2020年9月20日日曜日

8月書評の4





天満橋は八軒屋浜に来たビッグダック。世界を巡っている。

◼️櫻部由美子「フェルメールの街」


気になってた本。故郷デルフトで、青年フェルメールが躍動する。


オランダの運河の街、デルフトで、実家の宿屋を手伝いながら高名な画家のアトリエに通っていたヨハネス(フェルメール)は、子供の頃に別れ、呉服商として修行し帰郷したレーウと再会する。街では、陶器の絵付け師らの失踪が相次いでいた。昔ながらの運河飛びをして遊んでいた時、飛び込んだ果樹園の茂みで、2人は死体を発見するー。


ミステリー仕立てになっているが、話の多くは青年ヨハネス・フェルメールの行動に割かれている。絵画的なインスピレーションを与えるカタリーナはしかし良家の娘にも拘らず自ら娼館に出入りする。ヨハネスは周囲の反対を押し切ってカタリーナと結婚する。


楽しいのは絵の題材となる人々たち。本好きで頭の良いレーウは後年の学者の絵、ゴツく力持ちのバーブラは牛乳を注ぐ女の絵、「取り持ち女」であろう娼館のやりて婆、もちろんエキゾチックな「真珠の耳飾りの少女」も謎のキャラで登場する。


1600年代のオランダ、英蘭戦争、東南アジア、明、日本までを絡めた展開。エキゾチックな作品である。その中をヨハネス、レーウ、また幼なじみのマルコ、ヤーコプ、手伝いの少女オハナ、バーブラらが活き活きと動く。


フェルメールについては、ほとんどその人生が分かっていない。しかし絵は抜群。私の部屋にも「真珠の耳飾りの少女」の絵はがきが飾ってあるが、たまにはと他の絵に変えたらすぐ息子が「あれ?あの女の人の絵は?」と訊いてくる。これも絵の持つインパクトだな、と思う。魅力ある謎の画家、である。日本で言えば写楽みたいだ。


アンニュイな名作小説、「真珠の耳飾りの少女」もさまざまな絵のモチーフを作っていて楽しめた。謎のアーティストだけあって逆に想像力の広がりを感じる。こちらは色合いが違って物語に見える色彩が明るい感覚。


構成にはどことなくぎこちなさもある、正直。カタリーナとのエピソードの置き場所、またストーリーへの影響力とか、謎すぎる真珠の耳飾りの少女とか。ミステリーそのものをうまく落とし込んでない気もする。


でも読後感は爽やかだった。MVPは気立て良く純情で大活躍の力持ち、バーブラでした。


◼️マルセル・エイメ「壁抜け男」


壁を抜ける、自分のコピー増殖、1/2の人生・・奇抜な設定とドラマ。大いに楽しめる短編集。



フランスの作家エイメの、ウィットの効いた短編集。空想の世界と現実の物語の噛み合いがいい味を出している。舞台はほとんどがパリのモンマルトルで庶民が主人公。1943年発表の本。


【壁抜け男】


壁を通り抜ける能力を持った役所職員デュティエルはある日壁を通り抜ける能力を身につける。最初は医師に診てもらい、小難しい薬を処方してもらうが、やがて自己顕示欲から犯罪に手を染め、 わざと逮捕されて刑務所から何度も脱獄するようになる。そして夫にひどい扱いを受けている美しい女と恋するがー。


壁抜けできたら無敵感。しかしやはりこっけいで少し哀しい結末が。


【変身】


お気に入りのオルゴールを手に入れようとして三人を殺害したデルミューシュはやや痴呆的な大男。裁判の結果ギロチンでの死刑となり執行日を迎えるが、デルミューシュがいるはずのベッドにはー。


集中では少し寓話的な向きの話。変身した後の、周囲の対処には笑える。


【サビーヌたち】


サラリーマン課長補佐の妻サビーヌは、いくつもの分身を同時存在させる能力を持っていた。分身を作り画家と恋に落ちてから歯止めがきかなくなり、ついには何万人もの分身を作り世界に影響を与えるー。


SFチックな話で、良心の呵責からサビーヌは破滅する。特殊な能力を持つと、人間の欲望が素直に出る、という特徴を端的に表した作品。


【死んでいる時間】


マルタンは、2日のうち1日しか存在しない。24時になると消えてしまう体質の男。マルタンはアンリエットという姿勢の娘と恋をし、自分の身の上を打ち明ける。やがて自分が「死んでいる」時間にアンリエットが出かけているのに気付きー。


面白い設定だ。設定の特徴から、恋人はどういう動きをするか、これまた正直な流れ。ラストは冷淡で、機知に富んだひとことでFIN


【七里のブーツ】


掃除婦の母と狭い屋根裏部屋に暮らす少年アントワーヌは、骨董屋に飾ってある一飛びで遠くまで行けるという「七里のブーツ」に憧れ、仲間たちと盗もうとするが失敗。下水工事の穴に落ちみな入院する。アントワーヌの願いを知った母ジェルメーヌはー。


これまでの短編が大人の話とすれば、「七里のブーツ」は少年を主人公にした、みずみずしい感性の児童小説風。掃除婦、しかも未婚の母の立場や子どもらしい心の動き、愛すべき仲間たち、そして骨董屋のじいさんが活き活きと動く。ラストが感動的。


これが発表当時の並びとしたら、短編集としての構成も秀逸かなと。もしこうだとしたら、という発想と、主人公の社会的立ち位置、性格、男女子供、シチュエーションも豊富、展開も興味深い。


よきアミューズメントで遊ばせてもらった感覚。もっと読みたいな、こんな遊び心あふれる、職人的な技巧を凝らした小説を。


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