2024年4月21日日曜日

4月書評の8

◼️ Authur Conan Doyle
"The Naval Treaty"「海軍条約文書」

結末がおもしろいお話です。

ホームズ短編原文読み44篇め。残りはあと12。第2短編集The Memoirs of Sherlock Holmes「シャーロック・ホームズの回想」よりラス前のこの作品。次はThe Final Problem「最後の事件」で、ホームズは死んだこととなり、シリーズは10年間凍結されます。詳しくは別の機会に。

海軍条約文書事件、この短編は長かった。英語ページ数でも通常短編の2倍くらいありました。だいたい1か月に1本のペースが、先月は読みきれなかったっす。

まあともかくスタートです。ワトスンが結婚直後の7月の事件、と明記してあります。ワトスンは1887年か翌年の「四つの署名」事件で知り合ったメアリ・モースタンと結婚しますからその時期に発生したことになりますね。もちろん2人は別々に暮らしていました。

ワトスンには少年時代、パーシー・フェルプスという同窓生がいました。気弱でいじめられっ子、しかし成績優秀、しかも伯父が大物政治家のホールドバースト卿で、ケンブリッジから外務省に入り要職についていました。そのフェルプスから恐ろしい災難が起きた、ホームズさんに相談したいとの依頼を受け、ホームズと共に列車で1時間足らずのウォーキング、オーソン・ウェルズ「宇宙戦争」で火星人の宇宙船が墜落した土地ですね、へ着きました。

駅から歩いて数分のフェルプスの屋敷では太って愛想の良い40がらみの男、ジョセフ・ハリソンがホームズたちを迎えました。フェルプスは奥の部屋のソファで横になっていて、そばには婚約者のアニー・ハリソンが付いていました。ジョセフはアニーの兄だとのことでした。アニーの褐色の美しい肌と黒い艶のある髪は青白い顔で弱っているフェルプスと好対照でした。

さっそく事件のあらましが説明されました。5月、外務大臣の叔父、ホールドハースト卿はフェルプスを執務室に呼び、イギリスとイタリアの間で締結された国際条約の原本を渡します。海軍に関するもので、三国同盟でフランス艦隊の軍事力が優位に立った際、イギリスが取る立場、政策を予告するものでした。入手するためならロシアとフランスの大使館が大金を払うだろう、とした上で、大臣はきょう部署の者が全員帰ってから複写を作り、明日の朝原本とともに自分に渡すよう言いつけました。厳重に保管することを念押しして。

先に食事を済ませ、フェルプスは指示通り誰もいなくなったオフィスで作業を急ぎました。ジョセフがロンドンに出てきていて11時の列車でウォーキングに帰るはずだったので、できれば一緒にと思っていたのです。9時になり、疲れを感じたフェルプスはコーヒーを飲もうとベルを鳴らします。建物にはコミッショネア、使用人が階下に一晩中詰めていて、注文すればアルコールランプでコーヒーを沸かしてくれるのでした。コミッショネアというのは退役軍人で作った便利屋的な組織だそう。「青いガーネット」というお話でも出てきます。

びっくりすることに、やってきたのは女でした。使用人の妻で雑用をしているとのこと。フェルプスはコーヒーを発注しましたがなかなか来ません。フェルプスは様子を見に行くことにし、その階の一番奥にある執務室の唯一の出入り口から一本道の廊下に出ました。廊下はカーブして階段を降り、踊り場で2つに分かれています。直角に折れる道はさらに階段を降り通用口へ。まっすぐさらに階段を降りると正面入り口がありその手前脇に使用人が詰めている部屋があります。

行ってみると使用人が眠りこけていました。アルコールランプ上ではやかんが煮立ってお湯が吹きこぼれていました。フェルプスはアルコールランプを吹き消して使用人を起こそうとしました。その時、頭上のベルがけたたましく鳴り出し、コミッショネアは飛び起きました。

フェルプスはコーヒーが出来てるか見に来た、と言い、使用人はお湯を沸かしているうちに眠ってしまったと言い訳しました、顔に当惑が広がりました。

"If you was here, sir, then who rang the bell?"

「あなたがここにいらっしゃるということは、ベルを鳴らしたのは誰なんでしょう?」

あなたが仕事してらした部屋のベルですよ、という言葉に、フェルプスは事の重大さを突然悟ります。

死に物狂いで部屋に駆け戻ったフェルプス、廊下にも部屋にも人影はありませんでした。しかし・・

"All was exactly as I left it, save only that the papers which had been committed to my care had been taken from the desk on which they lay. The copy was there, and the original was gone."

「部屋のすべては私が出て行った時のままの状態でした。ただ、私が取り掛かっていた文書だけが、置かれていた場所から持ち去られていました。コピーはあり、原本がなくなっていたのです」

フェルプスが駆け戻った廊下には人が隠れられるところはなく、途中の踊り場から通用口の方へ向かい、外へ出ました。10時15分前の鐘が鳴りました。大通りは馬車の行き交いが多く、しかし歩いている者はいませんでした。通りに立っている警官は、この15分ほどで、使用人の妻らしき女以外誰も見ていない、と言いました。通りの反対側でも目撃者はいませんでした。

部屋につながる廊下や階段を捜しても何も見つかりません、雨の日でしたが足跡ひとつ残ってませんでした。使用人の妻は、詰所で靴を脱ぎ、布のスリッパを履いていたとのことでした。執務室も捜しましたが何もありません。天井や床、壁、暖炉に隠し扉や抜け道はなし、部屋は地上30フィート、約9m。窓は2つとも中から鍵がかかっていました。遺留品は何もなく、煙草のにおいなどもしませんでした。ベルの紐はフェルプスのデスクのすぐそばにありました。

スコットランドヤードのフォーブズという刑事が捜査にかかり、フェルプスととともに使用人タンギーの家へと行き、夫人の身柄拘束&家宅捜索。しかし文書は出てきません。一連の行動が落ち着くとフェルプスは自身の立場の重さに神経が耐えきれず、錯乱してしまいます。

家に送り届けられ、ジョセフの居室がその日から病室となり、フェルプスは9週間以上も伏せってしまいました。錯乱の発作に備えて夜はずっと付き添いの看護婦が付きました。ここ3日ほどでようやく回復しました。スコットランドヤードに問い合わせても操作の進展はなく、途方に暮れたフェルプスはワトスンを通じてホームズに助けを求めたというわけでした。

ホームズは極秘の仕事を他には、家族にも漏らしていないことなどを確認します。さらに、

"And none of your people had by chance been to see you?"
「ご家族の誰かがふらりと会いに来たこともなかったですか?」

"None."「ありません」

"Did any of them know their way about in the office?"
「家族の誰かが事務所内部を知ってるということはありますか?」

"Oh, yes, all of them had been shown over it."
「それならみな知ってます。見せて回ったことがあるんです」

というやりとりをしました。どうも変な質問ではあります。が、後に意図が分かります。

そしてここで、ホームズはなんと花瓶の薔薇を手にとり、まあ理屈のようなナルシストのようなことを口にし花の美しさを賞賛します。白昼夢、陶酔の世界に行っているような態度に、フェルプスの婚約者アニーがいらだって割り込みホームズをこちらの世界に引き戻します笑。

ア「事件の解決の見込みはあるんでしょうか」
ホ「あ、ああ、事件ですね!複雑です。分かったことは何でもお知らせしましょう」
ア「手がかりはありますの?」
ホ「今のお話に7つありました。申し上げる前に検証しなければなりませんが」

A:"You suspect someone?"
「誰が怪しいんですの?」

H:"I suspect myself."「ワタクシ自身が」

A:"What!"「まあなんですって?」

H:"Of coming to conclusions too rapidly."
「あまりにも早く結論に達してしまったので」

だったら早くロンドンで、それを確かめてこんかい、的なアニーのツッコミにホームズは、あなたのアドバイスはすばらしい、と返します。

かくてフェルプスはまたおかしくなりそうだ、と叫び、婚約者はいらだち、ホームズはあまり期待しすぎないように、と言い残す。何か舞台劇の一場面のようでもあります。

それでもフェルプスはホームズが捜査をしてくれることに感謝していました。彼は、ホールドハースト卿からこれは最重要な事件で、お前の将来がかかってるぞ、という内容の手紙が来ていたことを明かします。

ロンドンへ向かう列車の中でホームズは独自に調べた内容を披瀝します。ジョセフとアニーはノーサンバランド州あたりの鉄器製造業者のただ2人の子どもで、フェルプスが冬に旅行した時に知り合い婚約した。アニーはフェルプスの家族に紹介してもらうために兄に付き添われてウォーキングにやってきた。そこへ事件が起こり、彼女は婚約者の看護のためにずっと滞在していて、兄もそのまま居心地よく過ごしているー。ここまでそんな時間はなかったようにも思うんですが、いつ調べたんでしょうね笑。

ホームズは事件の晩9時45分ごろに外務省付近で乗客を降ろした馬車について情報を求める賞金付きの広告をすべての夕刊紙に出すよう手配していました。犯人は辻馬車で来た可能性が高い、と言ったあと、あのベルはなんだったんろう、とまた推理の思索に入り込みました。

次は刑事フォーブズ。最初は冷淡でした

「あんたのことは聞いてますよ。我々の情報を使って警察の面目をつぶしてるとね」

ホームズはひるみません。

「それは逆だな。直近53件のうち私の名前が出たのは4件で、あとは全部警察の手柄になっている。君は若くて経験も浅い。捜査をうまく進めたければ、私と敵対するのではなく協力することだね」

するとフォーブズはへにゃんとなって、実は何の進展もないんです、ヒントをいただけませんか、とへりくだります。同じ短編集の「名馬シルヴァー・プレイス」でも同様のやりとりがあったような。貫禄といったとこですね。バリバリの警部レストレードでもホームズを頼るんですから。読者にとっては胸のすく場面です。

警察は使用人タンギーと犯行当日にフェルプスのところへ御用聞きに来た夫人両方に尾行をつけていました。夫人は代わりに来たのは夫が疲れていたから助けてあげたいと思ったとのこと。これはタンギーが居眠りしていたことと辻褄が合います。あの時刻に建物を離れたのは時刻が遅かったので帰りたくなったからだと。さらに執務室で最も遅くまで仕事をしていた事務員も調べましたがすべて怪しいことは何も出てきていませんでした。

次はホールドハースト卿でした。運良くダウニング街の豪華な執務室、フェルプスに極秘任務を与えた部屋で話を聞くことができました。

身内だからこそ庇うことはできない。この事件は彼のキャリアに大きく影響する。文書が見つかったら別だが、という大臣。

ホームズは誰にもこの極秘作業のことは言っていない、と断言します。フェルプスも同じことを言っていました。ということは、犯人が執務室に来て文書を見つけたのはまったくの偶然ということになる、と結論づけます。

ホームズはさらに核心を衝きます。この条約の内容はすでに漏れ、フランスかロシアが内容を知ったのかと。ホールドハースト卿は、まだ何も起きていない、と答えます。そして、あと数か月もすれば秘密でなくなる、つまり公になると言ってるわけですね。

10週間近く経っても、何も起きていない・・これは何を意味するのでしょうか。買取先との金額交渉が難航してるのでしょうか?しかも偶然見つけた?計画的な犯行ではないのでしょうか。

そして今回の物語は、警察がマークした3人もそれぞれなんか怪しいな、と言える要素を持ってます。ホームズはホールドハースト卿をも疑い、この会見の後、卿の靴底は貼り替えてある、内証は苦しい、と看破します。金が必要な状況だ、と理由をつけてるわけですね。どうも腑に落ちないとは考えてしまいますが。現役の外相がそこまでお金ないもんなんですかね。

さらに、帰り際、なぜここまで文書が出てこないのか、という謎に対してホームズは

"it is a possible supposition that the thief has had a sudden illness– –"

「犯人が突然病気になった、などの可能性もあります」

"An attack of brain-fever, for example?"

そしてホールドハースト卿に
「脳熱の発作にですか?例えば?」

つまり脳熱で倒れていたフェルプスが自作自演した可能性まで匂わせるなど、著者ドイルは巧妙に雰囲気を作っています。泥棒は偶然に、その日に言われた極秘の命令と作業者と作業時刻を知っていたかのように即刻行動に出て人目につかずに盗んでいます。内部犯行を疑うことは事実に符合している。ただそうはっきりと書かずにただ登場人物たちにちょっとずつだけれど怪しいところをくっつけてムードを醸成していくのは見事。原文で読んでると、ドイルの上手さ巧みさが目について楽しいですね。

しかし真相はまったく違ったものなのでした。

この日の捜査は終了、翌日ウォーキングのフェルプス邸へ出向くと、新たな事件が起きていました。

フェルプスはホームズが捜査を快諾したという安心感もあってか快方に向かっていると判断したのでしょう、初めて看護人の夜番をなしにして独りで寝ました。

うつらうつらしていた午前2時ごろのことでした。フェルプスはねずみが板をかじるようなごく小さな音に気づき、やがて窓の方からカチリ、という金属音を聞きました。誰かが窓の隙間から器具を差し込み、鍵の留め金を外したに違いなく、フェルプスは思わず半身を起こしました。しばらくして窓をそっと開ける音が聞こえ、フェルプスはたまらずベッドから駆け寄り、ブラインドシャッターを開け放ちます。

"A man was crouching at the window. I could see little of him, for he was gone like a flash. He was wrapped in some sort of cloak which came across the lower part of his face. One thing only I am sure of,and that is that he had some weapon in his hand. It looked to me like a long knife. I distinctly saw the gleam of it as he turned to run."

「1人の男が窓のそばにうずくまっていて、すぐに閃光のように走り去りました。彼の姿をしっかり見ることはできませんでした。彼はマントのようなものに身を包み、顔の下半分まで覆っていました。間違いないのは何か武器を手にしていたことです。振り返って逃げる時、長いナイフのようなものがキラリと光るのをはっきりと見ました」

そりゃ実に興味深い、とホームズ。フェルプスは台所につながるベルを鳴らしましたが使用人は全員別の階で眠っていたため誰も来ない、だから大声で叫び、ようやくジョセフが降りて来て他の者を起こした、と。

足跡などがあるというのでホームズ、ワトスン、フェルプス、ジョセフで見に行くことに。この時、私も、というアニーを、ホームズはずっとそこに座っていてください、と制止します。

花壇の足跡ははっきりしないもので役に立ちませんでした。ホームズはなぜこの部屋なんだろう、食堂など大きな窓のある部屋ではなくて、などと言いながら家の周りを歩き回ります。賊が乗り越える時折ったのではないかという柵の横木も見ましたが、折れ口が古く、足跡もなくこれも手がかりにはなりませんでした。

帰り道、ゆっくりとしか歩けないフェルプスと付き添いのジョセフを置いて、ホームズは早足で帰ります。そして窓からアニーに熱心な口調で話しかけました。

"you must stay where you are all day. Let nothing prevent you from staying where you are all day. It is of the utmost importance."
"When you go to bed lock the door of this room on the outside and keep the key.Promise to do this."

「あなたは一日中ずっとそこに居てください。何があっても動かないで。これは大変重要な事なんです。寝室へ行く時は外側から鍵を閉めてそれを持っていてください。約束してくれますね」

アニーは同意のうなずきを返し、追いついた兄ジョセフの外へ出てみないか、という呼びかけにも頭痛がすると言い、そのまま部屋にいました。

そしてホームズは、フェルプスに、一緒にロンドンへ来てくれるとありがたい、1時間後に出発、泊まっていって欲しい、といきなり言い出します。ところが、言う通りにしたフェルプスとともに馬車でウォーキングの駅まで行くと、自分はこのまま残る、と平然と言ってのけたのでした。

ワトスンはベイカー街の部屋でフェルプスと過ごします。フェルプスはなにか大きな陰謀が働いていて自分の命が狙われていると思い込み、ホームズさんは本当に事件を解決してくれるだろうかと心配し、説得して寝かせるのに骨が折れました。ワトスンもその影響で事件のことを考えて睡眠不足。

そして、ホームズは翌朝ベイカー街に帰って来たのが2階の窓から見えました。左手に包帯を巻いて、上がってくるのに少し時間がかかりました。

"He looks like a beaten man,"
「うまくいかなかったみたいだな」
とフェルプスは暗澹たる気分。

傷は心配ない、とてもおもしろい体験をした、まずは朝ごはんだよ、とホームズ。

ハドソンさんがthree covers、3つの蓋つきの皿を運んできました。よく見る、半球形で皿の料理にかぶせる蓋がついた食器みたいなやつかなと思います。ともかくすっかり朝食の準備が整いました。

Holmes ravenous, I curious, and Phelps in the gloomiest state of depression.

ホームズは食欲旺盛、私は好奇心旺盛、そしてフェルプスは絶賛落ち込み中だった。

こういう遊びは見逃せませんね😎英語は韻を踏んでて、日本語訳は言葉遊び。

"Her cuisine is a little limited, but she has as good an idea of breakfast as a Scotchwoman."

「ハドソンさんの朝ごはんは🥘料理の種類が多いわけじゃないけど、工夫してる点ではスコットランド女性に負けてないね」

ホームズの前の料理はカレー味のチキン、ワトスンの皿はハムエッグでした。ホームズはフェルプスに食べるよう勧めます。フェルプスは食欲がない、と固辞、それでも自分の前のものだけでも、と重ねてプッシュするホームズ、いらないというフェルプス。

じゃあ、私がそれ貰ってもいいですか?とホームズ。フェルプスは仕方なく目前の料理の蓋を取りました。するとー

皿の中央に、巻かれて円筒形になっている青灰色の紙が置いてありました・・!

フェルプスはそれを手に取り食い入るように見て、歓喜の叫び声を上げ、文書を胸に抱いて部屋中踊り始めました。

"It was too bad to spring it on you like this, but Watson here will tell you that I never can resist a touch of the dramatic."

「こんなふうに突然目の前に出したりして申し訳ありません。ワトスンはよく知ってることですが、私はドラマチックなやりかたを好むほうでして、その誘惑に勝てないのです」

さて種明かしです。ホームズは近くの村の宿に夜までいて、水筒を持ちサンドイッチを紙で包んでポケットに入れ、フェルプスの家へと出かけました。寝ずの番です。フェルプスが伏せっていた部屋の窓の外でした。

約束通りその部屋にずっと頑張っていたアニーが10時15分に自分の寝室に下がり部屋に鍵をかけました。

長い夜、ホームズは「まだらのバンド(ひも)」事件を思い出したとか。そしてようやく、午前2時ごろでした。かすかな音がして、使用人用の扉が開けられ、黒いマントを羽織り、ナイフを手にした男が出てきました。ジョセフ・ハリスンでした。

ナイフを窓枠に差し込み、鍵を外して窓を開け、内側のシャッターもナイフで横棒の鍵を外し開け放ちました。部屋に入ってロウソクに火を灯したジョセフは、ドアの近くの敷物をめくり、床の板のうち水道管修理用に開くようになっている部分、を外して、そこから円筒形に丸めた文書を取り出したのですー。

目的を遂げたジョセフは全てを戻してロウソクを消し、窓から外に出て窓の外にいたホームズの手中に落ちたのでした。しかしナイフを持って飛びかかってきたのでホームズにしては苦戦して取り押さえ、拳に切り傷を負ったのでした。殺意のある目で睨んでいたジョセフも、説得を受け入れて文書を返してくれたとのこと。

ホームズはジョセフを放してやり、そしてジョーンズ刑事に連絡しました。

"If he is quick enough to catch his bird, well and good. But if, as I shrewdly suspect, he finds the nest empty before he gets there, why, all the better for the government. I fancy that Lord Holdhurst, for one, and Mr. Percy Phelps for another, would very much rather that the affair never got as far as a police-court."

「もしジョーンズ刑事がジョセフを速やかに捕まえられたらそれもけっこう。でももし、居どころを突き止めたとして、行ってみたらもう高飛びした後でしょう。ただ、そのほうが政府にとってはより都合がいい。思うにホールドハースト卿にとっても、そしてあなたにとっても絶対に警察沙汰にはならないほうが良いでしょう」

気が利いてますね。この辺、ホームズが、自分は警察ではない、と断言する理由でもあるでしょう。

しかしこの話は驚きの連続でした。

"Do you tell me that during these long ten weeks of agony the stolen papers were within the very room with me all the time?"

「悩み苦しんでいた長い10週間、盗まれた文書はずっと私の部屋にあったということですか?」

その通りだったのですね。ホームズが本人から聞き出したところによればジョセフは株で大損をして金が必要だったと。実の妹の幸せも、義弟の名誉も二の次というselfish、利己的な性格でした。

つまり真相はこうです。前半で、フェルプスは家族に、自分の職場を見せて回ったことがあると言っていました。おそらくアニーが結婚の挨拶に出てきた時だったのでしょう。

外務省に来たことがあったジョセフは、フェルプスと一緒に帰ろうと通用口から建物に入りオフィスに立ち寄りました。それはフェルプスがコーヒーの催促をしようと部屋を出た直後でした。ジョセフは執務室に誰もいないのでベルを鳴らします。と、たまたまデスクの上にあった国家機密の文書を見つけます。これはカネになると踏んで、即座に持ち去り、ウォーキングへと帰ったのでした。

"The principal difficulty in your case, lay in the fact of there being too much evidence."

「この事件の最も難解な点は、証拠となる事実があり過ぎるということでした」

そう、この物語の構成は、逆なんです。推理小説では起きたこと、ストーリーで出てきた現象はほぼ全てが真相に関係があっていわば無駄がない、というタイプの作品がよくあります。ホームズものもそういう話は少なくないと思います。

しかしこの話は紛れさせたり、疑念を起こさせたりする要素を目の前に散らしてある。意識がジョセフに行かないようになっています。そして読み手は刑事フォーブスと同じく、手詰まりになる感覚を味わうのではと思います。ガチのミステリというよりはサスペンスものに近い感覚ですね。


ホームズは最初からジョセフが怪しいと思っていたと。なぜならあの晩一緒に帰るつもりだったし、建物の内部をよく知っていたから。現在は有り得ませんが19世紀のイギリスで通用口にまで警備員を張り付けておくということは無かったのでしょう。

ジョセフは盗んだ海軍条約文書を自室の床下に隠して、処分の算段を練るつもりだった。しかしその夜のうちに部屋を追い出されてしまい、病人と看護人、常時2人が夜も昼も居る状態になってしまったのでした。

何者かが寝室に侵入しようとしたという事件があった時、ホームズの疑念は確信に変わった。その部屋に何かを隠すことができる者、その夜は看護人を置かずに寝る初めての夜だったことを知る人物は、ジョセフ以外にいなかったー。


どうでしたでしょうか。先に1つだけ抜けてる点を挙げれば、フェルプスは部屋、執務室に続く廊下に足跡はなかったと断言しています。雨の夜、踊り場から直角に曲がる階段方向の通用口から入ったとはいえ、執務室のそばの廊下は通るはずなので、厳密にはないはずがない。当時はガス灯からアーク灯への切り替え時期だったらしいのですが、動転した、捜査術には素人のフェルプスが、雨の降る外での初動を終え濡れた靴で帰った後、暗かったであろう廊下を調べた、ということなので、と予測はできるのですが、まあ言及がないのは抜けかと思います。

しかしそれを補って余りある構成の妙があります。一般にホームズシリーズは、本格推理小説の先駆けに過ぎず、ミステリというより「ものがたり」だという意見もあり、私も推理エンタテインメントという感じで捉えています。ただこう原文でつぶさに見ていくと、なかなかドイルの巧妙な仕掛けが目に入ります。もちろん、ちょっと都合の良さも感じはしますが、まあエンタメなので。

突飛で理屈の通った場面を演出して見せる才には最高に長けていますね。

ホームズにはワクワクさせられた経験を持つ者は世界中にいていまだに不動の人気を誇る理由がここにあるのではないでしょうか。おしまいです😊

それにしても、長かったっす😅

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