会話のきっかけでありし日の平和台球場の写真を再撮した。小学校3〜4年から通っていた。西鉄福岡駅から新天町、西鉄グランドホテルの前を通って、福岡城址、柳が揺れるお堀端、球場への登り坂を歩くのが好きだったなと。
仙台に行った時、楽天のスタジアムが仙台駅から歩いて20分くらいで、ファンが楽しそうに向かっているのを見たとき、当時のことを思い出したことがあった。
いやー懐かしい。1回でも戻りたいね。
◼️ Authur Conan Doyle
「The Adventure of the Mazarin Stone(マザリンの宝石)」
ホームズ原文読み20作め。これまた舞台の芝居のようなお話。
たまたまなのですが、前回の「瀕死の探偵」に続き、今回もベイカー街の部屋でストーリーが繰り広げられる、舞台演劇のような物語です。第5短編集「シャーロック・ホームズの事件簿」よりの一篇。これまでも述べたように、晩年のドイルはホームズの独り語りなど実験的な作品を書いています。この話も特殊で、いつものワトスンくんのモノローグではなく、ホームズものでは珍しい三人称です。三人称ではホームズやワトスンがいないところでの描写が可能になり、その特徴を活用したストーリーになっています。
さて、天気のいい夏の日の午後7時、ワトスンくんがひさしぶりにベイカー街の部屋に旧友ホームズを訪ねていくと、給仕の利発な少年、ビリーが出迎えます。事件を抱えたホームズはまたまたハドスンさんを困らせているらしいのです。シャーロッキアン的にちょっと有名なセリフが出ます。ビリーによれば
He gets paler and thinner, and he eats nothing.
「ホームズさんはどんどん痩せて、顔色が悪くなってます。なにも召し上がらないんです」
'When will you be pleased to dine, Mr. Holmes?' Mrs. Hudson asked.
'Seven-thirty, the day after to-morrow,'
said he.
「『食事はいつにしたらいいでしょう』ってハドソンさんが尋ねたら、ホームズさんは
『7時半、あさっての』
なんて答える始末なんです」
ワトスンくんは慣れています。事件に熱中してるときのホームズはしばしばこうなるんですね。この後ホームズはどうして食べない?とワトスンに訊かれこう答えています。
Because the faculties become refined when you starve them
「空腹だと頭が冴えるからさ」
in the way of blood supply is so much lost to the brain
「消化に血液の供給をしなければならないことは頭脳にとって損失だ」
I am a brain, Watson. The rest of me is a mere appendix.
「ぼくは頭脳だ。ワトスン、それ以外は単なる付属物だよ」
この辺はホームズの紹介、解説本でも取り上げられることがありますね。
ホームズがまだ寝室にいる時にしゃべったビリーによれば、巷を騒がせている王冠のダイヤモンド盗難事件で、ホームズのもとに首相、内務大臣、高位の貴族のカントルマー卿の3人が依頼に訪れたとのこと。以来ホームズは変装をして調査によく出かけたりしていると。
さらに部屋には仕掛けがありました。
Billy, what is that curtain for across the window?
「ビリー、窓を仕切って掛けてあるカーテンはなんだ?」
出窓のところ、いわゆるアルコーブのところが見えないような形でカーテンが引かれてました。ビリーがカーテンを開けると驚いたことに、そこにはホームズの人形がアームチェアに座っていたのです。以前に書評を上げた「空き家の冒険」でも空気銃に狙われたホームズが人形を用意しました。今回は首が外れて角度を変えられるようになっていました。
外に見張りがいますよ、とビリーに言われて窓に行こうとした時、寝室からホームズが出てきてさっとブラインドを下ろしました。
危ないやんかビリー、と注意した後、何の危険なんだい?と訊くワトスンにホームズは
殺しだよ、
と穏やかならぬことを告げます。しかも今夜なんらかの動きがある、と。そして黒幕の名はネグレット・シルヴィウス伯爵と分かっていました。身体の大きな元ボクサーのサム・マートンという手下と動いていて、逮捕しようと思えばできるけれども、宝石のありかが分からないために泳がせているようです。
ホームズはこの日の午前中、老婆に変装してずっと伯爵に張り付いていて、伯爵は気付かずに
By your leave, madame
「お忘れですよ、マダム」
と日傘を拾ってくれたとか。この変装についてホームズは
I was never more convincing.
「これ以上なく真に迫った変装だった」
と自画自賛しています。実はこの点疑義を呈するシャーロッキアンもいます。ホームズの身長は6フィート(約183cm)以上であり、おばあさんに化けるのはムリがありすぎると。まあその通りですよね。ホームズ物語にはほかにいくつもおかしな点はありますが、評価に影響を与えることはまったくないというのが私の見解です。もはや疑問点すら楽しみの世界。
さて先を急ぎます。シルビウス伯爵は狩猟の名人で、ホームズがつけて行った先は空気銃の工房でした。ひょっとして、とホームズは「空家の冒険」の人形を用意したと思われます。そうこうしてるうちになんと本人がベイカー街を訪ねてきます。
待たせておいて、作戦。ひょっとしてホームズを殺しに来たのかも知れません。ホームズは、君と一緒にいる、というワトスンを説き伏せ、警察を呼びに行ってもらい、自らは寝室に身を潜めます。
色が浅黒く、恐ろしい口髭を生やし、高い鼻、残忍な唇の男、シルビウス伯爵が入ってきました。誰もいない部屋に罠はないかと慎重なようす。俯いて肘掛け椅子に座っているホームズを見つけ、一瞬ギョッとしますが、どうやら眠っているようなのを見て、後ろから鉛を仕込んだステッキで殴り殺そうとします。
Don't break it, Count! Don't break it!
ホームズが寝室から出てきて声をかけました。伯爵はびっくりです。人間と思ったものは人形でした。
さてこの物語はここから交渉シーンです。
Would you care to put your revolver out also?
「拳銃は出しておいたらどうだ?」
Your visit is really most opportune, for I wanted badly to have a few minutes' chat with you.
「来てくれるとは絶好の機会だ。少し話したいと思っていたのさ」
I, too, wished to have some words with you, Holmes. That is why I am here. I won't deny that I intended to assault you just now.
「おれもだ。たった今お前を襲おうとしたことは認めるが、話したいから来たんだ」
ぶっそうなうえに、ふてぶてしい。しかし緊迫の場面のはずが、どこか呑気な雰囲気を感じるのは私だけでしょうか。さて、何の話か?ホームズが水を向けると
Because you have gone out of your way to annoy me. Because you have put your creatures upon my track.
「お前がでしゃばるからだ。手下に俺をつけさせるからさ」
My creatures! I assure you no!
「手下!そんなもものはいないと請け合おう」
そんなはずはない、と昨日は遊び人風の年寄りの男、きょうは老婆、やつらは一日中俺を見張っていやがった、と抗弁する伯爵。
what the law had gained the stage had lost.
警察が得をした分、演劇界は損失を被ったと言われたことがある、あれは自分だ、とネタバラシ。
It was you – you yourself?
あっけにとられる悪党。そしてむかつきます。この後丁々発止のやりとりをしながら本題に入ります。
分からないのは
Where the Crown diamond now is.
だと。
伯爵はとぼけます。まあそうですね。すんなり話す悪党はいません。そこでホームズは引き出しからノートを取り出します。
It's all here, Count. The real facts as to the death of old Mrs. Harold, who left you the Blymer estate, which you so rapidly gambled away.
「すべてここにあるよ、伯爵。ハロルド夫人の死に関する真実、ブリマの屋敷を遺してもらったのにギャンブルで手放したとかね」
さらにホームズは豪華列車での窃盗事件、偽小切手事件、と伯爵の犯罪歴を言い連ねます。そして、この王冠ダイヤモンド事件でも、伯爵とその相棒の不利な証拠を握っていると告げます。ホワイトホール行き帰りの御者の証言、宝石をカットするのを断ったアイキー・サンダースも口を割ったと。
and the game is up
「だから、もうおしまいだ。」
宝石を出して、今後もおとなしくしているなら、今回拘束しないでやってもいい。サム・マートンとも話し合え、とビリーを下に呼びにやります。
瞬間、シルビウス伯爵は拳銃を取り出そうとし、ホームズはガウンの下から何かを突き出します。
You won't die in your bed, Holmes.
ベッドの上では死ねないな、ホームズ。
I have often had the same idea. Does it matter very much?
「自分でもよくそう思うよ。そんなに大事なことかな?」
サム・マートンと2人で話し合ってくれ、自分はホフマンのバルカローレでも弾く、5分したらファイナルアンサーを聞きに戻ってくる、とホームズは寝室に入ります。やがて寝室のドアの方からヴァイオリンの音が聞こえ出します。
バルカローレは舟唄のこと。ショパンコンクールでもよくバルカロールを聴きました。
さて、部屋に来たサム・マートン。少々知恵が回らない役目柄。人形にぎょっとしますが、武闘派らしくこう言います。
He's alone in there. Let's do him in. If his light were out we should have nothing to fear.
「やつはあの部屋で1人きりだ。やっちまおう。もしやつがいなくなれば怖がるものはなくなるぞ」
伯爵は却下。
He is armed and ready. If we shot him we could hardly get away in a place like this. Besides, it's likely enough that the police know whatever evidence he has got
「やつは武装している。撃ったらとても逃げきれるものじゃない。奴が手に入れた証拠はなんでも警察と共有してるはずだ」
伯爵は何かの物音に気付きますが、外の音だろうと忘れます。
さて悪賢いシルビウス伯爵は、ホームズに宝石を返すと言って間違った情報を追わせ、そのスキに高飛びして海外でダイヤモンドをカットしてしまうという策略を考えます。
That sounds good to me!「よさそうだな!」
伯爵がホームズに、宝石はリヴァプールにあると吹き込んで、マートンはカットする仲間の業者のところへすぐ出発するよう促しに行く、という算段です。策が固まると、伯爵はおもむろに、
Here is the stone.「宝石はここにある」とポケットから宝石を出します。サム・マートンはびっくりして
I wonder you dare carry it.
「よく持ち運んだりできるもんだ」と感心。伯爵は、これがいちばん安全だ、と教えます。
出るとよく見たくなるのが人情、サム・マートンは手を伸ばしますが伯爵は渡しません。マートンが気を悪くしたのを見て、釈明した伯爵は、いいか、よく見ろよ、と宝石を出して窓の光に翳します。その時でした。
Thank you!
人形が座っていたところからホームズが跳ね出て、宝石を掴み、片方の手は伯爵にピストルを突きつけていました。
No violence, gentlemen – no violence, I beg of you! Consider the furniture! It must be very clear to you that your position is an impossible one. The police are waiting below.
「暴力はなしだ!紳士方、暴力はなし。よろしく頼む。どうなっても知らんぞ。君たちの立場がどうにもならないというのは明白だよ。警察が下で待っている」
あっけに取られる伯爵。ホームズの寝室から出窓のアルコーヴに出るドアがあったんですね。ホームズはそっとアルコーヴに忍び込み、人形と入れ替わったというわけです。
伯爵は呆然としていました。
We give you best, Holmes. I believe you are the devil himself.
「参ったよ、ホームズ。お前は悪魔そのものだ」
Not far from him, at any rate
「まあ、遠からずだな」
what about that bloomin' fiddle! I hear it yet.
「あのいまいましいヴァイオリンはどうなってる?まだ聴こえてるぞ」
These modern gramophones are a remarkable invention.
「新しい蓄音機っていうのは素晴らしい発明だよ」
ワトスンが呼んできた警察の一群が部屋に入ってきましたー。
ホームズが人形と入れ替わる音を聞いた時、伯爵はヴァイオリンの音がしていたから、まさかホームズが寝室から出たはずはないと思い込んだんですね。晩年の作品には電話も、そして自動車もたしか出て来ます。時代の進歩を象徴する小道具ですね。ヴァン・ダインの「カナリヤ殺人事件」でもレコードがトリックのカギになっています。
この後には高慢ちきな依頼者カントルマー卿をやりこめるシーンが残されているのですが、少々まどろっこしいですし、同様の場面は「名馬シルヴァー・ブレイズ」など他の物語でも出てくるので割愛します。
さて、ホームズ作品としては・・あまり人気のあるものではないですね。日本語で読むのと違って、英文を読むときは概ね一語、one wordも漏らさず見ていることもあり、著者ドイルがいろんなことに気を配っているなと改めて気づいたりします。
しかし宝石を持っていて折よく光にかざすのはいくらなんでも児童小説的で、ホームズが先に、誘導しているサム・マートンを抱き込んでいたんだっけとさえ思っちゃいました。また、寝室のドアがアルコーヴに通じているのも、一般的にも無理があるんじゃないかと思ってしまいますし、これまでのベイカー街221Bの描写でもなかったようです。
ちなみにこの寝室がアルコーヴに直結している問題、最近出た「シャーロック・ホームズの建築」では、テラスハウスの隣を買い取ってベイカー街221Bの部屋を増床したリフォーム後」として解決しています。思わず微笑んじゃいますね。
シャーロッキアン的な面白さは含んでいますし、舞台劇風のベイカー街ものという発想は嫌いではないですが、まあツッコミどころの多いストーリーと言えるでしょう。
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