2022年10月18日火曜日

10月書評の6

◼️ 青柳いづみこ「ショパンコンクール見聞録」

熱中した昨年のショパンコンクール。青柳さんの詳しい解説でまたまた楽しむ。

優勝したブルース・リウ、その歴史的名演という声もあったラ・チ・ダレム変奏曲を含む3次のステージのアーカイブを聴いた後、この書評を書いている。

クラシックが好きな私は図書館で、2015年大会のことを書いた青柳さんの著書をたまたま目にして読み、臨場感のあるレポートと解説にハマった。ショパンコンクールは映像アーカイブが完璧なので、ファイナル進出者の演奏を何度も聴いた。

読んだのは確か2020年の暮れ。ショパンコンクールは5年に1度、ということは、終わったのか、と思ったらコロナで1年延期されたという。しかも、その時点でコンサートのチケット入手が難しくなっていた人気ピアニスト反田恭平、2015年大会で日本人唯一のファイナリスト小林愛実、東大大学院卒、かてぃんとしてYouTube等で大人気の角野隼斗、天才少年としてその名を馳せた牛田智大など、日本人の優勝候補が複数挑戦する。期待を持って熱中した2021年の大会は、カナダのブルース・リウの優勝で終わった。

青柳さんは、相変わらず演奏について専門的な見方と、当地の舞台裏話、審査員とコンテスタントのインタビューをまとめている。充分で周到な準備をし、コンクール中でも研究を欠かさなかった2位の反田恭平と、いっさいの情報を遮断、他のコンテスタントの演奏もまったく聴かなかったブルース・リウの対照がおもしろい。

反田とともに2位でソナタ賞を受賞したアレクサンダー・ガジェヴはその哲学的な演奏で一部の審査員を混乱させた。3位のマルティン・ガルシア・ガルシアは当落線上でなんとか勝ち上がり、ファイナルのコンチェルトで抜群の2番を披露、コンチェルト賞を受賞した。

ガルシア・ガルシアは見出しではガルガルとされている笑。ガジェヴとガルガルは章でセットになっていて、個性派が揃ったファイナリストたちの象徴的存在として扱われている。ガルガルについては実は私も、3次で、ミスは多いわ、ペダルの足はドタバタしてるわ、メロディをハミングする声がマイクから聴こえるわで、大道芸人みたいな人だと、正直ファイナルに残った時えーっ?と思った。ら、ファイナルの2番はメチャメチャに上手く鳥肌が立った。世界にはいろんなピアニストがいるものだ。

23名でファイナルの10席を争う(今回は12人だった)の3次まで来ると上手いは全員上手い。ファイナルに残るのはその中でも強い印象を与える人なんだと思わされた。角野や進藤実優、キム・スーヨンらは落選。角野や進藤のピアノにも触れられている。ファイナルのメンバーはいずれ劣らぬ個性派揃いだった。

2010年、2015年の優勝者アヴデーエワ、チョ・ソンジンはそれぞれ、楽譜重視のオーソドックスなタイプだった。しかし前回、そして今回は弟子の自由な演奏を認めるタイプであるダン・タイ・ソン門下の活躍が目立った。ブルース・リウもその1人。常に唱えられる、ショパンらしい、というのはどういうことなのか、という疑問にも、奏者であり文筆家、博士号を持つ青柳さんがチャレンジしていて興味深い。

私は小林愛実を応援していた。20歳で出場し、「今この瞬間に降りてきた音楽を弾いているという臨場感を武器に」していた前回から進化した。長くお嬢さんカットだった髪を切り、ドレスも大人っぽくしていた。青柳さんは演奏プログラムはより困難に、演奏もぐっと内省的になり、弱いけれども芯があり審査員席まで届く、絶妙のピアニッシモを操ってみせたと高く評価している。2次では現地の聴衆がハッと息を呑み水を打ったように演奏に集中するのが配信でも分かったし、採点上ブルース・リウについで2位だった3次ステージの緊張感あふれる演奏はファイナル進出を確信させた。すごいものを観られたと思う。リサイタルに行き、年末の出演のチケットもすでに取った。

今回もLIVE、アーカイブも完璧。しかし現地で聴く演奏と、配信では明らかに聴こえ方が違ったらしい。小林もそう言っている。反田やかてぃんら人気ピアニストが出場したこともあり、コロナ禍でもあり、日本からのアクセスは非常に多く、かてぃんの2次は新記録を達成したと同時言われていた。

そして、現地での生演奏の方が配信よりも上と見られる暗黙の了解のようなものにかてぃん、角野隼斗は、現地の聴衆の何百倍の人が聴いているわけで、マイクが拾った音で聴くからこそ良い演奏にも価値があるのでは、と疑問を投げかけている。ちなみに審査員のアルゲリッチは好奇心が旺盛で、前回大会では審査の後のホテルで配信版を聴き直していたとか。生で聴いていると分かるミスが、配信だとクリアされてしまう、つまりミスも良い音に聴こえてしまう一方、ホールでは届かない小さい音、細かく美しいニュアンスがマイクに載せることにより響くのでは、すでに代替物ではない、という見方などが紹介されていて興味深かった。

私的には、ショパンコンクールはぐっと身近になっている。これまでは2000年大会のようにテレビで特番ないのかなあ、と待つしかなかった。いまはほんまにハッピーだ。

コンクールというものの特質も関係してくるのではと個人的には思っている。並列、同じような曲の演奏を何人も続けて聴くと、私のようなシロートにもやはり違い、特徴が分かりやすい。また、名演はコンクール本番の強い緊張感があるからこそ特別に聴こえる、と思う。

小林の息を呑むくらいのピアニッシモ演奏は、それまでのコンテスタントたちにはジャンジャンかき鳴らす傾向があったために余計効果があったし、ガルガルのコンチェルトも、今聴くより、あのファイナルで聴いた時の方が大いに感動した。ブルース・リウが協奏曲1番を弾き終えた時、オケの演奏がまだ鳴っているのに、ピアノの弾き切りでブラヴォーの声が湧き、うねりのような感動が心を包む、これはやはり本戦のなせるワザだろうと思う。

その緊張をも伝えたこの本は大変貴重だ。前著は詳しすぎる、という批判もあったとか。しかしあまり分からないものを理解していくのは逆に楽しい過程だし、こちらも専門的な見方を知りたいので、今回もとても興味深かった。大変コンパクトな新書で、もっと書いて欲しかったくらい。

次回のコンクールは、進藤、牛田らリベンジ組と、日本期待の藤田真央が出たら盛り上がるかな。いまからめっちゃ楽しみだ。

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