◼️ Authur Conan Doyle
"The Adventure of the Speckled Band"
(まだらの紐)
第1短編集「シャーロック・ホームズの冒険」より、ホームズ短編原文読み35作め。
人気作の登場です。シャーロック・ホームズを読まない、という人でもこの作品を子どもの頃読んだ方もいるかもしれません。短編では8番めに発表されたお話で、後年ドイルもストランド・マガジンで短編の中で1位としています。
人気があるぶん、疑義も大きいというか、けっこう分かりやすいミスが見られます。お話の中で触れていきます。
ホームズとワトスンが知り合い、ベイカー街で共同生活を始めたのは1881年、この事件は1883年の4月に発生、ワトスンもまだホームズとの付き合いが浅いころ、と書いてます。2人はワトスンの結婚や、ホームズが「最後の事件」で死んだと思われ、姿を消していた期間を含めて、1903年にホームズが隠退しロンドンから単身サセックス州に移るまで22年の間、行動を共にすることも多かったのですからまあ出会って2年後は早い時期、という気持ちも大きかったのでしょう。
さて、朝7時15分、ワトスンはホームズに叩き起こされます。早朝から若い女性の依頼人がかなり興奮した状態でベイカー街に駆け込んできて、大家のハドスンさんを起こし、ハドスンさんはホームズを起こし、今度はその矛先がワトスンに向かったわけでした。
依頼人は黒いドレス、そして顔に黒いベールをかけていました。震えているようですね、暖炉の前へどうぞ、と勧めたホームズに
"It is not cold which makes me shiver,"
"It is fear, Mr. Holmes. It is terror."
「震えているのは寒いからじゃありません。恐怖です、ホームズさん。怖いんです」
彼女、ミス・ヘレン・ストーナーはベールを上げ顔を見せました。その顔は恐怖に引きつり青ざめ、やつれていました。
怖がることはないですよ、とホームズは優しく宥めます。ロンドンの南方約30キロにあるサリー州レザーヘッドの家を6時前に出て来たというヘレンは、以前ホームズが手掛けた件の当事者が知り合いで、話を聞いて訪ねたこと、今はお金はないがもうすぐ結婚するので報酬は支払う意思があること、などを話します。
ここでホームズの名セリフが。
"As to reward, my profession is its own reward"
「報酬に関しては、仕事そのものが私の報酬なのです」
あなたの都合のいい時にお支払いくださって構いません、と。カッコいいですね。
なかなか本題に入れません。悪いクセです。先を急ぎましょう。
ヘレン・ストーナーは由緒ある家柄出身の継父stepfatherと、古いストーク・モラン屋敷で暮らしています。継父・グリムスビー・ロイロット博士は、若いころインドに遊学して医学を修め、イギリスに戻って娘たちを連れたヘレンの母と結婚しました。ヘレンは双子で、ジュリアという姉がいました。
母親の実家は裕福で、年に1000£ポンドの収入がありました。現代の日本円で1£=2万円〜2万8000円とされています。ロイロット博士はこのお金を自由に使えます。ただし、ジュリア、ヘレンは、将来結婚した時から、そのうち一定の額を使えるようになる、という条件がついていました。
母が列車事故で死に、双子は父の一族の屋敷であるストーク・モランに住むようになりました。ロイロット博士はかんしゃく持ちで、インドにいた時は地元の執事を殴って死なせ、どうにか死刑を免れた過去があり、屋敷のある村の住人ともたびたびけんか騒ぎを起こすことから見かけたとたん逃げ出されるほど恐れられていました。先週も怒りのあまり村の鍛冶屋を川に投げ込んでしまい、ヘレン曰く、お金でなんとか事を収めたとのことでした。
博士はジプシーと付き合い、敷地内に野営を許し、彼らと何週間も放浪することもありました。インドの動物に執着があるようで、敷地内には取り寄せたチーターとヒヒが自由にうろついていました。
なんとまあ、変わり者も極まってますね。若い娘たちはたまりませんね。話はヘレンの双子の姉、ジュリアに移ります。
母親の未婚の妹の叔母宅に、姉妹は時々滞在していたのですが、姉はそこで出会った軍人と2年前に婚約しました。そして結婚まで2週間となったころー。
いまは片側の翼だけが使われているストーク・モランのマナーハウス、その建物の中央に近いところに博士の寝室、次がジュリアの寝室、その隣がヘレンの寝室でした。1階にあり、窓の外は芝生で、家の中では入り口が同じ廊下に面しています。
"Do I make myself plain?"
「ちゃんとわかりやすく説明できていますでしょうか」
"Perfectly so."
「カンペキです」
ホームズものにはたくさんの女性たちが出演します。ワトスンはそれぞれについて顔立ちや印象、体格などを描写していますが、ヘレンに関しては服とベールの黒、ひどく怯えているという以外ほとんど具体的な言及がありません。しかし、理路整然とした話しぶり、この気の遣い方と、弱々しいながら聡明な女性だということが感じ取れるようになっています。
さて、結婚まで間近となった夜遅く、隣の部屋の博士が自室で吸うインド煙草のきつい臭いに耐えかねた姉ジュリアが妹ヘレンの部屋に来ます。結婚のことなどおしゃべりし、自室に帰ろうとしたジュリアは戸口で振り返り、こう言いました。
"Tell me, Helen, have you ever heard anyone whistle in the dead of the night?"
「ねえ聞いてヘレン、真夜中に誰かが口笛を吹くのを聴いたことはない?」
眠りの浅い姉はここ数日の午前3時ごろ、口笛の音が聴こえるとのことでした。ヘレンは眠りが深いため聴いたことがない、と答えます。
"No, I have not. It must be those wretched gypsies in the plantation."
「聴いたことないわね、きっと敷地にいるヤなジプシーよ」
この話、実はジプシーが非常に暗示的な存在となっています。ここもまた仕掛けの一部なんですねたぶん。
その夜は嵐で、ヘレンは眠れませんでした。すると突然、ジュリアの叫び声が響き渡りました。ヘレンは姉の部屋へと急ぎました、その最中、低い口笛を聴いた気がしました。そして重い金属のガチャンという音。
ジュリアの部屋のドアが静かに開き、姉がゆらりと姿を現しました。蒼白で、身体はぐらぐら揺れ、両手を上げ、助けを求めるようにもがいていたジュリアは、ヘレンが駆け寄る前にくずおれました。そして・・
"Oh, my God! Helen! It was the band! The speckled band!"
「ああ、ヘレン、バンド、まだらのバンドよ!」
有名なセリフですよね。band、はくくったり縛ったりするひも状のもの、また帯やいわゆる身体に留めるバンド、その他に一群、という意味もあり、ドイルは意図的にこの言葉を使っています。日本語のタイトルでは「まだらのひも」が多いのですが、英語ならではの仕掛けがあるのですね。
ジュリアは何かもっと言いたいことがあるようでしたが、継父の部屋の方向を指差すと痙攣に襲われ、意識を失います。ヘレンはロイロット博士を呼びに行き、博士はブランデーを飲ませ、村の医者を呼びにやりました。しかし努力も虚しく、そのままジュリアは息を引き取りました。
地区の検死官の調査が入りました。ジュリアは右手にマッチの燃えさし、左手にマッチの箱を持っていました。ドアの鍵は内側から閉めて寝る習慣、窓は鎧戸が下ろされ、壁も床も異常や抜け穴はなく、ありません。煙突も通り抜けられないように4本の棒で塞がれていました。
そしてはっきりとした死因も究明できず、何人もの医師が調べたものの毒物は検出されませんでした。
ヘレンは、姉の死因は恐怖によるショックだと思う。最後のメッセージはうわ言かもしれないけれども、いつも敷地にいるジプシーの一群のことではないかとも思う。まだらの模様のハンカチを巻いている者がどれほどいるかは分からないけども、と、ホームズの質問に答えて言いました。
そして、2年の月日が経ち、今度はヘレンの結婚が決まったのです。すると、2日前から屋敷の工事が始められ、ヘレンの部屋の壁には穴が空き、ヘレンはもとのジュリアの寝室で寝ることになりました。ジュリアがあの日も横たわったベッド。
"Imagine, then, my thrill of terror when last night, as I lay awake, thinking over her terrible fate, I suddenly heard in the silence of the night the low whistle which had been the herald of her own death."
「昨夜の私の恐ろしい心持ちを想像できるでしょう。ジュリアの忌まわしい運命を思い返し、私は眠れず横になっていました。すると突然、夜のしじまに姉の死の前触れとなった低い口笛が聴こえたのです」
ヘレンはすぐに服を着て、夜明けと同時に屋敷を飛び出し、取るものもとりあえずロンドンのベイカー街へと逃げてきたというわけでした。
"This is a very deep business"
"Yet we have not a moment to lose. "
「これは非常に奥の深い問題です、一刻も無駄にできない」
ホームズはロイロット博士に知られないように調査するため、午後早く2人でストーク・モランの屋敷に行くことを約束します。ヘレンの話では博士は街に出て、1日帰ってこないとのことでした。ヘレンは来た時とは打って変わって晴れやかな態度で帰っていきました。
依頼人が帰った後、恒例の検討の時間。夜の口笛と、the presence of a band of gypsies、博士と親しいジプシーの一群の存在、継父は娘の結婚を阻止することが実質的な利益につながります。ヘレンが聞いた、金属的なガチャンという音は鎧戸の音かも知れない。そしてまだらのバンド、というダイイングメッセージについてはホームズもまだ分からないようでした。ジプシーは何をしたのか?ワトスンの問いにも分からない、と答えます。
"I see many objections to any such theory."
「そんな理論は欠点だらけだな」
おお!ワトスンが珍しく非難してます。いいぞたまには強気でワトスン。知り合って間もないからよけいに遠慮がないのかも。訳によっては、その論にはいろいろ差し支え、無理があるように思えるね、と穏やかなものもあり、2人の間柄からしてその方が妥当な気もしますが、私は強気な方の訳が気に入ってしまいました。さて、ワトスンに対し、僕もそう思う、とホームズ。なんかこの辺、迷いが出るホームズは珍しい。
バン!と扉が開き、戸口には巨大な男が立っていました。背が高く横幅もあり、肌は陽に焼けて、猛禽類のような顔。黒いシルクハット、脚にはゲートル。ワトスンの表現では
a peculiar mixture of the professional and of the agricultural
「医者と農業労働者の奇妙なミクスチャー」といった出立ちでした。
どっちがホームズだ、わしはストーク・モランのグリムスビー・ロイロットだ、娘が来ただろう、やつは何を言ったんだ?
ホームズの答えはこうでした。
"It is a little cold for the time of the year,"
"But I have heard that the crocuses promise well,"
この時期にしてはちょっと寒いですな、でもクロッカスの出来は良いという話ですな、とめっちゃすっとぼけられた博士は怒り心頭💢このおせっかい野郎、スコットランドヤードの犬!などとなじりますがホームズは微笑してお帰りはあちらです、といなします。いいか、わしに関わるな、と老ロイロット。
"I am a dangerous man to fall foul of! See here."
「わしは危険な男だ、見ろ!」
火かき棒を掴むやぐにゃりと曲げました。子供のころホームズを読んでいても、まあ通常の家庭には暖炉はないので「poker(火かき棒)」というのが、何をする道具かは分かっても実感が湧きません。いまもそうです。なので曲げるのが難しいのかどうなのか、ですが、当時の読者をおお、と思わせなきゃなりませんから、それなりに硬く太いものなんでしょう。
わしに近づくな、と捨てゼリフを残して去ったロイロット。やれやれ、警察なんかと間違えるなんて無礼な、とちょっとこの言葉にはイラッと来た様子で、なんとホームズは火かき棒をもとのまっすぐに戻してしまいます。この張り合いもおもしろいですね。
ホームズはすぐに、亡くなったロイロットの妻、つまりヘレンたちの母の遺言を調べます。ホームズものにはよく出てきますが、毎年利益を産む金融商品か物件のようで、2人の娘が結婚してしまうとロイロットの収入は激減することが分かりました。はっきりとした動機の裏付けです。2人はサリーに向かいます。
植林された斜面、牧草地、そして鬱蒼とした森。広い敷地にストーク・モラン屋敷はありました。
ホームズとワトスンは、ヘレンと落ち合い、さっそく調査にかかります。屋敷は中央と向かって右側の棟しか使われておらず、右側の建物には足場が組まれ、壁の一部に穴が空けられていました。修理は緊急のものには見えず、ヘレンも部屋を移動させる口実ではと言います。
ホームズは窓の外側の芝を調べ、鎧戸の頑丈さを確認します。放置された反対側の棟からも屋敷内に入ることは不可能とのことでした。次は中です。ヘレンがいま寝ている部屋、つまり姉ジュリアが痛ましい運命に襲われた寝室でした。質素な部屋に簡易なベッド。ベッドの傍らに垂れ下がっているベルの太いロープがありました。ロープの先のふさは枕に載っていました。
2、3年前に付けられた新しいもので、家政婦の部屋へつながっている、でも使ったことはないとのこと。引っ張ってみると、ベルも何も鳴りませんでした。どうやら壁に空いているventilator換気口のフックに取り付けられているようで、完全なダミーでした。ヘレンは驚きます。気づかなかった、と。
"Very strange!"とホームズ。そもそも換気口は、不思議なことに外に向かっているのではなく、隣の、ロイロットの部屋との間に作られていました。これもまた、ダミーのベル紐と同じ時期に作られたとのことでした。次はその継父の部屋の調査です。
ジュリアの部屋よりやや広く、しかし同様に質素なものでした。ただ、壁際の大きな鉄製の金庫が目を引きました。ヘレンの話では、数年前に見た時は中に仕事の文書がいっぱいだったとのこと。
"There isn't a cat in it, for example?"
「中に猫なんか入っていませんよね?」
ヘレンはこの問いに驚きますが、ほら、とホームズが示した金庫の上には小さなミルク皿がありました。まあ、チーターやヒヒはいますが猫は飼ってませんわ、とヘレン。ちょっとこの答えには微笑ですね。
この後ホームズは木の椅子の座面を調べ、さらにベッドの角に奇妙なもの見つけます。それは先の部分が輪になるよう曲げて結ばれている、犬用の小さな鞭dog lashでした。なぜ輪っかにしてあるのかわからん、とワトスン。
3人は外の芝生に出て、ホームズは険しい顔で行ったり来たりしながら考えていました。やがて、ヘレンに向かい、
"The matter is too serious for any hesitation. Your life may depend upon your compliance."
「事態はとても深刻です。躊躇すべきではありません。あなたの命がかかっています。私の忠告に従ってください」
頭痛がすると言い訳をして、部屋に閉じこもり、ロイロットが帰って寝床に入る音を聞いたら鎧戸を開けて窓の鍵を外し、合図としてランプを置くこと、そしてすぐに工事中のもとの寝室に入って一晩過ごすこと、すぐ近くの宿屋にいるホームズたちはランプの合図を見てヘレンの部屋へ窓から入ることを説明します。
"We shall spend the night in your room, and we shall investigate the cause of this noise which has disturbed you."
「我々はあなたの寝室で一晩過ごし、あなたを悩ませる奇怪な音の原因を調べましょう」
多くは割愛しましたが、この物語でホームズはヘレンに対し、頼りになる大人の優しい気遣いを見せています。腕を叩いてなだめたり、この騎士道精神あふれる言葉にしても、一般に「女嫌い、女を信用しない」とも言われるホームズには意外な感もあります。ヘレンもまた、ヒロインとして聡明で、可愛らしい面を適度に見せます。この短編に人気があるのはその点も原因の1つではないかと思えてきました。
"Good-bye, and be brave, for if you will do what I have told you you may rest assured that we shall soon drive away the dangers that threaten you."
「ではこれで。勇気を持ってください。私の言う通りにすれば、きっとあなたを脅かす危険を取り払ってあげます」
宿に引きあげたホームズとワトスン。夕方にはロイロットの馬車が帰る光景が見えました。2人で見送った後、ホームズは告白します。
はっきりとした危険がある。今夜君を連れて行くことには良心の呵責を感じる、と。
"Can I be of assistance?"
ワトスン「僕は役にたつのかい?」
"Your presence might be invaluable."
ホームズ「いてくれれば本当に心強いよ」
"Then I shall certainly come."
「じゃあ絶対に行くさ」
"It is very kind of you."
「心から恩に着るよ」
おずおずとしたホームズ、キッパリとしたワトスン。この素朴ながらすがすがしい会話も魅力の1つかもですね。いろんな訳が考えられて楽しいですね。おった方がいいんやろ?とか。
さて、この後ちょっとタネ明かしがあります。ホームズは、部屋同士の換気口のつながり、その存在はこちらに来る前に分かっていた、だってロイロットの煙草の臭いがそんなに隣の部屋に来るんだから、と。そして、ホームズはベッドが床に固定されていたのを発見していました。寝る人は場所を動けない、枕のそばには用をなさないダミーのベルロープ、2つの部屋を繋ぐ小さな穴・・
"We are only just in time to prevent some subtle and horrible crime."
「ぼくらはまさに巧妙で恐ろしい犯罪をまさに防ごうとしているんだな」
(中略)
"but I think, Watson, that we shall be able to strike deeper still. But we shall have horrors enough before the night is over;"
「でもねワトスン、ぼくたちはもっと巧妙な手段で打ち負かせると思ってるよ。夜明けまでに恐怖をたっぷり味わうだろうけどね」
さて、寝ずの晩です。夜もふけた11時、合図の明かりが灯りました。それを見て行動開始。ワトスンはピストルを、ホームズは細長い杖で武装しています。ストーク・モラン屋敷に行く途中ヒヒに遭遇しますが、鍵を開けておいた窓からヘレンの寝室に入り、ホームズはベッドの端に、ワトスンはテーブルの椅子にじっとします。
ランプを消し、鎧戸を閉め、完全な暗闇。命の危険のある待ち伏せ。窓の外ではチーターらしき鳴き声、遠くの教会の、15分ごとの鐘の音。
12時、1時、2時、そして3時の鐘を聞いた後でした。換気口から明かりがひらめき、油が焼ける匂い、人の動く気配がしました。それから30分後、ワトスンは蒸気が噴き出しているような、かすかな柔らかい音を聞きます。その瞬間でした。
Holmes sprang from the bed, struck a match, and lashed furiously with his cane at the bell-pull.
ホームズは素速くベッドから身を起こし、マッチを擦って火をつけ、ベルロープを激しく打ち付けた。
"You see it,Watson?"「見たか、ワトスン?」
ワトスンはホームズがマッチで照らした一瞬、低い口笛の音をはっきりと聴きました。しかし突然強い光が目に入ったため、ホームズが何を打ちすえているかは分かりませんでした。ただ、ひどく青ざめ、恐怖と嫌悪が露わになったホームズの顔が目に入りました。
ホームズは叩くのをやめ、換気口を見上げていましたがその時、聞いたことのないような恐ろしい叫び声が響きました。それはどんどん大きくなり、苦痛と怒りと恐れがすべて1つのしわがれ声に混ざっているような絶叫になりました。
のちに語り草になる村を震え上がらせた恐ろしい叫びの残響が消えた後、ホームズとワトスンはロイロットの部屋へ向かいました。
ダークランタンが、半開きになった金庫を照らしていました。ロイロットはテーブルの椅子に座っていました。夜着を身につけ、膝には先が輪になった犬用の鞭がありました。顔は顎を上げて上向き、目は宙を見つめていました。
Round his brow he had a peculiar yellow band, with brownish speckles, which seemed to be bound tightly round his head.
額の周りには、褐色の斑点のある、奇妙な黄色いバンドがきつく巻かれているように見えた。
"The band! the speckled band!"
「バンド、まだらのバンドだ!」
ワトスンが一歩前に出ると、まだらのバンドは動き出し、ロイロットの髪の間からずんぐりとした菱形の頭と膨らんだ首の蛇が身をもたげました。
"It is a swamp adder!"
"the deadliest snake in India. He has died within ten seconds of being bitten."
「沼毒蛇だ!インドでいちばん猛毒な蛇だ。咬まれてから10秒以内に死んだはずだ」
ホームズはさっとロイロットの死体からむちを取り、輪っかを蛇の首に通して金庫に放り込んで扉を閉めました。
"I had come to an entirely erroneous conclusion which shows, my dear Watson,"
「僕は完全に間違った結論に達していたよ、ワトスン」
ホームズは帰りの車上で語りました。ジプシーの存在、そして哀れな女性がちらっと見た、間違いなく外見を説明するbandという言葉が誤った方向に自分を向けた、と。ただ部屋が密室だったこと、換気口、ダミーのベルロープ、そしてベッドが固定されていたことから、あのロープは何かが換気口を抜けてベッドに来るための橋渡しだと、考えを修正した。
蛇のことはすぐ思いつき、ロイロットがインドから生き物を入手している事実で正しい道に立ったと感じた。毒牙の痕は検視官には見つけられなかった。毒は一瞬にして効き、おそらくどんな科学的なテストでも検出できないものだろう。たぶんミルクを使い、換気口を使って部屋に入り、ベルロープを伝ってベッドまで降り、口笛で戻ってくるよう蛇を訓練した。
東洋の知識を持った、悪賢い医師。やはり外国、エキゾチックさが漂うところがホームズものらしいですね。ホームズは椅子の座面を調べた時、ロイロットが換気口に届くようその上に立っていることを見抜きました。ジュリアが死んだ時、ヘレンが聞いたらガチャンという金属音はロイロットが蛇を中に入れて急いで金庫の扉を閉める音でした。ワトスンが暗闇で聞いた、蒸気が噴き出すような音は、蛇がたてるシューシューという音だったのです。
ホームズが光を当て、打ちすえたことで蛇は興奮し、逃げ帰った先で本能のまま人間に飛びかかったー。
"In this way I am no doubt indirectly responsible for Dr. Grimesby Roylott's death, and I cannot say that it is likely to weigh very heavily upon my conscience."
「かくて、ぼくはグリムスビー・ロイロット博士の死に間接的な責任があるわけだが、良心は痛みそうにないね」
さて、先に触れたように人気作だけれども、大変瑕疵の多い物語、繰り返して言い立てる日本のミステリ作家さんもいます。
単的に言うと、蛇はミルクを呑みませんし、外耳もないので口笛で訓練することはできず、金庫に閉じ込めると爬虫類でもやはり窒息してしまいます。adderはクサリヘビのことですが、咬まれて10秒以内に死ぬほどの毒はありません。
ドイルはそもそも間違いの多い作家ですし、
この物語が掲載されたのが1892年ということを考え合わせると、多くの指摘はシャーロック・ホームズシリーズの注目度を表すと考えてもいいかもしれません。私的にはサッカー⚽️ワールドカップ、マラドーナの「神の手ゴール」のようなもので、誤審、誤謬もすでにファンの愉しみと化しているのではと思ってます。
もひとつ、子供向けのシリーズでもすぐ名前が出るくらい、この話のネタは有名ですよね。だからか、正体は蛇、というのをずっと隠すのは引っ張りすぎだと思いますし、トリックのためのトリックになっている向きもあるかと思います。そこまでおもしろくないじゃん、という書評も読んだことがあります。
実は私もそこまでは・・というシャーロッキアンなのです。ただ、先に書いたように、原文を読むと、騎士道精神、またホームズとワトスンのコンビワークがみずみずしく思えました。新たな発見でした。
振り返れば「ボヘミアの醜聞」も「赤毛組合」も原文で読んだあと、改めて魅力的におもしろく感じました。日本語では何度も読んで、多くのパロディ、パスティーシュを読み込んでもなお味わえるこの新鮮さ。やめられませんね〜完走目指してがんばります^_^