには宇宙人なのかも、ひょっとして別のものに育つかも?
イメージは果てなく多く大きく広がる。何度発送を変えても、どれだけ発展させて行ってもOKだ、という気にさせる。
絵は太めの線で、グラデーションや強烈な色使いなどはなく単色の組み合わせ。複雑な模様や表情はなく、主人公の男の子の髪の毛はチョンチョンチョンと3本。発想、アタマで勝負?
著者はツクバの院卒で造形を専門的に学んだイラストレーターさん。この本は著者初のオリジナル絵本だそうでいくつもの賞を獲得、「発想絵本」というジャンルを切り拓くきっかけとなった作品のようだ。
ストーリーとてないが、最後は、現実の光景に戻って、少年はりんごを食べて、こちらはどこかホッとする。イマジネーションはひきもきらない。じっと見ていると変な感じがしてくるし、もっと考えたくもなる。当たっている光や細かい凹凸や色つや汚れ、陰なんかも細かく観察してスケッチなぞしたくなる。
図書館で検索したらけっこうな貸出中の数、本屋に行くとコーナーの面積が広くてびっくり。こういった知らなかった要素は少しでも新しく取り入れたくなる。も少し作品も読んで、展覧会行ってみようかな。
◼️ 佐野史郎「まどのそと」
えほんのカタカタカタ・・という音が太宰治に聴こえたりする。
怪談えほんシリーズの1つ。俳優の佐野史郎氏の作品。さてどんなんかな、と読んでみた。
絵は抽象と具象の間、だろうか。窓がカタカタ鳴っている。しかし外の緑は揺らいでない、ニュースでは火山の爆発。夜起きて窓を見る恐怖ー。
子どもの頃、「小学◯年生」の付録読み物なんかで、夜起きると枕元に女の人の幽霊が立っていた、とか、トイレの鏡に人の顔が映っていた、なんて体験談を読んで怖がって、いま思うと喜んでもいた。またそれがお寺に泊まったり、古い日本家屋での話だったりするのが怖さをいや増していた。一番怖かったのは山で遭難してパートナーが凍死、山小屋の窓から亡くなった人が覗き込んでた、という雪山のエピソードだったかな。
いま読んでもなんともなく、むしろカタカタ、という音がなにか得体の知れないものの予感のように思え、太宰治の「トカトントン」を思い出したりする。
夜起きて、皆が眠っていて、シンと静まり返った中でカタカタと鳴る窓をのぞき込むー。
子どもにとってはやっぱり、根源的に怖い、という感覚の琴線に触れるんだろうなと、想い出した気がした。
2022年7月16日土曜日
7月書評の5
トーシロさんだから他をあまりじっくり見たわけではないが、それでも深みを感じさせる。清水寺近くの記念館に早く行ってみたい。
◼️ 泉鏡花「外科室」
わ、分からなかった。色彩と妖しさ、悲恋。
1895年、明治28年、泉鏡花初期の傑作だということで興味を持っていた。泉鏡花は独特の表現にだいぶ慣れたつもりだったが、一読では分からなかった。すみません笑
貴船伯爵夫人の手術が行われる。病院には伯爵をはじめ華族の関係者が多数いる。語りは執刀する高峰医学士の友人の画家。無理を入って手術室に入れてもらった。
夫人は麻酔を嫌がる。眠った時に無意識に口にすることを聞かれなくないから、麻酔無しで手術をしてくれと。聞き分けのない夫人、高峰はついに麻酔のないままメスを入れる。
「痛みますか」
高峰の問いに
「いいえ、あなただから、あなただから」
さらに夫人は
「でもあなたは、あなたは、私を知りますまい!」
夫人は突然メスを持った高峰の手を握り、自分の胸を切り裂く。高嶺は蒼白になりつつも
「忘れません」
その言葉を聞いて
伯爵夫人はうれしげに、いとあどけなき微笑
(えみ)を含みて
死んだのだった。
実は2人は9年前にすれ違い、互いを見初めていた。夫人は嫁に入り、高峰は身を固めてもよい年齢だったが独身を貫いていた。
そして手術の日、高峰もまた死んだー。
恋愛と結婚の考え方、身分違いの、相思相愛。初めての触れ合いが手術だった。夫人が恐れたうわ言は高峰医師のことだったんですね。
後段は9年前のすれ違いの情景、高峰と画家はあれこれと女性談義をします。手術前とその最中の夫人は妙に感情的で、いきなり「あなただから」と言い出したり、果ては自分を刺したりするので、なにかあるとは思いつつ、また後段はその関係を表すものとは予想しつつ、後段の会話がけっこうバンカラっぽくて、想いを表すこれだ!という言葉も見出せず、結局つかめませんでした。高峰が死んだのもたった一文。webで解説を見て、えっという感じでした。
白衣に血潮、そして分からないながら惹かれたのは手術が始まった時の会話の直後、
「夫人が蒼白なる両の頬に刷けるがごとき紅を潮しつ」
でした。相変わらず色彩の使い方、対比が上手い。この表現は好きだなあ。2人が出会った時は藤色をイメージ色として用いている、と思います。
うーむ、読み返してみると、そこかしこに2人が意識し合っている描写が読み取れる。少しぼっとしてしまったか、明治期の口語と古語が混ざった文章の解読に意識が行ってしまったか。
社会を反映する身分違いの悲恋が読者の心をつかんだのか。少し樋口一葉「たけくらべ」をも思い出しました。
同時期の「夜行巡査」も読んでみよう。泉鏡花まだまだ習い始め。
◼️ ベルトルト・ブレヒト「ガリレオの人生」
最後の場面の抑えたセリフが葛藤を伝える。
小学生の時の担任で理科クラブの顧問の先生が、昔、
ガリレオはね、教会が地動説を認めずに有罪を宣告されて、誤りだったと言わされたけど、その後、
「それでも、地球は回っているんだ・・!」
ってつぶやいたとよ、と授業で教えてくれてから、私の中でガリレオは不動のヒーローだ。ピサの斜塔のエピソードといい、望遠鏡による観測で天文学の扉を開いたことといい、某科学探偵の名前にもなっているし、ガリレオ・ガリレイは世界のヒーローではないだろうか。
この戯曲は、ガリレオ先生の40代から晩年まで。身の回りの世話をするおかみさんの息子アンドレアを相手に天球儀で、地球を中心として、その周りには何層にも透明の殻があり、太陽や星たちはそこにくっついていて、地球の周りを回っているという当時の学説を説明している場面から始まる。ガリレオは、すでにして高名な学者だった。
アリストテレス以来の、地球が宇宙の中心、すべての中心、という価値観に基づいて教会、キリスト教の概念も作られていた。
ガリレオは教えを乞うてきたオランダの青年から望遠鏡のことを聞き、自作してさまざまな観測を行う。月や金星は自分で光を出しているのではないことや星雲や天の川が星の集積であること、木星と4つの、いわゆるガリレオ衛星の発見。
しかしフィレンツェの学者は望遠鏡を覗こうともしない。ヴァチカン教皇庁がガリレオの発見を確認したものの、コペルニクスの地動説が禁書目録に載せられたもあり、いったんは活動を自粛する。
ペスト流行の中、ガリレオの世話のために逃げず残ったおかみさんが倒れたり、食糧不足を経験しても、太陽黒点の研究の再開で娘ヴィルジーニアの婚約がフイになっても、ガリレオはなりふりかまわず、科学者である新しい教皇が即位したことで勇気づけられ、活動を再開する。
ガリレオの学説は評判となり、瓦版や大道演歌師などにより民衆にも広まり、カーニバルの出し物にもなっていた。
しかし・・、またも異端審問裁判所はガリレオに有罪の判決を下す。成長したアンドレアら弟子たちは、例え暴力に遭ってもガリレオは自説を曲げまいと信じたが、誤りを認め、異端の教えを放棄したことで失望し、去っていく。
ドタバタとした舞台らしい動きを見せながらも、ストーリーは史実に沿って進む。
そして月日が経ち、年老いたガリレオのもとを久しぶりにアンドレアが訪れる。異端審問所に厳しく監視される身の上ながら、隠れて書き上げた「新科学対話(ウィスコルシ)」をアンドレアにそっと手渡すー。
突っ走るキャラのガリレオ。巷に二束三文で出回っているのを知りながら、望遠鏡を高値で大学や評議会に売りつけたり(もちろん世間のものよりはるかに高性能だったのだが)、自説の証明を広く認めてもらうために、友人の忠告を聞かずに宗教の力が強いフィレンツェにわざわざ引っ越したり、太陽黒点の研究を再開するのなら結婚できない、とヴィルジーニアの婚約を盾に迫られても
「私には、知らなきゃならんことがあるんだよ」
と意にも介さない。有り余る才能が、走り出さずにいられない、という感じだ。
おかみさんは現実派。ヴェネツィアからフィレンツェまで一緒に来て、ガリレオには騒動を巻き起さずに、教会に逆らわないでほしいとずっと思っている。しかしガリレオのことをほっておけない。娘ヴィルジーニアにはガリレオは学問を教えない。ずっとほわっとしているキャラ。新しい教皇ウルバヌス8世はガリレオと言葉を交わしたこともある科学者で、ガリレオを保護しようとするものの異端審問所の長官に詰め寄られ、結局は押し切れないという弱腰を見せる。
ストーリーとしては山あり谷あり、しかし変わった部分はあり、ちょっと極端にした伝記のような感じだ。
「新科学対話(ウィスコルシ)」を手渡されたアンドレアはやはり先生は偉大だ!ただ屈していたわけではなかったんだ、という態度を取るが、ガリレオは述べる。たんたんと。私が自説を撤回したのはなんらかの計画があったわけではなく、肉体的な苦痛が怖かったからだ、と。
「私は自分の職業を裏切ったのだ。私のようなことをする人間は、科学者の列には入れてもらえないのだ」
長く断絶していたかつての熱心な弟子に、とつとつと語るガリレオ。最後はドラマティックでもなんでもない。でも、このシーンは迫力と落ち着き、大人の風情を持って響いた。
この戯曲の結末が、感情を抑えたやりとりで良かったと思う。説得力が増しているような気がする。象徴的な物語、伝説である。
ガリレオ著作で以前読んだ「星界の報告」をまた読みたくなってきた。
ブレヒトは時代の寵児だったアインシュタインの生涯を書き始めようとしてその死により中断されたとか。そちらも読みたかった。永久にムリだけど。
興味深くないことはなかったが、解説が長すぎ。しかもちと専門分野に入り込みすぎで読みにくかった。
7月書評の4
雨がちで蒸し暑い。寝つきが悪く寝不足ぎみ。
◼️ ロバート・ルイス・スティーヴンスン「宝島」
荒くれ海賊バッカニアもの。予定調和でもあるけど、やっぱりおもしろい。
内容に繋がりがあるわけじゃないけども、直木賞の真藤順丈「宝島」を読んでからなんとなく気に掛かっていた。また「ジキルとハイド」と並ぶ、著者の代表作という点にも興味を惹かれ、いつか読もうと思っていたら、図書館でたまたま目に入った。
解説の推定によれば1760年代ごろのイギリス南部の海岸近くにある「ベンバウ提督亭」に年老いた荒くれの船乗りが長逗留する。この宿屋兼酒場の息子・ジムは、自分のことは船長と呼べ、というこの男に一本足の船乗りが来たらすぐに知らせろ、と頼まれる。
やがてこの船長は襲撃を受けて死ぬ。ジムと母親は彼が大事にしていた箱の中から、たまっていた宿代分の金と、そこにあった油布の包みを持って逃げる。
油布の包みは、海賊フリントが宝を隠した島の地図だった。ジムは、医師のリヴシー先生と郷士トリローニに一部始終を話し、トリローニが宝島へ向かうためスクーナー船を手配する。ジムも同行する。船長をはじめとする船員も雇われた。その中で、気のいいコックのシルヴァーは片足だった。ジムはシルヴァーが反乱の計画を立てているのを隠れて聞いてしまうー。
バッカニアというのは、海の掠奪に従事する海賊の男たちのことで、この物語は宝を探すスリルというよりは、バッカニアとジムたちの戦いを描いたもの。裏切り、殺人、罵り言葉、銃、ナイフ・・なかなか血なまぐさい。ジムは何度も冒険的な単独行動をし、窮地に陥り、最後は成功する。
バッカニアたちの、ラム酒でひたすら酔っぱらって口汚い言葉で馬鹿騒ぎをするという面ばかりでなく、船長といえども船員たちから総スカンにされれば命の危険もあることから気を遣ったり引き締めたり強い罵り言葉で従わせたりし、立場が弱くなったら生き残るためにあからさまな面従腹背をする姿も描き出される。
劇中、助けられたにも拘らずジムを殺そうとするバッカニアの台詞。
「おめえに言っといてやるが、善良だからっていい目にあったなんて話はからっきしなかった。最初に殴り込みをかけた奴が勝ちだ。死人は嚙みつきゃしねえっていうのが俺の意見だ。アーメン、それでいいのさ」
ピンチの後優位に立ったジムはそれに対して
「脳天をぶち抜くよ!死人は嚙まないってたねえ」と返す。
人が簡単に死ぬのもまあ、冒険ものだし特段の暗さは感じない。物語なのは分かっているが、少年ながらなんちゅうセリフと笑ってしまう。
海賊もの、最近の映画は観てないし、マンガも読んでない。1992年にコロンブスがアメリカ大陸を見つけてから500年ということでコロンブスの映画が2本別々に作られた。どちらもあんまり面白くはなかった笑。その中で、コロンブスの言う通りに進んでも大陸なんてないじゃないか、と船員たちの反乱が起きる。処刑されようとするその時、船を進ませる良い風が吹き、コロンブスは助かる、というシーンがあったなと思い出す。
シャーロック・ホームズにも護送船の囚人たちが反乱を起こす話があり、なかなか残酷。船に反乱、生臭さ、残酷さはついて回る気もする。
小さい頃、父親が買い与えてくれた児童小説は「無人島の三少年」という本で、繰り返し読んだ。いちばん年下の少年が拐われて?仲間のもとに帰らせてくれ、と言い、船長が残念ながらもう8マイルは離れている、泳いで帰るかね?と笑うシーンがあった。あれは海賊だったかどうだったか。その時マイルという単位を調べていまだに覚えている。後になぜ「十五少年漂流記」でも「宝島」でもなくこのマイナーな本だったんだろうと考え込んだこともあった。
まあやはり主人公・ジムの単独の冒険に特化されているので、島で暮らしていたベン・ガンや金持ちの郷士トリローニさんはいまいち目立たず、シルヴァーのアクがかなり強くなっている。とはいえシルヴァーもなんか初めの方の船長なんかにキャラが被る。まあまじめに考えてみるとそうだ。
とはいえ、1883年に発表された著者初の長編小説、やっぱりおもしろい。バッカニアの強調は、ヴィクトリア朝の繁栄のもと、世界航海の時代の人々の心を刺激したのか、巷でよく聞く海賊の話が興味を惹いたのか。
いろいろ批判もあって、連載から単行本化するとき、スティーヴンスンはシルヴァーの汚い言葉を標準英語にしたり、リヴシー医師の罵り言葉を削ったり、設定を工夫したりといった改訂を余儀なくされたとか。
スティーブンスンと同時代人ドイルの「ロストワールド」も後世に影響を与えた。「宝島」は1つのメルクマール的な船乗り冒険ものではないだろうか。
どうやら宝島はカリブ海のヴァージン諸島あたりらしい。西インド諸島にも近く、やはりコロンブスを思い出すかな。
◼️ 「近松門左衛門」
人形浄瑠璃の代表作にふれる。
近松門左衛門や井原西鶴はあまり読んでなく、いつかと思っていて今回ビギナーズ・クラシックを手にした。
「出世景清」「曽根崎心中」「用明天皇職人鑑」「けいせい反魂香」「国性爺合戦」
のあらすじとクライマックスの文章、現代語訳、解説が収録されている。時代はさまざま。「出世景清」は源平合戦、用明天皇は聖徳太子のお父さんだから飛鳥時代、「国性爺合戦」は明の復興に力を尽くすから江戸時代、でいいのかな。時代ものはなじみやすく、また「曽根崎心中」のような世の中の事件を題材にする世話ものも評判になりそう。歴史もの、はちょっとだけシェイクスピアを思い出す。
「けいせい反魂香」は狩野元信150回忌を当て込んだ興行だったらしい。敵役の長谷川雲谷は等伯かな、と思う。この話の最後の方には女の幽霊が出てくる。なにか演出に工夫があったのだろうかと想像する。
「国性爺合戦」は長崎・平戸から唐土へと渡り明の復興を目指す国性爺鄭成功、スケールの大きい物語。虎は暴れるし、軍勢が押し寄せても鄭成功は人も馬もちぎっては投げちぎっては投げ、大した迫力だ。
近松は読むのではなく、その真実を聴くもの、と「はじめに」にある。興業としては当然だけれども、当てなければ意味がない。言葉には大いに気を使っているし、おそらく舞台映えするよう、愁嘆場も命のやりとりをする場面も大がかりだ。なんで身分のありそうな人の娘がここまでの遊女に身を落とす?とかなぜにすぐ命がかかる?なんで思うけれども、そこは脚本上のギミックに観客が陶酔するのか、世話ものに見られる生死の思わぬ近さを実感するのか。
大島真寿美の直木賞作品「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」を読んで、浄瑠璃、歌舞伎ほかの演目は過去やその時代の作品を手直ししたり、エピソードの一部を持ってきたりして出し物にする、というのが分かった。今回読んだ物語も、定番化したり、時には形を変えて演じられ続け、歴史に残ってきたのだろう。
当てなければならない、不入りは物理的に悪影響も出て、嫌な雰囲気も広がる。人気を出すための工夫を見るのもなかなか楽しい。元の話や発想の種を知ることには興趣が尽きない。上方文化、関西、畿内が舞台のものも多いし。まあ能の謡の話が好みかなと。
ビギナーズ・クラシックシリーズは大いに活用させてもらっている。本によっては、明るい雰囲気で、必要なものを順序づけて分かりやすく流れるように作っているものもある。喜んで理解させてくれようとしているのを感じる。今回に関しては正直、文章も上手いとは言えないし、どうも作り方も、解説の方法もやや雑で腑に落ちなかったか。
読み物を書くのは、難しいと逆に思った。
7月書評の3
◼️Authur Conan Doyle
「The Musgrave Ritual (マスグレイヴ家の儀式書)」
プレイボーイの執事が突然の失踪、そして甲高い笑いを残してメイドも消えた。古い言い伝えを解読することによりホームズが謎の扉を開けるー。
ホームズ原文読み22作め。第2短編集「シャーロック・ホームズの回想」より、人気高めの物語です。
ホームズものは最初の短編「ボヘミアの醜聞」で人気に火がつきました。そしてこの第2短編集「回想」収録の話を発表したのはブーム絶頂の頃。ちょっとシャーロッキアン的に外せない要素が最初の方に出てきます。今回もまた、途中までのあらすじは先にダイジェストで。
ホームズが若い頃に手がけた事件をワトスンに話すスタイルです。この話の1つ前に発表された「グロリア・スコット号」での体験で探偵を自分の天与の仕事と定めたホームズは大英博物館の近くに部屋を借り、修行していました。学生の頃からその観察力、推理力を発揮していましたから、当時は彼の能力を知る友人から相談を受けたりしていましたが、まだ警察につてもなく、世に出る、手応えのある事件を捜査することを熱望していました。
そこへ大学時代の知り合い、レジナルド・マスグレイヴが訪ねてきます。彼はイギリスで最も古いとみなされる由緒正しい家系に生まれ、サセックス西部に構えた分家の一族代々の地所を継ぎ、広大な古い屋敷と敷地、猟場を管理していました。
そのハールストン屋敷の執事・ブラントンは若い頃からすでに20年間勤めた古株。妻を亡くした40代。大変有能な男でしたが女癖が悪く、第2メイドのレイチェル・ハウエルズと婚約したものの彼女を捨てて猟場管理人の娘と付き合いだし、レイチェルはショックで今も精神的に不安定でした。
ある夜、濃いコーヒーを飲んでしまって眠れなくなったマスグレイブが階下に降りて行くと、なんと図書室にブラントンが居て、地図のようなものを熱心に見ていました。彼はさらに机の引き出しの鍵を開け、何らかの文書を引っ張り出して調べました。
マスグレイブは勝手に家族の書類に手を付けたことが許せず、その場で1週間後の解雇を言い渡します。その後2日間は通常通り勤めたブラントンでしたが、3日めに突然いなくなりました。いつもの黒い服がないだけで、持ち物も全て残されていました。通りかかったレイチェルにマスグレイブが訊くと
「彼は行ってしまいました。行ってしまいました!」
とヒステリックに言い放ち、3日後の夜、レイチェルもまた失踪します。彼女の場合は足跡があり、敷地内の沼の近くで消えていました。
沼をさらったところ死体はなく、麻の袋が見つかります。中には変色した金属の塊、鈍い色の小石、ガラスの破片というがらくたが入っているだけでした。警察の創作も虚しく終わり、困ったマスグレイヴはホームズのところへ来たというわけです。
面白そうでしょ。さて、先に行く前に、冒頭に戻ります。ホームズの生活態度。この辺はシャーロッキアン的興味を大いに引くところです。
he was the neatest and most methodical of mankind, and although also he affected a certain quiet primness of dress
「ホームズは非常に几帳面できちんとした人物で、服装もこざっぱりしていることを好んだ」
これはそうですね、病気のふりをしたり変装したりという時は別として、泊まり込みの捜査の時でも、例えば無精ひげを伸ばしたり、だらしのない格好をしたりといったイメージはホームズにはありません。しかし・・
when I find a man who keeps his cigars in the coal-scuttle, his tobacco in the toe end of a Persian slipper, and his unanswered correspondence transfixed by a jack-knife into the very centre of his wooden mantelpiece, then I begin to give myself virtuous airs.
「石炭入れの箱の中に葉巻を入れていたり、ペルシャスリッパのつま先にパイプたばこを詰め込んでいたり、木のマントルピースの中央に未処理の手紙をジャックナイフで突き刺したのを見た日には、(だらしない人間だという自覚のあるワトスンさえも)道徳的なことを言いたくなるというものだ」
さらには銃をぶっ放し、
proceed to adorn the opposite wall with a patriotic V. R. done in bullet-pocks
「反対側の壁に『V.R.』という愛国心高き文字を弾丸の跡で飾る」
ということをしてたのです。V.R.とはVictoria Regina、イギリスのヴィクトリア女王のことですね。
この辺はホームズの生活態度、ベイカー街221番地Bの部屋の描写として、解説本では必ずと言っていいほど語られるところです。ロンドンのシャーロック・ホームズ博物館にはジャックナイフで留められた手紙、V.R.の弾丸痕が忠実に再現されているとか。
ちなみにヴィクトリア女王は1837年から1901年まで在位していました。繁栄を極めたイギリス帝国主義の象徴的存在です。シャーロック・ホームズはまさにイギリスの古き良き時代を代表するような作品で、当時の社会や価値観を反映しています。植民地、新大陸に絡んだ事件も多いですよね。
ともかく、部屋は乱雑で、文書類で埋まっていたため、ワトスンが片付けろ、と言って、渋々とホームズがブリキの文書箱を出してきたところ、思い出話が始まったというわけです。「グロリア・スコット号」で探偵の仕事に目覚めた次の話で、うまあく過去を語る展開に持っていっています。あの事件、この事件、といわゆる「語られざる事件」もいくつか出てきますが割愛します。
さて、マスグレイブが訪ねてきたその日のうちにハールストン邸へ出向いたホームズ。さっそくマスグレイヴと調査を開始します。
おっとその前に・・!ブラントンが深夜調べていた、机の引き出しから出した文書は、マスグレイブ家に代々伝わり、成人する際に唱えなければならないという奇妙な問答文でした。
Whose was it?
それは誰のものか?
His who is gone.
去りし人のものなり。
Who shall have it?
誰が持つべきか?
He who will come.
来たりし人が持つべきもの。
Where was the sun?
太陽はどこにあるか?
Over the oak.
ナラの木の上に。
Where was the shadow?
影はどこにあるか?
Under the elm.
ニレの木の下に。
How was it stepped?
どのように歩むか?
North by ten and by ten, east by five and by five, south by two and by two, west by one and by one, and so under.
北へ10歩、そして10歩、東へ5歩、そして5歩、南へ2歩、そして2歩、西へ1歩、そして1歩、そして下へ。
What shall we give for it?
我々は何を与えるか?
All that is ours.
我々のものすべてを。
Why should we give it?
なぜ我々は与えるか?
For the sake of the trust.
信頼のため。
マスグレイヴは17世紀中ごろの綴りで書かれているが、実用的な意味はない、と言います。ところが、ホームズにはピンときたんですねー。
I was already firmly convinced, Watson, that there were not three separate mysteries here, but one only, and that if I could read the Musgrave Ritual aright I should hold in my hand the clue which would lead me to the truth concerning both the butler Brunton and the maid Howells.
「僕はすでにしっかりと確信していたよ、ワトスン。謎はバラバラに3つあるわけではなく、1つだけだと。マスグレイブ家の儀式書を正しく解読できれば、執事のブラントンとメイドのハウエルズ失踪の真相につながる手がかりを手にできるだろうと」
屋敷が建ったのは1600年初頭ごろ。ナラに関しては、家のすぐそばに古い立派な木が立っていました。マスグレイヴに訊くと、古いニレの木も10年前まであったが、雷が落ちたから切り倒したとのこと。切り株はナラと屋敷との中間にありました。
ダメ元でニレの木の高さ、分かる?とホームズが問うと、なんと昔三角法の勉強をしていて測ったことがある、64フィートだとのこと。ラッキーですね。そしてブラントンもまた同じ質問をマスグレイヴにしていたことが分かりました。
ホームズはすぐに動き始めます。気を削って釘を作り、1ヤードごとに結び目をつけた長い紐を結びつけました。そして釣竿を2本つなぎ、6フィートの棒にします。1ヤードは91.44センチ、1フィートは30.48センチです。ニレの木の高さは約19.5メートルですね。
Where was the sun?
太陽はどこにあるか?
Over the oak.
ナラの木の上に。
Where was the shadow?
影はどこにあるか?
Under the elm.
ニレの木の下に。
ホームズは太陽がナラの木をかすめる時刻にニレの切り株の位置に釣竿の棒を立てて、影の先に線を引き測ったところ、影の長さは9フィート。単純計算でニレの高さが64フィートなら影の長さは96フィートになるというわけでした。算出した影の先はほとんど家の壁あたりまで来て、ホームズはそこに釘を打ちます。そばにはブラントンが付けたと思われる目印の窪みがありました。
その地点から、文面にある通り北へ、東へ、南へ、西へ歩測します。最後に辿り着いたのは、敷石の通路の上でした。これでは掘れない。一瞬落胆するホームズ。しかし、マスグレイヴ、「そして下へ」だ、屋敷が出来た時から地下室がある、と。あっという間に事態は好転、2人は地下室へ降りて行きます。
薪の貯蔵庫として使われていた部屋でしたが、中央のスペースを空けるため、薪は横に寄せられていました。真ん中の大きな敷石には錆びた鉄輪が付いていて、そこにブラントンが使っていた白黒チェック、shepherd's-checkのマフラーが結び付けられていました。
ホームズは敷石のふたを持ち上げようと頑張りましたが、ほとんど動きません。屈強な警察官を呼び、ようやく開けることに成功します。みな覗き込み、マスグレイヴがランタンで照らします。
A small chamber about seven feet deep and four feet square lay open to us. At one side of this was a squat, brass-bound wooden box, the lid of which was hinged upward, with this curious old-fashioned key projecting from the lock.
「深さ7フィート、4フィート四方の小さな穴蔵だった。部屋の片側には真鍮板のついた木箱があって蝶番のある蓋が上に開いていた。鍵穴には古めかしい鍵が差し込まれたままだった」
we had no thought for the old chest, for our eyes were riveted upon that which crouched beside it. It was the figure of a man, clad in a suit of black, who squatted down upon his hams with his forehead sunk upon the edge of the box and his two arms thrown out on each side of it.
「その時は箱のことは気にかけなかった。というのは、我々の目はすぐそばにうずくまっているものに釘付けになったからだ。黒い服に身を包み、しゃがみこんだ男の姿。手を箱の両側に手を伸ばして、箱の縁に俯いた顔の額を落としていた」
穴の底にはブラントンの死体がありました。外傷はなく、窒息死でした。
箱の中には、コインと思われる金属が数枚しか入っていませんでした。ホームズは途方に暮れます。何があったか、正確に突き止めるためのものが見つからなかったからです。何があったのでしょう?ホームズは地下室の樽に腰を下ろし、推理しますー。
ブラントンは謎を解いた。しかし石の蓋は重すぎて1人では開けられない。協力を頼もうにも、とんでもないお宝の可能性もあり、うかつに知っている人を増やすことはできない。しかも自分はクビになり時間はないー。元カノがまだ自分に気があると思い、レイチェルを引き込んだー。
地下室の床には、端がへこんだり、重い物でつぶされたように平べったくなった薪がありました。男1人と、女1人、力を合わせたところであの重たい石のふたを、そんなに大きくは動かせない。おそらく少しずつ隙間に薪を挟んで徐々に持ち上げ、人が入れるくらい上がったところで薪を縦にしてつっかい棒にする。ホームズの推論は進みます。
そしてブラントンは中に入った。箱を開け、中身を上のレイチェルに渡す、それからー。
What smouldering fire of vengeance had suddenly sprung into flame in this passionate Celtic woman's soul when she saw the man who had wronged her -wronged her, perhaps, far more than we suspected – in her power?
「自分にひどい仕打ちをした男ー、たぶん僕らが考えるよりひどかったんだろう、その男の運命はいま彼女の手の内にある。そう気付いた時、この激しやすいケルト人気質の女性の心でくすぶっていた復讐の炎が燃え上がった」
つっかい棒がすべって外れ、重い石のふたが、墓となる場所にブラントンを閉じ込めたのは、果たして偶然だろうか?薪が外れたことを彼女が黙っていたのか、自ら手を下したのか。
I seemed to see that woman's figure still clutching at her treasure trove and flying wildly up the winding stair, with her ears ringing perhaps with the muffled screams from behind her and with the drumming of frenzied hands against the slab of stone which was choking her faithless lover's life out.
「僕には、彼女の姿が目に浮かぶようだった。宝物をしっかりと抱いて曲がりくねった階段を興奮して駆け上がる女、背後からは助けを呼ぶくぐもった叫び声と、彼女の不誠実な恋人だった男を窒息させる石のふたを狂ったように叩く音が聞こえていたはずだ」
レイチェルは失踪したさい、犯罪の証拠を消すために、ブラントンから渡された宝物を沼へ投げ捨てたと見られました。
箱に残されていたのはチャールズ1世の肖像が彫られた硬貨でした。ホームズは突如ひらめき、沼から引き上げられた物を見せてくれと言います。
マスグレイヴの書斎に戻り麻の袋に入っていたがらくたー変色した金属の塊はほとんど真っ黒でした。それに鈍い色の小石。がらくたにしか見えません。しかしー
I rubbed one of them on my sleeve, however, and it glowed afterwards like a spark in the dark hollow of my hand.
「小石のひとつを袖でこすると、手のひらの中で、火花のようにキラリと輝いた」
金属の方は二重の輪になっていて、原形をとどめていませんでした。ホームズはマスグレイヴに推論を述べます。ここは先に私の理解で解説を入れさせていただきます。
チャールズ1世は清教徒革命、ピューリタン革命で敗れて処刑され、イングランドは王政を廃止し共和国となります。これを認めない王党派the royal partyはチャールズ2世を立てクロムウェルらの議会派と戦い続け、後に王政復古を果たします。
王党派は亡命する時に、貴重な財産をどこかに埋めたと言われている、平和が来たら取り戻すつもりで、とホームズ。するとマスグレイヴは
My ancestor, Sir Ralph Musgrave, was a prominent cavalier and the right-hand man of Charles the Second in his wanderings
「僕の祖先、サー・ラルフ・マグスレイヴは王党派の中心的な騎士で、チャールズ2世が亡命していた時の右腕だったと聞いている」
おお、その時代のもの。ピューリタン革命は1600年代中ごろ。さて、ではこの金属と、光り輝く石はなんぞや?
It is nothing less than the ancient crown of the kings of England.
「古代イングランド王の王冠に他ならない」
まじか!
Whose was it?
それは誰のものか?
His who is gone.
去りし人のものなり。
それ、は王冠で、去りし人、はチャールズ1世を意味していて、
Who shall have it?
誰が持つべきか?
He who will come.
来たりし人が持つべきもの。
来たりし人、はチャールズ2世を意味している。とホームズは説きます。おそらく秘密を持ったままラルフ氏は没してしまい、隠し場所を示す儀式書だけが、何百年、何代も、伝えられてきたのです。遂に秘密を解き明かす執事が現れるまで。
あとは後日談で、王冠はホンモノで、ハールストン屋敷で所持することになりました。そのためにはけっこうな費用がかかったとのこと。レイチェルは見つからず、ホームズは外国に行ったのではと考えているとのことー。
さて、不思議な物語でした。イギリス人なら誰もが知る歴史的な出来事を取り込んで作った話ですね。そこに不実な色恋と死、狂気を織り込んでいるのはまさに歌舞伎芝居のような演出です。
シャーロッキアンの間では、大いに疑問を呈されている部分があって、実は。正門は確実に東向きと思われるのに、なぜ夕陽がたどり着いた通路を照らす、という表現があるのか。「西日問題」と言われてるらしいです^_^まあそのへんが間違いの多いドイルらしいというか。ちなみにシャーロック・ホームズの建築」で建築士さんはそれを中庭から射す陽光としてかいけつしてらっしゃいます。
私的にもいくつか細かい疑問はあるもののまあいいか、というレベル。
最近近松門左衛門の本を読んだのですが、源平合戦や聖徳太子など日本人なら誰もが知る時代物とするのは、当てるためのひとつの手法だとか。英文を読んで思うことはいくつかありますが、目立たぬ設定が「うまい」のもドイルの大きな特徴です。
今回も楽しめました。
7月書評の2
カラ梅雨から一転ですぐに水不足、ということはなさそう。また暑くなる。でも暑いということは太平洋高気圧が強くて台風が近寄ってこないので毎年耐える気になる。
銃撃は、いまどき皆スマホを持ってるから、銃弾の発射音も、犯人確保の模様も、凶器さえも映っていて、生々しい報道となった。おそらくこの類い、初のケースになったのではと思う。しかしとんでもない・・。しかも奈良。衝撃的でした。
◼️ アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ
「人間の大地」
飛行士サン=テグジュペリの壮大な表現と凄絶な体験と深い思索がここに。
「夜間飛行」を読んだのは何年前だったろうか。正直、重い作品だなあと思った記憶がある。いまは、こちらを先に読んだほうが良かったな、という感慨だ。
サン=テグジュペリはフランスのトゥールーズからモロッコのカサブランカ、カサブランカからさらにはるか西方、セネガルのダカールまで郵便機のパイロットとして飛んでいた。
何千メートルという高度で飛行している光景、雲の中にいる時、上空から見る海、火山、そしてサハラ砂漠。アンデス山脈越えの航路を開拓したり、無数の竜巻が発生している中を飛んだというパイロットの話・・。スケールが大きく、地球という惑星の地形や現象、その描写が想像力の限界を超えそうに迫ってくる。いやー電車のいちばん前に立って見る景色すらおおーと思う小市民には、その詩的な感覚も、異質な大地も夢の境地だなと。アフリカ上空だなんてどんな気分なんだろう。
当時アフリカのサハラ砂漠近辺にはフランスやスペインの支配を嫌うイスラム教徒・ムーア人の不帰順地域があり、不時着した場合、乗員がムーア人に捕まり殺されることも多かった。パイロットには同僚の飛行機が不時着もしくは消息を絶った際、救出に向かう任務もあった。サン=テグジュペリも囚われの身となった僚友を救いに、交渉役のムーア人と共に赴いている。極度の緊張感が伝わる場面。その中普段は降りない、人跡未踏の地に立つサン=テグジュペリは神秘を感じたりする。
小説、創作ではなくて、体験談とそこで思ったこと、振り返って考えたことを、思索的に、また詩的な表現をも用いながらまとめた本だ。郵便機のパイロットとしての初フライト、同僚、先輩パイロットのこと、幾度もの不時着エピソード、スペイン内戦の取材記などが詰まっている。
特にエジプトの砂漠の真ん中に墜落、不時着し、水も食料もなく限界まで歩き続けた「砂漠の中心で」の章は苛烈、凄絶だ。
ダイレクトに接している大きくて刻々と変化していく外界に触れていると、さまざまな比喩、なぞらえるものが心に浮かぶだろう。また加えて、嵐になる先行きがカンで浮かぶ、砂漠を絶望的に彷徨っている時に、一陣の希望の風を突然感じる、というパイロットの本能のような感覚にも惹かれるものを感じた。
パイロットの体験談を読む時、いつもアラスカ上空を飛んだジニーとシリアという女性パイロットの話を思い出す。星野道夫「ノーザンライツ」に載っている。凍ったアラスカの大地と山。
サン=テグジュペリの話は雪のない砂漠が多く、そこには前世紀前半のおおらかさと情勢のきな臭さ、空間的ダイナミックさ、ダンディズムまで漂う。
空の話はいいな、とシンプルに思うのでした。事実が物語。名作だと思います。
◼️三井康浩「ザ・スコアラー」
プロ野球のスコアラーは何を見ているか、どのように伝えているのか。巨人、日本代表のスコアラーがひもとく現代野球。
著者は元プロ野球選手で長年巨人のスコアラーを務め、V2時のWBC、韓国との決勝戦の延長10回、あの劇的なイチローの延長勝ち越しタイムリーで優勝したチームのスコアラーを担当した方。
WBCやペナントレース最終戦で優勝が決まった巨人vs中日の舞台裏などが綴られていて興味深い。
スコアラーは全体の傾向はもちろん、クセを見破ったり、相手投手の狙い球まで提示するなど日々忙しく責任の重い仕事、というのは聞いたことがあった。今作でも監督からさんざん叱責される場面が出てくる。
野球、また選手のどこをどんなふうに見ているのか、という具体論がまたおもしろい。バッターのフォーム改造のヒントを与え、相談に乗る姿が描かれている。
多くのデータから伝えることを厳選し、伝わり方を考えて「言い切る」のは大変なこと。苦労がしのばれる。
WBCのあのシーンの前、いつもは何も言ってこないイチローが著者に
「僕はなに狙えばいいんですか?」
と訊いてくる。状況の重大性がよく分かる。イチローも緊張し、何かを求めたのか。果たして著者はなんと答えたのかー。
巨人と野村ID野球のヤクルトとの情報戦、小さく曲がる変化球の流行とその対策、数々の名選手についてスコアラー目線での見方など、興味を惹く要素がたくさん詰まっている。
新しいチャレンジを含め、著者の文章も確固として簡潔、思考の向き方と取組みには啓発された部分もあった。ちょっとサラリーマン生活に似てるなとも。
野球好き、楽しく読めました。
2022年7月3日日曜日
7月書評の1
このブックカバー作ったら、電車で男性の目線を感じたりして。友人によれば新刊本に見えるのだそうな。季節のお菓子・あゆを食べたりしてしのいでるけれども、やはり、片付け等、目の前のやることを、暑くてバテてるし体力おんぞーんと後に回してしまう今日このごろ。良くないな笑。6月はイベントが飛び込んできたりして、けっこうあちこち出かけたのでちょっと休みは悪くない。いまは映画もあんまし観る気しないし。
まあトシだし、体力おんぞーんで。
河村勇輝フル代表デビュー!入るとスピードがぐっと上がってスリーの確率も良くなる。いいぞ!富永啓生もイケてるね。両者ともにまだ課題もある。でも強豪を相手にしてもガンガン行ってほしいね21歳コンビ。
◼️瀬尾まいこ「ありがとう、さようなら」
中学教師・瀬尾まいこ、京都北部での中学教師生活。ひーひー思いながらも、楽しそう。
ダ・ヴィンチに2003年から2007年ごろ連載していたというエッセイが本になったもの。当時瀬尾まいこはデビュー後、作家と教師、2足のわらじを履いていた。京都府北部、南部の京都市内とは都会度も気候も違う宮津市などでの中学校教師ライフについて語っている。
瀬尾まいこはとにかく文章で使う言葉がやさしい。文芸作品には最初の方に、小難しい語彙の言葉や専門用語を、ガツンという感じで出してくるものが少なくない。あれは確立された手法なのかなとたまに思う。しかし瀬尾まいこの場合、平明な言葉で魅力的な空間を生み出すすべに長けているため、その優れたストーリー展開に無理なく乗っていける。エッセイも同様。雑誌のコラム的なものだったのか、1篇はとても短い。
走るの苦手なのに駅伝大会に、とか生徒会なんて本当に大変だから担当になりたくない、などと言いつつ、楽しんで「また、やろうかな」となってしまう、いい意味の呑気さがおもしろい。
瀬尾まいこは30歳前後の時期、やんちゃな中学生は大変である。たまにスカートを履いて化粧をして行くとひと騒ぎ。「合コンに行くのだ」「彼氏ができたに違いない」となり、数日後もとにもどると「彼氏に捨てられたに違いない」となる。30歳の誕生日の1年前から黒板にはカウントダウンの文字が踊り、29歳のうちに結婚せなどうするん?と親以上にしつこい声がかかる。文句を言うと3倍になって帰ってくる。
なぜかテスト前に点数目標を立てる子が多く、「100点取るので結婚してください」と文化祭の「未成年の主張」で公開プロポーズした生徒はまるで達成できず「いつになったら結婚できるのよ」とプレッシャーをかけてたとか。
シャツのしわや色合わせ、顔色、太った痩せた、サラリーマンだったらなんらかのハラスメントを案じてすでに言わなくなったであろうことを中学生の口に戸は立てられない。でも大げさな反応を、瀬尾先生は好意的に受け取っている向きもあるようだ。
生徒会、クラス、合唱祭、スポーツマンシップ、最後の方は、初めて2年続けて担当した2組のこと。子供たちのみずみずしく、優しく、少々抜けていて、活動的な様子がコンパクトに描写されている。生徒という時代ならでは。
シラケ世代の自分としては、ホントいまの子は活動的で、すごく一体感や友情を大事にしてがんばるなあ、と思ったりする。
もちろん作家であることは知られているし、関係者みな読んでたので気を遣った面は大いにあっただろう。私的にはすべて作家活動もコラムも全てをオープンにしてしまうのがすごいと思う。
でも瀬尾まいこは、毒のない雰囲気に何かを忍ばせる作家さんだと思っているので、逆に違和感はない。らしいエッセイだった。
◼️佐竹昭広「酒呑童子異聞」
様々な文献の酒呑童子伝説を比較した本。
国文学者さんが、あまりに多く流布されている酒呑童子にまつわる話について、文献比較、相違の提示をした本である。
正直あまり本を通じて大きな意味を成していくというものでなく、描かれ方を並べる向きが強くてマニアック。1977年の作で、古い。でも楽しく読んだ。というのは私は酒呑童子や茨木童子などの鬼や、退治した源頼光と四天王の話が大好きだから。
酒呑童子伝説は滋賀の伊吹山、そして京都府の大江山、両方の説話があるようだ。
話を大江山に絞ると、鬼の頭領となった酒呑童子は岩窟の城に眷属、鬼の子分を従え、街や村から多くの娘を拐かして城に置いていた。神隠しの原因を安倍晴明の占いにより突き止めた一条天皇の命により、源頼光、藤原保昌、そして頼光四天王の渡辺綱(わたなべのつな)金太郎の坂田公時、碓井貞光、卜部季武(うらべのすえたけ)の6人が成敗に向かう。
途中神より与えられた神便鬼毒酒を携え、山伏を装って一夜の宿を請い、城に入り込む。酒呑童子と酒を酌み交わし毒酒で酔いつぶした童子の首をはねる、鬼の首は宙を飛び、頼光の兜に噛みつこうとした。酒呑童子を倒した一行が外へ出た瞬間、一の子分の茨木童子が渡辺綱に襲いかかる。綱は撃退、茨木童子は逃げのびた。
この切り落とした鬼首が宙を飛んで兜に噛みつくなんて、なんちゅー迫力、憤怒に燃えた鬼がうち鳴らす歯の音までが聞こえてきそうで、血湧き肉踊ってしまう。
この本ではほとんど触れていないが、私は渡辺綱が京の一条戻橋で、若い女を馬に乗せてやったところ、娘はたちまち茨木童子に変身し襲い掛かる、髭切の太刀で鬼の腕を切り落とす、というくだりもとても気に入っている。養母に嘆願されつい腕を見せたらやはり茨木童子に変身、腕を持ち去った童子が空の彼方へ飛び去るとこまで、幼い頃から好きな話だった。
息子の寝かしつけで、桃太郎と絡ませて酒呑童子や茨木童子、頼光四天王の話を思いつくままたくさん作って話したな昔。
江戸時代に渋川清右衛門が書いた御伽草子、静岡県に伝わる名波本、慶応本、国会図書館本ほか本当に色々な資料から酒呑童子、伊吹童子の生まれた時のようす、捨てられたり、寺に預けられ、暴れん坊のならず者になっていく過程、そして戦いから帰還までを比較検討している。いやしかし数が多い。いかに愛されているかがよく分かる。
1700年代、渋川版の御伽草子では、源頼光たちが来るという情報をキャッチしていた酒呑童子がさまざまな問答をするがバレない、とか、酔った酒呑童子が比叡山を最澄に追い出され、空海の法力にも悩まされ、とこぼす身の上話に時代の有名どころを絡ませていること、そもそも安倍晴明の占いで分かる、また一条天皇も歴史上実によく出てくる帝だし、広く人口に膾炙し、多くの物語が各地で書かれただけあって演出も大仰だなと。
もちろん古い時代の資料なので、古文、漢文、漢文に書き下しルビなどの量が多く、必ずしも現代語訳してあるわけではないので時間がかかる。
でも、やっぱり楽しかった。高橋克彦の鬼シリーズや、鬼の研究本、ラノベまで鬼が出てくる本には惹かれてしまい、そこそこ読んでいる。鬼、の意味、社会からはみ出したものや蝦夷、というのも分かる気がする。ただもう一つ踏み込んだ鬼というもの、を勝手に考え込んだりする。鬼そのものはイコール人間の存在なくしては成り立たず、鬼は、人間に害をなすが追い討ちをしたり、村を滅ぼすなど決定的ダメージを与えることはない、それは鬼自体が劣等感を抱いているから?人間の影的存在という本質を外れるわけにいかないから、とか。あれこれ考えるのもも楽しみの1つやね。紅葉狩も、大工と鬼六も。
文芸的には多少読んでるけれども、あまり行動はしていない。大阪府の逸翁美術館には南北朝後期から室町時代の、最古の酒呑童子の稿である「大江山絵詞」があるし、京都の北野天満宮には渡辺綱が茨木童子の腕を斬った刀「髭切」が折々に展示される。さらに日本海側の京都府の大江町には「日本の鬼の交流博物館」がある。
また日本の鬼の話、本は折にふれて読むこともあるだろう。楽しみで仕方がない。
2022年7月2日土曜日
【2022上半期ランキング!】
さて、ともかく行ってみましょう!
1位 伊勢英子 柳田邦男
「見えないものを見る 絵描きの眼・作家の眼」
2位 泉鏡花「紫陽花」
3位 青山美智子「赤と青とエスキース」
4位 多和田葉子「地球にちりばめられて」
5位 オルハン・パムク「パムクの文学講義」
いちばん集中して、感じ入って読んだのが1位。伊勢英子さんは宮沢賢治の小説を絵本化した「水仙月の四日」を読んで、関連書籍で知ったこの本が気になっていた。終末医療の特集で、命に向き合った画家が挿絵として何を描くかの葛藤、そして出てきた作品に心が動かされた。
2位の泉鏡花はすぐ読んでしまえる小説だけれども暑い夏の最中の氷、最後にゴクリという喉の動きがキマッている。いやー泉鏡花すてき。
3位。人気作家の、オシャレな作品。エスキース(下書き)の絵をめぐる連作短編集。じわっとくる。
4位はドイツ在住の多和田葉子。絶滅した日本語と思われる言葉を探し求める主人公を描く。 エクソフォニー、母語以外、というのが1つのテーマのよう。いつもと違うテイストで興味深かった。
5位パムクの、純文学好きな面がよく伝わってくる。ミステリ嫌いなのは意外で面白かった。
6位 中村桃子「女ことばと日本語」
7位 伊与原新「八月の銀の雪」
8位 巽好幸「富士山大噴火と阿蘇山大爆発」
9位 奥山景布子「キサキの大仏」
10位ピエール・シニアック
「ウサギ料理は殺しの味」
どれも良かった。「女ことば」はなかなか深く、ある意味ベストマッチの言葉が産まれ生存しているという事実に興趣が尽きない。「銀の雪」は評判の理系的小説。ガリレオ的?九州育ちの身としては「阿蘇山大爆発」は怖かった。「キサキの大仏」は光明皇后もの。遺されている毛筆の文字やゆかりの深い法華寺に行って、モデルにしたと言われる十一面観音像を見ているので興味がある。シニアックは、ある意味アガサのオリエント急行チックかな。こちらの方が偶然性が強いけど。12位のアルテもそうだけど、邦訳の推理小説はタイトルが大事やね。
11位長野まゆみ「兄弟天気図」
12位ポール・アルテ「死まで139歩」
13位大島真寿美
「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」
14位原田マハ「20 CONTACTS
消えない星々との短い接触」
15位中川右介「阿久悠と松本隆」
上半期90も読んだのは久しぶりで、ピックアップできなかった本も多い。前半で数が多いと中身の記憶も、やっぱり膨らむよね。
さて、下半期も、読むぞ〜!
【2022上半期ランキング】各賞!
1月から6月、上半期に読んだ本の私的ランキングを作る企画ももう何年目かな。楽しんでやってます。各賞の発表です!
◇表紙賞
青山美智子「赤と青とエスキース」
いやーオシャレ度もあるけど、とにかく誘引力が強かった。文化ゾーン、京都・岡崎公園で鏑木清方展観た後、当地の美術ものが多い書店で買ったなあ。
◇アート賞
美術と音楽は欠かせないジャンル。モディリアーニ、ムンク、ムンクに連なるイプセンも良かった。モディリアーニ展は観に行ったし、河井寛次郎を通して民藝運動を知り、ルーシー・リーを観に行き、建築のことも知った。まだまだ読むぞっと。
・橋本治 宮下規久朗
「モディリアーニの恋人」
・河井寛次郎記念館編「河井寛次郎の宇宙」
・没後20年 ルーシー・リー展 カタログ
・日経ポケットギャラリー「ムンク」
・ヘンリク・イプセン「幽霊」ほか
◇文豪短編賞
・泉鏡花「龍潭譚」
・太宰治「待つ」
・樋口一葉「たけくらべ」
・坂口安吾「青鬼の褌を洗う女」
たまに文豪の短い小説を青空文庫で読むのはいい刺激があって気に入っている。特に泉鏡花はごく短くてインパクトのあるものがたくさんあってハマりつつある。どれも良かった。
◇スポーツ賞
トム・ホーバス「ウイニングメンタリティー」
プロ野球と、バスケットと、日本のボールゲームの変遷の本を読んだ。やっぱトム・ホーバスですねー。男子も期待している。
◇科学賞
鈴木直樹「マンモスを科学する」
ランキングに阿蘇山の大噴火が入ったほか、動物行動学の本も楽しんで読んだ。理系本は知的好奇心を刺激する。その中でもマンモスはやはり壮大なロマン。発掘から展示までの作業も興味深かった。
◇ホームズ賞
原文読みは8作品。いちばん好きなのはサッパリして闊達なバイオレット・スミス嬢の「美しき自転車乗り」かなと。全世界の探偵像に影響を与えた挿絵のある「ボスコム谷の惨劇」も捨てがたい。全部並べときます。
「ボスコム谷の惨劇」
「瀕死の探偵」
「マザリンの宝石」
「グロリア・スコット号」
「美しき自転車乗り」
「花婿失踪事件」
「白面の兵士」
「ブルース・パーディントン設計書」
◇企画賞
北原尚彦・村山隆司
「シャーロック・ホームズの建築」
なんたってこれかなと。物語に出てくる建築物を建築士さんが読み解き、カラーのイラストおよび図面にした本。出版してるのは建築の雑誌を出してる会社。めっちゃ売れてるとか。いま「マサグレープ家の儀式書」を原文読みしているとこで、家屋の間取りが事件とその解決に結びついている、印象的に描写されている話は多く、大変楽しめる。先日「マザリンの宝石」を読んだけれど、ベイカー街221bの部屋で、寝室から直接アルコーヴに出る扉などムリのある題材も見解、図面がある。まさにストライクな企画本でした。
6月書評の8
️ Authur Conan Doyle
「The Boscombe Valley Mystery (ボスコム谷の惨劇)」
ホームズ原文読みも21作め。短編は56なので半分でなんか振り返りと展望企画でもしようかなと。年明けくらいかな。
さて、第1短編集「シャーロック・ホームズの冒険」より。「赤毛組合」や「まだらの紐」など人気ベストテンに入るような作品ではありませんが、「ボスコム谷の惨劇」はシャーロック・ホームズの基本的なおもしろさがぎゅっと詰まった作品だと思います。ちょうど人気が急上昇している時期であり、私のなんちゃって英語解読能力でも、筆がノってるな、という雰囲気を感じた気がしました。しゃべりたがりのシャーロッキアン、あちこち寄り道して長くなりそうなので、先に事件の概要から。
ボスコム谷の大地主のターナーと農場主のマッカーシー、2人はかつて共にオーストラリアにいて、付き合いは対等だが、ターナーがマッカーシーに無料で農場を貸していた。
ボスコム池の近くでマッカーシーが殺された。頭部を鈍器で殴られていた。18歳の息子ジェイムズは、その直前に現場で父と口論をしていたのが目撃され、狩猟用の銃を持っていたために逮捕されていた。
ジェイムズは無実を主張した。供述によればその日はブリストルから帰ってきた朝で、父親が急いで出て行くのは見た。自分はウサギの猟場へぶらぶらと出かけた。父親がどこへ行ったかは知らず、追っていたわけではない。池まで100ヤードくらいの時、父との間で合図としている「クーイー!」という声を聞いて、父がいると分かり急いだ。父は驚き、かなり激しい口論をした。収拾がつかず、自分は農場へ帰りかけたが150ヤードほど行ったところで恐ろしい悲鳴を聞いたー。
慌てて戻ると父は左後頭部を鈍器で殴られ、こときれる寸前で「a rat」というような言葉をつぶやいた。自分が駆けつけたとき、灰色のコートのようなものがあった記憶があるが、立ち上がった時はなくなっていた。父親との口論の内容は言いたくない。
そして息子ジェイムズは番人小屋へ助けを求めたということだった。
状況は極めて悪かった。ジェイムズの無実を信じるターナーの娘アリスがレストレードを雇い、さらにレストレードがさじを投げると、アリスはホームズを呼び寄せたのだった。
・・という流れですね。ちなみにジェイムズが言いたくない、と言った口論の内容をアリスはすらりと話します。自分たちの結婚の話。父マッカーシーは2人の結婚を熱心に望んでいた。本人のジェイムズはまだ早いと言っていた。早くしろ、と父マッカーシーはけしかけてたんですね。普段から諍いあったというし。ちなみにアリスの父ターナーは反対だった。2人は憎からず想っているようだ。
実は、若きジェイムズくんはブリストルの酒場の女に入れ込み、結婚届を出してしまっていたのです。だからアリスとは結婚できなかった。父にももちろんアリスにも言えない理由がこれでした。
さて、巻き戻して物語冒頭からー。
ワトスン家、夫婦の朝食の席にtelegramが届きます。こんな内容でした。
Have you a couple of days to spare? Have just been wired for from the west of England in connection with Boscombe Valley tragedy. Shall be glad if you will come with me. Air and scenery perfect. Leave Paddington by the 11:15.
「2日ばかり割けないかい?イングランドの西部、ボスコム谷の事件の依頼を受けた。一緒に来てくれると嬉しい。空気と景色は申し分ない。パディントン駅11時15分発の列車で発つ」
ワトスンくんの奥さんメアリ、「四つの署名」で出会い結婚したヒロインですね、は出来た人で、いってらっしゃいよ、アンストラザーさんが代診してくれるわよ、と促します。ワトスンがホームズについて行きたくてたまらない事をよく分かってるんですね。
すぐに用意を整えたワトスン、パディントン駅でホームズと落ち合います。さて、ここがめっちゃ大事です。
Sherlock Holmes was pacing up and down the platform, his tall, gaunt figure made even gaunter and taller by his long gray travelling-cloak and close-fitting cloth cap.
「シャーロック・ホームズはプラットホームを行ったり来たりしていた。長い灰色の旅行用マントに身を包み、ぴったりした布の帽子をかぶっているので、背の高い痩せた姿がさらに細く長くなったようだった」
長い灰色の旅行用マント、ぴったりした布の帽子としかドイルは書いていません。しかしここではコンパートメントにワトスンと差し向かいで座り、インヴァネス・コートを来て、前後両方にツバのあるディアストーカー(鹿撃ち帽)をかぶった姿が、挿絵画家のシドニイ・パジェットによって描かれています。原典にはないにも関わらず、パジェットにより創造されたこの挿絵によって、ホームズの容姿、さらには全世界の探偵の外見イメージが固まったのでした。
さて、イングランド西部の田舎町ロスの駅には、「ずる賢いイタチみたいな顔つきのやせた男」レストレード警部が待っていました。宿泊するホテルに落ち着くと、突然アリスが現れます。ワトスンくんはこう描写しています。
there rushed into the room one of the most lovely young women that I have ever seen in my life
「私がこれまで見た中で最も若い美しい女性が勢い込んで部屋に入ってきた」
スミレ色の眼、頬にはピンクの輝きがある、とさらに続きます。
アリスはホームズへのお礼と、先ほど挙げたマッカーシー父子の口論の内容、そして、父ターナーと父マッカーシーの2人はオーストラリアのヴィクトリア州にいたことなどを説明して帰ります。父ターナーは今回の事件ですっかり参ってしまって病の床にあるとのこと。
ホームズはその夜、拘置所のジェイムズに会いに行き、翌日は犯行現場へ向かいました。レストレードはここまでずっと付き添っています。しかし、とにかく警部、ホームズを馬鹿にしてるな、という態度を崩さない。にしては重要な情報を聞き出す感じ。
I have grasped one fact which you seem to find it difficult to get hold of," replied Lestrade with some warmth.
「私はあなたにつかめそうにない事実を1つ、しっかりと掴んでいます」レストレードはいくらか熱を込めて言った。
That McCarthy senior met his death from McCarthy junior and that all theories to the contrary are the merest moonshine.
「それは父マッカーシーが息子に殺されたという事実です。この事実に反するような意見はすべてたわごと(moonshine)ですよ」
まあ、よくある実務家の警察官対理論家、もっと言えば空想家の探偵、という図式がここでも展開されます。しかし探偵の方が捜査に熱心、濡れる汚れる厭わない、のですからそのコントラストもおもしろい。
この作品ではまた、いかにもホームズ流の捜査が行われます。小道を辿ってボスコム池の近くに行くと、湿り気を帯びた地面には、被害者が倒れた跡やたくさんの足跡が残っていました。
He ran round, like a dog who is picking up a scent
「ホームズは走り回った。臭いを追いかける犬のように」
そしてひとくさりレストレードの足跡がバッファローの群れのようについてなければ捜査はどれほど簡単だったか、と文句を言った後、さらに詳細に調べます。
He drew out a lens and lay down upon his waterproof to have a better view
「ホームズは拡大鏡を取り出して、よく見るためにレインコートの上に腹這いになった」
特にその場所には、ジェイムズが歩いた足跡、走った足跡、父と話している時の銃の台尻の跡、父マッカーシーがウロウロした足跡があり、さらに四角い特徴的なブーツの足跡が行き来していて、コートを取りに戻った時のものだと断定します。
さらにホームズは大きなブナの下までその足跡を辿ります。枯れ木や草をひっくり返し、ホコリにしか見えないものを封筒に取り、地面だけでなく木の幹までも拡大鏡で調べ、コケの中に転がっていたギザギザの石までも改修します。
そして番人小屋で話を聞いた後、レストレードに石を手渡します。
The murder was done with it.
「これが殺人の凶器だ」
血の痕がついていない、とレストレードは言いますが、ホームズは石を取り去った跡がなく、数日間置かれていたものであること、傷口と一致すること、などを理由に挙げます。
Is a tall man, left-handed, limps with the right leg, wears thick-soled shooting-boots and a gray cloak, smokes Indian cigars, uses a cigar-holder, and carries a blunt pen-knife in his pocket.
「犯人は背が高い男だ。左利きで、右脚を引きずっていて、分厚い靴底の狩猟用ブーツを履いていた。灰色のマントを着て、インド葉巻をホルダーを使って吸った。ポケットには切れ味の鈍いペンナイフを持ち歩いていた」
と犯人像を詳しく説明します。
レストレードは一笑に付し、ジェイムズの容疑の反証にはならないとしました。理屈は結構、しかしこちらは石頭の陪審員とやり合うんだから、と。
まあ、いずれわかるさ、と応じるホームズ。今日の午後は忙しいが、夕方の列車でロンドンに戻れるだろう、と言い出してレストレードはキョトン。
And leave your case unfinished?
レ「事件は未解決のままで?」
No, finished.
ホ「いや解決したよ」
But the mystery?
レ「謎は?」
It is solved.
ホ「解けた」
Who was the criminal, then?
レ「んじゃ、犯人は誰なんです?」
The gentleman I describe.
ホ「いま僕が説明したような男だ」
But who is he?
レ「それって誰なんです?」
Surely it would not be difficult to find out. This is not such a populous neighbourhood.
ホ「探し出すのは難しくないだろう。この辺は人も少ないしね」
ホームズは誰かを口にしないことには深い思惑があるのですが、レストレードはその特徴のある男を探して駆けずり回るだなんてできない、ヤードの笑いものだ、と否定します。やるのが警察かなとも思うのですが。まあものがたり。
とにかくチャンスはあげたよ、じゃあね、とホームズとワトスンはレストレードくんと別れます。ホテルでホームズは深刻な顔でワトスンに相談を持ちかけます。話すことで整理しようとしたのでしょう。
ジェイムズの供述で、2つ気になることがあったと。1つは「クーイー!」という合図の声を、父マッカーシーは息子がいる事を知らずに発していること。いま1つは父マッカーシーがいまわのきわにつぶやいた「a rat」。
ホームズの知識によると、「クーイー」はオーストラリア人に特有の合図とのことでした。そして、ホームズは地図を取り出します。オーストラリア、ビクトリア州の地図でした。そこにはBALLAT、バララットという地名があり、ホームズが手で隠すと「ALAT」つまり「a rat」となることが分かりました。父マッカーシーは犯人は誰か言うときに、バララットの誰それ、と言おうとしてたんですね。名前of Ballatだったわけです。
これで灰色のコートを着て、バララットから来たオーストラリア人と範囲がぐっと狭まりました。ポイントを整理して、次は先ほどの調査の検討。もちろん中心は分厚く四角い底のブーツを履いた男です。
背の高いというのは歩幅で推定、右足の足跡だけが不明瞭、つまり引きずっているということ。致命傷となった打撃は背後から頭の左側に加えられた。ゆえに犯人は左利き。
次は大きなブナの木周り。そこで父子マッカーシーが話している間、犯人はタバコを吸っていた。ホームズが集めたホコリのようなものはタバコの灰だった。
I have, as you know, devoted some attention to this, and written a little monograph on the ashes of 140 different varieties of pipe, cigar, and cigarette tobacco.
「君も知ってのとおり、僕はこの問題に取り組んで、140種類ものパイプ煙草、葉巻、紙巻き煙草について専門的な論文を書いている」
ホームズは吸いさしも見つけて、インド産の葉を使いオランダのロッテルダムで巻かれた葉巻だと看破したというわけです。吸いさしの口の方が強く噛まれておらず、切り口が粗雑に切られていることから、ホルダーと鈍いペンナイフの存在を推理したのです。
場面は変わって、ホテル。ガタイの大きな、しかし衰えた様子の紳士が、ホームズとワトスンが待つ部屋に入ってきました。
父ターナーでした。今回の事件でショックを受け、レストレードが危篤だと言ってましたが・・意図的だったのか?その点詳しい説明はないですね。
ともかく、ホームズがターナー家を訪れると人目につくことから、呼び出したのでした。
どうしてかね、と言いながら、ターナーも理解しているようす。ホームズと視線で会話を交わします。
It is so. I know all about McCarthy.
「そういうことです。僕にはマッカーシーに関してすべて分かっています」
God help me!「ああ、神よ!」
1860年代の初め、ターナーは自分が権利を持っている金鉱で金が出ず、バララットのブラックジャックという通り名のギャングになりました。ある日金塊を運ぶ荷馬車を襲い、撃ち合いの末、強奪に成功します。その馬車の御者がマッカーシーでした。ターナーはマッカーシーを殺さず逃してやったのでした。
ターナーは疑われることなく大金持ちとなって本国へ戻り、ボスコム谷の屋敷を買いました。結婚しアリスが産まれましたが、まだアリスが小さな頃、奥さんは亡くなりました。可愛いアリスの存在が、ターナーに心を入れ替えさせました。しかしー
ロンドンのリージェント街で落ちぶれたマッカーシーと出会い、脅されて息子のジェイムズともども面倒をみることになります。一番いい土地を無料で貸し与え、良い生活をさせました。
It grew worse as Alice grew up, for he soon saw I was more afraid of her knowing my past than of the police.
「アリスが成長するにつれ、事態はますます悪くなった。わしが過去のことを警察よりもアリスに知られることを恐れているとやつが気付いたからだ」
マッカーシーは息子ジェイムズとアリスを結婚させて財産を我がものにしようと目論みました。ターナーはこればかりは断固反対。これまで言うことを聞いてきたターナーが最悪の脅しにも折れなかったため、ボスコム池のほとりで話し合いをする予定でした。約束の場所に向かっていたターナーはジェイムズが来たのを察知し、ブナの木の陰に隠れて様子を見ていました。
父マッカーシーは息子にアリスとの結婚をけしかけていました。まるでわが娘の気持ちなど考えようともしないその言い方に、ターナーの中に決意が芽生えます。20年来、悪魔の化身のようなマッカーシーに苦しめられてきた想いもあったでしょう。ジェイムズが行ってしまった後、手近な石を拾い、迷うことなく殺したー。マントを忘れ、逃げる途中に取りに引き返しました。
ターナーは糖尿病を患い、医者からは余命幾許もないと言われていました。名声もあり、この期に及んでスキャンダルは避けたほうがよい、しかしジェイムズ・マッカーシーは救わねばならない。
ホームズは、ワトスンの立ち会いのもとターナーの供述を書き留め、署名してもらいました。もしもジェイムズに有罪判決が出たら提出せざるを得ない。しかし実際は、ホームズが作成して弁護士に託した異議申請書によりジェイムズは無罪となりました。
ターナーは神に召され、アリスとジェイムズは一つ前の世代にかかっていた黒い雲のような過去を知らないまま、幸せな結末を迎えそうです。
ちなみにジェイムズが若気の至りで結婚した女は、ジェイムズが尊属殺人で逮捕されたことを知り、自分はすでに夫がいて、その人とは何の関係もないという手紙を送ってきていました。大金持ちとなって後厄がなければいいのですが。もう一つ、あれだけ犯人像を匂わせられて、レストレードは何もしなかったんですね。自分の手柄を崩されて、ホームズを信用したくなかった、というとこでしょうか。
さて、冒頭にも触れた通り、この作品はシャーロック・ホームズ物語らしさに溢れています。
冒頭の電報の呼び出しから、ワトスンの妻メアリのセリフから、代診を頼むアンストラザーさん、列車に2人で乗ることも、シャーロッキアンには、少なくとも私には、言うのにちょっと恥ずかしさもありますが、キュンキュンきますね。
さらに世界中の探偵のイメージを決めたコンパートメントの、ディアストーカーにインヴァネスコートの姿。レストレードとの関係性、さらに捜査の活き活きとしていること。湿地にコート敷いて這いつくばり、拡大鏡を使う、ゴミにしか見えないものを集めたりして、犯人像を理論的に組み上げ、凶器を見つけてしまうという信じられない成果を挙げます。どっから出てきたの状態。そして、解決した、帰る、というコントか、という会話もいい味ですね。
「緋色の研究」「四つの署名」の2つの長編、その後の第1短編集4作めで、読み手に非常にインパクトの残る、躍動感ある姿を見せつけています。
この原文読みは、各短編集から1つずつ拾っていっているのですが、晩年の「事件簿」の作品は重々しく、どこか小難しいのに比べ、この作品は表現も活力があって流れやすく、読みやすい感じがしました。もちろんなんちゃって英語なので、イメージが影響してるのかもしれません。
ホームズシリーズは第2短編集ラストの作品「最後の事件」でいったん休止し、10年のブランクを経て「空き家の冒険」で劇的な復活を果たします。しかし、休止前と比べ、ホームズの思慮が浅くなった、という声も聞かれるそうです。
たしかに再登場が劇的なら、以降の作品もややドラスティックな効果を意識しているかなと私も思いますが、さすがにニュアンスまでは分かりません。このターナー氏に見せた配慮がそのうちに入るのかも知れないですね。
さて、好きなように書いてきました。長くてすみません。この短編を締めくくると言っていいホームズのセリフを抜粋して終わりたいと思います。嘆きや名言もいかにもホームズシリーズっぽい。
Why does fate play such tricks with poor, helpless worms?
「なぜ運命は、哀れで無力な人間に、かくもむごいいたずらをするのだろう?」
There, but for the grace of God, goes Sherlock Holmes.
「神のご加護がなければ、シャーロック・ホームズもこうなるのだ」