2023年11月24日金曜日

10月書評の8

週末は東京にいて明治神宮野球大会を観に神宮外苑へ。東京滞在時以来のいちょう並木を観てきた。おのぼりさんです😆

◼️エードワルト・メーリケ
「旅の日のモーツァルト」

モーツァルトに傾倒していたドイツの詩人メーリケが著した楽聖の人生の一場面ともいえる短い小説。

先日内田光子の弾き振りでモーツァルトのコンチェルトを聴いてきた。世界のミツコは本当に好きなピアニストで心から堪能した。

モーツァルトは1787年、31歳の時にオペラ「ドン・ジョバンニ」を作曲し、当時オーストリア領だったボヘミアのプラハで初演、大成功を収めた。前年に「フィガロの結婚」が大変な評判を博していて、翌シーズンのために書き下ろした新作だった。ちなみにウィーンでは両作とも受けがいいとは言えなかった。

この小説は当年の秋「ドン・ジョバンニ」初演のためウィーンから妻コンスタンツェとともにプラハへ向かう途上のエピソードを創作したもの。

モーツァルトは旅の途中に散歩に出て、街道沿いのフォン・シンツベルク伯爵家の庭の東屋で、たわわに実っていたオレンジをもぎりナイフで割る。ところが庭男が来て、その果物は数を数えてあり、今夜のお祝いとして出されるもので、まさに持って行こうとしていたところだと咎められる。これがきっかけとなり、高名なモーツァルト夫妻は伯爵の姪の婚約祝いパーティーに喜んで迎えられる。

パーティーはモーツァルトの演奏、独唱や「ドン・ジョバンニ」の創作秘話の披露、そして妻コンスタンツェが語る、夫の普段のちょっと可笑しな言動やコミカルな事件、そしてハンガリー貴族の室内楽団長を務めるハイドンを通じて、モーツァルト作曲の弦楽四重奏に感激したという侯爵から報奨金が贈られたこと、などの逸話で盛り上がる。

若い夫婦、お調子者の天才モーツァルト、宴もたけなわのタイミングでモーツァルトが、まさにクライマックス、ドン・ジョバンニが晩餐に招いた亡霊がやって来て、死に物狂いの掛け合いの後、ドン・ジョバンニが破滅する場面を再現し曲を演奏する。一堂の緊迫感、臨場感を楽しむ空気が伝わる気がする。

貴重なオレンジを手にとってしまったのは少年の頃イタリアのナポリで観た芝居を思い出していたから、とモーツァルトは釈明する。それは真紅の布を纏う美男子と少女たちの船に青緑の服を着た若い男たちの船が近づき、少女たちと青緑の若者たちの間で多くのオレンジをキャッチボールのように投げ合うシーンのある劇だった。

みずみずしいオレンジは婚約する姪への伯爵のプレゼントであり、どんな由来を持ったものかも語られる。まさに盛りの鮮やかな果実をキーアイテムにして話を面白く展開させる。イタリア南部、ラテンの異国情緒を増幅するような色彩感が抜群だ。

ドン・ジョバンニの要素を絡め、くすりと笑える音楽家の日常を交えー。ストーリー的な盛り上がりはないものの、芳醇だったと思う。


宴は終わり、モーツァルト夫妻は伯爵から立派な馬車を贈呈されてプラハへ向け再出発、伯爵の屋敷には前夜の余韻が残るー。ちなみに「ドン・ジョバンニ」の序曲はプラハに入ってから初演ギリギリに書き上げられたんだとか。

モーツァルトは1756年生誕で1791年に35歳で没している。メーリケは1804年に生まれ、20歳で「ドン・ジョバンニ」を観たのだとか。ちなみにイタリアへは行ったことがないらしい。

物語と注解の次には「ドン・ジョバンニ」のおおまかなストーリーが紹介されていて理解が進む。解説では音楽的とも評されているこの短編。ひょいっと古書店で偶然見つけたもの。ちょうど内田光子のコンサートの直後。もう自然に手が伸びた。

いい噛み合わせと歯応え。いい気分の読書でした。

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