◼️ 藤田真央「指先から旅をする」
世界を駆け上がる若き数年間。とても芳醇な音楽の旅。豊かです。
藤田真央のコンサートは2回行っている。1回は一昨年ラフマニノフの3番を、そして今年はリサイタル、ショパンのポロネーズ全曲とリストのソナタ。後者はこの本でも2023-24シーズンのメインとなるプログラム、と語られている。出たばかりの本、さすがにリアルタイムに近い。
いま最もチケットが取りにくいうちの1人ではないだろうか。ここ数年様々なピアニストのチケットをよく買っている感触からしてそう思ってしまう。
この本は藤田真央が、まさに世界へと駆け上がった過程と、特にこの2年間の音楽の旅の軌跡を自ら綴ったもの。音楽について思うことから尊敬する音楽家たちとの思い出、インタビュー、「蜜蜂と遠雷」恩田陸との対談、コンサートも国内海外盛り沢山、モリモリだ。
藤田真央は2017年、19歳の時クララ・ハスキル国際ピアノコンクールで優勝、さらに2019年のチャイコフスキーコンクールで2位となり、大物音楽プロデューサーのマーティン・エングストロームの提案で世界最大のヴァルビエ音楽祭でモーツァルトピアノソナタを全曲演奏した。それが2021年、おととしの夏のこと。
さらに翌22年、つまり去年の3月、ミラノのスカラ座で協奏曲を弾く予定だったところ、ロシアの指揮者がウクライナ侵攻に絡み欠席、代役として組んだ世界的指揮者、リッカルド・シャイーに見込まれ、ルツェルン音楽祭で共演しようとオファーされる。
NHKでも放送されたルツェルン音楽祭でのラフマニノフの2番には感嘆した。こんなにメロディアスで強く叩かない演奏は他に知らない。裏には、こんな動きがあったのだ。ワクワクする。
去年夏のヨーロッパの音楽祭ではマルタ・アルゲリッチやアンドラーシュ・シフ、ユジャ・ワンというとんでもない巨匠たちの代打を務めて「ジャンパー(代演家?)・マオ」と呼ばれ、10月にはモーツァルトのソナタ全集がベルリンのソニークラシカルからワールドワイドに発売された。
そして今年、カーネギーホールからヨーロッパ各地、間に日本と慌ただしく濃密な1年間の記録ー。なんかホントにまさに走り続けた、というイメージだ。言い方が合っているか分からないが、ドメスティックから世界へと跳ぶ過程が見える、胸踊る作品だと思う。多少中身を書いたけれども、いや、まだまだ。なにせ盛り盛りなので、十分すぎるほど楽しめます。恩田陸先生はそれにしても本当にすごいクラシックファンです。熱い!笑
プロになれるピアニストはひと握り。どのピアニストもものすごい練習をこなしていると思う。その中でも藤田真央はヒラメキ型ではなく徹底的に楽譜を研究・分析するタイプのようだ。それを面白い、楽しいと捉え前向きに探究していく。独特のおかしみも加わり、文調がもはや眩しいくらいだ。謙虚にして爛漫。そして意外に計算高い。
ピアノそのものや音楽祭で一緒になるマエストロたちに感じること、日々の音楽に対する姿勢など、興味深いことも多い。スルーしていたピアニストのコンサートも気にしてみようと思わせる。自らのリサイタル、コンサートの準備、前後の動き、いつも心がけていること、など興味深い。そしてヨーロッパでの公演旅行と所感。華々しく、美しく、食べ物も美味しそう。
ショパンコンクールの覇者ブルース・リウやルービンシュタインコンクールを制した年下の俊英ケビン・チェンとも親しいようで微笑ましい。
恩師の死去のダメージを引きずっている部分には少年らしさと律儀さが表され、独特の深い哀しみが記されている。
藤田真央のピアノはメロディアス、明るめ、粒立ちよし。だけでなく、もっと何かあるのではないかと耳を凝らす、確かな技術に裏打ちされた感性が宿っている、なんて考える。
惹かれるピアニズム、なんらかの天啓、なのか光なのか。そして天性の、愛される素養を持っている。世界に認められつつある若きタレント。これを書いているいま、脳内のBGMはリチャード・クレイダーマン「星空のピアニスト」クラシックではないがイメージで^_^
芳醇な本だった。
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