2023年11月27日月曜日

10月書評の9️⃣

神戸モダン建築祭に行ってきた。東遊園地近くの高砂ビル、神戸税関、ランチはシンガポール🇸🇬チキンライス、北野へ坂登って長く公開してなかった、とはいえコンサートなどに再利用はしているシュウエケ邸、北野メディウム邸、もとはドイツ人のお屋敷の中華民國留日神戸華僑總會など。天気も良くて、楽しく回った。久々に工事中のカバーが取れた神戸ポートタワー。ライトアップでは多色のイルミネーションができるようになり、最上部に外展望台も作るとか。営業は春から、点灯は12月下旬からだとか。嬉しかった。エモい。

◼️ 石川九楊「書と日本人」

金印が意味するもの、遣唐使廃止の+αの理由、モンゴル・元の台頭が招いたものとは。大胆な説、勉強になった。

まさにタイトル通りで、歴史状況、道具、絵画に描かれた書道の様子などから、専門的な説を言い切りで出してくる。書への愛情が強くにじむ1冊。

「漢委奴国王」の金印は紀元57年のもの。ということは中華の冊封体制の中で、この時期には漢文、漢語を十分理解して国際交渉まで出来ていたという事実を表している。

私の故郷の小学校区にあり昔よく遊んだ公民館はいま奴国の丘歴史公園、というものに変貌を遂げている。昔から遺跡発掘作業が行われ、教科書にも地名が乗る土地柄で、いまは奴国の中心地があったとされている。公園には歴史資料館やドーム状の建物があり、ドームでは弥生時代の甕棺(かめかん)の墓を発掘した状態で展示している。

公務員の父親が金印の寸法を測った、と言う話を小学生時、友人に聞かされるなど発見された福岡では何かと身近な存在。この金印は我が国で最も古い文字の記録らしい。

秦の始皇帝が中華世界を統一した紀元前200年ころから漢語が周辺地域にあふれ出し、その後仏教が伝来した日本では写経により識字率が上がっていった。やがて日本語の発音に漢語を合わせる方向となり、万葉仮名、さらには楷書、行書、草書と書体が移っていく中でついに平仮名が生まれ、和歌や女官であり女流作家であった人々、清少納言とか紫式部ですねー、によって和文というものが生まれていった。

菅原道真が遣唐使を廃止したのは、唐が滅亡の危機に瀕していたこと、渡海の危険に加え、自国の文字が多様化し、もはや言語的に得るものはないと判断したから、というニュアンスもあったのだとか。

元の台頭により滅ぼされた宋の知識人たちが日本に大挙亡命し、これにより当時宋のトレンドだった禅宗が大々的に取り入れられることになった、という説はストンと落ちた。禅宗は位置付けや歴史がもうひとつ分からない。見えないところの霧が晴れた気分である。

三筆は空海、嵯峨天皇、橘逸勢、三蹟は小野道風、藤原佐理、藤原行成。柿本人麻呂や空海、小野道風らの書の特徴とその役割などは興味深い。書道とくれば奈良の大仏を造らせた聖武天皇の妻・光明皇后の「楽毅論」はやはり出て来ている。相変わらずゴツゴツした字だとちょっと微笑。

自分は習字を1年間やっただけ。でもどこか墨を使う書道は好きで、中学でも高校でも必修クラブは書道部、選択芸術も書道だった。書はこうして何年かに1度知識を整理し刺激を与える。今回は出てこなかったが良寛の書は人気が高く、その秘密を再認識したいと思ってたりする。

やはり書は面白い。また関連本を読もうと思う。

2023年11月24日金曜日

10月書評の8

週末は東京にいて明治神宮野球大会を観に神宮外苑へ。東京滞在時以来のいちょう並木を観てきた。おのぼりさんです😆

◼️エードワルト・メーリケ
「旅の日のモーツァルト」

モーツァルトに傾倒していたドイツの詩人メーリケが著した楽聖の人生の一場面ともいえる短い小説。

先日内田光子の弾き振りでモーツァルトのコンチェルトを聴いてきた。世界のミツコは本当に好きなピアニストで心から堪能した。

モーツァルトは1787年、31歳の時にオペラ「ドン・ジョバンニ」を作曲し、当時オーストリア領だったボヘミアのプラハで初演、大成功を収めた。前年に「フィガロの結婚」が大変な評判を博していて、翌シーズンのために書き下ろした新作だった。ちなみにウィーンでは両作とも受けがいいとは言えなかった。

この小説は当年の秋「ドン・ジョバンニ」初演のためウィーンから妻コンスタンツェとともにプラハへ向かう途上のエピソードを創作したもの。

モーツァルトは旅の途中に散歩に出て、街道沿いのフォン・シンツベルク伯爵家の庭の東屋で、たわわに実っていたオレンジをもぎりナイフで割る。ところが庭男が来て、その果物は数を数えてあり、今夜のお祝いとして出されるもので、まさに持って行こうとしていたところだと咎められる。これがきっかけとなり、高名なモーツァルト夫妻は伯爵の姪の婚約祝いパーティーに喜んで迎えられる。

パーティーはモーツァルトの演奏、独唱や「ドン・ジョバンニ」の創作秘話の披露、そして妻コンスタンツェが語る、夫の普段のちょっと可笑しな言動やコミカルな事件、そしてハンガリー貴族の室内楽団長を務めるハイドンを通じて、モーツァルト作曲の弦楽四重奏に感激したという侯爵から報奨金が贈られたこと、などの逸話で盛り上がる。

若い夫婦、お調子者の天才モーツァルト、宴もたけなわのタイミングでモーツァルトが、まさにクライマックス、ドン・ジョバンニが晩餐に招いた亡霊がやって来て、死に物狂いの掛け合いの後、ドン・ジョバンニが破滅する場面を再現し曲を演奏する。一堂の緊迫感、臨場感を楽しむ空気が伝わる気がする。

貴重なオレンジを手にとってしまったのは少年の頃イタリアのナポリで観た芝居を思い出していたから、とモーツァルトは釈明する。それは真紅の布を纏う美男子と少女たちの船に青緑の服を着た若い男たちの船が近づき、少女たちと青緑の若者たちの間で多くのオレンジをキャッチボールのように投げ合うシーンのある劇だった。

みずみずしいオレンジは婚約する姪への伯爵のプレゼントであり、どんな由来を持ったものかも語られる。まさに盛りの鮮やかな果実をキーアイテムにして話を面白く展開させる。イタリア南部、ラテンの異国情緒を増幅するような色彩感が抜群だ。

ドン・ジョバンニの要素を絡め、くすりと笑える音楽家の日常を交えー。ストーリー的な盛り上がりはないものの、芳醇だったと思う。


宴は終わり、モーツァルト夫妻は伯爵から立派な馬車を贈呈されてプラハへ向け再出発、伯爵の屋敷には前夜の余韻が残るー。ちなみに「ドン・ジョバンニ」の序曲はプラハに入ってから初演ギリギリに書き上げられたんだとか。

モーツァルトは1756年生誕で1791年に35歳で没している。メーリケは1804年に生まれ、20歳で「ドン・ジョバンニ」を観たのだとか。ちなみにイタリアへは行ったことがないらしい。

物語と注解の次には「ドン・ジョバンニ」のおおまかなストーリーが紹介されていて理解が進む。解説では音楽的とも評されているこの短編。ひょいっと古書店で偶然見つけたもの。ちょうど内田光子のコンサートの直後。もう自然に手が伸びた。

いい噛み合わせと歯応え。いい気分の読書でした。

10月書評の7

東京庭園美術館、新館の美術展も小規模ながらセンスがよくて、刺激を受けました。

◼️ Authur  Conan  Doyle 

"The Greek Interpreter"「ギリシャ語通訳」


ホームズ短編原文読みも56のうち40に到達。第2短編集「シャーロック・ホームズの回想」より異国の匂いがする物語。


この話の最大のトピックはシャーロック・ホームズの実兄であるマイクロフト・ホームズの初出演でしょう。彼は次の次の短編「最後の事件」時を経てホームズが華々しく復活する「空き家の冒険」そして「ブルース・パーティントン設計書」に登場します。先に書くと、ハリガネのような弟と違いでっぷりした巨体で弟シャーロックに優る推理力を持っています。


びっくりしますよね。んじゃシャーロックよりも有名なんじゃないの?なんて。しかし、彼は事件の推理や人間観察はこの上なく優秀なものの、裏付け捜査や捜索などの活動を好まない安楽椅子探偵的な人物なのです。


人と話をしたり、他人に関心を持つことが禁じられている「ディオゲネス・クラブ」という奇妙なクラブの発起人の1人で、極めて狭い範囲にある職場とクラブと自宅だけが行動範囲だとされています。


その職場は、ホワイトホール。政府の機関で会計監査をしている、とホームズ。いわば下級役人というわけですが・・この時点ではワトスンと知り合ってまだ日が浅かったために正体を隠したと、ホームズが「ブルース・パーティントン設計書」の中でワトスンに明かしています。マイクロフトは政府で重要な地位にあり、時にはマイクロフトが政府そのもの、と言えるほどの特殊な立場なのでした。


さてではようやく「ギリシャ語通訳」スタートです。そもそもマイクロフトのことをワトスンに話したのは、珍しく自分の親族、ルーツの話題に触れた時でした。


"My ancestors were country squires,"

「僕の祖先は地方の郷士だった」


"my turn that way is in my veins, and may have come with my grandmother, who was the sister of Vernet, the French artist. "


「僕の血管を流れる性質は祖母から来たのかもしれない。フランスの芸術家ヴェルネの妹なんだ」


なかなか知られないホームズの過去。なんかゴルゴ13の正体が少しずつ分かるような感じですねー。私はある展覧会にヴェルネの絵があるというので観に行ったことがあります。後で調べたらここに出てくる実在の画家ヴェルネのさらにお祖父さんでした。代々画家さんの家系なんですね。


さて、遺伝だとどうして分かる?というワトスンの問いに、果たしてホームズはこう答えます。


"Because my brother Mycroft possesses it in a larger degree than I do."


「僕の兄弟のマイクロフトは僕よりも才能があるからだよ」


ワトスン、ダブルでびっくりします。孤独な思考機械だと思っていたホームズに兄弟がいたこと、加えてさらに、ホームズ以上に特異な才能の持ち主が存在しているだなんて・・!そりゃ君の謙遜だろう、と言うとホームズは


"I cannot agree with those who rank modesty among the virtues. To the logician all things should be seen exactly as they are, and to underestimate one's self is as much a departure from truth as to exaggerate one's own powers. "


「僕には謙遜が美徳とは思えない。論理的な人間は物事をあるがまま正確に見るべきだ。自分の能力を過小評価することは、うぬぼれるのと同じくらい真実からかけ離れているってことだよ」


この言葉には一時感化されましたね。子どものころはアルセーヌ・ルパンと怪人二十面相ばかり読んでいて、大人用のホームズを読んだのはたしか中高生だったかと。謙遜は美徳ではない・・反抗したい盛りの少年には、少なくとも覚えておけばカッコいいと思える言葉でした。


さてともかく、シャーロックより7歳年上だという兄マイクロフトに会いに、2人は先に説明した陰気なクラブ😆ディオゲネス・クラブへと出掛けます。唯一会話が許されている来客室に落ち着きます。


マイクロフトは、シャーロックより背が高く、ワトスンは「完全な肥満体だった」と表現しています。表情は鋭く、


His eyes, which were of a peculiarly light, watery gray, seemed to always retain that far-away, introspective look which I had only observed in Sherlock's when he was exerting his full powers.


「彼の瞳は独特の明るく淡い灰色で、弟シャーロックが全力で思考している時にのみ見られる、どこか深い内省的な眼差しをたたえていた」


フレンドリーな挨拶が済んだ後、直近の事件のことをホームズと話します。ホームズは事件のことをたびたびマイクロフトに相談しているらしいのですね。この後、窓の外を2人で眺めて、道ゆく人の職業、家庭環境などの推理合戦を展開し、マイクロフトがホームズの推理を正したり()するのですが、長いので詳細は割愛します。ぼちぼち事件に入らないと😎


マイクロフトが自分のところへ持ち込まれた事案のことを持ちかけると、シャーロックは乗り気。さっそく外国語に堪能で旅行ガイドや通訳をしているギリシャ人のメラスという人物へマイクロフトが使いを出します。メラス氏はマイクロフトの上階に住んでいるとのこと。ということはクラブのすぐそばです。


すぐに現れた男は背が低く褐色の肌に黒髪、背が低くて小太りでした。いかにもヨーロッパ南方系、しかし話し方は教養のあるイギリス人のものでした。


多言語を操るギリシャ人としてロンドンのホテルに名が知れ渡っているというメラス氏は、2日前の月曜日の夜、突然上流階級っぽい青年の訪問を受けます。通訳をしていると旅行者のトラブルなどで夜に呼び出しを受けたりするのでメラス氏は驚きませんでした。


仕事上の用件で友人がギリシャから来ている。しかしギリシャ語は話せないから、いますぐ自分と一緒に馬車で来て欲しい。青年はラティマーと名乗りました。同意したメラス氏、しかし馬車の中で男は豹変します。鉛が仕込まれた棍棒を出し、紙で覆いをした窓を閉めました。どこに行くのか教える気はない、と言い


"I must warn you, however, Mr. Melas, that if at any time to-night you attempt to raise an alarm or do anything which is against my interest, you will find it a very serious thing."


「言っておかなければなりません。今夜この先、大声を上げたり、我々に逆らうと、深刻な事態を招きますよ」


穏やかな口調、しかし耳障りな言い方で、高圧的でした。メラス氏は抵抗を諦め、馬車は2時間弱走り続けました。ラティマーが窓を開け、メラス氏には一瞬ランプの燃える灯りと低いアーチ型の戸口が見えました。馬車が止まり、外へ出て道の両側の芝生と木も見た気がしましたが急かされて建物へ入りました。


相当広いホールは着色ガラスの暗い灯りでよく見えませんでしたが、扉を開けた男は背が低く腰の曲がったみすぼらしい中年という風体でした。


「ハロルド、こちらがメラスさんか?よくやった!」


ヒヒヒと笑い、不気味な印象を与える中年の男。


"Only to ask a few questions of a Greek gentleman who is visiting us, and to let us have the answers. But say no more than you are told to say, or–you had better never have been born."


「ここを訪れているギリシャの紳士にただいくつもの質問をして、答えを通訳してくれればいいんです。しかし訊けと言われたこと以外をしゃべったら、生まれて来たことを後悔しますよ、ヒヒヒ」


・・脅しのオンパレードですね。


大理石の床、フカフカの絨毯、日本の鎧一式まである豪華な部屋に、ぶかぶかのガウンのようなものを着て、顔色は死人のように青白く、おそろしく痩せ衰えている男が連れてこられました。目だけはギラギラして、顔に十字形に貼られた絆創膏は口をも塞いでいました。


男は座らされました。年配の男が訊き、メラス氏が訳します。男は石板に鉛筆で答えを書きます。


「書類にサインする気になったか」

「絶対にせん!」

「どんな条件でもか」

「私が知っているギリシャ人の司祭のもとで、私の目の前で彼女の結婚を見た時だけだ」

「じゃあどうなるか分かっていような」

「自分のことはどうなっても構わん」


押し問答が続きます。やがてメラス氏は、会話に自分が知りたい質問を混ぜることを思いつきました。


"You can do no good by this obstinacy. Who are you?"


「強情を張ってもいいことはないぞ。あなたは誰ですか?」


"I care not. I am a stranger in London."


「そのつもりはない。ロンドンでは異邦人です」


"Your fate will be on your own head. How long have you been here"


「お前の生死がその態度にかかっているぞ。


"Let it be so. Three weeks."


「それでいいさ。3週間になります」


その後も

「財産はお前のものにならんぞ。どんな拷問を受けてますか」

「悪党の言うことは聞かん。餓死させようとしています。」


といった調子で会話が続きます。男の名はクラティデスで、アテネから来たとのことでした。


その時、突然扉が開き、優雅な若い女性が姿を現しました。最初はラティマーに話しかけましたが、クラティデスを見るなり

「ポール!」


と駆け寄り、クラティデスも口を覆う絆創膏を引きちぎって


「ソフィ、ソフィ!」


と叫びます。2人は抱擁しました。しかしそれも一瞬で、ラティマーが女を引き剥がして部屋の外へ出し、年配の男はクラティデスを押さえつけ、別の扉の外へと引きずっていきました。一瞬独りになったメラス氏はこの家の手がかりを掴もうとさっと立ち上がりましたが、すぐに小さい男が戸口でじっとこちらを見ていることに気づき、それ以上動きませんでした。


"That will do, Mr. Melas,"

"You perceive that we have taken you into our confidence over some very private business. We should not have troubled you, only that our friend who speaks Greek and who began these negotiations has been forced to return to the East. It was quite necessary for us to find someone to take his place, and we were fortunate in hearing of your powers."


「それでけっこう。お気づきのように、我々はなたをとてもプライベートな秘密に引き込みました。あなたの手を煩わせたくはなかった。交渉を始めたギリシャ語を話す友人は東方へと帰らなければならなかったのです。通訳をする人物がどうしても必要でした。あなたの能力を聞き及んで、我々は幸運でした」


そして5ソヴリンを渡し、近づいて、メラス氏の胸を軽く叩きながらこう言いました。ヒヒヒと笑いながら。


"But remember, if you speak to a human soul about this – one human soul, mind – well, may God have mercy upon your soul!"


「しかし、覚えておくんだぞ。もし誰かにこのことを、ただ1人でもだ。しゃべったら、神の慈悲を乞うことになるぞ!」


帰りの馬車では広い草地で降ろされました。人に聞くと、クラパム駅から1マイルほどのワーズワース・コモンでした。ヴィクトリア行き最終に乗れました。


次の朝、メラス氏はマイクロフトに全てを話し、警察に行きました。最初の話からすると、警察はメラス氏を信じてないようですね。


マイクロフトはすべての日刊紙にポールとソフィ、クラティデス兄妹の情報提供広告を出し、ギリシャ大使館に問い合わせていました。そこから先をシャーロックに頼むというわけでした。


2人でベイカー街に戻る途中、おなじみ捜査会議。ラティマーはギリシャ語を話せず、ソフィは英語を話していたことからホームズはイギリスにしばらくいた、と推理します。


今回おおまかな推理は珍しくワトスンが披露しています。ラティマーはイギリスで、自分と一緒に駆け落ちするよう説得した。兄がアテネから出て来て、ラティマーら悪党たちの手に落ち、ソフィの財産を譲り渡すという書類へサインを迫られる。ギリシャ語が喋れない悪党たち、交渉には通訳が必要だ。メラス氏が選ばれた。ソフィは兄の拉致を知らなかったが偶然見つけたー。


"Excellent, Watson!"

「すごいぞ!ワトスン!」


フツーは、はっはっは全く違ってるよ、とやり込めるのに、今回は真実からそう離れてない、と評し、そのままになります。地味だけれどもこりゃ珍しいパターンです。


ともかく、ホームズは、脅迫青年ラティマーとともにソフィーが来てからある程度の日数は経っているはずで、であれば異邦人は人目につく、マイクロフトの情報提供依頼に応答があるのでは、と推測します。


果たしてベイカー街に帰ると、先回りしたマイクロフトが部屋で待っていました。馬車で2人を抜かしたとのこと。


"You don't expect such energy from me, do you, Sherlock? But somehow this case attracts me."


「私にこんな活力があると思わなかったろう?どういうわけかこの事件は気になったんだ」


シャーロックたちが帰ってからすぐソフィをよく知っているというJ.ダベンポートという人物から情報提供の手紙が届き、彼女はベクナムのマートルズ荘に住んでいるとのことでした。


ホームズたちは、ダベンポート氏に事情を聞くより、兄ポール・クラティデスの生命が優先と、スコットランドヤードのグレグスン警部を訪ねてベクナムへ向かうことにします。途中メラス氏を拾うことにしました。


メラス氏宅に行くと、なんと年配の方の悪党に連れ去られた後でした。日刊紙に広告を出したことで裏切りはバレています。余計に深刻な事態になりました。急ぎ警察に着きましたが、しかし、家宅捜索の法的な手続きをすふるための説得に1時間以上かかってしまいます。


マートルズ荘の灯りは1つもついていませんでした。ホームズは轍の深さから、重い荷物を積んだ馬車が出ていった後で、家はもぬけの空ということを見抜きます。閉まっている玄関扉に警部らがアタックしている時、ホームズは窓をひとつ開けてきた、と。巧妙な方法で留め金を元に戻すのを見てグレグスン、


"It is a mercy that you are on the side of the force, and not against it, Mr. Holmes"


「あなたが警察の側のいてくれるのはありがたいことです。敵対する立場でなくてホンマよかった」


日本の鎧一式を横目に建物内を調べるうち、うめき声が聞こえて来ました。ホームズたちは走り、マイクロフトは巨体の許す限り早く追いかけます。


声が聞こえてくる部屋を開けると、真鍮の三脚の台の上で石炭が燃えていました。煙が充満した部屋の奥に2人の男がぐったりしていました。シャーロックは窓を開けて三脚台ごと外へ投げ捨てました。そして皆で中毒した男たちをなんとか明るいホールへと運び出しました。


2人とも固く縛られていました。メラス氏の顔は鬱血して眼が飛び出し、殴られた痕がありました。もう1人、顔に絆創膏が貼られた男の方、ポール・クラティデスは、手遅れでした。ワトスンがアンモニアとブランデーで処置し、メラス氏は1時間ほどで蘇生しました。


メラス氏の話によれば、ヒヒヒと笑う年配の男に棍棒で脅され誘拐された、そして最後の交渉の通訳をさせられた。もちろんポールは頑としてNOでした。彼らはクラティデスを監禁場所に戻し、メラス氏の裏切りをなじった後殴って気絶させ、閉じ込めて石炭を焚いて、逃げたのでした。


その後、広告に返答して来た紳士から、事情が知れました。ソフィは裕福なギリシャの一族の出身でイギリスの友人を訪ねて来ていたところ、ラティマーに騙されて駆け落ちした、友人たちはアテネにいる彼女の兄に知らせた。ヒヒヒと笑う年配の男はウィルソン・ケンプという前科者で、ラティマーとケンプは兄ポールを監禁、飢餓の拷問をしてソフィの財産を手放すよう脅迫した。顔に絆創膏を貼ったのは、ソフィが暮らす屋敷に監禁していたため、少しでも見分けがつきにくくするためだった。


まあその、ダベンポートという紳士がどこまで知っていたのか、たぶん後半は悪党たちに使われていた御者夫婦から聞いたのだと思われますが、その点あいまいな書き方です。


ともかく、悪党とソフィは逃げ去りました。しかし数カ月後、ハンガリーはブダペストの新聞が、スコットランド・ヤードか、おそらくはマイクロフトからベイカー街に届きました。


女性を連れて旅をしていた2人のイギリス人男性が刺殺された、ハンガリー警察の見解は仲間内のけんかで刺し合ったのだろうというものだった。


しかし、ホームズはー


Holmes, however, is, I fancy, of a different way of thinking, and he holds to this day that, if one could find the Grecian girl, one might learn how the wrongs of herself and her brother came to be avenged.


ワトスンが思うに、違う推理をしている。もしソフィを見つけることができれば、不正行為と兄を殺された件の復讐がどのようになされたか分かるだろうとずっと思っているー。


いかがでしたでしょうか。ヨーロッパらしく異国情緒のある不気味な物語、また若く美しい女性が一瞬の救世主のごとく突然登場します。また、ギリシャ語の尋問は特殊で面白みがありますね。


しかしながらどうも描き方や構成は甘く、事件としてどこか粗雑な印象を与えます。しかも最終的に解決せず、おとぎ話のように終わります。


私としてはそれでもこの話は嫌いではないですが、やはり眼目はシャーロック以上に推理能力のある、しかも政府の要職をしているマイクロフトという兄を造形、登場させることにあったと思います。


こうしたバイプレーヤーたちは、後にシャーロッキアンたちが描くパスティーシュやパロディでは格好のネタで、マイクロフトはなにせ時に政府を動かすほどの権力の持ち主ですから活用しやすいようで、頻繁に登場することになります。ついでに言えばロンドンで最も奇人変人の集まるクラブ、ディオゲネス・クラブも大人気です。悪の天才、宿敵モリアーティ教授、ホームズが特別視し、唯一恋したとみなされているオペラのプリマドンナ、アイリーン・アドラーと並んでいます。


マイクロフトの場合はいわゆる聖典、原作にも味のある役でその後何度か登場します。終わりです。




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