2026年4月12日日曜日

4月書評の2

◼️ モーリーン・ウィテカー 「シャーロック・ホームズとジェレミー・ブレット」 古典的なホームズのイメージを固めたブレット。 1984年に始まったグラナダTVのシャーロック・ホームズ・テレビシリーズはたちまちのうちに一世を風靡したと言える。日本でも大人気となり、繰り返し再放送がなされている。今でもホームズといえばジェレミー・ブレットを思い出す人も多いかと思う。 この本は3年前の大晦日に自分へのご褒美的に買ったような。で、積んでいた。読む本が手元になくなってついに手を付けた次第。しかし鈍器本で、持ち歩くにも重いし、電車で片手で持つにはギリギリのこの感じ、たぶん恩田陸「蜜蜂と遠雷」以来かな。混んだ電車で落とそうものならかなり危険。にしても、おも・・。 さて、10年間、6シリーズ全41作の内容とブレットの言動、監督、出演俳優などの声、メディアの批評などを集めたもの。ドラマ化には演出上の変更はつきもので、例えば「ギリシャ語通訳」も原作のように悪党を逃すのではなく、運動、行動が苦手なシャーロックの兄・マイクロフト・ホームズが弟とともに追跡、殺人犯と対決する。 そんなものかと思っていたが、ところがこの本によると、ブレットは常に原作を持ち歩き、覚えてしまい、原作から逸脱しないよう監督ら製作陣と対峙していたという。時には激しい口論にもなったとか。 100点以上の画像とともに、ホームズ譚ドラマ版の各話を楽しく追体験しノスタルジーに浸る。美しき自転車乗り、青い紅玉、ぶな屋敷、赤毛組合、名馬シルヴァー・ブレイズ、プライオリ・スクールに海軍条約文書、そして第二のしみ。マスグレイブ家の儀式書、ではブレット・ホームズがキビキビと歩数で距離を測っていたっけ、などと。 ブレットは現場でスタッフに気配りをし、気持ちよく作品を作り上げるタイプの主役だったという。ホームズを徹底的に研究し、コナン・ドイルの娘さんと自らコンタクトを取って話し合い、数々の細かい表情を駆使して洒脱な芝居をした。 犯罪捜査は天才的、しかし内向的で陰気な変人を演じるのは苦難を伴った。ひどく痩せている、という特徴を出すために極端なダイエットに励み、病魔と戦い、最愛の妻との死別でショックを受けながらも走り通した。 プレッシャーは大変なものだったと思う。この世界一のヒーローの母国で、原作の本格的な映像化。先達の作品もあふれていて、相当シビアな目で見られるだろう。しかしブレットは紛れもなく大成功を収めた。そして最終シリーズ終了の翌年、1995年に61歳の若さで亡くなる。最後のホームズ作品は「ボール箱」だった。 ブレットが目指したのは、原作に忠実でありながらも、ホームズの人間味を出すことだという。クールで怜悧、事件がなく退屈するとコカインを打ったりヴァイオリンをかき鳴らしたり、付き合いにくいホームズを自分の演技により人間的な味付けをする。観ていた当時はそこまで詳しく意識はしなかったけども、ホームズとしての所作の芝居には目を惹くものがあったと思い出す。目の動きと大きさ、手指をつかった細かい演技、なとなど。 さて、実は自分の理想像のホームズは、ブレットではない。背の高い、超然としたところのある感じ・・昔テレビで観た映画「バスカヴィル家の犬」のピーター・カッシングかと思う。本書でも触れられているがブレットはハンサムすぎる笑し、背も高いように見えない気がする。 でもしかしけれども、パロディの多いホームズものの古典劇、そのフィールドでホームズのイメージを見事に構築してみせた、その役者魂に感動してました。次はまた20年後とかかな。時代は進む。でもやはりこの40年間、ホームズの映像と言えばジェレミー・ブレットだし、今後しばらくもそうだろう。

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