なかなか今月はピンチで、半分終わってしまったというのにまだ読了4つ。月10記録が途絶えそう。半期終わりのランキング作成も待っている。
なんて、個人的なもんだから、記録が途絶えても、ランキング作らなくても世の中的にはなんら関係ないんだけどね。それでもやってしまうのは楽しみだから!😆
◼️ 内田百閒「第一阿房列車」
大阪へ、静岡へ、鹿児島へ、そして東北一周?とスケールが大きくなる、用事のない鉄道旅。
なかなかいい風情を醸し出す。
実はこの本には続編「第二阿房列車」があって、私は「第二」を先に読んだ。テイストは変わらないけれど、著名な文士ということであちこちから歓待されたり取材されたり、また迫り来る悪天候をなぜかスルスルと交わしていく展開が面白く好感を残した。だから第一を、と探し求めることはせず、しかしなんかうっすら予想していた通りやっぱり巡り合った次第。
さて、朝起きれない、思い込み激しい自己チュー文士先生、あれこれと理屈をつけて気に食わないことはせず、ゆえに目の前の列車をみすみす逃し2時間待ったりして、観光名所には積極的ではなくでもやっぱり行ったりしてどうもダラダラした行って帰る旅。
相棒は第二でも一緒の国鉄職員・ヒマラヤ山系くん。なんとなく大男だからそう呼ばれてるのかな、というイメージがあり、ぬぼーとして要領を得ない受け応えもマッチしていたからそう思い込んでいた。解説によれば国鉄の雑誌を編集していた平山三郎という人でなるほど名前か、と笑。百閒の原稿が欲しいから同道していたとか。
昭和26年から27年の連載もの。旅はまず大阪まで行って一泊して帰ってくる。列車は区間により蒸気機関車と電気機関車が混在している。新幹線開通の13年前の旅である。なんかこう、朝ドラあたりで出てきそうな、戦後の時代感が見える。よく時代を語る時に例えとして出すけど、私が中学生の頃まで切符には人力でハサミを入れてた。まだそれが常識で他が考えられないくらいの頃だ。
次は静岡まわり。富士山を見たかったけど雲がかかって見えなかったという小旅行。そして長編スタート、鹿児島へ。途中故郷の岡山を通る時には、これはたしか「第二」でもそうだったかと思うが、テンションが上がっているのが分かる。鹿児島では西南戦争の弾痕を見たり、桜島を眺めたり。最終章は北へ。盛岡、青森周りで山形まで行って仙台にもどり松島を見て帰ってくる。最初の方では考えられない9泊もの旅。折しも季節は秋だ。スケールが大きくなったものだ、と思って読んでいた。
あれこれと物事を感じる通りに、少しコミカルに書くが、ともすればあれはいかんこれも気にくわないといった風になりがち。ヒマラヤ山系くんにはドブネズミみたい、とか犬が死んだ様なきたならしいボストンバッグをさげて来たとかさんざんである。
ところがそのようなテイストの珍道中のなかにふっと流麗な風景描写なぞが入る。
「隧道を出ると、別の山が線路に迫って来る。その山の中腹は更紗の様に明るい。振りつける雨の脚を山肌の色が染めて、色の雨が降るかと思わせる」
横手と黒沢尻の間を走る山間の横黒線。陸奥の紅葉。これも雨の日だ。スッと挟まれると、表現が浮き立ってきれいな透明感をも覚えてしまう。この自己チュー変人的な列車漫遊記の中ですごく素直な表現で、なんとも言えない味わいを紡ぎ出す。不思議なものだ。
内田百閒は夏目漱石の弟子で、芥川龍之介の親友。たしかお金がないからと湯河原の漱石のところへ交通費を使ってわざわざ行ってお金を借りて来る。算段通り、良い宿で晩も朝も美味しいご飯を食べさせてもらい、漱石持ちで車で駅まで送ってもらう。そんな話を読んだことがある。「第二」だったかな・・?すっとぼけた点は1つ個性的だと思う。漱石の弟子だからか、辞書用意して読みましょう的なむずかしい漢字もある。今回も「鳳眠(ほうみん)」という言葉を調べたら、夏目漱石くらいしか使ってなくて研究が進んでいないなんて書いてあって苦笑してしまった。
んーやはり第二の方がおもしろかったかな。第一はやや冗長で少し読むペースが遅くなってしまったし。まあこれもエッセイの1つの形、なんだろうと思うことにしよう。
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