今年も咲いた薔薇。妻によれば、近所の人からお礼を言われるそうだ。散歩中に目もあやな花たちを見ると心が洗われる経験はコロナ初年度の散歩のときに経験がある。
通勤時、近くに住む後輩と久しぶりに会って、いろいろ話をした。いつも電車では本を読んでるからたまには気分が変わっていい。
私の書評を読んでくれてるそうで、長さを指摘された。やっぱりそうかな^_^よく読んでる、いいと思ったの買ったりしてる、などと言われる。実は読者のことは考えないで書いてたりする。たまにこういう刺激があると身が引き締まる。
◼️ 多和田葉子「容疑者の夜行列車」
夜行列車の旅をモチーフにした不思議な短編集。
パリ行きに始まって、ヨーロッパ各地、東欧、ロシア、シベリア、チャイナ、インドと、すべて各地の夜行列車での移動を中心とした物語集。
主人公は、どうやら前衛的なダンサーの女性らしい。各地での危なそうな誘いに対してフラフラと乗ってしまったり、キッパリと断ったり、周囲に助けてもらったりしながら旅をする。
エキゾチックで、怪しく不思議なできごと。中には男女を見て主人公が想像を膨らませ、現実とのギャップがポイントの話や、麻薬の密輸に手を貸したり、部屋で売春があって男が転落死したりという展開もある。全体的にはどこか淡々としている。
シベリア鉄道で未明にトイレに行こうとして列車から転落、厳寒のなかパジャマ代わりのジャージのままなんとか民家に辿り着く。壮年の男性に優しくもてなしてもらうが、風呂に入る段になって、主人公にも住人も両性具有の様相が見える、なんてストーリーもある。
表現も、多和田葉子ならでは、というか、寝台車のベッドを手術台に見立てたり、おそらく意図的なことばの重複があったり、その発想の方向性にぼちぼち慣れて、出遭うたびニヤリとするようになってきた。
大きな特徴としては、二人称であること。すべての短編が「あなたは〜する」という書き方で統一されている。二人称というと有島武郎の「生まれいづる悩み」を思い出すかな。ググってみると、面白いのもありそう。描写に関しては正直三人称とさして違いは感じないが、視点がこちらから、という特殊感、親友を見守っているような効果は多少あるかなと。
ほか、目次が「目的地一覧」になってたり、それぞれの話が「第1輪」「第2輪」になってたりと細かく手が掛けられている。
谷崎潤一郎賞、伊藤整文学賞受賞。小説の楽しみってものを引き出しているようにも感じる。短編集はやはり、小粋なものだ。
◼️ 中村桃子「女ことばと日本語」
「てよだわ」はどこからきたのか。興味深い題材と洗練された説明。
恩田陸を読むたびに、この本で言えば「てよだわ言葉」のだわ、が目立つなと思っていた。正直女性との会話で出てくることはほとんどない。違和感とまでは言わないが、不思議な、でも正直ちょっと魅力も感じる、いわゆる女ことば。先に読んだ多和田葉子「言葉と歩く日記」に紹介されていて、さっそく探した。
鎌倉時代から女性の振る舞い、言葉遣いなどについて戒める「女訓書」のたぐいは明治時代まで盛んに書かれた。あまり話すな、漢語を使うな、等々で、それは慎み深さや良妻賢母であるための徳目となり、形を変えて現代にも続いていると思われる。
室町時代には例えば例えば豆腐を「かべ」、足を「おみあし」、酒を「くこん」などと言い換える「女房詞(ことば)」が出てくる。宮中の女官たちが使い始め、隠語のような形の女房詞(ことば)が武家の娘たち、奉公へ上がる町人の娘たちへと広がり、粋な感じもあったのか男も遣うようになったが、やがて男には好ましくない、という風潮になっていった。これらの言葉は狂言などにも残されているとか。いかに流行ったかがよく分かる。
女性の立場とことばのトピック。そもそもの土壌をめぐる研究は後半への布石となる。
さて、近代、明治維新以降、標準語を制定しようという動きが早々に始まる。言文一致運動も起こる。また学制も整備が始まり、男子と同じ袴を履いて学校に通う女子学生が現れた。激動の時期に「てよだわ」を代表とする女ことばは翻訳、小説といったメディアによって敷衍し、その扱いも変遷してゆく。特に戦時戦後の国の成り行きによって評価がドラスティックに変わってゆく様が読みどころで非常に興味深い。おもしろい。
女ことばは日本語から自然発生してきた言葉で好ましい、と感じるのはなぜか。果たして歴史と伝統から生まれてきた、のか?
女性の従属的な位置、また戦争による固定的な位置付けや女ことばへの反発などセンシティブな要素を扱いながら、筆者は慎重で冷徹な姿勢を貫いていて、説明としてリーダビリティの高い仕上がりとなっていると思う。
筆者は言語とジェンダーの研究を希求し、先に書いた本により大きな反響を得たという。そしてさまざまな洗練を経て、この本が出来上がった。「おわりに」は悦びに満たされていて、筆者の謙虚な性格も見え、いい気分になる。
私的には、ませ、とかかしこ、の効果も好きだ。知的好奇心を満足させてくれる、いい読み物でした。
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