2023年10月20日金曜日

10月書評の7

【秋のお出かけ④ 奈良】

7〜8年前に行った奈良・飛鳥を再訪。秋晴れのサイクリング。レンタサイクルの値段インバウンドで爆上がりしてたりして、なんて思ってたら1円も動いてなく1日900yenでした。

前回行った飛鳥寺や甘樫丘などはパスして今回は蘇我氏の墓とも言われる石舞台古墳と飛鳥京跡、キトラ古墳。

石舞台は下にもぐれます。飛鳥京は推古天皇から天武天皇、持統天皇まで。ワタクシこのへんの歴史小説大好きで、建造物がほぼなにもない飛鳥京跡で古代の風に吹かれながらしばし感慨に耽ってました。暑くも寒くもなく気分良く、最高だなと。

慣れは怖いもので、キトラ古墳も大きな道を行けば難しくないものを方向分ってるからと近道をしようとしてとてもとてものすごい上り坂に出遭ってしまうなど多少迷ったりして。気持ちいい気候でも3時間も乗ればバテるしお尻は痛いしハンドルを握る手も疼いてくるし。ヘロヘロになってキトラ古墳と四神の館を見学。

ちょっと疲れたけど、楽しい飛鳥旅の日でした。ちなみに滋賀編、和歌山編はないのであしからず。

◼️カズオ・イシグロ「クララとお日さま」

煩わしい人間の現実と、奇跡。リーダビリティとは、行間から漂うものとは、と考えてしまった。

私はノーベル賞作家カズオ・イシグロの最新作だから、構えていたのだろうか、もし名前を聞いたことのない著者の作品だったらどう思っただろうか。

・・なんて考えた。本から受ける感銘は複合的な要素から成ると思っている。加えて、本を読むときは物語に没入したり、一歩引いて、これはこういう効果、役割を狙ったものかもしれない、などと考えたり、その時の心の向け方、方向性がまさにランダム。それでも佳作秀作は多くの人の心を捉えるもの、というのが長く本読みをしている中での感触だ。

「クララとお日さま」は近未来の設定で、クララは児童タイプのAF、女子型人工親友。最新型ではないが優秀な性質を持ち、観察力、それによる判断、習得する技能に長けている。彼女は販売時ショップの外から見える場所に立っていたところを幼い女の子・ジョジーに見初められ買い取られる。

ジョジーの家は母子家庭で、母クリシーは先にジョジーの姉サリーを病気で失っていた。そして、ジョジーもまた、深刻な病魔に冒されていた。クララはAFとしてジョジーの身体を治すべく、思い切った行動に出るー。

ロボットが人間とともに生活する、という設定はSFではよくある設定かもしれない。しかしこの作品はヒリヒリした緊張感を伴っている。離婚、格差社会といった前提で人々の会話には不和や意見の相違が常にあり、殺伐としている。さらに子供の生死、将来が目の前にある親たちは気持ちが行きつ戻りつし、セリフも長く、惑いがよく見える。

そこでクララはすべてに従順な低い立場で周囲から見下されている。必要ない時は部屋の隅や廊下でじっとしている。

観察力に加え、機械ならではの分析能力があり、人間世界で体験することに対して先入観なく述べるモノローグはこの世界の実相をあぶり出す。

そして誰にも見えない、自然界の法則を掴み、ジョジーの生存の可能性のために大胆な策に出る。クララにとっては戦略でも、人間にとって、読み手にとっては無垢で荒唐無稽、しかしー。そのためにクララは自らの行く末が大きく左右されてしまう。

途中で、そうか、クララは最も立場が弱くて、だから人間の本音も真実もつかめるんだ、と気づいて、その仕掛けに唸った。各所の緊張感ある場面設定とつながり、その中で冷静なクララ、ストーリーの流れなど、物語のピースがあるべきところに収まっている。

この作品は何を暗示しているのだろう。コロナ禍の中仕上げられたのか、それとも現今の戦争多発状態を予期していたのか。お日さまは何のメタファーなのか。

特に後半は熱中して読み進んだ。これがリーダビリティというものかも、世界的作家の技かもしれないと思いつつ。

読後特に良かった、心酔した、と思った後に来るのは、反作用的な図式への分解。ロボットが人間の世界に入って、まとまりのつかない、よく分からない近未来社会の中で、少々幼なげで幻想的ファンタジーっぽい仕掛けを中心にしているってことじゃないのか、なんて思う。そういう時、冒頭に上げたノーベル賞受賞者だから必要以上に思い入れたんじゃないのか、無名の作家だったらここまでの心の盛り上がりはないんじゃないのか、なんて考える。

しかし、違う、という声もまたする。ディテールに至るまでバランスが取れて、さまざまな示唆を含んだ、分かりやすい物語であり、お日さまのことも、単純無垢ではなく、美しく希望に満ち、対比も鮮やかなワークではないのかなという気持ちが強い。

うーむむ、ここまで思いを至らせるのだから、やっぱりリーダビリティのある、行間のリッシュな作品なのだろう。とても良い読書でした。

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