2026年4月12日日曜日

4月書評の3

◼️ 幸田文「北愁」 幸田文はその言葉の使い方、言い回しに深みが見える。あそぎと順治、いとこ同士の人生。 幸田文といえば私にとってはベスト・エッセイスト。そして小説は「流れる」「おとうと」「きもの」この作品で4作め。独特のシチュエーションを設定しながらも、テーマは市井の人の考え方と行動、成り行きをつぶさに記し、その結果に人情を細やかに捉えている。 あそぎは文人の娘で向こうっ気が強い。年上のいとこ・順治は漁師の跡取りで優しく、あそぎの見立てではのろくさい。いつも顔を合わせているわけではないが近しい気持ちを互いに持つ2人。やがて時は経ち、あそぎも結婚して子どもができ、夫にまつわる女の影に悩み、事業の失敗で貧する。しじゅう北の海へ漁に出ている順治は、気位の高い最初の妻ときっぱりと別れ、優しい後妻を迎えて子をなしていた。危機を察して、順治はあそぎを訪ねる。人生経験を経た2人は何を話し、何を思うのかー。 1972年、昭和47年の作品。幸田文の小説は、派手ではないが、心情を掘り下げることが多い。昭和時代、叔父叔母が多く親戚づきあいがさかんだったころに育った者としてどこか雰囲気を感じ取れる気がする。 荒海の漁師で優しい男、気の強い娘は理知的でどこか哀しさを持つ相手を選び嫁する。設定はそれなりに際立つように、工夫されている。成り行きも対照がおもしろい。それぞれの立場だけでなく、心にわだかまる見えない女と、情景描写がない順治の漁が微妙にシンクロしているようにも思える。 焦点は、家庭のこと、である。いかにも親戚同士の話題になるような事柄であるが、直面する人が多く関心があるであろう妻の気持ち、姑との間柄、そして夫の女関係と家計、病に至るまで、当人たちにとっての問題を取り上げている。 あそぎの内面が中心の小説。少女時代からおそらく30代中盤くらい?までの変化と、日常に関して、問題について、極めて人間らしく切々と綴っている。たとえば川端康成は、女の恋情の表現、その文章は心に響くものだった。幸田文はもう少し素朴に、やはりしみじみと迫る筆致がある。 加えて、幸田文についてはいつも書くこと、ちょっと庶民っぽく、また昭和の文人らしく、幸田文が使うとちょっと可愛らしくもあるような、がらっぱちさもほの混じる、しかも知的ささえ感じられる言葉、言い回しが彩りを添えている。ごったくさ、いりくりしゅんじゅん(入り繰り逡巡)、聞けば聞き腹、見れば見ばらが立つ、一寸のびれば尋のびる、などなど。その表現は、実の娘、青木玉や孫の青木奈緒にもエッセンスが受け継がれていると、著作を読むたびに感じる。 あそぎの文人の父は、文の実父・幸田露伴をイメージするし、幸田文自身、嫁ぎ先の商売が傾いて離婚、家に戻った。その後しばらくして文章を書き始めたのであって、成り行きによっては文豪にならなかったかもしれない。あれも運命、これも運命、だなと。 興味深い、味わい深い読書でした。

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