◼️ Authur Conan Doyle
「The Adventure of the Sussex Vampire
(サセックスの吸血鬼)」
血塗られた口、エキゾチックで美しい夫人、謎の真相はー。コンパクトで好きな作品。
第5短編集「シャーロック・ホームズの事件簿」より「サセックスの吸血鬼」。原文読み30篇達成🎉です。あと26。まだまだ先は長い😎ちょっとだけ自分で自分を褒めてあげます。
"For a mixture of the modern and the mediaeval, of the practical and of the wildly fanciful, I think this is surely the limit,"
「現代と中世、現実と突飛な空想のミックスだよ。これはその極みとも思えるね」
ワトスンにホームズが渡した手紙には
Re Vampires 「吸血鬼の件」
という見出しがありました。
手紙はモリソン・モリソン&ドッドという会社からのもので、内容をかみくだいて書くと、クライアントの紅茶商社のロバート・ファーガソン氏から吸血鬼に関する調査を依頼されたが、当社の専門は機械類の評価であり、まったく畑違いである、ファーガソン氏には貴殿を推薦しておいたのでよろしく、という、間の抜けた内容でした。
過去この会社はホームズに「スマトラの大ネズミ」に関する事案を相談して解決してもらったことがあったのでした。ちなみに事件名だけ出てくる「スマトラの大ネズミ」はいわゆる「語られざる事件」として後世多くの作家がパスティーシュをものしています。
一応ホームズはVの備忘録をくって調べます。偽造者ヴィクター・リンチ、サーカスの美女ヴィットリア、ヴァンダービルトと金庫破り、ハマースミスの脅威・ヴィガーなどなど。これらの事件についてもパスティーシュがあります。
結局吸血鬼のことを調べたホームズは、ばかばかしい、という態度になるわけですが、そこへ2通めの手紙が。そこには驚くべき事が書いてありました。サセックスのチーズマン屋敷、からでした。
手紙はファーガソン氏からのもので、友人の話として代理人を装っていますが、ホームズは本人のことだと看破します。
ファーガソン氏は5年前、the daughter of a Peruvian merchant、ペルー人の商人の娘と結婚しました。たいそうな美人でした。妻は今でも夫を溺愛しており、完全に献身的です。しかし海外生まれで宗教観も違う妻に、夫ファーガソンは溝を感じ、やや冷めているようでした。
ファーガソンは再婚で前妻との間に15歳の息子がいます。魅力的で優しい少年、しかし不幸にも小さな頃の事故で身体に不自由な面があります。
ファーガソン氏はペルー人の妻が棒でこの少年をぶっているのを目撃しました。腕にみみず腫れが残るほどでした。そしてさらにー
ファーガソン氏と現在の妻の間には赤ちゃんが産まれました。1カ月ほど前、乳母が目を離した時、赤ん坊が大きな声で泣き出しました。急いで戻ったところー
she saw her employer, the lady, leaning over the baby and apparently biting his neck. There was a small wound in the neck from which a stream of blood had escaped.
「彼女(乳母)には女主人が赤ちゃんに覆いかぶさり、首を噛んでいるように見えました。首筋に小さな傷があって、そこから血が流れ出していました」
乳母がファーガソンに知らせようとしたところ、赤ちゃんの母親は口止め料を渡し言わないよう懇願しました。何があったかの説明はありませんでした。
しかし乳母は赤ん坊から離れないよう、また女主人の動きに気をつけていました。主人もまた赤ちゃんと乳母を見張っているかのように思えました。神経が参ってしまった乳母は、ついにファーガソン氏にすべてを打ち明けました。ファーガソン氏は荒唐無稽だと信じませんでした。2人が話していたその時、突然泣き叫ぶ声がしました。
慌てて駆けつけると、ファーガソンの妻はベビーベッドの側でひざまづいた姿勢から立ち上がるところでした。赤ん坊のむき出しの首、シーツの血。
he turned his wife's face to the light and saw blood all round her lips.
「彼(ファーガソンのこと)は妻の顔を明るい方へ向けました。そして血まみれになった唇の周りを目にしました」
やはり妻は何も言いませんでした。混乱したファーガソンはホームズに助けを求めていました。追伸で、ワトスンとラグビーの試合をしたことがある、と記されていました。
ワトスンいわく、彼は所属チームで過去最高のスリークォーターバックスで、気さくないい奴だったと。ホームズは承諾し、翌朝ファーガソンはやってきました。
かつてたくましく溌剌としていたファーガソン、歳をとり、髪は薄くなり、この問題でやつれているのをワトスンは痛ましい思いで見ていました。
妻は自分の部屋に鍵をかけて閉じこもり、ドロレスという結婚前からのメイドが食事を運んでいる。赤ん坊はメイソン夫人という乳母が守っている。息子のジャックはこれまで2回妻からぶたれていて、これも心配だ、とファーガソンは話します。ジャックのことを語る時、彼の表情が和むのが分かりました。ジャックを打ったわけについて妻は、何度も憎かった、と言っていた、と。ジャックは理由もなく襲われたと話していました。
妻とジャックの間に愛情はまったくなく、逆に自分との絆は非常に強い、そして実の母のことも深く愛していたとのこと。1回めにぶった時と、赤ん坊へ噛みついたと思われる時期は同じだった、2回めにジャックをぶった際は、乳母のメイソン夫人から赤ちゃんに関しては何も聞いていない、とのこと。
とまれ、ホームズとワトスンはサセックスに向かいます。サセックス州はイングランド中央最南部で、ホームズは引退後、サセックスのドーバー海峡に面した土地に暮らし、そこで「ライオンのたてがみ」事件に遭遇します。
チーズマン屋敷は少し内陸部にあるのか、海の描写は出てきません。屋敷を建てた人の名前を冠した古い農家で、建て増しを繰り返した広い屋敷でした。
案内された大きな部屋の暖炉には1670年の日付の入った覆いがありました。壁には、近代的な水彩画、その上に南アメリカの日用品や武器などが掛けられているという、年代も地域も驚くほどのmixtureとなっていました。
ホームズはさっそく南米のものを調べます。
"Hullo!"フムフム!
飼い犬のスパニエル犬が主人に寄って来ました。犬は後ろ脚を引きずっていました。ファーガソンが言うには突然こうなったとのこと。
"How long ago?"「いつからですか?」
"It may have been four months ago."
「4カ月前からです」
"Very remarkable. Very suggestive."
「とても意味深で、とても暗示的だ」
ファーガソンはどういうことか尋ねますが、ホームズははぐらかします。切羽詰まったもとラグビー選手と、すべての材料が揃うまで説明をしないたちのホームズ。2人のペースは噛み合いません。
"I would spare you all I can. I cannot say more for the instant, but before I leave this house I hope I may have something definite."
「できる限りのことはしましょう。今はこれ以上言えません。しかしお宅を去る前にはっきりしたことが分かると思っています」
ファーガソンは妻の部屋へ様子を見に行き、妻のメイド、背が高くスリムなペルー人のドロレスを連れてきます。
「奥様は具合が悪く、お医者さんが必要です。いないと奥様といるのは怖い」
こうしてワトスンは妻と会います。美しい瞳に赤い頬。高熱を発しており脈も速かったのですが、ワトスンには精神的なものが影響しているように見えました。
ワトスンは、あなたの夫はあなたをとても愛しています。彼は嘆き悲しんでいます。会わないのですか、と諭します。妻は自分も夫を愛している、と言い、でも会わない、と。
"No, he cannot understand. But he should trust."
「彼には理解できないわ。でも信頼すべきよ」
彼に伝えるのはただひとつ、子どもに合わせて、と言ってベッドに横になったまま壁の方を向いてしまいました。
ワトスンは帰って伝えますが、ファーガソンは彼女がどんな行動をするか分からないのに子どもに会わせるなんてできない、と突っぱねます。そこへ、ジャックが入ってきます。
白い顔に金髪、感じやすそうな青い瞳は父親を捉えて輝きます。
"I did not know that you were due yet. I should have been here to meet you. Oh, I am so glad to see you!"
「帰ってきてたとは知らなかったよ。もっと早くここへ来てたらよかった。すごく嬉しいな!」
ジャックと父はめっちゃラブラブです。首に手を回して抱きつく息子に優しく接する父。ホームズが赤ちゃんに会いたい、と希望すると父に言いつけられたジャックはおぼつかない足取りでメイソン夫人を呼びに行きます。ワトスンの目には脊椎の損傷だ、と映りました。
メイソン夫人が抱いてきた赤ちゃんは黒い目に金髪の可愛らしい子。ファーガソンはこちらも溺愛しているようです。抱っこして、優しく撫でました。その時、ワトスンがたまたまちらっとホームズを見ます。
His face was as set as if it had been carved out of old ivory
「彼の顔は古い象牙の彫像のようにこわばっていた」
そして、先ほどまで父と赤ん坊を見ていたその目は、いまは反対側の、半分ほど鎧戸の閉まった窓を、じっと見ていました。そして目を戻し、赤ん坊の首筋の、すでに皺になっている傷痕を調べました。
"Good-bye, little man. You have made a strange start in life. Nurse, I should wish to have a word with you in private."
「じゃあね、おちびちゃん。君の人生はヘンな始まり方をしたねえ」
メイソン夫人となにやら言葉を交わしたホームズ、突然ジャックに質問します。メイソンさんが好きかい?ジャックの顔は翳り、首を振りました。少年は父に甘え、父はちょっと向こうに行ってなさいと優しく言います。息子が行ってしまった後、さてホームズさん、と切り出します。
"I really feel that I have brought you on a fool's errand, for what can you possibly do save give me your sympathy? It must be an exceedingly delicate and complex affair from your point of view."
「私はあなたに無駄足を踏ませてしまったと思ってます。あなたは同情しかできないのでしょう。あなたから見てよほど微妙で、複雑な事件に違いない」
失礼な物言い。しかしホームズはまあ慣れていますよね。シルヴァー・ブレイズ号事件のときもそうでしたし。あの時は尊大なクライアントを最後にぎゃふんと言わせましたね。痛快でした。
"It is certainly delicate," said my friend with an amused smile, "but I have not been struck up to now with its complexity.
「『確かに微妙です。』ホームズは愉快そうに笑って言った。『しかしこれまで複雑だと思ったことはなかったですね』」
こうしてまた真相を先延ばしにするから実直なファーガソンがイラつくわけですね。失礼な物言いに対するささやかな復讐なのかな、なんて考えてしまいます。分かってるなら教えてえやーと当然クライアントは迫ります。
ホームズは引きこもったペルービアンの妻の方に手紙を渡してほしいとワトスンに頼みます。ドロレスに渡すと、部屋の中から妻の叫び声が聞こえ、会えることになりました。
ホームズ、ワトスン、ファーガソン。夫は妻の方へ行きかけますが、妻が手を上げて制します。
"Your wife is a very good, a very loving, and a very ill-used woman."
「あなたの奥さんはとても善良で、愛情豊かな人です。それなのに不当な扱いを受けている」
ファーガソンは喜びます。妻の無実を証明してくださいと言います。しかし・・
"I will do so, but in doing so I must wound you deeply in another direction."
「もちろんそうしましょう。しかし、別なことであなたを深く傷つけなければなりません」
さあ、吸血鬼事件の真相はどういうことだと思いますか?ネタを知って話してると、ここまで言ってるんだから聴き手は全部分かっちゃってるかも?なんて思ってしまいますね。では謎解きです。
あなたは奥さんがベビーベッドのそばから唇に血をつけて立ち上がるのを見ました。ホームズは語ります。
"Did it not occur to you that a bleeding wound may be sucked for some other purpose than to draw the blood from it? Was there not a queen in English history who sucked such a wound to draw poison from it?"
「血が流れた傷を吸うのは、生き血をすするという以外に目的があるとは思いつかなかったのでしょうか。
イギリスの歴史上、そんな傷から毒を吸い出した王妃がいましたよね」
これは第8回十字軍で、夫エドワード1世の傷から毒を吸い出したといあ王妃のことを言っているとか。
「ど、毒・・!」
ファーガソンは絶句します。ホームズは続けます。
南アメリカから来た家族、ということで、ここへ来る前から当地の武器があることは予測していた、とホームズ。向こうの部屋で見かけた鳥撃ち用の弓と空になった矢筒は、自分が見つけるだろうと思っていたものだと。
"If the child were pricked with one of those arrows dipped in curare or some other devilish drug, it would mean death if the venom were not sucked out."
「もしも子どもが先端がクラレやその他の毒に浸してあるこの矢で刺されれば、毒を吸い出さないと命にかかわります」
そして犬です!誰しも毒を初めて使う時、テストしてみたくなるものでは?突然脚がおかしくなったスパニエル犬は事件の再構築にぴたりと符合すると。
"Now do you understand?"
「どういうことかお分かりでしょうか?」
あなたの奥さんは、そんなふうに襲われるのをを恐れていた。赤ちゃんが矢で刺されるのを目撃して、命を救った。彼女は、あなたがあの少年をどれほど愛してるか知っていましたからなおさら、あなたの心を傷つけることを何よりも恐れたのです。
ジャッキーが・・!とファーガソン氏。
私はあなたが赤ん坊をあやしている時、鎧戸の降りた窓に映るジャックの顔を見ていた、あんなに嫉妬と憎悪を表情に見たことはありませんでした。
わたしのジャッキーが・・!
"You have to face it, Mr. Ferguson. It is the more painful because it is a distorted love, a maniacal exaggerated love for you, and possibly for his dead mother, which has prompted his action. His very soul is consumed with hatred for this splendid child, whose health and beauty are a contrast to his own weakness."
「あなたは直面すべきなのです。なぜなら、息子さんの肥大化した愛情、あなたと、そしてもしかすると亡くなった実の母親へのー、それが彼の行動を引き起こしている。痛ましいことです。彼の心は赤ちゃんへの憎悪でいっぱいです。自身のハンディキャップと対照的な、健康と美しさを持つ赤ちゃんへのー」
と、とても信じられない・・
あなたにとってこのことはどれほどの衝撃を与えるか。とても本当のことは話せなかった、と妻はすすり泣きながら告白します。
"It was better that I should wait and that it should come from some other lips than mine. "
「私以外の人から伝えられるのを待つ方がいいと思ったの」
そして全てが分かっている、というホームズの手紙が届いたのでした。抵抗できない赤ちゃんを毒矢で刺すのですから、いかに身体が不自由でも、母親がぶつことは、想像できますよね。
ホームズは1年間ジャックくんを船に乗せるのがprescription、処方箋だ、と言い残し、帰ります。あとは家族の時間です。そして、最初に自分をファーガソン氏に推薦したあの会社にお礼の手紙を書くのでした。手紙で始まり、手紙に終わる物語でした。
さて、いかがでしたでしょうか。おどろおどろしいタイトル、ブラッディで衝撃的な場面、エキゾチックで美しい妻。扇情的ではありますね。真相も割れてみれば意外となんだ、と思われたかも。私的にも、一緒に暮らしてるんだから子供の嫉妬くらい分かりそうなものだ、とか猛毒の毒矢なんて置いておくもんだろうか、とは確かに思います。またホームズが精力的に捜査することがなく、ロッキングチェアデテクティブの気味があってコンパクトな作品です。
でも私としては、この作品は晩年の傑作だと思っています。ホームズシリーズにはよく出てきますが、世界を相手に渡り合う帝国主義の時代の特徴がよく出ていますし、最初悪にも見えた母親が実は・・と大きなフェイクをかけていて、上手な探偵小説らしさがあります。動機がいかにもありそうな嫉妬で腑に落ちるし、身体的な対照性も見事です。要素と文章の配置にはドイルらしい細やかな計算が見てとれます。ホームズはハナから相手にもしませんが、恐怖と緊張のもとが人外、魔物、という発想は嫌いではないです。
地味ながら色々なところがハマる、という感覚の、滋味掬すべき作品なのではないでしょうか。
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