もひとつ笑顔を。また、11月書評の5が2つあるのでここで戻します。
オレンジがないので自宅近くの渋柿で😆
青空に渋柿、後ろに色づいた山、すすき。
◼️Authur Conan Doyle
「The Five Orange Pips」(オレンジの種五つ)」
新世界とロンドン、大西洋をはさんだ恐怖。
ホームズ原文読み26作め。おおもうすぐ半分だ。第1短編集「The Adventures of Sherlock Holmes(シャーロック・ホームズの冒険)」より 「The Five Orange Pips」(オレンジの種五つ)」です。
シャーロック・ホームズは先に「A Study in Scarlet(緋色の研究)」「The Sign of Four(四つの署名)」という2つの長編が発表され、ストランド・マガジンの1891年7月号に掲載された初めての短編「A Scandal in Bohemia(ボヘミアの醜聞)」で人気が爆発しました。今回の作品は短編5つめ、1891年11月号に載った初期作品の1つです。
「ボヘミアの醜聞」でホームズは、オペラのプリマドンナ、アイリーン・アドラーに出し抜かれます。今回も、ホームズの失敗談の1つ。5回の短編連載のうち、2つもやられた話があるのにはどこか違和感もありますが、それでも人気を博したということは、コナン・ドイルのストーリーテリングの上手さを表しているのかもしれません。
さて、物語。出だしはさわりだけが述べられている「語られざる事件」がいくつか出ますが割愛します。
9月の終わり、equinoctial gales、彼岸ごろ、秋分付近の嵐、でしょうか、ひどい嵐の夜に、訪問を告げるベルの音が聞こえます。
入って来たのは20代前半と目される、洗練された着こなしをした若い男、不安に押しつぶされそうな表情をしていました。
ともかく暖炉の前に案内し、話を聞くことにしました。この青年、イングランド南西部のホーシャムに住むジョン・オープンショーはホームズに、ホームズがかつて解決した事件の当事者からあなたは決して負かされないと聞いたと話します。ここで、シャーロッキアンをくすぐるセリフがホームズの口から出ます。
I have been beaten four times – three times by men, and once by a woman.
「4回やられてます。3回は男に、そして1回は女性に出し抜かれました」
この「女性」というのは「ボヘミアの醜聞」のアイリーン・アドラーだと、普通に考えてしまいます。しかし、「ボヘミア」はワトスンの記述によれば1888年の発生です。今回の「オレンジの種」事件は、これも本文に1887年に起きたと強く示唆されています。
さらに、この後で「四つの署名」以外にこんな奇妙な事件はなかったな、というセリフもあり、ワトスンは奥さんが実家に帰っているからこの当夜はベイカー街で過ごしていた、とも書いています。この奥さんは「署名」で出逢い結婚したメアリ・モースタンだと考えられます。
「署名」は1888年ごろの事件と推測されていることから、「オレンジの種」事件が1888年もしくは1889年だったとする意見もあり、他の観点から「ボヘミアの醜聞」が実は1887年の事件だったとする研究者もいます。
ドイル=ワトスンは時制にルーズ、というのはシャーロッキアン的にもはや定番です。作家も学者もお医者さんも、多くのええ大人がこの時制の問題を大まじめに捉え、独自の解釈を打ち出しています。逆に、ワトスンがその点完璧でなくてよかったねーと思ったりします笑
話が進みませんね(泣)。ここから事件の長い説明がありますが、出来るだけ詰めて書きます。
オープンショーの父は自転車のタイヤ事業で成功し、かなりの資産を持って隠退しました。伯父のエリアスは若い頃アメリカに渡り、フロリダの農場主となりました。事業の才能ある兄弟だったんですね。エリアスは南北戦争で南軍の連隊長となり、敗戦後農場に戻り、3〜4年後に多くの富とともにイギリスへ帰還、オープンショー親子の近くに小さな屋敷を構えました。
エリアスがアメリカを離れたのは、黒人に反感があり、参政権付与に反発したからでした。彼は変わり者でイギリスに帰ってからも怒った時にはひどく口汚く、また人嫌い、外出嫌いで何週間も部屋に引きこもることがあり、酒を飲み、ヘビースモーカーでした。しかし、甥っ子ジョンだけは気に入っていて、兄弟であるジョンの父に頼み、自分の家に引き取りました。
ジョンは16歳の時には伯父の代理人として屋敷を切り回していました。しかし屋根裏にある物置部屋にだけは入るな、と強く言われていました。
1883年の3月、インド・ポンディシェリの消印のある手紙がエリアス伯父に届き、開封すると、乾いたオレンジの種が5つ転がり出ました。
K.K.K!
My God, my God, my sins have overtaken me!
「ケイ、ケイ、ケイ!」
「ああ、なんてことだ。罪の報いがやってきたか!」
「伯父さん、どうしたの?」「死だ」
封筒の折り返しには赤いインクでKの文字が3つ走り書きされていました。エリアス伯父は屋根裏の物置小屋から真鍮の金庫を取り出し、自分の部屋で、同じKの文字が記された文書を焼却したようでした。箱の蓋にも、3つのKの文字がありました。そして、伯父は自分の財産を弟、つまりジョンの父に譲るという遺言書に立会人として署名してほしい、とジョンに話します。
それはいずれ、お前のものになる、利益不利益ともに、と不吉なことをいうエリアス伯父。
I am sorry to give you such a two-edged thing, but I can't say what turn things are going to take.
「お前に善にも悪にもなるものを遺すのはすまないが、事態がどう転ぶか分からないのだ。」
それからしばらく、時にエリアス伯父は度を失い荒れることはあったものの、日常生活を脅かすことは起きませんでした。しかしある夜、エリアス伯父は酔って出かけ、帰ってきませんでした。そして、庭の小さな池に顔を入れ、うつ伏せた状態で死んでいるのが見つかりました。手紙が着いてから約2カ月後、1883年5月のことでした。
暴行の形跡はなく、普段の奇行を知っていた陪審団the juryは、自殺の評決verdictを下しました。
財産とホーシャムの屋敷を受け継いだとき、ジョンは父と一緒に屋根裏の物置部屋、そこにあった真鍮の箱を調べましたが、箱は空で、日記のようなノートが部屋にあった以外、めぼしいものはありませんでした。
オープンショー父子がホーシャムに移ってしばらくは穏やかに過ぎ、1885年の年明け、なんと父親宛てに五つのオレンジの種が届きました。消印はスコットランドのダンディー、封筒にはKKKの文字、その上にメッセージが記されていました。
Put the papers on the sundial
「書類を日時計の上に置け」
これはなんやねん!父親に、長く屋敷に住んでいたジョンは、庭に日時計があること、書類はエリアス伯父が焼き捨てたことを告げます。
We are in a civilized land here, and we can't have tomfoolery of this kind.
「ここは文明社会だ。こんな馬鹿げた行為は許されん」
警察に届けようと言ったジョンに、激昂した父親はNo, I forbid you許さん、何もせんでいい!と命じます。
その4日後、父親は友人の家からの帰り道、辺りに多くある白亜坑の1つに落ちているのが見つかり、頭蓋骨骨折が元で亡くなりました。
暴行の跡はなく、盗まれたものもなく、足跡も目撃者もなし。陪審員は不慮の事故死と評決を下しました。
それから2年8カ月、財産を相続したジョンのもとに昨日、五つのオレンジの種が送られてきたのです。メッセージは同じ。消印はロンドン東地区でした。すぐ警察に相談したものの、笑われるばかり。ホームズは警察の怠慢と不見識に叫びます。
Incredible imbecility!
「信じられん馬鹿さかげんだ!」
しかし警察はホーシャムの家に1人警官はつけてくれました。その後知り合いに話を聞いてもらい、やっとホームズに辿り着いたのでした。
さらに手掛かりはないかと訊かれてオープンショーは青みがかった紙を取り出します。エリアス伯父が焼却した時燃え残ったもののようだとのことでした。
4th. Hudson came. Same old platform.
7th. Set the pips on McCauley, Paramore, and John Swain, of St. Augustine.
9th. McCauley cleared.
10th. John Swain cleared.
12th. Visited Paramore. All well.
「4日、ハドソンが来た。同じ古い信条。
7日、オーガスティン通りのマッコリー、パラモア、ジョン・スウェインに種を送る。
9日、マッコリー去る
10日、ジョン・スウェイン去る。
12日、パラモアを訪問、全て順調」
この紙をくだんの真鍮の箱に入れ、他の書類はすべて伯父が燃やしたという説得力のあるメッセージを添えて日時計の上に置きなさい、とホームズは指示し、まだ9時前だから駅までの道に人は多く安全だと思うが気をつけるように、と念を押します。
I shall take your advice in every particular.
「あなたの指示は全て正確に行います」
銃を持っているというジョン・オープンショーは、ホームズに話を信じてもらい、励まされて、嵐の中を帰途に着きました。
ホームズはポンディシェリからの手紙の後、エリアスが死ぬまで2カ月、ダンディーの消印の手紙から4日後にジョン・オープンショーの父の死があったことから、殺人者たちは帆船で港から港へと移動しているのではと推理します。つまりロンドン東地区からの手紙を昨日受け取ったオープンショーには差し迫った危険があると。
百科事典にはK.K.Kの事が載っていました。Ku Klux Klanクー・クラックス・クラン。南北戦争後南軍の兵士により結成され、急速に勢力を伸ばした。黒人の投票を脅かしたり、反対勢力を追い出したりするのに暴力を使う。通常は先に警告が送られる。オークの小枝、メロンやオレンジの種。勇敢に立ち向かった者には死を免れないー。1869年に突如組織は崩壊したが、散発的に同種の事件の発生が見られる。
エリアス・オープンショーがアメリカを離れた時期はK.K.K崩壊の時期と重なっていました。そして焼却した書類は、追手にとってあっては困るものだと。ジョン・オープンショーは過酷な運命を背負ったのでした。
翌朝には嵐が去っていました。ホームズが調査に出ようとしていた矢先、新聞記事がー。
Holmes,you are too late.
ワトスンはうめきます。
オープンショーは昨夜の帰り道、テムズ河に落ちて死亡したー。見出しはウォータールー橋近くの悲劇、でした。
Holmes more depressed and shaken than I had ever seen him.
「ホームズがこれほど落胆し、動揺したのは見たことがない」
ホームズが口を開きます。
That hurts my pride, Watson,
「僕はプライドを傷つけられたよ、ワトスン」
That he should come to me for help, and that I should send him away to his death– –!
「助けを求めて僕のところに来たのに、死に追いやってしまった・・!」
運命に睨まれた子うさぎのように消沈してベイカー街を訪れた若者。ホームズの叱咤で生気が戻り、あなたの指示どおりやります、と握手して帰っていった姿が2人の脳裏に浮かんだでしょう。あからさまな失敗でした。
Well, Watson, we shall see who will win in the long run.
「ワトスン、最後に誰が勝つか見ていろってとこだ」
ホームズは単独で調査に出かけ、夜遅く帰ってきました。朝から何も食べてない、とガツガツとパンを頬張ります。その後、戸棚のオレンジを裂き、種を五つ取り出して封筒に突っ込みました。折り返しには
S.H. for J.O. 「J.Oに代わりS.H.」
と書き入れます。そして宛名にー
Captain James Calhoun, Bark Lone Star, Savannah, Georgia.
「サバナ、ジョージア州、ローンスター号、ジェイムズ・カルホーン船長」
ホームズはこのカルホーン船長に、オープンショー一族に送られたのと同じオレンジの種を送りつけようというのです。なぜ分かったのでしょうか。
船舶の情報が集まるロイズの事務所で記録を調べて、1883年の1月から2月にインド・ポンディシェリに接岸した船の記録を調べ、おおむねのトン数で絞り込む。その時点でローンスター号は目を引いていた。次にダンディーに1885年1月に入港した船を見ると、ローンスター号の名があった。この船は先週ロンドンに着いたことが分かり、ホームズが波止場に行ってみると、すでにアメリカのサバナに向けて出港していた。
ホームズはローンスター号の船長と2人の船員だけがアメリカ生まれで、昨夜船を離れたことを突き止め、オープンショー一族を襲った者たちだと断定し、先のような手紙を送ることにしたわけです。さらに現地の警察へ、殺人の重要指名手配犯だと電報を打っていました。
しかしー物語はこの後、たった一段落で終わっています。犯人が逮捕された、などの朗報は遂にありませんでした。
We did at last hear that somewhere far out in the Atlantic a shattered stern-post of the boat was seen swinging in the trough of a wave, with the letters "L. S." carved upon it
「最後に聞いたところでは、大西洋のはるかかなたで船尾材の破片が波間に揺れていた。その破片には「L.S.」と刻まれていたとのことだった」
・・いかがだったでしょうか。依頼人が来て、そして帰途に殺された日の秋分の嵐が、犯人たちの船を沈没させました。ストーリーとしての因果応報の使い方が上手だと思います。
対処を焦るあまり、雨の夜道の危険を読み違えた。明らかな失敗譚ですね。鮮烈な印象を残し、キレが早い分余韻が深い。
ホームズものは最初の長編「緋色の研究」はアメリカ大陸が発端、次の「四つの署名」はインドに謎を解くカギがありました。今回の物語はアメリカの、恐ろしく無慈悲な、実在の結社の話です。イギリスの、アメリカに対する意識のしかたも垣間見えますね。このように、イギリスの国際関係をネタにするというのもホームズシリーズの特徴です。
見えない、怖しい敵の存在は明らかにされないまま、というあり方は、私的には効果的だと思います。シリーズ中の短編のひとつとして黒めの異彩を放っています。
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