関西では最高気温37度などが続き猛暑となっている。まあしゃあないか。盛夏はあと1ヶ月くらいだ。夜は開け放してノンエアコンで寝ている。風があれば、意外に眠れる。熱中症には要注意ー。
◼️「ごきげんいかが、ワトスン博士」上下巻
書評サイトで嬉しいことに当選した本。
堪えられない。いろんなものがギュッと詰まり、スピード感豊かに展開する。シャーロック・ホームズ譚の謎めいた美しい花、アイリーン・アドラーが大活躍。シャーロッキアン的興味も大いに満足させてくれる。
ゴドフリー&アイリーンの夫婦と、親友のペネロペ・ハクスリー(ネル)はパリ郊外ヌイイにある家で共に暮らしていた。かつてボヘミア王とのスキャンダルで王に依頼されたシャーロック・ホームズの追及を交わした3人は王やホームズから身を隠す必要があった。
パリの街中で出逢った男がネルの名を口にし、直後に行き倒れる。ヌイイの家に連れ帰った男は、ネルが昔故郷で家庭教師をしていた子らの叔父、スタンホープだった。昔を懐かしむネル。しかし突然、スタンホープとネルが一緒にいた部屋に、銃弾が撃ち込まれる。
スタンホープはかつて「コブラ」という暗号名で軍のスパイをしており、共にアフガニスタンで働いていた「タイガー」が裏切ったという疑念を抱いていた。彼は9年前のマイワンドの戦いのさなか頭を殴られ、軍医の手当てを受けたという。そして自分と、その「ワトスン」という名の軍医に危険が迫っていると告げる。
このシリーズは、最初の「おやすみなさい、ホームズさん」で、身寄りもなく職も住むところも失った女性、ネルが同じく困窮していたアイリーンと出逢ったところから話が始まる。ネルは牧師の娘で、おカタい独身者。詳細に日記をつけるのが習慣のネルの語りで今回もストーリーが進む。
マイワンドの戦い。ホームズ譚をかじった者には強く響くものがある。ホームズの友人にして数々の冒険譚の著者であるワトスンはマイワンドの戦いでジェザイル弾によって肩に負傷、なんとか生き延びたという過去を持つ。
謎とスリルが大好きなアイリーンは姿を消したスタンホープの行方を捜索するが、手がかりをようやく掴んだかに思ったホテルの部屋にはスタンホープはおらず、なんと生きたコブラがいた。
次々と起きるハプニング。目まぐるしい展開の中、カタく世間知らずで天然の三十女ネルと舞台女優のアイリーン、アイリーンの夫で弁護士のゴドフリーが良いバランスで活躍する。ゴドフリーはテキパキと事を処するが、ちょっととぼけた味もある。
イギリスの戦争や軍人のことはフランスでは分からず、一行はロンドンへ。その頃ホームズはワトスンの幼友だちのフェルプスという外務次官が絡んだ「海軍条約文書」事件に取り掛かっていた。ワトスンの留守宅を訪ねてみたゴドフリーとネル。なんとそこにも・・やがて彼らは危険と謎の解決をシャーロック・ホームズに依頼するー。
マイワンドのスパイ事件、猛毒のコブラに、撃ち込まれる銃弾、危険に飛び込んでいくアイリーンの行動と、詳細は書かないが、数々の変装が楽しい。毎度コロッと引っかかってしまった。女性2人が物語の中心らしく、当時の衣装、帽子などなども色彩豊かに描いてある。アルフォンス・ミュシャのポスターでも有名な女優サラ・ベルナールも登場する。
下巻では、どう見ても怪しい、変装してるなコイツ、というキャラがたくさん現れ、ネルが1人でいる博物館に集合するー、どうなる?という見せ場もある。
シャーロック・ホームズの原典を直接的に、そして暗示的に、ふんだんに散りばめているのも楽しい。劇的に解決する「海軍条約文書」はもちろん、登場するコブラは「まだらの紐」を、劇中印象的に登場するマングースは「背の曲がった男」を、さらに「ボール箱」と原典そのままのタイトルの章では、もとの内容を知っている私は何が出てくるかとドキドキした。ネルたちの一行は、原典に出てくるシンプソンズの店で食事したりもする。
さらにホームズ譚最初の作品「緋色の研究」ではマイワンドの戦いで肩を、次に発表した「四人の署名」では脚を負傷したと書いてあるワトスンの「負傷箇所問題」はシャーロッキアンたちの論争の的となっているが、この答えも意識して絡めている。
シャーロック・ホームズのパロディ、パスティーシュは私も数多く読んできたがここまで原典からの情報量が豊富でテクニカル、さらにパロディチックではなく正面から取り組んでいるものは貴重で、好ましいと思う。
このシリーズでは最初の「おやすみなさい、ホームズさん」で「ボヘミアの醜聞」の裏側を描いていて、アイリーンから2人で写った写真を取り戻すべく、代理人探偵として策を弄したホームズはネル側にとって恐ろしい敵となっている。
実際、原典では愛嬌のあるところも見せるホームズは、この作品の劇中では謹厳とした態度を取る探偵として描かれている。「おやすみなさい、ホームズさん」は原典「ボヘミアの醜聞」の文章に忠実に、アイリーン側の視点から見事に組み立ててあった。基本的にはスーパーヒーローと認識されている世界一有名な探偵を、一歩離れた視点から観察するがごとく位置付け、それを継続しているのは興味深い。
アイリーン・アドラーについて、少し書いておこうと思う。
ワルシャワ帝国オペラの元プリマドンナで一時ボヘミア王の愛人となっていたアイリーンは王がほかの王国の姫と結婚することになった時、2人で写った写真を先方に送ると王を脅した。
王の依頼を受けたホームズは大勢のエキストラを雇い、ワトスンにも手伝わせて火事騒ぎを起こし、危険を感じたアイリーンが写真のありかを開けた場面を目論見どおり見て、これで安心だとベイカー街に戻る。すると後ろから「おやすみなさい、シャーロック・ホームズさん」と声をかける者がいた。翌日アイリーン邸へ王と行ってみると、アイリーンは結婚したばかりの夫ゴドフリー・ノートンと逐電したあとで、手紙とアイリーン単独で写った写真が残されていた。王に願い出て写真を貰ったホームズはアイリーンのことを「The woman」(あのひと)と呼んでいる。
「五つのオレンジの種」ではホームズはこれまでの失敗について男に3回、女に1回出し抜かれた、と依頼人に語る。その1回がアイリーンなのである。
さて、ホームズものは最初の長編「緋色の研究」、次の長編「四人の署名」ともそこそこの評価だったという。しかし最初の短編「ボヘミアの醜聞」が月刊誌「ストランド・マガジン」1891年7月号に掲載されるや、爆発的な人気を得た。ホームズが国籍を超えたヒーローになったきっかけの作品では、アイリーン・アドラーが重要な役割を果たしたのである。その後ホームズの他の作品にアイリーンが実際に登場することはなかった。
シャーロック・ホームズには魅力的なサブキャラクターが限定的に登場する。宿敵でロンドンの犯罪王、ジェイムズ・モリアーティ教授しかり、ホームズの兄で政府にも影響力の高い官僚、マイクロフト・ホームズしかり。彼らはもちろんパロディ、パスティーシュの常連だ。アイリーンももちろん大人気ではあるが、ホームズと落ち合って結婚し子供を作るとか、峰不二子ちゃん的な肉感小悪魔的キャラとなるか、というのが多いような気がする。
しかしこのシリーズはアイリーンおよび夫のゴドフリーの魅力を多様に描き、しっかりとシャーロッキアンものとして確立されていると思う。もちろん、最初から最後まで目が離せず楽しめるエンタテインメント小説でもある。
ネルとスタンホープに芽生えた恋。しかし・・続きはあるのだろうか。このシリーズはそもそも1990年代のもので、まだ未訳作品があるようだ。心から、楽しみである。
◼️篠宮あすか「あやかし屋台 なごみ亭 3
金曜の夜に神様は憩う」
博多弁あふれるライトノベルの舞台はやっぱり屋台。
前回一歩離れたら博多弁ってやっぱローカル言葉というのがよく分かると書いた。今回もなかなか地の博多弁が効いている。それがひとつの良さ。
この物語にはもうひとつ特徴があって、ライトノベル特有のスピード感がない。本来博多弁のしゃべりは、他の土地の人から見ると「ケンカしてるみたい」に聞こえるというが、柔らかめの博多弁の中、ゆっくりと進むイメージだ。ただ突飛なことが起きることも多くまた人外の者が話の中心なので微妙なバランスを取っているようにも見える。
金曜日の夜にだけ開店するなごみ亭。店主は祖父から屋台を受け継いだ20代のなごみ。アルバイトの学生、浩平にあやかしの狐コンがいる店には、今夜も人ならぬ者たちが集まるー。
浩平がいつものように暖簾をくぐると、店の中には海水で満たされ魚が泳ぎ、海藻、ヒトデ、イソギンチャクがたわむれ水族館状態になっていた。カウンターには海路を守る神の女神で宗像大社に祀られている田心姫神(たごりひめ)が、機嫌悪そうに座っていた。やがて、宗像三女神の妹たち、湍津姫神(たぎつひめ)、市杵島姫神(いちきしまひめ)もやってくるが、3人は口ゲンカを始めるー。
(仲直りの塩スイーツ)
話の中身自体は単純ではあるが、ネタの雰囲気は女子っぽくにぎにぎし、い。宗像大社の歴史は古く、三女神はアマテラスオオミカミと約したスサノオが剣を噛み砕いてキリのように吐き出して作られた神々である。「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群」が2017年にユネスコの世界遺産に登録されたこともあり、福岡ではホットな話題だったと言える。
コンの弟分が世話になった神に感謝を伝えたい、という願いをかなえる「母の日は親子めし」、英彦山を収める九州天狗の長、彦山豊前坊が小さな頃出逢ったコンを訪ねてくる「絆のしるしは油揚げ」。
雨に降られて駆け込んできた美人は背振山地の神社の姫神で、初恋に悩んでいた。その意中の人とはなんと?の「恋を彩る博多押し」。かまどの神、エンのおかげでなごみ亭の人の歴史を描く「想いを伝える鯖祈願」の5話が収録されている。
いずれも神が来るという設定はタイトルによく合っているように見える。おかずはやっぱりごまサバ。博多だもんねえ。
家族の絆、的な巻となっている。冒頭の方にもあったようにテンポはいまひとつズレている気もするが、ホッとしたり、ジワッと来たりという物語集。
次も期待している。
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