◼️ 角田光代 松尾たいこ
「なくしたものたちの国」
ダメだよね、こんなにしんみりとツンツンされたら。
本との出会いはいつもながら不思議なもの。大雨が止んだ日、図書館に行ったらなんと警報がまだ出ていたため閉館。あまり時間もなくて本屋にゆっくりは行けないし、諦めて短い時間で買い物をしようと入った地元のショッピングビルの、いらない文庫本を置いてって可、持って行くのは1冊50円、という棚でこの本と目が合った。タイトルもまったく知らないな、まあ久しぶりに角田光代読んでみるかという気になった。
幼い頃の雉田成子は、動物や鳥や野菜の言葉が聞こえ、話をしていた。小学校入学の日に動物舎を見つけ、やぎのゆきちゃんと友だちになる。ゆきちゃんは音楽の先生に恋していた。成子はお母さんのティアラを持ち出し、ゆきちゃんに貸してあげる。そして、先生とゆきちゃんがデートしたかどうか聞こうとした夏休み明け、なんと成子はー。
(晴れた日のデートと、ゆきちゃんのこと)
高校生の成子は、年下の中学生、童顔の銃一郎と電車の終点の駅にある海辺の街へ行く。この初恋の相手は、なんとはるか昔成子の家にいた猫のミケの生まれ変わりで、成子の母をよく覚えていた。海に行った日に成子の祖母が急死、遅くに帰った成子は取り乱した母に一緒に行ってた相手を連れてきなさい、と命じられる。ミケこと銃一郎は、久しぶりに、雉田家を訪れる。(キスとミケ、それから海のこと)
第3話ではついに生き霊が出現。第4話はなにやら私的に安部公房か星新一の世界。第5話で多くの話がつながる連作短編だ。ほのぼのとした不思議な話たち、である。
話と話の間に、原色を駆使するイラストレーター松尾たいこの絵が数点カラーで入っている。あとがきで、先に絵が出来てそこから話を書き始めた、とある。イラストと話の中身が折り合っているように見えたのは話の方が後付けなのか、と少々びっくり。
全部スラスラ読める。さすが角田光代だな〜と安心して読み進める。とりわけあらすじを書いた2篇は心に染み入るし、どこか恥ずかしげで、心地よく遠い。
だんだんとシュールになっていくような、大人のわけわからなさに入っていくのか、終盤はそんな感じ。でもどこかひと昔前のSF、ライトホラーっぽい感触は硬質で、前半のやわらかい不思議さと対照的だ。
子供のころ、若い頃は自分の想像のみがカラーで、周りの年配の方の想い出話はモノクロなりセピア色であるような気がしていた。大変失礼なことである笑。
でも自分が馬鈴を積み重ねてみると、過去はそれなりの彩りを持っていて、時間的に横たわる長い歳月は意外と簡単に飛び越せるような気分になって、だからいっそう遠さを実感する。色褪せていることにも気づく。
生まれ変わりのミケ。創作としてはよくあるとは思うけど、可愛がっていたあの犬は、口がきけたらなんて言うだろう、なんて、いつも思う。その遠さとファンタジックさに、一瞬の心地よさを味わった。
◼️ Authur Conan Doyle
「The Adventure of the Red Circle(赤い輪)」
月イチ原文ホームズ読み9作め。ドイルの特徴がよく出ている一篇。
まだまだ分からない単語フレーズは多いけれどもだいぶ読めるようになってきたかな。少なくとも忌避感はなくなった。今回は慣用句的な言い方が多くて調べるのに時間を要した感じ。
物語は女家主(landlady)をホームズが説き付けている場面から始まります。
WELL, Mrs. Warren, I cannot see that you have any particular cause for uneasiness
「いいですか、ウォーレンさん、僕にはあなたが不安に思う理由が分かりません」
しかしlandladyは引き下がりません。以下意訳。
「だって以前、私の下宿人の事件を調停してくれましたよね?彼はあなたの親切さ、やり方の見事さをそりゃずっと話してましたよ。その気になってくれれば、きっと解決しますよ。」
ほめ言葉に弱いホームズはしょうがない、と話を聞くことにします。ウォーレン夫人は新しい下宿人が、ずっと部屋にこもって会うことができない、朝から晩までせかせかと歩き回る足音が聞こえる、ちょっと怖い、と言うのです。肝の座ってそうなlandladyは、理屈を超えた直感に何かしら響くものを感じているようでした。
よく話を聞いてみると、男は10日前に来て、2週間分の下宿料を払い、自分の条件を呑んでくれれば追加で5ポンド支払う、と。条件とは、どんな場合でも決して部屋に入らないこと。食事はベルを鳴らしたら部屋の外にある椅子の上に置くこと。なにか用があれば椅子の上に紙で置いておく。紙には活字体で、「SOAP」「MATCH」「GAZETTE(新聞名)」とシンプルに書いてある、と。
ホームズはホームズらしく引っ掛かりを覚えます。
Seclusion I can understand; but why print? Printing is a clumsy process. Why not write?
「人に会わないのは理解できる。しかしなぜ活字体だ?活字体は面倒な書体だ。なぜ筆記体で書かない?」
ノッてきたホームズ、男は中背、黒髪、あごひげ、口ひげ、身なりはよく、きれいな英語を話すが外国訛りがある。非常に少食。ウォーレンさんが持ってきた煙草の吸いさしを見て、これは口ひげのある男は焦がしてしまう、と観察します。つまり、口ひげのある人が吸っているのではない、と示唆されています。
手がかりを求めて、新聞の身の上相談欄を探すホームズ、これもお得意です。ありました。
The path is clearing. If I find chance signal message remember code agreed – one A, two B, and so on. You will hear soon. G.
「邪魔ものはなくなった。機会があれば打ち合わせておいたコード信号を送る。1つはA、2つはB、以下同様。すぐに連絡する。Gより」
さらに翌日、白い上塗りをした背の高い家、2つめの窓、夕暮れ後、G、という言葉を発見して張り切るホームズの元へウォーレン夫人が駆け込んできます。なんと、夫人の旦那さんがいきなり馬車に押し込まれ、連れ回され、しまいに放り出されたというのです。もうあの下宿人には出てってもらいます、と息巻く夫人をホームズは早まったことをしてはいけない、となだめます。
明らかに下宿人には危険が迫っているということ、これは最初思ったよりもずっと重要な事件です、と。夫人の旦那さんは人違いで拉致されたんですね。あなたの下宿人を見に行きましょう、と。
夕方、ホームズとワトスンはウォーレンさんの下宿屋へ出向きます。近くに白塗りの背の高い家があるのを確認してほくそ笑むホームズ。謎の下宿人の廊下の端にある納戸に潜みます。ウォーレン夫人はホームズ達から下宿人がよく見えるように、それとなく大きな鏡を置いてくれていました。すぐにベルが鳴り、夫人は食事のトレーを椅子の上に置きます。見ていると、出てきたのはなんと若い女性でした!美しく、怯えた顔をしていました。
活字体の文字は筆跡で男女を判らせないようにするためだったんですね。ホームズはアウトラインを説明します。ある男女がロンドンで差し迫った危険に直面した。男はやることがあり、女を隠れ場所に住まわせ、直接接触できないから、新聞で連絡を取った。そしてもうすぐあの背の高い家の窓から信号を送るー。
しかし根本の理由は謎のまま。ワトスンくんは問いかけます。
Why should you go further in it?
「なぜ君がこれ以上首を突っ込まなければならんのだ?」
それに対してホームズ。
It is art for art's sake, Watson.
「これは芸術のための芸術だよ、ワトスン。」Education never ends, Watson.
「勉強は決して終わらないんだ。」
だいぶ最初とは違ってきましたね^_^
さて、夕暮れ、下宿屋の窓から見ていると、背の高い家の窓から光が点滅しているのが見えます。1回がA、2回がB。受け取ったメッセージは「ATTENTA」3回繰り返されます。暗号?ちなみに暗号はcipherです。ハテナ顔だったホームズは突然得心します。
イタリア語でした。英語に直すと
Beware! Beware! Beware!
「気をつけろ!気をつけろ!気をつけろ!」
今度は「PERICOLO」。danger、危険、という意味でした。しかし、光は突然途切れます。送り手に何かが起こったのは明白でした。
ホームズ達は背の高い家に急ぎます。すると、なんと家の前でスコットランドヤードのグレグスン警部とばったり。
Journeys end with lovers' meetings.
「旅路の果ては、恋する者の巡り逢い」
「空き家の冒険」でも出てきたシェイクスピア「十二夜」のセリフ。なんか差し迫ってる事態なのにのんびりしてます。さらにホームズは
But since it is safe in your hands I see no object in continuing the business.
「しかし君に任せて大丈夫なら、僕がこの事件を続ける理由はないな」
なんてのたまいます。すかさずグレグスン、
Wait a bit!
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
そりゃそうですわね、芸術のための芸術とか言っといて、しかもヤバそうな瞬間なのにこんなこと言うなんて。
ホームズさん何か知ってるでしょうよ、それはないでしょう、と。しかしホームズにはそもそも事態は分かりません。君たちが追ってるのは誰なの?と訊かれてグレグスン、ちょっと得意満面。そこでアメリカはピンカートン探偵社のレバートン氏をホームズに紹介します。
で、ターゲットはゴルジアーノと言ったところであの赤い輪のゴルジアーノか!とホームズも反応します。アメリカで少なくとも50件の殺人事件の黒幕とか。ヨーロッパでも有名でしたか、とレバートン氏。
レバートン氏はアメリカからゴルジアーノを追いかけてきて、ロンドンではグレグスンとともに張り付いて、ついに背の高い建物に追い込んだとこだった、とか。彼は入ってまだ出てきていない、と。
ちょっとそれ、ヤバくない?だって中には信号を送ってた男がいるはず、でも、レバートンくん、事の次第を話すと、
くそっ、ゴルジアーノが我々に気付いて、仲間に暗号で知らせたんだ!と思い込む。
とにかく行ってみることだ!と背の高い建物の階段を駆け上がるロンドン警視庁とアメリカの探偵とホームズとワトスンの団体さん。真っ暗な部屋でランタンを点けて半開きのドアから中へ入るとー
巨体の男が、喉に深くナイフを刺し通されて、倒れていました。
By George! it's Black Gorgiano himself!
「どういうわけだ!これは黒ゴルジアーノだ!」
ルバートンくん、わけわからず、誰かに先を越されたか!とうなります。By George!というのは私も初めて知りました。
ローソクがあるのを見て取ったホームズは冷静に、火を点けて窓際で揺らします。そしてルバートン氏に、出てきた人の中に、30歳くらい、中背、黒いあごひげの男はいたか尋ねます。確かに出て行っていました。そう、下宿を借りに来た男です。それが犯人だ、とホームズはアメリカの探偵に告げます。
そこへ、背の高い、美しい女性が現れます。ホームズ&ワトスンが下宿屋の部屋から出てきたのを目撃した、あの女性でした。最初は怪訝な顔をしていた彼女は
Oh, Dio mio, you have killed him!
「ああ、神様!あなた方は彼を殺したのね!」と口走ると、
暗い、殺害された死体のある部屋で、なんと歓喜の言葉を呟きながら、手を打ってダンスし始めたのでした。シュールな光景です。
Oh, Dio mio,は英語のOh, my godですね。とゆーか、調べたらmio dioなのでは?と思っちゃったりして。
「ジェナーロはどこ?」女性は、ジェナーロ・ルッカは夫で、自分は自分はエミリア・ルッカだと名乗ります。
ホームズは先ほど信号を送り、エミリアを呼び寄せていたのでした。ともあれ、このままでは事情が分かりません。
隣の部屋で事情を聞くことになりました。
2人はナポリの近くに住むイタリア人でした。エミリアの夫、ジェナーロは若気の過ちで恐ろしい秘密結社「赤い輪」に入っていたのでした。エミリアとジェナーロは愛し合うようになり、裕福でなかったジェナーロとのエミリアの結婚は父親に認められませんでした。2人はニューヨークへと駆け落ちします。そこで、最悪の相手、よりによってジェナーロをイタリアで赤い輪に入会させたゴルジアーノと再会してしまったのでした。
イタリアの官憲から逃れるためアメリカに来たゴルジアーノはその悪才をフルに発揮し、当地に支部を作って、金持ちのイタリア移民を脅して資金を得ていました。強制的に集会へ動員されたジェナーロは、言うことをきかない者を見せしめにダイナマイトで爆殺する実行犯に選ばれてしまいます。脅しに屈しないイタリア系の人は、大恩のある、ジェナーロの会社の社長でした。実行犯はくじびきでしたが、明らかに仕組まれていました。しかもゴルジアーノはエミリアに横恋慕していてはねつけられたのでした。
ことここに至って、ジェナーロは恩人の社長に危機を伝え、当地の警察にも届けて、エミリアとともにロンドンへと逃げます。もちろんゴルジアーノはしつこく追ってきました。そしてジェナーロがロンドンとイタリアの警察に手配をしている間、エミリアは隠れていたというわけです。
ジェナーロを見張っていたゴルジアーノは信号を送る場所に殺意を持って踏み込んで来ましたが、ジェナーロにも備えが出来ていて、返り討ちにしたということですね。しかも真っ暗な建物の中は、ジェナーロに一日の長がありました。
物語は、全てを説明したエミリアが、
And now, gentlemen, I would ask you whether we have anything to fear from the law, or whether any judge upon earth would condemn my Gennaro for what he has done?
「そして今、私は皆さんにお伺いしたい。私達が法律を恐れるようなことがあるのか、それともこの世のどんな裁判官が私のジェナーロを彼の行為のために罰そうとするのか?」
と問い、アメリカの探偵は、イギリスのことは知らないが、ニューヨークなら感謝決議ものですよ、と言い、グレグスンも、裏付けがちゃんと取れさえすれば、彼女も、彼女の夫も、そんなに怯えることはないと思います、と応じます。
オチは、ところでホームズさん、私はなんであなたがこの件に関与したのかさっぱり分からないんですが?とグレグスンがおとぼけ気味に訊くことで締めへ向かいます。
ホームズは、勉強だよ、グレグスン、とチャーミングに返した後、ワトスンに向かい、
By the way, it is not eight o'clock, and a Wagner night at Covent Garden! If we hurry, we might be in time for the second act.
「ところで、まだ8時前だ。コベントガーデンでワーグナーをやってるよ。急げば、第2幕に間に合うかもしれないぞ。」
この最後の形は、いくつかのホームズものに見られますが、私は大好きです。私も、
「ところで、きょうは神戸の元町映画館でイスラーム映画祭の最終日だ。急いで阪急に乗ればラストの上映に間に合うかもしれないよ、その後で美味しい明石焼きでも食おう!」
なんて言ってみたく思っています。どうでもいいか笑。
さて、この物語にも、ドイルの特徴が顕著に現れています。
1800年代終盤から1900年代序盤は帝国主義の時代で、世界は広がっていました。イギリスは世界各地に多くの植民地を持っていて、ヨーロッパは大陸鉄道でつながり、アメリカはまだ新大陸というイメージだった。そして紛争が後を立たなかった。
ホームズものはこのような世相をよく反映していると言われます。アメリカはもちろん、インド、アフガニスタン、オーストラリア、南アフリカなどの国名が出てきます。今作はアメリカのイタリア移民、というアメリカの民族構成に踏み込んでいるように見えるところが興味深い。
外国に因縁を作り、ロンドンで解決するのは、不思議度が増して効果あり。この物語も「緋色の研究」によく似てますね。
なぜ活字体を使うか、から始まって事件はどんどんと深刻さを増します。些細なことが大事につながるのもホームズらしい。さらに光を使った暗号信号、これはどこか「バスカヴィル家の犬」を思い起こさせますね。
ゴルジアーノがぽっかりと浮かんだ光の輪の中に倒れていたり、エミリアが悲惨な死体を前にして踊り出したり、ことさら最初をマンガ的にしたり、この作品は演出にもかなり腐心のあとが見えます。
ただあまり人気作品と言えないのは、ちょっとシュールすぎ、演劇的すぎるのかな、と思ったりもしています。
それぞれキャラが確立されている短編。事件を持ってきたlandladyのMrs.Warrenに個人的助演女優賞!^_^

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