2022年8月9日火曜日

8月書評の2

◼️Authur  Conan  Doyle 

 The Adventure of the Priory School (プライオリ・スクール)


長く入り組んだ話。ホームズと高額の報酬、ホームズのお説教!


ホームズ原文読み23作め。第3短編集「シャーロック・ホームズの生還」より「プライオリ・スクール」です。web版のページ構成の場合、これまで1話あたり9ページくらい。「マザリンの宝石」など捜査に出かけないものには6ページで終わったりしていました。しかしこの話は13ページ、しかも殆どのページがかなり長い。気合いちょっと増しで取り組み、なんとかさして遅くならずに読了しました。


ともかく始めましょう。物語の冒頭、ベイカー街の部屋に飛び込んできた高名な学者、ハクスタブル博士が転んで失神、暖炉前にある熊の毛皮の上にのびてしまいます。ワトスンの診断では、空腹と疲労とのことでした。


目を覚まし、緊急事態です、次の列車で私と一緒に戻ってくださいホームズさん!と哀願する博士に、ホームズはこう答えます。


My colleague, Dr. Watson, could tell you that we are very busy at present.

「いまはとても忙しいのです。相棒のワトスン博士もそう言うでしょう」


Only a very important issue could call me from London at present.

「本当に重大な事件でもなければロンドンを離れるわけにはいきません」


ハクスタブル博士はすかさず


Important!と叫びます。


事件は数々の閣僚経験者であり大変裕福なホールダネス公爵の幼い1人息子サルタイア卿が誘拐されたというものでした。


ホームズは興味を示し、さらに


his Grace has already intimated that a check for five thousand pounds will be handed over to the person who can tell him where his son is, and another thousand to him who can name the man or men who have taken him.

「御子息の所在を知らせてくれたものには5000ポンド、誘拐した犯人の名前を知らせたらさらに1000ポンドの小切手を切ると閣下はおおせです」


金額を聞いてホームズ、


It is a princely offer,

「それはまた、豪勢な額ですな」


Watson, I think that we shall accompany Dr. Huxtable back to the north of England.

「ワトスン、北部イングランドへハクスタブル博士とご一緒しよう」


文章を追うと、流れとしては金額を聞いたとたん、まだ詳細も聞いてないのにがらりと気が変わって引き受けることにしたように見えますね。この点は後でも述べるつもりです。ホームズの一般的な姿勢を考えても、いかにも軽い。


まあ忙しくとも依頼を受けることになる、というのは、同じ短編集の1つ前の話、「美しき自転車乗り」でも同じような状況で結局はヴァイオレット・スミス嬢の話に耳を傾けてますから、よくある経緯といえばそうかも知れませんが。


ともかく事件のあらましはこうでした。


ハクスタブル博士は北部のマックルトンという地域にパブリック・スクールに進学する前の学校として、プライオリ・スクールという私立の寄宿学校を設立し、ハイクラスの子息たちを受け入れてきました。


ホールダネス公爵、the Duke of Holdernesseは公爵夫人、the Duchessと別居、奥さんは南フランスへと移りました。母が恋しい10歳の息子はふさぎこみ、ゆえに公爵はプライオリ・スクールへと入れました。しばらくは平穏でした。


しかしサルタイア卿は夜のうちにいなくなりました。服をきちんと着て、そっと出て行ったようでした。ドイツ語教師のハイデッガーが着の身着のままに自転車で追いかけたらしく、彼もまた戻ってきていませんでした。


地元の警察の捜査は進展せず、手がかりといえばいなくなる前に公爵から手紙が来ていたことくらい。話を聞いているうちに列車の時刻が迫りました。


I will do a little quiet work at your own doors, and perhaps the scent is not so cold but that two old hounds like Watson and myself may get a sniff of it.


「ぼくらはあなたの学校で、そっとひと仕事させてもらいます。ワトソンとぼく、老練な猟犬が何も嗅ぎつけられないほど臭跡が薄れているわけではないでしょう」


ちなみに「シャーロック・ホームズ ガス燈に浮かぶその生涯」でホームズの生誕から死去までを概括したベアリング=グールドというシャーロッキアンによれば、ホームズは1854年生まれ。「プライオリ・スクール」は1900年から1903年に発生したとみられていて、46歳から49歳の時の事件ということになります。たしかに老練な狩猟犬、といった例えがよく似合う年齢かも、ですね。ホームズは1903年にロンドンでの探偵家業から隠退し、サセックス州で養蜂を始めます。


さて、到着は日が暮れてからでした。すぐに高名で裕福な公爵とそのうるさ方そうな秘書、ジェイムズ・ワイルダーと会います。公爵は息子への手紙に、特に心をかき乱す内容は書いてなかった、ワイルダーが手紙を出すよう手配した、と確認します。


捜査はだいぶ長いのではしょりつつ・・ホームズは地図を手に入れ、さまざまな要因から学校の北側、原生林と、その向こうの湿地帯を含む10マイルほどの荒れ地を捜査対象とします。荒地を突っ切った街道沿いには公爵の館ホールダネス館がありました。1マイルはおよそ1.6km、直線距離なら学校から館まで6マイルと記載されているので、公爵父子はそこまで遠く離れた場所にいたわけではなかったんですね。


ともかく、歩くホームズ&ワトスン。


・湿地で自転車のタイヤの跡を見つける。継ぎの当たったダンロップ製のタイヤで、学校の方から来ていた。学校の方へ辿ると、途中で消えていた。その付近には牛の足跡があった。ハイデッガーのはパーマー製のタイヤなので彼の自転車跡ではない。


・さらに周辺を調査すると、パーマーのタイヤの跡を発見。先へ追ったところ、自転車と、ハイデッガーの死体があった。死因は頭部への一撃だった。


・再びダンロップの轍を先へ向かって追いかけた。ホールダネス館の近くでタイヤの跡は消えていた。


ホームズたちは村へたどり着き、宿屋「闘鶏亭」のルーベン・ヘイズという抜け目なさそうな男に話しかけます。失踪したホールダネス公爵の息子に関する知らせを持っていて館に行きたい、と言うとヘイズはめっちゃわかりやすくギクっとします。


ホームズがわざと偽の情報を言うと、ヘイズは見るからにホッとした様子。ホームズはソヴリン金貨を見せ、宿で食事を取ってから馬を借りる算段をします。


なにせずっと荒涼とした土地を歩き回り、死体を発見して、警察に知らせる手配をし、ですからお腹も減っています。2人はゆっくりと腹ごしらえをしました。中庭からは馬小屋と鍛冶場が見えました。そこでホームズは閃きます。


Watson, do you remember seeing any cow-tracks to-day?

「ワトスン、きょう牛の足跡を見たのを覚えているか?」

Yes, several.「たくさん見たな」

Where?「どこで?」

Well, everywhere. 「至る所でさ」


Exactly. Well, now, Watson, how many cows did you see on the moor?

「その通り。じゃあ、ムアで何頭の牛を見かけた?」


I don't remember seeing any.

「見た記憶がない」


ムアは荒れ地、シャーロッキアン的には「バスカヴィル家の犬」のダートムアでおなじみです。to-dayは実によく出てくるので、おそらくコックニー、ロンドン下町なまりのトゥダイかと思ってたのですが、調べても出てきません。ただの強調?どなたかお教えを。


さてともかく矛盾に突き当たりました。興味深い中庭で調査、なんと馬の蹄鉄が打ち直してあることを発見します。さらに鍛冶場に入ったとたん、激怒したヘイズが金属のついた杖を持って


You infernal spies!

「いまいましいスパイめ!」

What are you doing there?

「こんなとこでなにしてんねん!」


借りるはずの馬を見てたのさ、でももう馬はいらないよ、と軽くいなして退散したホームズ。宿が見えなくなってからすぐ、自転車に乗った男がものすごいスピードで近づいてきました。ホームズたちがとっさに身を潜めて見送ったのは公爵の秘書ジェイムズ・ワイルダー、ひどく引きつった顔でした。


ワイルダーの後を追って「闘鶏亭」に戻ったホームズ。しばらく様子をうかがっていると、馬車が来て、一瞬停まった後、猛烈な勢いで去っていきました。玄関にいたワイルダーが何者かを迎え、2人は中に入り、2階の部屋にランプが灯されました。



ホームズとワトスンはすぐ近くまで忍び寄ります。立て掛けてあった自転車のタイヤは継ぎの当たったダンロップでした。

ホームズの背中に乗って2階の部屋をのぞいたホームズはすぐ降りて、帰ろう、と言います。


帰りの道中ずっと黙っていたホームズは、寝る前にワトスンの部屋にやって来て、


All goes well, my friend,

I promise that before to-morrow evening we shall have reached the solution of the mystery.

「すべてうまくいっているよ、ワトスン。明日の夜までにはこの事件が解決していると約束しよう」


さて、ここからまた長いのです。なんとかコンパクトに、謎を網羅するように進めたいと思います。


翌日午前11時、ホールダネス館を訪れたホームズたちは秘書の静止を押し切り、公爵とまみえます。


I should like to have this confirmed from your own lips.

「閣下ご自身の口から伺いたいのです」


ホームズは切り出すと、ご子息の居場所を知らせた者に5000ポンド、さらにかどわかした犯人を教えたらさらに1000ポンド、連れて逃げた者だけでなく、勾留している者たちも含まれますよね、としつこく念を押します。しかも、では、自分の取引銀行の支店名まで口にして、6000ポンドの小切手を切ってくれと要求します。


この段取りには公爵もイライラして、なんの冗談だ、となりますが、ホームズはすでに知っています、と申し述べます。


Where is he?「息子はどこだ?」


昨夜は、ここから2マイルほど離れた「闘鶏亭」にいました、とホームズ。


And whom do you accuse?

「それで、誰を告発する?」


ホームズはさっと歩み出ると公爵の肩に手を置き、


I accuse you,And now, your Grace, I'll trouble you for that check.

「あなたです。閣下、小切手をよろしくお願いします」


決まりました^_^昨夜闘鶏亭に馬車で来たのは公爵だったんですね。


公爵の秘書ジェイムズ・ワイルダーは、実は公爵の息子で、若い頃激しく愛した女性の子でした。しかし女性は公爵の将来を考えて身を退きました。成長して自分の身の上を知ったジェイムズは自分の不当な立場に不満を抱き、異母兄弟であるサルタイア卿、アーサーという名前です、を憎みました。


公爵は表情や仕草に愛しい女性の面影を見て、甘あまに接して来ましたが、今の妻が出て行った後、ジェイムズの憎しみが幼い弟に向くのを恐れプライオリ・スクールに入れたのでした。


さて、事件のあらましですが、ジェイムズは闘鶏亭のヘインズを仲間に引き入れ、誘拐を企てました。目的は取引でした。嫡子だけが財産を相続するのではなく、自分にも遺されるようにするー。その条件を呑ませるための犯行、そこにアーサーに対する異常な憎悪が加わった、というのが公爵の見立てです。


公爵がアーサーに宛てて出した手紙に、自分が書いた手紙を入れる、フランスにいる彼の母の名前を使いました。学校の近く森にジェイムズが行き、母親が会いたがっている、真夜中にもう一度来れば、男が馬で母親のところへ連れて行ってくれる、と説得しました。


計画はうまく行きましたが目撃したハイデッガーに追われ、ヘイズが金属のついた杖でハイデッガーの頭部を殴打、あわれなドイツ語教師は死んでしまい、ホームズの発見で事の重大さに震え上がったジェイムズは公爵にすべてを告白したというわけです。ジェイムズは公爵に3日間だけ時間をくれ、ヘインズを逃すから、と懇願、なんと公爵ジェイムズの破滅を防ぐために、その願いをも呑んで、まだアーサーはヘインズの優しい妻が闘鶏亭で面倒を見ているとのことでした。


最初公爵はホームズを丸めこもうとします。しかしヘインズは逮捕されていました。


ホームズは厳しく公爵を非難します。誘拐という重罪に目をつぶり、殺人犯の逃亡を幇助した、成功していたとしても、その資金は公爵から出ていた。しかもー


Even more culpable in my opinion, your Grace, is your attitude towards your younger son. You leave him in this den for three days.

「もっと咎められるべきは、年下のご子息に対する態度です。あんな巣窟に3日間も置いておかれるなんて」


長くなりますが、もっと行きましょう笑


You have no guarantee that he will not be spirited away again. To humour your guilty elder son, you have exposed your innocent younger son to imminent and unnecessary danger. It was a most unjustifiable action.

「またどこかへ連れ去られないという保証は何もなかったのですよ。罪深いご長男の機嫌を取り結ぶために、罪のない、幼いご次男を無用な危険にさらしてしまわれたのですよ。言い訳のしようがない所業です」



晩年の作品「ソア橋の難問」ではホームズが裕福な依頼人に「金で何でもできると思うな」といった意味の厳しい説教をしています。妻がありながら有利な立場を使って女性に求愛したことを咎めたものでした。ホームズ好きな私の女性の友人はこのシーンが一番好きだと言っていました。


おそらくは人にここまで言われた事のない公爵にズバズバとお説教を食らわせることは、読者にとって胸のすくことだったのだろうと想像できます。ホームズは館の従者に命じてすぐにアーサーを迎えに行かせます。


さて、公爵はジェイムズをオーストラリアへ行かせることにし、別居の夫人とよりを戻すべく手紙を書いていました。懸念といえば絞首刑が確定的なヘイズが何もかもをしゃべることでしたが、ホームズは公爵が「黙っていた方が自分のためだと分からせる」ことが出来ると言っています。ここは正直もうひとつ意味が分かりません。警察の目から見たらヘイズが身代金目当てにアーサーを誘拐したようにしか見えないし、何を言っても信用されず心証を悪くするだけだ、ということでしょうか。ホームズは詳細を警察に教えるのは結局控えました。不当に遇される者はいないと状況を考えたからでしょう。



馬を牛に偽装したのはジェイムズのアイディアで、代々伝わった特殊な蹄鉄を使いました。湿地に残っていたジェイムズの自転車の轍は学校まで行って、森に入り、そこから荒地を突っ切ってホールダネス館に帰った跡だったというわけです。



ワタクシは長い間シャーロッキアンと自称している割に、結論を忘れてしまっている短編がいくつかあります。「プライオリ・スクール」もそのひとつでした。実は。今回通しで原文を読んでみて、これは忘れるかも・・と思ったり。どうもすっきりしない幕切れに、最後のページ、your Grace、公爵の独白の長いこと。捜査は興味深くはあるものの、やはり長くて想像しにくく、退屈です。



この物語は19001903年に発生したと推定されています。1901年にイギリスから独立したオーストラリアへ罪深いジェイムズを行かせたことに関して、国外へ出て恥をすすぐ、というのは「三人の学生」でも出てきます。植民地が話にからむのはホームズ物語の特徴ですね。


また他の話にはないシャーロッキアン的トピックとしては、高額の報酬に対して露骨に興味を示したこと、が挙げられるでしょう。「仕事そのものが報酬」と言ったこともあるホームズ。私的には、「生還」以降のホームズは思慮が浅くなった、とも言われているその原因のひとつが、高額の報酬を貰いクライアントに合わせた結論を取ったこの話にあるのかな、ないのかな?と考えてしまいました。


最後はコミカルにしてあり、ラストに関しては、取るところからは遠慮なくいただく、という姿勢が話の流れとしてムリなく受け取れます。というわけで長い物語、おしまいです。




iPhoneから送信

0 件のコメント:

コメントを投稿