年が明けてから、外国小説ばかり。
◼️ アーデルベルト・フォン・シャミッソー
「影をなくした男」
表紙が目を引く奇想な本。微妙な空気は著者の時代体験か。
いかにも奇譚という書名、シャミッソーという著者名、そしてこの、岩波には珍しい?そこはかとなく怪しそうで目立つ表紙絵。ホフマンほか、この時代のヨーロッパの奇妙な話は独特の深い魅力を帯びている。
貧乏なペーター・シュレミールは、職を求めて裕福なヨーン氏の元へ身を寄せる。パーティーで、大きな望遠鏡、トルコ絨毯、はては屋外テント一式や馬具付きの馬といったものたちを、なんと小さなポケットから全部取り出してみせる、灰色の服の男にびっくりする。周りの人々は彼をさして気にかけてないようだ。
そしてシュレミールは灰色の服の男に請われるまま、自分の影と、黄金の金袋を交換する。一瞬にして大金持ちになったシュレミール。しかし、影がないことで不幸に襲われるー。
あの男には影がない!通りがかりの子ども、親しくしていた者たち、婚約者とその家族、果ては悪賢い召使いーまた名前がラスカルときたー、からも疎まれるシュレミール、魂の契約へと誘う悪魔、頂点から奈落へと変転し、悩み苦しむシュレミール。気の弱さがどうも先日読んだコンスタン「アドルフ」のぐずぐずの主人公や太宰の「人間失格」を思い出すような気もする。
しかしながらシュレミールは途中から七里靴を手に入れ、それで物語の風向きが一気に変わる。シュミレールには学があり、知識を活かそうとする才がある。
著者本人は影の意味をしつこく尋ねられて閉口していたという。けれども、物語をシャミッソーの体験になぞらえる解説もまたストンと落ちる気がする。そういう風に書いているのかもだけれど。有名貴族の家に生まれたもののほどなくフランス革命で地位を追われ、幼くしてプロシアの妃のお小姓となって家計を助け、ドイツ人としてナポレオン戦争に従軍した。親族はフランスに帰還していたため、ドイツにいてはフランス人と見られ、フランスは戻るとドイツ人と見られたという。この周囲からの異端視、怖れ、は常にシュミレールが苛まれる、身の置きどころのない雰囲気と一致する。
やがてベルリン大学で自然科学を勉強、このころに「影をなくした男」を書き上げている。その後世界を巡ったシャミッソーは植物学者となり、若い娘と結婚して家庭を築いた。このへんもまあ物語の成り行きと付合する。ふむふむ。
クリスマスだったかと思うけども、気に入っている小さな古書店で小粋な感じで並べられていたうちのひとつだった。お店の方から「この本私も大好きで、手に取っていただけたの嬉しいです」との言葉をいただいた。年末、クリスマス時期はどこか特別な、ファンタジックなフィルターがかかる気がする。すぐに新しい年が来て、雰囲気ががらりと変わるからだろうか。
シャミッソーは本書が書かれた前年に「ウンディーネ」をものしたフケー(フーケ)と交友していた。で、この原稿を入手したフケーは無断でさっさと出版してしまったらしい。「くるみ割り人形」「砂男」のホフマンも影響されたとか。
七里靴はどこか他の物語でも見かけた。この物語発祥なのかどうかは分からない。夢のある話だなと。この好奇心を抱かせるような古典の匂い漂わせる訳も好ましい。
しつこく言い寄る灰色の服の男に対するシュレミール。魔物のほうもどこかおかしくて、奇妙にしつこい。一方でやはり長いスパンや人生に潜んでいるもの、人間の意思、諦念をも感じさせる。影、というのは近しく、無力で、言葉もなく、さまざまな物事を体現する、パントマイムのピエロのようなもの。自身の影を客に呑む李白の「月下の独酌」を思い起こす。
楽しめた。近代ヨーロッパのファンタジー、メルヘン系の奇譚はも少し読んでみたいかな。
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