2020年9月20日日曜日

8月書評の2





しばらく、まったくサボっていた。あわてて追いつくー!

◼️関口尚「ナツイロ」


梅雨も明けたことだし、夏らしい青春小説を、とチョイス。イッキ読み。


著者の本は、「プリズムの夏」、「空をつかむまで」という青春小説を読んで、もちろん心痛いこともあったがおおむね納得感をうまく醸し出せる人かなと思っている。


愛媛・八幡浜のみかん農家に住み込みで収穫を手伝うみかんアルバイターとなっていた東京の大学生、譲は受け入れ先の娘で、オレンジ色の髪のリンと出逢う。リンは傲岸不遜な性格で計画性なく直情的。シンガーソングライターを目指しており、かつて実家から90万を盗んだということがあり、家族にも無視される。譲は地元の店で歌うリンの歌声に感動した。


実は東京での住まいが近いことが分かった譲とリン。リンはライブハウスの対決企画で、大手からデビューが決まっている16才の希愛に完敗する。リンから、リベンジのためのアルバムを出すのに必要だからと言われて30万を現金で貸した譲だったが、翌日からリンとの連絡が取れなくなるー。


なぜか、ちょっと前に読んだ児童小説「猫ピッチャー」を思い出した。猫ピッチャーは抜群の投手なのだが、どこまでも猫だ、という描写が面白かった。


「ナツイロ」は平和主義者、事なかれ主義で恋人を奪われた譲が、リンに振り回されながら少しずつ成長していく話。どこまでもリンはリンだ、という背骨も貫かれている。ライターを目指している譲は、作詞を始め、うまく転がっていく。


みかんアルバイター制度のある八幡浜も、半島の先端にある佐多岬も行ったことがある。でも、当時そんなにみかん畑と海山の風景がきれいだとは知らなかった。いいな。久しぶりに行ってみたい。


これまでの著作にも感じたことだが、なにか足りないな、と思いつつ一気読み。夏の学生ものでは気持ちの良いライトノベル。暑い中一服の清涼感を味わった。



◼️ジョルジュ・シムノン

「メグレと口の固い証人たち」


シムノンの描写力、展開力。ミステリとしてはハッキリしてるかもだが、とても楽しめた。シムノンの物語の作り方は好み。



久々のメグレ。なにせ図書館にも蔵書が少ない。シムノンはメグレもの以外はけっこうあるんだけど。今度隣の市にも出かけるつもり。


さて、今回は展開に目を惹かれた。例えば、わざとこんがらがった状態にして探偵役がスッキリと解く手法や、どうしても突き崩せない壁があって、最後に思わぬトリックで明瞭になる、というパターンはミステリの楽しみだろう。でもシムノンの場合は、その他の部分に奥深さがあると思う。


定年前のメグレ。ラショーム家の陰気な屋敷の自室で長兄レオナールが小口径のピストルで撃たれ死んでいた。近くの寝室にいた弟もその妻も老女中もなにも聞いてないと言う。若い判事が現場を仕切ろうとし、弁護士は訊問にいちいち口を挟み、メグレはいつもの調子が出ない。


ところが、警察のオフィスに戻ったとたん、メグレは猛然と部下に捜査の指示を出し、自分も自由の悦びに浸るように聴き込みにあたる。それはそれは精力的であまりの対照的さに読む方も乗せられてわーっと読んでしまう。


今回中盤で出てくる要素を例えばノートに整理したとしたら、おそらくミステリとしては解けてしまう事件だろうと思う。しかしシムノンはやはり描写力に秀でたものがある。


登場人物のふるまい、仕草や表情、身の上が豊か。例えば陰気な家を飛び出して暮らしているレオナールの妹、ヴェロニックにそれは見て取れる。勤め先のバーでは制服に身を固めたバーテン、それ以外の時間はがらりと服も替え、彼氏のためにせっせと料理を作る。しかしその姿にはやはり悲しい香りがする。また、メグレが捜査の合間に酒と食事を摂る店、小道具としての自動車、街の風景などが効いている。


定年近いメグレはパリの街の有名人で、握手まで求められる。今回の若く高慢でちょっと抜けた若造の判事の態度がより浮かび上がる。メグレの捜査報告は全て自分が聞いてしかるべき、と思っている判事にならばと質問の箇条書きを渡し、クライマックスの訊問をさせる仕掛けも秀逸。


ミステリのパターンにはまってはおらず、事件ははっきりしている、と感じた。しかし後から考えれば、揺るぎない動機が組み立ててあり、人間、家族のドラマもしっかりしているな、と思える。メグレものは人気があるとは言えないかもしれないが、私はこの小粋さが大好きである。

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