2026年2月23日月曜日

アフリカン〜♪

前日買ったブックカバーのアフリカ布を扱うお店が映画館のごく近くにあると聞き、さっそくご訪問。バオバブさん。店主さんとお話ししてカラフルなグッズを見て、期間限定というアラビアンクッキー買いました。また行こう。次はアラビアンケーキも食べたいなと😋

たしかにあった幻

神戸・三宮で河瀬直美監督の新作「たしかにあった幻」を観る。医療もの、神戸・芦屋付近が舞台というくらいで、あまり予備知識がないまま観たらこれが子どもの臓器移植ものだった。子どもがかわいそうな話はホント観ていられない。何度もホロホロ😢ただ河瀬監督らしいクセがあって、映画らしい流れは掴みやすく、また深刻な社会問題に取り組んでいる、その重さを感じさせる力はさすがだと思った。お弁当屋のおかみさん役、尾野真千子がすごく良かった。

夜少し雨が降ったものの、日中は本日も快晴。先週末は大雪の中雪まみれになってジーライオンアリーナ神戸にバスケ🏀を観に行った。去年のこの週は雪が時折降る寒空で大阪マラソンに出る友人を応援し、あまりの寒さに近くのたこ焼き屋でハフハフいいながらおいしく暖をとった。

ところが今年は、朝は寒くても、日中は半袖の人もいるほどの気候。私は朝イチで動くのが好きなので薄いものを重ね着して暑かったらリュックに放り込む感じ。神戸・三宮は風がやや冷たく、スポーツショップで買った競技自転車🚵‍♂️用の薄いネックウォーマーを装着。当面は寒暖入り混じりそうだ。

前日は高松国際ピアノ🎹コンクールのファイナル。応援していた奏者を含む日本人は残らなかったものの、5人のファイナリストがみなホントにテクニカルかつ情趣豊かなのに感心😳ショパンコンクールなどの有名コンクールならずとも、世界に上手な若手ピアニストはたくさんいると改めて実感。ファイナルでラフマニノフの3番を熱演したウクライナ🇺🇦の21歳、ロマン・フェディウルコが優勝。おめでとう!3位の🇺🇸エリザベス・ツァイのブラームス1番も、2位の🇩🇪キム・ジョンファンのサン・サーンス4番も上手かったなぁと♪

さて、冬季オリンピック、フィギュアは団体、男子シングル、ペア、女子シングルと観た。マリニンがまさかの大崩れ、りくりゅうの大逆転金メダル🥇にはポロポロ涙が出た。目立つミスが相次いだ男子に比べ、女子はミスが少ない雰囲気で推移していき、今季絶好調のアリサ・リウが明るさめいっぱい、ジャンプノーミスの演技で優勝。オリンピックのラストダンス、坂本花織はわずかに及ばず銀🥈。金銀ともに、4回転ジャンプやトリプルアクセルを使わない選手となった。銅メダルの🥉17歳中井亜美は勝負度胸が持ち味か。

終わったな・・という感が強い。振り返るといろいろあった。神戸市営地下鉄のコンコースに坂本花織の競技写真と手書きの手紙のパネルがあるとの記事を見てきょう行ってみたが、すでに取り外された後期間中にはもう外してたんだとか。残念!

スノボも村瀬ここもと、深田まりとの金争いには痺れた。これぞオリンピック、という熱さだった。

さあここからの2週くらいは公私ともにパタパタする。3連休しっかり休んだし、がんばろうかな。

スッキリとしたカフェ

地元に新しくできたカフェでレモン🍋ケーキとエチオピア🇪🇹アイスコーヒー。アフリカつながり😎スポンジケーキの柑橘系の甘酸っぱい感じと、やはり酸味を効かせたエチオピア。うんまい😋!

ホクホクの休日なのでした。

アフリカ布ブックカバー

よく晴れた日曜日2.22😺😼😸の日は六甲アイランドのイベントに六甲ライナー。海を渡る景色は何度乗ってもワクワクする。

で、お知り合いのブックカバー屋さん、gotozouさんのブースへ。いつも明るく迎えてくれる店主さんで今回も楽しくお話しさせてもらいました。様々なブックカバーを作ってらして、そのうちアフリカ布のものを見てみたく、これから春夏だしいかにもアフリカ!のようなものが欲しいかなと思っていた、のですが、

これに撃ち抜かれました🏹。赤🟥がホントにいいと思います。嬉しい。スピンのアクセサリーはいちご🍓。

めっちゃお気に入りっすd(^_^o)

それにしても六甲ファッションマート、ファッションプラザはさすがにおしゃれ。家具や絨毯など様々な店舗が入っていて、おしゃれテーブル&チェアを置いたカフェも何軒かあった。よく行くわりにはこのへんの店には入らない。たまには行ってみようかな〜🙂

3月書評の10

◼️ 西加奈子「舞台」

演じている、は西加奈子ひとつのキーワードかもしれない。

人はニューヨークに何を感じるのだろうか。また、自意識、というのが意外に強いものだというのは年齢を経るに従って分かってきた気がする。突っ走りと関西弁でいわゆるヘンコ。自意識過剰の若者は、NYで何を見つけたのか。

それなりに高名な作家だった父親のことをしゃらくさい、と言って嫌っている葉太。女にはモテるが演技をされると萎えてしまい長続きしない。その父が死に、遺したお金でNYへ一人旅をすることに。セントラル・パークの有名な芝生、シープ・メドウに着き、念願通り寝転がってお気に入り作家の本を広げたとたん、日本語で「まさか」と書かれたTシャツを着た白人の男に、目の前で財布、パスポート、スーツケースの鍵など一切合切入ったバッグを持ち逃げされる。葉太は追いかけなかったー。

西さんの作品はよく読んでいる。先日「おまじない」という短編集を読んで、今回考え方の点で、ああ、繋がってるなあと思った。生活の中で「演じる」こと、生きづらさの中で自己肯定、また自己防衛として発する演技など。

葉太は両親、とりわけ父親に対する嫌悪の情をあらわにし、また、行動のいちいちも、周りの観光客をバカにし、虚勢を張るなど神経質。また霊感が強く、ふつうに霊が見えてしまう特異体質。極端なキャラとして描かれている。

性格には、祖父の葬儀で父親に見下された経験、誰かと気持ちをわかち合えないこと、人気者の同級生が修学旅行で財布をなくした事態に情けなさを感じ、自分はああなりたくないと思ったこと、などがトラウマ的に影響している。

よく書くのだが、人間は瞬時に多量の物事を考えている。独りで行動する時、何かと考えが変な方向に行ってしまい、何やってんだというような効率的でない行動を取ったりする。そういった人間のフツーの?生活の部分、自意識過剰な心の動きをことさら強めて描いている感じだ。頻繁に霊を見る葉太のオチは?と思ったらふむ、なるほど、という消化だった。

巻末の対話式解説で、恵まれた者の、無視されがちな悩みを書きたかった、とある。うむ・・この話は最初から葉太はけっこうな考え過ぎの、変な男、という側面が強く出ているし、家族も少し形がおかしく見えるして、んー、シチュエーション的には揃ってるけど、あまり恵まれている印象はなかったかな。

流れも伏線回収も、よく考えられていて、いつも通りちょっとヘンで、途中から難が降りかかり、もう一度アクセルがふかされ、葉太はピンチに立たされる。そして自己の性格と親との関係に向き合う。

コメディ風味の衣に入った純文学っぽさ、これは最近顕著な西さんのテイストだな、と思っている。今作は興味深かったが、もひとつリズムが合わない面もあったかなと。

乗り切れない理由・・実はワタクシNYとかLAとか・・言われてもアラスカ以外のアメリカには興味がない、ということも影響したかも。まあ知識として入れとく場合には悪くないものなのでフツーに読むけど(╹◡╹)

興味深く、テクニカルな物語ではありました。

3月書評の9

◼️ 稲葉白菟
「神様のたまご 下北沢センナリ劇場の事件簿」

シモキタの地域ミステリ。小劇場をめぐる人間模様。続きあるよね?

下北沢は単身赴任時に数回行った。当時のシモキタ駅はすごい高い階段があったような。確かに広くない路地にお安くて小さくてクセのありそうな店がたくさんあるイメージ。劇場もあった。何かの用で夜10時ごろ歩いたこともあり、劇中の雰囲気も少しだけ分かる気がする。

下北沢の複合施設・シモキタザワ・イーストエンドに入っている下北沢センナリ劇場。そのオーナーの孫・竹本洸太朗は大学入学で神戸から上京、2つあるハコのうちセンナリ・コマ劇場の支配人・日英ミックスのウィリアム近松のもとアルバイトとして働くことになる。折しも、ホームズ物語のオマージュを上演しようとした劇団の出演者が小道具として持ち込んだ本物のアレクサンドライトの指輪が見つからず、盗難かという騒ぎが持ち上がるー(神様のたまご)

冒頭のエピソードには「The Adventure of the Blue Carbuncle」という副題がついている。ホームズ短編人気の1つ「青いガーネット」だ。クリスマス時期に盗品の、有名な青い宝石がガチョウの体内から見つかる、というお話。そちこちにパロディっぽい仕掛けも見える。ほか、サスペンスもの「死と乙女」、島崎藤村の詩をロックにする「シルヤキミ」、ちょっとホラーっぽい「マクロプロスの旅」、本格ミステリの色合い「藤十郎の恋」で締めとなる。

劇場に絡む人情もの、という感じがする。基本テイストはコメディっぽい。洸太朗の祖父がセンナリ劇場を立ち上げ、祖母はオーナー、おじがもう1つのハコ「ザ・センナリ」の支配人、小さい頃来た時遊んでくれた女性の和田は制作部長、まりやとダイク、2人の若いアルバイト。この本でも一部の者にフォーカスはされているが登場人物についての掘り下げはこれから、という感じ。これは続巻あるだろうなと。

街ものと舞台もの、両方あって、ステージも有効に使って、ライトなものから本格まで、舞台、芝居を使ったミステリも過程はおもしろい。ワクワクして読める。

青いガーネットのネタについては、議論は尽くされている感があり、プチシャーロッキアンとしてはまあ想定の範囲内。他にもちょっと結末が予想できるな、という作品もあった。謎そのものはどうなるのか、という期待感を持たせる異色さ。でも結末はもうひとつ物足りないかな。

独立した感のある下北沢の街を活かすのもまだまだこれからかと。ただシモキタって憎めない、若いエネルギーが注ぎ込まれている街だなと思う。

とりあえず続巻を注目しようかな。

2月書評の8

◼️ 島沢優子「叱らない時代の指導術」

抜群に興味を惹かれた。指導者が「気づく」瞬間とコペルニクス的転回。スポーツ現場の難しさ。

毎年バスケットのウィンターカップ他の大会や春高バレーを観ている。生観戦にも行っている。気にしているとやはり情報に敏感になるもので、毎年のように名門校指導者による暴力や暴言のニュースに気づく。どうも指導現場は昭和とあまり変わらないところがあるなと気になっている。本の本質とは関係ないかもなので掘り下げないが、もうそろそろ坊主やベリーショート一択の髪型の規制のようなものはやめてはどうかと感じてもいる。

本書には日本代表クラスの有名選手を育てた指導者を含む18名の「気づき、変わった」指導者が取り上げられている。きっかけは様々だが、その、本人にとっての現実的な壁の事例がとても興味深い。

ある小学生のサッカー指導者は、卒業した子どもたちが中学で実力が伸びていない、サッカーをやめてしまう子が多い、また過度の運動により子どもたちの身長が伸びていない、ということに気づいた。加えて10歳にもならない子から「あのさ、コーチはなんでそんなに偉そうなの?」と言われた。

暴力、暴言も必要だと思っていた高校バスケットの若き指導者は、2012年大阪の選手が監督の暴力、パワハラを苦に自死した事件に衝撃を受け、自分の過去の環境、それで成し遂げたものの価値を疑った。

学童野球の指導者は、海外での経験などで少しずつ考えるようになり、保護者へのアンケートで、練習を見てて楽しくない、監督が練習中にかける言葉が嫌だ、感情で指導しないでくれ、という声に触れ「全部、ほんまのことや」とショックが走り方針を変えた。

現在の指導者は、体罰や暴言もあり、猛練習の選手時代を通ってきた者も多いのではと思われる。だから程度はそれぞれだとしても最初は同じような指導方法を取ってしまうのではないか。ある意味、自分を育んできたものだ。

もうひとつ、本書でも強調されているが、結果、目の前の勝利、実績で周囲や親はそのコーチ、クラブを評価する。勝つことが絶対正義になってしまう。シビアな現実だ。子どもを連れてくる親もまた学生時代厳しい練習を積んだアスリートだったりするとか。結果が発言力や立場を作る。

中学の名門硬式野球クラブの指導者も自分のクラブやほかの有力チームの卒業生が高校で燃え尽きていたり故障がちだったりして思うように活躍していないのに気づいた。そこで練習量を削減し、怒鳴ったり罵声を浴びせない方針に転換したところ、10人いたコーチのうち9人が辞めたという。考えさせる事例だなと。

おもしろかったのは、後に鹿児島の鹿屋体大野球部を建て直す指導者が、最初は中学のサッカー部の顧問になり、どうしたら子どもが興味を持つのか考え、いきなり県のサッカー協会を訪ねて借りてきたサッカーのDVDを生徒と一緒に観たり、隣のチョー名門校の有名監督に電話して、一緒に練習させてもらったりという行動力。読んでるだけで楽しい。子供たちもウマい!カッコいい!と目を輝かせたとか。

バスケットの河村勇輝、サッカーの三苫薫、テニスの錦織圭、陸上やり投げの金メダリスト北口榛花の指導者の話もある。

少し書いたが、さてでは、気づきを得て変わった指導者たちはどんなことをしたのか?どのように成功しているのか?がこれも現場のリアルの話で感心したりクスッと来たり。まあ興味あれば読んでみてください。まあ少し成功者ばかりを取り上げ、選手に対する取材が少ないな、と思うきらいがないでもない。

「スポーツ界における暴力行為根絶宣言」が日本オリンピック委員会などに採択されたのは2013年。思ったよりだいぶ遅い。

そこそこ強い体育会系部活の身内から聞くと、選手たちは強い学校でいい選手になり全国大会にも行きたいから、罵声体罰のあることを承知で強豪校を選択することもあるという。

指導や管理の現場は大変だろうと思う。理想論ばかりでもないと想像する。しかし練習のしすぎや具体性を欠いた指導、また教え過ぎ、暴力はもちろん暴言・パワハラのない環境が広がることを願ってやまない。

良い読書でした。

2026年2月15日日曜日

養生の週末

週末も映画見に出ようかな、なんて思ってたけども、先日の大転倒でまだ手の指が痛い上、当日風呂入る時に膝外側に腫れと擦過傷など身体あちこちに痛みや傷を認識。おまけに翌日はギックリ気味に背筋がピキッといって悶絶。週末はおとなしく過ごす。

風は冷たい、しかし気温的にはだいぶ暖かくなり、お気に入りのライダーズジャケット着て古本12冊くらい持って古書店。売ったお金でおすすめの本を買う。ふむふむ、店主さんのお話は刺激に富んでいて楽しい。

さて、オリンピック。フィギュアスケート男子は波乱の展開。佐藤駿がほぼ完璧な演技で大逆転の銅メダル、鍵山は勝負をかけたジャンプが決まりきらず、しかしゴテンと転んだわけではなく、着氷が乱れただけに抑え、スピンとステップはレベル4の美しい出来で銀メダル。

誰もが絶対王者と見做していたイリア・マリニンは4回転フリップと4回転ルッツは決めたものの、クワッドアクセルは抜けて1回転半となり、ほか2つのジャンプで転倒するなど技術点TESが伸びず、まさかの8位。金メダルはコンビネーションジャンプの後の方に4回転を入れ🫢また予定にない4回転フリップを決めてみせたミハイル・シャイドロフ。カザフスタン🇰🇿初の金メダル🥇

早起きしてLIVEで観てて言葉を失う。筆舌に尽くしがたい、という言葉を思い出す。誰もがマリニンの成功と優勝を考えていたと思う。大舞台の持つ魔力ということか。それにしても、ある意味スポーツの暗黒面であり面白みでもある。ドラスティックだった。

鍵山優真🥈佐藤駿🥉おめでとう🎉さあ、ペアとフリーだ

3月書評の7

◼️ 「スーホの白い馬」

ここのところよく見かけていたので、読んでみた。モンゴルのお話らしい?

そんなに長い話でも、入り組んだ話でもない。
モンゴルの民族楽器、モリンホール、馬頭琴はどうして出来たか、を説くものだ。馬頭琴、というのは中国の訳し方で、日本でもよく使われる気がする。私的には木琴、鉄琴などを想像して叩く楽器か、なんて最初は勝手に思ってしまうけれども、琴と同じ弦楽器。大雑把にいえばギターをスリム化したような、共鳴盤がついた二弦で、弓を使って弾く楽器だ。

モンゴルの草原で羊飼いのスーホは倒れてもがいていた白い仔馬を見つける。周りを見渡しても飼い主も親馬も見当たらず、放っておいたら夜が来て狼の餌食になってしまうと、スーホは連れ帰り、大事に育てる。2人の間には、分かち難い絆が育つ。

数年後、殿様が競馬大会を開く。優勝した者は殿様の娘御と結婚させる、と。スーホは成長した白駒でぶっちぎり1位になる。が、殿様は貧しい羊飼いのスーホに娘をやるつもりなどなく、銀貨3枚で白い馬を譲るよう申し付け、スーホが拒むと、部下に暴行させて奪い取る。

白い馬は乗った殿様を振り落とし、スーホの元へ駆ける。追っ手の矢がいくつも背に刺さって・・やがて心で白駒と会話を交わしたスーホは馬が行った通り、その身体を使って楽器を作ったー。

なじみの古書店で読んだ後「教科書で読まれました?」と聞かれた。これって教科書に載ってたんだね。私の時代は、多分なかったと思う。で、どうもバージョンがいくつかありそうで、物語をさまざまなものの象徴と見る向きもあるようだが、そこからは離れたいねやっぱり。

絵は武骨。スーホは赤く長い上衣で腰紐を結んでいる。赤の帽子、厳しい表情。全体として刹那的で不穏な雰囲気があるような気がする。

モンゴルへ行った人は風景だけでお金になると思います、という人もいた。「何もない、というのを味わいたいんですよ!」とロマンに目を輝かせていた卒業旅行の大学生は帰った後「ホンマに草原以外、何もありませんでしたわー(苦笑)」と報告した。

白い馬に乗って、広い広い草原を風を切って駆ける、という姿が、この物語の象徴的な姿かもしれない。

優勝者には娘をやる、という条件で先が読めてしまうかな。けっこうストレートな話で、古い民話にありがちな、矛盾とか不思議なパートがない。まあこんなものか、だけども。

最近よく見るよね図書館とかSNSとかで、と言うと古書店主さん「それは午年だからですよ」

なるほどそうだったか。

2月書評の6

◼️ 上橋菜穂子「明日は、いずこの空の下」

良かったなあと読後感。うん、なんかカチッとはまるものがある。味わい深い海外旅のエピソード、思い出エッセイ。

言わずと知れた国際アンデルセン賞の上橋氏。文化人類学者の視点のみならず、広く豊かな想像力が詰まった「守り人」シリーズは私も完読した。氏の旅エッセイは、女学校の英国研修旅行、宮古島や名峰・祖母山で地元の方に親切にしてもらったことから、研究者時代のオーストラリア・アボリジニについての長期フィールドワーク体験でその筆致に想いを馳せる。そして老いた母親さんと行く、年に1度の海外旅行が心にハマる。

女学校時代はバグパイプが欲しくてエディンバラで買い物し、ケンブリッジでは憧れの「グリーン・ノウの子どもたち」の作者ルーシー・M・ボストンさんに手紙を出して会いに行ったくだりには、その好奇心旺盛さに微笑ましく感心。面白い本を読んでこれがしたい、あれが欲しい、となるティーンを好ましく感じる。

アボリジニはカンガルーやエミューを狩る民族で、衛生のため切り落とす子羊の尻尾の肉、また狩ったカンガルーの尻尾の肉も大好物だとか。上橋さんには美味しいとは思えなかったらしい。そんな彼らは、日本人が鮎に串を刺して焼くのは残酷で気持ち悪い、と思うそうだ。なかなか面白い。

シドニーと対角線上にあるような北インド洋に面した北部の港町ブルームは真珠の養殖が盛んで、移住してアボリジニの女性と家庭を持った日本人がドラム缶の風呂を毎日沸かして入ったり、新年には手製の門松を作っていたとか。

当地で久しぶりに和食に触れる悦び、その新鮮さと価値は外に出ないと分からないかもしれない。筑紫の国出身の私は、食べられるものなら、関西でかしわおにぎりを食べたい、なんて読みながら思うが、切実さが違うな、とすぐ本に戻る笑

合間にエアーズロック、茫漠とした砂漠の黄昏時の色の変化、圧倒的な月光などの光景描写が入る。オリオン座が北半球と逆さまに見えるオーストラリアの満点の星空って、憧れるな。

なぜ母親さんと毎年海外旅行へ行っていたのか、その理由は「単純に楽しいから」だそうだ。こちら側から見れば、母娘よく似て好奇心旺盛で無鉄砲。でも多分、興味の方向が合うんだろうなと思う。

イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド、ブリテン島の4カントリーの旅、アーサー王の墓があるとされるグラストンベリー修道院、ゴッホ終焉の地、オーヴェル・シュル・オワーズの麦畑、イランでの好奇心あらわな少女たちとの交流、また古都イスファハンの美しさの中に2人。

イランはかつてサッカージャーナリストさんがワールドカップアジア予選で訪れた際、脚を延ばした旅日記を読んで以来興味を持っている。イラン英語大好きだし、ペルシャは歴史的にも惹かれる部分もある。

私の友人の女性も色々なところに母親さんを連れて行く。私も同席したことがある。闊達で積極的、興味の範囲が広そうな方だった。今回のエッセイを通じて、どこか理解が進んだ気がしている。うん、こういう親子関係、いいな、と。

ローズマリー・サトクリフ「闇の女王にささげる歌」を読んだばかりで、序盤にサトクリフへの言及があった。なるほどと思いつつ、なんかまた、この流れに導きを感じたりする。

上橋さんのエッセイは、興味深く、かわいらしく、単純におもしろく、考えさせる。穏やかで、だからなのか深みを感じさせる。この人、やっぱり超人だ。

2月書評の5

◼️ 標野凪「ネコシェフと海辺のお店」

悩める女性に効能豊か。サバトラ猫の魚料理。

例えるなら最後に元気がでるタイプの15分ドラマみたいだ。魚ってほんとニッポン人に訴えかけるなと。人生、生活で弱った心を抱く時、ネコシェフの世界へと誘われる女たち。

千晶は40歳の専業主婦。かつてアナウンサーを目指したが失敗、勤めた生花店の客だった涼太と結婚した。高校生になる娘・梨央もまたアナになりたいと母を喜ばせ、色々とアドバイスしている。ただ、最近涼太には明らかに浮気の兆候が見え、また同窓生の雛菊が今も独身でデザインの仕事をしているのを見て、社会に置いて行かれたような感覚を受けるー。
(ネコにも居場所)

千晶、梨央、千晶の母・比呂乃や雛菊、世代・年代がバラバラな、関係性のある女性たちそれぞれの目線から、その生活と鬱屈を描き、想い行き詰まったとき、主人公はネコシェフの店がある海辺の夢幻空間へと転移する。

鱈のプランタード、ホッキ貝のクラムチャウダー、鯛めし、潮汁、アジフライにタルタルソース、鰹ぶしの猫まんまと鰹のたたき、鯖寿司・・

品書きの鱈といふ字ぞうつくしや
目には青葉山郭公(ほともぎす)初鰹

海洋生物の解説と、なぜか俳句や和歌を必ずのたまうネコシェフの料理は実に美味そう。味わいたい気持ちがそそられる。じんわりと身体と心に沁みわたる擬似体験。何かを読むとよくあることではあるが、やっぱり心地よい。

読み物としてはライトな印象だけども、女性たちの、自分が拠って立つ人生上の成り行きや立場、その関係性も実にうまく考えられていると思い感心する。人は大なり小なり常に物事を考え感じている。セルフィッシュ、また自分でも嫌になるような感情を抱くことはよくあり、口や態度に出ることは極端に少ない。そんな、いわば生きにくさと付き合っていくのもふつう。今作のシチュエーションの作り方は共感というよりは読み手に考えさせる方向だったかなと。心が軽くなるくだりはまたちょっと考えちゃったとこはあったけども。

ネコシェフ、おもしろくて気持ち良い。けっこうこういうの好きです。伸びやかな発想もまたニッポンの底力、なんて思っちゃったりする。

2026年2月11日水曜日

なんと!痛い・・

インド映画「ツーリストファミリー」を観に梅田から歩いてしばらくのスカイビルはテアトル梅田へ。

なにか映画観に行きたいな・・と思ってたところ、よく行っていたイスラーム映画祭関連の情報を前夜に観て、興味を持って調べてみたら前日にもかかわらずチケットが△になってて、1つだけ端席💺が空いてたのを即ゲット。行ってみたらなんと完売!

テアトルは「カメラを止めるな」それから数年前の年末休みの「ケイコ、眼をすまして」でほぼ満員を経験してるけども、開始30分も前に完売してしまったのを見たのって初めてじゃないかな・・テアトルはキャパが大きいとは言えない。でもロフトの下にあった頃から単館系各国作品が好きな人が集まってくる傾向にあったから、うなずけないことはない。まあ快適な席に入れたからよし。

経済破綻したスリランカからインドに密入国した一家は父ダースとその妻、大学を出た長男にと小学生の次男。上陸してすぐ警察に捕まるが護送の途中、次男の機転で警察官の情に訴え放免となる。かつて密入国して当地に住んでいる妻の兄が手配してくれた借家に住まうことに。スリランカ人であることを隠すため、近所付き合いはするな、と、妻の兄にはキツく釘を刺されたものの・・陰にこもるような、そんな家族ではなかったのだった🤗

笑いあり、涙あり。ちょっと流れやオチがアメリカンだな、エンタメ天国インドらしいな、なんて思ったけども、元来ノセられやすい性格、声出して笑って、涙をハンカチで拭いた。

実はクライマックス近くでトイレ。焦って走った瞬間段差につまずいて激しく転倒。一瞬意識が飛んだため近くのお客さんに心配された気配があったが、こんなことしてる場合じゃないとすぐ起きてダッシュ💨で済ませて、なんとかいちばんいい場面に間に合った。右手を激しく地面について、痺れていたからやべ、指折れた?なんて思った、でもやっぱ頑丈。多少痛むがぜんぜん大丈夫みたい。人差し指の爪が一時的にめくれてしまったらしく多少血が出て赤暗さが残っている。まあこんなんで済めば御の字だ。

帰りは特急にバスとつながりが良く、早めに帰って来れた。昼にあっレトロ風でいいかもと入ったカフェのナポリタンにちょっとがっかりしたくらいで、まあ結局いい日だった。冒険好きだが、冒険がすべて良いとは限らない。実績も信用すべし。

さて週末はまだ先、あすお仕事だ。

2月書評の4

(写真は泉鏡花「日本橋」の装丁表紙絵・小村雪岱)

◼️ 泉鏡花「茸の舞姫」

えらいもんを読んでしまった感覚。幻想世界が炸裂する。怪し、蛇、そして鏡花らしく色気もチラリ。

お決まりの、そろそろ読みたいな、と思った時の泉鏡花短編@青空文庫。しかし唸る。この才気に触れるのが楽しくてたまらない。

杢若は町中で面倒を見ている、天涯孤独、子供のような変わり者。お祭りの日、神社の境内に蜘蛛の巣を広げて「綺麗な衣服だよう」と言って商品のように見せている。杢若は幼き頃、何日も姿を見せなかったことがあり、天狗に攫われたと言われた。その後もよく人間界からいなくなり、どこへ、と聞かれても「実家だよう」と言って詳しくは答えない。

蜘蛛の巣には薄紅、浅葱色、黄色の蝶、金亀虫(こがねむし)、蒼蠅、赤蠅の艶々とした怪しい彩り、そして水銀の散ったような露がきらめく。

夜更けに向かい、天狗、般若、狐の面をつけた不思議な3人の山伏が神社を訪れ、緩く舞う。山伏は杢若の蜘蛛の巣を見て「えら美しい衣服じゃろがな」とのたまい、神官が、誰が着るというのだ蜘蛛の巣を、と訊くと「綺麗なのう、若い婦人じゃい」と答える。杢若は神官に「実家」のことを語り、やがて山伏たちが衣服を脱ぐと・・

始めの奇矯なシーンからどんどんと内情を語っていって怪異をにじませ、一気にファンタジーの世界に引き込む。どこかで結がつくとは思っていたが、こんなにも異質な形態とは思わずで、少しく驚いた。キーワードはタイトルにある通りの茸。しかし、特殊な妖しさと危険さを漂わせるこれを、ここまで仕立てて魅せるのはすごいと思う。

色彩感も素晴らしく、あやかしの情景を現出している。で、鏡花が好きな蛇も出演、そして女肌。

バラに短編をかじっているので、もうどれを読んだかもひとつ覚えていない。今回のチョイスもほぼ偶然だけれど、まざまざと、切れるような鬼才を見せつけられた気がした。

先日小村雪岱展で「日本橋」の表紙を見てきたこともあり、次は紙の本で読んでみようかな。

2月書評の3

◼️ ローズマリー・サトクリフ
  「闇の女王にささげる歌」

イギリスでは知らぬ者のない、ケルト伝説の女王・ブーディカ。紀元60年、帝国ローマに対し大反乱を巻き起こしたー。

どこかで書評を目にして、内容もあまり知らずに、読みたいと思っていた。女性の歴史小説家として名を馳せるローズマリー・サトクリフの作品に触れて、また読書の世界が広がったようで嬉しくもある。

紀元前後から数百年間、ローマ帝国はグレートブリテン島を支配していた。島には地域ごとの部族がそれぞれの領土を保持していた。東部、ケルト地域の馬の民であるイケニ族は、王女の夫に選ばれたものが王となるしきたりだった。

王の娘、金髪に紺碧の目のブーディカは友好部族パリシの勇士・プラスタグスを夫に迎える。赤い羽根を兜につけたローマ人たちの侵攻が近隣に及び、ブリテン島の諸部族は戦うことなく従う道を選んだ。やがてプラスタグスが亡くなると、女王を認めないローマはイケニを直轄の属州にする。兵を連れた無礼な使者団の1人がブーディカの娘の姫に手をかけた時、幼なじみの男が相手の喉を掻き切り、それを合図にローマ人たちは暴虐の限りを尽くした。

ブーディカと馬の民に、復讐の炎が燃える。

遥か遠いブリテン島やアイルランドにはほのかな憧れがある。「マクベス」のスコットランド、神秘的な響きのケルト、アイルランド映画も多く観た。行ったことはないが、だからよけいに想像が働く。

時代も古く、決して世界史の表舞台には出てこない戦い。日本でも古代が好きな身には魅力的だ。ちょっとジブリっぽくもある。王女に婿して王となる、一族は女系で支える、女家長制は鉄器時代にしばしば見られるとか。

物語は女王付きの竪琴弾き、歴史を歌にして歌う男、カドワンの回想モノローグで哀しげに進む。凛として勇壮、どこか人ならぬものが憑いたようなブーディカは反乱軍の長として、周囲の引き止めを入れず、常に馬が引く戦車に乗って突撃する。

イケニ族の風習やその周囲の部族たちの状況、ロンドンはロンディニウム、などどこか北海道のアイヌ語源地名を思わせるような地名もおもしろい。

古来より戦は残酷だが、ローマ兵も、復讐に燃えるブーディカも残虐で無慈悲な面がある。負けたらとにかく終わり、槍を投げ、剣で突撃する白兵戦、戦士は血に飢えている。

ブーディカの人間性もほの見える前半の描写と、迫力と魔性を漂わせ、底深い恨みの心を胸に強く抱き、最後の砦としてバラバラの部族をまとめあげるカリスマ性に惹き込まれる。そして無駄がなく、よく分かる最後の決戦シーンには止めようのない、不可逆的な奔流を感じ、やがて喪失感に打ちのめされる。ぽっかりと空いたような、絶望的な未来。

テムズ河畔には戦車に乗ったブーディカの大きな像があるそうだ。世界的にはあまり知られてないがかの国内では知らない者のいない古代の気高き女王。圧倒された。

サトクリフには有名な児童文学の古典的存在「第九軍団のワシ」「銀の枝」「ともしびをかかげて」というのがあるとか。古代らしいし、こりゃいつか読まなくちゃ。

大雪の余波

街の雪は溶けたけども、山の雪は溶けず。

また夕夜降って、朝が心配だなぁと思って早めに起きて、雪道を慎重にバス停へと降りる。と、いつもより多く並んでて、5分過ぎても来ない。ひょっとして・・とバス会社のHPを見ると・・なんと初めて体験する全運休😳

うわーと歩き出す。県道をひたすら降りる。狭い歩道はずっと雪。しかもこんな時に限って工事で歩道が50mくらい通行できない場所があったりする🥴しゃーないから車道を歩く。急がないかん。この辺は慣れですな。冬は半凍結の道を年に何回か歩くし。約2kmを歩き私鉄駅。会社にはJRが都合がいいけど、こんな日のJRは当てにならないと経験則。乗り継ぎ駅でJRには向かわず目の前にすぐ来た快速で大阪梅田へ。

この日はつながりが良くてスムーズに到着遅刻なし。しかし・・山を越えてくるバスはたまに止まるけど、発駅がちょっとだけ上の私鉄バス🚌はストップしたことがなかったのでちと驚いた。

これで寒波終わり?雪まみれになるわ通勤のバスは止まるわでなかなか身体に堪えた2日間でした😵‍💫

うどんとチョコ

大雪の中歩く前、神戸三宮センター街温玉うどんで暖を貯金わらい😅その後🥶からぬくぬく🤗としたアリーナで🏀観て、帰りはすっかり晴れて雪がなくなった街でチョコケーキ。高校同級生体育会系同士で語らいました🏀🏐今回は想定外の雪まみれ、でもホームタウンの駅から歩いて行けるアリーナはホンマ、本当に嬉しい。

東西上位対決🏀

雪中の行軍笑の後、1時間前には席に落ち着いてゆっくりあったまる。ジーライオンアリーナの中はぬくぬくで、観やすい席だった。ほうっ、と溶ける🫠😎

昨日のGAME1、外角のシュートが入らず、東地区で首位争いをしている福島に大差で、つまりボコボコにやられた西地区首位の神戸、きょうは序盤から激しいディフェンスが奏功、外からのシュートも決まり優位に進めて勝利。

熱いブースター、サッカーでいうサポーターも多くて会場が大いに盛り上がった。帰りにショップに寄ると店員さんがミニメガホン鳴らしながら"応援ありがとうございます!"出入り口では、偉いさん?のような人がグータッチでお客さんをお見送り。楽しめました〜。

ハーフタイムに外を見るとすっかり晴れてて雪がない。びっくり🫢。平和に帰ってきました。まあ終わりよければ全てよしでこれも貴重な体験かな。良い日曜日でした。

こんなに雪に降られて神戸を歩くのは一生一回?

B2リーグ神戸ストークスvs福島ファイヤーボンズ@ジーライオンアリーナを観戦。

寒波・降雪予想は大当たり、昨夜から今朝の雪で自宅周辺で3cmほど積もった。街中では積雪は少なかった、けれど、三宮から港のアリーナへの道のりはめっちゃ吹雪で上着もリュックも雪まみれ。こんな雪に遭うのはホント久しぶり。遭難するかと思った。産業道路の国道43号線もみるみるうちに真っ白で、風景は白くけぶり見通しが悪い。極厚ダウンに暖パン、マフが内側についたブーツに防水スプレーかけて、身体は寒くなかったけども、雪降りすぎ。ホンマ参りました。

昔話に花が咲くお年ごろ

ひと区切りの大先輩のおつかれさま会はめでたいの鯛めしで。昔話に花が咲く。

デザートプレートにお疲れ様の文字入れて、みなであっという間に食べ尽くしました。

入社した時仕事を習った方々の年齢を遥かに超えてしまった。彼らの話は歴史を背負っているようで、浮かぶ映像はモノクロ。

今は自分が歴史を背負っている?んなバカなって気になる。だって入社した頃のことってすぐ昨日のようで、みずみずしくて、ぜんぜんカラーだぜ🟥🟩🟦

彼らもそうだったんだね。ホントに信じられない。

節分と老舗

節分の日には太巻きを食べ、京都では昭和7年創業の名店・スマート珈琲でウワサの古典家庭的ホットケーキをいただく。

先週は左手首に痛み、今週は右肩甲骨と右足指の付け根全体になんかイヤな痛さがあってエイジングを感じる。先週、きょうと🏀Bリーグを配信で観ながらお仲間たちとあれこれ話す。ホントに良き時間でストレスも晴れる気がする。

明日は雪☃️?衆院選投票日。出掛けるので期日前投票をしようとしたら長蛇の列。ひやー。どこも混んでるみたいだけど、ちょっとかなわんね。

オリンピックスタート。フィギュア団体、ペアと女子ショートが1位でトータル2位。ニッポン🇯🇵強い!フリーも頼むぞ🔥

2026年2月7日土曜日

2月書評の2

◼️ 砥上裕將「一線の湖」

映画化もされた「線は僕を描く」続編。水墨画の表現がうなる。ホロリが何度も。

両親を失ったショックから立ち直れていない大学生が、水墨画でそのきっかけをつかむ、というドラマ。なにせ本職の方が著者なので、制作過程が本格的、心構えまで詳しい、また、やはり絵を言葉で表す引き出しが豊富だと思う。

水墨画界の巨匠、篠田湖山門下となった大学生の青山はテレビも入り注目度の高い揮毫イベントで大失敗をしてしまう。湖山からは筆を置くべき時期、と諭されるが、納得できない。話題の人となった青山は湖山の一番弟子、西濱湖峰の手伝いで小学校に水墨画を教えに行く。そこは、亡くなった母が4年前まで勤めていた学校だったー。

筆を置くべき、というのは破門、という意味ではなく、休養して離れてみることが必要、という意味だったのだが、大学3年生の進路の問題にも絡み、だんだん別れへとつながっていくようだ。

映画では青山くんは横浜流星、湖山の孫娘で青山くんと同年代、美貌の絵師として露出も多い千瑛(ちあき)は清原果耶、搬入、展示などを行う実務担当で、かつ抜群の腕前を持つ西濱湖峰が江口洋介、巨匠・湖山が三浦友和だった。青山くんはもなぜかひとつイメージに合わないけどもやはり頭に浮かべながら読んでしまう。

さて、実はそれなりに小説を読んできた身としては細部に、ん?と思うところもあったし「線は僕を描く」から時間が経っていることもあってか、どうして青山くんの精神と肉体はこんなにまで疲弊しているのだろうと、その点が作品の全体からは分かりにくかった。ともすれば繊細すぎる状態を演出しているようにもとれた。

だがしかしけれども・・圧倒された。まずは母親が勤めていた学校で、小学1年生たち、校長先生、後を引き継いだ同僚の先生たちとの触れ合いでほのかな光が射してくる部分にはもう、ホロホロの涙。肉親を失った身を切るような哀しさ、そして目を輝かせる子供たち。青山くんがイベントで絵を描いて、そこに子供たちが・・とてもジンとくる場面だった。

「線は僕を描く」でもそうだったが、なにせ作画中の表現が的確で豊富で小粋。またとても詳細で、つぶさに追いながら想像するので読むのに時間がかかる。筆の状態、水の含ませ方や手順まで、呑みこめないながら心中に絵を浮かべてしまう。ここまで表現がうなり吠え、像を結ぶのは本当になかなか巡り会えない筆致だと思う。

湖山のメモリアルなイベント、そして青山くんの進路。先読みする人はできるのかもだが、やはり深い感慨が押し寄せ、またホロリ。結は書いてきたものに見事に結合している。

完結編?もっと読みたいと思わせる作品です。

2月書評の1

◼️ 岡田鯱彦「薫大将と匂の宮」

宇治十帖のヒロイン・浮舟が死体で発見された。紫式部と清少納言が推理で競う。国文学者の源氏物語ミステリー。

昭和25年の作品と読んだ後で知って少し合点がいった気がする。まずワールドの構築、原点の設定を利用した、矛盾する「謎」の提示、捜査の不自由さなどふむ、と思いながら読み進めた。また冗長さも「紫式部日記」によく出ている、才気はあるが煮え切らない性格を表しているような。

薫大将の妻・浮舟の死体が宇治川の橋の近くで見つかった。水は飲んでおらず、額は鋭い刃物で割りつけられたような深い傷跡があった。この運命は自分のせいではないかと苦悩する薫大将は紫式部に胸の内を訴える。そして、匂の宮の妻・中君の変死体が全く同じ状況で発見される。自殺か、他殺か、犯人は薫大将では、と世間が噂するー。

薫は表向き光源氏とその妻の1人女三の宮の子とされているが、実は光の盟友・頭中将の長男柏木が女三の宮との間に設けた子で、何もつけていないのにえもいわれぬ香りを持つ美男子で性格はカタめ。匂の宮は源氏物語本編で天皇の息子のプレイボーイ。この2人は宇治で浮舟という皇統の娘を巡り恋の鞘当てを繰り広げ、思い悩んだ浮舟は宇治川に身を投げたが助けられ、人知れず暮らすー。ここで原典は終わっている。この推理小説は出家していた浮舟を還俗させ、薫が妻にしたという設定からスタートしている。

世界観は、物語中の登場人物である薫と匂の宮、浮舟らがいる世界に作者たる紫式部がいる、という不思議な設定でスタートする。式部さんは源氏物語の執筆者としてすっかり有名人で薫からも匂の宮からも胸中を吐露される。心根は薫びいきである。

行くところどころに香りを残す薫、そして香を調合して、薫に対抗して焚きしめており、嗅覚が異常に発達した恋のライバル匂の宮。互いの妻が変死体となり、さらなる悲劇も起きる。そして紫式部のライバル・清少納言がまた薫が間接的に犯人なのではないかという論を展開する。式部は薫を信じたい。そして清少納言にも負けたくない。やがてエウレカ!の時が訪れる。

まず、紫式部探偵が謎を解く、というけれども、式部さんは表立って自分が動くような捜査などできないんだな、とつくづく実感。いまの推理ものとのギャップにはその点が大いに関係していて、新鮮だ。だから、謎解きが楽しみになる。

しかしながら、個人的にオチは、もうひとつ。確かに意表は突かれた。でもなぁ〜。いくつも突っ込みどころがあるなと。昭和25年の作品にして現代でも新鮮。

作者さんは国文学者で、その学術的によく理解されているのだろう筆致に渋みを感じさせる。やたら紫式部の考えがややこしく情緒的であるのは紫式部日記、で煮え切らない態度をとる本人をパロっているのだろうか。そして清少納言から厳しい条件を突きつけられる。切羽詰まり、真相にふと気づくー。

他収録の短編も収録されているが、清少納言のパロディや原典の六条の御息所の謎、などなかなか王朝文学マニアックだ。まあなんか、謎におもしろい。

願わくばやはり皆が待っているオチを採用して欲しかったかな。どうも論理も足りない気がするし。まあ、いいか。源氏物語になぞらえてよくここまで書いてくれました。

秋に京都へ行った時、香の店で商品をぶらぶらと見回っていたら、宇治十帖ゆかりの香があったけども「匂の宮」という商品しかなかったので、つい、「薫はないんですか?」と訊くと「あります」とのお返事。その場はやっぱりあるんですね、そうですよね、で終わったけども、店を出てすぐ、店員さんが追いかけてきて、いま薫の香出しましたんでぜひ体験していってください、とのこと。これが薫の香りの創造か、とちょっと感慨深かった。京都での出来事でした。ややこい客?ご対応ホンマに感謝です。
m(*_ _)m

2026年2月1日日曜日

衣笠の美術館

堂本印象美術館に行ってきました。

京都北区、金閣寺にも近く、立命館大学の斜め対面。ずっと気にかかってたので嬉しい😆。マルチな才能の印象が自宅敷地に自らデザインして設立したとか。昭和41年の開館。

今回は京都七条の智積院宸殿に描いた襖絵の展示がメイン。宗教活動は時勢に無縁であってはならない、という寺側の意を汲んでモダンな女性がテーブルで野点を楽しんでいる様子をカラフルに描いてみせた。こんなん見たことないですね😎訪れた関係者からも寺院に似つかわしくない、という声が上がったとか。

襖絵は3つの間に描かれているようで、1つはこのモダンな絵、1つはデフォルメされた松や桜の華やかな絵、そして1つは、本格的な水墨画。襖絵の展示は撮影不可だったので、アップした写真はチラシを撮ったものです。実物はもう、このバリエーションの組み合わせが一つの部屋にあって、楽しかった。

例えば上村松園なら美人画、東山魁夷なら碧の風景画に白馬と、見て分かるものがあるけども、一般的に堂本印象のインパクトは薄いかも知れない。

日本画家で仏教や古事記・日本書紀関連の絵を細い線とヴヴィッドな色遣いで描き、水墨画にも秀で、ヨーロッパに遊学してからは構図や色遣い、デフォルメ、そして後年はキュビズムも取り入れた作品も残した。

要するになんでもできる画家。小磯良平のような女性画もある。私はその変幻自在さや、個々のジャンルの作品それぞれに魅力を感じている。

ひとつ目標達成😆

金閣寺は、京都駅から地下鉄で7駅めの北大路からさらにバス🚌に乗ります。その近くの堂本印象美術館もちょっと市街地中心からは北に離れているわけでやや寒いかも。

行きは地下鉄で北大路から金閣寺方面のバス🚌に乗り、わら天神というバス停で降りて、歩いて7〜8分。美術館のすぐ前に立命館大学前の大きめバス停があるけども、北大路発はこちらに来ない。自然北大路行きのバスもなく?(未確認)、京都駅など交通量に左右されそう、時間かかりそうな行先。

帰りは天気も良くないし、手前のバス停から乗ろうかなと思ったけども、人がけっこう多かったのと、行きと同じルートの方が間違いがない、というこだわりがあって、美術館前から🚌乗るのではなく、わら天神へ戻ってしまったのが間違い。

見事に迷ってしまい、みぞれが降って寒い中をしばしウロウロ。1回戻ってリカバリー、わら天神に着いてすぐ来た四条河原町方面行きが空いてたのでパッと乗って座って安楽に40分。四条河原町は市街地中心地で阪急京都線の終点&始発駅。

素直に大学前から京都駅なり四条河原町まで乗っておけば濡れずに済んだんだなバス停は屋根付きだったしと反省。まあいいか、と特急に座るころには忘れてたけど。

京都は月イチくらいは行ってて方角も分かるし慣れてたつもりが、まだ修行不足と実感したというお出かけでした。