2020年9月20日日曜日

9月書評の1




谷崎潤一郎記念館の庭。京都で住んでいた潺湲亭を模している。執筆部屋からはこの池が見える。

8月は12作品12冊。トータル98作品。8月で100を突破しなかったのは久しぶりかな。

◼️シリン・ネザマフィ「白い紙/サラム」


胸に突き刺さる、イラン・イラク戦争、そしてタリバン進出によるアフガニスタンの現実。読んでよかった。映画化しないだろうか。


文学界新人賞を受賞した「白い紙」と「サラム」の2篇が収録されている。著者さんはテヘラン生まれで神戸大学・大学院卒業後大手電機メーカーにシステムエンジニアとして就職した方。読み始めてから気がついたが、女性です。


◇白い紙


イラン・イラク戦争でテヘランから家族とともに田舎町に移った少女は、医師の父の患者の息子で同じ学校のハサンと親しくなる。ハサンは秀才でテヘランの大学に行き医者になるのが夢だった。やがてイラクの侵攻により少女の街にも空爆が始まる。ふたたびの疎開が決まった少女、街では兵士を狩り集める動きが活発になっていた。大学を受験したハサンはー。


◇サラム


日本の大学の女子留学生、ペルシャ語が母語の「私」は、アルバイトで入国管理局に収監され、難民認定を求めているアフガニスタンの少女、レイラの通訳をするようになる。ペルシャ語に近いダリ語、ハザラ人のレイラは最初は無表情だったが、担当弁護士の熱意もありだんだん身の上を話すようになる。タリバンの迫害で家族を殺された彼女はおじのいる日本に逃げてきたレイラはやがて仮釈放となって難民支援の団体に引き取られる。しかし、9.11同時多発テロが起き、アフガン人全体への反感が強まるー。


インタビュー記事を見ると、テヘラン在住時、小学生時代を日本で過ごしたイラン人の転校生が来て、話を聞くうちに日本への興味が膨らんでいったらしい。また、中東ではどの世代の人であれ、戦争、内戦、革命、移民、難民、それらのなにかを経験していて、人生の軌道が変わる不条理なことを経験しているとも。


「白い紙」は男女の接触に厳しいイラン社会の中、少年少女が心を通わせる話で、学校、バザール、置かれた環境など、社会の現実が生々しく興味深い。ダイナミックかつエモーショナルであり、心が裂かれるようなラストを迎える。ここまで過酷ではないが、工員が少女への恋から別れを描く「少女の髪どめ」というイラン映画を思い出した。


「サラム」は著者自身、アフガン難民の通訳をした経験から描かれている。窮屈な「白い紙」に比べると、女子大生の主人公には日本の社会的なリアルさ、気軽さが漂う。レイラにはエキゾチックな魅力を持たせてあるが、彼女の行く末もまた不条理に包まれて過酷だ。途中、心中を吐露するレイラに、冷淡とも思える言葉を主人公が漏らす。そのわけは描かれておらず、その点不満だったが、ドラマとして魅力的だった。


どちらか、あるいはどちらも、映画化しないかな、と思う。難しいかな。


「白い紙」は芥川賞候補作でもあり、選評を見てみたが、これがヒドい。日本語がたどたどしい、ぎこちない、お話にとどまっている。私は読了後に知ったが、著者はめっちゃ美人。イラン人が日本語で書いた、という話題性が先行しているのを、気に入らない要素も明らかに入っているように見える。審査員が、賞の対象として見るという前提があるにしても・・いや個人的な感想ですよ。


うーん、薄っぺらか、私はコロッとやられちゃったクチなんだろうか。


一時期イラン映画をよく観てて、いまも関心はあり、最近友人との会話に出てきたから、イランの小説はないかと探してみて行き当たった本。映画でも、いわば異世界である中東の現実を目にするのが好きだった。その延長の興味で、大変興味深く、胸に迫るものがあった。


カメラワークが良くても悪くても、映っているものがなにより大事、という話を聞いたことがある。ま、ここは自分の感性と考えることにしよう。読んでよかった。


◼️太宰治「新樹の言葉」


相変わらず自虐的、破綻っぽいのもあるけども、面白かった一冊でした。


太宰治の黒基調、新潮文庫版は17冊発行されてるのかな。私は今巻を含めて10冊くらい読んでいる。最初はどうして太宰治は熱狂的とも思えるファンが多いんだろう、から読み始めた。今もそうは分からないが、親近感が出てきたのは確か。自虐も、破綻も、パーソナリティと受け止めくすりとしたり、必ずある、キラリとしたところを探す感じで読んでいる。


昭和14年、15年ごろの小説集。井伏鱒二の世話で結婚し、最盛期とみなされる時期に向かう作品たち。


女工さんの唄う声に癒される中、希望と熱意と素朴な若さを見る、ほんの4ページの

I  can   speak」。


い、ろ、は〜を、わ、か、よ、まで少しずつ区切って話を展開する「懶惰の歌留多」。そこそこ楽しめる。


得意の女言葉で短い張り詰めた物語を綴るのは「葉桜と魔笛」。タイトルがいいですね。


そして「秋風記」は湯河原温泉に人妻と死出の旅。こともなげだが、一緒に風呂に入って交わす刹那的な会話が、ある意味美しい瞬間を醸し出す。いきなり来るトラブルと、続くラストもよき味だ。


表題作「新樹の言葉」は生い立ちの縁が復する話で、過激といえばそうな展開だが、その中にえもいわれぬ爽やかさがある。


「花燭」「火の鳥(未完)」「愛と美について」。タイトルがいいですね。愛と美、は他出版社ので読んだような。「ろまん燈籠」へと続く話。兄弟姉妹で物語をつないで創っていく。


貧乏で生真面目な作家が追い込まれて、知り合いというだけの女中さんを頼りに上諏訪温泉に出かける「八十八夜」。若い女中さんの明るいやさしさと、思わぬ展開が面白い。


「春の盗賊」では太宰らしい主人公が、深夜に雨戸の端を破り、内桟を外そうと入ってきた泥棒の手を、あろうことか心を込めて握りしめ、頬ずりまでしようとする。変な親切心?が起こりわざわざ雨戸を開けて泥棒を招じいれ、明かりまで消してやる。金の在り処までしゃべっちゃって、悔しいからとしつこく説教をしている間に泥棒はまんまと逃げおおせる。


吉本新喜劇か!特に最初の方。ツッコミ役は読者ですね。それにしても奥さんの言葉がいいなあと、お金なんか。怪我がなくて何より、でもどろぼうなんかに、文学を説いたりなさること、おやめになったら?


妙に笑えました。なにやってんねんー、ですね。


そっとさりげない女性の優しさが微笑ましい「俗天使」。義絶された生家を投影し広げた物語「兄たち」。かつて「ロマネスク」という作品を書いた思い出の地三島のエピソードと時間の経過を記した「老ハイデルベルヒ」、そして女学校のお友達の恋愛に刺激され、その兄に一瞬の激情を抱く、鮮やかに甘酸っぱい「誰も知らぬ」。


新潮文庫の「走れメロス」には表題作、「女生徒」「富嶽百景」「駆込み訴え」など豊かな作品性を持つ小説が入っている。時代的にそこへとステップするかのような、面白く、感性を刺激する「新樹の言葉」。楽しめる短編集だった。


だいぶ太宰に慣れたような、慣れすぎたような気分です。


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