◼️佐藤圭「英語はすべて2文でつながる」
+ワン、一文を足すとかなり違う、ということが伝わってくるテキスト。長年眠らせていた、英語脳の部分が緩やかに再始動したかな。
私は文系で、社会人になってシンガポールに長期出張をした際、自分の中の英語力がそれなりに活用されているのを感じ、英語の映画を観るのが楽しかったりした。
しかしそれも、はるかかなた。相当長い間、英語は仕事になんの関係もなく、知識は脳の奥深くにしまいこまれている。最近になって、英語の感覚を取り戻したいと思うようになり、そのきっかけを探していた。
正直おそるおそるといった感じで読み始めた。
まずは日本語で、会話の時に1文足すだけで会話が生き生きすることを示す。次に、話したい内容を一度別の日本語に置き換えてみる練習。
「気が進まない」→「やりたくない」
I don't want to do that.
「経済が活性化する」
→「人がたくさんお金を使っている様子」
People begin to spend a lot of money.
なるほど。「お金を使う」でスペンド、がスッと出てこなかったのでショックを受けたが、ともかく昔やってたような気が。この部分、なかなかみっちりやるよう、ページ数が割かれている。つまりは大事なとこ。日本語での言い換え、いくつも例文を考えてみる。少しだけれど脳が柔らかくなったような気もしてくる。
で、いよいよ1文を足すエクスサイズ。
パターン1はThank you、I'm sorryといった定型句にもう1文足す形。優しいところから入ってて、しかもTo be honest(正直に言うと)や、You know what?(ねぇねぇ、知ってる?)といった、会話の実践的なフレーズが出てきてて嬉しい。学生の読み書き英語学習では少なくともことさら習わなかった。
会話の幅を広げるため、Youを主語にして文を始めるクセをつける、ふむふむ。ifに続く動詞は未来のことでも現在形、そ、そうだったっけ、そうだよな(苦笑)。
パターン2ではぐっと難易度が上がる感じ。扱う言葉自体は読めるが、言えるかというのはやはりハードル高い。でもたしかに1文足せば、会話が広がるのはよく分かる。例えばこんな感じ。
【1文+具体例(such asを続ける)】
I like classical music, such as Bach and Mozart.
(クラシック音楽が好きです。例えばバッハやモーツァルトのような。)
【1文(感想)+問いかけ(疑問文を続ける)】
The show was exciting. Have you ever
seen it before?
(そのショーは面白かったです。見たことがありますか?)
なんかは、最初の1文だけで終わらせることもできるが、後を続けることで相手にも会話を続ける材料が提示される。
レッスンは、1課題ごとに見開きページの定形になっていて、左ページで例文をたくさん示してくれているから、右ページの英文を作ってみる練習問題にもなんとかついていける。パターン2まで来ると、目に見えて考え込んだり停滞することが増え、読むスピードが落ちる。でも必要な時間なんだなと思いつつページをくっていく。
such as(例えば)のほか、I mean,(つまり)、By the way,(ところで)のような言いまわしから、butを使った展開、andでのつなぎ、そして5W1Hの使い方までみっちり、という感じだった。
やはり読んでいるとハッとすることも多い。
「〜したらいいと思うよ」というshouldの意味合いは腑に落ちたし、同じ表現を繰り返してもう1文、例えば
Thank you. It's very kind of you.
(ありがとう、あなたは優しいのね)
なんかは、小説の訳出でよくある繰り返しで、これが英語の感覚なのかと思った。
またWhy don't we〜?、In comparison with(〜と比べて)なんかは新しい知識をゲットした気分である。ほとんど忘れないためにいまここでわざと書いている(笑)。
レッスンページを全部終え、残りを開けると、特段案内されていたわけでもないのに、書くレッスンの練習問題の解答例が全レッスン分、シンプルに整理されて書き連ねてある。例文を見て、あとは自分で考えましょう、形式だと思っていたからちょっとびっくり。ここで復習ができる。なかなかニクい構成だった。
もちろん1回読んだ、この本でレッスンしただけでは英会話が上達することはあり得ない。今回は、1文プラスのレッスンと同時に、英会話、英文についての「慣れ」を少しでも上げられたのが大きかったと思う。継続は力、というか、継続しないと失われる。うーん、シャーロック・ホームズ原文読みを本気でやってみようかな。リスニングもやりたいな、という気になっている。
長年眠らせておいた英語脳、感覚を呼び覚ますには良い本だった。
◼️宮部みゆき
「おそろし 三島屋変調百物語事始」
怪談シリーズ初章。ひさびさの宮部みゆきはゆったりとして、洞察豊かで、残酷で、やっぱりどこか、小憎らしい(笑)。
本友がまとめて貸してくれたので、しばらくかけて読破しようかなと。私は宮部みゆきをあまり読まない。「火車」「理由」「小暮写真館」「荒神」くらいかな。
川崎宿の旅籠屋の娘、おちかは自分を巡る悲惨な出来事から、叔父、伊兵衛が営む江戸は神田三島の袋物屋「三島屋」に引き取られ暮らしていた。ある日、急な用で伊兵衛が外出した折、碁の約束があった建具商・松田屋藤兵衛を迎えたおちかは、庭の曼珠沙華を異様に恐れた藤兵衛から、成り行きで身の上話を聞くことになる。それは、兄弟の間の、人間臭くあまりに悲しい因縁話だった。
おちかから事情を聞いた伊兵衛は一計を案じ、礼金付きで不可思議な話を集めている、と街中にふれ、おちかに聴き手を務めさせるー。
藤兵衛の話が「第一話 曼珠沙華」。「第二話 凶宅」は、おたかという女から聴く。錠前直しを生業としていたおたかの父が、不思議なお屋敷と出会い、やがて百両やるから住んでくれ、と頼まれる、魔の家の話。
そして、おちかの口から語られる自身に起きたこと。人間の嫌な部分がむき出しになったような「第三話 邪恋」
「第四話 魔鏡」は、明るく福顔の女が話す、離れて暮らしていた姉弟と手鏡に関する、悲惨で、背筋に氷があたるような、かつ美しい話。そして「第五話 家鳴り」でつながる。
宮部みゆきに手が伸びない理由は、好みでないむごさがありそうなこと、そして、できすぎていること。この作品も表現もストーリーも文調も深みがあり、人間の心をとてもよく考えている印象を受ける。
第五話、おちかが奇怪な出来事の元凶に向かっていく一連の展開の中で、これからも出てくるであろう、悪魔の手先のような番頭風の男に、読み手が物語を読みながら薄く、しかし確かに気になっていた、その核心を語らせる。百物語、今後を感じさせ、心の闇のさらなる深奥を認識させる仕込みには唸ってしまうものがあった。
感想としては、個々の物語や趣向はおもしろ凶々しかったものの、最終章を含めやや強引さがあったかなという気はする。深みを味わいつつ、その構成の完成度は、考えられたプロットだからこそ、ちょっも小憎らしいものを感じたりして、クスっとなったりする。
でも、シリーズでどっぷりつかってみるのも悪くないと思っている。やっぱり、読まないで遠ざけるより読んでみるのが本読みの本筋。このさい先入観を持たず心を白くして、楽しんでみようかと。
◼️恩田陸
「ブラザー・サン シスター・ムーン」
最初エッセイかな?と思う。文学部、ジャズのビッグバンドに所属していた恩田陸が、経験をベースにして創った物語。
恩田陸の経歴といえば、仙台のイメージがまずある。またやはりワセダの、作家編集者を本気で目指す人の学部じゃないか、とも記憶している。やっぱワセダ、ジャズ研のトップが相当なレベルだと業界にも認知されライブハウスの枠を持つ、だなんて、世界の成り立ちを感じたりする。
楡崎綾音、箱崎一、戸崎衛(まもる)の3人は高校の同級生で同じ大学。綾音と衛は一時付き合ったが自然消滅、綾音と一は、部屋に単独でも遊びに行く気のおけない友人。一と衛も会えば話す仲。3人は高校の屋外授業で同じ班になったとき、人が消えたようにいなくなった田舎町で、空から川に落ちた蛇を見たー。
大学時代の4年間、というものテーマに3人それぞれの目線で捉えた作品。巻末の対談で著者本人が語っている通り、綾音の目線の第一部「あいつと私」では貧乏で地味な女子学生ライフときっかけ、への出逢いが語られる。リアルすぎるし、あれ?これって小説じゃなくてエッセイだったっけ?と思ってしまう。
「あいつと私」は石坂洋次郎の小説タイトル。また、ちょうど兵庫は芦屋の谷崎潤一郎記念館に行った帰りに読んでて谷崎も出てきたから暗合に嬉しくなったりした。
第二部「青い花」は衛のモダンジャズ研究会での4年間。「レギュラー」と呼ばれるトップチームは業界でも評判となり、ライブハウスの枠も持つ。レギュラーを目指してしのぎを削る衛たち。しかしトップチームでアルトサックスが抜群に上手い先輩もまた一般就職の道を選ぶ。
ジャズは好きで、なかなか楽しめた。アルトサックスが、どれくらい上手いのか聴いてみたくなる。しかし私も楽器の才能が欲しかった。恩田陸みたく、ジャズバンドなんかに挑戦してみればよかった。やっぱみんなポジティブだなあ、なんて思ったり。衛のバンドのリーダー、オズマが京都のボンボンで、その関西弁が入っていることがリアリティを強めていた。
第三部「陽のあたる場所」は前の2話にもちょいちょい出てくる箱崎の話。時代は移り、金融系に就職した一は、高名な映画監督になっている。主語を揺らす、短いブロックごとに変えたりして、少し物事に距離を置き冷静な一のスタンスをある意味人間臭く炙り出している。大学での年月は回想。工夫が見て取れる。
うーん、ちょっと腹黒いかも笑。インタビュアーを刺しまくり。「陽のあたる場所」は綾音、衛と観に行ったイタリア映画のタイトル。
最終の「糾える縄のごとく」は3人をつなぐ校外活動の篇。最後に大学の先輩、第二部でアルトサックスのモデルとなった方と恩田との対談となっている。
私は地元の大学で、友人と大学の時くらい、東京に出て感性を磨きたかったね、と話したこともある。ことに東京六大学というのは特別感があって、こうやってテーマの小説や人の話を聞いていると、日本の中心にぐっと近づいているような雰囲気を感じる。作家編集者を本気で目指す者たちが作家デビューした恩田にやっかみの態度を向けた、というか述懐も、さもあらんと思える。
大学4年間はなんだったんだろう?総括の機会も必要もいまのところないし、ショボかったなあと思うが、懐かしく思い出す。あまりスケールの大きい話ではないが、感慨を新たにした作品だった。