2023年3月26日日曜日

3月書評の12

日展神戸展では、日本画、洋画、彫刻、工芸、書と膨大な数の入選作品の展示に圧倒され、芸術の発想と表現の数に唖然としました。巨匠の展覧会とは違う現代的なモチーフにみずみずしい感性を堪能できました。

日本画から洋画ゾーンに入ると、女性モデルの絵が増えてましたね。

絵画編でら以下の絵たちがお気に入り。長い髪の女性の絵は文部科学大臣賞。楽しかった。



◼️ 今村翔吾「童の神」

圧倒的エネルギー。京人と、鬼と呼ばれた民との闘い。大江山・酒呑童子伝説の新解釈。

粛慎、みしはせという言葉は馬場あき子さんの名著「鬼の研究」で知っていた。蝦夷、夷、童、土蜘蛛、さまざまな蔑称で呼ばれた民たち。朝廷に反抗する彼らは人外の者、鬼と呼ばれ恐れられた。

流れ着いた異人を母に持ち、緑色の瞳を持つ桜暁丸(おうぎまる)は朝廷に追われる身となり、やがて各地で抵抗する民たちと手を組んで闘う。朝廷軍の戦闘部隊では源頼光を主とした頼光四天王、渡辺綱、坂田金時、卜部季武、碓井貞光といった猛将たちがいて、大江山討伐に参加した藤原保昌はまた特殊な立ち位置にいる。

冒頭は安倍晴明や平将門の娘、皐月が登場する。また、母親が山姥という説のある坂田金時、金太郎の、鬼の民に対する想いも描かれ、史実と童話のエッセンスが取り入れられている。

後に大江山に大同団結し、頼光たちと闘う流れとなる畿内の民たち。リーダー格は金熊童子、女性という説のある茨木童子、そして桜暁丸は酒呑童子と呼ばれる。

「たとて首だけになっても喰らいついてやる。鬼とはそういうものだろう?」

激しい戦闘の中の桜暁丸の言葉は、大江山伝説で頼光が酒呑童子の首を切り落とした時、首が空を飛び、頼光の兜に噛みつかんとしたというくだりから派生している。

高橋克彦「火怨」では北の蝦夷たちを集めて坂上田村麻呂率いる朝廷軍と闘った英雄アテルイのドラマを感慨深く読んだ。京人が差別し従わせようとした者たちを主人公とする物語は、歴史のおもしろさと同時に、深く考えさせるものを問いかけてくる。その感覚が好ましい。

圧倒的エネルギーで、鬼退治の英雄とされる者たちと、抵抗し必死に生きる者たちの壮大な闘いと人間模様を描いたこの作品は、様々な要素を上手に取り込み、鬼好きの私を悦ばせてくれた。著者によればこの闘いの前後の時期をそれぞれ3部作としてまた小説にするという。

楽しみが増えた。

3月書評の11

ボンディのカレー、自宅でのチーズケーキ。

日展神戸展、六甲アイランドの神戸ゆかりの美術館で開催され、六甲ライナー往復切符と合わせ1300円、というふれこみにも惹かれ笑行ってきた。

絵画をぐるっと観てきて、触らなければOKという彫刻の展示に行って間近に観ると、その分厚さ大きさを、より強く感じる。意外に、スタンダードな作品、ヌードが多い感じ。その中、内閣総理大臣賞「無垢の予兆」(白い男性の塑像)と特選「ルームウェア」(髪の長い女の子の塑像)はいかにも今日的。

工芸は観てて楽しい。「オマージュ 勝利の女神ニケ」には感じるものがあった。

書は、けっこう好きで本もいくつか読んでるけども、評価する要素が自分の中にない😅もう少し分かるようになりたいなあ。細く流麗な書体に惹かれるものがありました。

たくさん刺激されて、ホンマ楽しかった。

◼️ 国木田独歩「画の悲み」

ごく短く、エッセンスだけを抽出した感もある。でもやはりエッ・・となり空しかった

これもどこかで見かけて読んでみようかと思った小説だった。1902年、明治35年発表の作品。日英同盟の年、日露戦争の2年前。国木田独歩は尾崎紅葉と幸田露伴の紅露時代の人らしい。

語り手のモノローグ、思い出語りで話は始まる。小学校の頃全校一腕白だった。

画では同級生の中自分に及ぶものがない、と得意がっていた。しかし、ライバルがいた。志村という名の天才的に画が上手い少年。著者は、校内の製作物の展示会で勝負しようと馬の頭部を鉛筆で実写する。自信を持って提出し、当日ー。主人公はコロンブスをチョーク画で描いた志村の作品に圧倒されるー。

「自分は美少年ではあったが、乱暴な傲慢な、喧嘩好きの少年、おまけに何時いつも級の一番を占めていて、試験の時は必らず最優等の成績を得る処から教員は自分の高慢が癪しゃくに触わり、生徒は自分の圧制が癪に触り、自分にはどうしても人気が薄い」

「いっぽう志村はおとなしく、画も人気があった」

チョークアートを調べてしまった。今のチョークアートと昔のチョーク画が同じかどうかも分からない。どんな画だったのだろうか。

主人公は悔しさに苛まれた後、水車のスケッチに出かける。そして志村と出会うー

いかにもありがちな少年の心のうちに加え、成長することによる獲得と喪失がコンパクトに描かれている。もって回ったところもなくストレート。それがいいと思う。セリフの言葉も、ややぎこちないのが時代を感じさせて、逆に味があると思う。

現代小説ばかりの中、こんなのもいいなと思う。

3月書評の10

2023年3月19日日曜日

3月書評の9


◼️ Authur  Conan  Doyle

The Adventure of the Sussex Vampire 

(サセックスの吸血鬼)


血塗られた口、エキゾチックで美しい夫人、謎の真相はー。コンパクトで好きな作品。


5短編集「シャーロック・ホームズの事件簿」より「サセックスの吸血鬼」。原文読み30篇達成🎉です。あと26。まだまだ先は長い😎ちょっとだけ自分で自分を褒めてあげます。



"For a mixture of the modern and the mediaeval, of the practical and of the wildly fanciful, I think this is surely the limit," 

「現代と中世、現実と突飛な空想のミックスだよ。これはその極みとも思えるね」


ワトスンにホームズが渡した手紙には


Re Vampires  「吸血鬼の件」


という見出しがありました。


手紙はモリソン・モリソン&ドッドという会社からのもので、内容をかみくだいて書くと、クライアントの紅茶商社のロバート・ファーガソン氏から吸血鬼に関する調査を依頼されたが、当社の専門は機械類の評価であり、まったく畑違いである、ファーガソン氏には貴殿を推薦しておいたのでよろしく、という、間の抜けた内容でした。


過去この会社はホームズに「スマトラの大ネズミ」に関する事案を相談して解決してもらったことがあったのでした。ちなみに事件名だけ出てくる「スマトラの大ネズミ」はいわゆる「語られざる事件」として後世多くの作家がパスティーシュをものしています。


一応ホームズはVの備忘録をくって調べます。偽造者ヴィクター・リンチ、サーカスの美女ヴィットリア、ヴァンダービルトと金庫破り、ハマースミスの脅威・ヴィガーなどなど。これらの事件についてもパスティーシュがあります。


結局吸血鬼のことを調べたホームズは、ばかばかしい、という態度になるわけですが、そこへ2通めの手紙が。そこには驚くべき事が書いてありました。サセックスのチーズマン屋敷、からでした。


手紙はファーガソン氏からのもので、友人の話として代理人を装っていますが、ホームズは本人のことだと看破します。


ファーガソン氏は5年前、the daughter of a Peruvian merchant、ペルー人の商人の娘と結婚しました。たいそうな美人でした。妻は今でも夫を溺愛しており、完全に献身的です。しかし海外生まれで宗教観も違う妻に、夫ファーガソンは溝を感じ、やや冷めているようでした。


ファーガソンは再婚で前妻との間に15歳の息子がいます。魅力的で優しい少年、しかし不幸にも小さな頃の事故で身体に不自由な面があります。


ファーガソン氏はペルー人の妻が棒でこの少年をぶっているのを目撃しました。腕にみみず腫れが残るほどでした。そしてさらにー


ファーガソン氏と現在の妻の間には赤ちゃんが産まれました。1カ月ほど前、乳母が目を離した時、赤ん坊が大きな声で泣き出しました。急いで戻ったところー


she saw her employer, the lady, leaning over the baby and apparently biting his neck. There was a small wound in the neck from which a stream of blood had escaped.


「彼女(乳母)には女主人が赤ちゃんに覆いかぶさり、首を噛んでいるように見えました。首筋に小さな傷があって、そこから血が流れ出していました」


乳母がファーガソンに知らせようとしたところ、赤ちゃんの母親は口止め料を渡し言わないよう懇願しました。何があったかの説明はありませんでした。


しかし乳母は赤ん坊から離れないよう、また女主人の動きに気をつけていました。主人もまた赤ちゃんと乳母を見張っているかのように思えました。神経が参ってしまった乳母は、ついにファーガソン氏にすべてを打ち明けました。ファーガソン氏は荒唐無稽だと信じませんでした。2人が話していたその時、突然泣き叫ぶ声がしました。


慌てて駆けつけると、ファーガソンの妻はベビーベッドの側でひざまづいた姿勢から立ち上がるところでした。赤ん坊のむき出しの首、シーツの血。


he turned his wife's face to the light and saw blood all round her lips. 


「彼(ファーガソンのこと)は妻の顔を明るい方へ向けました。そして血まみれになった唇の周りを目にしました」


やはり妻は何も言いませんでした。混乱したファーガソンはホームズに助けを求めていました。追伸で、ワトスンとラグビーの試合をしたことがある、と記されていました。


ワトスンいわく、彼は所属チームで過去最高のスリークォーターバックスで、気さくないい奴だったと。ホームズは承諾し、翌朝ファーガソンはやってきました。


かつてたくましく溌剌としていたファーガソン、歳をとり、髪は薄くなり、この問題でやつれているのをワトスンは痛ましい思いで見ていました。


妻は自分の部屋に鍵をかけて閉じこもり、ドロレスという結婚前からのメイドが食事を運んでいる。赤ん坊はメイソン夫人という乳母が守っている。息子のジャックはこれまで2回妻からぶたれていて、これも心配だ、とファーガソンは話します。ジャックのことを語る時、彼の表情が和むのが分かりました。ジャックを打ったわけについて妻は、何度も憎かった、と言っていた、と。ジャックは理由もなく襲われたと話していました。


妻とジャックの間に愛情はまったくなく、逆に自分との絆は非常に強い、そして実の母のことも深く愛していたとのこと。1回めにぶった時と、赤ん坊へ噛みついたと思われる時期は同じだった、2回めにジャックをぶった際は、乳母のメイソン夫人から赤ちゃんに関しては何も聞いていない、とのこと。


とまれ、ホームズとワトスンはサセックスに向かいます。サセックス州はイングランド中央最南部で、ホームズは引退後、サセックスのドーバー海峡に面した土地に暮らし、そこで「ライオンのたてがみ」事件に遭遇します。


チーズマン屋敷は少し内陸部にあるのか、海の描写は出てきません。屋敷を建てた人の名前を冠した古い農家で、建て増しを繰り返した広い屋敷でした。


案内された大きな部屋の暖炉には1670年の日付の入った覆いがありました。壁には、近代的な水彩画、その上に南アメリカの日用品や武器などが掛けられているという、年代も地域も驚くほどのmixtureとなっていました。


ホームズはさっそく南米のものを調べます。

"Hullo"フムフム!


飼い犬のスパニエル犬が主人に寄って来ました。犬は後ろ脚を引きずっていました。ファーガソンが言うには突然こうなったとのこと。


"How long ago?"「いつからですか?」


"It may have been four months ago."

4カ月前からです」


"Very remarkable. Very suggestive."

「とても意味深で、とても暗示的だ」


ファーガソンはどういうことか尋ねますが、ホームズははぐらかします。切羽詰まったもとラグビー選手と、すべての材料が揃うまで説明をしないたちのホームズ。2人のペースは噛み合いません。


"I would spare you all I can. I cannot say more for the instant, but before I leave this house I hope I may have something definite."


「できる限りのことはしましょう。今はこれ以上言えません。しかしお宅を去る前にはっきりしたことが分かると思っています」


ファーガソンは妻の部屋へ様子を見に行き、妻のメイド、背が高くスリムなペルー人のドロレスを連れてきます。


「奥様は具合が悪く、お医者さんが必要です。いないと奥様といるのは怖い」


こうしてワトスンは妻と会います。美しい瞳に赤い頬。高熱を発しており脈も速かったのですが、ワトスンには精神的なものが影響しているように見えました。


ワトスンは、あなたの夫はあなたをとても愛しています。彼は嘆き悲しんでいます。会わないのですか、と諭します。妻は自分も夫を愛している、と言い、でも会わない、と。


"No, he cannot understand. But he should trust."

「彼には理解できないわ。でも信頼すべきよ」


彼に伝えるのはただひとつ、子どもに合わせて、と言ってベッドに横になったまま壁の方を向いてしまいました。


ワトスンは帰って伝えますが、ファーガソンは彼女がどんな行動をするか分からないのに子どもに会わせるなんてできない、と突っぱねます。そこへ、ジャックが入ってきます。


白い顔に金髪、感じやすそうな青い瞳は父親を捉えて輝きます。


"I did not know that you were due yet. I should have been here to meet you. Oh, I am so glad to see you!"

「帰ってきてたとは知らなかったよ。もっと早くここへ来てたらよかった。すごく嬉しいな!」


ジャックと父はめっちゃラブラブです。首に手を回して抱きつく息子に優しく接する父。ホームズが赤ちゃんに会いたい、と希望すると父に言いつけられたジャックはおぼつかない足取りでメイソン夫人を呼びに行きます。ワトスンの目には脊椎の損傷だ、と映りました。


メイソン夫人が抱いてきた赤ちゃんは黒い目に金髪の可愛らしい子。ファーガソンはこちらも溺愛しているようです。抱っこして、優しく撫でました。その時、ワトスンがたまたまちらっとホームズを見ます。


His face was as set as if it had been carved out of old ivory


「彼の顔は古い象牙の彫像のようにこわばっていた」


そして、先ほどまで父と赤ん坊を見ていたその目は、いまは反対側の、半分ほど鎧戸の閉まった窓を、じっと見ていました。そして目を戻し、赤ん坊の首筋の、すでに皺になっている傷痕を調べました。


"Good-bye, little man. You have made a strange start in life. Nurse, I should wish to have a word with you in private."


「じゃあね、おちびちゃん。君の人生はヘンな始まり方をしたねえ」


メイソン夫人となにやら言葉を交わしたホームズ、突然ジャックに質問します。メイソンさんが好きかい?ジャックの顔は翳り、首を振りました。少年は父に甘え、父はちょっと向こうに行ってなさいと優しく言います。息子が行ってしまった後、さてホームズさん、と切り出します。


"I really feel that I have brought you on a fool's errand, for what can you possibly do save give me your sympathy? It must be an exceedingly delicate and complex affair from your point of view."


「私はあなたに無駄足を踏ませてしまったと思ってます。あなたは同情しかできないのでしょう。あなたから見てよほど微妙で、複雑な事件に違いない」


失礼な物言い。しかしホームズはまあ慣れていますよね。シルヴァー・ブレイズ号事件のときもそうでしたし。あの時は尊大なクライアントを最後にぎゃふんと言わせましたね。痛快でした。


"It is certainly delicate," said my friend with an amused smile, "but I have not been struck up to now with its complexity. 


「『確かに微妙です。』ホームズは愉快そうに笑って言った。『しかしこれまで複雑だと思ったことはなかったですね』」


こうしてまた真相を先延ばしにするから実直なファーガソンがイラつくわけですね。失礼な物言いに対するささやかな復讐なのかな、なんて考えてしまいます。分かってるなら教えてえやーと当然クライアントは迫ります。


ホームズは引きこもったペルービアンの妻の方に手紙を渡してほしいとワトスンに頼みます。ドロレスに渡すと、部屋の中から妻の叫び声が聞こえ、会えることになりました。


ホームズ、ワトスン、ファーガソン。夫は妻の方へ行きかけますが、妻が手を上げて制します。


"Your wife is a very good, a very loving, and a very ill-used woman."


「あなたの奥さんはとても善良で、愛情豊かな人です。それなのに不当な扱いを受けている」


ファーガソンは喜びます。妻の無実を証明してくださいと言います。しかし・・


"I will do so, but in doing so I must wound you deeply in another direction."

「もちろんそうしましょう。しかし、別なことであなたを深く傷つけなければなりません」


さあ、吸血鬼事件の真相はどういうことだと思いますか?ネタを知って話してると、ここまで言ってるんだから聴き手は全部分かっちゃってるかも?なんて思ってしまいますね。では謎解きです。


あなたは奥さんがベビーベッドのそばから唇に血をつけて立ち上がるのを見ました。ホームズは語ります。


"Did it not occur to you that a bleeding wound may be sucked for some other purpose than to draw the blood from it? Was there not a queen in English history who sucked such a wound to draw poison from it?"


「血が流れた傷を吸うのは、生き血をすするという以外に目的があるとは思いつかなかったのでしょうか。


イギリスの歴史上、そんな傷から毒を吸い出した王妃がいましたよね」


これは第8回十字軍で、夫エドワード1世の傷から毒を吸い出したといあ王妃のことを言っているとか。


「ど、毒・・!」


ファーガソンは絶句します。ホームズは続けます。


南アメリカから来た家族、ということで、ここへ来る前から当地の武器があることは予測していた、とホームズ。向こうの部屋で見かけた鳥撃ち用の弓と空になった矢筒は、自分が見つけるだろうと思っていたものだと。


"If the child were pricked with one of those arrows dipped in curare or some other devilish drug, it would mean death if the venom were not sucked out."


「もしも子どもが先端がクラレやその他の毒に浸してあるこの矢で刺されれば、毒を吸い出さないと命にかかわります」


そして犬です!誰しも毒を初めて使う時、テストしてみたくなるものでは?突然脚がおかしくなったスパニエル犬は事件の再構築にぴたりと符合すると。


"Now do you understand?"

「どういうことかお分かりでしょうか?」


あなたの奥さんは、そんなふうに襲われるのをを恐れていた。赤ちゃんが矢で刺されるのを目撃して、命を救った。彼女は、あなたがあの少年をどれほど愛してるか知っていましたからなおさら、あなたの心を傷つけることを何よりも恐れたのです。


ジャッキーが・・!とファーガソン氏。


私はあなたが赤ん坊をあやしている時、鎧戸の降りた窓に映るジャックの顔を見ていた、あんなに嫉妬と憎悪を表情に見たことはありませんでした。


わたしのジャッキーが・・!


"You have to face it, Mr. Ferguson. It is the more painful because it is a distorted love, a maniacal exaggerated love for you, and possibly for his dead mother, which has prompted his action. His very soul is consumed with hatred for this splendid child, whose health and beauty are a contrast to his own weakness."


「あなたは直面すべきなのです。なぜなら、息子さんの肥大化した愛情、あなたと、そしてもしかすると亡くなった実の母親へのー、それが彼の行動を引き起こしている。痛ましいことです。彼の心は赤ちゃんへの憎悪でいっぱいです。自身のハンディキャップと対照的な、健康と美しさを持つ赤ちゃんへのー」


と、とても信じられない・・


あなたにとってこのことはどれほどの衝撃を与えるか。とても本当のことは話せなかった、と妻はすすり泣きながら告白します。


"It was better that I should wait and that it should come from some other lips than mine. "


「私以外の人から伝えられるのを待つ方がいいと思ったの」


そして全てが分かっている、というホームズの手紙が届いたのでした。抵抗できない赤ちゃんを毒矢で刺すのですから、いかに身体が不自由でも、母親がぶつことは、想像できますよね。


ホームズは1年間ジャックくんを船に乗せるのがprescription、処方箋だ、と言い残し、帰ります。あとは家族の時間です。そして、最初に自分をファーガソン氏に推薦したあの会社にお礼の手紙を書くのでした。手紙で始まり、手紙に終わる物語でした。


さて、いかがでしたでしょうか。おどろおどろしいタイトル、ブラッディで衝撃的な場面、エキゾチックで美しい妻。扇情的ではありますね。真相も割れてみれば意外となんだ、と思われたかも。私的にも、一緒に暮らしてるんだから子供の嫉妬くらい分かりそうなものだ、とか猛毒の毒矢なんて置いておくもんだろうか、とは確かに思います。またホームズが精力的に捜査することがなく、ロッキングチェアデテクティブの気味があってコンパクトな作品です。


でも私としては、この作品は晩年の傑作だと思っています。ホームズシリーズにはよく出てきますが、世界を相手に渡り合う帝国主義の時代の特徴がよく出ていますし、最初悪にも見えた母親が実は・・と大きなフェイクをかけていて、上手な探偵小説らしさがあります。動機がいかにもありそうな嫉妬で腑に落ちるし、身体的な対照性も見事です。要素と文章の配置にはドイルらしい細やかな計算が見てとれます。ホームズはハナから相手にもしませんが、恐怖と緊張のもとが人外、魔物、という発想は嫌いではないです。


地味ながら色々なところがハマる、という感覚の、滋味掬すべき作品なのではないでしょうか。





iPhoneから送信

3月書評の8

◼️ 桂竹千代「落語DE古事記」

何年かに一度の古事記関連本。今回は一時ベストセラーとなった、変化球^_^

古事記・日本書紀をまじっと全部読んだ訳ではないが神代古代は好きで、数年に一度くらいの間隔で関連本を手に取る。今回は私の帰省時、福岡で著者の落語イベントに行った方が私のために買って直筆サインまで貰って来てくれた。

嬉しい1冊。イザナキ・イザナミからアマテラスとスサノオ、ヤマタノオロチ退治と天叢雲剣、スサノオの子孫オオクニヌシ、タケミカヅチ、国譲り、天孫降臨は高千穂でニニギノミコト。ニニギの子はヤマサチとウミサチでその孫が神武天皇のウガヤ。今回も思い出しつつ知識の更新。

この本は一時ベストセラーになったとかで著者さんは大学で専門の学問をされた落語家さん。あちこちにダジャレやなぞかけ的な言葉が並び、ややこしい難しいところは飛ばし平準化してずんずん進めていく。

神話にはなんで?というのがつきものでまた神秘性をいや増す要素となってたりする、その点にツッコミかましまくり、神さまの人間臭さも突きまくり。しかし嫌味がない。

スイスイと進めているように見え、この神さまは祀られた神社がどこにあって、行動がああだからご利益はこう、と優しく解説、紹介をしのばせている。

今回は神武天皇まで。ここからの東征から、初期天皇のスケールの大きなSF的英雄叙事詩的活躍、残忍さゆえ父に嫌われしかしひたすら愛を求めていたヤマトタケルのくだりなども大好きなので、続編を読みたくなってしまう。

一度噺家のしゃべりで聴くとどんな感じになるのか、行ってみたくもなった。

3月書評の7

帰省時いただいた川端ぜんざいと、アリタセラで買った佐賀名物小城ようかん。食後のテーブルがにぎやか。きのう土曜はちょっと寒い日でホコホコあまうま。

◼️ 青柳碧人
「赤ずきん、旅の途中で死体と出会う。」

誰もが知る童話を土台にしたミステリー。トリックというよりは、心をつかまれるタイミングが興味深かった。

ミステリー好きでシャーロッキアンの先輩にパスティーシュ・パロディの本を貸し、コレを含む3冊を借り受けるという、2人で本の交換会。1回読んだ本を読み返す、というのは稀にしかしないのでイイ感じ。

「シンデレラ」「ヘンゼルとグレーテル」「眠り姫」「マッチ売りの少女」をモチーフにした推理もの連作短編。主人公の赤ずきんの物語ももちろん挟まれる。


赤ずきんがシンデレラとともに魔法でメタモルフォーゼ、ネズミとカボチャの馬車に乗って舞踏会へ向かう途中、炭焼き職人の死体が・・次の話ではお菓子の家で魔女と継母の死体が見つかるー。

赤ずきんは見事に事件を解決、犯人を捕え、物語を掘り、複雑な人間関係を露わにする。やがて赤ずきんがバスケットを持ってシュペンハーゲンへと向かう真の理由が明らかになる。

そもそもが入りやすいエンタテインメント・ミステリーでページが進む本。しかし、このパターンが4話続くのかな・・と階段で言えば踊り場的な、ひと息ついて残りにやや読み疲れ感を抱いたところで、主人公の赤ずきんにまつわる謎が提示され、結末へさらなる期待感を持つ。このタイミングが絶妙で、読むスピードが加速する。赤ずきんのくだりは、別の童話を連想させるように作っている。

ラストで連作短編らしい終局。収まりは上手くほどよく虚無感が残る。童話がベースだけに子どもらしい発想もにじみ、少々強引かな・・という感もあるけども、一気読みさせる面白さに加え構成の妙は発見だった。

2023年3月13日月曜日

【太宰府散歩】

弟と太宰府。今回の帰省は親族と過ごす時間が多かったのです。

太宰府天満宮に行ってみたら本殿は124年ぶり令和の大改修の真っ最中。代替となる仮殿もまだ建設中で、なんと本殿の絵を描いたパネルへの参拝となりました。びっくり。次は真新しい仮殿が見られるかな。

名残の梅は楚々とした雰囲気を醸し出し天気が良くて太宰府の春を感じました。奥の院まで登って祠へお詣り。

この日はとても寒く風が強く、ホコホコの梅ヶ枝餅も余計美味しさを増すというもの。幼少のころよく遊んだ太宰府政庁跡から、試合で訪れた学業院中学の前を通って都府楼前駅へ、吹きさらしの中懐かしさいっぱいのお散歩。ちょっと寒かった😅

【武雄市立図書館】

【武雄市図書館】

アリタセラの帰り、かねてから行ってみたかった武雄市立図書館へ。蔦屋書店とスタバが併設されていて、木目を強調しすっきりとした近未来的なスタイル。子ども図書館は別の建物となってます。

いやーすばらしい。地元の図書館もぜひこうなって欲しい。

佐賀いいなあ。アリタセラのマンホールのふたは佐賀県民なら知っている?「ゾンビランドサガ」でした😆

【アリタセラ】

有田焼の店舗が軒を連ねるショッピングリゾート、アリタセラに姉弟甥とお出かけ。見かけ正直地味ですが、店に入るとさまざまなデザイン色彩を楽しめます。パン屋カフェ併設のスタイリッシュな店では有田焼の器でいただくランチ。ホント目移りがしてあっちもこっちもとじっくり見てしまって時間が過ぎるのが早かった。

もう少しうまくPRできるかも、と思ったりしました。

大きな雛人形も飾ってありました。

2023年3月11日土曜日

3月書評の6

母の墓参りと父の健康伺いと、例年家族親族といる時間が長い帰省。だいたい時期も毎年これくらい。今年は弟の結婚が重なった。

金曜帰ってランチお茶と別々の人、夕方から読書好きな先輩、2軒めの、同級生がやっている店でまた待ち合わせとこの日くらいしかゆっくり人と会えないので5階建て。焼き鳥で博多以外ではなかなか食べられない豚バラをちゃんと発注。

土曜日は糸島に墓参り、父と姉と弟と末の弟とその奥さん、甥っ子姪っ子も来て大所帯でランチ。まあそれぞれ元気でにぎやかなのでした。



◼️ 澤田瞳子「吼えろ道真 大宰府の詩」

大宰府左降後、菅公は賑わう博多津で唐物の目利きとして活き活きと動くー。

まさにいま、帰省で博多行きの新幹線に乗っている。時期を合わせて読んだ。右大臣菅原道真は901年に失脚、大宰員外帥へと左遷され彼の地に下る。道真が大宰府にいたのは2年に過ぎないが、物心ついたころから太宰府政庁跡や天満宮、その近辺の風情はどこか古代の雰囲気を醸し出し、心の底に横たわるものだった。離れてみた後に分かったことも多く、とても郷愁をかき立てる。

大宰府左降後の道真は、実際には島流しも同然だったという説もあり、あまり物語化されたものは見なかった。そういう意味で貴重なシリーズである。老い、失意に沈み怒りながらも粘り強く生来の知識欲を発揮し、大宰府の最高権力者、太宰大弍にも一目置かれる。

シリーズ2作め、すでに博多津で身分を偽り、目利きの菅三道として名が広まり始めていた道真。宿舎の南館は従者の味酒安行の献身により清潔に磨き上げられ、買い求めた唐物で溢れていた。大宰大弐の小野葛絃の甥で、大宰少弐の葛根は道真を尊敬しつつも左降の身であまり目立つ活動をされると、大宰大弐である伯父に迷惑がかかると苦々しく思っていた。そのイライラは話し相手にとつけてある官人の「うたたね殿」龍野保積にも向けられていた。

やがて、慣例となっている博多津に着く唐物のうち上等なものを都の政府が買い上げた京進唐物が値打ちのない安物と取り替えられていた事が発覚し、唐物使の藤原俊蔭が調査のために派遣されてくる。果たして真相はー。 

大宰大弐の小野葛絃はその才覚と怪しい雰囲気?で有名な小野篁の子という設定でおやじと比べればぼんくら、などと言われているがなかなかの切れ者であることを窺わせる。一方葛根は若く真面目な武人、物語中の汗かき役。そしてまた藤原俊蔭がまた油断ならず、食いついたら離さない蟒蛇うわばみ、とあだ名される男。そよ調査は不穏なものを漂わせる。真の目的は何か?

事の真相も興味深くはある。しかし大宰府は大陸に対する玄関口として大きな権力を持ってい、また強い矜持もあったとされている。そして国防の最前線でもあり、外国人の商人や珍しい品物があふれる博多津は殷賑を極めていたであろう。その雰囲気と、道真が老いて流罪同然の身でなお、粘り強いエネルギーを持って頭脳を駆使し、役人からも信を得て暮らしている、という姿が印象的だ。

小野葛絃の息子で、まだ10歳にも足りない阿紀が道真の書に感じ入り弟子入り、やがて師の一字をもらってあの大家になること、今回は出てこないが葛根の妹・恬子が実はあの歴史的美人であることなど楽しみも多い。

父が太宰府に勤め、政庁跡や観世音寺、天満宮は身近であった。関西に移り住み、太宰府は奈良に似ていると感じた。今回も天満宮をお参りしてソウルフードの梅ヶ枝餅を食べるのが楽しみだ。住まいは福岡市に近く、博多津のほう、天神や博多で旧交を温める。

帰ったら京都の北野天満宮にでも行ってみようかな。

3月書評の5

先週天気の良かった土日、Bリーグもないし、ゆっくり本を読みたくて午後はのんびりと、だいたい思い通りに書いたり読んだりできた。

読んだ単行本がやや細めの珍しい形で、ミュシャの
展覧会リーフレットを折ってブックカバー作ったら図柄がうまく表裏ともハマって気分がいい。まあこの本にしか使えないんだけど。

積読解消のため図書館では本借りず。

気温は上がれどまだ風が冷たく朝晩寒い、
中を薄めにして上着はダウン。今週さらに最高気温が上がるというけど、どうなるかな。

◼️ ジャン・コクトー「山師トマ」

虚無の匂いも漂うトマ。コクトーは詩人っぽいのかな。

コクトーといえばイメージは詩人だが、物語も書いているし、絵を描いたり映画監督までしたりというマルチな人だったらしい。よく言えば描写を超えたものを感じる小説かも。ヘミングウェイは初の長編小説「陽はまた昇る」で第一次世界大戦中に青春を過ごした若者たちの虚無感漂う姿を描いてみせたが、ちょっと関係あるかも、なんて思った。

少年ギョム・トマは、入院している将軍の甥だと嘘をつき、軍隊に潜り込む。ラ・ボルム公爵の未亡人クレマンスやその娘アンリエット、ヴァリッシュ夫人の信頼を得る。一行は負傷兵を助けるべく輜重隊として戦線に出るが激しい砲撃を受け、逃げ帰る。アンリエットやクレマンスに愛されるギョム。しかし彼は希望してフランス北部ベルギー国境付近の部隊で職を得る。未亡人が希望し、彼女の気を引きたい新聞社社長の手により、アンリエットも含めた一行は北部戦線への芝居の巡業という名目でギョムの元へやってくるー。

まずもって最初から理解させるようなくだりがないために誰が何をしているのか、どんな意味があるのか把握するのに苦労する。

戦争のそばにいながら、現実感のない人々、そこへ容赦なく注ぐ砲撃、渦巻く思惑と陰謀などどこかコミカルで前衛的な舞台のような感じで話は進む。

詩的な表現が多くて、容姿などの描写がない。まあ、こんなふうだ。

「海上では、沖の方で、探照灯が接吻したり、離れたり、手真似で話したりしていた。時として彼らが、踊子たちのように足を揃えると、その爪先に人々は、ロンドンへの途上にあるツェッペリンの白い腹を見るのであった」


ギョムに目的や、大金や立場を得たい、という願望はないように見える。あえて言えばすぐそこの戦争に参加して、リアルを感じてみたいのかとも思える。決して品が良いというわけでもなく、偽るために偽る、それを旨としているようにも見える。

実際に北部戦線に従軍したコクトーが描いたさまざまな国の部隊や塹壕、病院の姿は生々しく興味深い。そしてまたギョムは好んで危険に飛び込んでいく。

120ページ程度で短く、読書の肥やしとしては良かったかな。どこかこう、時代の心理的なものを浮かび上がらせているようなそうでないような。パリでピカソらと集い、モディリアニの絵のモデルにもなっているコクトー、芸術っぽい肌合いでした。

2023年3月5日日曜日

3月書評の4

天気の良かった土日、Bリーグもないし、ゆっくり本を読みたくて午後はのんびりと、だいたい思い通りに書いたり読んだりできた。

読んだ単行本がやや細めの珍しい形で、ミュシャの展覧会リーフレットを折ってブックカバー作ったら図柄がうまく表裏ともハマって気分がいい。まあこの本にしか使えないんだけど。

積読解消のため図書館では本借りず。

気温は上がれどまだ風が冷たく朝晩寒い、
中を薄めにして上着はダウン。今週さらに最高気温が上がるというけど、どうなるかな。

◼️町屋良平
「ショパンゾンビ・コンテスタント」

ショパンとショパン・コンクールへの概念と知識をベースに描かれるコミカルな青春群像劇。

ブルース・リウのリサイタルに行ったし、ショパンつながりで?古書店で見かけて即入手。2015大会出場者のほか、ショパンコンクールの歴史と現状にも多少触れてある。

音大を半年で辞めたぼくは、家に居づらくなり独り暮らしをしている。音大時代の友人で才能ある源元(げんげん)がよく部屋に寝に来る。ぼくは小説を書こうとしているがなかなか進まない。そして源元の彼女の潮里に熱烈に恋していて両方の前で口にしている。潮里とぼくはファミレスの深夜バイト。同僚の小柄な関西人、裕福な寺田の提案で3人は福井へ旅に出るー。

ぼくのモノローグで話は進む。時は2015ショパンコンクールの時期でぼくと源元は、エリック・ルーやトニー・ヤン、ケイト・リウといった上位入賞者の演奏を聴いていて、3人が、2021大会も席巻したダン・タイ・ソン門下生であることを紹介している。その他ショパンの日記なども紹介され、ショパンの音楽を演奏することに対して、哲学的な思索的試行が繰り返される。まあしつこいくらい。それがぼくの鬱屈を表している。

で、潮里ちゃんがまた、ぼくの気持ちを知った上でめっちゃ小悪魔的に、ちょっと過剰めな言動をぼくに仕掛けてくるところがまたぼくの苦悩を深めている。寺田くんもよきアクセントのキャラだ。そして3人と、最後は源元も含めた4人は何度か旅をする。読んでてもなんで?という感じで可笑しい。

そしてクライマックスはアジアのショパンコンクールファイナルでの、源元のピアノ協奏曲1番。こうきたかー、さてどう描くのか?どう落とすのか。

私はピアニストで文筆家、青柳いづみこさんが2015大会を取材・分析・解説した「ショパン・コンクール」を読んでハマり、2021大会も大いに楽しんだ。

で、古書店でこの本を見かけ、パラパラめくったら2015の出場者が実名で挙げてある。芥川賞作家の町屋良平ということもあり読むことにした。

純文学とコメディの中間的作品。しかし、アルゲリッチが天才とこだわったポゴリレチを1次で落選させたとき審査をボイコットした話とかまあ盛り込んでるけども、ショパンとコンクール、このマニアックな書き方くさ(書き方と言ったらまあ、くらいの意味)、と博多弁でくすくす笑いながら読み終えたのでした。

ちなみに単行本としてはちょっとだけ細く、ためにミュシャの展覧会のリーフレットでブックカバーを作ったらこれがわれながら上手くできて、でもこの本以外には使えず、となってしまった。

ミュシャのブックカバーかけて、音楽ジャンルの棚の保存版にしときます^_^

3月書評の3

あれもう1回。

◼️「The Adventure of the Devil's Foot
(悪魔の足)」

妹は死に、一緒にいた兄2人は正気を失くしていた。さらに同じような状況で新たな死が。辺境の村に悪魔が舞い降りたー。

第4短編集"His Last Bow"「シャーロック・ホームズ最後の挨拶」より「悪魔の足」。原文読み29作めはおどろおどろしく興味を喚起するタイトル。さてどんな話なのか。

Why not tell them of the Cornish horror – strangest case I have handled.
「コーンウォールの恐怖ー僕が手がけた中で最も奇妙な事件を発表してはどうか」

ホームズから電報を受け取ったワトスン、事件記録の公開を望まないことも多いホームズから、執筆を促す知らせが来たことに驚きます。

ここまでで、ホームズとワトスンは別々に暮らしていることが読み取れます。おそらく晩年、ホームズがサセックス州に隠退してからのことでしょう。

その物語の舞台は、イングランド本土の南西の端、コーンウォール。1897年の春、ホームズは医師に完全休養を言い渡されます。度重なるハードワークで神経衰弱の危険があり、ワトスンとともに、ケルト海に突き出したコーンウォール半島の最先端の地域へ療養に出かけます。岬の上の小さな家で、荒れた海と奇妙な地形のもと、ホームズはコンウォール語の研究に没頭しつつありました。

ホームズとワトスンは当地の考古学に造詣の深い教区牧師のラウンドヘイ氏と牧師館の下宿人、モーティマー・トリジェニス氏と知り合いました。でっぷり太ってよく喋る牧師と痩せて猫背、むっつりとしたトリジェニスは好対照。そしてある日、その2人がホームズたちの仮住まいへ飛び込んできます。

とんでもない事件が起こりました!あなたがいてくれたことは神の御心です、という牧師に、ワトスンは休みに来たんだからやめてくれよと思いますが・・

but Holmes took his pipe from his lips and sat up in his chair like an old hound who hears the view-halloa.

しかしホームズはパイプを取り、老練な猟犬が、獲物が見つかったぞ、という声を聞いたかのごとく身を乗り出した。

本能は抑えらませんねー笑

牧師が言うには、トリジェニスは荒地の古い十字架のそばにある家で2人の兄、ブレンダという妹と昨夜一緒に過ごしていました。食堂のテーブルで楽しくトランプに興じ、トリジェニスは10時ちょっと過ぎに彼らを残して下宿先の牧師館へ帰りました。今朝早くの散歩中、医師の馬車が来てトリジェニスの兄妹の家に呼ばれたと告げ、彼らはともに駆けつけました。

兄2人と妹は別れたときそのままにテーブルを囲んで座り、トランプが広げられていました。
しかし妹は椅子にもたれて死んでおり、2人の兄は完全に正気を失っていたのです。3人は一様に恐怖を味わったような表情をしていました。

侵入者の形跡はなく、別の部屋でぐっすりと眠っていた家政婦は何の物音も聞かなかったと話しました。トリジェニスはすぐ牧師館にとって返し、2人でホームズに相談に来たところでした。

トリジェニスは動揺した態度で、皆と夕食をともにし、やがて9時ごろホイストをしようとテーブルを移った。この上なく陽気な雰囲気で、自分は中座して10時15分ごろ帰った。窓は閉まっていた。

""It's devilish, Mr. Holmes, devilish!"

「悪魔の仕業です、ホームズさん、悪魔の!」

兄妹が襲われる理由は思い当たらないか、と問われたトリジェニスは叫びました。ホームズは冷静に取りなし、離れて住んでいるということは過去諍いがあったと取っていいか、と訊きます。

かつて錫鉱山に関わる投機事業を売り払った際、金の分配をめぐっていざこざがありしこりが残った、しかし過去のことでいまは最高に仲が良いとトリジェニスは説明しました。

何か手掛かりになるようなものは、という問いにしばらく考え込んだ後、トリジェニスは、自分は窓に背を向けていたが、向かいに座った兄が自分の肩越しに目を凝らした。振り返ると、人間か動物かも分からないが何かが動いたように見えた。兄もそう言っていたと答えました。

そしてロウソクは何時間も前に燃え尽き、彼らは暗闇の中座っていたはずだと、暴力の形跡はなく、妹は椅子の肘掛けに身を持たせ掛けて死んでおり、医師の話では死後6時間は経過しているとのことだった。兄たちは歌の断片を口ずさみ、わけのわからないことを言っていた。恐ろしい光景で医師は一瞬気を失って椅子に倒れ込んだほどだったと。

ホームズはさっそく現場へ。途中トリジェニスの兄たちを乗せた馬車とすれ違います。歯を剥き出して目をギラギラさせていました。大きな広い家に着いたホームズはなにか考え込むふうで、小道でジョウロをひっくり返してしまい、一行の足と小道をびしょびしょにしてしまいます。

家政婦のポーター夫人は明快でした。朝部屋に入ったとたん恐怖で失神。気がついてすぐ窓を開け、少年に医者を呼びに走らせたとのこと。まだ寝室に安置されていたブレンダ・トリジェニスはとても美しい女性でしたが、顔には恐怖の色が残っていました。

まだ警察は来ていませんでした。暖炉には燃え残りがあり、テーブルには蝋がたれて燃え尽きた4本のロウソクの跡がありました。テーブルにはカードが散らばっていました。現場の部屋で、ホームズは精力的に動きます。それぞれの椅子に座って位置と、庭が見通せるかを確かめました。床、天井、暖炉を調べましたが、はかばかしい手がかりはないようにワトスンには見えました。春なのに暖炉に火を?という質問にトリジェニスは昨夜は寒く湿度も高かったからと説明します。だいたい日本の冬は寒いと湿度が低いものですが、ヨーロッパではそうなのかなと。

散歩しながら、ホームズはワトスンに事実を整理しようと話します。

"when did this occur? Evidently, assuming his narrative to be true, it was immediately after Mr. Mortimer Tregennis had left the room. That is a very important point. "

「それはいつ起きたか?彼(トリジェニス)の話が正しいとしたら、モーティマー・トリジェニスが部屋を出た直後だ。これはとても重要な点だ」

現場はカードをしていたそのままでしたね。ここでホームズは、ジョウロをひっくり返したのはトリジェニスの足跡を得るためわざとだったと明かします。彼の足跡は急ぎ足で教会区へ、つまり自分の下宿へ向かっていたと。

また、トリジェニスの何かが動く姿を兄と見たという証言は、雨模様で真っ暗な外を、間に花壇のある距離で室内から視認するという状況から疑わしいとします。材料がなく、散歩は古代ケルトの研究、鏃やじりの捜索に費やされました。帰ってきてみるとー

アフリカのライオンハンターとしてロンドンでも有名な探検家、レオン・スタンデール博士が訪ねて来ていました。大きな体躯、激しい眼と鷹のような鼻のあるいかつい顔、白髪混じりの豪毛の髪という迫力のある人物。実は見かけてはいましたが、孤独を愛する人柄とのことで、ホームズたちも声はかけなかったのでした。

スタンデールはトリジェニス家とは親しくしていて、アフリカへ向けてプリマスまで行っていたが、急報を受けて急いで引き返してきたと言いました。荷物の一部は船に積んだままでした。ホームズは船に乗らずに引き返したことに驚きながらも、プリマスの新聞には載ってなかったはず、と突っ込んだ質問をします。確かに、3時間ほど前、警察が来てないうちに捜査をしてきたばかりの事でした。

"You are very inquisitive, Mr. Holmes."

「根掘り葉掘り聞くんだね、ホームズさん」

"It is my business."

「それが仕事ですから」

嫌な顔を見せつつもラウンドヘイ牧師に電報をもらった、とスタンデールは答えます。

捜査の状況と犯人の目星について知りたがったもののホームズにお答えできないと告げられたスタンデールは不機嫌にその場を去ります。ホームズはなんとすぐ尾行、さらにプリマスに電報を打って確認、しかし成果はなく、スタンデールの話した行動は本当でした。しかし、新たな要因の出来を喜んでいるようでした。

翌朝、ことは急激に動きます。牧師がホームズたちの滞在先に泡をくって駆け込んできたのです。

"We are devil-ridden, Mr. Holmes! My poor parish is devil-ridden!" he cried. "Satan himself is loose in it!"

「悪魔が取り憑きました、ホームズさん、悪魔が哀れなこの教会区に!魔王サタンが放たれたのです!」

牧師は動揺、混乱の極みです。

"Mr. Mortimer Tregennis died during the night, and with exactly the same symptoms as the rest of his family."

「モーティマー・トリジェニスさんが夜のうちに死にました。家族と全く同じ状況で!」

ホームズは牧師とともに現場に急行します。トリジェニスは司祭館の一角、上下の2部屋を借りており上は寝室、1階の居間でトリジェニスは言切れていました。

窓は使用人によって開け放たれていました。それでもなおひどくムッとする室内、テーブルではランプが燃えて煙を出していました。

トリジェニスはテーブルそばの椅子にもたれて座った状態で、顔は恐怖に歪み、手足は引きつって指がねじ曲がっていました。ベッドには寝た後があり、慌てて服を着た形跡がありました。

目を輝かせ、ホームズは活発に動きます。ベッドルームの窓から身体を突き出し、歓声を上げたかと思うと駆け下りていったん外へ出てすぐ戻り、ありふれたタイプのランプを入念に調べます。油壺の高さを測り、覆いを拡大鏡で見て上の方の表面に付着した灰をこそげ落として封筒へ入れました。

警察が来た時、ほくほくと牧師を呼び、3人で外へ出ました。そして警察に寝室の窓と居間のランプへ注意を促すよう、詳しい話が聞きたい場合はホームズのところへ来るよう、牧師に言付けると帰ります。

それからまる2日、結局警察から音沙汰はありませんでした。珍しいことですね。ここは物語の成り行きに関係があります。

ホームズは牧師館のトリジェニスの部屋で燃えていたものと同じランプを買ってきて、同じ油を入れ燃え尽きる時間を計ったりしていました。

"You will remember, Watson," he remarked one afternoon,
"that there is a single common point of resemblance in the varying reports which have reached us. This concerns the effect of the atmosphere of the room in each case upon those who had first entered it. "

「ワトスン、覚えているだろう」ある日の午後、ホームズが言います。

「僕たちに届いたさまざまな報告の中に、1つ、よく似た共通点があることにさ。それは2つの事件で、それぞれ最初に部屋に入った者に対する、中の空気の影響が関係している」

最初の事件では、最初に部屋に入ったポーター夫人は失神しました。次に駆けつけた医者も椅子に倒れ込みました。次の事件でも窓を開けた使用人がその後寝込んだことをホームズはつかんでいました。通気してもなお部屋が息苦しいのは体験済みです。

最初の事件には暖炉の火があり、第2の事件にはランプがありました。ホームズがランプの油の量を考慮に入れ実験したところ、このランプは明るくなってから灯されていました。

燃焼と部屋の息苦しさ、そして死と狂気、この3つに相関関係があるとホームズは結論付けます。なにか毒性があるものが燃やされた。暖炉は煙を屋外に逃すので毒性はおそらく多少弱まった。それは2人の男が死ななかったことで裏付けられています。

こう考えるに至り、ホームズはランプから燃えた後の灰と、その周辺部にあったまだ燃えていない茶色い粉を回収したというわけでした。

では、ここから何が始まるか。

"Now, Watson, we will light our lamp"
「さて、ワトスン、僕らのランプに火をつける時だ」

これはつまり、ホームズが証拠としてこそげ落とした粉末を燃やしてみようということでした。窓を半分開け、向かって座り、ランプの火の上に粉の燃え残りを置くと、すぐにジャコウのようなむかつく臭いがしました。そしてー意識が制御不能な領域にー。

A thick, black cloud swirled before my eyes, and my mind told me that in this cloud, unseen as yet, but about to spring out upon my appalled senses, lurked all that was vaguely horrible, all that was monstrous and inconceivably wicked in the universe.

「目の前に厚く黒雲が渦巻き、頭の中で自分の声を聞いた。まだ見えないが、いまにも襲いかかってきそうな何ががいるぞ、正体不明の恐ろしいもの、想像を絶するようなありとあらゆる邪悪が潜んでいるぞと告げていた」

声を出そうにもうまく出ません。凍りつくような恐怖が心を支配します。しかしホームズの蒼白な顔がチラリと見えた時、ワトスンは覚醒し行動します。椅子から飛び出し、ホームズを抱き抱えるようにして外に出ました。

陽光が降り注ぎ、やがて平静が2人の心に戻って来ました。

"Upon my word, Watson!" said Holmes at last with an unsteady voice, "I owe you both my thanks and an apology. It was an unjustifiable experiment even for one's self, and doubly so for a friend. I am really very sorry."

「なんてことだ、ワトスン!」ホームズはついにおぼつかない声で言った。
「助けてくれてありがとう。そして謝らなくてはね。1人でもこんな実験をすべきじゃなかった。友だちと一緒ならなおさらだ。本当にすまなかった」

何カ所かホームズシリーズで出て来ますが、ワトスンはいつも冷淡で皮肉屋のホームズに思いやりを示されると弱い。今回も大いにエモかったようです。

ホームズは火のついたランプを腕をいっぱいに伸ばして持ち、外へ出しました。ホームズたちは東屋に腰を落ち着けます。

さて犯罪の方法は分かった。第一の事件の犯人に関しては全ての証拠がモーティマー・トリジェニスを指している、とホームズは話します。彼が帰ってから犯罪はすぐに行われたはずで、コーンウォールで夜10時を過ぎて客はない、誰か来たならトリジェニスの兄妹は立ち上がっていたはずだ、過去いさかいがあって、仲直りしたのはうわべだけかも知れない、と。

しかしそのトリジェニスは同じ手口で死にました。良心の呵責で自殺したのか?ないことではない。他に犯人がいるのか?ホームズは重要な人物を呼んでいました。その時、彼、スタンデール博士が姿を現します。不機嫌です。

"You sent for me, Mr. Holmes. I had your note about an hour ago, and I have come, though I really do not know why I should obey your summons."

「来たよ、ホームズくん。1時間ほど前に手紙を受け取って。でもどうして招きに応じねばならんのか分からないのだが」

"Perhaps we can clear the point up before we separate,"

「お帰りになるまでにははっきりさせられることでしょう」

"Perhaps, since the matters which we have to discuss will affect you personally in a very intimate fashion, it is as well that we should talk where there can be no eavesdropping."

「われわれが話すことは、あなたご自身に深く関わることになるでしょうから、立ち聞きされない場所で話すのもいいでしょう」

迫力を込めて、探検家はねめつけます。

"I am at a loss to know, sir," he said, "what you can have to speak about which affects me personally in a very intimate fashion."

「さっぱり分からないな」
「わたし自身に深く関わる話、というのが、なんなのか、ね」

"The killing of Mortimer Tregennis,"

「モーティマー・トリジェニスを殺した、ことですよ」

瞬間的に巨大な探検家は激昂し、拳を固めてホームズに襲いかからんばかりになりますが、なんとか踏みとどまり、ケガはさせたくない、と言います。ホームズは、僕もそうですよ、証拠は明白です。だから警察に知らせずにお呼びしたのです、と応じます。

ホームズの揺るぎない態度に、うめき声を上げて座り込む博士。

どういう意味だ?ハッタリなら相手を間違えてるぞ。

ホームズはまあ、自白を促すのですが虚勢を張り続けるスタンデール。ホームズはやむなく、先日こちらに来た後、牧師館へ向かい、しばらく様子を見て帰った、と話します。ホームズは尾行してましたよね。さらにー、

スダンデールはトリジェニスが殺された朝、夜明けに家を出て、滞在先の門にある赤砂利をポケットに入れた。そして牧師館まで歩いた。ホームズは足跡を把握していました。果樹園から生垣を通りトリジェニスの部屋の下に着きます。明るくはなっていたが、まだ寝静まっています。ポケットからひと握り砂利を出して、トリジェニスの寝室がある2階の窓めがけて投げた、と。

"I believe that you are the devil himself!"

「お、お前は悪魔そのものだ・・!」

かなりな意訳かなと思います。手品ですよね。誰も見ていなかったはずなのに。

Holmes smiled at the compliment.
ホームズは、この賛辞に微笑んだ。

2回か、もしかすると3回、小石を投げた。

そこまで分かるか、といったところですね。捜査の際、寝室の窓から身を乗り出して歓声を上げていたのがこの発見、窓枠に石があったのでしょう。

顔を出したトリジェニスに手招きした。下宿人は急いで着替えて降りてきた。会っている間スダンデールは部屋を行ったり来たりした。それから外に出て、葉巻を吸いながら何が起きるか見ていた、とホームズは語ります。ホームズシリーズを読み慣れている者にはどうして分かったか予測がつきますね。足跡や葉巻の灰もしくは吸い差しでしょう。

動機の告白を迫られた時、ついにスダンデールは一葉の写真を出します。そこには、ブレンダ・トリジェニスが写っていました。

"That is why I have done it,"
「わたしがこんなことをしたわけは、それだよ」

ブレンダとレオン・スタンデールは愛し合っていたのです。しかし探検家には妻がいて、すでに何年も別居していましたが、イギリスの法律では離婚ができませんでした。

"The vicar knew. He was in our confidence. He would tell you that she was an angel upon earth."

「牧師様はわれわれの関係をご存じだった。秘密を打ち明けていたのだ。彼はブレンダのことを地上に降りた天使のようだった、と言うだろう」

博士はポケットから紙包みを取り出しました。それには

"Radix pedis diaboli"「悪魔の足の根」

と書いてあり、毒物を示す赤いラベルが貼ってありました。

ヨーロッパにはサンプルが1つあるきりで、どの文献にも載っていないものでした。アフリカ西部のある地方で罪のあるなしを試すために呪術師が使う毒だとのこと。

スダンデールはブレンダと愛し合い、だから兄たちとも付き合っていましたが、モーティマーのことはうさんくさく思っていたようです。2、3週間前に森の小屋へモーティマーが顔を出した時、この毒の根を見せてやって、神官の手で裁かれる現地人の運命は狂気か死かだ、ということ、ヨーロッパの科学では毒を検出できないことも話したのでした。モーティマーはやたら効果や効くまでの時間をしつこく聞いてきたそうで、どこかで盗んだはずだ、とスタンデールは言いました。

モーティマーは、悪魔の足の根を使ってブレンダを殺した。財産を独り占めするために。それは明らかでした。犯罪の証明をするのは困難です。

スダンデールは決心し、ホームズが言った通り夜明けに牧師館に行き、砂利を投げて起こし、ピストルを突きつけて、出て来たら撃つ、と脅し、部屋のランプに火をつけ毒の根を燃やしたのでした。

"What were your plans?"

「この先、どうするおつもりだったのですか?」

"I had intended to bury myself in central Africa. My work there is but half finished."

「中央アフリカに骨を埋めるつもりだった。現地での仕事がまだ半分しか終わっていない」

"Go and do the other half," said Holmes. "I, at least, am not prepared to prevent you."

「では行って、残りの半分をおやりなさい」
「少なくとも僕は、邪魔をするつもりはありません」

巨体の探検家は静かに去ります。ホームズが警察に知らせずに犯人を許したことは、思い出す限り3件、「青いガーネット」、「アビ農園」とこの事件です。

さて、植民地全盛時代、アフリカの不思議な猛毒で殺す、というのはいかにもホームズシリーズらしい話です。警察と距離を置いているのも珍しいですが、こんな理由があったのですね。

要素が出るとわかってくる物語。やはり芯は男女の愛情でした。それと、この回、おそらくは演出としてやたら「悪魔」「天使」といったセリフが出てくることが特徴です。また、毒物をホームズ&ワトスンが体験するという、シリーズ中唯一の回となっています。

おどろおどろしいタイトルにふさわしい事件。記憶に残る短編でした。なお、悪魔の足の根、という植物、薬物はいまもって分かってないそうです。

さて、第4短編集「シャーロック・ホームズ最後の挨拶」残るはまさに「最後の挨拶」だけとなりました。こればっかりは後に回したいので、短編の最終回でお話しすることにします。

2023年3月4日土曜日

3月書評の3

最高気温が14度まで上がるというが、寒い格好をしてる人も多かった。特に午前中は、日陰は風も冷たくて寒い。山はなおさら。季節最後の椿かな?

3月書評の2

ひなまつりと、大接近の金星と木星。じっと見てらした年配のご婦人と星トーク。

◼ 寺地はるな「ビオレタ」

春立ちぬいまの季節に、駆け出したくなってくるような読後感。たまには、いいな。

青山美智子、町田そのこ、一穂ミチ・・Twitterで読書垢の方々の読了本を見ていると、やはり本屋大賞ノミネート作品が多い。そして等身大の女性を描いた作品が多いような気がする。名前は知っているけれど、青山美智子「青と赤のエスキース」くらいしか最近読んでいない。ノミネート作品は安藤美緒「ラブカは静かに弓を持つ」を読書友の好意で読んだというとこ。

かつては宮下奈都や森絵都、柚木麻子らの作品をよく読んでいたこともあり、寺地はるなのポプラ社小説新人賞を取ったという初期作品を手にしてみた。寺地はるなは今回の本屋大賞に「川のほとりに立つ者は」でノミネートされている。

婚約者に突然別れを告げられ、雨の中しゃがみ込んで泣いていた妙(たえ)は菫(すみれさん)に声をかけられ、彼女の小さな雑貨屋で働くことになる。菫さんは20歳の息子・蓮太郎がいるシングルマザーで、そっけなく厳しくはあるもの揺るぎない強さを持っていそうな人だった。店では小さな「棺桶」を売っていて、お客さんの意向に合わせてそれに何かを入れ、庭に埋葬するという不思議なサービスをしていた。

やがて妙はおつかい先のボタン屋店主、千歳さんと、つなぎのつもりで付き合い始める。そして彼が菫さんの元夫で蓮太郎の父親だと知るー。

婚約したことで辞めた会社で受けた傷、フラれたショック、心の底に深いコンプレックスとストレスを抱える妙。少しおかしな関係の暮らしの中で鬱積は溜まり、イラつき、意味がよく分からない暴言を吐く。一方でその感じ方は人間味があり、まさに等身大。

確かに、自分の出し方って難しいし、小さなことがずっと棘のように刺さっていたりするし、理由のわからない不満も口に出してみたらうまく言えないことってあるよなあ、と共感できる物語。

意外にこうすればいいのにと周りから思われていても、ガンコに耳を塞いでしまったりする。自分のヒントは他人の対処に現れていたりもする。自分や相手の性質が男女として付き合って初めて分かることもあると思う。

読んでると自分にも投影して、意外に人間のいろんなところを衝いてるな、なんて思う。

世間は厳しいけど、捨てたもんじゃない、コミカルで、濃くないのがいい。成長と明るさが見えるナラティブでした。

3月書評の1

食べ物シリーズっ。

◼️長野まゆみ「45°」

不思議怪しい系?想像と現実と幻想と。こういうのも"小説っぽい"と受け止める最近。

今回はTwitterで見かけたいわるゆ読書垢さんの書評に、この本について山尾悠子氏が美しい書評を書いていると読みかじり、そうなんだ、読んでみようと手にした。

短編集なんだけれども、タイトルがまたふるっている。まあ見てください。
「11:55」
「45°」
「/Y」
「●」
「+−」
「W.C.」
「2°」
「×」
「P.」

・・ちなみに「●」は「クロボシ」そして「×」は「閉じる」と読む。なんか、らしいなあと微笑。

「11:55」
待ち合わせの喫茶店に1時間早く行くと、中学の同級生川上と、雇い主の女性「クレハチ」が会っていた。カメラ好きの少年時代、川上はわざとエロい写真を撮って、自分を最悪な状況に追い込んだ。しかし教育実習で母校に戻った語り手は、当時の写真を見て、意外な事実を発見する。

冒頭のこの話などはまだ軽い感じ。変わったシチュエーションの原因と結果、こんなことがあったらなんとなく面白いでしょ、という設定の羅列、男女の交錯、といった、オチを含んだ篇が連続する。中には終わって、え?つまりどうだったの?と思って読み直し考えるような、わざと混乱を呼び起こすようなラストもある。芝居がかっていたり、ちょっと残酷だったり、負の記憶であったりと読む心のどこかをつつくような幻想のような感覚もある。

長野まゆみは宮沢賢治風の名作「少年アリス」で人気に火がつき、難しい漢字を使い、植物、鉱物の知識を駆使し実在するかどうかわからない食べ物飲み物はじめ様々なモノを使って、SFっぽい美少年が主人公の作品だったり、素朴な現実の設定で少年たちの葛藤を描いたものが多い。BLっぽいものもある。1つのジャンルとして好きでもある。

その時代から転換点を迎え、現代の設定で文章の中に今回のような遊びをふんだんに取り入れた流れるような作風の作品も1つの特徴となった、と思う。

今回は遊び心あふれる短編集と言うべしだろう。読んでいて、なるほど山尾悠子が好きそうな感じ、かも?と思った。これも小説的おもしろさか。たまに読むぶんには面白い。

2月書評の11

3月1日、フレデリック・ショパン生誕の日の夜、2021ショパン国際ピアノコンクール優勝、ブルース・リウのリサイタルに行きました。

バロック時代、1700年代のジャン=フィリップ・ラモーという人のクラブサン曲集より6曲。最後の「ガヴォットと6つの変奏」の悲哀を含んだ演奏に揺さぶられる。
そして、ショパンコンクールで絶賛を浴びた、ショパン「ドン・ジョバンニの『お手をどうぞ』の主題による変奏曲」。モーツァルトのオペラ「ドン・ジョバンニ」の劇中の歌曲を主題にしたもの。
繰り返し聴いた品の良い、美しい難曲。ダイナミックで、しかしホントにテクニカルで、音が華麗。

後半はソナタ2番。心の動揺を表すような曲調で入り、第3楽章は有名な葬送のメロディー。そして、青空に故人の霊と参列者の悲しみ、光が揺蕩っているような情景を思い浮かべる、天へ突き抜けるようなフレーズ。

ラストはショパンの盟友、リストが同じ主題で作曲した「ドン・ジョバンニの回想」。ショパンのと似ている部分もあるが、こちらはリストらしく技巧的。

ピアノはコンクールと同じファツィオリ。ペダリングもスマート。粒立ちのよい音の連なり、柔らかさ、高速をものともしない技巧と美音。それがダイナミクスを引き立てる。力強く、若い逞しさを感じる演奏に酔いしれた。

会場はチケット完売フルハウス、スタンディングオベーション。こういうのを万雷の拍手っていうんだなあ・・と大盛り上がり。

アンコールの曲はこれまでのツアーの情報でだいたい把握していた。ショパン、ショパン、聴きたかったバッハのフランス組曲5番、そして4曲めの最初の音で会場が「ハッ」と息を呑んだ。

リストのラ・カンパネラ。繊細な音のコントロール。そしてスーパーな技術を駆使した迫力ある大団円。すげぇ!と会場またスタンディングオベーションの大拍手。もう興奮して大満足で帰ったのでした。

アンコール曲

・ショパン : ノクターン第20番 嬰ハ短調 遺作

・ショパン : 3つのエコセーズ Op.72-3

・バッハ : フランス組曲第5番 ト長調 BWV816 より 1.アルマンド

・リスト : ラ・カンパネラ

・ショパン : ワルツ第19番 イ短調 遺作

翌日はツアーのオーラスで福岡。友人たちが観に行っていた。なんと出待ちをして写真撮ったそうな。友人のお母様も聴いてらしたそうで広がるピアノの輪なのでした😊

昔からクラシックには粉ものを合わせるのが好きで😆今回は友人とともに福島のたこ焼き屋。トロトロチーズ、ソースマヨ、塩ごま油としょうゆ、3器4種類。美味い!

2月は11作品11冊でした。あまり調子良くなかった。

◼️ ミシェル・バークビイ
「ベイカー街の女たち ミセス・ハドスンとメアリー・ワトスンの事件簿1」

コナン・ドイル財団公認のパスティーシュ。ハドスンさんにワトスン夫人、そしてもちろんTHE WOMANも。

日本でもよく読まれているアンソニー・ホロヴィッツが、コナン・ドイル財団公認の続編「絹の家」を発表してからしばらく、今度は女性たちが主人公の公式パスティーシュが誕生した。
ヒロインたちはベイカー街221bの家主にして家政婦のハドスン夫人、ワトスンが「四つの署名」で射止めたワトスン夫人にして才気煥発なメアリーである。2人は親友という設定だ。

時は切り裂きジャック事件の直後でまだ世情穏やかならぬ頃、ホームズは相談に訪れた女性シャーリーのもどかしさに何も聞かず帰してしまう。ハドスンさんはシャーリーを階下で呼び止め事情を聞き出す。幸せな夫婦に事実を誇張したりでっち上げた情報を送りつける脅迫者がいるー。高名な探偵コンビの行動をつぶさに見て世話している女性たち。さらにホームズたちの部屋から台所へと伸びる通気孔でたびたび会話を聞いたりもして、密かに羨望の火を燃やしていた彼女らは、ホームズたちに内緒で犯人を捜すことにする。

おなじみホームズの手足となって働く、ウィギンスがリーダーの路上少年集団ベイカー・ストリート・イレギュラーズたち。ハドスンさんはなにくれとなく彼らの面倒を見ており、このグループ出身のビリーを雇い入れた経緯もあり、女性2人は彼らを頼みに捜査を始める。

するとシャーリーの夫を尾行していたウィギンスが階段から突き落とされケガを負う。そして、印象や特徴をつかみにくい「顔のない」男がハドスンさんにつきまとうようになる。

やがて知り合ったホワイト・チャペルで施しをする高貴な婦人に、2人はいかにして脅迫者が破滅をもたらすのか、驚愕の事実を聞くのだったー。

ホームズのパスティーシュなりパロディではいわゆる聖典で詳しく描かれていない登場人物の活躍も楽しみの1つ。ハドスンさんの過去やイレギュラーズとのつながり、メアリーの性格設定なぞもおもしろい。女たらしといえばの「緑柱石の宝冠」の男など各所にシャーロッキアン的な楽しみが散りばめてある。こういった作品ではレギュラーと言っていい、シャーロックの兄にして政府の代理人マイクロフトも登場、人気に火がついた「ボヘミアの醜聞」で名探偵を見事に出し抜き、ホームズが「the woman あの女(ひと)」と呼ぶアイリーン・アドラーも参戦する。ある意味まさに不二子ちゃん的役割だ。

ジャックの恐怖がにじむ、最下層ホワイトチャペル地区、そこに生きる女たちの姿も描かれる。ロンドンの闇に蠢く脅迫屋。モノや金ではない彼が望むものは・・

シャーロッキアンものは楽しい。ただ中にはちょっとそっち行き過ぎない方がいいのにな・・とまとまりがつかないものもある。今回は基本線を外さないし、落ち着くところへと向かっている。221番地(Bというのは221番地のもう一つの、2番めの世帯、という意味だとか)の台所が主要な舞台、というのが好感度高く心をくすぐる。

冒険と残虐と危険、ピンチ。まあすこーし甘めではあるけども、読むのが楽しい母性をも混じえた活劇。そして心に秘した正直な想い。もう戻れない?笑。

ハドスンさん、設定は48歳。朝食のアイディアはスコットランド人も顔負け、モラン大佐の狙撃にも怯まず、瀕死のホームズのことをワトスンの医院に訴えに行く。はからずも抱え込んだ下宿人と時代を共にし、所々で活き活きした姿を見えるマーサ。

シャーロッキアンには深く愛されるキャクターだろう。シリーズ2作めも出ているようだから、また読もう。