2024年3月30日土曜日

3月書評の11再

◼️ 遠藤周作「海と毒薬」

キリスト教的考え方と日本人、流される人々がテーマとのこと。ふうむ。

遠藤周作もたしか読んだことがなく、今回ググって初めてキリスト教と日本人を大きなテーマにしている作家さんだと知った。いや不勉強。1958年、昭和33年の作品で、九州帝国大学で戦中に起きた、捕虜の人体実験を核としている。

地元出身の医学生・勝呂、関西から来た同僚・戸田、補助看護婦・上田。戦中の大学病院は
治療方法や手術の日程までが権力争いに絡んで決まりる。学部長の親類の手術に失敗し死なせてしまった第一外科の幹部たちは軍部のアメリカ人捕虜提供の話に乗る。死を前提とした実験手術に参加は自由意志とされ、勝呂も戸田も承諾するー。

上層部の意向に翻弄されるしかない自分に嫌気がさしている勝呂、また強気ながら自分には人間らしい感情がないのではと疑う戸田、入院してきた男と結婚、満州へついていったものの別れて帰ってきた看護婦・上田らの半生と現状。おりしも病院からは連日のようにアメリカの爆撃を受ける市街が見える。捕虜は爆撃機の乗組員だった。

医療、手術の専門用語を交えながら、戦中の病院、入院患者、治療に携わる人々の、極めて人間臭い状況をストーリーとして綴っている。そして生体実験の非動さにも逃さずスポットを当てながら、その出来事をキーとした、取り巻く人々の愛憎や心証が中心となっている。複雑さを感じる小説だと思う。

ウェットで控えめな勝呂の現状にぐずつき戸惑う心持ちが描写され、反対にドライな戸田にはヘルマン・ヘッセの短編のような蝶の剥製のエピソードなど少年時代をつぶさに回想させている。上田の満州時代を語る部分には戦前の社会から続く鬱屈がスケール感とともにうかがえる。

それにしてもF市て、薬院とか糸島の地名も出してるし福岡って丸わかり。市街と九大病院はそんなに離れていないけど、そこまで海も近くないけど・・なんて思い読んでいた。あくまで事件をモチーフにした創作小説だということだ。

流されやすい日本の人々とキリスト教、という明確な対比は見えない。出演する元看護婦のドイツ人の夫人がその価値観を代表しているのうにも思えないことはないけれど。ただ、では出来たのか、という点はキリスト教徒でも同じのような気もする。

背景を知ったことで少し興味が出た遠藤周作。「沈黙」はおもしろいのかな。

10月書評の11

3月書評の10

◼️ フォークナー短編集

実はお初のフォークナー。南北戦争、黒人差別、オリジナルの民族に白人間の対立。

ノーベル賞作家ウィリアム・カスバート・フォークナーの作品はどこかで、と思いつつなかなか手に取らなかった。最初はなにか、マルケスの「族長の秋」を読んだ時と同じように、場面がうまく思い描けなかった。けども、読んでいくうちに話の芯は分かるような気になった。

・嫉妬
・赤い葉
・エミリーにバラを
・あの夕陽
・乾燥の九月
・孫むすめ
・バーベナの匂い
・納屋は燃える

の8編で、1925年から1950年の作品集。

「赤い葉」は大勢の黒人奴隷を抱えたインディアンの首長が亡くなった。当時は身の回りの世話をしていた奴隷も一緒に埋葬される習慣で、逃げた奴隷を捕獲に向かう話。

また濃くて意外な話。黒人奴隷を多く所有している土着の民族がいたのか、と。しかし過酷な。他の作品中にはいわれもない噂でリンチに遭ったり、白人たちのはっきりとした差別とその中でもがく黒人たちの姿が描かれていたりする。さりげない描写にも現実がにじみ出る。

調べてみると、フォークナーはミシシッピ州の田舎にあった自宅周辺をモデルにした架空の土地を舞台にしていること、旧家サートリス、また怪人的人物サトペンは、この短編集に前触れもなくたびたび登場する。どうやらフォークナーを読む時には前提条件の理解が必要なようだ。

後の方の3篇は白人が中心で、「バーベナの匂い」は決闘、恋情、勉学を中断せざるを得なかった若者の決意を、「孫むすめ」「納屋は燃える」は白人同士の格差や対立、小作人の家族などを描いている。

南北戦争がよく出てくるけども、終結したのは1865年であり、1930年の「赤い葉」でも75年離れている。当時のアメリカの読者にも、ふた昔前の時代ものだったのかも知れない。フォークナー自身は、南北戦争で負けた南部の出身であり、そこにかなりこだわりがあるようだ。

人間臭い、アメリカ前時代、リアルな社会の匂いが濃厚な小説はアメリカ本国ではなくてフランスでウケたとか。当時新大陸はまだまだヨーロッパの人たちには遠く、自国にない風味に関心が強かったのかも知れないな、なんて思った。

「納屋は燃える」・・村上春樹の「納屋を焼く」はひょっとしてオマージュ?うーん。

映画「PERFECT DAYS」で役所浩司演じるトイレ清掃人の主人公はフォークナーと幸田文を読んでいたな、なんて思う。

まあフォークナーも入り口はくぐったということで。

ムラシャンとカウリスマキ

3/23、24の土日の話。

ムラシャン=ムラングシャンティ。ムラングはメレンゲ、シャンティは泡立てたクリームのこと。フランス🇫🇷のクラシックなお菓子。インスタで見かけて買いに行っちゃいました。

雨勝ちの天気、日曜の神戸・三宮はややあったか。あまり人気のないフラワーロード、東遊園地あたりを歩いていて、曇り空に春を感じました。ムラシャンを家族分、ちとお気に入りのCONEさんで。甘美味しくて苦いコーヒーによく合う感じ。

土曜日は雨をついて渋いミニシアター、シネ・ヌーヴォでフィンランド🇫🇮の名匠、アキ・カウリスマキ監督特集。「パラダイスの夕暮れ」という作品を観てきました。

最新作「枯れ葉」、先日名画座で観た「コントラクト・キラー」と大筋は同じ労働者階級の恋必ず一目惚れ😍。でもコミカルな面もあり、ほとんど笑わない、セリフさえ最小限?という演出に微笑みます。

週末だからか、雨でもなんと満席❗️で補助椅子が出される熱気ぶり。終わった後、近くにいた女性が「ホント良かったー。次は『カラマリ・ユニオン』観たい〜」と連れの方に。カウリスマキの愛されぶりが嬉しい。私もよく観に行ってるわりには今回の全18本中まだ半分しか観てないっす。

私は次は「ラヴィ・ド・ボエーム」が観たいなあ。ちなみにおすすめは「浮き雲」です。

今週は雪も降って寒かった。ドジャース⚾️サッカー⚽️日本代表戦、競泳🏊のパリオリンピック代表決定レースとスポーツざんまい。

日曜日昼は🏀Bリーグ横浜ビー・コルセアーズの試合と高校バスケ沖縄カップ決勝、福大大濠vs日本航空。ウィンターカップ準優勝の新人大会九州大会王者vsインターハイ優勝で同じく関東大会優勝チームの対戦は大接戦で大濠の勝ち。おもしろいゲームだった。インターハイが楽しみだ。

締めくくりはフィギュアスケート⛸️の世界選手権。兵庫出身の坂本花織3連覇に喜び、6種類のジャンプ全て4回転を跳んだイリア・マリニンの演技に唖然。固まった。きょうの演技はたぶん忘れない。果たして1強時代は来るのか。

冬ドラマは次々と最終回。観ていた中で最後に残ったNHKBS「舟を編む」を観て週末が終わるのでした。

寒いやん

3/21春分の日は午前中外出、ふだんは慎重なつもりでいらない場合でも何かと持っていくワタクシ、朝急いだこともあり、傘を持たず、すると帰りは雨で何年ぶりかにずぶ濡れ。まあ今の季節は防水のダウンでフードもついてるの着てるからダメージないといえばない。すぐ暖房点けてダウンとジーンズとリュックを乾かす。

昼ごはん食べて気づいたら大雪🌨️と大風でびっくり。水分が多いから積もりはしないがあすの出勤日の朝坂道多いこの土地で凍ってしまわないか心配だ🫤。春の雪、どっかで聞いたことある、三島由紀夫か、は珍しくないけども、これで終わりになるかなあ。

下部は京都のダイソーで見つけたブラックジャックの小ぶりのノート。縫合跡がリング部分に来るよううまく作ってて思わず購入。地元のダイソーにはアトムのみ。どうやら手塚治虫作品のグッズいくつかあるみたいで、意外なのはないか、これから行くたびにチェックしそう。

2024年3月20日水曜日

小林愛実リサイタル

京都コンサートホールで小林愛実リサイタル。シューベルトのインプロンプテュ、即興曲の前半。そして後半モーツァルトの幻想曲、シューマン「子供の情景」、そしてショパンコンクール2ndステージを締めたアンスピ、アンダンテ・スピオナートと華麗なる大ポロネーズ 。

初めて聴くモーツァルト、そしてシューマンでも大いに持ち味を発揮、自分のピアニズムに取り込んでいる気がした。早く遅く、強く弱く、間と響き、凛として、柔らかく、あらゆる技と効果を駆使して奏でる。

どれだけ信じられるか、その奏者が作り出す、自分の中で良いと許容できる演出を。小林愛実は内面の感覚がいい形で外に出る存在で、自分の小宇宙、ピアノ世界を作るのがほんとに上手いと思う。これをピアニズムというのだろうか。

夫の反田恭平さんがテレビで、子供の寝かしつけにトロイメライを弾いてると。トロイメライが入っている子供の情景、最初の曲の「見知らぬ国と人々について」(→すごくきれいな曲!)を弾いてるとき、小林さんが微笑んでいたのが印象的でした。お子さんを思い浮かべていたのでしょうね。

アンスピは美しく、途中で転調しきりっとした曲調となる。大きさ深さを感じさせる曲で締めくくり、アンコールはショパンを3つ。

集中して聴けました。この日もCD買ったらサイン会。大阪でもらったし、急いで帰りたかったし見送り。結局21時過ぎに終わって、家に着いたのが23時半。夜コンサート京都は遠い。まあその間反芻しつつ帰ったのでした。また行こう。

ホールは長いらせん状の廊下に出演したヴィルトゥオーソたちの写真が飾ってあります。小澤征爾さんも、らしい姿でいてはりました。

白峯神宮

晴明神社の帰りにスポーツにゆかりの深い白峯神宮へお参りし、パリオリンピックでのバスケットボール🏀やバレーボール🏐日本代表の好成績を祈願してきました。バレー女子代表の出場権獲得も。東山高校、洛南高校でそれぞれ全国制覇した日本代表、高橋藍、大塚達宣両選手の写真付きサイン色紙がありました。

虎屋で羊羹食べようかとも思ったけども、夕方遅くだったし次の機会に。年明けて初めてか〜。京都さんぽは何回来てもやっぱりわくわくが大きいですね。

京都さんぽ 晴明神社 一条戻橋

京都軽くさんぽ。御所から堀川方面へちょっと歩いて晴明神社へ。五芒星が特徴的。おみくじ、安倍晴明さまから凶なんて出されたらどうしよーと心配するも大吉✌️🌟平昌オリンピックで「SEIMEI」を演じ金メダル、羽生結弦のサイン色紙があったと後で聞いた。ユースケサンタマリアは参拝したのかな😆

すぐ近く一条戻橋(もどりばし)へ。あの世とこの世、かくりよとうつしよを繋ぐ橋。また、酒呑童子を退治した源頼光四天王の1人、渡辺綱が女に化けた鬼と格闘、鬼の腕を切り落とした地。鬼が綱の母親に化けて腕を取り返しに来るというこの伝説には晴明も登場します。私はこの話が幼少から大好きで少し感慨が。

河津桜1本咲いててきれいでした。この辺りは桜の名所で月末から桜祭りとか。へー。

3月書評の9

3月20日13時ごろ、雨降って☔たかと思ったら雪に変わり風も強くなった。春の嵐やね。

◼️ 一穂ミチ「スモールワールズ」

生死と家庭環境、親子、夫婦、毒。短編集って、と考えてしまった。

吉川英治文学新人賞、直木賞候補作、本屋大賞第3位。人気作家一穂ミチの短編集。リード通り様々な要素が詰まっていて、一筋縄ではいかない。

・ネオンテトラ
・魔王の帰還
・ピクニック
・花うた
・愛を適量
・式日

の6編プラス掌編。

妊娠せず、夫の浮気を黙認して悶々としている美和は、姪・有紗の同級生で父親の虐待のため深夜までコンビニにいる中学生の笙一が気になり、声をかけて時折りコンビニで共に過ごすことになる。ある夜、泥酔した笙一の母に詰め寄られた美和は、衝動的に笙一を家に入れるー。
(ネオンテトラ)

この話は、場面が変わった後、シーンのスキップ。突然のスピードアップとザパッとした展開は短編の妙か。そして毒が顕れる。

続く「魔王の帰還」は188cm、巨大で豪快な姉が離婚で実家に帰ってきて、弟が右往左往する話。甘酸っぱい恋バナ風味で、これは、悲しみを含みつつも清々しく落ち着ける話。

「ピクニック」は幼児の連続不審死。これでエンドか、と思いきややはり毒が。「愛を適量」は仕事にやる気のない高校教師のアパートに、成長した娘が転がり込んでくる。これもシチュエーションといい結末といい、皮肉な響きと暖かい灯火が同居している。「式日」は同じ高校の定時制と全日制で知り合った先輩後輩が、後輩の父親の葬式で再会する。ひどい父親、思いやりのある間柄、ゆるい会話に安心が滲む。

真ん中の「花うた」は兄を殺された孤独な妹が犯人の男と、文通で心を通わせていく、異質なストーリー。

「魔王の帰還」はコミカライズされているようだ。確かにこの短編集にあって1つ微笑ましい篇である。「ネオンテトラ」の最後に魔王の姉がちょっとだけ出演しててつながりも微笑ましい。逆に「ネオンテトラ」の笙一は「式日」の後輩ではないかと思わせる。うすい、示唆。

ゆるりと展開して、ギッ、と方向転換、シチュエーションをより深く印象づけること、決して甘いだけでは終わらない姿勢と、魔王。気持ち良いでは終わらない1話の仕掛けが巧みで、全体のバランスをも考えているような感覚。短編集の王道を行っているように見えつつ、言葉でないメッセージを発信してくるかのような著者らしさ。スモールワールドたちは起こり得る、しかし現実離れしたそのはざまで、ズンおしたものをテクニカルに描き出す。

ふむふむ、であった。私の読書師匠は短編は余韻、と教えてくれた。

これも数ある余韻の1つなのかなと、思い返した。

2024年3月17日日曜日

クラシックとVリーグ

週末はコンサートとVリーグ。シベリウスヴァイオリン🎻協奏曲は大好きな1曲。ソリスト辻彩奈さんは情感たっぷりな歌い方でした。20代半ばですでに貫禄がほの見えたような気がします。交響曲はベートーヴェン6番田園。メロディーももちろん良いですが、ベートーヴェンらしく各パートをうまく活かすような作りで、生ならではの楽しみに浸りました。例えば低音の弦、チェロやコントラバスはYouTubeやCD聴くよりホールの方がずっと存在感があってカッコいい。だからまた通ってしまうのです😎コンサート前にレアチーズケーキ✨

Vリーグは今季3度めの観戦となりました。サントリーは下位の北海道を相手にスタメンは控えメンバー。でもでも、春高ファン、バレー🏐ファンからしたら高橋藍の兄の高橋塁、甲斐優斗の兄の甲斐孝太郎、春高で活躍した駿台学園卒の染野輝などが観られて楽しい。Tシャツもらいました。やっぱりチームTシャツはこれくらいカッコよくないとね。

最近地元にできたブックカフェを偵察、玉子ロールサンド。何かと動き回った週末。通勤途上の道にはハクモクレンも花を膨らませている。暖かいけども、どこか寒さもあり、厚着すると汗、難しい季節。また今週寒くなるとか。まだまだカイロダウンは必要かも。

3月書評の8

◼️ 皆川博子・宇野亜喜良「マイマイとナイナイ」

怪談えほんシリーズで皆川博子、宇野亜喜良コンビが作った絵本。大御所コンビ?だ。

本読みが好きな作家というのがいて、皆川さんもその1人だと思っている。怪談えほんで、しかも絵を描くのは宇野亜喜良。さあどんな?と楽しみにしていた。

主人公の女の子・マイマイは大人の顔に子供の体型。表情はいつものように虚ろな瞳。女の子は赤ピンクの長い髪、子どもの白い半袖ワンピースにごついブーツ。

小さな小さな青い髪の弟を発見する。しかしお母さんにもお父さんにも見えないようだ。弟の名はナイナイ。

お母さんはフェルメール「真珠の耳飾りの少女」を意識したような黄色のターバンを巻いたような母さん。油彩で厚塗りし描いているような色彩。金髪と顎口髭の父さんはスカートのようなものを履きやはりゴツいブーツ。手には帽子を掲げている。ローマ風味?スコットランドだろうか。

くるみの殻に入れた弟をハイキングに連れて行く。緑の森に映える大きな白い荒れ馬。ぶつかって、右目が"こわれた"。くるみの殻をナイナイごと入れる。

夜寝ている時にマイマイの右目から出たナイナイ。この時は、闇を意識しているからか重ね塗りのグレーが良い印象を与える。夢には、コウモリ姿の吸血鬼?卵から産まれたての恐竜、白馬の子供、鹿の子供、かたつむりが出てくる。マイマイの髪はグリーングレー。ナイナイの髪とシャツは金色、黄色。

尻尾を捕まえたのは大きなトカゲと猫とピンク肌色のゾウの鼻。

それを引っ張ってくるみの殻に入れる。見開き赤&ピンク&白でこれも鮮やか。

よるのゆめがナイナイを誘い出し、マイマイのこころをくるみの殻にとじこめる。マイマイのこころは、くるみのそとにでられない。

ラストは青い海の上の水色の空に浮かぶくるみ舟。乗っているのはマイマイ。

ねえ、きみたすけてやって。

でおしまい。

ざっと見る限り漢字はゼロ、マイマイとナイナイだけがカタカナでぜんぶひらがなである。ふむ、うまい具合にファンタジックで、少し怖いような描き方。色彩の使い方、作り方が練れている印象で、鮮やかだ。興味深い作品だった。

これで概ね怪談えほんシリーズ、興味ある作品は制覇したかな。やっぱりおもしろいと思います。一番怖いと感じたのはそれ反則でしょ、という内容の宮部みゆきの第1作品かなやっぱり。

3月書評の7

◼️ 千早茜「透明な夜の香り」

マイナスな特徴はプラスに響くのかどうか。軽く暗く危うい。

直木賞も取り、いまやトップランナーの千早茜さん。私は泉鏡花賞などを受賞したデビュー作「魚神」、とても面白かった昔話風の「あやかし草子 みやこのおはなし」そして「あとかた」しか読んでないけども、なんかフツーではない。それぞれ危うい、ちょっと外れた残酷さ、エロチシズムが匂う。必要なノイズであるかのように。

全てが香りで分かる調香師・朔。体調も、男女のことも、そして、嘘も。

住宅地に建つ洋館で、抜群の嗅覚を持つ朔は様々な依頼を受けてクライアントが望む香りを調合している。トップ女優の「美しくなる」香り、好きな男の匂い。難病の子どもを救うため、行方不明の女性の捜索のため、その能力を使う。アルバイトの家政婦として朔のもとで働くことになった一香は、やがて朔の悲惨な生い立ちを知ることになる。そして、一香もまた、つらい過去を背負っていた。

現代ものは2作め。朔は特殊な嗅覚を持ち、匂った香りから体調、男女の関わりの有無、行動まで推理できてしまう。クライアントからは犯罪につながりかねないような調合を頼まれるが基本的には望み通り作ってやる。ハーブ、料理などに詳しく、一香が作る食事もすべてレシピを書いて渡している。

その行動からはどうも危うさが漂う。超人的な朔、その聖人性を否定するような、アイロニカルで、黒い感じが漂う。ちょっと読み手にはうるさい、ノイズのような危うさ。

すべてに卒がなく、スーパーな探偵のような主人公。その如才なさ、きれいさにちょっと引く。エピソードひとつひとつは刺激的、でもどうもこの作品の波を捉えきれない。でもこの危うさこそが千早茜、という考えが、読了してからふっと頭に浮かぶ。俗っぽく人臭いエロもいつものように含ませていて、この感覚が悪くない。

評判の良い作品、だけれども私にはもうひとつ響かなかった。でも、この危うさを求めて、別の作品を読む気がする。いやきっとそうだ。

3月書評の6

◼️ 尾上哲治「大量絶滅はなぜ起きるのか」

80%の生物種が消滅した三畳紀末大量絶滅はなぜ起きたのか。分からない、のワクワクさ。

大量絶滅のビッグファイブ、超大陸パンゲアの分裂、三畳紀とジュラ期のさかい目のT/J境界、突然あらゆる生き物が小型化するスモールワールド、消えた二酸化炭素・・見出しや最初の図の言葉を拾うだけでワクワクする。

小説の合間に理系の本を読むのはとてもいい刺激。特に地学と生物が多いかな。堪えられません。

大量絶滅というと6600万年前の白亜紀末に起きた小惑星の衝突による恐竜絶滅が有名だけども、生物種の75%以上が消滅した大量絶滅は4.45億年前のオルドビス紀末、3.74億年前の後期デボン紀、ビッグファイブの中でも最高の、96パーセントの生物種が消えた2.52億年前のペルム紀末、など5回も起きている。筆者は2億150万年前、80パーセント絶滅の三畳紀末のものについて研究している学者さん。

三畳紀末のレーティアンと呼ばれる時期に起きた絶滅は、広範囲に分布し、個体数の多い分類群の絶滅の割合がほかのビッグファイブに比較して高い。陸生も海生も、希少種もそうでない種も一斉に絶滅している。レーティアンにはアンモナイトなどの大型だった生物が突如として小型化した後絶滅している。ちなみにレーティアンだけでも44万年あり、突如、と言っても数万年単位というスケールの大きい話。

話を戻して、この"突然小型化"はスモールワールドと呼ばれる。なぜ小さくなったのか?著者が大量絶滅のカギとしてこだわっている部分でもある。

天体衝突説もあったらしい。様々な調査、論文から湿潤化、富栄養化、無酸素化、二酸化炭素の消失、森林消失、などの出来事、要素を踏まえつつ全てが説明できる仮説を考えていく。主に露出した地層の調査をし、他者の有力論文を踏まえた展開でなかなか楽しい。

どうやらパンゲアが分裂するときの火成活動も大いに絡んでいるようだ。やっぱりビッグな話ではある。

特に温度、地球は高温化した時期もあった。氷河期の平均気温が現代と2度しか変わらなかった、とどこかで読んだことがある。考えると、平均で5度とか10度とか上がっている世界は恐ろしい。しかし宇宙規模で考えると、必ずしも珍しいことではないかもとも思える。

章ごとに漢字ふた文字、異変、混沌、犯人、指紋、連鎖、疑惑のタイトルが振られているのは興味をそそるナイスなアイディア。

私は子どもの頃毎年「天文年鑑」を買って読んでいた。分からない言葉や概念もたくさんあって、でもそんな専門用語を覚えたり、分からない、という感覚、好きなジャンルで分からない言葉に触れていることにワクワクした。

ただまあ今回は分からないというか、専門性に頭がついていかなかったのも確か。もう少し理解できればもっと楽しかったんでしょうかね。でも誰も知らない専門用語、ってゾクゾクするよね。

結論めいた推論は、弱点も多い、と自ら明らかにしている。まだまだ分からないことが多いのです。

おもしろかったのは海退による生息地の消失、海洋の酸性化、無酸素化などが複合的な影響を及ぼしたと考えられる説は「オリエント急行の殺人仮説」と呼ばれるそうでユーモラスな名付けに思わずニヤリと。

最新の本、とても楽しめた。

3月書評の5

◼️ 知念実希人「死神と天使の円舞曲」

魂を導く高貴な存在、がゴールデンレトリバーとクロネコになって謎を解決する。シリーズ第3弾。おもしろい^_^

「我が主様」のもと、死んだ人間の魂を天に導く高貴な存在、死神とも天使とも言えるものだった2人(便宜的に人)はそれぞれ、未練を残した魂が地縛霊になるのを防ぐため、地上で人間に寄り添うことに。それぞれゴールデンレトリバーと黒猫の姿にさせられ、シリーズ1作めはレトリバーのレオ、2作めは黒猫のクロが活躍する話だった。

長野の小さな町には人魂が出るという噂が広まっていた。若い恋人同士の悲しい別れ、幼児虐待、放火、その陰にうごめく黒幕。1作めの舞台となったホスピスに住みついたレオと、2作めの飼い主宅で暮らすクロが、いがみあいながらも力を合わせて謎と隠れた敵を探っていく。

犬と猫、それぞれの暮らしをユーモラスに交えながら、意外と事件はエグい、というのがパターンだった。今回もネタはギスギスしているきらいはある。しかし人の心の闇、というよりは人が救いとなっている気がする。

レオクロのスペシャルなので?非常に手強い敵もまた・・とさらにファンタジーめいている。

まあこれはそもそも設定がマンガ的ではあるし、可愛らしさ、キュートさ、楽しさがなかなか捨てがたいシリーズかなと。プライドの高い死神もしくは天使という高貴な存在でありながら、シュークリームやおさしみを気に入ってペットになりきる姿が微笑ましい。なかなかいい味を出す協力者のホスピス院長、操られる刑事とキャラも揃ってきてるので、また何年か後にレオとクロが暴れ回る姿を読みたく、続編希望します。

2024年3月11日月曜日

ゴジラおもしろかったー

「ゴジラ-1.0」行ってきました。いやーよき迫力で満足のエンタテインメント。楽しかった。私はふだんミニシアター系が多く、やっぱりたまには大画面で血湧き肉躍るものを観るのもいいなと。巨大映像、大音響が暴風のように飛んできてちと疲れたのでパンケーキ。同じショッピングモールの映画割で約-100yen😎はちみつとジャム、相変わらず盛りはヘタですがしみじみ美味しかった。ゴジラにスイーツはベストマッチでした😁

これで「PERFECT DAYS」「君たちはどう生きるか」と、🇺🇸アカデミー賞にノミネートされた🇯🇵作品をはからずもコンプリートしたことになりました。

ほんで元に戻って😆いつもの名画座でジム・ジャームッシュ監督「ダウン・バイ・ロー」180度違う系ですね。ふむふむという感じでした。これで年明けて劇場で早くも2ケタ10本。ペースダウンどころか月末にはまたミニシアターでアキ・カウリスマキ特集をやるみたいで、今年は近年にない映画イヤーになりそうな予感。

ここまでかなといちばん厚いダウンとモフモフのブーツ履いて土日とも。時折り雪が舞うほどホンマに寒い。今週後半からはもうダウンしまってだいじょぶとかの天気予報だけど果たして?

日展神戸展③

彫刻。男女のモデルとも圧倒的にヌードが多い。上は東京都知事賞。確かに雰囲気ありました。

日展神戸展②

上は日本画の風景画、特選作品。奈良の飛鳥をモチーフに描いたもので、古代歴史好きな私はちょっと思い入れが。下は女性が目覚めてネグリジェのままベッドから出てしどけなく天気を見ている、という構図ですが・・エロいですね😎

日展神戸展①

毎年フレッシュな作品が楽しみな日展神戸展。今年も行ってきました。日本画、洋画、彫刻、工芸、書の入選作品がずらりと。数も多く見応えがあります。

洋画で女性モデルの東京都知事賞作品とシンプルな海の風景画を。

3月書評の4

◼️ 福永耕太郎「電通マンぼろぼろ日記」

おもしろエピソード集、破天荒な営業の実態ほか、仕事とプライドのことも。むつかしい問題だと思う。

新聞で新刊紹介を読んでどうにも吸引力があり入手。著者はバブル少し前に日本最大の広告代理店・電通に入社し、読む限り最前線に立つトップ営業マンだった。その活躍は数々の縁故入社の者たちのトンデモ話やかつての電通のモーレツな風潮とともに華々しく、おもろかしく語られる。

いまとなっては時効のエピソードもあり、なんとかして手練手管でクライアントや社内、タレント事務所との調整をつけ、巨額の取引を成功させる。そして派手に、とても派手に遊ぶ。バブルからしばらくはこんな感覚だったんだろうな、なんて思いが飛ぶ。

そしてダイナミックな最前線での活躍から外れると、会社にいてもいなくても同じ、という立場となり、酒量が増え、家庭的にもつけが回ってくる。

現在は至る所で合理化効率化、ムダな出費は一切できないし、あらゆるルールは厳に守られようとしている。

社会ではメンタルを病む方も普通にいる。誰しも経験があるのではないだろうか。聞く限り、やはりプライドが関係している場合もある気がする。またある程度の年齢になるとどうしても立場は難しくなっていくものだ。

社会とはこんなに進んでないものかは、とは昔入社してから思ったこと。破天荒な時代も懐かしいと言えばそう。

どれかというと、CMや世の中の動き、時代を回顧してる自分に気がついた。想い出ばかりもよくないな。ただまあ、読みたかったものはあった気がする。

このシリーズ、実は「ディズニーキャストざわざわ日記」「派遣添乗員ヘトヘト日記」「コンビニオーナーぎりぎり日記」などシリーズになってるようだ。へー。

2024年3月9日土曜日

3月書評の3

日展神戸展の絵①これでも日本画です。


◼️ 坂口安吾「不良少年とキリスト」

戦後すぐの評論集。世相がよく見える。盟友・太宰治の死には哀しみが。

1946年のごく短い小説「復員」に始まり、1947年、48年の出来事、事件についての評論、そして織田作之助、太宰治との対談と盛りだくさん。

やはり戦後社会の考察、復員、ヤミ屋、パンパン。戦後価値観はぐるりと変わった。人の考え方はどうだったか、というのも見えるような気がする。帝銀事件は衝撃的だったようで何度も言及がある。また周囲の誰もがスリ、職人的なものから浮浪児を中心とした集団スリ、の被害に遭っており、殺伐としていたのが分かる。男女同権、共学、さまざま議論があったのだろうと。また特に囲碁将棋にも造詣が深くトップ棋士との付き合いもかなりあったようだ。

分析的というよりはやはり考察であり、筆者のの個性を押し出した文章であるので、実はどうも合わず、前半はさらさらーっと読んでいた。

中盤あたりに、京大生が同じ大学の女性に心中を迫って拒絶されたため惨殺した、という事件から、理論づけをして飛躍を合理化してはならないこと、また引揚者、浮浪児の社会復帰に政府は大予算を割くべし、という主張があってそのへんから後はこちらもピントが合ってきた。

「批評家は千差万別の批評を加え、読者は各人各様の読み方をする。その結果が、作家の思いよらざる社会的影響をひき起こした場合にも、作家は尚、社会的責任を負うべきもの、と私は信ずる」

ふむふむ。これは学生自治運動における応援団の存在と傾向について批判したところ抗議文が寄せられた件に関しての弁明の一部。潔いと同時に影響力を確信しているフシもあったりして。

対談は、酔った上での鼎談のような感じでもある太宰治の、気を許した仲間内での姿がちょっと興味深いというか、なんかイメージ通りで、やっぱりおもしろい笑。

作家についてはもう、名指しで厳しく批判しまくる坂口安吾。永井荷風メタメタ、志賀直哉なんてけちょんけちょん。

太宰が死んだ時、実は死んでなくて、仲の良い坂口がかくまっているのではと疑った新聞記者に終日追跡されたそうな。表題作はその太宰治の死についてのコラムで、この本の最後に掲載してある。

坂口の捉え方はクールに見えて、批判にいちいち正直に怒り苦しんでいた太宰、欠点が多く不器用、サービス精神旺盛で、プライドが高かった太宰、不良少年、そして常識的で誠実な太宰と、その人格を解題しているようでもあって、やはり情がかなり入っている。

「『人間失格』『グッド・バイ』『十三』なんて、いやらしい、ゲッ。他人がそれをやれば、太宰は必ず、そう言う筈ではないか」

つまりこういうタイトルの小説を書いて自分は自殺、しかも遺作が「グッド・バイ」・・なんだよそれ、と、えもいわれぬ叫びが聞こえてくるかのよう。

文学論議熱き頃のお話。文豪の空気ってやっぱり特殊で、魅力的だ。

3月書評の2

友人が早期退職というので送別ランチ、同じ部署には定年の方もいて、春はなにかと別れが多い。終わりの季節、スタートの季節、未知のものへ飛び込んでいく気がして春の雰囲気は好きだが、大好きな冬が終わるのは悲しいかな。寒さはかなわないけど天候は安定してるし虫も出ないし寒中の暖は暑さの冷房よりもはるかに気持ちいいし。まあまた春だ。

◼️松田修「万葉の植物」

ぬばたま、たちばな、はちすば、ぬなは・・語感がそそります。万葉集の歌に使われた植物の全紹介。私的MVPは"ねつこくさ"でした。

昭和41年出版、私が入手した第二版も平成6年版、ということもありなかなか古い。書影が出ませんでした。

解説がそれなりに専門的でちと読みにくいな、と最初思ったりしましたが、そのうち機嫌良くゆっくり読めるように。万葉集は好きですねやっぱり。

ますらおぶり、というのか庶民の歌も多く、体験型の、土草の香りがしますし、枕詞も惹かれるものがありますし、語感がいい。以降メモしたものから。

あさがほ、朝貌はこの時期まだ渡来していなかったのでききょうのこと、と読んでちょっとびっくり。馬が食べると酔っぱらうあしび、馬酔木はさだまさしさんの曲でも出てきますね。例示はスズランのような可愛らしい花を歌ったものでした。

梅は万葉当時、大陸から渡来して日本人に大ウケだった。だから万葉集には梅の歌が多い?ちなみに梅が出てくる歌は119首、ヤマザクラの桜は42首だとか。たしか古今和歌集では桜が圧倒的に多くなるんじゃなかったかな。

いちしは彼岸花、棘原うまらはノイバラ。思草おもひぐさはナンバンギセルという愛嬌ある形の花、河楊かはやなぎはネコヤナギ。枳からたちの白い花々はきれいで写真見てるだけで楽しい。児手柏このてがしはもおもしろいな。

◇橘の花散る里のほととぎす
 片恋しつつ鳴く日しぞ多き

たちばなはミカンの古名、純白の花弁に香りが好まれたのか66首もの歌に使われている。

◇芝付(しばつき)の美宇良崎なる根都古具佐
相見ずあらば我恋ひめやも

あの女に出逢わなければ恋しくは思わなかっただろうに、という意で、ねつこぐさは女に例えられている。それは美しい草花だから。初めて知った、初めて見た。有力とされるオキナグサは、赤紫の花弁の真ん中に発達しためしべ群の丸い芯を抱き、花の外側は濃いにこ毛で猫のよう。魅惑的な姿やわ^_^

語感、ぬばたま(ヒオウギ)の黒は大好き。都万麻つまま(タブノキ)、蓴ぬなは(ジュンサイ)、はねず(ニワウメ)、ハスの葉で蓮葉はちすば、コナラの葉は柞葉ははそばで母の枕詞。薦すずは信濃の枕詞「み薦刈る」がなんか言葉としていいですね。

なんかこのへんいかにも万葉らしくて、心の中にある言葉ゴコロをくすぐってくるような気がします。

私は東大寺近く、奈良国立博物館に正倉院展を観に行った際、万葉植物園にも立ち寄りましたが秋はあんまり花がなく、やっぱり春か初夏かなと思ったものでした。黒いぬばたまはしっかり見ました。そもそも花をしっかり見る機会がない。なでしこも梧桐(アオギリ)も、万葉集に歌われた数141首と花としては No. 1の萩の花も、愛でるほどのものは見たことがない。からたちもねつこ草も見てみたいもの。花も少しずつ名前を覚えてきたけれど、まだまだ。

歌と言葉と語感と美しい写真。お気に入りの万葉集をゴキゲンに読み終えたのでした。良い読書でした。

2024年3月4日月曜日

十二夜

普段あまり芝居は観ない私が珍しくも2週で3つ行きました。兵庫県立のピッコロシアターの演劇学校、本科と研究科の卒業公演。好きなシェイクスピアのお気に入り「十二夜」です。予習の再読も楽しい。

全席自由で満席。シェイクスピアお得意の取り違えの喜劇で二重の仕掛けがありおもしろいドタバタ。若い役者さんが頑張ってるのは観てて楽しい。大団円では感動したりして。

研究科の役者さんたちは、一段上のレベルといった感じで、本格的でした。なかなか楽しめた観劇強化期間。ピッコロシアター、また行きたい。

3月書評の1

月変わりました。上の写真、2冊をお迎えしました。死神シリーズは好きですね。動物のかわいさと尊大さと事件の意外なエグさのバランスがいいかなと。一穂ミチさんはたしか他の女性作家さんが以前褒めてて読んだことがあり、最近はやはり出てきたなという感慨があります。読書垢にもよくあがってるので楽しみ。

◼️青山美智子「お探し物は図書室まで」


評判の佳作。仕事の考え方、チャレンジ、寄り添う処方箋のような本。


青山美智子さんはこれまで「青と赤のエスキース」「木曜日にはココアを」と読んできた。今作は本屋大賞2位、本好きに好まれる図書室もの、その人の物の見方をほんの少し変えてあげるヒント。なるほど。すでにロングセラーのような気がしてたから、文庫本の発売が去年と知って驚いた。


とある図書室、穴で冬ごもりしている白熊のようなビッグな体躯、キーボードを打つ手さばきは北斗の拳のケンシロウのよう、いつもざくざくと何かに針を刺し続けている司書、小町さんは利用者に問いかける。「何を、お探し?」


総合スーパー婦人服売り場の新人販売員、21歳の朋香は転職を考えて小学校併設のコミュニティハウスに開設されているエクセル教室に通う。教則本を借りようと図書室に行き、小町さんに声をかける。小町さんが選んだのはエクセルの本と、「ぐりとぐら」だった。


いずれも何らかの壁に突き当たっている、年齢と立場の違う男女が小町さんが選んだ本をきっかけに新たな一歩を踏み出す。地元の友人には東京でカッコいい仕事をしてると思われたい朋香のほか、アンティークショップを夢見る手堅い経理部員、出産・育児で華々しいキャリアから脱落したと落ち込む女性、得意の絵を仕事にできず、まともに就職できないニート、仕事一筋できて会社を離れたとたん様々な違和感に苛まれる会社人間・・読んでいて、良かったなあとか、あるよなあとか想いが過る。


思ってしまうのは、根源、ということ。ああこの人本当に文芸を読んだり文章を書いたりするのが好きなんだなあ、と思う友人や根っからの映画好き、バスケットボールやバレーボールに魅せられた者、車が好きでドイツやイタリアの工場まで観に行っちゃう人、などが私の周囲にもいる。後天的に、離れ難い、分かち難い、どうしようもなく魅力を感じるものを得ていること、またそれを誇りに思っている部分、である。


一見ライトそうで、ふと考えてやってみようか、というような流れ、雰囲気を纏う短編たちでありながら、がっちりと隠れた夢、欲をつかんでいるような気がしてならない。物語の構成も一筋縄ではなく、さまざまな要素が上手にミックスされていると思う。


正直各話の主人公はステレオタイプな気もする。特にラストの方はまるで昭和の仕事人間という風情に、ちょっと設定古いかも、など思った。ただ、いちばん心に残ったのはこの定年後のオヤジの話だった。定年後の会社人間が草野心平の詩をきっかけに文芸に心を開いていくのは読んでいて楽しい。私にはカジカがキーワードで、清流に棲みルルルル、と鳥のように鳴く声をいつか聴いてみたいと思っている。草野心平でぐっと清々しさが増したのではないだろうか。また、奥様、娘さんを柔らかく描いていて環境に恵まれ、ということは信用できる人物、という気がしてくるところが現代的でもある。


若い人たちが奮闘するのは感動する。それは自分も通った道だから。うまく転がりすぎなのは物語だから、なんてことも思う。でも人生を左右するほどドラスティックではなくとも、うまくいくときはそういうものだと、経験則に響く。


最近何についても評論している、と言われて、私的には感じたままを書き放ってるだけで権威も経験すら何もないし、形にすること自体が良くないのかも、と思ったりしていた。でも終章を読むと、ま、いいじゃない、と思える。本の読み方も人それぞれ、なんにしてもそうかも。


と、もの柔らかで小憎らしいほど気が利いていて、さらに深く考えさせてくれるこの短編集は、もしかして深い洞察に満ちた、著者渾身の作なのではないか、なんてことまで思い至る。


ウケがいいのはそういうとこもあるのかな。





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2月書評の12

◼️ Authur  Conan  Doyle

 "The Adventure of the Noble Bachelor"  

「独身の貴族」


ホームズ短編原文読みも43編めとなりました。あと13です。今回は第1短編集

"The Adventures of Sherlock Holmes"

「シャーロック・ホームズの冒険」より、1892年4月号で発表された10番めの短編です。ホームズものは前年7月より短編連載がスタート、すぐに大評判となりました。注目度が高い時期の作品ですね。


日本語訳には「花嫁失踪事件」というタイトルもあります。話の中身はこちらそのもの。しかし物語の基軸が貴族の中でもチョー高位の貴族家であることとやはり言葉、そして訳出のなじみから「独身の貴族」を採用していることも多いようです。いや個人的な憶測ですが。


It was a few weeks before my own marriage, during the days when I was still sharing rooms with Holmes in Baker Street,


私の結婚の数週間前、まだ私がホームズとベイカーストリートの部屋をシェアしていた頃のことだった。


ワトスンは先に発表された長編"The Sign of Four"「四つの署名」で出逢ったメアリ・モースタン嬢と結婚してますので、その直前、1888年ごろ、比較的早期の事件ですね。


さらにもう1つ寄り道。冒頭の場面、ワトスンは部屋にいて、「私の脚に入れて持ち帰った」ジザイル弾による脚のしくしくした痛みに耐えつつホームズの帰宅を待っています。これはワトスンが軍医として従軍した第二次アフガニスタン戦争での負傷です。ただ、最初の長編「緋色の研究」では肩を撃たれたとなっており、先述の「四つの署名」では足を撃たれた、との回顧がありと、シャーロッキアンの間では、ワトスンの傷は肩なのか足なのかそれとも両方か?という楽しく熱い議論が交わされているポイントなのであります。


本編に入らなければ・・前置き長いのはいつものことですが😎ともかく上流階級からと思われる書簡がホームズ宛に届いており、帰ったホームズに教えます。イギリスの最も上流の貴族から仕事の依頼だ、との言葉にワトスンは思わず


"I congratulate you."


と口にしますが、ホームズはピシャリと


"that the status of my client is a matter of less moment to me than the interest of his case."


「僕にとって依頼人の身分は、事件の興味深さに比べれば重要じゃない」


カッコいいですね、これがホームズ。


さて、最上流貴族、Lord St.Simonからの手紙は自分の結婚式に関して発生した非常に痛ましい出来事についてきょう夕方4時に訪問して相談したい、スコットランドヤードのレストレイド警部も動いている、というものでした。


いま3時だ、部屋にいる間新聞読んでたでしょ、依頼人が来るまでに、サイモン卿の結婚の記事をなんでも見せてくれ、とホームズはワトスンに言います。


ワトスンが時系列に記事を整理している間、ホームズはよく出てくる人名録、貴族年鑑みたいなもの?でサイモン卿のことを調べます。バルモラル公爵の次男。爵位は公侯伯子男なので最も高い位ですね。バルモラル公爵は元外務大臣でプランタジネット家直系、母親はテューダー家の家系、サイモン卿本人も前政権の植民地次官を務めた41歳。


新聞記事にはサイモン卿はアメリカの鉱山で財を成したカリフォルニアの大富豪の1人娘、ハティ・ドラン嬢との結婚が決まった。サイモン卿には自分の財産がほとんどなく、またバルモラル公爵も近年は貴重な絵画を売却するなど苦境にある。新婦の持参金が大きな助けとなるはずだ、ということ、また結婚式は内輪だけで行われた。


ところが、この後花嫁は失踪していました。結婚式直後の朝食の席で。普通は式の前か新婚旅行中にいなくなるものだ、慌ただしいな、とホームズはちょっとびっくり。


ちなみにこの頃まで、結婚式は午前中に行うことが法律としてあったらしく、式の後、新婚旅行への出発前に新婦の家で朝食会を行う習慣だったそうです。


ハノーバースクエアのセント・ジョージ教会で執り行われた内輪の結婚式の後、一向はランカスター・ゲイトにあるハティのpa(パパ)ドラン氏の屋敷に用意された朝食の席に移動。そこでフローラ・ミラーという部外者の女性がサイモン卿に話があると無理やり家に入ろうとして追い返された。この騒動が起きる前に家に入っていた花嫁👰は、気分が悪いと自分の部屋に引っ込んで、それきり行方不明となった。メイドの話ではすぐにアルスター外套とボンネットを取ってウェディングドレスのまま出て行ったと話し、執事もその姿を目撃していた。


行方不明の花嫁を探すため警察が動き、フローラ・ミラーが逮捕された。


と、概要をつかんだところで当のサイモン卿が現れました。


鼻筋の通った顔立ちには愛想の良さと気難しさが同居し、人に従われるのに慣れた風情。黒い上着に高さのあるカラーを付け、白のチョッキに黄色の手袋、色味のあるゲートルにエナメルの靴と、キザといっていい服装でした。手には金縁眼鏡の紐を持ってブラブラさせていました。話を始めた時にホームズ、ボクシングで言うジャブ、軽いパンチを入れます。


痛ましい事件なのだよ、とても傷ついた、と切り出したサイモン卿。


"I understand that you have already managed several delicate cases of this sort, sir, though I presume that they were hardly from the same class of society."


「君はこの手のデリケートな件をいくつも手掛けたとは思うが、私のような上流階級からの依頼はほとんどなかったじゃないかとお見受けする」


"No, I am descending."

「いえむしろ階級としては下降しております」


"I beg pardon."

「なんとおっしゃいましたかな」


"My last client of the sort was a king."

「そのたぐいでは最近国王陛下の依頼を受けました」


No, I am descending・・訳本によっては、いえ、もっと身分の高い方からの依頼も・・と柔らかくしてあります。ホームズが高位の依頼人に対してそこまで失礼な言動をするとは思えないのですが、この短い言い回しは読者にとって痛快な印象を与えるのかどうか。よく分かりません。ただ流れとしては高位な身分でかつ裕福でない、まあ落ちぶれている貴族を揶揄する雰囲気を出そうとしているようにも見えます。


サイモン卿は新聞記事が事実であることを認めて、質問にはなんでも率直に答える、という姿勢を見せます。根はいい人のようです。その話によればー


ハティ・ドラン嬢とはアメリカ旅行で知り合い、楽しく交遊した。その時は婚約はしなかった。ハティは父親が財を成す前に20歳になっており、鉱山や森や山を走り回って育ったのでwild and free、野生的で奔放でtomboy、イギリスで言うところのじゃじゃ馬だ。強い性格でしきたりに縛られない。こうと決めたことに恐れを知らず突き進む。それでも気品を備え、高潔で自己犠牲も成し得ると信じている。


サイモン卿が持っている彼女の細密な肖像画は黒い髪、黒い瞳、優美な口元の美しい女性の表情がありました。


ロンドンの社交シーズンに父親が彼女を連れてきて改めて交際し、婚約に至り、今は結婚した。相当の持参金があった。


結婚式の当日は、2人の将来の生活をどうしようかずっと話していた。彼女はとても機嫌が良かった。


ただ、教会で彼女が信者席にブーケを落としてしまい、平民風の男がそれを拾って手渡してから、彼女は無愛想になって、このつまらない出来事に動揺しているようだったと。ごく内輪の結婚式ではあったのですが、教会は誰にも開かれている場所なので一般の人の出入りを差し止めることはしてなかったんですね。


帰ってきてから妻ハティはカリフォルニアから連れてきた親しいメイドと話をしていた。"jamping a claim"というような言葉を聞いたが彼女がよく使うアメリカのスラングかも。意味は分からない。朝食の席に着いて10分かそこらで、お詫びの言葉を呟き、部屋から出て行って戻らなかった。


jamping a claimは調べると「他人の権利、土地を横取りする」というような意味でした。


さて、ハティは新聞の通りアルスター外套をウェディングドレスにまとい、ボンネットを被って出て行った。その後、騒ぎを起こし、今は逮捕されたフローラ・ミラーと連れ立ってハイドパークを歩いているのを目撃されたとのこと。


サイモン卿によれば、フローラは昔つきあっていた女で、ハティとの結婚が決まった時に恐ろしい手紙をよこした、とのこと。内輪の結婚式のにしたのはフローラが何か騒ぎを起こすかもと予測していたからだった。実際彼女はドラン氏宅の玄関でハティを罵りながら中に押し入ろうとして警官に止められた。


幸いハティはこの騒ぎを知らなかった。しかしその後、ハティとフローラが一緒に歩いているところが目撃され、レストレイド警部はこのことを重視している。フローラがハティを誘き出し、恐ろしい罠を仕掛けたのではないかと。


サイモン卿の見解は、フローラは虫も殺せない女で罠説は暗に否定、ハティが結婚による昂りと、社会的立場が大きく変わったことでちょっと神経障害のようになったのではないか、ということでした。


さらにホームズは最後に、朝食のテーブルは窓からハイドパークの方を見ることができた、ということを確認しました。全ての質問を終え、サイモン卿が幸運を、と帰りかけたところへホームズ、


"I have solved it."

「解決しました」


"Eh? What was that?"

「えっ、なんと?」


"I say that I have solved it"

「解決したと申し上げております」


"Where, then, is my wife?"

「では、私の妻はどこなんだね?」


"That is a detail which I shall speedily supply."


「詳細については追って早急にお伝えすることになるでしょう」


急な展開に、サイモン卿は当惑しつつ


"I am afraid that it will take wiser heads than yours or mine,"


「残念だが、君や私よりもっと優秀な頭脳を必要とする事件のようだ」


サイモン卿もなかなかやりますね。もちろんホームズは卿が立ち去った後、同じレベルだなんて、と笑い飛ばします。


ホームズはワトスンに、実はサイモン卿が来る前に結論は出ていたんだ、とおどけます。なんやてえ〜!?と驚くワトスンに、数年前アバディーンでも、過去ミュンヘンでも似たような事件があったのさ、と言ううちに、レストレイドが来ました。


セント・サイモンの結婚事件には見当がつかない、とこぼす警部。身につけている船員風ピーコートは濡れそぼっていました。ハティの遺体を捜して、ハイドパークの池をさらったのでした。


そりゃトラファルガー広場の噴水と同じくらいの見込みがない、とからかうホームズにレストレイドはカバンの中身をぶちまけます。すっかり濡れて変色したウェディングドレスにベールなどが岸近くに浮いていたのを管理人が見つけたとのこと。服がそこにあれば死体は遠くない、と持論を述べるレストレイド。


"By the same brilliant reasoning, every man's body is to be found in the neighbourhood of his wardrobe. "


「そのすばらしい推理で言うと、同様に全ての死体はワードローブの近くで見つかるってわけだね」


この場面でホームズはいつになくレストレイドを茶化し続けます。いやーなんかしんらつだな今回。


フローラ・ミラーがハティ・ドランの失踪に関係していると主張するレストレイド、その証拠を見つけるのは難しいだろうと言うホームズ。


怒り心頭に発したレストレイド、


"I am afraid, Holmes, that you are not very practical with your deductions and your inferences. You have made two blunders in as many minutes. This dress does implicate Miss Flora Millar."


「ホームズさん、あなたの推理だとか推論だとかは実務に向いてないようだ。この2分間に2つも間違いをしましたね。このドレスは絶対フローラ・ミラーに関係してますよ」


as manyはこの場合、先行する数詞と相関的に用いて、「同じ数だけの〜」だそうです。blunderの前のtwoに対応して、as many minutesは2分間、というわけですね。へー🙄


レストレイド警部、ドレスのポケットのカードケースから見つかった手紙を、たたきつけます。


You will see me when all is ready. Come at once.

F. H. M.


「準備万端になったら姿を見せます。すぐに来てください」


レストレイド、得意満面に、セント・サイモン夫人はフローラ・ミラーに誘き出された。このイニシャル入りの手紙で。フローラは共犯者とともに夫人をかどわかした、と考えを語ります。


ホームズはなんの気なく手紙を手に取り、なんとすぐに釘付けとなりました。


ホ「心からおめでとうと言うよ!」

レ「はん、お分かりになりましたか、って、それ裏側ですやん!」

ホ「表はこっちだよ。ホテルの勘定書だし」

レ「アホな。鉛筆で書かれたメモはその反対側ですやんか」

ホ「勘定書のほうがめっちゃ興味深いじゃないか」

レ「意味ありませんて」

ホ「そう見えるかもしらんけど、ごっつ重要やで」


Oct. 4th, rooms 8s., breakfast 2s. 6d., cocktail 1s., lunch 2s. 6d., glass sherry, 8d.


sはシリング、dはペンスですね。私が読んでいる本では1ポンドが約2万4000円、1ポンド=20シリングなので1sは約1200円。1ペニーは約100円だそうです。


ともかく、イニシャルに関しても内容についても大事な手紙なのでホームズは再び賛辞を送ります。


時間をムダにした、自分は暖炉のそばに座って空理空論を考えるより骨の折れる捜査を信じます、どちらが先に事件の真相をつかむのか、すぐに分かるでしょう、と捨てゼリフを残してレストレイドは立ち去りかけます。とまたそういうタイミングでホームズ、


"Just one hint to you, Lestrade, I will tell you the true solution of the matter. Lady St. Simon is a myth. There is not, and there never has been, any such person."


「1つヒントをあげようレストレイド。本当のことだ。セント・サイモン夫人というのは架空の人物なんだ。そんな人は今も居ないし、これまで居たこともないんだよ」


これまた突飛な物言いに、レストレイドはワトスンのほうを向き、指先で額を3回トントンと軽く叩いて首を振りながら出ていきました。なるほど、今回はこういう展開か。皮肉のぶつけ合いで、ホームズの意味の分からない断定に、呆れるキャストたち。


レストレイドが帰った後、ホームズは単独で捜査へ。ベイカー街の部屋に残ったワトスン。するとなんと、料理屋の出前が来て、ヤマシギ、キジ、フォアグラのパイという冷製肉の夕食が5人分もテーブルに並べられました。年代もののワイン付きで料金は支払い済みだとのこと。やがて6時過ぎにホームズが帰ってきました。


すぐに現れたのはセント・サイモン卿でした。かなり動転して、手紙の内容には根拠があるのか、と問いかけ、public slight、公然たる侮辱だ、といきり立つのをホームズが宥めます。まあどういうことなのか分かりませんよね。話を進めましょう。



ベルが鳴り、来訪したのはひと組の男女でした。フランシス・ヘイ・モールトン夫妻。女性は、ハティでした。


At the sight of these newcomers our client had sprung from his seat and stood very erect, with his eyes cast down and his hand thrust into the breast of his frock-coat, a picture of offended dignity. The lady had taken a quick step forward and had held out her hand to him,


ハティを目にした瞬間、サイモン卿は思わず身を起こし立ちつくした。手は上着の胸の辺りに中へ突っ込んだまま、目を伏せていた。傷つけられた威厳、その生の姿だった。ハティは、つとサイモン卿へ歩み寄り、手を差し伸べた。


クライマックスですね。


「怒ってるのね、当然だわ」

「言い訳はよしてくれ」


ひどいことをした、逃げる前に話しておくべきだった、でも動転してしまった。ホームズは席を外そうとしますが、ハティとともに訪れた鋭い顔つきの若者が、その必要はないのではと言い、ハティは事情を話し始めました。


長いのでちょっと急ぎめに。


1884年に出会った2人は婚約していた。フランクとハティの家族は同じ鉱山キャンプにいたがハティの父親が鉱脈を掘り当て財を成したのに対しフランクには運が向かず貧乏だったため父親が2人の結婚を望まず、サンフランシスコへ家を移した。しかし2人は話し合い、極秘理に結婚した。


フランクはそれからもひと山当てようとあちこちの鉱山を渡り歩いた。ある日鉱山キャンプがアパッチインディアンに襲われ、死亡者の欄にフランクの名前があり、音沙汰もなくなったため、想いを残したままではあったが、サイモン卿との結婚に踏み切った。


そしてハティは結婚式の当日、教会の信者席最前列にフランクを見つけたのです。彼は唇に指を当て、その後何か走り書きしているのが見えたのでわざと彼の所でブーケを落とし、手渡す機会を作ったのでした。レストレイドが見せたあのメモですね。


ハティは部屋に戻って腹心のメイドに固く口止めをして外出の準備をしておくよう指示し、朝食会の席へ。窓からフランクが手招きしたのを見て、中座し荷物とコート、ボンネットを持って出て行ったというわけでした。


ハイドパークを歩いているときに知らない女性が来てなんやかやと話しかけてきたが振り切った、フローラ・ミラーのことですね。そしてロンドンの彼の住まいで過ごしていた。これが真相でした。


フランクはアパッチインディアンに囚われたものの脱出、ハティが居るはずのサンフランシスコへ来ましたが彼女はイギリスへ行ってしまっていたので海を渡り追ってきたとのことでした。結婚の報を知り、教会で待ち受けていたのです。


フランクはすべてをオープンにすることを望みましたが、ハティは高級貴族たちを相手にしでかした事の大きさに怯えていた。本当は明日パリへ発つつもりで、だからウェディングドレスも捨てた、と。捨てた場所がややこしく、さらなる疑惑を生んだわけですが笑、そこに詳しい言及はありません。


しかしシャーロック・ホームズが彼らを見つけ、秘密にしていては2人の立場が悪くなるからと説得し、サイモン卿1人と会う機会を作った、というわけでした。


本当にごめんなさい、という言葉にもサイモン卿は頑なな態度を崩しませんでしたが、ハティの求めに応じて、よそよそしく握手すると夕食の席を断って、出て行きました。


まあそりゃそうですよね。私も当然だと思います。


かくして若い夫妻と食事を楽しんだ後、ワトスンに向かい恒例のホームズの種明かし編です。


ハティは結婚に乗り気だった。しかし式のわずか数分後、心変わりをした。ということはその間に何かがあり、誰かの影響があった。彼女はロンドンに来て間もないのでアメリカ人の恋人か、前の夫だ。ここまではサイモン卿と話すまでに分かっていた、とホームズ。


"When he told us of a man in a pew, of the change in the bride's manner, of so transparent a device for obtaining a note as the dropping of a bouquet, of her resort to her confidential maid, and of her very significant allusion to claim-jumping "


「彼が語った信者席の1人の男、そしてその後の新婦の態度の変わり様、ブーケを落とすという、手紙を受け取るための見えすいた仕掛け、心根が通じたメイド、それに、クライム・ジャンピングという重要な言葉」


claim-jumpingとは、先に書いた通り、別のものに優先権があるものを手に入れるという意味で、鉱山の仲間内でよく使われる言い回しでした。つまりアメリカの鉱山に関係があると踏むことができたわけです。ホームズはこれらの要素から、アメリカ時代の恋人が夫と駆け落ちしたと判断したのですね。


どうやって2人を見つけたの?という問い、当然の誘導ですね。ワトスンの役割です。


ここで大きかったのはレストレイドのメモ書き、フランクの準備ができたら姿を見せます、というメモ書きの裏面の勘定書き、


Oct. 4th, rooms 8s.〜glass sherry, 8d.


というやつでした。メモにイニシャルも書いてありましたね、F.H.Mと


つまりホームズはこれを見て1週間以内にフランクはここのホテルに泊まった、しかも部屋代8シリング、グラスシェリーが8ペンスだからそうとう高級なホテルだ、と分かりしらみつぶしに当たったところ2件めのホテルの宿泊者名簿にアメリカ人のFrancis H. Moultonが前日まで宿泊していたのを発見したのでした。しかも手紙の転送先まで記載があったため、2人の居場所を突き止めたのでした。


今だったら民間人には絶対見せてくれませんよね。この時代は警察の捜査手法が確立されていませんでしたし、大らかだった向きもあるでしょう。ホームズは自分の名前と信用を使った可能性もあり、物語だから、ということかもしれません。


まあ最高の結果というわけには行かなかったな。サイモン卿の振る舞いは寛大とは言えなかったよね、とワトスンが言うと、


"perhaps you would not be very gracious either, if, after all the trouble of wooing and wedding, you found yourself deprived in an instant of wife and of fortune. I think that we may judge Lord St. Simon very mercifully"


「まあ誰でもそこまで優しくはなれないだろう。愛と結婚をめぐる面倒な大騒動の後で、一瞬にして新妻と財産がフイになったんだから。セント・サイモン卿はとても情け深かったと思ったほうがいいよ」


そしてホームズは


"for the only problem we have still to solve is how to while away these bleak autumnal evenings."


「残るただ1つの問題は侘しい秋の夜をいかに過ごすかだ」


とヴァイオリン🎻を手に取るのでした。


物語THE ENDです。


いやー原文読みを始めてからはよくあることで、日本語なら意味をとってすぐ読み進めるところを1語残らず考えることで慎重に読みますので、しぜん構成の妙、物語の意味合いも理解が深まるという実感があります。


高位ではあるが貧乏でボンボンの貴族の結婚、その破綻の情けなさ、ウェディングドレスのまま消えた美しい花嫁に悪事の匂い。北アメリカ大陸のゴールドラッシュと社会情勢と人々が何も面白がっていたのか、がよく分かる作品です。結局犯罪はないですし、ホームズの推理も捜査もそこまでダイナミックな味はありません。しかし今回サイモン卿とレストレイドとホームズの関係性、その摩擦はなかなか面白いですし、パッと聞いただけでは、はあ?となるホームズのセリフの連発のパターンもうまく組み立てられているかと思います。


こういうところにドイルの上手さを感じたりするんですよね。


1888年に発生し、ロンドンを震え上がらせたジャック・ザ・リッパー、切り裂きジャック事件を解決できなかった警察機構は、捜査手法がまだ整っていない状態でした。そこへ科学的、合理的な手法で鮮やかに事件を解決するホームズが現れ、大衆に大人気となりました、って名著を深掘りする某番組で解説してました。


ミステリーというよりはやはり物語、しかし社会性と、騎士道精神がありながら、どこか世間を皮肉り、庶民サイドについているようなテイストもウケた原因だろうな、とつくづく思うのです。



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