2022年5月2日月曜日

4月書評の9

台風並みの風と雨。悪天候のあとの、一瞬の虹。くっきりとして近く太く雄々しかった。ふもとがいつも歩いている街の付近。

すぐに陽が翳って、消えてしまった。

◼️ 青柳いづみこ
「ショパンに飽きたら、ミステリー」

クラシックとミステリーの相性はレベチ。

青柳さんの著書は「モノ書きピアニストはお尻が痛い」が初読だったと思う。この方はピアニストにしてドビュッシーの研究で博士号を得ており、多数の著書がある。またショパンコンクールに取材し興味深い本を出している。

最初に読んだ時はなんとまあマルチな、と思ったもの。ピアノ、クラシックの音楽史、専門用語、演奏批評はもちろん、ヨーロッパの近代史も体系的に述べられ、文学にも造形が深く語彙が豊富。ファイロ・ヴァンスのようにディレッタントでありたい(その実ほど遠い笑)読み手には適度に高尚で時々追いつけず、それがまた響いたりする。時にザクッと斬ったりはすっぱだったりとその文調のバランスもいい感じ。

その青柳氏、またどれだけミステリーを読破していることかとびっくりする。この本にはミステリ雑誌EQの連載と書き下ろし、4ページのエッセイを45本収録してある。


クラシックとミステリーに特化した本、私には最良の組合わせ、と楽しみに読んだのでした。1996年までの作品なので、次々新作が産み出され続ける世界、ちょっと古めかなという印象。中には音楽そのものに関連のない回もけっこうあります。

たくさんメモしては図書館検索をかけたため読了まで少し時間がかかりました。その中からクラシックの演奏や楽曲に関係あるものは以下。

・ポール・マイヤーズ「死の変奏曲」
・セバスチャン・ジャプリゾ
「寝台車の殺人者」「シンデレラの罠」
・森雅裕「モーツァルトは子守唄を歌わない」
「ベートーヴェンな憂鬱症」
・バーバラ・ポール「気ままなプリマドンナ」
・ジャック・ヒギンス「暗殺のソロ」
・フレッド・M・スチュワート
「悪魔のワルツ」


前半が終わり、控室で青い顔で失敗だったーと騒ぐピアニストに共感して舞台裏を明かしてくれたり(死の変奏曲)、オペラもので歌手や指揮者のヴィルトゥオーゾたちが実名で登場、プライド高き「歌屋サン」たちが繰り広げるドタバタを実際のエピソードになぞらえたり(気ままなプリマドンナ)、天才ピアニストにして殺し屋の青年の心理を投手の完全試合願望に例えてみせたり(暗殺のソロ)と興味深く軽妙なエッセイの数々。

中でもおもしろそうだったのが、ベートーヴェンが弟子のチェルニーとともにモーツァルトの死の真相に迫るという「モーツァルトは子守り唄を歌わない」。


「苦虫を十三匹ほど噛みつぶした」巨匠、しちめんどくさい性格のベートーヴェンと、いずれ教則本が世界の児童を悩ませることになる18歳の生意気なチェルニーのコンビ。軽妙なかけ合いのテンポがいいそうだ。江戸川乱歩賞作品でもあり、なかなかそそられる。

専門であるフランスのドビュッシー、19世紀末の芸術への言及はやはり非常に多い。ヴァルレーヌの「巷に雨の降る如く」という詩の歌曲に感銘を受けたのが著者のドビュッシーとの出会いだったとか。これは聴かなきゃとこちらもメモ。

私はミステリー好きだけどもそこまで読んでない人。にしても、この本で読んだことあったのはシャーロック・ホームズとピエール・シニアック「ウサギ料理は殺しの味」だけだった。こういった視野の広がり方はまた愉しい。

まだ図書館に蔵書があるので青柳さんの本は折々の楽しみにして、コンサートもいつか行ってみたい。



◼️ポール・アルテ「死まで139歩」

なんつっても謎が魅力的。密室トリック。「フランスのカー」だそうだ。

こちらの書評で読みたくなって借りてきた。古典の香りがする文調。複数の謎と人間関係が錯綜し、長くなりそうなので端折り気味に。

青年ネヴィル・リチャードソンはパブで見かけた美しい女が、夜の公園で「しゃがれ声の」男と緊迫感のあるやりとりをするのを聞く。女の隣に座ったネヴィルを「しゃがれ声の」男と勘違いした女は16日午後9時、バードで、という言葉を確認するように口にし、去った。

パリ警視庁のハースト警部のもとにはおかしな話が舞い込む。ロンドン市内をぐねぐねと長い間歩き、手紙を届けるだけ、の奇妙な仕事をした、という者が男と女、2人立て続けに来たのだ。

ネヴィルもまたハースト警部に相談した。ハースト警部が捜査を共にするツイスト博士は女の言葉の場所を解き明かし、ネヴィルを向かわせる。たどり着いた部屋には刺殺された死体があった。なんと手紙を届けるアルバイトをした男だった。部屋には6足の靴が並べられていた。

そして「しゃがれ声の」男から手がかりが欲しければロンドン郊外の田舎村ピッチフォードの廃屋を調べてみろとハースト警部に電話が入る。かけつけた廃屋には、なんと5年前に死んで埋葬されたこの家の元主の老人、その掘り返された遺体が椅子に座らされていた。家の中には139足もの靴があった。玄関の鍵穴には中から内鍵が差し込んであり、室内の埃の積もり方に乱れた部分がない事で、何年も誰も入らなかったと一見して分かる家だった。

秘密協力員として村に赴いたネヴィルは、あの謎の女を再び目にして驚く。そして第2の殺人がー。

ミステリ好きが心惹かれる謎で、タイトルもまたとっても魅惑的だよね。

まあその、解説では、アルテがとても気に入っていたという故・殊能将之氏の言葉が紹介してあるが、動機については意見が同じだった。また、密室トリックのタネ明かしをどう受け取るか、というのもある。探偵役はアルテでシリーズのツイスト博士。

ともかく提示された謎は全部解消される。タネもやはり古典的っぽい。だいたい謎の女自体ウィリアム・アイリッシュ「幻の女」を思わせたりする。読み手が、あれこの伏線の回収ないのかな、と思ったらすぐに提示されたりしてなかなか優しく突っ走りすぎない。

カーに憧れて作家になったというフランス人・アルテ。最高傑作は「狂人の部屋」だそうだ。図書館にずらりと並んでいたから次はそれかな。

初アルテ、なかなか面白かった。

0 件のコメント:

コメントを投稿