◼️ 松岡圭祐
「続シャーロック・ホームズ対伊藤博文」
奇想天外、血湧き肉躍る展開。ホームズとワトスン、日本での冒険活劇。
リアルの書店で続編が出ているのを知った。数年前にエピソード1を読んで、ふうん、まあ面白かったな・・と思った覚えがある。クーポンが当たったのとポイントが貯まってるとのことで人生初めてPayPayを使って久々の電子書籍。
明治42年、1909年。伊藤博文がハルビンで殺されたー。探偵を隠退しサセックスで養蜂をしながら生活していたホームズは、ロンドンのディオゲネス・クラブでマイクロフトから伊藤の惜別の会への招待状を渡される。その帰途、謎の女がホームズに小さな仏像を押し付ける。仏像には
It was not Ahn Jung-geun who murdered
Hirobumi Ito.
(伊藤博文を殺したのは安重根ではない)
と彫りこまれていたー。
ホームズ自らが記した1903年の「白面の兵士」ではワトスンが結婚して別に暮らしていることが恨みがましく記してある。独居も契機となったのか、ホームズもやがてベイカー街221Bをひきはらい田舎での暮らしに入る。この物語ではワトスンは家庭を得て、幼い兄妹のパパとなり、ホームズ宅を訪ねて来る。
3人称の文体で、ホームズの内面の葛藤と寂しさを描写している。それも試みではあるが、序盤はスーパーな描写が多いホームズの哀しい人間味に気持ちが乗り切れなかった。
やがてワトスンとともに日本へ渡ったホームズは、陰謀の気配を感じ、捜査を進めていく。中盤からはまあ、暴力的な敵が眼前に突撃してきたりドンパチがあったり大きな国際的陰謀があったりとまさに息つく間もない大活劇の様相を呈する。現実の国際情勢、国際的事件と絡ませた進行。は、ハデだなあと唖然、まあこんなテイストならスケール大きくないとね、とニヤニヤ。
まあ迫力です。ダイナマイト!
こういったパロディでは、シャーロッキアン的要素がどれくらい、どのように反映されているか、大きな興味の部分。笑、お腹いっぱいになるまで入っている。
私的には、特に3つ、それでも多いよねと我ながら思う。最初に「ホームズ先生?」と声をかける。たぶんMr.Homes?なのかな。顔を隠した黒髪の貴婦人。遠い喩えかもだが、やはり「ボヘミアの醜聞」で男装のアイリーン・アドラーが
"Good-night, Mister Sherlock Holmes."
と声をかけたのを思い出してしまう。
それから、キメどころのコイン。5枚をwatchpocketに、残りはleft trouserpocketに、というくだりは後で「瀕死の探偵」を読み直し「くひひ」とシャーロッキアン的自己満足に浸った。
冒頭、「這う男」の解決に対する冷静な反論でホームズは自分も老いた、と深く傷付く。実はこの話、私も56の短編の中では頭をひねる作品だ。メインとなるオチが荒唐無稽の気味が強いし他の部分も良かった記憶があまりない。反論は納得できるものでもあるし。そうきたか、と。
ライヘンバッハの滝の場面で使用されたバリツ、も披露されるし、火といえば「ノーウッドの建築業者」ホント盛りだくさん。
偉人とホームズと、歴史と、エンタテインメント。いろんな人のパステーイシュ、パロディを読んでいるけども、日本人が書くと、両立が得意なところがあって、かゆいところに手が届くような精密な組み上げは称讃に値する。ただ、テクニックは時として意外性につながらない。それはホントで、一種独特な、ややネガティブに受け止めてしまうような雰囲気も漂う。
でもやはりおもしろい。伊藤博文とホームズだけではなく、まさに幕末、明治の名士が動き回るのは痛快でもある。イギリスサイドもチャーチル、ロイド・ジョージなど豪華だ。国際的な歴史的な事実に精密に絡めて大きな物語に持っていくのは、パロディとしての特徴を充分に備えている。
最後の挨拶にも結びつけてしまったから、続編はもうないかな。でももう少し読みたい。強力なタッグではある。
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